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セッション定番曲その77:Satin Doll

ジャズセッション定番曲。インストでも歌入りでも人気。どんな気持ちがこめられた曲なのでしょうか。
(歌詞は最下段に掲載)

和訳したものはあちこちのWebサイトに掲載されているので、ここではポイントだけ説明します。


ポイント1:とても「ジャズらしい」曲だと思います

普段ジャズをあまり聴かないリスナーさんが一般的にイメージする「ジャズ」ってこういう曲じゃないかと思います。歩くぐらいのテンポで、適度にスイングして、覚えて鼻歌で奏でられるくらい親しみやすいメロディ。長さもダラダラ長くない。小難しいことは知らなくても楽しめる曲。タイトルも覚えやすい。

提供側はジャズ演奏や歌唱に慣れてくると、過剰にスイング(というか上下動の多いハネたリズム)しようとしたり、意図的にメロディを原形が分からないくらい崩したりしたくなるものですが、この曲はそういう自己満足を拒否するような原曲。上品に楽しむジャズ。

ポイント2:Duke Ellingtonで聴いてみる

ビッグバンドでも小編成のコンボ(グループ)で聴いても違和感が無い曲です。品の良い端正な演奏。

「Dule(デューク)」とは「公爵」のことで、Edward Kennedy Ellingtonに友人達がつけたあだ名。それだけ若い頃から身だしなみや所作が優雅だったということでしょうね。彼の楽団は(基本的には白人観客が聴いて)踊る為の音楽を品良く優雅に、時には豪快に演奏することで人気を博しました。まさにジャズ全盛期。

作曲者クレジットはDuke EllingtonとBilly Strayhorn。ふたりともピアノストであり編曲者で、思いついたリフやコード進行をいじっているうちに曲のかたちになっていくというのはよくあることですね。1953年に録音。Duke Ellington楽団は1930年代から活躍していたので、後期の曲ということになりますね。

ポイント3:ボーカルとベースのデュオで聴いてみる

一方で極端なバリエーションもあります。Carmen McReaがライブでベースとのデュオ(途中でJoe Passのギターソロが挟まる)で自由に歌ったもの。原曲はただの素材で、メロディも跡形も無い箇所も。

コレから聴き始めると「ジャズってよく分からない」と戸惑ってしまう人も多いかも。応用問題ですね。

ポイント3:「サテンの人形」とは何?

ズバリ言えば「夜のオンナ/街のオンナ」のことかと。オトコ達を誘惑して自分を高く売るプロの人達。別に昼間に売ってもいいんだけど、何故か「夜の・・・」と呼ばれる。彼女達の粋さ、カッコ良さを歌った曲。これを単に「お洒落で魅力的な女性の描写」とする解釈もありますが、歌詞を聴けば聴くほど「素人」の女性じゃあないなという印象です。詳細は歌詞の解説で。

なお、女性シンガーで歌詞そのものを「She」から「He」に変えて歌っている人もいますね。

ポイント4:歌詞で大事なのは

ジャズに限りませんが、ポピュラー音楽の歌詞で大事なのは、内容もそうですが何よりもリズムやメロディにのった「ノリ」と「歯切れの良さ」じゃないかと思います。

この「Satin Doll」の歌詞もまさにそれで、言葉遊びと韻を踏んだノリの良さを優先して書かれたものだと思います。もとのインスト曲があって、その分かりやすい譜割りとメロディの上げ下げに合わせて、タイトルからイメージを膨らませて書いた歌詞。詳しくは歌詞の考察の項目で。

ポイント5:歌詞を頑張って理解してみましょう(前半)

Cigarette holder which wigs me
Over her shoulder, she digs me.
Out cattin' that satin doll.

最初のAパート。
「holder」と「shoulder」が韻を踏んでいます。
同様に「wigs me」と「digs me」も。

韻を踏んでいる箇所は、聴いていてそれと分かるように流れの中で少し強調して発音して歌うと、作詞者が意図したようなノリが出るんじゃないかなと思います。

言葉遊び優先で付けた歌詞。そして1950年代当時のスラングも使われているようなので、言葉の意味をいちいち考察しても、まるで外国人がサザンオールスターズの歌詞を読んでうんうん唸っているようなものかもしれません。感覚で分かれよ、と。

「Cigarette holder」には色々な形状がありますが、やはり「ティファニーで朝食を」でホリー・ゴライトリーさんがかざしていたような長いやつがオシャレですよね。そっちは1958年に小説が書かれて1943年頃が舞台となっているので、やはりその時代の「イイ女アイテム」だったんでしょうね。

発音的には「ガレット」だとモロ日本語英語なので「sìgərét」と最初の音が「si」になるように頑張りましょう。

「which wigs me」
「wig」は動詞としては「break upcrackflip outfreak outmelt down」など様々な意味がありますが、ここでは「あの娘のタバコホルダーが僕を混乱させる/惑わせるんだ」ぐらいの解釈ですかね。音的には「wiggle」との関連性を考えてしまいますが、他動詞だと「僕をくねくね動かす」みたいになってしまうので、違うかも。

w」音が2回出てきますが、頑張って唇の先を尖らせて(から)発音しましょう。

自分が歌っている姿を鏡で見てみて、表情筋の動きが少ないなと感じたら、それは口の周りや舌が充分に動いていないのが原因だと思います。日本語って口先だけで話せてしまうので、歌う時にもそのままという癖がついてしまいがちですが、最初は大袈裟なくらいに顔全体の(普段は動いていない)色々なところを動かしてみましょう。

「Over her shoulder, she digs me」
「dig」は「掘る(探究する)」という意味の他、通常のスラングでは「好き」という意味で使われますが、ここではどうですかね。「彼女は肩越しで僕を眺めて品定めしている(気に入ってくれたのかな)」ぐらいのニュアンスでしょうか。
レコード屋さんで珍しいアルバムや欲しいアルバムを探すことも「digする」って言いますよね。

「shoulder」も綴りからは発音が想像出来にくい言葉ですよね。意外とシャープな音です。

「Out cattin' that satin doll.」
「cat」は動詞だと「その辺をぶらぶら歩く」とか「ナンパする」とかいうスラングとして使われます。まさに「あのサテンドールちゃんは街をフラフラ歩いてオトコを捕まえるんだよ」ですかね。

Baby, shall we go out skippin'?
Careful, amigo, you're flippin',
Speaks Latin that satin doll.

次のAパート。
「we go」と「amigo」、「skippin'」と「flippin'」がそれぞれ韻を踏んでいます。ここも言葉遊び。

「Baby, shall we go out skippin'?」
これは男がサテンドールに話しかけているのかな。音的には「Baby, shall we go out / skippin'?」で切れます。「go out」というのは単に出かけるんじゃなくて「デートする」という意味です。異性に声を掛ける時には要注意。「skip」は「(授業や仕事を)サボって抜け出す」という意味で使われるので、ここでは「今やっていることなんて放り出して、僕とアソビに行こうよ」という感じですかね。単にウキウキと「スキップして歩こう」という解釈もあるし、飲み屋をハシゴすることを「bar hopping」と言うので、それのハネハネ版という解釈もアリかもしれません。

「Careful, amigo, you're flippin'」
これは通りかかった友達が「あの女には気をつけろよ」と呼びかけているとも思えるし、それを自分自身に「自重した方がいいぞ」と言っているとも取れます。その解釈で歌い方も少し変わってきそうですね。

「amigo」
酔っ払っているとこういう言葉って出てきやすいですよね。

「you're flippin'」
「flip」は文字通りだと「ひっくり返る」ですが、スラングで「何かに夢中になって、我を忘れている」という意味で使われます。まさに、気をつけた方がいい状態ですね。

「Speaks Latin that satin doll」
「あの娘はラテン語だって話すぜ」・・・要は「見かけによらず賢いよ」「話を煙に巻くのがうまいよ」というニュアンスかと思います。
相手の言っている内容がちんぷんかんだった時に「It’s all Greek to me(いやぁ、ギリシャ語かよ!)」って言ったりもしますね。

ポイント6:歌詞を頑張って理解してみましょう(後半)

She's nobody's fool so I'm playing it cool as can be.
I'll give it a whirl but I ain't for no girl catching me,
Switch-a-rooney!

Bパート(ブリッジ)。
「fool」と「cool」で、「whirl」と「girl」で韻を踏んでいます。

「She's nobody's fool」
「誰にとってもバカじゃない」=「けっこう抜け目がない/一筋縄ではいけない」という慣用句です。色々な曲の歌詞に出てくるので覚えておきましょう。

「I'm playing it cool as can be」
「play it cool」で「冷静に/さりげなく振る舞う」という意味です。「play」という言葉が入ることで「2人の間の恋愛ゲーム」というニュアンスが広がりますね。
「as can be」は「(なるべく)最高に/思い切りよく」。
だから「彼女は(ああいう格好だけど)意外と抜け目が無いから、僕も出来るだけクールにさりげなく振る舞んだ」と。

「I'll give it a whirl」=「やってみる」という決まり文句です。「give it a shot」とも言いますね。
「whirl」は聞き慣れない言葉ですが「回転(する/させる)」という意味です。それが「やってみる/挑戦してみる」というニュアンスになったのは何かわかりますね。発音は難しいですが「worldのdが無い発音」と説明している人がいて、なるほどと思いました。

「I ain't for no girl catching me」
口語特有の「二重否定」で、ここでは単に「否定」になります。「特定の女の子には縛られたくないんだよ、僕はそういう男」だと。「自分もアソビ人だから覚悟して付き合いなよ」と。

「Switch-a-rooney!」
ブレイク箇所の掛け声。「switcheroo」は「突然の変化/立場の逆転」みたいな意味なので、ここでは「ところがどっこい」みたいなニュアンスですかね。


Telephone numbers, well you know,
Doin' my rhumbas with uno
And that 'in my Satin Doll.

最後のAパート。
「numbers well you know」と「rhumbas with uno」で韻を踏んで言葉遊びをしています。発音が同じということではなく、言葉のリズムが似ているものを持ってきた感じ。

「Telephone numbers, well you know」
「numbers」と複数なので「色々な男の連絡先(そこには僕のも含まれている)」を君は知っているよね、と。解釈としては
・色々な男の連絡先を知っていて、君はいつもフラフラしているね
・僕の連絡先も知っているのだから、いつでも電話してくれていいよ
のどっちですかね。いずれにしろ彼女の気をひきたいという感じが出ていますね。

「Doin' my rhumbas with uno」
ルンバは1940年代後半以降に大流行したペアダンス。まさにこの時代の最先端のダンスステップだった訳です。男女の官能的な関係性を動きの中で表現する、エロ要素が大事。
「with uno」という慣用句はなさそうですが、「独りでルンバを(自分の部屋で)踊っているんだ」という意味でしょうか。腕の中には誰もいない、と。つまり今は親密な関係の女の子はいないよ、と?

「And that 'in my Satin Doll」
ここを「And that's my Satin Doll」と歌っている人、「And that'n my Satin Doll」と歌っている人、などもいます。「and」が詰まった表現だとすると「And that and my Satin Doll」ということになりますが、一体どういう意味でしょうか。前段までで「サテンドールは魅力的だけど危険なオンナだから、少し距離を保たなきゃ」と歌っていたのに「ところがどっこい」と心変わりして、距離を詰めていこう・・・という感じですかね。

「僕はいま独り身なんだよ、いつでも連絡してきてよ、と言いたい。それが僕とサテンドールとの関係性」「僕がルンバを一緒に踊りたいのは、サテンドール、君なんだよ」という締めの歌詞かなぁ。

私とは少し解釈の異なる箇所もありますが、この方の考察が文法的なところまで含んでいて面白いです。


ポイント7:色々なバリュエーションを聴いてみましょう。

McCoy Tyner、1963年録音
いつものイメージよりも優しく、でも粒立ちのよいタッチで弾いています。


Ella Fitzgerald, Count Basie、1963年録音
分厚い演奏にのって、ゆったりと歌っています。女性視点からの歌で、ジゴロについての歌に聴こえますね。


Nancy Wilson、これも1963年録音
ビッグバンドをバックに一歩も引かない強気の女性の歌に聴こえます。


Carol Sloane、2016年録音
力が抜けた感じの現代的な歌唱。メロディフェイク的なスキャットもいいですね。


John Pizzarelli、2009年録音
ギタリスト/ボーカリストが弾き歌ったもの。最高に小粋な感じですね。女性の魅力を褒め称えながら、自分の密かな思いも表現。


Blossom Dearie、1966年録音
声量が無いジャズシンガーの代表みたいな人。だから小編成で小さな(品の良い)クラブでの演奏/歌唱を好んだという話も。ワルイ男に憧れる少女の歌みたいに聴こえますね。


James Darren
美声で力強い歌唱。こうなるとちょっとエロさが足りないかな。


Oscar Peterson、1963年の演奏
つい装飾音をつけてお洒落にしてしまうのが「らしい」ですね。


■歌詞

Cigarette holder which wigs me
Over her shoulder, she digs me.
Out cattin' that satin doll.

Baby, shall we go out skippin?
Careful, amigo, you're flippin',
Speaks Latin that satin doll.

She's nobody's fool so I'm playing it cool as can be.
I'll give it a whirl but I ain't for no girl catching me,
Switch-a-rooney!

Telephone numbers well you know,
Doin' my rhumbas with uno
And that 'in my Satin Doll.




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