月と三体問題
7/29にAmazon独占配信となった「ムーンフォール」が公開されました。
タイトルの通り、急遽月の軌道が変わって地球に落ちてくるパニックSF映画です。
これ以上はネタバレになるので、この中身については触れないでおきます。
月の軌道は「主に」地球から「主に」万有引力によって決まります。
「主に」と書いたのはやや込み入った事情があり、それについて触れてみようと思います。
まず、地球以外に太陽も、月から離れてはいますが他の惑星より圧倒的に重い(=引力が大きい)のでその影響は受けます。
画像で大きさを比較した図を見つけたので引用しておきます。
つまり、月は地球と太陽含めて3つの天体が影響を与え合って運動している状況とみることができます。
このように、3つの天体が引力の影響を受けてどのように運動するのかを調べるテーマは「三体問題」と呼ばれます。
もしかしたら、今だと中国SF小説を思い浮かべる人のほうが多いかもしれません。太陽のような恒星が3つある惑星系に存在する知的生命体とのコンタクトから発展する話です。(最後はもはや三体どころではありませんが・・・)
今回は、この「三体問題」が時代とともに歩んできた数奇な歴史です。
まず、天体含む物体の運動について画期的な業績をもたらしたのは「ニュートン」です。有名な都市伝説で、地上に落ちるリンゴをみてひらめいた、というものがありますね。
ニュートンは、自身が発見した万有引力理論の証明として、月の軌道を計算しようと試みました。
そこでは、力を加速度と質量の掛け算と定義し、2つの物体間の万有引力を各質量の掛け算に比例し距離の二乗に反比例します。
加速度とは速度の変化で、速度は位置の変化です。
この「変化」を「微分」という数学的な手続きで位置→速度→加速度と計算していくわけです。
三体でなく二体であれば、数学上のテクニック(座標変換や微分の逆を意味する積分)と物理の原則を駆使すれば、なんとか求めることができます。
ちなみに計算すると大体楕円軌道や双曲線軌道になります。
しかし、それが三体になると同じテクニックは通じません。
ニュートンも一般解までは提出できず、太陽は相対的にはるかに重いため同じ位置にいる、と仮定して月の軌道を計算しました。
それでもその業績は色あせないと思います。下図はニュートンの著作プリンキピアからの抜粋です。
ニュートンの後も「三体問題」への人類のチャレンジは続きます。
18世紀の数学者オイラーは、1つの天体が無視できるほど小さい特殊な条件を置いて三体問題の一般解を導きました。
そしてその過程で提出されたアイデア(3体の重心が固定された条件)を発展させて、任意の質量まで拡張したのがラグランジュです。
今ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は重力が均衡している場所にいますが、この研究から「ラグランジュ点」と呼ばれます。
ここまではあくまで特殊な条件下でのチャレンジです。残念ながら一般的な解法については、逆にその難しさが数学的(幾何学・級数法という技法の単位で)に明らかになってきました。
20世紀になって、その方向性に新しい意味がもたらされることになります。
それは、ニュートンが置いた「独立かつ絶対的な時空間」の概念を大きく変えたアインシュタインの「一般相対性理論」の登場です。
超ざっくり書くと、時間と空間はお互い作用する物理的な存在であることを示した革命的な理論で、今でも検証でその理論の確からしさが認められています。
これによって、近似でしか解けなかった三体問題の前提にあたるニュートンの方程式自体も近似となったわけです。
有名な例として、衛星を通じて地上の位置を測るGPSなどは、相対性理論による補正を行っています。
そして天文学においては、単なる天体位置の補正だけでなく、新たな発見と探求につながることになります。
それは「重力波」の存在です。
ニュートンの世界観では、重力(万有引力)は瞬間的に伝わる魔法のような概念でした。
一方で一般相対性理論では、加速度運動する物質は時間と空間に作用し、その時空の歪みが重力をもたらします。
この時空の歪みが伝わる波を「重力波」と呼び、2016年に検出成功の発表が行われました。(存在自体は100年前にアインシュタインが予言)
この検出された天体は、2つの天体が連なった「ブラックホール連星」であることがわかっています。NASAがその模様を映像化してくれているので紹介しておきます。
今の天文観測の性能では、ブラックホールのような超重い天体が二体以上近接して相互作用する状況でないと、超微弱な重力波の検出は難しいようです。(アインシュタインも検出の難しさには触れています)
ただ、今後ジェイムズ・ウエッブのような宇宙望遠鏡で重力波を測定する計画は進められており、現時点で最も期待されているのは欧州のLISA計画です。
人類が長年チャレンジしてきた「三体問題」で編み出した技法(今回紹介していないものも含めて)は、こういった新しい天文学に大いに寄与しているわけです。
重力波天文学は、我々が主に利用してきた電磁波(可視光、電波、赤外線など)という帯域よりも透過性が高く、より宇宙の起源に迫ることが期待されています。
最後に、今回の内容で参考にしたリソースを紹介します。特に初めの書籍は知的好奇心をそそりとても面白いので一読をおすすめします。
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