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鎮守の杜の美しい音色+二見町ご巡幸 元伊勢九六 神話は今も生きている ことの葉綴り四二五

昭和の日 マインドフルネス「音」を感じる

こんにちは。雨の祝日ですね。
昭和の日」ゴールデンウィーク突入の方も多いのでは?
いかがおすごしでしょうか? 
楽しく、ご安全にお健やかにお過ごしくださいね
私はぼちぼちお仕事&ホームステイしています。

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今朝は、雨降る中、お宮へとお参りに。
鎮守の杜の樹木が雨に濡れ色味が深く美しく、雨音、風で樹がそよぐ音、雨粒が落ちる音、砂利道を歩く音……さまざまな自然の美しい音色を五感で心地よく感じる朝でした。
ちょっと“マインドフルネス”(^^)
さて、今日も神話の物語に入ります。

※これまでの神代~14の神話の物語(1~367回まで)のまとめはこちらです。お好きな神様の物語をご覧になってください。新たに「元伊勢 倭姫命さま 前編」の物語もマガジンに「まとめ」ました。


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二見町をご巡幸

天照大御神さまが、伊勢の神宮にお祀りされるまでの「元伊勢」の物語
倭姫命さまが、天照大御神さまの御杖代(みつえしろ)となり、大神さまの御こころのままに、ご巡幸を続けられて、早や三十余年の歳月が流れていました。
伊勢の国に居らんと欲(おも)う
天照大御神さまが永遠(とわ)にお鎮まりになるよき宮処を求めて、倭姫命さまご一行は、御船で、伊勢湾から五十鈴川へと入られています。

倭姫命さまは、入り江で佐美日子(さみつひこ)と出会ったところに「江(え)神社」を、伊勢湾の岬の荒崎姫には、荒の文字を神にお変えになり「神前(こうざき)神社」をお定めになられました。

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御津は、現在は「三津」に?


此(ここ)に其の江(え)の上(かみ)に幸行きす。御船(みふね)の泊まりし処(とこを)を名づけて「御津(みつ)の浦」と号(なづ)けたまひき。其の上(ほとり)より幸行きしたまふに、小嶋(こしま)在りき。其の嶋に坐(ま)しまして、山の末河内(かふち)見廻(みめぐ)らし給ひて、大屋門(おほやと)の前の如くなる地(ところ)在りき。
其の処に上りまして、其の処の名を「大屋門(おほやと)」と号(なづ)けたまひき。

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大屋門はどこかしら?

ここで、五十鈴川の河口の入り江の上の方にお進みなられ、倭姫命さまは、御船を停泊させた場所を「御津(みつ)の浦」と、お名づけになりました。
さらに、そちらから行幸なさると、小さな島が見えてきました。
倭姫命さまが、その小島へと赴かれます。
そして、小島にお立ちになって、小島の山の頂上や、川の周りに開けている盆地を、ご覧になり見回されました。
すると、大きな家屋の門のようなところがあり、その前に、よい土地がありました。倭姫命さまは、その土地へとお登りになられて、そこを「大屋門(おおやと)」とお名づけになりました。

倭姫命さまご一行は、御船で川を上っていかれます。
伊勢市二見町江の「江(え)神社」さんから、さらに約1キロほど川を上ると、右手に伊勢市二見町三津(みつ)です。
ここが、この「御津の浦」なのかもしれません。
現在、二見町三津には「ともいきの国 伊勢忍者キングダム」(旧伊勢安土桃山城下町)があります。けれど「大屋門」がどこかは、不明のようです。

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新たなる、老女との出会い?!

では、倭姫命さまのご巡幸の物語を、少し進めます。

其の処従(ところよ)り幸行したまひ、神淵河原(かみふちかはら)に坐しませば、苗草戴(なへくさいただ)く耆女(うば)参り相ひき。

大屋門(おおやと)から、倭姫命さまご一行が、川をさらにお進みになり神淵河原(かむふちかはら)にお出でになると、そこに、苗草を頭に乗せた老女が参上して参ります!

さて、この老女とは、どんな出会いが待ち受けているのでしょう。
五十鈴川に入られて、少しずつ少しずつ、「伊勢の神宮」へと近づいていますね!! しばしお待ちくださいね。
あ~やっぱり、お伊勢さん参りしたい!(笑)
そして、「元伊勢」の豊鋤入姫命さまと倭姫命さまのご巡幸なさった道のりを、お参り旅したい!!! 今年秋には行きたい~!!(笑)
みなさんを実際にご案内して、お参りできるようにしたいです!いつもありがとうございます。楽しいGWをお過ごしくださいね。感謝を込めて。

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―次回へ
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