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【実例で学ぶ小説の技】名作短編に隠された物語のコツ6選(2014年6月号特集)


削れるものは削る

 ヘミングウェイの文体は、心の中を書かず客観的行動描写で書いていくハードボイルド文体と言われていますが、短編を読むと、字数制限のせいなのか、説明的なこともかなり省略されています。

「あいつ、酔っぱらった」かれは言った。
「毎晩酔っぱらってる」
「何で自殺しようと思ったんだろう」
「おれには分からない」
「どんなふうにやったんだろう」
「ロープで首を吊った」
「誰がロープを切って助けたんだ」
「姪だよ」

(ヘミングウェイ「清潔で明るい場所」)

 地の文は「かれは言った。」だけで、どんな感じでどう言ったかは省かれています。だから、読者は表現の隙間を埋めようとして勝手に推測してしまいます。
 場面転換についても同じです。前出の「清潔で明るい場所」から引用します。

「おやすみ」もう一方も答えた。

(ヘミングウェイ「清潔で明るい場所」)

という一文があり、これを言った場所はカフェです。その後、この人物(主人公)による自分との対話が書かれていて、その最後にこうあります。

銀色に光る高圧蒸気式のコーヒーマシンがあるカウンターの前にかれは笑みを浮かべて立った。
「注文は」バーテンダーが尋ねた。

(ヘミングウェイ「清潔で明るい場所」)

と、一瞬でバーに移動してしまいました。うまくやらないと読者が混乱しますが、書かなくていいものは徹底して省略しています。

結末は想像にお任せ

 「1・2・3・ ・5・6」とあれば、空欄に入るべきは「4」だなと隙間を勝手に埋めてしまう。こういうのを空白補完効果と言うそうですが、これは小説のテーマや結末に関しても言えます

 サマセット・モームの「夢」という作品は、ウラジオストックの駅の食堂が舞台。その食堂は混雑しており、主人公の「私」はある男と相席になる。男は語る。
 彼はアパートの最上階に住んでおり、らせん階段を上から見ると、吹き抜きがまるで大きな井戸のよう。そして、男の妻は、男にこの手すりから下へ投げ落とされそうになる夢を見たのだと言う。
 そして、男の妻は、偶然にも夢と同じように、その階段から落ちて首の骨を折って死に、そのとき、男は友人のところに行っていて留守だったと潔白をほのめかす。それで最後の一文がこれ。

あのときかれの語ったことが、はたしてほんとうだったのか、それとも冗談だったのか、私はいまもってはっきり決めかねている。

(サマセット・モーム「夢」)

 つまり、「分からない」というのが答えということになります。すると、読者としては、「どっちだろう」と思い、もしかしたら見逃がした一文があるのではないかと読み返し、それもなさそうだとなると、あるはずのない答えを探してあれこれと推測を始めます。結果、読者は作品と長く関わることになるわけです。

 このように話がまだ続いているように感じることを余韻と言い、余韻を出すための一つの手が、「夢」のように結論を書かない方法。また、もう一つ、これと似ていますが、結の前で意図的に話を終わりにしてしまう手もあります。

 たとえば、「シンデレラ」のようなストーリーを書いたが、終盤がどうももたついてしまらない。そこで「12時になり、シンデレラは城を出る。そのとき、階段で靴が脱げて……」で話をぶった切って終わりにしてしまう。すると読者はいろいろ結末を想像してしまうでしょう。そういう終わり方もあります。
 ただし、疑問を残すだけの尻切れとんぼと余韻は紙一重ですので、その点は注意が必要です。

首飾り:モーパッサン

あらすじ

 美しくて魅力的なマチルドは、小役人ロワゼル卿と結婚。夫妻は夜会に招待されるが、お金がなく、フォレスティエ夫人に首飾りを借りる。夜会ではマチルドは注目を浴びるが、帰りに首飾りを紛失。
 夫妻は借金をし、首飾りを買って返す。
 借金は10年かけて返済、そのためマチルドはすっかり老け込んでしまう。ある日、マチルドはフォレスティエ夫人と会う。
 首飾りは買い替えたものと告白するが、夫人はあれは模造品の安物だったと言う。

ポイント

 「美しいけれど不遇な夫人が一夜限りのスポットライトを浴びる」で終わればシンデレラストーリーだが、終盤に首飾りの紛失という切り返しがある。そこからハッピーエンドにもできるし、この作品のように皮肉にすることもできる。どんでん返しのモデルのような作品。

蟻とキリギリス:サマセット・モーム

あらすじ

 トムは妻を捨て、遊び暮らしている。
 友人に借金し、兄ジョージに縁を切られるとその兄から金をゆする。ジョージは25年間、真面目に暮らし、貯金は3万ポンド弱。一方、トムは乞食になるしかあるまいという人生だが、彼は数週間前、自分の母親ぐらいの年の女性と結婚、彼女が死んで50万ポンドの財産が転がり込む。それで兄は「不公平だ」と怒る。

ポイント

 有名な寓話や格言をもとに、それとは逆のことを言うパターン。パロディの一種でもあり、寓話どおりの因果応報にならないあたりはブラックユーモアでもある。単純に「遊び暮らしていたら困ったことになるとは限らない」と書くだけでなく、真面目だけど狭量なジョージ、遊び人だけど人間的魅力があるトムというキャラクターを書き分けている。

犬をつれた奥さん:チェーホフ

あらすじ

 グーロフは家には居つかず、浮気ばかり。彼がヤルタに保養に来たとき、アンナと出会う。毎日正午に落ち合い、白昼の口づけ。グーロフは思い焦がれる。アンナも罪悪感がありながら別れられない。
 しかし、夫から手紙が来て、アンナはC市に、グーロフはモスクワに帰り、関係は破局。しかし、アンナを思うグーロフの気持ちはやまず、彼はC市までアンナを訪ねていく。夫と観劇中だったアンナはグーロフを帰し、以降は自分がモスクワまで通って密会を続ける。

ポイント

 本気になった不倫の恋はどうなるかと結末が気になるが、「もうしばらくすれば――解決のいとぐちが見つかり、新しい、すばらしい生活が始まる」と未来を暗示させて終わっている。匂わせるだけではっきり書いていないので余韻が残る。

警察と讃美歌:O・ヘンリー

あらすじ

 冬が近づき、ソーピーは越冬対策として三ヶ月刑務所で暮らす計画を立てる。しかし、無銭飲食しても、ショーウィンドウに石を投げてガラスを割っても、幸か不幸か捕まらない。警官の前で若い女につきまとうが、逆にナンパが成功してしまう。どうしても逮捕されないソーピーはある街角で立ち止まる。教会から讃美歌が聞こえ、衝動を覚える。まともな人間になろう。そのとき、「こんなところで何をしてるんだ?」警官に腕をつかまれて連行され、翌朝、裁判所はソーピーに「禁固三ヶ月」を言い渡す。

ポイント

 捕まりたいときには捕まらず、捕まりたくないときには捕まる。捕まるのは当初の目的ではあるが、讃美歌を聞いて改心しようと決心した途端に捕まるという結末は皮肉。短編の王道。

特集「短編で学ぶ小説講座」
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※本記事は「公募ガイド2014年6月号」の記事を再掲載したものです。


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