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乙女心は永久に 雄略天皇十 神話は今も生きている ことの葉綴り七八二

大安吉日+建 よろずよしの日

皆さん、おはようございます。いつも「ことの葉綴り」に“お越し”いただき本当にありがとうございます
新年度がはじまり、もう少しでGWですね。お元気ですか?
さて四月二十一日(木)は、大安吉日! 万事によしの大吉日。婚礼がとくによく、よろずのことすべてよしの日。
十二直も、万物を建て生じる日の「たつ」日! 何かを始めたりするのにもってこいの日。神仏への祭祀、お参り。婚礼もよし!
旅行、引っ越しもよし! 
二十八宿は「けい」で、こちらも祭祀、婚礼、お参り、旅行、樹木の植え替えに吉とあります。
日々のささやかな新たな習慣もスタートするのもよさそうですね。
そして毎月二十一日は、お大師さまこと弘法大師、空海さまのご縁日です。真言宗のお寺にお参りもいいですね。
ちなみに、令和五年、弘法大師さまのご誕生1250年なんですって!! 記念の大法会もあるそうです。楽しみですね。

さて、第二十一代、雄略ゆうりゃく天皇さまの物語に入ります。

<ご即位されるまでの波乱の物語はこちら>


謀反に策略、家臣の裏切り、深い忠誠心、復讐が復讐を生んだ悲劇の連鎖……そこで生き残り、大長谷谷王おおはつせのみこが、ご即位されるまでの物語はこちらです。

聖帝とよばれた仁徳天皇さまの物語はこちら。
皇后若日下部王わかくさかべのみこさまの父でもあります。


赤猪子あかいこさんの乙女心

雄略ゆうりゃく天皇さまの御世、あるとき、引田部ひけたべ赤猪子あかいこという容姿端麗な少女が、川で洗濯をしていました。
そこに、現れたのは天上人の雄略ゆうりゃく天皇さま。
そして、「そなたは、誰とも結婚するではない。私が、いずれ宮中へそなたを迎え入れよう」と求婚をして、宮殿へと戻っていかれました。

この乙女の赤猪子あかいこは、その天皇すめらみことさまの求婚の言葉を信じて、大切に大切に守り、そして待ち続けました。

けれども……悲しき哉
宮中に召し上げられることはなかったのです。

乙女の心を持ち続けてはいても、身はよわいを重ねていきます。

赤猪子あかいこさんは、八十路を迎えていました。

もう、私は痩せて萎み美しい乙女の姿ではなくなった。
けれど、天皇すめらみことさまのお声を待ち続けた、この乙女心を、お伝えしなければ気が晴れることはけっしてあるまいに……

そう思った赤猪子あかいこさんは、おびただしい数の献上する引き出物の品々を用意して、宮中へと参内したのです。
引き出物は、結婚するにあたり、女性の方が贈る結納の品です。

きっと赤猪子あかいこさんの心は、天皇すめらみことさまに求婚された少女時代のまま、“時が止まって”いたのでしょう。

幾星霜、時は流れても、恋する乙女の心は変らなかった……。


おうなの姿の“乙女”の告白

宮中では、天皇すめらみことさまに、お目通りが叶いました。

ところが、天皇すめらみことさまは、目の前のおうなが誰なのか、まったくわかりませんでした。

汝は、どこの老女おみなであるか? いったい何をしに宮中へと、沢山の献上品を持ち参上したのだ?

昔、ご自身が求婚をした見目麗しい乙女のことを、すっかり忘れてしまっていたのです。

赤猪子あかいこさんは、天皇すめらみことさまのご対応を、“頭”ではわかったつもりではありました。
けれど、老女おみなの姿にはなっていても、乙女の心には、痛く突き刺さります。

やはり……そうでありましたか……。

赤猪子あかいこさんは、面をあげると、しっかりとご自身の心情を、これまでの想いを、天皇すめらみことさまに、正直に語りだしたのです。

あの年のあの月、私は、天皇すめらみことさまに、「いずれ召し上げるから、嫁にいくでない」と、お言葉をいただきました。
その日から、日々、今日にいたるまで、待ちわび続けておりました。
今では八十路を迎え、我が身もすっかり年老いて、もう宮中へとお召し上げになることはないでしょう。
けれども、私の志、乙女の頃より想い続けておりました心だけは、お伝えしたいと思い、結納の品を持参して参上した次第にございまする……。

この赤猪子あかいこさんの、まっすぐな乙女心の告白を聞いた
天皇すめらみことさまの表情がみるみる変わっていかれました。
目の前の老女おみなの姿に、かつて、ご自分が求婚した容姿端麗な乙女の姿を思い出されて、そして重なって見えていました。
あまりにも驚かれた雄略ゆうりゃく天皇さま!
さて、赤猪子あかいこさんどうなるでしょう?

続きは次回へ(笑)


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