【校閲ダヨリ】 vol. 36 「ちゃん」というペルソナ(敬称あれこれ・後編)
みなさまおつかれさまです。
さて今回は、前回の続きのお話になります。
vol. 35では、敬称の中で「氏」と「さん」というふたつの語にフォーカスを当てて紹介してまいりましたが、ほかにも色々あるわけです。
敬称で基本となる考え方は昭和27年に国語審議会がまとめた「これからの敬語」に源流があるので、そちらの「敬称」の項目を覗いてみましょう。
昭和27年というと1952年ですが、普段使いのメインとなるのはやはり「さん」のようです(1・3)。
「氏」は「書きことば用」とされていますが、現在では
このような形で、話し言葉の場面で用いられるケースも垣間見られるようになってきました。
「様」は現在も大方(2)の場面で用いると言ってよいのではないかと思われます。
前回申し上げましたが、一般的な敬称の中では、これを最高位とする流れが室町時代から形成されているため、ビジネスの場面においても主流の敬称ではないかと思われます。なので、新規案件でやりとりするクライアントには「様」が間違いないのではないでしょうか。
同じ項に記載のある「殿」ですが、個人的には現在ほとんど目にする機会がないなという実感があります。
私が小学生の頃、通っていたかかりつけ医からもらう処方箋に「〜殿」と記載されていたのが最後の記憶でしょうか……。
「目下に対してつける」という暗黙の了解が存在しますので、上長から部下へ、といった場面くらいしか想定できないため今後はさらに減少傾向に向かうものと考えられます。1952年当時は公用文で見られたようですが、私は公務員から外れてしまったため、現在の内情はよくわかりません。
「くん」も敬称です。「男子学生の用語である。それに準じて若い人に対して用いられることもある」とあるように、現在でも小学生〜大学生あたりがメインの使用場面になっているのではないでしょうか。社会人においては、ある程度関係性ができ、年齢が下の男性を呼ぶ際に用いられる傾向があると思われます。「若い人」というのは「自分より若い」という補足をしておいたほうがよさそうです。
「くん」は男性に対して用いられることが多いですが、女性に対して用いられることもあります。
いずれにせよ、今後の世界ではジェンダーの観点から相手の外見で「くん」「さん」を使い分けることに一定のリスクが伴う可能性がありますから、「さん」で統一という流れはさらに進むものとみてよいかと思います。
「これからの敬語」には記載がありませんが、「ちゃん」も敬称です。
「くん」「さん」「ちゃん」の使い分けにかんしては、第1415回放送用語委員会の「「ちゃん/君/さん」動 物 が「 死 亡 する / 亡くなる」について~「日本語のゆれに関する調査」の報告~」がわかりやすいです。
NHKでは、この使い分けにかんして
と『NHKことばのハンドブック第2版』(2005・NHK出版)にて線引きをしているようです。一般的にも、就学前の子どもを「ちゃん」と呼ぶケースがほとんどのようなので、使い分けとしては「小学校入学」がキーポイントになりそうです。
最後は、役職ですね。
現在の敬称の解釈は端的に「つければ敬意を表したことになる」という考え方が一般的かと思われますが、もともとのところは「敬意を込めてそう呼ぶ」という意識の表れだと考えます。
『日本国語大辞典』の敬称の項目には
とあるのですが、私は役職が敬称扱いになるのはこのあたりに起因すると思っています。
「これからの敬語」には「先生」が挙がっていますが、この単語は個人的には注意したいところだと思っています。
「自分にとっては先生でも、他の誰かにとっては先生ではない」場合があるからです(前号参照)。
難しいですね。
さて、これまで「これからの敬語」に基づき各種敬称を見てまいりました。1952年にまとめられたものですのですが、現在でもあまり外れた使い方がなさそうだということが推察されるわけではありますが、平成7年の第20期国語審議会においても本お便りと同様の議論がなされていたようですので、みなさまにも共有させていただきます。
最終段落の「「局長」「課長」「社長」等の役職名に「さん,様」を付けることの適否は,それぞれの分野での慣用もあり,一概には言えない。」という箇所は私の考察の範囲外だったようです。
これは例えば「部長さん」「局長さん」という使用にかんしてのことだと推察できます。私は「これからの敬語」が述べている敬称とは「氏名」が先頭にある場合の接尾語としての敬称のことで、氏名のない「部長」「局長」という場面はそもそも想定していないと思ったのですが、「職場用語として」とあるのでこのような場面も想定すべきでした。
さて、着地点で大学時代の指導教官から怒られてしまいそうなうっかりミスをして若干気落ちしていますが(いつも読んでくださっています)、みなさまにおかれましては今後とも敬称沼を楽しんでいただけたら幸いです。
それでは、また次回。
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