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「ゼンマイ」は「鉄条」か 芥川龍之介の俳句をどう読むか⑤

 

 現俳壇に於て、私の主張する靈的表現であり主觀的寫生として愛誦措く能はざる作品は其の數相當の多きに上るであらうと思ふが、わけても「ホトトギス」雜詠に發表された、鐵條に似て蝶の舌暑さかな我鬼の如きは其の代表として擧げるに躊躇せぬものである。
 「鐵條」の句は、蝶々の舌を見ると、細く長く而も曲つてある、あの優しい蝶々の舌であるから、その舌もなよなよなよと優しいかと思ふと、どうしてどうして針金で拵へた堅い鐵條のやうに見える舌である。それを發見した時の感じが暑いやうな心持がしたといふのである。蝶々の舌を描き出すことが巳に奇な上に、それを鐵條の如しと見たる作者の心持も決して平凡でない。併しながらこの句を讀んで感ずることは、如何にも正しい寫生句だと云ふことだ。寫生でなければ想像もつかないことである。併しながら寫生するに當つてその蝶の舌を鐵條に似たと感ずることは作者の特異な境地である。

(飯田蛇笏『俳句道を行く』著素人社書屋 1933年)

 この時点で我鬼の何者なるかを知らない蛇笏はべた褒めである。全集「我鬼窟句抄」にある大正七年の句は、

鉄条(ゼンマイ)に似て蝶の舌暑さかな

 である。しかしこの句は改められる。

蝶の舌ゼンマイに似る暑さかな     我鬼

 に就て云ふと、此の句は、曩に「ホトトギス」へ發表された時とは違つて、またに改作されてある。前にはたしか、鐵條に似て蝶の舌暑さかな我鬼であつたと記憶する。

 また不思議に、鐵條としてゼンマイと假名つけたりしたところに、一抹の妙味をふくまないでもない、ことほど左樣に前句を主張したい私である。

(飯田蛇笏『俳句道を行く』著素人社書屋 1933年)

  飯田蛇笏は飽くまで前句推しである。

「蝶の舌」の句は、ゼンマイに似てるといふ目付け所が山であり、比喩の奇警にして觀察の細かいところに作者の味噌があるのだらうが、結果それだけの機智であつて、本質的に何の俳味も詩情もない。單なる才気だけの作品である。

(萩原朔太郎『阿帯 : 萩原朔太郎随筆集』萩原朔太郎 著河出書房 1940年)

 さて元の句を見ず、我鬼の正体を知っているとして萩原朔太郎は「ゼンマイ」を「鐵條」の意味に解していただろうか。どうもその気配はない。萩原朔太郎は「ゼンマイ」を素直に、

 こちらのゼンマイと解していたのではなかろうか。

蝶の舌ゼンマイに似る暑さ哉となると、これは少々鼻持ちがならぬぞと思ふやうになつた。それは恰度詩壇にもかういふ未來派やダダの運動が起つてゐた時であるから、芥川氏一流の機智はそこに働いて、「奉教人の死」なぞの、新古典的なエキゾチズムから、氣輕に詩や俳句を弄んだものだと思つた。

(佐藤惣之助『春すぎし : 佐藤惣之助詩文集』鶴書房 1942年)

 こちらの佐藤惣之助の「ゼンマイ」も「鐵條」の意味に解してはいないだろう。素直に読めば「ゼンマイ」は野草のゼンマイである。

 そしてさて、現在のインターネットではこれまた多くの人がこの句を元の句と比較してなおかつ褒めている。従ってほぼ「ゼンマイ」の意味が「鐵條」のままである。「鐵條」とは本来「鉄製の太い針金」という意味で必ずしも曲がっていない。ただし「ぜんまい」と訓ずれば「ぜんまいばね」をさして丸まる。

 蛇笏は鉄の質感、固さに注目したが、仮に形で考えた時はどうだろう。果たして「蝶の舌」は「ぜんまいばね」に似ているだろうか。

 私はこの句も、「明星のちろり」同様、敢えて開いたものと見ており、蛇笏の解釈、そして今インターネットで見られる多くの解釈は間違いではないかと疑っている。漢字の開くには開く閉じるなら閉じるには意味がある。意味がなければ動かさない。

 芥川の語彙として「頭の中の鉄条が一時にほぐれたような勢で」(『毛利先生』)とあるように「鉄条」は「ぜんまいばね」である。「ゼンマイ」は『河童』では「ぜんまいばね」の意味だが『あばばばば』と『絶筆』では野草のゼンマイである。しかしそもそも「ぜんまいばね」の名前の由来が野草のゼンマイなので「形」のみを表わす表現として開いたというところではなかろうか。

 ところで蝶は春の季語、「暑さかな」はどうしても夏。この問題はどう処理されているだろうか。大抵の人は蝶を春の季語と取らずこれを夏の句として済ましているようだ。しかしそんなかんたんなことでいいのだろうか。そもそも暑いことと蝶の舌がゼンマイに似ているということの関係性は?

 そこには様々な解釈があり得るが、その手前で「ゼンマイに似る」の解釈がかなり様々だ。多くは、

・吸収口を伸ばして花の蜜を吸っている
・吸収口を伸ばしたり丸めたりしている

 と分かれる。

 ロジカルに考えよう。伸ばした状態の吸収口はゼンマイには見えない。見えているのが動きならば

蝶の舌ゼンマイに似る暑さかな

 この比喩は間違い。

 しかし吸収口は吸っている間は伸ばしきり、移動の際に丸まるので、動きそのもので見れば花から花へ移動する際の羽ばたきこそが忙しなかろう。

 となれば、これはひらひらと飛ぶ季語としての蝶ではなく、夏の暑さで死に、既に季語ではなくなった蝶の丸まったままの吸収口なのではなかろうか。一方の季語を殺さなくては、この句は成立しない。一羽の蝶の死をいけにえにこの句はこっそり成り立つ。

季節の変化のない世界など、ぼくにはまつぴらなのだ  


 バランも食べたのか?

【余談】

 芥川龍之介氏の死を惜しんで、ある将軍は「文芸春秋」に、もし芥川氏にしてスキーをやっていたら、自殺はしなかったろうと発表された。これにはいさゝか痛み入らぬでもなかったが、事実スキーの好きな人は、これ程の信念を持つことさえある。

(石山欣一『山を思う』)

 みんな好き勝手に言うものだ。三島由紀夫も体操すれば治ると言っていた。そういうことなのかね。逆に三島由紀夫は体を鍛えさえしなければ俳句を詠むお爺さんになっていたのではなかろうか。

【以下子規の句】

此夏を達磨と我の寒さ哉
此夏を我と達磨の寒さ哉
憎らしや夏を肥たる小傾哉
ほの暗きとんねる行けば夏もなし
四方から青みて夏の夜明哉
白河を越ゆるや夏の小商人
ほこり立つ硯の海の夏涸れたり
尼もなし庵住みあれて夏の藤
生き残る骨身に夏の粥寒し
思はずよ君この夏を行かんとは
後園に小き夏の木の実かな
十二層楼五層あたりに夏の不二
世の夏を見おろして居る寒さかな
葉かくれに小さし夏の桜餅
藤の花末三寸を夏に入る
古池や昼静かなる夏の鴛
虫のつく夏萩の芽を剪り捨てぬ
和歌に痩せ俳句に痩せぬ夏男
夜店出テ鄙町夏ヲニギハヒヌ
画かくべき夏のくだ物何々ぞ
夏に入つてげんげんいまだ衰へず
夏立ちし瓶につゝじの花古き
一村は木の間にこもる卯月哉
四五日は春にまけたる卯月哉
どんよりと青葉にひかる卯月哉
冨士ひとりいよいよ白き卯月哉
色々の子牛出揃ふ卯月哉
牛の子の眼を開きたる卯月哉
開帳の淋しうなりし卯月哉
雀にも友ある中の卯月哉
桃青の素堂尋ぬる卯月哉
旅人の達者で居たる卯月かな
散るものは散て気楽な卯月哉
鉄橋のさつはりしたる卯月哉
何もかも角にいでたる卯月かな
ぬぎかへて衣に風吹く卯月哉
寝ころんで酔のさめたる卯月哉
子狐の穴に顔出す卯月哉
砲台の工事を急ぐ卯月かな
花散りて人の眠たき卯月かな
片里に豆腐売り出す卯月哉
片里は豆腐売出す卯月哉
燕の雀にまじる卯月かな
はれよはれよ五月もすぎて何の雨
油絵の遠目にくもる五月かな
渾沌の中にものあり五月不二
もちもちといんきのねばる五月哉
うすうすと窓に日のさす五月哉
薄き日を小窓に拝む五月哉
爪びきの此頃はやる五月哉
ほろほろと墨のくづるゝ五月哉
ことごとく石に苔もつ五月哉
旅僧の病むや五月のかゝり船
喰ひ過ぎて鶯死ぬる五月かな
ごうごうと皐月の海の鳴り渡る
皐月寒し生き残りたるも涙にて
晴れんとす皐月の端山塔一つ
吾病んで猶別れうき皐月かな
うれしけに犬の走るや麦の秋
燕や白壁見えて麦の秋
麦秋や庄屋の嫁の日傘
麦の秋あからあからと日はくれぬ
一人子の凧揚りけり麦の秋
麦秋や中国下る旅役者
麦の秋老婆遠方より来る
行列の槍五六本麦の秋
兀山のてかてかとして麦の秋
野の道や童蛇打つ麦の秋
城跡や監獄をめぐり麦の秋
野の道や神輿に出あふ麦の秋
馬の荷に筍長し麦の秋
麦秋や樗咲きたる門搆
麦秋や壮士村に入る仕込杖
御車や道々民の麦の秋
麦秋や百姓の子の村芝居
六月やお白粉なする腋の下
六月や太夫となる身罪深し
六月の海見ゆるなり寺の椽
六月の海見ゆるなり寺の庭
六月の雲崩れけり妙義山
六月や印度通ひの飛脚船
六月を奇麗な風の吹くことよ
寝ころんで書読む頃や五六月
六月の蟻おびたゞし石の陰
六月の杉の雫や二荒山
みな月のけしきとも見ぬ白帆哉
水無月やお白粉なする脇の下
水無月やこゝらあたりは鶯が
水無月や根岸涼しき篠の雪
山吹の水無月とこそ見えにけれ
水無月の傾城並ぶ格子かな
水無月の凩聞くや石の室
水無月の須磨の緑を御らんぜよ
水無月の蟻おびたゞし石の陰
水無月やうしろはほこり前は池
水無月や萩も芒も風の草
水無月の涙も氷る思ひ哉
水無月の山吹の花にたとふべし
水無月の余花を尋ねて桜餅
水無月の杉の雫や二荒山
木曽川に信濃の入梅の濁り哉
犬の子の椽に来て寝る入梅哉
鵜つかひの網をつくろふ入梅哉
入梅の中人静かなり法花堂
入梅や手拭かぶる新内儀
梅の実を売り払ひたる入梅哉
刈り残す二畝の麦や梅雨に入る
梅雨に入る椎の木陰の葵哉
長靴のたけに余るや梅雨の泥
玉川に布見ぬ梅雨の日数哉
梅雨淋し障子の外を烏とぶ
一梅雨を羽黒にこもるひじり哉
都にも梅雨ありされど酒もあり
夕飯のきまらぬ梅雨の日頃かな
夏至過ぎて吾に寝ぬ夜の長くなる
のびきつて夏至に逢ふたる葵かな
木をつみて夜の明やすき小窓かな
だまされて夜は明やすし絹蒲団
松明に夜は明けやすし箱根山
湯釜ぬく汽船の音の明け易し
明け易き頃や鴉の三声程
明け易き頃を鼾のいそかしき
明け易き夜頃をいくさ物語
明け易き夜をおもしろの白拍子
明やすき夜を初恋そもとかしき
明け易き夜を初恋のもどかしき
板橋や馬蹄とゞろと明け易き
横様に紀の国長し明け易し
明け易き夜頃を桃のまだ苦し
行燈消えて夜は明け易し人の家
うたゝねや遊女の膝の明け易き
江楼や水の光の明け易き
書置の心いそぎに明け易き
きぬぎぬや明け易き夜を葛の風
夕栄の又明け易き茜かな
船をあがる横浜に夜の明け易き
割床や屏風の裏に明易き
明け易き夜頃や富士の鼠色
配達の別れ行く辻明易き
明け易き夢や十九の従弟同士
日の旗に立てかふる夜の明け易き
短夜や話しのこりて夜の明る
短夜や話しの尽きて夜の明る
短夜は柳に足らぬつゝみ哉
短夜や行脚の杖にあけかゝる
短夜や砂土手いそぐ小提灯
短夜や宿もとらずに又こよい
猫の尾の短夜明けぬ台所
短夜のうしろに睨む仁王哉
短夜の雲もかゝらず信夫山
短夜の雲をさまらずあたゝらね
短夜のまことをしるや一夜妻
短夜は大門に明けてしまひけり
短夜は碁盤の足に白みけり
短夜もあくるけしきは東より
短夜や明け残りたる松縄手
短夜や逢阪こゆる牛車
短夜やたてあふ早出起き残り
短夜や波の鼓の音早し
短夜や日の岡こゆる牛車
短夜や夜明にとゞく足の先
短夜のともし火残る湊かな
短夜や火をうつ石に火の走り
短夜をいそぐ野寺の木魚哉
短夜の明方近し雨の音
短夜の明けんとしては雨の音
短夜の足跡許りぞ残りける
短夜の追剥にあふ縄手かな
短夜のかあと明けたる烏かな
短夜のともし火残る御堂哉
短夜の盗人に逢ふ縄手哉
短夜のはたと箱根にかゝりけり
短夜や或は寝たる草の上
短夜やあやまつて月を取り落す
短夜や一寸のびる桐の苗
短夜や大工火ともす船の底
短夜や松明越ゆる星の中
短夜やちよろちよろ燃ゆる捨篝
短夜や月落ちかゝる鹿の角
短夜や眠たき雲の飛んで行く
短夜や我物思ふところあり
短夜を眠がる人の別れかな
早立の短夜明けぬ鈴が森
短夜の明けかねて居る靄深み
短夜の朝日を拝む船路かな
短夜の幽霊多き墓場かな
短夜の上に日のさす不二の山
短夜の鴉鳴いて天の川白し
短夜の恋にはかなき寝さめ哉
短夜の背戸より帰りたまひけり
短夜のつひに明けたり鈴か森
短夜のにわかに明くるけしき哉
みしか夜のにわかにあけるけしき哉
短夜の闇を動かす出水かな
短夜の往来も絶えぬ都かな
短夜や幽霊消えて鶏の声
短夜や一番汽車に乗りおくれ
短夜やうすものかゝる銀屏風
短夜や上野の山は明けて居る
短夜や鴉鳴いて天の川白し
短夜や鴉の声は明けてから
短夜や頻りに叩く医者の門
短夜や四十にして学に志す
短夜やしやべりの小僧味噌を摺る
短夜や空のなかばの天の川
短夜やともし火うつる銀屏風
短夜や虎叱りたる虎遣ひ
短夜や何煮えあがる鍋の中
短夜やにはかに腹の痛み出し
短夜やほろほろもゆる馬の骨
短夜や焼場の灰のあたゝまり
短夜やわりなくなじむ小傾城
行燈の消えぬ短夜四時を打つ
短夜の明けぬ大井の橋の上
短夜の我を見とる人うたゝねす
短夜やたまたま寝れば夢苦し
短夜やたまたま寝れば夢わろし
短夜を洒落多き君初会也
短夜をやがて追付参らせん
余命いくばくかある夜短し
短夜や汽〈車〉走り行く枕元
短夜を二階に寝たる夫婦哉
短夜の鶏鳴いて夢悪し
短夜や胃の腑に飯の残りたる
短夜の明けて論語を読む子かな
短夜の祈り験なく明けにけり
短夜の短さ知るや油さし
みしか夜や金商人の高いひき
短夜や蓬が宿の恋車
短夜を燈明料のかすりかな
みしか夜やわれをめくりて二三人
七月や漁村をありく貴女紳士
氷売る声聞きて家のあつさ哉
あつさをは忘るゝ忘れ草すゞし
草刈の木陰にはいるあつさ哉
石の牛の木陰にあへくあつさ哉
石の牛もあへきそふなるあつさ哉
鳶なくや木の葉そよかぬ熱さ哉
山をぬく火の水にかつ熱さ哉
白砂のきらきらとする熱さ哉
晴れもせず曇りもはてぬ熱哉
屋根葺の草履であがる熱哉
あつさをはさきひろけゝりさるすへり
ことごとく団扇破れし熱さ哉
寝かへれば汗のひつゝくあつさ哉
芦刈の小唄も出ぬ暑さ哉
息くさき人の近よるあつさ哉
牛の尾の力も弱るあつさ哉
薄くらき奥に米つくあつさ哉
初産の髪みだしたる暑さ哉
錦繍に身を包みたる熱哉
此頃は昼寝も出来ぬあつさ哉
笹の葉の少しよれたる熱さ哉
囚人の鎖ひきずるあつさ哉
姫杉の真赤に枯れしあつさ哉
熱いかと問へども杣のこたへなし
熱い日は思ひ出だせよふしの山
あつき名や天竺牡丹日でり草
あつき日や運座はじまる四畳半
あつき日や硯の中の砂ほこり
あつき日や肌もぬがれぬ女客
熱き夜の寝られぬよその咄かな
あつき夜や汽車の響きの遠曇り
熱さ哉八百八町家ばかり
あつしともの給はぬなり石地蔵
油画の彩色多きあつさ哉
海士が家に干魚の臭ふあつさ哉
雨雲の峯になり行くあつさ哉
海士は皆海へいでたるあつさ哉
雨晴れて又あらたまる熱さかな
雨折々あつさをなぶる山家哉
あら壁に西日のほてるあつさかな
息きつて発句もできぬあつさ哉
幾曲りまがりてあつし二本松
石原に片足つゝのあつさ哉
犬の子の草に寝ねたる熱さ哉
入相を今か今かとあつさ哉
動かれぬ遊女の罪のあつさ哉
牛喘ぐ大臣の門のあつさ哉
牛部屋に西日さしこむ熱さ哉
薄曇り木陰も同じあつさ哉
上野から見下す町のあつさ哉
馬車店先ふさぐあつさ哉
馬蝿の傘をはなれぬ熱さ哉
おろす子の泣声あつし石の上
高楼に見てさへあつし砂煙
掛茶屋のほこりに座るあつさ哉
牛肉の鍋おろしたる熱さ哉
牛肉の鍋にはりつく熱さ哉
岐阜を出て美濃を真昼の暑哉
着物干す営所の庭の暑さ哉
行列の町に入りこむあつさ哉
清書のちゞみあがりし熱さ哉
金銀の襖にあつき地獄哉
くたびれを養ひかぬる暑さかな
鍬たてゝあたり人なき熱さ哉
雲晴れてあつし雲出て猶熱し
車屋が語るまことのあつさ哉
ぐるりからいとしがらるゝ熱さ哉
観音に人波のうつあつさ哉
傾城にいつわりのなき熱さ哉
傾城に可愛がらるゝ暑さ哉
傾城の寝顔にあつしほつれ髪
傾城は誠にあつき者なりけり
けふをこそ限りなるべきあつさ哉
小格子にほこりのたまる暑哉
小蒸汽の機械をのぞく暑哉
小天狗の前に息つく熱さかな
此のあたり土蔵の多きあつさ哉
これはこれはこれはことしの熱さかな
さはるもの蒲団木枕皆あつし
しかめたるはしたの顔の暑さ哉
上客に内処見らるゝあつさ哉
錫杖のさはれば熱し一休み
しやもの毛のぬけてものうき熱哉
出立の飯いそぎたるあつさ哉
順礼の馬子拝みたるあつさ哉
順礼の松に上りし熱さ哉
新道は人も通らぬあつさ哉
新聞にほつくの熱さを見る日哉
船頭の山に上りしあつさかな
束髪に結ひ直したる暑哉
大仏を見つめかねたる暑哉
大名になじみの多き熱さ哉
たゞあつし起てもゐてもころんでも
旅立の事ばかりいふあつさ哉
旅立をのべて都のあつさ哉
痰吐けば血のまじりたる暑哉
頭陀一つこれさへ暑き浮世哉
手荷物にふんどしさがるあつさ哉
手をつける天水桶のあつさ哉
天竺の手紙届きし熱さ哉
何の木と見わけのつかぬ熱哉
猶熱し骨と皮とになりてさへ
鳴りしきる電話の鈴の暑哉
庭石を草のうめたるあつさ哉
ぬり直す仁王の色のあつさ哉
ぬれ足に河原をありく熱さ哉
のら犬の流しに寝たるあつさ哉
博奕うつ間のほの暗き暑かな
裸身の壁にひつゝくあつさ哉
はたごやに下手の絵を張る暑哉
花嫁は帯のくづるゝあつさ哉
浜庇未まはりし熱さ哉
飛脚一人暑さの中をかけり行
日照草けふをさかりのあつさ哉
一しきり雀のへりし熱さ哉
人にまかす身とは思へど熱さ哉
ひゞわれて苔なき庭の熱さ哉
昼顔の花に皺見るあつさ哉
昼顔はしぼむ間もなきあつさ哉
昼時に酒しひらるゝあつさ哉
吹殻の石にちりつく熱さ哉
吹く風の皆ほこりもつ熱さ哉
腹痛に寝られぬ夜半の熱さ哉
榾になる木にも蝉なくあつさ哉
炎ふくふいごの風のあつさ哉
松陰はどこも銭出すあつさかな
松島の事はかりいふあつさ哉
真白に石灰やきのあつさ哉
松の間を亭主の奪ふ熱哉
松は何と竹は何とわが暑さ哉
真昼時弁当部屋のあつさ哉
前後熱さ涼しさ半分づゝ
店先に車夫汗くさき熱哉
味噌さげて熱き姿や夕まぐれ
みちのくの仙台はあつき処哉
みちのくも町あれは町の暑さ哉
道々に瓜の皮ちるあつさ哉
むし熱し鼠でも出よかりて見ん
紫のさむる茄子のあつさ哉
門番のひとり寝かねるあつさ哉
洋犬の耳を垂れたるあつさ哉
椰子の実の裸で出たる熱哉
やせ馬の尻ならべたるあつさ哉
宿引きに袂のかるゝあつさ哉
屋根葺の日陰へまはるあつさ哉
やるせなき夕立前のあつさ哉
破れ垣の隣見えすく熱哉
破れ尽す鶯籠のあつさ哉
行先の原渺々とあつさ哉
夕まくれ馬叱る町のあつさ哉
我部屋は茶代も出さぬ熱さ哉
我宿は女ばかりのあつさ哉
われ鐘をかゝへて寝たる熱さ哉
憲兵の赤羅紗さめる暑さかな
下町や埃を巻いて馬暑し
すはすはと大地のわれる暑哉
大仏の身動きもせぬ暑かな
大名の窓に首出す暑さかな
立ちつ居つ三百人の暑さかな
立ちよれば焔のあつし閻魔堂
地震て大地のさける暑かな
南瓜の大きくなりし暑かな
縄も居ぬ離れ小島の暑哉
真黒に蟻の集りたる暑さかな
女むれて油の匂ふ暑さかな
暑からん我に不断の松の風
熱くとも雨になゝりそ大井河
雨なくえ閏五月のあつさかな
雨ほろほろあとのあつさよ砂河原
あら熱し波を見んとて立ち出づる
いらいらと暑しや雨のむらかわき
馬の息人の息市の暑さ哉
漆かく裸男のあつさ哉
さまさまに工夫して見る暑哉
須磨寺に取りつく迄の暑哉
なまじひに生き残りたる暑哉
路中に蛇の死たる熱かな
路はたに蛇の死たる熱さ哉
村医者の洋服着たる暑哉
井戸堀の浮世へ出たるあつさ哉
男許り中に女のあつさかな
朝顔の一輪咲きし熱さかな
阿蘭陀の駱駝渡りし熱さかな
今年はと毎年いうてさて熱し
汐引いて泥に日の照る熱さかな
沙熱し獅子ものあさる真昼中
濁世熱し和尚赤裸々所化白裸々
南京の人とのりあふ暑さ哉
平内のぐるりに暑し小平内
暑くるしく乱れ心地や雷を聴く
この熱さある時死ねと思ひけり
砂原や脳巓暑く眼眩む
空熱し鳶は隠れてしまひけり
逃げて行くことも出来ずに熱哉
松よりも暑し芒の乱れ髪
我は下り上りの車熱さうな
遠雷の雨にもならぬ熱さ哉
悪き朱に塗られて暑し仁王門
借家の天井低き暑哉
二階にも住まれぬ町の暑哉
塗りかへて暑き色也仁王門
町暑し蕎麦屋下宿屋君か家
水かけて子をいつくしむ熱さかな
暑き日の夕や花に灌ぎけり
暑き日や池を堀らんと思ひけり
暑き夜を籠の鶉の眠らざる
鄙の家に赤き花さく暑哉
肅山のお相手暑し昼一斗
生きてをらんならんといふもあつい事
夏の日のひえてしたゝる岩間哉
夏の日の大仏の背を焼きにけり
夏の夜のあけ残りけり吾妻橋
夏の夜ハ杜の梢より明にけり
夏の夜は神の杜より明にけり
夏の夜や日暮れながらに明る不二
恐ろしき夢見て夏の夜は明ぬ
傾城をよぶ声夏の夜は明けぬ
四方から青みし夏の夜明哉
三味線の静かに夏の夜は明けぬ
露ちるや夏の夜明の小松原
人行くや夏の夜明の小松原
横雲に夏の夜あける入江哉
大水に夏の夜を寝ぬ二階かな
夏の夜やちぎれちぎれの天の川
眼鏡かけて書を読む夏の夜忙し
四時に烏五時に雀夏の夜は明けぬ
いろいろの夢見て夏の一夜哉
さまざまの夢見て夏の一夜哉
熊阪は逃げて夏の夜明けにけり
夏の夜の厠に行けは明にけり
野狐に宿借る夏の一夜哉
山を入れ海をひかへて夏景色
川水の音のすゝしき闇夜哉
木のあわひあわひに涼し帆かけ舟
涼しさのかたまりしこのこほり哉
涼しさのかたまりはこのこほり哉
涼しさのこつぷこほるゝ氷かな
涼しさのこほるゝなつの氷かな
涼しさや汐満かゝる鳥の足
涼しさや帆をあけかゝる舟のゆれ
涼しさや向ふの岸の笑ひ声
雪見にと聞て涼しき夕かな
雪見にと読て涼しき夕かな
涼しさや鍛冶屋の前の柳蔭
寝かへれば机の下に山涼し
涼しさの腹に入るまで涼みけり
涼しさや行燈消えて水の音
涼しさやぎぼしの花をなぶる風
涼しさや葉から葉へ散る蓮の露
汗かゝぬ女の肌の涼しさよ
涼しさに海へなげこむ扇かな
涼しさに白帆数そふけしき哉
涼しさの中に白帆の往来哉
涼しさの腹にとほりて秋ちかし
涼しさの目にしみこむや水の月
涼しさや馬も海向く淡井阪
涼しさや音に立ちよる水車
涼しさや風にさぼける縄簾
涼しさや蛙も蓮にゆられつゝ
涼しさや木の間木の間に家一つ
涼しさや客もあるじも真裸
涼しさや白帆白帆の風の向
涼しさや酢にもよごれぬ沖膾
涼しさや月汲みあぐる刎釣瓶
涼しさや月は浮世のものならず
すゝしさやつられた亀のそら泳き
涼しさや笘舟笘を取はづし
涼しさや友よぶ蜑の磯づたひ
涼しさや花火ちりこむ水の音
涼しさや一目一目に灯もふゑて
涼しさや母呂にかくるゝ後影
涼しさや真桑投こむ水の音
涼しさや両手になでる雪の鬚
涼しさや闇のかたなる滝の音
涼しさを手と手に放つ別れ哉
涼しさを荷ふて重し団売
大仏にはらわたのなき涼しさよ
たそがれやながめなくして不二涼し
露涼し氷室の山に夏桜
どこ見ても涼し神の灯仏の灯
波風や涼しき程に吹き申せ
富士の影崩れて涼し冷し汁
網さげて涼しさうなる雫哉
蟻一つ居ぬ下界と見えて不二涼し
岩三方甍を走る雲涼し
牛のせて涼しや淀の渡し舟
うつぶけに涼し河原の左大臣
上下の滝の中道袖すゝし
風涼し滝のしふきを吹き送る
風涼し中に鬚なき一人かな
風涼し髭なきは我一人哉
風吹てちらちら波の涼しさよ
鴉むれて夕日すゝしき野川哉
聞てゐて涼しや闇の雨三更
経の声かすかに涼し杉木立
経の声聞えてすゞし杉木立
経の声はるかにすゞし杉木立
草負ふて背中にすゞし朝の露
草枕涼し三千の姫小松
雲にぬれて関山こせば袖涼し
くりかへし数へて涼し千松島
しほ釜は涼しかりしか昔こそ
島あれば松あり風の音すゝし
白鷺もこえて上野の杜涼し
隧道にうしろから吹く風すゝし
隧道のはるかに人の影すゞし
隧道のはるかに人の声すゞし
杉木立土につく手のうらすゝし
涼しくもがらすにとほる月夜哉
涼しさにうその名所も見て行きぬ
涼しさにかたよる桜楓かな
涼しさに念仏申すや寺詣り
すゝしさに平内石となりにけり
涼しさにわれも鞍馬の竹伐らん
すゝしさの大島よりも小島哉
すゝしさの数は見えけり千松島
すゝしさのこゝからも眼にあまりけり
涼しさのこゝを扇のかなめかな
すゝしさの只水くさき匂ひかな
すゝしさの魂きたり千まつしま
すゞしさの魂出たり千松島
すゝしさの隣をとへば正一位
涼しさの中に家あり五大堂
涼しさの猶ありかたき昔かな
涼しさのはてより出たり海の月
すゝしさのはなれぬ名也千松島
すゝしさの腸にまで通りけり
すゝしさの一筋長し最上川
涼しさのほのめく闇や千松島
すゝしさの真中を下す小舟哉
涼しさの昔をかたれしのぶずり
すゝしさの眼にちらつくや千松島
涼しさは大竹原のそよぎ哉
涼しさは下に水行く温泉哉
すゝしさは燕のし行く田面哉
涼しさは波にゆらるゝ鴎哉
すゝしさや足ぶらさげる水の中
涼しさやあつさや町の氷みせ
すゝしさや海人が言葉も藻汐草
すゝしさや雨の音聞く小笹原
すゝしさやあるじまつ間の肘枕
涼しさや青田の中の一つ松
涼しさや行燈うつる夜の山
涼しさや池あり木あり烏啼く
涼しさや糸はづしたるつくし琴
涼しさや牛つながれて藪の中
涼しさや牛のり入れる小谷川
涼しさや羽前をのぞく山の穴
涼しさや上野の森も庭の中
涼しさや上葉下葉の蓮の露
すゝしさや馬つなぎたる橋柱
涼しさや海にそふたる一郭
すゝしさや大島小島右左
涼しさや思ひ思ひの牛のさま
涼しさや風海面にひろがりて
すゝしさや片帆を真帆に取直し
涼しさや川打ちわたす馬もなし
すゝしさや神と仏の隣同士
涼しさやかもめはなれぬ杭の先
すゝしさや聞けば昔は鬼の家
すゝしさや君があたりを去りかぬる
涼しさや君とわれとの胸の中
すゝしさや雲湧き起る海三寸
すゞしさや此着物さへぬきすてず
すゝしさや此山にこの家一つ
すゝしさや小舟のりこむ芦の中
涼しさや子をよぶ牛も川の中
涼しさや鷺も動かぬ杭の先
涼しさやさらに月なき千松島
涼しさや雫を落す杉の月
すゝしさや島あり松あり白帆有り
涼しさや島かたふきて松一つ
涼しさや島から島へ橋つたひ
涼しさや知らぬ顔さへ同じ国
涼しさや石碑の数も何木立
すゝしさや関山こえて下り道
すゝしさや滝ほどばしる家のあひ
すゝしさや月になり行く雨の音
すゝしさや月に二人の亭主あり
涼しさや爪引ならふ舟の中
涼しさやともしちらつく五大堂
涼しさや名はなくもがなの千松島
涼しさやはせをも神にまつられて
涼しさや裸でこゆる笘根山
涼しさや羽生えさうな腋の下
すゝしさや舟うつり行千松島
涼しさや湊出て行く真帆片帆
すゝしさやむかしの人の汗のあと
涼しさや目高追はへる女の子
涼しさや山の下道川つたひ
涼しさや闇の夜中の水の音
涼しさや我船一つ鳰の海
涼しさやわれは禅師を夢に見ん
涼しさや画にもかゝるゝ五大堂
涼しさや雫をこぼす杉の月
涼しさを大竹原のそよぎ哉
すゝしさを君一人にもどしおく
すゝしさを砕けてちるか滝の玉
すゝしさを四文にまけて渡し守
涼しさをそよぎ出しけり藪の奥
涼しさを取にがしたる鯰かな
涼しさを裸にしたり座禅堂
涼しさを風鈴一つそよぎけり
背にうけて朝日すゝしや山の上
袖涼し島ちらばつて十八里
立ちよれば木の下涼し道祖神
ちろちろと焚火涼しや山の家
ちろちろと焚火すゞしや山の宿
月涼し蛙の声のわきあがる
月涼し水干露をこぼすべう
つり橋に乱れて涼し雨のあし
寺に寝る身の尊さよ涼しさよ
とちらから吹いても庵の涼しさよ
との窓を見てもすゞしや山の影
鳥啼て木を伐る山の奥涼し
二階からつかむ木末や風涼し
盗人もはいる此家のすゞしさよ
盗人のはひる此家の凉しさよ
のぞく目に一千年の風涼し
野も山もぬれて涼しき夜明かな
墓は皆涼しさうなり杉木立
袴はく足もと涼し昔ぶり
腹涼し袋の風を少しつゝ
灯ちらちら人影すゝし五大堂
一つ一つ吹く風涼し笛の孔
広瀬川細り細りて山すゝし
火をともす一村涼し山の陰
風鈴に涼しき風の姿かな
風鈴のほのかにすゝし竹の奥
笛の音の涼しう更くる野道哉
舟からは松家からは島すゝし
舟に乗る一人は涼し鳰の海
布袋涼し袋の風を少しつゝ
馬子歌のはるかに涼し木下道
窓あけて寝さめ凉しや檐の雲
迷ふても迷ふても野の涼しさよ
見下せば月にすゝしや四千軒
御仏に尻むけ居れば月涼し
闇涼し川の向ふの笑ひ声
闇涼し灯影ちらつく枕ばし
夕雲にちらりと涼し一つ星
夜はふけぬ妻は帰りぬ門涼し
夜もふけぬ妻も帰りぬ門涼し
夜も更けぬ妻も寝入りぬ門涼し
われはたゞ旅すゞしかれと祈る也
をさ橋に足のうら吹く風涼し
朝涼し汁粉くふべき人の顔
石抱て樵夫の眠る涼しさよ
烏帽子着て汐汲む女裾涼し
閣涼し金碧はげて笙の声
観ずれば涼しき夢のうき世哉
涼し黒し一船は皆丸裸
涼しさのはてを見て来よ外か浜
涼しさのはや穂に出でゝ早稲の花
涼しさは大楠の木のすかたかな
涼しさや石に注連張る山の奥
涼しさや上野の見ゆる曲り角
涼しさや上野の見ゆる町はづれ
涼しさや梅も桜も法の風
涼しさや水楼を下る白拍子
涼しさや人さまさまの不恰好
涼しさや人去て鷺舟に立つ
涼しさや船八分に傾きて
涼しさや都を出づるうしろつき
涼しさや柳につなぐ裸馬
涼しさや夕波くゞる大鳥居
涼しさを追はえつめたり外ケ浜
須磨の浦や松に涼しき裸蜑
船に寝れば鷺落ちて来る涼しさよ
牧方や蛍は過ぎて風涼し
あら涼し松の下陰草もなし
幽霊の出るてふあたり昼涼し
幽霊の出る町あたり昼涼し
家蔵を売つて涼しき夕哉
海涼し白鳥向ふより来る
うれしさに涼しさに須磨の恋しさに
鐘涼し十囲の木に道尽きて
蜘の巣の露に涼しき入日哉
剣ぬけばあたり涼しや頬の風
涼しさのはてを限るや紀伊の山
涼しさや淡路をめぐる真帆片帆
涼しさや石燈籠の穴も海
涼しさや雲に碁を打つ人二人
すゞしさや須磨の夕波横うねり
涼しさや内裏のあとの小笹原
涼しさや竹垂れかゝる橋の上
涼しさや波打つ際の藻汐草
涼しさや二階をめぐる松の風
涼しさや平家亡びし波の音
涼しさやほたりほたりと松ふぐり
すゝしさや松のうしろの帆掛船
涼しさや松の木末を走る真帆
涼しさや松の葉ごしの帆掛船
涼しさや松這ひ上る雨の蟹
涼しさや葎の中の水車
涼しさや柳のなかの夕ともし
涼しさや夕汐満ちて魚躍る
涼しさや吾ねる上に牛の面
すゞしさを足に砕けて須磨の波
須磨涼しどの旅籠屋に宿とらん
ちらちらと燈火涼し木の深み
昼中の白雲涼し中禅寺
松涼し海に向いたる一くるわ
松に波われ画にすゞし須磨の浦
宮一つそこらあたりの涼しさよ
もつれあふて涼し松風浪の音
夕闇や涼しき花は何の草
朝涼しはらりはらりと萩動く
鬼は熱し餓鬼は涼しと悟らずに
鍛冶が家の隣は涼し馬頭尊
君一人涼しきさまに塵ほこり
樹陰涼しこゝに晩餐の卓並ぶ
樹陰涼し茲に晩飯の卓並ぶ
下谷区の根岸の奥の風涼し
信者五六人花輪かけたる棺涼し
涼しげや病なくて何と病院に
涼しさうな処をよつて行き給へ
涼しさうな羅漢熱さうな羅漢哉
涼しさに身の毛もよだつ柳かな
涼しさの動く野山の緑かな
涼しさの須磨は帆ばかり松ばかり
涼しさの中に火を吹く浅間かな
涼しさの野を行けば帽飛ばんとす
涼しさの身の毛もよだつ柳かな
涼しさは鴎ばかりの流れかな
涼しさは帆につらさるゝ小舟かな
涼しさや雨ならんとして風起る
涼しさ荒壁落つる竹の風
涼しさや上野の山を吹きまくり
涼しさや魚くひつかぬ針のさき
涼しさや駕を出づれば滝の茶屋
涼しさや風吹く馬の額髪
涼しさや小家の前の麓川
涼しさや椎の裏葉を吹き返し
涼しさや通りぬけたる滝の裏
涼しさや那須山颪草靡く
涼しさや森の木の間に帆が見えて
禅寺に何もなきこそ涼しけれ
どち風が吹いても庵の涼しよ
なかなかに思ひたえぬる涼しさよ
庭先や夕風うけて萩涼し
早く行け涼しき国と聞くからに
噴水の水ふりかけて月涼し
又けふも涼しき道へ誰が柩
もの涼し春日の巫の眼に惚れた
風涼しく詩の舟少しおくれたり
十字架の涼しく放つ光かな
涼しさや滝を茶に煮る滝の茶屋
涼しさや芭蕉に起る風の音
砂浜に雑魚打あけて月涼し
庭涼し小流れ走る山の寺
八万の毛穴に滝の風涼し
金持は涼しき家に住みにけり
神鳴の雲をふまへて星涼し
鷺の立つ中洲の草や川涼し
涼しさや川を隔つる灯は待乳
涼しさやまはり燈籠に灯をともす
須磨涼し唐人どもの夕餉時
第三の石門涼し雲の上
月に水涼しき夕神あらん
海に映る一番星や浜涼し
手をあてゝ手の腹涼し鐘の疣
古沢や月に涼しき鷺の夢
修竹千竿灯漏れて碁の音涼し
すゝしさの皆打扮や袴能
涼しさや青梅の写生、五六枚
世の土用知らぬ行脚の木曽路哉
世の土用知らぬ木曽路の行脚哉
柿の実の青くて細き土用哉
木枕にわれ目の見ゆる土用哉
草の葉の黄色勝なる土用哉
松島に風のさかりの土用哉
松島の松見に行かん土用の入
ほろほろと朝雨こぼす土用哉
村医者の洋服着たる土用哉
夜の雨や暁晴れて土用の入
南京の人とのりあふ土用哉
星凍る銀明水や土用の入
土用に入りて雨あり米の上るべく
土用に入て雨あり米価乱高下
涌き立つや土用の空の阿波太郎
蒲焼の土用も過ぎて帰りけり
湯婆踏で淡雪かむや今土用
人屑の身は死もせで夏寒し
夜涼如水三味引キヤメテ下リ舟
秋近き窓のながめや小富士松
朝顔の朝々咲て秋近し
朝顔の一日一日にあき近し
一夜さは物も思ふて秋近し
秋近し桔梗を契る別れ哉
秋近し七夕恋ふる小傾城
鏡見てゐるや遊女の秋近き
松が根に小草花さく秋隣
山里や秋を隣に麦をこぐ
夜咄や浦の笘屋の秋近き
秋近く朝顔の花開きけり
ゆふべゆふべ何やら啼いて秋近し
ゆふべゆふべひぐらし鳴いて秋近し
秋近く桔梗は咲てしまひけり
秋近し朝顔の花二ツ咲く
下尽見ゆる座敷や朝の風薫る
足もとに絵のしま見えて風薫る
かきわける白のゝれんや風薫る
かきわける花暖簾や風薫
風かをるあとに散りけり青松葉
鷺一つ立て青田の風薫
すただしに苔ふむたびや風薫
夏草や君わけ行けば風薫る
夏不二の雪見て居れは風薫る
踏みならす橘橋や風かをる
松の木に風蘭もありかせ薫
招く手の裏を汐風かをりけり
雪の鬚なてる手もとや風薫
雪の間に小富士の風の薫りけり
新らしき垣根つゞきや風かをる
国なまり故郷千里の風かをる
白百合のかぶりふる時風かをる
その人の足あとふめば風かをる
滝壷に這ひ出る松の風かをる
旅人のいたづらよりぞ風かをる
水上に滝白う見えて風かをる
良二千石虎行くあとの風かをる
石毎に松もつ谷の風薫る
風熱く大和心の薫りけり
古杉や三百年の風薫る
松島や舟は片帆の風かをる
破風赤く風緑なり寛永寺
御白粉の風薫るなり柳橋
薫風や裸の上に松の影
古杉の風薫りけり奥の院
母屋の御簾に葵の枯葉風薫る
絵島見えて夕風薫る衣桁哉
春日野や薫風含む巫の袖
石菖や薫風起るへごの鉢
松風の匂はゞ須磨の朝の内
薫風や音羽の滝を吹き散らす
薫風や大文字を吹く神の杜
薫風や舟を放つてはまち釣
脇息に薫風細き腕を吹く
鼓聞え謡聞え松の風薫る
絵の島や薫風魚の新しき
薫風に袂ふくらむ馬上哉
薫風や煙草の煙吹ちらす
薫風や松島の記をひるかへす
薫風や松島の記を吹きがへす
薫風や千山の緑寺一つ
柴進の表巫敷や風薫る
薫風吹くレ袖釣竿担く者は我
江の島や薫風魚の新らしき
真帆片帆どこまで行くぞ青嵐
一村は卯つ木も見えす青嵐
城山の浮ひ上るや青あらし
城山の浮み上るや青嵐
そよそよと山伏ふくや青嵐
野あるきや内で思へは青あらし
白芥のうしろの原や青嵐
一筋に煙草けぶるや青嵐
ふしつくは都ふきこす青嵐
山へ来て絵島近し青嵐
うねうねと山脈低し青嵐
汽車見る見る山を上るや青嵐
十万家眼下に低し青嵐
雀細り細りて見えず青嵐
武蔵野の隅に江戸あり青嵐
青嵐大船つくる川辺哉
島一つ見えず広野の青嵐
山もなし只ひろびろと青嵐
片谷へ雲吹き落せ青嵐
真帆片帆右は播磨の青嵐
見下すや城は田中の青嵐
岡の上に馬ひかえたり青嵐
青嵐煙突の煙北へ吹く
住吉は松の中なり青嵐
千住出れば奥街道の青嵐
其中に楠高し青嵐
大仏の頭吹きけり青嵐
大仏の頭吹くなり青嵐
旅人の青嵐の中を下りけり
青嵐上野の杜も庭の内
君ゐます空のいらかや青嵐
三騎先へ一騎おくるゝ青嵐
青嵐去来や来ると門に立つ
五月雨の晴間や屋根を直す音
五月雨や神経病の直りぎは
つくねんと大仏たつや五月雨
碁の音に壁の落ちけり五月雨
碁丁々荒壁落つる五月雨
五月雨や青葉のそこの窓明り
五月雨や傾城のぞく物の本
日の中に昼も夜もあり五月雨
折りもをり岐岨の旅路を五月雨
大粒になつてはれけり五月雨
梯や水にもおちず五月雨
桟や水へも落ちず五月雨
かけ橋や水より上を五月雨
暮れかけて又日のさすや五月雨
五月雨にいよいよ青し木曽の川
五月雨に菅の笠ぬぐ別れ哉
五月雨に一筋白き幟かな
五月雨に御幸を拝む晴間哉
五月雨の雲やちぎれてほとゝぎす
五月雨は藜の色にしくれけり
五月雨は藜の色を時雨けり
五月雨は杉にかたよる上野哉
五月雨は腹にもあるや腸かたる
五月雨やけふも上野を見てくらす
五月雨や墨田を落す筏舟
五月雨や漁婦ぬれて行くかゝえ帯
五月雨や流しに青む苔の花
五月雨やながめてくらす舞扇
はたごやに蝿うつ客や五月雨
筆につく墨のねばりや五月雨
蓮生の髯ものびけり五月雨
折からの木曽の旅路を五月雨
いたつきに名のつきそむる五月雨
一村は杉の木の間に五月雨
面白や牛のうたひも五月雨
限りなき海のけしきや五月雨
かしこさに禰宜も痩せけり五月雨
風吹て晴れんとす也五月雨
壁をもる牛の匂ひや五月雨
木曽三日山の中也五月雨
雲か山か不二かあらぬか五月雨
傾城の文とゝきけり五月雨
傾城や年よりそむる五月雨
鷺飛で牛居る沢や五月雨
定めなき身を五月雨の照り曇り
五月雨に瀬のかはりてや鷺の足
五月雨の足駄買ふ事忘れたり
五月雨の哀れを尽す夜鷹哉
五月雨の崩れもやらぬほこら哉
五月雨の隅田見に出る戸口哉
五月雨の茶からもたまる日数哉
五月雨の中に天山星が岡
五月雨や朝日夕日の少しつゝ
さみたれやいつもの窓に琴もなし
五月雨や覚えた謡皆になり
五月雨や亀はひ上る早苗舟
五月雨やくたびれ顔の鹿の妻
五月雨や小牛の角の蝸牛
五月雨や小膝にあまる文の丈
五月雨や五月雨や碑文二千年
五月雨やだまつて早苗とる女
五月雨や田蓑の島の草枕
五月雨や月出るかたの薄明り
五月雨や月出る頃の薄明り
五月雨やともし火もるゝ藪の家
五月雨や檐端を渡る峰の雲
五月雨や糊のはなるゝ花がるた
五月雨や畠にならぶ杉の苗
五月雨や芳原の灯のまばら也
退屈や糸の小口もさみだるゝ
蝸牛の喧嘩見に出ん五月雨
蝸牛の角のぶ頃や五月雨
苫の上に苔の生ひけり五月雨
並杉のくさるかと思ふ五月雨
古くさき咄の多し五月雨
道ふさぐ竹のたわみや五月雨
水瓶に蛙うくなり五月雨
牛若の鞍馬上るや五月雨
うつくしき棺行くなり五月雨
控木に五月雨の茸並びけり
馬で行け和田塩尻の五月雨
大空やどこにたゝへて五月雨
かけ橋や五月雨雲を笠の端
清水のともし火高し五月雨
五月雨三百人の眠気なり
五月雨に向ふの見えぬ老馬かな
五月雨の石切り出だす深山哉
五月雨の岩並びけり妙義山
五月雨の木曽は面白い処ぞや
五月雨の木の間に暗し大伽藍
五月雨の雲許りなり箱根山
五月雨の*(白+? )生ゆらんか蝶の羽
五月雨の鳥啼く木立庭広し
五月雨の化物やしき古にけり
五月雨のふらんとすなり秩父山
五月雨や金の小笠の馬印
五月雨や簀の子の下の大茸
五月雨や天にひつゝく不二の山
五月雨や鶏上る大々鼓
山門や木の枝垂れて五月雨
城跡の石垣はかり五月雨
窓掛のがらすに赤し五月雨
言ひのこす詞のはしぞ五月雨るゝ
牛追ふて行く藪陰や五月雨
椽側に棒ふる人や五月雨
大家や降るとも知らず五月雨
君が身に五月雨晴れぬきのふけふ
この二日五月雨なんど降るべからず
ころしもやけふも病む身にさみだるゝ
五月雨大井の橋はなかりけり
五月雨人居て舟の煙りかな
五月雨の雲を巻きこむ早瀬哉
五月雨や牛に乗たる宇都の山
五月雨や蟹の這ひ出る手水鉢
五月雨や築地をかくす八重葎
五月雨や泥鰌ふつたる潦
五月雨や泥鰌湧たる井戸の端
五月雨や葎の中の古築地
泥川の海にそゝぐや五月あめ
人並ぶ寮の廊下や五月雨
三井寺や湖濛々と五月雨
赤き薔薇白き薔薇皆さみだるゝ
街道に馬糞も見えず五月雨
かち渡る人流れんとす五月雨
雷の声五月雨これに力得て
今日も亦君返さじとさみだるゝ
五月雨三味線を引く隣哉
五月雨に火種の消えし不動哉
五月雨の傘ばかりなり仲の町
五月雨の合羽つゝぱる刀かな
五月雨の合羽を出たる刀かな
五月雨のかびや生ゆらん鯉の背
五月雨の雲這ひわたる那須野哉
五月雨の小草生えたる土俵哉
五月雨の竹を羨む檜哉
五月雨のどしゃぶりに根の抜けんとす
五月雨のともし少き小村かな
五月雨の泥を流して海黄なり
五月雨の眠るが如くふりにけり
五月雨のはだしで乗りし渡し哉
五月雨のはだしでのりて渡し哉
五月雨の晴れなんとして靄深し
五月雨の旱のと菊の手入れかな
五月雨のみぐるし山とぬかしけり
五月雨の森の中なり塔一重
五月雨の宿借りし家に娘あり
五月雨は人の涙と思ふべし
五月雨や仮橋ゆるぐ大井川
五月雨や下駄屋の前で下駄をきる
五月雨や五里の旅路の桑畠
五月雨やしとゞ濡れたる恋衣
五月雨や庄屋にとまる役人衆
五月雨や三味線をひく隣哉
五月雨や薄生ひそふ山の道
五月雨や大木並ぶ窓の外
五月雨や戸をおろしたる野の小店
五月雨や榛の木立てる水の中
五月雨や水汲みに行く下駄の跡
五月雨や宿屋の膳の干蕨
五月雨やわつかに月のあり処
五月雨や岡長々と王子迄
雪院に黒き虫這ふ五月雨
大仏やだらりだらりと五月雨
出女のなじみそめけり五月雨
何もなき水田の上や五月雨
抜道は川となりけり五月雨
抜道は草露けしや五月雨
野の道を傘往来す五月雨
橋杭のいとゞ短し五月雨
橋杭のいよゝ短し五月雨
蓮池の浮葉水こす五月雨
船車さみだれぬやうに行きたまへ
溝川に枝覆ひかゝる五月雨
目さませば今日も朝からさみたるゝ
目さむれば今日も朝からさみたるゝ
五月雨や足駄岩を踏で滝を見る
今日は又足が痛みぬ五月雨
五月雨や鬼の血剥る羅生門
五月雨や小き虫落つ本の上
五月雨や虫落来る本の上
地車の轍の跡や五月雨
一人居る編輯局や五月雨
山吹の余花に卯の花くだし哉
草鞋はいて傘買ふ旅の五月雨
五月雨やちひさき家の土細工
椎の舎の主病みたり五月雨
田植見る二階の窓や五月雨
五月雨や上野の山も見あきたり
五月雨や背戸に落ちあふ傘と傘
五月雨や畳に上る青蛙
五月雨や棚へとりつくものゝ蔓
根だ搖く川辺の宿や五月雨
病人に鯛の見舞や五月雨
病人の枕ならべて五月雨
この祭いつも卯の花くだしにて
五月雨や善き硯石借り得たり
蜘蛛の巣やふじ引かゝる五月晴
おしあふてくる萍や五月晴
鼓鳴る芝山内や五月晴
うれしさや小草影もつ五月晴
顎の鬚に風あり五月晴
五月晴やあつい天気に取かゝる
五月晴や窓をひらけば上野山
五月晴や病の窓の西日影
見えそめて青雲うれし五月晴
夕顔の苗売る声や五月晴
痩畑や物種栽うる五月晴
山畑や物種栽る五月晴
木のまたに朝日出でけり五月晴
下駄洗ふ音無川や五月晴
椎の木に鶯鳴きぬ五月晴
早咲の朝顔赤し五月晴
一群の托鉢僧や五月晴
病床をそと移しけり五月晴
露店の傘負け顔や五月晴
椎の木に鶯鳴くや五月晴
満園の露日に動く五月晴
カナリヤの卵腐りぬ五月晴
薔薇を剪る鋏刀の音や五月晴
梅雨晴やところところに蟻の道
入梅晴やあかるい雲にこのあつさ
梅雨晴にさはるものなし一本木
入梅晴の朝より高し雲の峰
梅雨晴の風に戻りし柳哉
梅雨晴や朝日にけぶる杉の杜
入梅晴や風にもどりし夏柳
梅雨晴やかびにならずふじの雪
梅雨晴やけさ天窓の煤のいろ
梅雨晴やふじひつかゝる蜘の網
梅雨晴や窓を開けば上野山
入梅晴やあつい天気にとりかゝる
梅雨晴や太鼓打ち出す芝居小屋
五月雨晴や大仏の頭あらはるゝ
梅雨晴れて某日夕立来るかな
梅雨晴れて水無月の風窓に吹く
梅雨晴の朝日に松の雫かな
梅雨晴や上野の鳶はいつも鳴く
梅雨晴れんとして上野の鳶の低く舞ふ
降るものにして日和は梅雨のまうけもの
梅雨晴や蜩鳴いて松の風
梅雨晴や蜩鳴くと書く日記
金山に夜の光りやさつき闇
五月闇あやめもふかぬ軒は哉
豆腐屋の谷中こゆ也五月闇
ひらめくや太刀の稲妻五月闇
夜も昼もうつらうつらと五月闇
覚束などこ迄いても五月闇
船の外五月の闇のはてもなし
ごほごほと海鳴る音や五月闇
大仏や眼許り光る五月闇
とんねるに水踏む音や五月闇
白はえや写字する窓の時明り
白栄や写本の窓の時明り
南風や隣の鯉を吹いて来る
青東風や空にたゞよふ天主閣
土用東風船玄海にかゝりけり
土用東風船玄海へかゝりけり
夏嵐机上の白紙飛び尽す
夏嵐にわかに起る野道哉
夏雲や辰巳にあるを阿波太郎
秋風はまだこえかねつ雲の峯
かちあふて一ツになるや雲の峯
鰻まつ間をいく崩れ雲の峯
不二山にくづれかゝるや雲の峯
井の水につるべとどかず雲のみね
赤門に角帽見えす雲の峯
雲の峯つひに白帆の上りけり
雲の峯に扇をかざす野中哉
雲の峯の麓に一人牛房引
谷底に見あげて涼し雲の峯
野の道に撫子咲きぬ雲の峯
むさし野に立ち並びけり雲の峯
むさしのや川上遠き雲の峯
海へだつ上総は低し雲の峯
雲の峯徐福か船は遥かなり
雲の峯並んで低し海の上
雲の峯ならんで低し海のはて
此風が吹き出しさうな雲の峯
此枝の山十つみあげて雲の峯
昼顔のつるの先なり雲の峯
風鈴の音にちりけり雲の峯
風鈴の風にちりけり雲の峯
船路さて行けとも行けとも雲の峯
真黒な蝶の狂ひけり雲の峯
真黒な蝶の狂ひや雲の峯
見てをれば根から崩れて雲の峯
物干のうしろにわくや雲の峯
山を出てはしめて高し雲の峯
海の果や白帆出て来る雲の峯
裏山の出城崩れて雲の峯
大島も小島も細し雲の峯
雲の峯華厳の滝は涸れにけり
雲の峯艨艟雲に隠れ行く
雲の峯凌雲閣に並びけり
砂漠千里小草も見えず雲の峯
電信のはりがね多し雲の峯
夕栄や雲の峯々片くづれ
かさなるや影と日向の雲の峯
雲の峯大路二つに分れけり
雲の峯白帆南にむらがれり
暮れ行くや影と日向の雲の峯
鉄橋に頭出しけり雲の峯
一船は皆裸なり雲の峯
二色に影と日向の雲の峯
帆の多き阿蘭陀船や雲の峯
湖や日枝に上れば雲の峯
ゆふかたや影と日向の雲の峯
夕栄や月も出て居て雲の峯
湧き返る人の頭や雲の峯
朝晴や箱根出かぬる雲の峯
荒海をおさへて立ちぬ雲の峯
家もなし棉の畠の雲の峯
蟒の住む沼涸れて雲の峯
押され来て西へ流れぬ雲の峯
雲の峯天龍細く流れけり
雲の峯駱駝に水を飲ませけり
沙漠草なし獅子ゆうゆうと雲の峯
塩竃の煙絶えけり雲の峯
菅笠の一つ行くなり雲の峯
砂浜の小松も見えず雲の峯
赤道の上に並ぶや雲の峯
鳥落つる殺生石や雲の峯
匹夫にして神と祭られ雲の峯
一浜は皆裸なり雲の峯
塀越に野社見えて雲の峯
山国や一方海に雲の峯
山道や出羽に見下す雲の峯
夕風に根崩れするや雲の峯
夕風や崩れてしまふ雲の峯
夕栄や雨に崩れし雲の峯
籠城の水の手きれぬ雲の峯
煙突や間に低き雲の峯
雲の峯硯に蟻の上りけり
雲の峯千里の駒の並びけり
汗拭ふ向ふに高し雲の峯
幽霊の出る井戸涸れて雲の峯
犬捨つる川に水無し雲の峯
咸陽の焼跡広し雲の峯
黄な旗を立てし棺や雲の峯
昼中や頭揃える雲の峯
雲の峯水なき川を渡りけり
焼砂に深き轍や雲の峯
剣が峰に夏霧吹て滝の音
朝顔の花の命や夏の雨
負ふた子の一人ぬれけり夏の雨
なかなかに裸急がず夏の雨
龍を叱す其御睡や夏の雨
龍を叱す其御*(目偏+毛)や夏の雨
大磯のはれてをかしや虎が雨
大磯の誠しぐるゝ虎が雨
夕立やはちすを笠にかぶり行く
夕立や一かたまりの雲の下
夕立やあれもかけこむ其角堂
夕立や今戸わたりて三囲へ
夕立や不尽ははつきり見えなから
夕立をほめてかけこむ雨やとり
夕立の雲いそがしやどこの雨
夕立の下かけぬけし美濃路哉
夕立や松とりまいて五六人
夕立に芸者の小歌くつれけり
夕立に鷺の動かぬ青田かな
ゆふだちにはりあふ宮の太鼓哉
夕立に古井の苔の匂ひかな
夕立に蓑のいきたる筏かな
夕立の押へ付けたり茶の煙
夕立のはづれに青し安房上総
夕立の見る見る過る白帆哉
夕立の見る見るまくる白帆哉
夕立や板屋に崩す一あらし
夕立や君を思へばはだしにて
夕立や雲もみださぬふじの山
夕立やころころ落る梅法師
夕立や算木崩れし卜屋算
夕立や蛇の目の傘は思ひもの
夕立や智恵さまさまのかふり物
夕立や橋の下なる笑ひ声
夕立や干したる衣の裏表
夕立をもみくづしけり卜屋算
海原やかたへ夕立つ蜑小舟
見てをれば夕立わたる湖水哉
向ひ地の山は夕立つけしき哉
ものすごくなつて夕立つ山家哉
山奇なり夕立雲の立めくる
夕立にうたるゝ鯉のかしらかな
夕立に行水したる都哉
夕立に猫といたちのさわぎ哉
夕立に宿をねだるや蔵の家
夕立のあとから来たり植木売
夕立や傘一本に二三人
夕立の押しよせてくる榛名哉
夕立のくるやあれあれ向ふから
夕立の下に迷ふや温泉の煙
夕立の虹こしらへよ千松島
夕立の又やふりけす不二の雪
夕立の見る見る山を下りけり
夕立や牛の匂ひにむせる村
夕立や枝もたわゝのむら雀
夕立や沖は入日の真帆かた帆
夕立や大路にかゝる牛車
夕立の枝やたわゝのむら雀
夕立や傘一本を二三人
夕立や傘張傘をたゝみあへず
夕立や葛屋の声の消えて行く
夕立や蜘の子ちらす市の人
夕立や衣ほすてふ尼の寺
夕立や雀あつまる樫の枝
夕立や雀もつるゝ牛の角
夕立や簀戸に押されし小傾城
夕立や殺生石のあたりより
夕立や豆腐片手に走る人
夕立や人声おこる温泉の煙
夕立や人声こもる温泉の煙
夕立や紅筆溝を流れ行
夕立や宿屋の庭の金魚池
夕立や屋根葺すくむ破風の陰
夕立を見下す湯場の二階かな
夕立を道々こぼす小村哉
夕立を見ながら歌の咄かな
海原や夕立さわぐ蜑小舟
大牛の尻に夕立つ山路哉
大榎夕立雲の下りけり
夕立の石もふるかと鈴鹿山
夕立の雲渦まくや大鳴戸
夕立の波のよる見ゆ飛脚船
夕立の帆柱わたる湊かな
夕立や穴に逃込む豆狸
夕立や近衛の騎兵一大隊
夕立や机に並ぶ大盥
乱れ矢のあとや夕立ついくさ船
夕立に降られて帰る磯辺かな
夕立の足音聞くや橋の下
夕立の淡路のうしろ通りけり
夕立の鬼もふらずに鈴鹿山
夕立の鬼も降るかと鈴鹿山
夕立の笘に蝉鳴く日影かな
夕立の中を押し行く車かな
夕立の船ことごとく裸なり
夕立の横に押し行く武蔵哉
夕立や雲舞ひ下る牛の角
夕立や砂に突き立つ青松葉
夕立や野に残されし牛の声
夕立や一船は皆裸なり
夕立や焼石冷ゆる浅間山
入海や夕立晴れて月低し
心よく夕立つ山の出城かな
青雲や夕立来る椽南
唾せば若し夕立となりやせん
唾せばもし夕立になりやせん
東京へ夕立遣らん唾して
塀越えて夕立北の野から来る
帆おろすや夕立ほつりほつり来る
湯上りに夕立を見る裸かな
夕立に逢ふものならば関の宿
夕立に桐の木多き小寺かな
夕立にはづれはづれの小村かな
夕立に日傘さしたる女かな
夕立の叩き出したる髑髏かな
夕立の沛然として野から来る
夕立のほこりになつてしまひけり
夕立の龍下りたる裾野哉
夕立は晴れて荵の雫かな
夕立は山へかゝりて市の月
夕立は山へかへりて市の月
夕立やあこや清水より返る
夕立や市ちらばつて地蔵尊
夕立や動きもならぬ鷺一羽
夕立やかしこ過ぎたる人の簑
夕立や片頬濡れたる石の像
夕立や簾を捲けば三日の月
夕立や並んでさわぐ馬の尻
夕立や逃げそこなひし鷺一羽
夕立や野道を走る人遠し
夕立や広野の中に牛一つ
わらんじをとくや夕立さつと来る
行水や沛然として夕立す
筆に霊ありて夕立を祈るべく
筆霊にして夕立を祈るべく
夕立の音はかりして通りけり
夕立の隣の山に逼りけり
夕立や日のさす方へふつて行く
上州の山は夕立つけしき哉
夕立に蝉の飛び行く西日哉
夕立に蝉の飛び行く日影哉
夕立に蝉の逃げ行く西日哉
夕立に蝉の逃げ行く日影哉
夕立に破れそめたる芭蕉哉
夕立の騒ぎの中へ放れ馬
夕立や南を見れば雲の峰
夕立や蛙の面に三粒程
夕立や君が怒の一しきり
舟一つ虹をくゞつて帰りけり
湯上りやつい涼風に寝せらるゝ
湯上りや涼風吹て眠うなる
涼風やわれを山から吹下す
涼風をあびる木の間の床几哉
涼風を輪にして廻る車哉
睾丸に須磨のすゞ風吹送れ
洞穴や涼風暗く水の音
涼風や愚庵の門は破れたり
涼風の上野吹くらん杉動く
涼風やビードロになる砂を採る
川上にあらひ出しけり夏の月
鱗ちる雑魚場のあとや夏の月
くれきらぬ白帆に白し夏の月
夏の月四條五條の夜半過
夏の月紙帳の皺も浪と見よ
夏の月不二は模様に似たりけり
荷を揚る拍子ふけたり夏の月
真黒に茄子ひかるや夏の月
わびしさや藜にかゝる夏の月
牛になる僧もあるらん夏の月
木曽を出て材場の檜や夏の月
傾城は格子の内や夏の月
月琴にさびしき夏の月見哉
辻占の声も更けたり夏の月
夏の月頬黒の多き女哉
ぬれて行く裸馬あり夏の月
女二人咄す戸口や夏の月
三本の帆檣高し夏の月
尾の道や帆綱をくゞる夏の月
うさくさをうしろに捨てゝ夏の月
臼の中にすわる人あり夏の月
甲板に寝る人多し夏の月
賎が家の琴立ち聞くや夏の月
砂浜や何に火を焚く夏の月
夏の月提灯多きちまた哉
夏の月寝ぬ声一人二人かな
名どころや海手に細き夏の月
橋通る人の頭や夏の月
がやがやと道者帰りぬ夏の月
琴の音や人垣間見る夏の月
妻去りし隣淋しや夏の月
戸の外に莚織るなり夏の月
話しながら人通りけり夏の月
楼上に舟呼ぶ人や夏の月
金杉や琴かしましき夏の月
川口や湯舟を出れば夏の月
木賀を出て箱根に上る夏の月
中宮祠に滝の音聞く夏の月
夏の月此横町も琴の音
夏の月隣の琴の引きやみぬ
泳ぎ場に人の残りや夏の月
十年前の夏の三日月此夕
道ばたの堀かけ井や夏の月
家のなき人二万人夏の月
椽端や虫歯抱へて夏の月
夏の月大長刀の光哉
夏ノ月京ハ夜店ノ灯カナ
草枕の我にこぼれよ夏の星
日ざかりに泡のわきたつ小溝哉
日さかりに泡のわき立田面哉
日さかりに兵卒出たり仲の町
日さかりや蜑か門への大碇
日さかりやうつとりとなる池の鯉
日盛りの八百八町焔立つ
日盛りや砂に短き松の影
旱さへ瓜に痩せたるふりもなし
ひてりさへ瓜はやせたる顔もなし
夕虹の雨気にうとき早哉
海賊の村に水汲む旱かな
不忍の泥に蓮咲く旱かな
炎天の色やあく迄深緑
炎天の中にほつちり富士の雪
炎天やあたり木もなき町の中
炎天や青田に動く人の影
炎天や海士が門辺の大碇
炎天や御歯黒どぶの泡の数
炎天や木の影ひえる石だゝみ
炎天をわたるや鷺の只一羽
炎天に聳えて寒き巌哉
炎天に聳て高き巌哉
人絶えて炎天の石壇風渡る
炎天に人のほのほや広小路
炎天や蟻這ひ上る人の足
炎天や浮み出でゝはたまる泡
炎天に菊を養ふあるじ哉
炎天や砂利道行けば蝶の殻
炎天を照り返したる沙漠哉
炎天の道毒水にいでゝ渇す
早起山を越え炎天を茶屋に休む人
炎天に鏡きらめく神輿哉
炎天や草に息つく旅の人
炎天に水無き山の登りかな
五月川心細く水まさりたる
五月川心細さの一夜かな
植ゑつけて月にわたせし青田哉
鷺一ツ下りて青田の風薫る
青田あり川あり白帆五つ六つ
青田あり河在白帆画のことし
青田あり川あり白帆上り行
青田あり川あり白帆つらなれり
青田あり川あり白帆つらなりぬ
青田ありて又家居あり町はづれ
萱草や青田の畦の一ならび
さゝ波や湖めぐらして青田哉
白鷺の力かましき青田かな
峠から見る段々の青田かな
田から田へうれしさうなる水の音
宙を踏む人や青田の水車
中をふむ人や青田の水車
日本の国ありがたき青田哉
八郎湖のへりを取りたる青田哉
稗蒔と殿の見給ふ青田かな
町はづれ青田にとなる鍛冶屋哉
むさしのや青田の風の八百里
夕風の見えてねぢれる青田哉
田舎路は鷺こきませて青田哉
学校のあとに淋しき青田かな
霧雨のふるや青田の朝朗
横雲に朝日の漏るゝ青田哉
山門や青田の中の松並木
流れ矢の弱りて落ちし青田哉
白雲や青く広きは田なるべし
夕風の鷺吹き飛ばす青田哉
青田稀に畠多きぞ是非もなき
洪水のさはるものなき青田哉
洪水や青田を流れ海に落つ
小路して青田の風に吹かればや
須磨寺のともし火うつる青田哉
土手切れて水迸る青田哉
虹の根に白壁光る青田哉
白雲や広く青きは田なるべし
二筋に虹の立つたる青田哉
ふらりふらり根岸を出れば青田哉
夕飯の向ふに見ゆる青田哉
青田に出でず御行の松を見て返る
小松植ゑて新道直き青田哉
巡査見えて裸子逃げる青田哉
漠たる青田を横に鷺の飛ぶ
田の上や青みのうつる昼の月
はつとする博物館や木下闇
牛帰る木の下闇や村一つ
木下闇あゝら涼しや恐ろしや
木下闇箇程の大寺あらんとは
木下闇ところところの地蔵哉
下闇に牛をあらそふ二人かな
下闇にたゞ山百合の白さかな
下闇や八町奥に大悲閣
下闇や八町奥の大悲閣
豆腐屋の谷中こゆ也木下闇
兵隊の行列白し木下闇
木下闇電信の柱あたらしき
木下闇女後推す車かな
木下闇に砦見下す物見哉
下闇やびつくりしたる石地蔵
下闇や一塊まりの蚊のうなり
猫の塚お伝の塚や木下闇
猫迷ふ庭の闇路や牛の角
袋提げて小尼行くなり木下闇
送られて別れてひとり木下闇
木下闇人驚かす地蔵かな
御料地や森の下闇鳥が鳴く
下やみや池しんとして魚浮たり
下闇を出でゝ明るし渡月橋
灯青く廻廊赤し木下闇
物凄き平家の墓や木下闇
蛾の飛んで陰気な茶屋や木下闇
樒売る婆々の茶店や木下闇
下闇に宮も鳥居も真赤なり
下闇や蛇を彫りたる蛇の塚
花や旗や森の下闇棺行く
お堂暗く龍の目凄し木下闇
法螺吹て行者集むる木下闇
螺吹いて道者集むる木下闇
下闇にかづら這ひ出て道もなし
下闇や百万両の鑿の跡
背ニ負ヘル天狗ノ面ヤ木下闇
別荘や膳を向けたる夏の海
窓あけて顔つきあたる夏のやま
窓あけて鼻の先なり夏のやま
夏山のすずみや海は一里先
蚤蝿の里かけぬけて夏の山
夏山の緑うつりし小窓かな
夏山をめぐりて遠し道普請
夏山を廊下づたひの温泉哉
酒売の夏山こゆる車哉
つゝじ咲く夏の木曽山君帰る
躑躅さける夏の木曽山君帰
夏山の重なりあふて不尽の山
夏山の六分通りは畠かな
夏山や笈おろしたる大女
夏山や雲湧いて石横はる
夏山をめぐらして城の郭哉
今百里さらに夏山何百里
今百里さらは夏山何百里
今も百里さらに夏山何百里
大家のうしろに夏の山けはし
夏山に敵の城見る物見かな
夏山に鼻つく馬の歩み哉
夏山に見下す敵の砦かな
夏山にもたれてあるじ何を読む
夏山の雲むらむらと起りけり
夏山のこゝもかしこも名所哉
夏山の病院高し松の中
夏山や一方開く帆の往来
夏山や木の間木の間の神仏
夏山や鳥居の笠木宮の屋根
夏山や万象青く橋赤し
夏山や麓に近き雲の村
夏山やふもとに低き雲の村
椅子に舁れ夏山上る異人かな
きざはしの下や夏山三万里
夏山の麓に見ゆる牧場かな
夏山や岩の上より礫打つ
夏山や湖水青く鳥啼き渡る
洋人や椅子に舁かれて夏の山
大杉の伐りかけてある夏の山
夏山に脚気養ふて滝を見る
夏山を出て北へ向く流れ哉
翠簾捲けば夏山うつる鏡かな
夏山や五十二番は岩屋寺
夏山を出つれは美濃の広哉
夏山や水に乏しき峠茶屋
夏山の骨とも見ゆる巌かな
夏山を出て善光寺平かな
夏山を上り下りの七湯かな
夏山ヤ岩アラハレテ乱麻皴
木の緑したゝる奥の宮居哉
笠一つしたゝる山の中を行く
武蔵野に翠したゝる筑波哉
雨晴れて緑したゝる中に寺
八方の風引きうくる夏野かな
馬士一人ねむりこけたる夏野哉
傾城も石になりたる夏野哉
ちらちらと伏勢見ゆる夏野哉
紫の一本見えぬ夏野哉
わけ行れば虫のとびつく夏野哉
家あるまで夏野六里と聞にけり
家ある迄夏野六里を聞えけり
家もなし夏野の原の石碑哉
限りなく鉄道長き夏野哉
草生ひて牧童迷ふ夏野かな
十二時の大砲ひゞく夏野哉
大砲の車小さき夏野かな
絶えず人いこふ夏野の石一つ
鉄砲の調練見ゆる夏野哉
商人に行き違ふたる夏野哉
旅人の兎追ひ出す夏野哉
見送らん夏野に君の見えぬ迄
笠提げて夏野通るや朝の内
雷の十歩に落つる夏野哉
行列の草に隠るゝ夏野かな
草結ぶ夏野の中の家もなし
国道の普請出来たる夏野哉
電信の棒隠れたる夏野かな
鳥飛ぶや夏野の野末山細し
二軒目の茶店に休む夏野かな
低き木に馬繋ぎたる夏野哉
猟犬の音聞きつける夏野哉
汽車道を横ぎつて行く夏野哉
夏野尽きて道山に入る人力車
かたまりて黄なる花さく夏野哉
がた馬車をやり過したる夏野哉
盗人の昼も出るてふ夏野かな
夏野行ク人や天狗ノ面ヲ負フ
夏川の音に彳む闇夜哉
夏川の音のすゝしき闇夜哉
夏川に行脚の笠の流れけり
鮎はねて跡静かなり夏の川
くるゝ迄子の遊びけり夏の川
ずんずんと夏を流すや最上川
夏川にそふて面白し下り道
夏川や馬つなぎたる橋柱
夏川や枕にひゞく山の宿
夏川や水の中なる立咄し
酒売の夏川こえて岡越えて
夏川の泥に嘴入るゝ家鴨哉
ざぶざぶと夏川渡る小荷駄哉
何処へなりと遊べ夏山夏の川
夏川に土をつめたる俵哉
夏川やいづくの雨の濁り水
夏川や小橋たわゝに水を打つ
夏川や随身さきへ牛車
夏川や随身さきへ水車
笈負ふて夏川渉る朝まだき
裾かゝげ夏川わたる下駄ながら
供一人夏川渡る医者の駕
夏川のあなたに友を訪ふ日哉
夏川の境も知らず溢れけり
夏川の砂さらさらと流れけり
夏川や溢れて草を流れこす
夏川や小道に溢れ田に落つる
夏川や高くかゝげし紅の裾
夏川や中流にしてかへり見る
夏川や鍋洗ふべき門搆
夏川や橋はあれど馬水を行く
夏川や渡らぬ人の水を行く
夏川や吾れ君を負ふて渡るべし
夏川を滝に落すや山の宿
夏川を二つ渡りて田神山
夏川を二つ渡りて永田村
夏川を渡りつれたる小荷駄かな
日光や夏川走る草の中
橋なくて人立ち戻る夏の川
溯る夏川細く雲起る
夏川や木を流し行く岸の人
夏川や水茶に適すさゝ濁り
夏川を渉りて更へぬ馬の沓
夏川の浅きに浸す紙そかな
青松葉見えつゝ沈む泉哉
静かさは砂吹きあぐる泉哉
底見えて小魚も住まぬ清水哉
心太そへてねのつく清水哉
夕立の過ぎて跡なき清水哉
金時も熊も来てのむ清水哉
菅笠のはしもぬれたる清水かな
菅笠の紐ぬらしたる清水かな
旅人の名をつけて行く清水かな
はらわたにひやつく木曽の清水哉
はらわたもひやつく木曽の清水かな
一枝は田にはしりこむ清水哉
一ツ家の背にはしりこむ清水哉
掬ぶ手の甲に冷えつく清水哉
横道を行けば果して清水哉
岩つかみ片手に結ぶ清水哉
馬方の山で飯くふ清水哉
車屋のさきにのみたる清水哉
先へ行くつれよび戻す清水哉
清水にもあるや神の名仏の名
巡礼の親子出てくる清水哉
しんかんと物すごき山の清水哉
すゝしさをこほす岩間の清水哉
其底に木葉年ふる清水哉
手に結ぶ清水の末の小滝哉
とんねるや笠にしたゝる山清水
庭先に亀の吐き出す清水哉
馬上より手綱ゆるめる清水哉
一筋は筧にはいる清水かな
ひやつくや清水流るゝ右左
馬柄杓に草をわけ行清水哉
耳に目に谷をへたつる清水哉
山の宿に手洗ひ水も清水哉
女のむあとの柄杓や岩清水
石白く清水湧き出る野中哉
雲に立つ不動濡れたり石清水
雲に立つ不動の像や石清水
絶壁の巌をしぼる清水哉
其下に清水流るる芭蕉哉
一口に足らぬ清水の尊さよ
またくらに白雲起る清水哉
山鳥の影うつしたる清水哉
笈あけて仏を拝む清水かな
釜つけて飯粒沈む清水かな
桐掩ふ庭の清水に塵もなし
清水ありや婆子曰く茶を喫し去れ
茶屋の茶に清水の味はなかりけり
濁る世に慣れぬ清水や山の中
山陰の小笹の中の清水かな
忘れても清水むすぶな高野道
石垣に仏彫る寺の清水哉
監獄にあたら流れ込む清水哉
釵を落して深き清水かな
丸薬に清水をむすぶ道のほとり
酒冷す清水に近く小店あり
さらさらと石を流るゝ清水哉
清水のみに柄杓もて来る町はづれ
清水のみに椀もつて来る町はづれ
清水引て庭に滝あり山の宿
脛入れて短く見ゆる清水哉
側の岩に仏を刻む清水哉
堅横に清水流るゝ小村哉
旅人の知らで過ぎ行く清水哉
心太の桶に落ち込む清水哉
庭清水藤原村の七番戸
万籟寂たり清水静に砂を吹く
万籟寂然清水静に砂を吹く
我顔のうつりて寒き清水哉
浅く見えて杓の届かぬ清水哉
汗臭き手拭洗ふ清水哉
かち栗に喉の乾きや山清水
口つけて眉のぬれたる清水哉
小柄杓に鎖つけたる清水哉
清水引く茶店の庭の筧哉
旅人の顔洗ひ居る清水哉
旅人ののみほして行く清水哉
手桶持つ人に清水を尋ねけり
ねらはれし魚の命や山清水
一隅は清水つめたき小池哉
人も居らず瓜ひやしたる清水哉
もとかしく片手に掬ふ清水哉
夕暮を清水も飲まず急ぎけり
苔のなき石を踏場の清水哉
千代能の桶すてられて苔清水
二三町温泉を去りて苔清水
飯くれぬ村はありとも苔清水
苔清水馬の口籠をはづしけり
苔清水底砂にして青松葉
苔ともにすくひあげたる清水哉
西行の掬びあまりや苔清水
滝わくや仰きつふしつ二千丈
滝殿のしぶきや料紙硯箱
子宝のにぎはふまちや吹きながし
子どもらの笑ひも高きのぼりかな
雨雲をさそふ嵐の幟かな
おもしろくふくらむ風や鯉幟
風吹て虚空にひゞく幟哉
幟たてゝ嵐のほしき日なりけり
山里の幟見て来よ京男
大風の俄かに起る幟かな
大幟百万石の城下かな
大会の小旗にまじる幟かな
幟立てる人家は遠し大伽藍
朝嵐隣の幟立てにけり
ある夜来て梟啼きぬ幟竿
傘さして幟見るなり阪の上
傘さして幟見るなり橋の上
鷹一羽舞ひ上りたる幟哉
鷹一羽舞ひ下りたる幟かな
幟暮れて五日の月の静かなり
山里に雲打払ふ幟哉
山里に雲吹きはらふ幟かな
大家や幟の風の菖蒲吹く
君が代や縮緬の鯉菖蒲の太刀
儒者の家に幟立てたり垣隣
幟竿物干竿はふんどしが
嵐して鯉翻る十万家
木多き庭に立てし鯉の吹かれ得ざる
鯉高く吹くや上野の山颪
鯉二旒一つは赤くして小し
鍾鬼画く鍛治屋か裏の幟かな
野に出でゝ見返る町の幟哉
東村の幟西村の幟哉
舟に見る膳所の城下の幟哉
三鱗の紋を染めたる幟哉
夕栄に四五本里の幟哉
五女ありて後の男や初幟
引きおろす三筋の鯉や風やまず
ひるがへる鯉吹抜や遅桜
よしあるをそだてまゐらすや内幟
連名の座敷幟を贈りけり
道々や雫したゝる菖売
風吹て燕の落すあやめかな
かつまたの池の雫やふきあやめ
菖ふいて岡崎女郎衆の薫り哉
菖ふくや草だらけなる屋根の上
大家に菖葺くなり兜町
菖葺くよしもなかなか大伽藍
人の妻の菖蒲葺くとて楷子哉
明家に菖蒲葺いたる屋主哉
いたづらに菖蒲かけたり留守の家
かしましく菖葺くなる大家哉
菖蒲葺いてつ波来べしと思ひきや
東京や菖蒲葺いたる家古し
人並に菖蒲葺きけり医者の家
古家に五尺の菖かけてけり
古家に六日の菖蒲匂ひけり
藁屋根に根のつきさうな菖蒲哉
いかめしき児のありきや菖蒲太刀
菖蒲湯や中に交りし菖蒲刈
風呂の隅に菖蒲かたよせる女哉
御湯殿に菖蒲投げこむ雑仕哉
菖蒲湯に菖蒲かぶりし子供哉
暁の菖蒲湯に入る一人かな
菖蒲湯に桶の少き風呂屋かな
菖蒲湯の菖蒲に遊ぶ童哉
菖蒲湯や病おこたるかんの君
菖蒲湯や男の子つれたる女親
昼過や菖蒲湯濁る糠の汁
湯に入るや湯満ちて菖蒲あふれこす
湯を抜くや菖蒲ひつゝく風呂の底
屈原は下戸なりけらし菖蒲酒
傾城の故郷や思ふ柏餅
子を祝ふ俳句の会や柏餅
粽持つ一寸法師のつかひ哉
むすぶまでひんとはねたる粽かな
霰ふることもありしか笹粽
風吹て粽の動く柱かな
傾城をかむろとりまく粽哉
はで残す赤元結のちまき哉
草の戸の粽に蛍来る夜かな
あはれさは粽に露もなかりけり
思ひよらぬ木末の声やくらべ馬
風吹てほこりにいさむ競馬哉
くらべ馬おくれし一騎あはれなり
中将の娘見初る競馬かな
芦毛より栗毛は早し競馬
我が前に来て見定めぬ競馬哉
蜑の子や男女わかれて印地打
印地やんで五日の月の上りけり
薬日や御殿の屋根の承路盤
薬ふる日とて仰むく子供かな
薬降る園や山吹咲き残る
薬玉にかくれうせたる禿哉
薬玉のふさふりさばく思ひ哉
灌仏やはや行水のころになる
灌仏やうぶ湯の桶に波もなし
灌仏や酒のみさうな顔はなし
乾坤をこねて見たれは仏かな
灌仏や洗ひあげたる箔の色
灌仏や忍び参りの緋の袴
灌仏やはだかわらべの晴れ心
卯の花に仏は暑き赤子哉
卯の花に仏は黒き赤子哉
山寺に仏生るゝ日の淋し
灌仏や尼の子尼になりにけり
涅槃より五十日にして仏生会
灌仏や浮世は罌粟の花盛
灌仏や童集まる朝まだき
灌仏を覗いて通る旅路哉
花御堂の花しほれたる夕日哉
善き人の花の供養や仏生会
お釈迦様の尻まだ青き産湯哉
騎射の画や孫あつめて翁物語る
行列の葵の橋にかゝりけり
下加茂や祭も過ぎて鳩の声
裾濃むら濃加茂の祭の近づきぬ
子を抱て葵祭の道の端
地に落し葵踏み行く祭哉
鉾をひく牛もいたわるまつり哉
鉾をひく牛をいたわるまつり哉
旅人や花車に粉るゝ村まつり
一日は豆腐もくはぬ祭り哉
牛かひや京の祭の桜笠
旅僧の面をかくすまつり哉
錦着て牛の汗かく祭りかな
弁慶の餅くふてゐる祭哉
夕立の空とぼけなる祭り哉
井の水は鏡の如しおきまつり
塩釜や祭も過ぎて鳩のこゑ
やゝ熱し茶釜も出たる祭哉
祭見に物争へる舎人哉
鶯も老て根岸の祭かな
不消化な料理を夏の祭りかな
野も山も動くけしきや神輿捏
夕くれに覚束なしや鍋の数
五つ子も小鍋をかぶりまつり哉
五ツ子も小鍋を冠る祭哉
鍋祭鍋に糞する烏かな
君は今夏に籠るとぞ聞えける
夏籠りの我をにらむか卓の上
夏籠に痩る禿の哀れ也
夏籠の我をにらむか蟇
夏籠や我は発句を書きためん
二人ならば夏籠りせんと思ひけり
夏籠りの我に向ふや卓の上
夏籠や仏刻まむ志
俳諧の仏千句の安居哉
うき人を墨染にせん夏書かな
傾城に起請の外の夏書哉
仁和寺にやごとなき人の夏書哉
いたはしき法親王の夏書哉
かしこくも法親王の夏書哉
小硯に金泥かわく夏書哉
心の字を写すに難き夏書哉
筆を手に夏書の人の昼寝哉
痩せるだけ痩せよと思ふ夏断哉
肴多き海辺の里に夏断哉
不二垢離にゆふべの夢を洗ひけり
富士垢離は倶利迦羅紋の男哉
雲の峰いくつこえきて富士詣
ありあけの白帆を見たり富士詣
甲斐の雲駿河の雲や不二詣
九合目へ来て気のせくやふし詣
空に入る身は軽げなりふし詣
飛び下りた夢も見る也不二詣
松原に雪投げつけんふじ詣
松原へ雪投げつけんふし詣
うたゝねの夢に攀ぢけり額の不二
紅の朝日すゞしや不二詣
月も日も夢の下なり不二詣
不二詣烏の鳴かぬ朝清し
不二詣水無月の雪に鰒もかな
短夜の限りを見たり不二詣
門を出て見ながら行や不二詣
雲置くや朝飯冷ゆる不二の室
遠眼鏡富士行く人を見んとすれど
富士に寝て巨燵こひしき夜もありし
富士登る外国人の噂かな
雪くひに行くとて人の富士詣
富士行者白衣に雲の匂ひあり
竹植て嬉しき窓の青み哉
竹植ゑて朋有り遠方より来る
竹植ゑて人仮住居す上根岸
竹買ふて竹植うる日に植ゑにけり
御祓してはじめて夏のをしき哉
牛引て通りかゝるや御祓川
風吹て口髭そよぐ御祓哉
爪たてゝ蟹の出てくる御祓哉
御祓して帰るたもとに蛍かな
水上はふんどし洗ふ御祓哉
荻の葉にかゝる御幣や御祓川
かは風にうしろ吹かるゝ御祓哉
川風に背中吹かるゝ御祓哉
雨雲の烏帽子に動く御祓哉
神鳴の次第に近き御祓哉
兎に角に御祓も過ぎて夜半哉
形代に卯の年男とぞ書ける
御祓して帰れば西に星の飛ぶ
御祓して星一つ飛ぶ西の空
人形の鉾にゆらめくいさみ哉
入相のなり行く上を鉾の児
祗園会や小道小道の人の蟻
祗園会や錦の上に京の月
月鉾や空に賑ふ乙鳥
月鉾や傘鉾かけて虹の橋
祗園会や紅うつる東山
祗園会や二階に顔のうづ高き
鉾並ぶ四条通りや朝の雨
横町や祗園祭の西瓜店
藪医者の先がけしたる茅の輪哉
大矢数中にまじりて山法師
篝燃えて既に矢数の用意かな
侍のしばし見て去る矢数かな
名を記す矢数の主のほまれかな
時鳥聞かず顔なる矢数かな
やぶ入や真ツ昼中の閻魔堂
ヤブ入ノ小僧ノ群ヤ夏芝居
夏休みの人と見えけり白鹿摺
夏休みの書生に逢ひぬ瀬戸の船
夏休みの書生になじむ船の飯
夏休み来るべく君を待まうけ
夏休ミ夜店ニ土産トヽノヘテ
腐り居る暑中見舞の卵かな
見渡せば富士迄つゞく田植哉
一日は児も手伝ふて田うゑ哉
五月雨に笠のふゑたる田植かな
陣笠を着た人もある田植哉
女房のとかくおくれる田植哉
花嫁の笠きて蓑きて田植哉
母の乳を泥手で撫でる田植哉
見る限りわが領分の田植哉
宿なしの庭ひろひろと田植哉
赤阪の御油へつゞく田植哉
笠を着て誰に田植の薄化粧
兼平の塚を目あてに田植哉
兼平の塚をめあての田植哉
日焼田に覚束なくも田植哉
鎌倉や田植ゑて帰る人若し
鎌倉や田植みかへる人若し
子を負ふて小川飛びこす田植哉
利根川の向ふは遅き田植哉
苗植ゑて鯰のたくる小川哉
水引くや田川は横にすぢかひに
嫁入りて今年植ゑけり隣の田
雨の日は雨に興がる田植かな
犬も猫も田植の留守の昼寝哉
うき人に尻を向けたる田植かな
うら若き夫婦二人の田植哉
植ゑ残す水田に朝の靄深し
大雨の中に四五人田植かな
思ひそめぬ雨の田植の夕より
傘さして田植見て居る一人哉
水深く田植すべくもあらぬ哉
やもめ一人月に裾田の早苗とる
朝夕に神きこしめす田歌かな
鎌倉は何とうたふか田植歌
島原や昼はものうき田植歌
そぼふるやあちらこちらの田植歌
楼に上れば南郊の雨に田植歌
早をと女に夏痩のなきたうとさよ
さをとめのあやめを抜て戻りけり
早乙女の黒き色こそ尊けれ
早乙女の恋するひまもなかりけり
さをとめの泥をおとせば足軽し
早乙女の名は落しけり田草取
早乙女の名を落しけり田草取
早乙女のむかしを語れ小傾城
早乙女やとる手うゝる手隙もなき
早乙女やとる手かゝる手ひまもなき
早乙女を汽車より見そめ給ひけり
早乙女のならぶや宮を尻にして
さをとめの一むれ帰る小道哉
さをとめや牛は固より黒きもの
さをとめや泥から生えし足の色
画にかけば菅笠ばかり植をとめ
夕月や早乙女うたひつゝかへる
夕月夜早少女うたひつゝ帰る
歌もなき雨のさをとめ哀れなり
早少女に物問ふて居る法師哉
早乙女の弁当を覗く鴉かな
早乙女やどの顔見ても姉妹
六十のそれも早少女とこそ申せ
田草取きまつた歌はなかりけり
田草とり世のわつらひはまた知らず
我先に穂に出て田草ぬかれけり
我先に穂に出て田草引かれけり
折々は田螺つかみつ田草取
折々は田螺にぎりつ田草取
汽車行くやひんと立たる田草取
菅笠も三番草のふるび哉
稗蒔や百姓鶴に語つて日く
夏館異人住むかや赤い花
泉殿に朗詠うたふ声更けぬ
舟てくる友もありけり夏座敷
帆の風を半分もらふて夏座敷
帆の風をわけてもらふや夏座敷
夏座敷海に白帆の徃来あり
夏座敷松風を召され候ぞ
欄に近く白帆通りぬ夏座敷
小娘の団扇つかふや青すだれ
そよそよと風の吹けり青簾
和かな風を生みけり青簾
待乳山ひらりと見えぬ青簾
青すたれかけそめた日や風かほる
青簾光源氏のわらひ声
萱町や裏へまはれば青簾
松の木のすき影黒し青簾
青簾娘をもたぬ家もなし
伊予の名のけふにあひけり青簾
傾城も娘めきたり青簾
御報捨の杓さし出すや青簾
はらはらと衣のさはりや青簾
はらはらと衣のさはるや青すたれ
ひるかへす風のけしきや青簾
議事堂や出口出口の青簾
古家や奈良の都の青簾
青簾かすれかすれの白帆かな
青簾猫かき上るかげすなり
青簾捲けよ雲見ん岩屋寺
青簾六位の君の笑ひけり
門口や忌中と書きし青簾
古壺に金魚飼ふたり青簾
ほろほろと雨吹きこむや青簾
二階には娘住ませつ青簾
人少きお前の様や青簾
おとなしく風篩ひこむ簾かな
簾捲く指図の下けり待乳山
捲き上る簾の下や待乳山
夕月や簾に動く花の影
簟五尺四方の世界哉
簟児のいばりの流れけり
持ち来るアイスクリムや簟
耕した夕くたびれや簟
掛香や遊女が親の泥臭き
掛香や車せりあふ物っまうで
掛香やすれ違ひたる宵の闇
三輪の天国香や二輪散る
掛香ヤ紅粉ヤクサヾヽ京土産
掛香ヲ人ニクレケリ後家ノ君
上ひとつぬぐやかたゐの更衣
やすんたる日より大工の衣かへ
やせたりといわれてをかし更衣
屋根にあやめ軒にすたれや衣かへ
姉が織り妹が縫ふて更衣
行脚する心に安し衣かへ
着心や妹がしたての衣かへ
気安さや五月になりて更衣
金春や三味の袋も衣かへ
袂には鼻紙もなし更衣
ふんどしも白うなりけり衣がえ
松の木をかゝへて見たり衣更
松の木をかゝへて見たる衣かへ
うき人にあふて恥かし衣かへ
風吹て飛ばんとぞ思ふ衣かへ
衣かへ鏡か浦を見に出たり
天竺の仏は何を衣かへ
飛石へはだしで出たり衣かへ
何吹くと定めぬ朝や衣かへ
庭石へ跣足で出たり衣かへ
ぬれ髪を干す日や蜑の衣かへ
身受けせし傾城くやし衣かへ
若殿の立ちぎゝにくし衣かへ
衣更へで飢に泣きたる女かな
是は是は醍醐の君の衣更かへ
更衣城門の大鼓いさましき
衣がへ日本服を着て来れ
衣がへ都見に出る男かな
衣かへ能く似た人の通りけり
衣かへて青空の色めづらしや
衣かへて再び来たり金の友
衣更へて奴の腋のあらはるゝ
船頭や陸へ出る日を衣がへ
更衣少し寒うて気あひよき
衣更へて鼓をあぶる男かな
墨染に衣かへたり最明寺
親はまだ衣更ふべくも見えざりき
極楽は衣も更へず仏だち
更衣草の葉木の葉皆動く
更衣故郷のたより届きけり
更衣此頃銭にうとき哉
更衣知らぬ鳥鳴く庭の木に
更衣蜻蛉も吾になじめかし
更衣無絃の琴を抱えけり
更衣老妓を招く詩会かな
更衣尾長鳥といふを吾見たり
衣更へて愚庵を訪はん東山
衣更へて髭剃つて書生来りけり
其中に衣更へざる一人かな
番頭の衣更へたる出店かな
人は皆衣など更へて来りけり
門前の流に遊ぶ更衣
田舎人の衣更へたる汽車場哉
衣更へつ甲板に出て鱶を見る
衣更へて出女門に出揃ひぬ
法帖の古きに臨む衣がへ
衣かへて愚庵を訪はん東山
更衣狭山の新茶到来す
衣更へて机に向ふうつし物
十年の病癒えけり更衣
雨の日ハ袷もほしや隅田の夏
雨ふれハ袷もほしゝ隅田の夏
三津口を又一人行く袷哉
ありたけの道具ほり出す袷かな
医者の子の木上りしたる袷哉
うしろから猫の飛びつく袷哉
うれしさに人も留守也袷時
松島の心に近き袷哉
老僧の錫杖みがく袷哉
浅黄とも白ともつかぬ袷かな
石橋を踏みならしたる袷哉
襟元に蝨這出す袷かな
蜻蛉のつまゝれさうな袷哉
乗合の大勢になる袷哉
故郷のたよりうれしき袷哉
若人の眼鏡かけたり絹袷
若き人の眼鏡掛けたり絹袷
笑はれて又着かへたる袷かな
袷着て白き花いけんとぞ思ふ
旅人の破鐘たゝく袷かな
辻駕につれだつ人の袷かな
強弓を引きしぼりたる袷哉
袷着て朝日寒がる馬の上
袷着て碓氷峠を上りけり
袷着て人鞦韆を試みる
袷着て堀に投げたる礫かな
袷著て行けばひらひら胡蝶飛ぶ
著換売つて路銀にしたる袷哉
めづらしく机に向ふ袷哉
遠足に犬つれて行く袷かな
新しきへこ帯古き袷かな
袷着て帰去来を賦す五人扶持
京近く旅費の尽きたる袷哉
五斗米の望もなくて古袷
地謡の人並びたる袷哉
袷著ておくれしと行くや橋供養
袷着て馳せ行くもあり橋供養
袷著し犬のお夏や犬芝居
歌をよむ従五位の君や絹袷
素袷や黒三郎が妾
いつきても風孕むなり絽の羽織
いつきても風を孕むか絽の羽織
誰が紋をつけて見やうぞ夏羽織
夏羽織われをはなれて飛ばんとす
脱ぎすてし夏の羽織に風孕む
破れ易し人のかたみの夏羽織
挨拶や夏の羽織もつくろはす
江の島に遊ぶ支度や夏羽織
かしこまる角力取供や夏羽織
此頃の会社つとめや夏羽織
先生の夏羽織脱く揮毫哉
ちりかゝる松の落葉や夏羽織
夏羽織琵琶湖の風に吹かれけり
夏羽織露月は医者になりにけり
脱いで置く夏の羽織や芝居茶屋
薄物の羽織や人のにやけたり
めでたさに石投げつけん夏小袖
提灯の火影にさきぬ辻が花
帷子や蝙蝠傘のかいき裏
帷子のあさはか過る郭哉
帷子をこほるゝ肌の匂ひ哉
川風は只帷子の一重哉
帷子のわれを離れてとばんとす
帷子や須磨は松風松の雨
帷子のちゞみあがりて腕白し
帷子に風吹き起る滝の茶屋
帷子に人はしたなき脇臭かな
脱がんとす帷子を松の風が吹く
旅衣ひとへにわれを護り給へ
旅人の単衣かさぬるすゝみ哉
松島の風に吹かれん単もの
山風やそれぬぎすてよ単もの
絶頂に上れば寒しひとへもの
単物飄然として郷を出づ
ひとへものもとより羽織などは著ず
家並に娘見せたる浴衣哉
旅籠屋に浴衣のそろふ廊下哉
草鞋といて浴衣きて飯のうまき哉
草鞋解いて浴衣着て飯のうまさ哉
獄を出て浴衣着て腕さすりたる
日曜や浴衣袖広く委蛇委蛇たり
家に帰りて汗臭からぬ浴衣哉
旅にして妓楼に遊ぶ浴衣哉
浴衣著て遠くに遊ぶ湯治哉
浴衣著テ田舎ノ夜店見ニ行キヌ
夏衣十年の蝨未だ死せず
夏衣絹の好みはなかりけり
夏衣絹を着たるぞあさましき
羅の頭巾や老の童顔
羅を夜の葵にかぶせはや
羅に赤き下著を重ねけり
羅に腰の細さよ京女
うすものに堪へざる美女の立居かな
羅の袖ひるがへす舞子かな
薄物をかけし衣桁や風渡る
かたがたの身の上きかん白重
筆とつて冨士や画かん白重
曙や眉墨匂ふ白重ね
心ある人のすがたや白重
夏服は若殿ぶりの馬上哉
夏服に白きチョッキの好みあり
夏衾をし鳥の画もなかりけり
麁末にして新しきをぞ夏帽子
夏帽子人帰省すべきでたち哉
夏帽の白きをかぶり八字髯
夏帽の対なるをかぶり二三人
夏帽の人見送るや蜑が子等
夏帽の古きを以て漢法医
夏帽も取りあへぬ辞誼の車上哉
夏帽や吹き飛ばされて濠に落つ
夏帽をかぶつて来たり探訪者
アンペラの夏帽古き医師かな
夏帽に桔梗さしたる生徒哉
夏頭巾口をつぐみて一句なし
夏帽ヲ欺カレケリ夜店物
夜店ナル安夏帽ヤ買ヒガテヌ
麦わらの帽子に杉の落は哉
潮あびる裸の上の藁帽子
足遅きは女なるらん日傘
清水の阪のぼり行く日傘かな
黒雲のにわかに騒ぐ日傘かな
一つ二つ日傘さしたる渡し哉
蚊やつれば蚊? のそよぎや窓の月
我庵の儀式につるや破れ蚊帳
鼾あり皿も徳利も蚊帳の外
瘧落て足ふみのばす蚊帳哉
片隅へ机おしやる蚊帳哉
蚊帳つれば蚊帳に吹く也松の風
蚊帳の風吹きまくらるゝ小供哉
はたこ屋に林檎くふ也蚊帳の中
ものうしや傾城をまつ蚊帳の中
蚊帳の中に書燈かすかに見ゆる哉
山寺や蚊帳の波うつ大座敷
暁や白帆過ぎ行く蚊帳の外
暁や松も白帆も蚊帳の外
明夜や蚊帳をはづして一寝入
明方の蚊帳はづせども鼾かな
明方や蚊帳を外して一寝入
蚊帳釣りて書読む人のともし哉
蚊帳つりて夜学の人のともし哉
峠より風吹きおろす蚊帳哉
はつきりと見る夜もなしに? の月
人もなし子一人寝たる蚊帳の中
藪原や蚊帳をめぐる山の雲
病む人の蚊帳にすがる起居哉
病む人の顔にかけたる蚊帳哉
夜や更けぬ蚊帳に近き波の音
別れとて片隅はづす蚊帳哉
暁の簪振ふ蚊帳かな
薄曇る夜明を蚊帳にこもりけり
家内十人蚊帳三ところに収まりぬ
唐人の白き蚊帳釣る寝台哉
淋しげに行燈立てり蚊帳の外
誰やらの忍びよつたる蚊帳かな
血眼に蚊帳を窺ふ抜刃哉
月よ風よわれ仰向けに蚊帳の中
手探りに日記しるすや蚊帳の中
鼠入つて四隅を落す蚊帳かな
裸身や蚊帳吹きつくる摩耶颪
旅籠屋の蚊帳に夜明けて須磨の海
更くる夜の蚊帳啼きめぐる小猫哉
夜の明くるけしき見て居る蚊帳の中
蚊帳に別れ蚊に眠られぬ夜もありき
蚊帳の別れ溲瓶に遠き心かな
君を送りて思ふことあり蚊帳に泣く
人愚なり雷を恐れて蚊帳に伏す
湯あみせし旅草臥や蚊帳の中
羅の蚊帳垂れてあり御寝処
羅の蚊帳つる君が寝床哉
蚊を焼くとて蚊帳を焼いてしまいけり
寝処ヲカヘタル蚊帳ノ別カナ
二ツ三ツ蚊ノ来ル蚊帳ノ別カナ
傾城の文反古まじる紙帳哉
暁や紙帳に上る松の影
きんたまのころげて出たる紙帳哉
別れとて片隅はつす紙帳哉
草の戸の夜明露けき紙帳かな
よき風を膝にまとめし団扇哉
涼しさやあふぐ団扇のうらおもて
涼風やあふぐ団扇のうらおもて
小娘ののぞきこんだる団扇かな
母親に夏やせかくす団扇かな
蕗折て我も人並の団扇哉
家涼し団扇にのせて嵐山
うちはあれとさらにあふかん時もなし
蚊の多きひまな手多き団哉
傾城にあふがれて居る団哉
端居して葱をあふぐ団哉
人をよぶ団扇の音や夕涼み
昔咄団扇の風に薫りけり
京女てんてにかさすうちは哉
米つきの提げて出でけり大団扇
睾丸をのせて重たき団扇哉
傾城の顔にあてたる団扇哉
褌に団扇さしたる裸哉
松風の村雨を呼ぶ団扇かな
団扇腰に鍬つかひ居るあるじ哉
団扇取つて廊下舞ひ出る酒興かな
団扇持つてありけば駅を出はなれぬ
団扇持つて汽車に乗りたる道者哉
団扇持つて欄に凭れば風楼に入る
団扇もて我に吹き送れ不二の風
裏側は月と薄の団扇哉
川風や団扇持て人遠ありきす
絹団扇端居し居れば蛍飛ぶ
此頃や土産にもらふ江戸団扇
権助が名前書きけり渋団扇
盃をのせて出したる団扇哉
二階から屋根舟招く団扇哉
羽団扇に又孟獲を見る日かな
満月の雫を受けん水団扇
水団扇水散点す顔の上
欄干や団扇の下の淡路島
琉球の芭蕉の団扇贈られぬ
団扇出して先づ問ふ加賀は能登は如何
盜み出す女と話す団扇哉
古団扇涙の跡を見らるゝな
団扇さし団扇はさしてなかりけり
団扇持て小庭の月や夕歩行
三代の米つき今に渋団扇
はい原の団扇を送るたより哉
這ひいでし虫おさへたる団扇哉
人まねの団扇を使ふ小猿哉
ひとり酔ふて物謡ひ出す団扇哉
古畳団扇に虫をおさへけり
買ひに往て絵の気に入らぬ団扇かな
団扇二ツ角と雪とを画きけり
村と話す維駒団扇取つて傍に
手すさひの団扇画芭蕉キ角など
破団扇夏も一爐の備哉
誰が扇わすれおきけん松のもと
こゝからも風は来るかやかけ扇
ここからも風や吹くらんかけ扇
剣売て扇さしたるすゞみかな
旅人の扇置なり石の上
ふしさへも一と夜に出来つ扇折
謡師に肩はる癖の扇哉
海は扇松島は其絵なりけり
かざす顔に紅うつる扇哉
京人は男もやさし紅扇
傾城にとりかくされし扇哉
傾城にものかゝれたる扇哉
座敷から扇投げやる小舟哉
松島に扇かさしてなかめけり
ものいはぬ座頭にくしや京扇
夕涼小魚のせたる扇哉
草鞋とけて口にくはえる扇哉
うつくしや京の女の扇折
紅の扇と見ゆれ帯の間
贈るべき扇も持たずうき別れ
おさらばと扇をたゝむ別れかな
これ迄と扇をたゝむ別れ哉
たゝみたる扇にはねる蜈蚣かな
旅人の破鐘叩く扇かな
阿曽次郎と裏に書いたる扇哉
君絵を画け我句を書かん白扇
しひられてもの書きなぐる扇哉
塾生の詩を書きたがる扇かな
謡ひながら小銭を受くる扇哉
扇持たずもとより羽織などは着ず
あやまつて清水にぬらす扇哉
大岡の訴を聞く扇哉
髪結ふて古風な人の扇哉
京に来て扇購ふいとま哉
京の町にはでな扇を求めけり
小扇をはつれて見ゆる寝顔哉
たはれをや扇の手わさ小さかしき
檜扇に歌も書れぬ思ひ哉
紅扇十三にして舞をなす
発心の歌書き捨てし扇哉
物書いた扇を人に見られけり
六十を祝ふて贈る扇哉
ざれ歌の手跡めでたき扇哉
為山画いて皆が贊する扇哉
赤きものを子はめで草のざつ扇
風板引け鉢植の花散る程に
籠枕頭の下に夜は明けぬ
あけかたは足でおし出す竹婦人
きぬきぬの朝ひやつくや竹婦人
抱籠やこの頃肌のふれ具合
きぬきぬの心やすさよ竹婦人
傾城の名をつけて見ん竹婦人
抱籠の一夜はかなき契り哉
古妻とよばん去年の竹婦人
昔竹取の翁といふあり竹婦人
淋しさやいくさの留守の竹婦人
抱籠のすねてころげる夜明かな
抱籠のすねて夜明くる蚊帳の外
年若く湯婆を知らず竹婦人
人若く湯婆を知らず竹婦人
用ゐざる抱籠邪魔な置処
抱籠の記ありお竹と名を命ず
抱籠を抱いて虫歯に泣く夜かな
夏の夜の月かすませる蚊遣哉
夏の夜の月くもらせる蚊遣哉
面白う紙帳をめぐる蚊遣哉
蚊遣たく煙の中や垣生今津
蚊遣火に涙まぎらす別れ哉
楠に二筋われるかやりかな
塩浜に夜は蚊遣のけふりかな
すじかひにかげろふ門の蚊遣哉
短夜のあしたにのこる蚊遣かな
夕風に畳はひ行く蚊やり哉
留守の家にひとり燃たる蚊遣哉
折々はあふいでのける蚊やりかな
鬼婆々の泪見せたる蚊遣哉
大津絵の赤鬼いぶす蚊遣哉
風吹て蚊遣にけふる小村哉
蚊遣火に宿かる法師色白し
蚊遣火の灰に風あり後夜の鐘
蚊遣火や長柄の橋の鉋屑
傾城の姿あらはす蚊遣哉
傾城の手つからくへる蚊遣哉
関守が火鉢にくべる蚊遣哉
児啼て蚊遣の煙奥くらし
燕の巣にふしまどふ蚊遣哉
何思ふ姿あらはす蚊遣哉
何思ふ室の遊女の蚊遣哉
鉢木の謡にむせぶ蚊遣哉
船にたく室の遊女の蚊遣哉
盆栽に蚊遣の煙かゝりけり
窓ならぶ長屋つゞきの蚊遣哉
門番の窓にわき出る蚊遣哉
藪多き侍町の蚊遣哉
山寺の方丈深き蚊遣哉
欄干をのぼる伏家の蚊遣哉
画姿に誰の廻向の蚊遣哉
蚊遣火や暮れて馬子帰ること遅し
唐人の煙たかりたる蚊遣りかな
何なりと草さしくへる蚊遣哉
方丈を蚊遣の煙這ひめくる
文机の下を這ひ出る蚊遣哉
右へなびき左へなびく蚊遣かな
物うつす筆に蚊遣の煙かな
蚊遣消えて人もの思ふ風情哉
蚊遣して盗人まつや御曹子
蚊遣つきて人物思ふ風情哉
夕飯や蚊遣もつるゝ箸の先
牛小屋に牛のたくらん蚊遣かな
親も子も雑魚提げて来る蚊遣哉
蚊遣して酒たけなは也小盗人
蚊遣して博奕うつ也山の宿
蚊遣りすてゝ辻君こもをかゝえ行
蚊遣火の煙に跡を隠しけり
蚊遣火や赤子煮え居る鍋の中
蚊遣火や老母このごろわづらひぬ
贋筆の達磨ふすぼる蚊遣かな
君待つ夜蚊遣の杉のなくなりぬ
小傾城蚊遣に顔をそむけゝり
小屏風に人しはぶきす夕蚊遣
惟盛をくどきかけたる蚊遣かな
辻堂に鼾聞ゆる蚊遣かな
霧深き賎が伏家の蚊遣かな
亡き妻の出よと蚊遣の煙かな
亡き妻も出よと蚊遣の煙哉
なぐさみに蚊遣す須磨の薄月夜
なぐさみに蚊やりす須磨の夕月夜
にきやかに貧乏村の蚊やり哉
旅籠屋に飯くふそばの蚊遣哉
旅籠屋の飯くふそばに蚊遣哉
山陰に小家ありて蚊遣煙る也
山陰の小家ありて蚊遣煙る也
李夫人のあらはれいづる蚊遣哉
路次入れば煙うづまく蚊遣かな
路次入れば煙がちなる蚊やり哉
湧きあがる貧乏村の蚊遣哉
海賊の船に蚊遣す博奕哉
伽羅の蚊遣羅の団扇彼も一時
講武所に蚊遣も焚かず夕化粧
喰ひ残す蜜柑の皮の蚊遣哉
小芸者の蚊遣も焚かず夕化粧
辻君の留守に燃えるたる蚊遣哉
蚊遣粉ノ夜店ニ人ノツドヒケリ
山寺の庫裏ものうしや蝿叩
山寺や酒のむ罪の蝿辷り
蝿叩きついでに蚤も叩かばや
蝿打てしばらく安し四畳半
看護婦やうたゝ寝さめて蝿を打つ
蝿打つて座禅の心乱れけり
晒し井や釣瓶におよぐ五年鮒
晒し井や蝿引きあまる裏戸口
布さらすこゝは玉川多摩の里
打ちあけた水風蘭に届きけり
打水のあめふりかゝる蟇
打水の音さらさらと庭の竹
打水やまだ夕立の足らぬ町
打ちわくる水や一番二番町
打水に小庭は苔の匂ひ哉
打水の力ぬけたる柳哉
打水や虹を投出す大柄杓
打水やぬれていでたる竹の月
水うてば犬の昼寝にとゞきけり
打水や蘇鉄の雫松の露
古庭や水打つ夕苔くさき
水打て石燈籠の雫かな
三階の屋根に水打つ喞筒哉
水打つや蝉驚いて飛んで行く
打水の松に雫す八日月
うち水や上野の山へとゞけとて
裏町や水打さして馬車を見る
裏町や水打やめて馬車を見る
片側は水を撒きけり広小路
行列のあとに水打つほこり哉
長松と長吉ときそひ水を打
庭前に水打て月山の上
埃立て水まく人の行へかな
水打つや上野の山にとゝけとて
水打つや上野の山の梺路
盛砂や水打つ門の人さわぐ
夕栄に水打つ松の木末哉
出陣に似たる日もあり土用干
白無垢の一竿すゞし土用干
土用干うその鎧もならびけり
ほその緒や親の手跡の土用干
虫干の小袖に蝶のとまりけり
虫干の塵や百年二百年
虫干や花見月見の衣の数
やかれたる夏や睾丸の土用干
風吹て本面白や土用干
血のついた物の具多し土用干
土用干や裸になつて旅ころも
土用干や裸になりて旅ころも
政宗の眼もあらん土用干
虫干の風に昔のひほひ哉
虫干の魂入れる鎧かな
虫干や牛を飼ふたる先祖あり
虫干や傾城の文親の文
虫干や幻住庵の蓑と笠
虫干や釈迦と遊女のとなりあひ
虫干の数に入りけり土器石器
虫干の仏の顔ぞ見忘れし
虫干やきのふにかはる今日は武具
涅槃像又虫干に出たりけり
虫干の本見てくらす一日哉
虫干の吉野龍田を蒔絵哉
虫干や再び出たる涅槃像
虫干を片よせて客と話しけり
関か原の鎧も出たり土用干
血に染みし従軍の合羽土用干
血のつきし従軍の合羽土用干
土用干や軍書虫ばみて煙草の葉
土用干や本箱に虫のひそみたる
虫干のついでに見する本尊哉
虫干の一日に尽きて何もなし
虫干やけふは俳書の家集の部
虫干や虫を追ひ出す古葛籠
洛外や又この寺も土用干
わが物も昔になりぬ土用干
家に蔵す甲冑朽ちて土用干
虫干や洋書の間の枯桜
虫干に蕪村の偽筆掛りけり
虫くひの系図の本も干されけり
書を干すや昔なつかしの不審紙
書を干すや昔わが張りし不審紙
風入や五位の司の奈良下り
気遣はし雨乞の碑も花の陰
雨乞の中の一人やわたし守
雨こひの帰りは天をにらみけり
雨乞の天まてとゝく願ひかな
あま乞や祈らぬ里にふりはしめ
雨乞や次第に近き雲の脚
雨乞や天にひゞけと打つ大鼓
雨こひや領分外の一くもり
雨こひや絵かきは雨をかひている
雨乞や折々のぞく宮の外
雨乞をよそ事にいふ左官かな
雨乞や歌よみさうな賎の顔
雨乞やをさな心におそろしき
月赤し雨乞踊見に行かん
蚊の口もまじりて赤き汗疣哉
汗氷る山陰行けば風もなし
汗ふくや背にかばんの紐のあと
汗ふくや仙台は木もあるところ
汗わくや動きもやらぬ牛車
いわけなや牛ひきかへる児の汗
傾城の重ね着苦し汗の玉
荵摺我旅衣汗くさし
千両の石の重さや牛の汗
やせ馬の背に汗流すあつさ哉
我もはや汗かゝぬ迄に老にけり
汗くさしうしろ向たる小傾城
睾丸の汗かいて居るあはれ也
罪深き京の女や綺羅の汗
休らへば汗につめたき背中哉
汗ふく親銭数ふる子舟は着きぬ
十年の汗を道後の温泉に洗へ
汗臭き着物脱ぎけり山の宿
汗しとゞ苦しき夢はさめてけり
汗にしみて紅さめし襦袢哉
稽古場の面をかぶれば汗臭き
汗くさき遊女と寝たり狭き花筵
汗くさき行者の宿や夏の月
汗を吹く茶屋の松風蝉時雨
旅人の汗の玉散る清水哉
つくつくと汗の香に飽く旅寝哉
焼土に汗たらし行車力哉
老車夫の汗を憐む酒手哉
舌頭に千転するや汗の玉
汗拭を草に干しけり葱摺
くひちぎる折もありけり汗拭
汗拭香水の香をなつかしむ
旅人や杖に干し行く汗拭
夏やせを蚤にくはれるあつさかな
夏やせの腮にいたし笠の紐
夏やせの歌かきつける団扇哉
夏やせの御姿見ゆるくらさ哉
夏痩の名にも立ちけり裸不二
夏やせや海水浴の姫御前
夏やせをかくしかねたる団扇哉
夏痩をすなはち恋のはじめ哉
夏やせをなでつさすりつ蚊屋の中
夏痩をなでつさすりつ一人哉
夏やせを肌みせぬ妹の思ひかな
夏痩を見せまゐらせ度候かしく
夏痩の腋皿叩く団扇哉
夏痩の僧芦の葉に乗て見よ
夏痩のつもつて老ぬかく許り
夏痩の直れとぞ思ふ温泉哉
夏痩の外に淋しや瘤のあと
夏痩は涼しきものと知りたまへ
夏痩は野に伏し山に寝る身哉
夏痩や男の上にいぢらしき
夏痩を藜の杖に恥にけり
夏痩を親に泣かるゝ遊女哉
夏痩を風に吹かるゝ法衣哉
夏痩を人の見はつすをとめ哉
夏痩を藪医者殿に見られけり
夏やせとしもなき象の姿かな
此春は花に肥えしか夏やせぬ
夏痩か否かと問へば維摩黙
夏痩せて大めし喰ふ男かな
夏痩の命と聞けば恐ろしき
夏痩の骨にとゞまる命かな
夏やせや命と聞けば恐ろしき
夏痩やきん丸許り平気也
夏痩や枕にいたきものゝ本
夏痩をしたかととへば維摩黙
忍ぶれど夏痩にけり我恋は
夏毎に痩せ行く老の思ひかな
夏痩の思ひつめたる命かな
夏やせや風ふき入るゝ老か膝
夏痩や風吹き入るゝ老の膝
夏痩やつゝみかねたる指の尖
ふらんすに夏痩なんどなかるべし
うたてさは夏痩したる脚気哉
夏痩や牛乳に飽て粥薄し
麦飯や小豆や脚気夏痩す
夢苦しわれ夏痩の骨を痛み
夏痩の朝飯くはぬ男かな
田舎路の馬車馬痩せぬ草いきれ
夏痩の君に勧む泥亀の血一杯
夏痩の僧都の像や鉈作
行水や鷺もからすとかはりけり
行水をこぼすや草の露涼し
行水の雷臍を驚かす
朝顔の垣のあなたに行水す
垣まはらに行水すべき隈もなし
気持よや行水過ぎて雨を見る
行水に夫呼ぶ背戸の畑哉
行水の肌白うして痣を見る
行水や背中にそよぐ楢の影
行水や盥に遊ぶ児二人
行水を出て梳る椽の端
宵月や黍の葉かくれ行水す
行水の後の夕餉や養老酒
行水の盥や何や新世帯
行水や秋海棠の湯の雫
行水や犬田が痣の在処
行水や美人住みける裏長屋
行水や再び汗の細工事
行水や虫干の書のしまひさし
此頃や退公遅く行水す
霍乱の廝にこもるあつさかな
霍乱や天井の板のせゝかまし
霍乱ややけ砂はしる赤跣
蓮うへる家に霍乱は来さりけり
読む本を其まゝ顔に昼寝哉
木の枝に頭陀かけてそこに昼寝哉
白帆をは見送りなから昼寝哉
白き帆を見送りなから昼寝哉
昼寝して見れば小舟の通りけり
昼寝してゐれは小舟の通りけり
木の枝に荷物ハかけて昼寝哉
妻が昼寝たりと亭主小言いひ
人の来て浮世にかへる昼寝かな
昼寝して夢路に夏はなかりけり
百姓へあつさ預けて昼寝哉
百姓へあつさあつける昼寝かな
傘張は傘の陰なる昼寝かな
恋人の肌はつかしきひるね哉
掛茶屋は芦生に似たる昼寝哉
風吹て枕はつれし昼寝哉
傾城の昼寝はあつし金屏風
一山をこして梺の昼寝かな
昼めしの腹を風吹く昼寝哉
傘張の傘に隠るゝ昼寝哉
板敷や昼寝をめぐる山の蟻
講習の袴をぬぎて昼寝哉
ことづてよ須磨の浦わに昼寝すと
昼寝して臍に雲おく清水越
世の中の重荷おろして昼寝哉
夜を起きて人の昼寝ぞすさまじき
歌書俳書紛然として昼寝哉
口あけて昼寝の人のうつゝなし
機織の機にもたれて昼寝かな
足しひれて邯鄲の昼寝夢さめぬ
楽遠くなり邯鄲の昼寝夢さめぬ
滝の茶屋にそゞろ昼寝の足寒し
内閣を辞して薩摩に昼寝哉
昼寝して須磨に遊ばんか松島か
褌を滝にひたして昼寝哉
霊山や昼寝の鼾雲起る
馬方は鞍に昼寝や馬歩む
号外や昼寝の夢を驚かす
学校の試験過ぎたる昼寝哉
雷をさそふ昼寝の鼾哉
山門に旅商人の昼寝哉
竹娑婆と昼寝の床に動きけり
地震して昼寝さめたり蒸暑き
茶屋女芦生の昼寝起しけり
寺しんと昼寝の鼾聞えけり
西日さす昼寝の腹や中二階
昼寝さめて腕さするや畳の目
昼寝さめて湖畔の森に遊ひけり
昼寝する人も見えけり須磨の里
文机に顔押しつけて昼寝哉
渋紙に渋引く人や昼寝起
昼寝してネハンの相を示しけり
睾丸の大きな人の昼寝かな
昼寝の日面会の日と分ちけり
弓引きし朝の労れの昼寝かな
画き終へて昼寝も出来ぬ疲れかな
李斯伝を風吹きかへす昼寝かな
携へし避暑案内や汽車の中
避暑さきや行逢ふ人の見知顔
避暑に来る西洋人の夫婦哉
避暑の地に行逢ふ人や見知顔
米人の避暑に伴ふ書生哉
松風を得意で売るや納涼茶屋
川水の音をすゝみの闇夜哉
隅田人となりてことしは納涼哉
夏川の音をすゝみの闇夜哉
舟てくる友もありけり川住居
夜すゝみやひるのあつさの埋合せ
夜すゝみやひるのあつさをとりかへす
ゆすつたる所に風たつ涼み哉
いさかひのくづれて門の涼み哉
烏帽子着て加茂の宮守涼みけり
おのが田のそよぎ見てゐる涼哉
追剥に着物とられて涼み哉
筧にも滝と名のつく涼みかな
片足に安房をふまへし涼み哉
神に燈をあげて戻りの涼み哉
九合目へ来て気のせくや涼み台
吹殻の水に音ある凉みかな
涼めとて床几もて来る涼み哉
吸殻の水に音ある涼み哉
立よりて杉の皮はぐ涼み哉
玉章を門でうけとる涼み哉
ぬけ裏をぬけて川べのすゞみかな
芭蕉もつ手に風すくるすゞみかな
初恋の背合せけり涼み台
葉柳をふつては見たる涼み哉
風鈴を動かして居る涼哉
ふんどしのいろさまさまや夕すゝみ
松陰に蚤とる僧のすゞみ哉
松の木をぐるりぐるりと涼み哉
溝川に小鮒ふまへし涼み哉
温泉上りに氷かみわる涼み哉
畦道に涼みけり牛よけたまゝ
蜑の子の遊女うらやむすゞみ哉
うき人と松をへだてゝすゞみ哉
うたてやなわれも老木の下涼
嚊殿に島の名をきく涼みかな
掛茶屋に風追分のすゝみ哉
かしこまる玉座の前のすゞみ哉
風筋に頭あつむる涼み哉
川中に二人立たり夕涼み
髪つんで頭の風や夕涼
蚊遣火に月見ぬ家の涼み哉
木のもとにふんどし洗ふ涼み哉
観音も仮の契りや一涼み
傾城にふられてひとりすゞみ哉
傾城の海を見て居る夕涼み
傾城や客に買はれて夕涼み
公園に旅人ひとり涼みけり
此山に此家はかりのすゝみ哉
山僧の市へ出でたる納涼哉
下涼み牛飼牛を放ちつゝ
島の数かぞへてくれるすゞみ哉
順礼の松に札張る涼みかな
食堂を出て涼みけりこゝかしこ
城跡をよき涼み場や宮の下
涼みながら君話さんか一書生
月に寝ば魂松島にすゞみせん
なき人を相手にかたるすゝみ哉
なき人を相手にほしきすゝみ哉
根岸かな琴にもたれて端涼ミ
晩鐘を数へて闇のすゞみかな
人は居ず山見てもどる涼みかな
広しきに僧と二人の涼み哉
不二見えて火の見櫓の涼み哉
ふわふわとなき魂こゝに来て涼め
平蔵にあめりか語るすゞみかな
薪わりしあとを山家の涼み哉
松島に足ぶらさげる涼みかな
松島に目のくたびれしすゝみかな
松島の闇を見てゐる涼みかな
松の木に提灯さげて夕涼み
松の木を叩いてまはるすゝみかな
丸山に船の目利のすゞみかな
みちのくへ涼みに行くや下駄はいて
山樫の木陰に賎のすゞみ哉
行きあたる宿に落ちつく涼みかな
行きついた宿におちつくすゝみかな
夕すゞみ四角な庭をながめけり
夕涼松風とめされ候そ
夕涼み物見の松に上りけり
夕涼み山に茶屋あり松もあり
夜涼みや川に落ちたる人の音
女つれて四条へいそぐすゞみ哉
石の上に人あり茶あり夕涼
大山に我座して居る涼み哉
苫に立ちて帆をつかまえる涼み哉
盗人の錠おろし行く涼み哉
盗人の鎖おろし行涼みかな
秀吉の頼朝なぶる涼み哉
昼涼み摺鉢山に腰かけて
商人やしばらく涼む橋の上
ある人の平家贔屓や夕涼
おろしおく笈に雲おく涼かな
おろしたる笈に雲おく涼み哉
睾丸の邪魔になつたる涼み哉
ことよせて君を諫むる納涼哉
子は寝たり飯はくふたり夕涼
五六町空に上りてすゞみかな
すゞみがてら君を送らんそこら迄
二文投げて寺の椽借る涼み哉
花折て夕闇戻る涼みかな
分捕の軍艦見ゆる涼みかな
真夜中や涼みも過ぎて波の音
湖に足ぶらさげて涼みかな
湖に足ぶらさげる涼みかな
御仏も扉をあけて涼みかな
痩骨の風に吹かるゝ涼みかな
山伏の笈に雲おく凉み哉
夕されば皆屋根に出る涼み哉
夕涼月欄干にのぼりけり
夕涼み仲居に文字を習はする
えらい人になつたさうなと夕涼
おこし絵に灯をともしけり夕涼
三尺の木陰に涼む二人哉
書に倦まばお堀の松を見て涼め
涼みながら木陰に寝たり日半日
松風や吾を涼ませて琴に落つ
見ぬ友や幾人涼む不二の陰
湯上りや乳房吹かるゝ端涼み
夜涼みや欠落二人見つけたり
奥の院へ十町と記す石に涼む
鴨川や涼みも更けて水の音
新内に人たかりする門涼
たまたまに花火あくるや川涼
夕涼君鯉を切る腕まくり
夕涼み子供花火音すなり
夕涼小供花火の聞ゆなる
夕涼み線香花火の匂ひかな
夕涼み花火線香の匂ひ哉
夜涼の門を過けり卜師
贅沢な人の涼みや柳橋
灯をともす廻り燈籠や夕凉
盆栽の蓮に向ふや夕涼
夕涼石炭くさき風が吹く
星の名を善く知る人や門凉
大声で話す凉みや滝の茶屋
露月匙を投げ肋骨剣を解く凉み
誰やらの思ひものあり涼み舟
月の出るまてはしつかやすゝみ舟
夏の夜やあの声はみなすゝみ舟
夏の夜やきく声はみなすゝみ舟
業平の思ふ人あり涼み舟
海人の子や櫂もはづして夕涼
見渡した闇に月あり涼み舟
足伸へて不二をつゝくや涼み舟
いろいろの灯ともす舟のすゞみ哉
大川へ田舟押し出すすゝみ哉
のりあげた舟に汐まつ涼み哉
一つつゝ流れ行きけり涼み舟
一つ一つ流れ行きけり涼み舟
渡し守客のこぬまを涼み哉
旅人の見て通りけり涼み船
釣舟に魚つりあぐむ涼みかな
ともし火の島かくれ行く涼み船
涼み舟団扇の風に帆をかけん
涼み舟川下遠く流れけり
涼みにも袖へ隠して運座舟
たまたまに花火あぐるや涼船
涼み舟団扇の端をぬらしけり
大坂の芝居くさすや涼み舟
網ノ舟料理ノ舟ヤ舟遊ビ
舟遊ビ愛宕ノ塔ヲ右ニ見テ
水泳き鷺もからすとかはり行
ともづなにあまの子ならぶおよき哉
ぬれ髪を木陰にさばくおよぎ哉
川中にあたまそろへておよぎ哉
蜑の子や並んで泳く八九人
おかこひに泳ぎの人のつとひけり
大川や流されながら人泳ぐ
木の末に櫓見えけり水練場
瓢を抱て浅瀬に泳ぎ習ふ人
山の池にひとり泳ぐ子膽太き
大男の頭の上を蝦およぎ
山を手にのせて波間のゆあみかな
もしほたるゝ京の娘のおよぎ哉
鵜のむれて子舟ひつはる早せ哉
おそろしや闇に乱るゝ鵜の篝
月の出る裏へ裏へと鵜舟哉
はらはらと風にはちくや鵜の篝
鵜飼舟雨になりぬるうれしさよ
面白やはつと放せばあら鵜とも
風吹て篝のくらき鵜川哉
昼の鵜の来てとまりけり牛の鞍
闇の夜を鵜飼の妻の泣く頃か
篝火に鵜のいさむこそ哀れなれ
瀬をはやみ入り乱れつゝ鵜の篝
いさましく早瀬に向ふ鵜舟哉
いそがしや鵜飼たくみに縄さばき
いかにしてこよひ乱るる鵜縄哉
鵜飼やんで淋しく月の上りけり
うしろより月になりぬる鵜舟哉
鵜舟早し篝こぼるゝ水の上
鵜も鮎も鵜匠も後の月夜哉
君来ませり月に鵜飼の暇あれや
子と見えて四羽の鵜遣ふ哀れ也
月や多き闇や少き鵜飼舟
傾城の娘もちける鵜匠哉
ほうほうと鵜を放ちたる翁かな
顔の上に篝ふかるゝ鵜匠哉
たのみなく見ゆる鵜匠の白髪哉
たのみなく見ゆる鵜飼の白髪哉
吹きつける鵜匠の顔の篝かな
顔赤く髯銀の如き鵜匠哉
篝火や荒鵜を叱る眼の光
川狩や脇指さして水の中
川狩そ脇指さして水の中
川狩や有明近き人の脛
川狩の鉄輪を見たるはなし哉
川狩や人におとろく夜の鳥
川狩やしきりに痒き蛭の口
川狩や仏の顔の見えぬ夜に
松魚舟おくれさきだつ勢ひ哉
藻刈舟雨ふるかたへ帰りけり
藻を刈るや女にばけるのら狐
照射する山のあなたや宵月夜
照射見て恐ろしき夜の嵐哉
不二は朝裾野は暗のともし哉
雨雲のうら照り返す照射哉
一里来て二里来て見えぬ照射哉
獲物多き照射の夢はさめにけり
傾城の夢に殿御の照射哉
蚊の声す照射の留守の人もなし
酒に酔ひて照射すべき夜を寝過しぬ
照射してひそみ居れば虫顔に飛ぶ
やごとなき客伴ひぬ狙ひ狩
松の木に吹きつけらるゝ火串哉
火串ふつて闇の真中を上り行
火串消えて鹿の嗅ぎよるあした哉
暁や火串に焦げし草の花
丑三ツの雨雲垂るゝ火串哉
驚いて鳥啼きうつる火串かな
椎の葉の夜露をこぼす火串哉
鉄砲の音に消えたる火串哉
人影のちらと見えたる火串哉
火串振つて鹿担ひ来る小道哉
夜嵐の火串に狙ひ定まらず
筑波山上りて見れは雲の上
立山の剣の峯を攀ぢ行けば
夕間暮石槌詣帰りけり
藍刈は小唄も出でぬあつさ哉
藍刈や一里四方に木も見えす
藍刈るや誰が行末の紺しぼり
藍刈や阿波の鳴門に波もなし
藍刈やこゝも故郷に似たる哉
藍干や一筋あけてはいり口
川狩にふみこまれたる真菰哉
真菰負ふて真菰を出でぬ真菰刈
物いへば女なりけり真菰刈
大沼や雨の夕を真菰刈
夏引その乱れや二十八天下
暑キ日ノ暮レテ著ク町ノ夜店カナ
団扇手に田舎の夜店見に行きぬ
腐リタル松魚ヲ照ス夜店カナ
坂本ハ夏菊少シ夜店カナ
なき魂の空におとろく花火哉
木にひびき山にこたへて花火かな
雨雲に入りては開く花火かな
鳥飛んで日の落際の花火哉
雨雲の中へ打ちこむ花火かな
釣花火又唐松かな薄哉
氷屋に白きが中の小堤灯
暗き町やたまたま床屋氷店
橋詰や此頃出来し氷店
氷屋の軒並べたる納涼哉
氷屋ノ夜店出シタル始メカナ
遠クカラ見エシ此松氷茶屋
木にかける氷の旗や荷ひ茶屋
氷売手先はかりのひやさ哉
氷売や北海道の水の味
氷売る橋の袂のともし哉
氷売る柳の陰の出茶屋かな
一銭の氷少き野茶屋かな
夏氷かむにあそこに不二の雪
冨士の雪見なからくふや夏氷
君か代や親が所望の夏氷
君か代や親の病気に夏氷
傾城の噛み砕きけり夏氷
夏氷はかなくたのむ命哉
やき芋の行燈あつし夏氷
一匙のアイスクリムや蘇る
三尺の鯛生きてあり夏氷
冷風の口にたまるや氷水
町走る人見ゆわれは氷水
門前の店や樒と氷水
傾城の腹をひやさん氷餅
氷餅煮えかへる湯をそゝぎけり
酒を断つ土用の入や氷餅
花守と同し男よ氷室守
氷室守花の都へといそき候
氷室守冨士をしらすと申しけり
あけるよりはやひやひやと氷室哉
杉檜朝日つめたき氷室山
一山は風のひやつく氷室哉
氷室さへあるべき山のいでゆ哉
氷室だにあるべき山のいで湯かな
氷室より氷つけ行く荷馬哉
水無月の初時鳥氷室守
たえずしも白雲おこる氷室守
ひやひやと白気の上る氷室かな
ハツタイヤ褒*(女偏+以)笑ハヌ事五年
ラムネ屋も此頃出来て別荘地
あんどんは客の書きけり一夜酒
だまされて子供のなくや一夜酒
ふしか根の雪汁煮てや一夜酒
舟あつし船頭見えず一夜酒
味噌つくる余り麹や一夜酒
松風に甘酒さます出茶屋かな
松風に甘酒わかす出茶屋かな
松風の甘酒を吹く出茶屋哉
甘酒の甘きをにくむ我下戸ぞ
甘酒の釜の光や昔店
甘酒も飴湯も同じ樹陰かな
甘酒や蟇口探る小僧二人
人の親の甘酒売を呼びにけり
壺の底たゝくや古き茶の名残
俳諧の虚実を見たり古茶新茶
よと河や宇治の新茶の流れかす
京へ出る新茶の荷あり十団子
旅僧をよびこむ庵の新茶哉
白き花活けて新茶の客を待つ
新茶青く古茶黒し我れ古茶飲まん
紙切に包む手製の新茶哉
したゝかに新茶のみけり蛙の夜
渋紙や新茶干したる椽の先
新茶入るゝ袋に古茶の名残哉
新茶撰る僧と話すや小百姓
新茶積む馬も来て居る汽車場哉
玉川の門に新茶の使哉
茶袋に新茶と書きて吊したり
老僧の文と新茶と筍と
謡ヲ談シ俳句ヲ談ス新茶哉
小包を解けば新茶のこぼれけり
新しき茶を煎じけり玉の露
次韻して謝する新茶の絶句かな
羊羹の甘きを好む新茶かな
隠逸のものとはいはす梅法師
梅干の雫落ちやむあつさ哉
梅干の雫もよわるあつさ哉
梅干の中にまきれて小石哉
梅干やあふないとこに牛の鼻
梅干や夕がほひらく屋根の上
梅の木に近く其木の梅を干す
梅干すや撫子弱る日の盛
梅干すや庭にしたゝる紫蘇の汁
鎌倉や別荘のうらにふのり干
温泉上りに三津の肴のなます哉
腰蓑の雫も涼し沖膾
さゝ波をきりそろへけり沖膾
船頭は此名もしらず沖膾
大名の御手料理なり沖膾
大名の御手料理もやおきなます
苫に来て烏啼也おき膾
はね鯛を取て押えて沖膾
夕立のたまるも清し沖膾
若殿の庖刀取て沖膾
沖膾したゝる海の雫かな
沖膾小皿の如き舟の中
沖膾信州の僕を召し具せん
沖膾溌剌として口の中
沖膾都の鯛のくさり時
腸の塵を洗はん沖膾
ビードロに洗ひ鱸を並べけり
洗ひ鯉山紫水明楼の夕
琵琶亭に一座の客や洗ひ鯉
手料理の大きなる皿や洗ひ鯉
水飯や弁慶殿の喰ひ残し
花もなき卯木の垣や洗ひ飯
代る代る水飯くふや舟の人
水飯の残りを捨てる泉かな
水飯や石きり五六人つどふ
水飯や白糸の滝を汲んで来る
水飯や裸て座る簀子椽
水飯や比枝山颪腹を吹く
水飯や臍まさに風を生ぜんとす
水飯や目まひ止みたる四ツ下り
僧来ませり水飯なりと参らせん
六十にして水飯を参らるゝ
水飯や京なつかしき京の水
水飯を君にすゝむる旅路かな
姫百合に軋飯こぼす垣根かな
鴫焼の律師と申し徳高し
酒を煮る男も弟子の発句つくり
酒を煮る男も弟子の発句よみ
沈んだる苔も見ゆるやところてん
ちりこんだ杉の落葉や心ふと
風吹てさゝ波つくる心太
漣は馬の鼻息心太
道灌にすゝめ参らす心太
立ちながら心太くふ飛脚哉
心太水にもならず明けにけり
心太龍宮城のはしら立て
庭先の清水に白し心太
婆々の留守海月にやならん心太
みちのくの水の味しれ心太
茶屋ありや山辺の水の心太
名物のこゝろぶとめせのう御僧
名物の心太めせこゝろぶと
心太ありと申すにぞ心太
心太屋に向いてござるよ石仏
くたびれや心太くふて茶屋に寝る
茶屋を見て走りついたる心太
心太の店にラムネを問へば無し
山風や桶浅く心太動く
啜るへし心太木曽の青嵐に
鮎のをらぬ上総の国や鰌汁
西行のもてなされけり冷汁
冷麦や見れば白滝くへば雪
冷麦喰ふ僧は文覚の行かあらぬか
冷麦喰ふ僧は文覚の行にさも似たり
友は皆寄てなれしかはしら鮓
友は皆寄て馴るゝやはしら鮓
垣ごしや隣へくばる小鰺鮓
精進につかへさうなり鮎の鮨
鯛鮓や一門三十五六人
鎌倉や誰が石すゑを鮓の圧
傾城のなるゝ柱も一夜鮓
琴やめて殿へ使ひのすもじ哉
旅僧よ鮓魚といはず参られよ
一つ来て蝶のとまるや鮓の圧
人問はゞ鮓屋の裏と答ふべし
早鮓や出舟を呼ばる人の声
古家や苔蒸す石を鮓の圧
ふるさとや親すこやかに鮓の味
うつくしきものふりかけぬちらし鮓
きぬぎぬのはなれがたさや鮓の圧
山上の茶屋に鮓ありそれを喰ひぬ
鮓のおし取るや小竹に風渡る
鮓の圧取れば小笹に風渡る
鮓店にほの聞く人の行方かな
鮓店や白衣の道者八九人
野の店や鮓に掛けたる赤木綿
早鮓や東海の魚背戸の蓼
鮒鮨や瀬田の夕照三井の鐘
待ちかねて鮓の圧取る夕哉
約ありて来らず鮓の圧低し
山北や鮎の鮓買ふ汽車の中
山の家や留守に雲起る鮓の石
夕立や簀子に近き鮓の桶
よせ席の鮓古くさき匂ひ哉
われ愛すわが予州松山の鮓
われに法あり君をもてなすもぶり鮓
ある時は鮓をおしある時は又
鮓の句を題す鮓屋の団扇哉
鮓つけて同郷人を集めけり
鮒鮓や考槃亭をかりの宿
名物や古風な鮓の今に猶
新川の酒腐りけり鮓の蓼
吹き出しの水葛餅を流れけり
青さしや清少納言有てより
ころがつて腹を見せたる鹿子哉
松の根にまたがつてなく小鹿哉
よべばくる程に鹿の子のなれにけり
うつとりと人見る奈良の鹿子哉
背戸へ来て粥すゝり居る鹿子哉
一むれのあとになりさきに鹿子哉
大仏の扉をのぞく鹿の子哉
一雨にのびるや鹿のふくろ角
蝙蝠や薄墨にしむふしの山
蝙蝠やぬす人屋敷塀もなし
蝙蝠や又束髪のまぎれ行く
蝙蝠や闇を尋ねていそがしき
かはほりや闇を尋ねて急はし
宵月や蝙蝠つかむ豆狸
蝙蝠や髪そりつかふ手くらがり
蝙蝠や塔のはづれに月細し
蝙蝠や辻講釈のくづれ時
蝙蝠に辻講釈のくづれ哉
奥殿や大蝙蝠のかけ廻る
蝙蝠やこゝに泥棒屋敷あり
蝙蝠や大仏殿の昼暗し
そぼふるや蝙蝠翔ける堂の奥
明家の鼠蝙蝠とはなりけらし
蝙蝠に錨投げ込む音暗し
蝙蝠の飛ぶ音暗し蔵の中
蝙蝠の物に驚く姿あり
蝙蝠や按摩の鼻を去る一寸
蝙蝠や異人の館灯ともれり
蝙蝠や異人の館窓あかり
蝙蝠や空に明るき雲の峰
鼠老いて蝙蝠となる空屋哉
明家の鼠蝙蝠となりけらし
大寺や椽の下より蚊喰鳥
蝙蝠や翅がくれに三日の月
底暗く蝙蝠飛ぶや井の中
箒取つて小僧蝙蝠を打たんとす
蝙蝠にもがりは居らずなりにけり
蝙蝠に草鞋投げたる童哉
蝙蝠の飛んで出でける扉哉
蝙蝠のぶら下りたる真昼哉
蝙蝠は飛んで五重の塔黒し
蝙蝠をうちそこなひぬ三日の月
蝙蝠を捕へて来たる博士哉
五智如来蝙蝠飛で無住なり
松明に蝙蝠さわぐ窟かな
手ごたへのして蝙蝠を打落す
夕栄に蝙蝠飛ぶや浜の町
小*(口偏+婁)*(口偏+羅)の山を下るや蚊喰鳥
蝙蝠や暮るゝをながめ坂の上
蝙蝠や人をあざむく古著売
蝙蝠や貧乏町の夜学校
樋の口にせかれて鳴くや雨蛙
樋の口やせかれて鳴や雨蛙
千年の松をかゝへて雨蛙
雨蛙啼くや月に雲かゝるまで
梅ヶ枝にしかみつきけり雨蛙
官の為めに鳴く雨蛙枝蛙
水鉢や木の枝垂れて雨蛙
園茂み傘に飛びつく青蛙
竹椽や青き色なる雨蛙
笠を手にいそぐ夕や河鹿鳴ク
河鹿鳴いて石ころ多き小川哉
河鹿鳴く宿と答へて山探し
獺にふみつけられて河鹿鳴く
蚊の声を分て出たりひきかへる
盆栽に水やり時や蟇
夕くれにのそのそ出たり蟇
宵闇や月を吐き出す蟇の口
我庵に不二を吐き出す蟇の口
牛部屋の闇から出たり蟇
長居してふみつぶされな蟇
吹殻をたべて見せるや蟇
世の中を悟らずもがな蟇
蛙三百其真中の蟇
蟇一つ寄てたかつてつゝきけり
つらつらと面ならべて蟇
蟇蝿取蜘をねらひけり
一足に踏みつぶされぬ蟇
蓬生や露をわけ出る蟇
水打って飛び出せ藪の蟇
水打ってよび出せ藪の蟇
よつて来て話聞き居る蟇
草の雨蟇も主も古りにけり
狸さへ蟇さへ住まずなりにけり
狸さへ蟇さへ居らずなりにけり
草を踏んでまむし恐るゝ単物
なめくぢの夢見て脱ぐや蛇の皮
誰か蟇そ恨をのこす蛇の衣
蛇塚や蛇死して蛇のから白し
あさましや櫛笥の中の蛇の衣
此道や迷ひて蛇の殻多き
明寺によしなく入りて蛇の衣
岩清水掬ばんとすれば蛇の衣
草むらやちぎれちぎれに蛇の衣
下闇や花かと見れば蛇の衣
撫子の花にあはれや蛇の衣
蛇のから荊棘足を傷る旅
蛇のから滝を見すして返りけり
蛇のから山の小路に横はる
道連の逡巡として蛇のから
蛇のから何を力に抜け出でし
闇の夜や塔のあふなき杜宇
闇の夜や塔のあふなし杜宇
行燈を月の夜にせん杜鵑
川向ひどこのやしきへ時鳥
五月雨を思ふてなくか子規
それと聞くそら耳もかな杜宇
提灯の空にせんなし郭公
一声は月かないたかほゝときす
ほとゝきす顔の出されぬ格子哉
ほとゝきす啼くや湖水のさゝにごり
往て還るほどは夜もなし子規
治頭社の杜にきてなけ子規
みつまたの上や血になくほとゝぎす
都まで幾行帰り子規
うたゝねの本落しけり時鳥
ひるすぎてうつかりしたり時鳥
ほとゝきす木曽はこの頃山つゝじ
子規なきけり傘の紙一重
郭公のきの雫のほつりほつり
目にちらり木曽の谷間の子規
山々は萌黄浅黄やほとゝきす
ラムネの栓天井をついて時鳥
朝起は妻にまけたりほとゝきす
幾人の命とりけんほとゝきす
歌よまぬ身におほけなし時鳥
思ふ事なげになきけりほととぎす
聞に出て行き違ひけり鵑
聞くまではこゝを動かじ時鳥
行列の空よこぎるや時鳥
九段阪魂祭るころの時鳥
此頃の牡丹の天や時鳥
これもうしめざめ給へや時鳥
島原や草の中なる時鳥
杉谷や山三方にほとゝぎす
菅笠の生国名のれほとゝきす
谷間や屋根飛こゆるほとゝきす
挑灯の次第に遠し時鳥
飛び飛びに闇を縫ひけり時鳥
茄子にも瓜にもつかず時鳥
夏山を右にうけたり時鳥
ひだるさに寝られぬ夜半や鵑
一声は夢よりはかな時鳥
一こへは夢よりもろし時鳥
一声や捨子の上の時鳥
吹き乱す花の中より子規
筆もつて寝たるあるじや時鳥
故さとに入る夜は月よ郭公
故郷へ入る夜は月よほとゝきす
時鳥上野をもとる汽車の音
時鳥御目はさめて候か
時鳥千本卒塔婆宵月夜
ほとゝきす其声入れん蓄音器
郭公太閤様をぢらしけり
時鳥なきやむ頃やひきかへる
時鳥鳴くやどこぞに昼の月
郭公馬車や車の広小路
時鳥一かたまりのはなれ雲
時鳥ひよとり越を逆落し
時鳥不二の雪まだ六合目
時鳥右の耳より左より
頬杖の鉄扇いたし時鳥
御篝の腹なと見せよ杜宇
水無月の虚空に涼し時鳥
湯豆腐のこげつくかざや時鳥
茄子にも麦にもつかず郭公
雨の夜や根岸へ帰る郭公
あら海や月にきこえむほとゝきす
有明の山は豊後かほとゝきす
いそがしや星をよけよけ時鳥
一の糸ふつゝときれて子規
命なり佐夜の中山ほとゝきす
うしろむく人もありけり郭公
うちかけの振り向き難しほとゝきす
太秦や山ほとゝきす古遊女
奥州の墓はいづくに時鳥
御子良子のともし火細しほとゝきす
恐ろしきやり手の声や鵑
恐ろしや起請百枚鵑
お茶壺の上を鳴き行く時鳥
をばしまや物思ひをれば時鳥
大空は四隅もなくて時鳥
大原や雨の中より時鳥
かけ物の隅に鳴きけり時鳥
風吹て竹さわぐ夜や時鳥
君か代の不足をいへば時鳥
金屏に筆投げつけつ時鳥
郭には大鼓のさかりほとゝきす
傾城の鼾おそろしほとゝきす
傾城の耳たぶ広しほとゝきす
此頃の日記や雨と時鳥
四海皆鳴りを静めて時鳥
叱られて禿泣く也ほとゝきす
四枚五枚八枚九枚郭公
須磨寺にわが泣きをれば子規
雪院にこもる人たれ子規
僧ぬれたり時雨の亭の時鳥
大仏の臍のあたりやほとゝきす
大名の生るゝ時かほとゝぎす
竹垣や傘すぼめる時ほとゝきす
たそがれの菎蒻閻魔ほとゝきす
叩く時ひさご飛び出せ時鳥
塔見えて一痕の新月時鳥
たまきはる女の声か郭公
血の流れ屍の山や郭公
塚一つ松一つなりほとゝきす
月並は何と聞くらん子規
月もなし時鳥もなし風の音
つくばねにつきあたりけり時鳥
辻占の引声長し時鳥
床柱鼻もうたずに郭公
飛んで入る焔あやなし時鳥
鳴かぬなら鳴かぬと鳴けよ鵑
鳴き立つる雀にくらし時鳥
泣き給ふ声の細さよ郭公
鳴く時はきつと鳴きけり郭公
二の声は淡路をこえつ子規
軒らんぷ店は閉ぢたりほとゝきす
春をきのふはや鳴けほとゝほとゝきす
万人の命の上を郭公
ひさごから出して見せうか時鳥
一声や大空かけてほとゝきす
一声や屏風倒れて子規
一声や山つんざけて郭公
一月に二夜の闇や時鳥
病人に一つ徳あり時鳥
噴き出す灰の中より郭公
吹つける褌の夜風やほとゝきす
踏み切りや戸をしめられて鵑
蛇入て塒のさわぎや時鳥
時鳥上野でぬれし人あらん
時鳥江戸に旅寝の雨夜哉
時鳥鐘つき堂の白みけり
時鳥廝にこもる人はたれ
子規顔を格子におしあてる
時鳥寒暖計の下りぎは
郭公頻りに耳のなる日哉
時鳥僧正坊は寝入りけり
郭公只一声の夜明哉
時鳥茶漬かきこむ里の朝
時鳥東海道をいくとまり
時鳥なくや雨夜のほの明り
時鳥なくや夜明の善光寺
郭公何の夢見る陰陽師
時鳥名のれ越後は後家の数
郭公はてなき海へ鳴て行く
郭公一声毎に十里つゝ
時鳥昼もぬれたる寺の屋根
時鳥昼も穂麦のそよぎかな
時鳥二声嵐三声雨
時鳥ものゝ匂ひの一しきり
時鳥夜を白鬚の白みけり
待ちもせぬ時鳥聞き参らせ候
窓推すや其時遅し時鳥
三日月は見えぬふり也時鳥
水無月をもてなされけり郭公
宮島や鳥居をくゞるほとゝきす
宮守の烏帽子直すや時鳥
山畑や真昼のころの郭公
ゆゝしさや武士にまたれて鵑
横雲をこほれて一つ時鳥
夜を眠る薬つれなし子規
落城の暁寒し時鳥
落城の昔に似たり時鳥
我庵は汽車の夜嵐時鳥
君が代や不足をいへばほとゝぎす
鳥さしの棹もとゝかず時鳥
時鳥御願かけ誰が朝まゐり
雨風や鳴く音細りし時鳥
有明の並木かくれや時鳥
あれ聞けよたしかに今の時鳥
うたてやな喪にこもる頃の時鳥
海の名を聞けば鳴海そ時鳥
裏店の喧嘩の中を時鳥
椽側へ耳突き出すや時鳥
汽車道の丹後へ鳴くや時鳥
木曽路にも鉄道かけたか時鳥
気にかゝる雲のけしきや時鳥
霧島やほのほの中の時鳥
けしからぬ烏の声や時鳥
ごふくめの垢つく頃や時鳥
雑談に耳やすませて時鳥
石門の中に月あり時鳥
それでなくとそれにして置け鵑
笋の雲にとゞいて時鳥
竹槍の穂先に鳴くや時鳥
血に啼くや草噛む女時鳥
名乗れ名乗れ議案の数を時鳥
万人の夢の上なり時鳥
灯は消て夜明の窓を時鳥
灯は消えて夜舟の窓を時鳥
時鳥雨の裏店女泣く
時鳥表は馬車のひゞき哉
時鳥胡瓜のさきに花もつて
時鳥木曽の裏山馬嘶ふ
時鳥消ゆやちらちら鰹船
時鳥首の浮たる温泉哉
時鳥芝山内の喧嘩かな
時鳥島田三郎斬られたり
時鳥将軍山を出でゝ来る
時鳥将軍山を出でゝ行く
時鳥人馬の細き麓かな
時鳥杉一本の野の広き
時鳥千三百人と名のりけり
時鳥千住あたりは月夜哉
時鳥空一はいの月夜かな
時鳥千代田の城は堀一重
時鳥月を尋ぬる女かな
時鳥鳴かぬ程こそゆかしけれ
時鳥鳴くなと申人もあり
時鳥鳴くや局の銀屏風
時鳥鳴くや物干竿高し
時鳥八百八町鳴渡る
時鳥盆傾くる雨の中
時鳥待つとばかりもことづてん
時鳥都大路の人通り
時鳥闇の神戸のともしかな
時鳥横町横町の巡査哉
時鳥六派の勝を名のりけり
時鳥笑ふて聞かぬ人もあり
待ちにけり其一声の郭公
望月の欠げて猶鳴く時鳥
ものすごき空のけしきや時鳥
山駕籠や屋根の上より時鳥
山里や大時鳥大月夜
山里や蚊遣の上を時鳥
山寺や昼寝の鼾時鳥
夕月の地にひつゝいてほとゝきす
夕闇の雲吹き落せ時鳥
横浜の阜頭の崩れや時鳥
淀川の大三日月や時鳥
蓬生を飛んで出でけり時鳥
雨が降るあひの土山時鳥
馬通る三方か原や時鳥
大風に飛びこむ声や時鳥
帰るさや野糞しながら時鳥
今日はまた誰をだまさん時鳥
四月二十八日初時鳥
四月二十八日を初時鳥
須磨の灯か明石のともし鵑
説教にけがれた耳を時鳥
船頭の呼声長し時鳥
魂消たり木曽の桟時鳥
寝て糞をひる時死出の時鳥
此枝は雨三井は曇りて時鳥
時鳥あれと隣の初音かな
時鳥命捨てんとする女あり
時鳥紀の海荒れて月もなし
時鳥椎は車を外れけり
時鳥それなら寝るのぢやなかつたに
時鳥月帆檣の中にあり
時鳥寺の表の鉄行燈
時鳥啼くや伽藍の屋根許り
時鳥啼くやちぎれし月の雲
時鳥鳴くや二の谷三の谷
時鳥跣足参りの女かな
時鳥蛤を焚く桑名かな
時鳥蛤を焼く桑名哉
時鳥待つや小道の夕占問
時鳥山手通と覚えけり
時鳥山手通りと覚えたり
時鳥われより上に山もなし
無住寺にものゝさわぎや時鳥
山間や声折り曲る時鳥
横雲をこほれて須磨の時鳥
今頃は蓮にすわつて時鳥
川上は月代已にほとゝぎす
げんげんの実になる頃や時鳥
松明に楢の雫や時鳥
提灯で大仏見るや時鳥
月の出の草に風吹く時鳥
夏に入りて啼かずなりけり時鳥
ふりあぐる槌や其時時鳥
時鳥雨をあびたる小寺かな
時鳥蛙を捨てに出る夕
時鳥鴉は死ねと起請書く
時鳥君が車を呼び返す
時鳥きよつきよと許り鳴きにけり
時鳥救へ救へと声急なり
時鳥鳴く時杜若白し
時鳥鳴くや浅間の靄の中
時鳥鳴くや行燈の花が散る
時鳥鳴くや上野の森の上
時鳥鳴くやともしに風が来る
時鳥横川の坊の垣根より
黙座すれば吾名を呼びぬ時鳥
夜鳴くを時鳥とこそ覚えたれ
しまひ汽車に乗りおくれたか時鳥
時鳥しはらくあつて雨到る
時鳥毎晩鳴て足痛し
時鳥昔此頃此峠
時鳥夜滝を見る山の道
山を行く君この月に子規
鶯は婆アとなりぬ時鳥
匆卒に手を分ちけり時鳥
鉢植の花なくなりぬ時鳥
時鳥一尺の鮎串にあり
時鳥雲にぬれたる朝の窓
時鳥しはぶき聞ゆ堂の隅
時鳥癪をさまりし夜明方
床の間の牡丹の闇や時鳥
血判の誓紙裂きけり時鳥
鉢植の梅の実黄なり時鳥
ホトゝギス月ガラス戸ノ隅ニアリ
提灯を返せ返せと時鳥
時鳥辞世の一句なかりしや
時鳥啼かず卯の花くだしつゝ
鶯の老をたのむや神のもり
鶯や欝金の陰に老い初る
老鶯若時鳥今年竹
尋常に鶯老いる小藪哉
鶯や老いて深山の石に鳴く
鶯や日比谷が原に老を鳴く
骨折りて鳴く鶯ぞ老いたりし
鶯の老いたるを尋ね三河島
大山や鶯老いて女阪
百円の鶯早く老いにけり
鶯の老いたるが多き山路哉
鶯の老を鳴くなり遅桜
鶯の会は過ぎけり老いにけり
鶯の藤咲く山に老いにける
鶯や鴉は老いぬものなりけり
老いぼれし鶯なくやきよときよとと
老いぼれし鶯なくや野の小寺
橘に鶯老いぬ初瀬の里
旅人の老鶯を聞いて居る
藪寺や鶯老いて音にうとき
鶯の音を入にけり軽業師
音を入れた鶯飛ぶやそれそこに
音を入れた鶯山へ逃て行
川蝉のあとへきて鳴く行々子
涼しさや又川蝉の杭うつり
川蝉は目に見えてゐて行々子
翡翠や鷺のかくれしあたりより
川せみやながめくれたる杭の先
川蝉や柳静かに池深し
翡翠やながめくれたる水の面
翡翠や浅妻舟の人もなし
翡翠や水澄んで池の魚深し
古池や翡翠来べき杭の形
翡翠の池の上飛ぶ夕日哉
古池や翡翠去つて魚浮ぶ
芦二三本杭に翡翠を画きたり
池やあらん川せみ土手を越えて飛ぶ
川蝉にねらはれてゐる小魚哉
翡翠や芦間隠れの捨小舟
川せみやおのれみめよくて魚沈む
川せみや口ばし長くしていやなり
川蝉や小魚くはへて飛んで行く
翡翠や小魚をくはへ飛て行
川蝉や水澄んで遊ぶ魚深し
川せみや水澄んで遊ぶ魚涼し
川蝉や柳垂れ芦生ふる処
川せみや夕日にぬれし羽の色
しんとして川せみ飛ぶや山の池
水楼の絃歌ひる絶えて翡翠飛ぶ
水楼の絃歌昼絶えて翡翠飛ぶ
古池や川蝉去つて暮遅し
古池や川せみ去つて日暮れたり
翡翠の魚捕へたる水浅し
御庭池川セミ去ツテ鷺来ル
川セミノ足場ヲエラブ柳哉
川セミノ池ヲ巡リテ皆柳
川セミノ魚銜ミ去ル夕日カナ
川蝉ノ魚ヲ覗フ柳カナ
川セミノ来ル柳ヲ愛スカナ
川セミノ来ヌ日柳ノ嵐カナ
川セミノ去テ柳ノ夕日哉
川セミノ飛デシマヒシ柳カナ
川セミノネラヒ誤ル濁カナ
川セミモ鷺モ来テ居ル柳哉
川セミヤ池ヲ巡リテ皆柳
翡翠や芙蓉の枝に羽つくろひ
柳伐テ川セミ魚ヲ取ラズナリヌ
柳伐テ川セミ遂ニ来ズナリヌ
枝川や立ち別れ鳴く行行子
不尽崩す舟の行来や行々子
よしきりの声につゝこむ小舟哉
剖葦の声の嵐や捨小舟
芦の葉と共になひくや行々子
芦原の中に家あり行々子
葭切や水三つまたの別れきは
枝川の其枝川も行々子
兎に角に世はかしがまし行々子
鳴けはうし鳴かねは寂し行々子
舟引の歌も聞えず行々子
葦剖や芦の中行く舟一つ
別荘や裏は隅田の行々子
別荘や隅田を前に行々子
飯まいて呼ふや雀の三番子
出つ入つ数定まらぬ小かもかな
日あたりの入江にたまる小鴨哉
鴨の子の面白がりて蓮の中
夜を鳴いて昼を寝て居る小鴨哉
分れけり小鴨は小鴨鴨は鴨
鴨の子の泳ぎぞめする濁り哉
鴨の子の流れんとする水嵩哉
鴨の子の羽ばたきしたる浅み哉
鴨の子を二つ握りし童かな
居る程の小鴨動かぬ浮寝かな
鳰の子の親の真似して潜りけり
鳰の子の泳ぎぞめする濁りかな
鳰の子は親の真似してくゞりけり
水鶏とは知りながら出る妻戸哉
ある時は叩きそこなふ水鶏哉
垣こえて雨戸を叩く水鶏かな
蛙よりある夜は近き水鶏哉
水鶏叩き鼠答へて夜は明ぬ
水鶏なき鼠答へて夜は明ぬ
新場処や紙搗きやめはなく水鶏
竹藪の外から叩く水鶏哉
叩けとて水鶏にとさすいほり哉
一ツ家の表も背戸もくゐなかな
一つ家を毎晩たゝく水鶏哉
見合せて又叩き出す水鶏かな
犬吼てあと静かなる水鶏哉
水鶏きて毎晩たゝく明家かな
新発意が寝ならふ頃の水鶏哉
月の出て背戸をとびのく水鶏哉
虎がなく寝覚寝覚の水鶏哉
古沢や家居の中に水鶏鳴く
古沢や家居の中に鳴く水鶏
吉原や水鶏にさむる人もなし
宵々に小督驚くくゐなかな
大門を夜な夜なたゝく水鶏かな
敲きあへで帰る雨夜の水鶏かな
掛乞かあらず水鶏のにくさ哉
山里や水鶏啼き罷んで犬遠し
いたづらに叩く水鶏や墓の門
水鶏やんで山僧門を叩きけり
狸来ずなりぬ水鶏や戸を叩く
戸敲くは水鶏か八百屋か豆腐屋か
沼浅く藺生ふるところ水鶏鳴く
花藺田に水鶏鳴くべき小雨哉
鷭ありく川杭がくれたそがるゝ
鵜の首の蛇とも見へて恐ろしき
烏羽玉の闇の色なるあら鵜哉
暁やうかごにねむる鵜のつかれ
雨来り風添ひあら鵜散乱す
いしぶみの跡に啼けり閑子鳥
浮世への筧一すぢ閑子鳥
聞に出てぬれてもとるや閑古鳥
しんしんと泉わきけり閑子鳥
すめはすむ人もありけり閑子鳥
竹杖のしわる峠や閑古鳥
どの村へかよふ筧そ閑子鳥
並松へふし見に来たか閑古鳥
並松やそれからそれへ閑子鳥
松の木にすうと入りけり閑子鳥
閑子鳥心細さに啼きしきる
閑子鳥扨も発句師のかしましき
閑子鳥なかねば淋し山の庵
かんこ鳥なくや山行く武者修行
淋しさに鏡を見るや閑子鳥
淋しさの声はありけり閑呼鳥
夕月は木の間に青しかつこ鳥
閑子鳥氷のやうな石ありけり
汽車と云ものが出来るぞ閑子鳥
矢の跡や石に来て鳴く閑古鳥
閑古鳥竹の御茶屋の人もなし
橋一つ渡れば木曽の閑古鳥
山中の池物凄し閑古鳥
奥山に石切る音や閑子鳥
石尊の大太刀古りて閑子鳥
閑古鳥かなどゝ思へば旅淋し
木乃伊取る人は帰らず閑古鳥
魯智深は坊主になりぬ閑古鳥
魯智深は山に入りけり閑子鳥
閑子鳥三個ノ秘事ハ伝絶エヌ
山がらの薄をのぼる手際かな
山雀の来る時は四五羽来りけり
山雀を送る雀の夫婦かな
満潮や寝る水鳥の床かはる
水鳥に水鳥の巣は知られけり
雨の夜や浮巣めくりて鳰のなく
子になつて浮巣は月に流れけり
風吹て浮巣流るゝ瀬田の橋
旅烏浮巣にのつて流れけり
流さるゝ浮巣に鳰の声悲し
人すがる屋根も浮巣のたぐひ哉
何鳥と知らぬ浮巣の卵かな
ちいちいと絶え入る声や練雲雀
武者一騎ながめ入たり羽抜鳥
其の下を汽車が通るぞ羽抜鳥
羽抜鳥友呼ぶ声か山淋し
羽抜鳥覚束なくも飛びにけり
羽抜鳥腰ぬけ鳥は人なりけり
原通る人見て鳴くや羽抜鳥
灯ともして又夏虫をまつ夜哉
夏虫の死で落ちけり本の上
おのが火をたよりか一ツ飛ぶ蛍
草の露これも蛍になるやらん
草の葉のほたるゆれるや水の音
手の下をくゝつてにげる蛍かな
姫だちも団扇で出るや蛍狩
吹く風をとらへかねたるほたる哉
蛍火にもゆる草葉や雨の岸
水音をはさむ蛍の屏風哉
水にはきえ露にはもゆる蛍かな
瓜小屋に音なきよるの蛍哉
大蛍ふわふわとして風低し
山門に蛍逃げこむしまり哉
静かさに地をすつてとぶ蛍かな
涼しさや月出るまでの蛍がり
露となり蛍となりて消にけり
趙氏連城壁と見て前川に満る蛍哉
手の内に蛍つめたき光かな
盗人の闇に見すかす蛍かな
人去てかせの下行く蛍哉
蛍から蛍へ風のうつりけり
蛍狩袋の中の闇夜かな
路つけて藺の中くゝる蛍かな
藻を刈てはひでる舟の蛍哉
藻を刈るや蛍はひ出る舟の端
手のうらに蛍つめたき光哉
芦の葉にすかりてなひく蛍哉
あなどって蛍とびこす庵哉
余り追はゞ蛍困りて消やせん
石山の闇を抱込む蛍哉
市中に蛍一つのさわき哉
風の前の蛍又消え又明り
風吹て橋こえ窓に蛍哉
風吹て乱れ立つ江の蛍哉
傾城の団扇に這はす蛍哉
露よりもさきにこぼるゝ蛍哉
隣から追はれて来たる蛍哉
ぬれて来て地蔵にとまる蛍哉
羽黒山蛍一つの闇夜哉
ふわふわと早瀬を渡る蛍哉
蛍飛ぶ中洲の芦のそよぎ哉
雪洞はきえて蛍のさかり哉
蓬生に蛍みだるゝ夜風哉
石垣や石のあはひの大蛍
石山の石の裏飛ぶ蛍かな
板塀にそふて飛び行く蛍哉
浮草に流れ流れて蛍かな
裏つたひ雨夜の蛍静かなり
大蛍ものすごき夜のけしき哉
消えて見てやゝあつて光る蛍かな
竹藪やものにさはらず飛ぶ蛍
たそがれの川上遠く蛍飛ぶ
火は消えて雨の夜を啼く蛍かな
ふわふわと蛍一つの闇夜かな
蛍飛ぶ中を夜舟のともし哉
すよすよと舟の側飛ぶ蛍かな
竹垣の外飛ぶ雨の蛍哉
次の夜は蛍痩せたり籠の中
豆腐屋の門に夜とぶ縄哉
葉隠れて蛍飛ぶなり竹の雨
蛍飛ぶ背戸の小橋を渡りけり
蛍飛ぶ宿へ帰りぬ白拍子
逢阪や人絶えて蛍低く飛ぶ
義安寺は袋ごしにもいちじるき
尽く蛍死にけり籠の中
此頃は蛍を見てもあはれなり
三寸の苗に蛍や籠の中
静かさに蛍飛ぶなり淵の上
その上を蛍飛ぶ也水車
釣鐘にとまりて光る蛍かな
釣瓶にとまつて光る蛍哉
墓原の樒に光る蛍かな
吹かれ来て蛍あぶなし水車
古庭に水打つて蛍呼ばんとす
蛇を恐れ蚯蚓をにくみ蛍狩
蛇を恐れ蚯蚓をにくむほたる哉
蛍打たばうすものゝ団扇塗木履
鼓虫の夜は化けて出て蛍哉
善き人の被にとまる蛍かな
思ひ出す蛍が飛んて去年也
人寝ねて蛍飛ぶ也蚊帳の中
川風の蛍吹きこむ二階哉
たはれをの袂に包む蛍哉
蛍籠に昼は死んたる蛍哉
夕風の蛍吹きこむ二階哉
十年の苦学を想ふ蛍哉
蛍籠行燈に遠くつるしけり
死蛍を選り分けて居る車胤かな
蛍狩早苗を盗み帰りけり
各の紙袋持つ蛍狩
名どころの蛍大きな光かな
晴天やおきぬうちから蝉の声
晴天やふしてとく知る蝉の声
目の覚めぬうちから聞や蝉の声
蝉すゞし牛頭天王の杉のもり
蝉なくや田中に細き土饅頭
せみのなく木かげや馬頭観世音
船頭の舟には居らず蝉のこゑ
脳病の頭にひゞくせみの声
聞きそめた日よりかしまし蝉の声
初蝉の声ひきたらぬ夕日哉
花も月も見しらぬ蝉のかしましき
朝露を乾かして鳴く蝉の声
鶯の蝉にせりあふ木末哉
笠とるや杜の下道蝉時雨
風吹て涼しき蝉の初音哉
囚人の鎖重たし蝉の声
蝉させば竿にもつるゝ柳哉
蝉の声絶えて水音山深し
僧正の榎かしまし蝉の声
電信の柱にあつし蝉の声
飛びあてる木に落付て蝉の声
葉柳にふられて鳴くか蝉の声
風流は苦しきものぞ蝉の声
帆柱のさきに蝉鳴く入江哉
みちのくの玉川蝉の名所哉
行けは熱し休めば涼し蝉の声
行けばあつしやめれば涼し蝉の声
明家の門に蝉鳴く夕日哉
大木の注縄に蝉啼く社哉
いろいろの売声絶えて蝉の昼
桟やかづらにすがる蝉の声
着物干す上は蝉鳴く一の谷
蝉鳴くや寒暖計は九十九度
蝉なくや砂に短き松の影
蝉鳴くや寺は石橋杉木立
たまたまに蝉鳴く松の林哉
鳴きやめて飛ぶ時蝉の見ゆる也
名も知らぬ大木多し蝉の声
一本に蝉の集まる野中哉
上野から庭の木へ来て蝉の声
御殿場や並杉老いて蝉稀也
椎の影蝉鳴く椽の柱哉
須磨の浦やうしろの山に蝉の声
蝉鳴くや野中の井のはね釣瓶
蝉の声しばらく汽車に押されけり
蝉の声共に吹かるゝ梢かな
庭の木にらんぷとゞいて夜の蝉
昼中や雲いらいらと蝉の声
昼中や蝉の集まる大榎
みちのくや出羽へ出ても蝉の声
夜明から熱いことかな蝉の声
夜明から熱い天気に蝉の声
童等の蝉さしにくる社かな
蝉鳴くや行水時の豆腐売
鳴きさして蝉の飛行く夕日哉
一筋の夕日に蝉の飛んで行
雷晴れて一樹の夕日蝉の声
蝉なくや物売絶ゆる昼餉過
蝉に遠く蛙に近し裏二階
蝉鳴くや団扇に画く滝の音
飛んで来てとまるやすぐに蝉の声
男蝉小便すれば女蝉も小便す
蝉ナクヤ五尺ニ足ラヌ庭ノ松
アナガマノ声ヤ手ノ蝉袖ノ蝉
蝉始メテ鳴ク鮠釣る頃の水絵空
山深ク見馴レヌ花ヤ蝉モ鳴カズ
ふきもせぬ風に落ちけり蝉のから
足六つ不足もなしに蝉の殻
さかしまに残る力や蝉のから
淋しさにころげて見るや蝉の殻
せみのからわつて見たれは雫哉
古池やさかさに浮ふ蝉のから
睨まれて閻魔の堂の蝉の殻
ぬけがらの君うつせみのうつゝなや
蝉時雨仰むく口や木の雫
人力の森に這入るや蝉時雨
玉虫ノ穴ヲ出タル光哉
経止めて僧のさとりぬ火取虫
月の夜を教てくれた火取虫
灯取虫ころさぬためや火もおかす
灯取虫羽はたきするやからす窓
灯取虫の羽はたきするやからす窓
火を取りて命取られぬ火取虫
火を取りて命取らるる火取虫
火を取りて身も取られけり火取虫
我庵は月夜となりぬ火取虫
我庵を月夜にしたり火取虫
あばらやは戸じまりもなし火取虫
あはれさやらんぷを辷る灯取虫
いろいろの迷ひや蛍灯取むし
面白やわれも月なる火取虫
燈籠としらずに来たり灯取虫
灯取虫おのが闇路に迷ひけり
灯取虫すてる命のいくつある
吹かれきつ吹きそらされつ灯取虫
焼けしぬるおのが思ひや灯取虫
我庵をめかけて来るか火取むし
傾城に死んで見せけり火取虫
火取虫書よむ人の罪深し
火取虫仏の灯にも焼かれけり
山を見る窓より来たり火取虫
灯取虫我身の上をもえにけり
白や赤や黄や色々の灯取虫
灯取虫思ひつめたるぞ是非もなき
ある時は空を行きけり水すまし
唾はけばはつと散りけり水馬
水馬水にさからふすべりかな
世の中をまひまひ丸うまはりけり
水馬流れんとして飛び返る
川上へ頭そろへて水馬
まはれまはれまはれまひまひくるくると
水馬枯葉かゝえて遡る
まひまひは水に数かくたぐひ哉
夕暮の小雨に似たり水すまし
山里に夏蚕飼ふらん桑畠
刈残す一畝の桑や夏蚕
神前の鳥居を上る毛虫哉
あさましく松くひあらす毛虫哉
子供等の毛虫葬る遊び哉
思はずの葉裏に居たる毛虫哉
片枝に毛虫つきたる若木哉
人をして毛虫取らしむ庭の松
折り棄てし萩の毛虫を踏付ぬ
生きかへるなかれと毛虫ふみつけぬ
毛虫殺す毛虫きらひの男哉
ひらひらと蛾の飛ぶ藪の小道哉
藪陰やうつくしき白蛾よゝと飛ぶ
黒塚や傘にむらがる夏の蜂
蚊をかたき風を身方のすゝみ哉
念仏のとぎれけり蚊をたゝく音
親の血を吸てとぶ蚊のにくさ哉
蚊の声の中に子の泣く伏屋哉
蚊の声は床のあやめに群れにけり
墓拝む間を籔蚊の命哉
昼の蚊やぐつとくひ入る一思ひ
我顔を蚊にくはせたる思ひかな
暁やまだ血にあかぬ蚊のうなり
蚊の狂ふたそかれ時の化粧哉
蚊のくるや本箱のすき壁のやれ
蚊の声にらんぷの暗きはたごかな
蚊の声にらんぷの暗き宿屋哉
蚊の死んで本のあはひに哀れ也
蚊のむれて碁打二人を喰ひけり
蚊をたゝくいそがはしさよ写し物
傾城の在所をきけば藪蚊哉
血ふくれて畳する蚊のにくさ哉
病人の蚊にうち負し団哉
本堂の隅にかたまる藪蚊哉
本堂の隅に蚊のなく真昼かな
待つ夜半を蚊になぶられて端居哉
簑かけて座敷にも蚊の宿り哉
夕風に蚊の流れ行く座敷哉
宵の月蚊をやくひまに隠れけり
大風のあとを蚊の出る山家哉
蚊か蝿か蚤か蝨か孑孑か
蚊の声もよわる小道の夜明哉
蚊の声や夜更くる程に太りける
蚊の中に問ひつ答へつ人二人
蚊の中に孀めしくふ一人かな
蚊の居らぬ月見て沖の楫枕
昼の蚊の来てはとまるや種が島
皆来れ日本の者は蚊も蚤も
わきかへる藪蚊の中や家一つ
蚊の声に雨雲かゝる小村哉
是非もなや足を蚊のさす写し物
一つづゝ殺せども蚊のへらざりき
灯ともすや蚊の声さわぐ石燈籠
昼の蚊の廻向し居ればさしに来る
昼の蚊の廻向し居れば我をさす
松白帆されど蚊も居り蝿も居る
泉屋の壓(ママ)に蚊の鳴く夕哉
入相を藪蚊は藪に帰りけり
うかと来て喰ひ殺されな庵の蚊に
蚊も居らず出水のあとの淋しさよ
蚊を打つて軍書の上に血を印す
草の戸や君に逢ふ夜を蚊の多き
血ぶくれて蚊のはひありく夜明哉
昼の蚊や円休寺借屋と申して
物書きさして蚊を焼く夜半の気狂はし
うつらうつら蚊の声耳の根を去らず
蚊の多き一新講の宿屋哉
蚊を燃くや君か寝顔のうつゝなき
首塚や蜻蛉の如き藪蚊飛ぶ
だんだらの蚊など出る也昼の鐘
寺の蚊の痩せて参詣の人を刺す
念仏や蚊にさゝれたる足の裏
墓原や昼の蚊群れて足をさす
灯ともせば蚊の騒ぎ立つ祠かな
病床に心いらちて蚊を叩く
蕗折れば昼の蚊さわぎ蟇出でぬ
三井の蚊の叡山の蚊を追ひかくる
物のけの消えて屏風に蚊の声す
夕暮や閨灯ともさぬ蚊のうなり
夕暮や閨灯ともさぬ蚊の狂ひ
我宿は椎の木深く蚊の多き
蚊にくはれ政党論を草しけり
蚊に馴れて能く寝る室の遊女哉
蚊の多き根岸の庵や小説家
蚊の声に馴れて遊女の眠り哉
蚊の声やうつゝに叩く写し物
君に侑む酒に儷しや蚊の屍
草の戸や蚊の餌に足らぬ一人者
草の戸や蚊の餌に足らぬ吾一人
書を読むや蚊にさゝれたる足の裏
病人の起きて蚊を焼く夜半哉
水捨る草むらを蚊の鳴て出る
夜学して蚊にくはれけり試験前
夜一夜蚊にくはれけり試験前
足の蚊を焼くや足の毛を焼きにけり
鼾声雷ノ如シ蚊にくはれ居る酔倒れ
蚊を叩く音も更けたる夜学哉
蚊を焼くや寝顔に蝋を落しけり
氏祭これより根岸蚊の多き
蚊柱や蚊遣の煙のよけ具合
夕立の来て蚊柱を崩しけり
蚊柱やほつれほつれてふしの山
あふがれて蚊柱ゆがむ軒端哉
あふがれて蚊柱ゆがむ夕哉
うすうすと蚊柱動く松の月
蚊はしらの川わたりゆくゆふへ哉
蚊柱の見事立ちけり池の上
蚊柱や楠の幹にも立ならひ
蚊柱やふとしきたてゝ宮造り
蚊柱の下にかしまし三百人
蚊柱の中に相撲とる童かな
蚊柱やくづれては又くづれては
蚊柱や丁稚ものよむ椽の先
蚊柱や漁村尽くつぶれたり
蚊柱や夕栄広き須磨の浦
孑孑の源とへはしみすかな
寝いるまを孑孑虫の沈みけり
孑孑の藪蚊見送る別れ哉
孑孑や水に天地の裏表
孑孑や水や天地の裏表
孑孑の生れ処の涼しさよ
孑孑の蚊になる頃や何学士
孑孑の底に沈まるあつさ哉
孑孑のはねずにすみぬ浮世哉
孑孑も金魚も同じ浮世かな
孑孑や汲んで幾日の閼迦の水
孑孑や須磨の宿屋の手水鉢
明家や孑孑池の杜若
炎天や孑孑水をまきちらし
蝶ともならずあら孑孑の業因や
孑孑のこゝを吉原と申すぞや
孑孑の沈むや鳶は空に鳴く
孑孑の泥にかくれし旱かな
孑孑やうちしづまればもとの垢
孑孑やお歯黒どぶの昼過ぎたり
孑孑や松葉の沈む手水鉢
孑孑の龍とならず蚊と落ちぶれし
青蝿の朝魚にたかる熱さ哉
蝿さえも打つ気になればよりつかず
蝿憎し打つ気になればよりつかず
蝿逃げて馬より牛にうつりけり
身動きに蝿のむらたつひるね哉
洗ふたる飯櫃に蝿あはれなり
蝿の舞ふ中に酒のむ車力哉
蝿むれて虚空に飛ぶや馬の市
入ること十歩都の蝿をはなれけり
牛馬の尻並べけり蝿の中
風渡る孔雀の羽や小蝿舞ふ
里長や蝿の牛部屋蚊の木部屋
雪院の戸は破れたり蝿の声
鉄道に何を群れたる五月蝿ぞや
蝿たまる水道尻の小家哉
蝿舞ふや太平洋の船の中
原中や酒売いこふ蝿の声
一つ逐へは又一つ来るめしの蝿
飯粒の一粒づゝに蝿とまる
こゝ迄に蝿居らずなりぬ馬返し
蝿を打つ人の心の細さかな
ものものし蝿を打つ手の力瘤
馬蝿の吾にうつるや山の道
本陣に蝿うつわざを御覧ずる
我心蝿一匹に狂はんとす
心清ししばらく蝿もよりつかず
眠らんとす汝静に蝿を打て
蝿打を持て居眠るみとりかな
蝿を打ち蚊を焼き病む身罪深し
愛憎は蝿打つて蟻に与へけり
酒臭き車夫の昼ねや蝿の中
石像に蝿もとまらぬ鏡哉
蝿どもは時を得顔や君逝きぬ
正宗の刄にさはる蝿もなし
火箸もて障子に蝿を追窮す
活きた目をつゝきに来るか蝿の声
活きた目をつゝきに来るか蝿の飛ぶ
三尺乃鯛や蝿飛ぶ台所
大さわぎ書生両手て蚤おさへ
蚤昼寝時々油断見すまされ
提灯をふつて蚤とるかごや哉
蚤と蚊に一夜やせたる思ひ哉
蚤に手のとゝきかねたり相撲取
洋服の背中に蚤のいたき哉
木賃とは蚤にせゝられ鶏の声
きぬぎぬに蚤の飛び出す蒲団哉
旅やすし蚤の寝巻の袖たゝみ
松島や名所の蚤のわれをくふ
あちへ逃けこちへ逃げ蚤のにくらしき
お僧見られよ庵は大蚤大蝨
傾城のぬけ殻に蚤のはねる哉
しふねくも喰ひつく蚤の力かな
大粒な蚤とびありく畳哉
どこまでも追ひつめて見ん舟の蚤
蚤飛んで仲間部屋の人もなし
蚤に足らず蝨にあまる力かな
灯ともしてひとり蚤取る小先達
いまだ天下を取らず蚤と蚊に病みし
店先の猿餌に飽きて蚤を取る
蚤とり粉の広告を読む床の中
猿芝居猿の蚤取る楽屋哉
敷革の毛わくる蚤のゆくへ哉
言巧ニ蚤取粉売ル夜店カナ
力入レテ蚤ノ卵ヲツブシケリ
蚤共ニ卵ツブルゝ音高シ
尼一人蚋の名処を帰り行く
日光や蚋は居れどもよい処
旅籠屋に投げ出す足や蚋の跡
世の中よすそかゝぐれば蚋のくふ
裾山や蚋の飛びかふ八重葎
飯呼べど来らず蚋の跡を掻く
蜘の子やそも人間の始りは
古壁の隅に動かずはらみ蜘
人ばらばら蜘の子を散らすごとくなり
古家の槍長刀や孕蜘
蜘蛛の子を散らすなかれと伏魔殿
雨水のしのぶつたふやかたつぶり
一日の旅路しるきや蝸牛
蝸牛と風雅の主や竹の垣
生れるといはぬ身を恥よ蝸牛
大釜の底をはひけり蝸牛
此頃は居らなくなりぬ蝸牛
声あらは何となくらん蝸牛
ちゞまれば広き天地ぞ蝸牛
蝸牛を風雅の主や竹の杓
蝸牛明家の錠のくさりけり
傾城のうらやまれけり蝸牛
五月雨や小牛の角に蝸牛
蝸牛の角のさきなり安芸愛媛
石の上に重なりあふて蝸牛
蝸牛それさへ文字はならひけり
殻ともに踏みつぶされて蝸牛
其角の長さくらべん蝸牛
竹椽や嵐のあとの蝸牛
朝鮮は蝸牛程の大きさよ
蝸牛の角ふりわけよ幾ところ
蝸牛の隣の喧嘩のぞきける
蝸牛や寺の屋陰の大楷子
ぬらくらと蝸牛の文字の覚束な
蝸牛や雨雲さそふ角のさき
蝸牛やおほつかなくもにしり書
我画いて雲に乗り去る蝸牛
長明の車が来たぞ蝸牛
蝸牛の頭もたけしにも似たり
あとはかりあつて消けりなめくしり
夕くれになれは消けりなめくじり
なめくじり寺の礎落ちこみぬ
我足にまけな朽木の*(虫偏+? )蜒
傘さして売家見るやなめくじり
笠の音山蛭落ちて首を縮む
笹の音山蛭落ちて首を縮む
蛭多き野川に小鮒なんど得つ
水に遊んで蛭を恐るゝ股の上
森三里山蛭落ちて人に逢はず
一吹や羽蟻くづるゝ不二颪
天人の羽衣すつる羽蟻哉
鉄枴の吹きだしたる羽蟻哉
我書て紙魚くふ程に成にけり
反故出せば蠧の糞あり古葛籠
長嘯か生れ代りの蠧もあらん
屋根虫を掃き下したる箒哉
行燈の丁字よあすは初松魚
一日は都の水やはつ松魚
初松魚生れ変らば富士の龍
初松魚実に実に好きな人は誰レ
初松魚ひつこむ跡や夏氷
見事にも命すてけり初松魚
見ン事に命すてけり初松魚
傾城の発句名高し初松魚
誰人の糞になるらん初松魚
日本橋や曙の富士初松魚
初松魚江戸の口には四季の花
初松魚貴人の前ではねにけり
初松魚死すとも可也此ゆふべ
初松魚羽が生えたり江戸の空
初松魚見るに血しほの迸る
婿殿を買ひにやりけり初松魚
初松魚蠣殻町を通りけり
初松魚片肉に江戸の月夜哉
初松魚片身は人に買れけり
初松魚只一声の夜明哉
江戸ツ児は江戸で生れて初鰹
初松魚江戸といひしは昔なり
初松魚べらぼうと申す言葉あり
江戸人の江戸誇るらく初松魚
鎌倉や日蓮去つて初堅魚
二度までは初の字つける松魚哉
生きている様な声なり松魚売
鰹くふ人にもあらす松魚売
鎌倉と名のつて死る松魚哉
一夜さに海山こえて松魚哉
押し分けて群衆の中を松魚売
大松魚昔の都荒れにけり
草の戸や鰹一切れ月半分
草の戸や五尺の鰹四日の月
三尺の家に五尺の松魚哉
重衡がはしめて見たる松魚哉
重衡のはじめて見たるかつを哉
暁の第一声や松魚売
鎌倉は堅魚もなくて小鯵かな
鮎とんで出よ手をすけて我待つぞ
鮎はねて月に眠るや渡し守
膳の上に鮎やくるみや山の宿
山里や尺に満ちたる鮎のたけ
洪水のことしは鮎も居らずなりぬ
鮎はまだ上らずといひぬ渡守
網を手に人鮎を覗くけはひ哉
鮎釣の鮎釣の籠を覗きけり
鮎釣の焼場を戻る夕哉
鮎飛んで昼静かなり長柄川
鮎の背に苔や生ふらん淵の色
玉川の鮎にくひあく一日哉
一群の鮎眼を過ぎぬ水の色
故郷の鮎くひに行く休暇哉
簾捲けは山緑なり鮎膾
水尾涸て鮎の死だる旱哉
鮎釣つてなりはひとする翁かな
鮎漁の獲物少なき不興かな
水引いて鮎のよる瀬の変りけり
鮎釣らんか如かずドンコを釣らんには
くれ涼し大路にならふ金魚売
取り逃がし掴み崩して海月取
夏の葉に春の匂ひやさくら餅
葉桜や花さきしとも見えぬ枝
葉になれは桜もたゞの木なりけり
葉桜や傾城しらぬ夏の景
葉桜や来年おもふ枝ののび
葉桜とよびかへられしさくら哉
葉桜の上野は闇となりにけり
葉さくらや枯枝かくす一枝哉
葉桜や折のこされて一盛り
葉さくらや折残されて一茂り
雨の日や葉桜垂れて傘うつり
葉桜や祇王仏の面がはり
葉桜や冷酒あをる髯奴
葉桜や窓を開けば角田川
葉桜や衛士の篝も木隠れて
葉桜に馬馳せ違ふ議員哉
葉桜に人千人のさわぎかな
葉桜や人影所々なり
葉桜はつまらぬものよ隅田川
十日早くばと思ふ葉桜の道もあり
葉桜に夜は茶屋無し隅田川
葉桜に夜は茶屋無し向島
葉桜や昔の人と立咄
夏桜石を火に焚く山家哉
上野山余花を尋ねて吟行す
実桜や吉野の御所に鳥の糞
紫を玉にぬく実の糸桜
木母寺や実桜落ちて児もなし
葉柳に日の力なきゆふべかな
葉柳の風は中から起りけり
葉柳の五本はあまる庵哉
葉柳やもつれてのこる三日の月
葉柳をつかまへかねし小舟哉
葉柳や風はらひあへずほこりつむ
葉柳や病気の窓に夕ながめ
葉柳や病の窓の夕ながめ
葉柳に水撒車片よせぬ
葉柳に埃をかぶる車上哉
風吹けば三日の月あり夏柳
ともし火の数定まらず夏柳
夏柳吹く程吹て静かなり
花嫁や見る見るふとる夏柳
むしられて見返り柳夏痩せぬ
桜田に夕栄すなり夏柳
車道狭く埃捲くなり夏柳
車道広く埃捲くなり夏柳
田の畦や二尺許りの夏柳
夏柳家鴨養ふ小池哉
夏柳異人の館灯ともれり
野が見ゆる町の出口の夏柳
野の家や吹きまくらるゝ夏柳
拳を打二階の影や夏柳
嵐山葉桜はあれと若楓
ふらこゝや雨に濡れたる若楓
若楓軒のともしのうつり哉
鹿はまだ角芽ぐむ頃や若楓
茶屋静かに鹿徘徊す若楓
盤台に鰹生きたり若楓
石橋や水平かに若楓
四阿に日の影動く若楓
寺を見て茶のもてなしや若楓
若楓案内の小僧可愛げに
若楓仮名巧なる写し物
若楓築山ノ亭荒ニケリ
岩々のわれめわれめや山つゞじ
青き中に五月つゝじの盛り哉
案内する小僧すばやし夏つゝじ
卯の花をめかけてきたかほとゝきす
卯の花や妹か垣根の朝ほらけ
卯の花にかくるゝ庵の夜明哉
卯の花に雲のはなるゝ夜明かな
卯の花に雲のはなれし夜明哉
卯の花に白波さわぐ山路哉
卯の花に不二ゆりこぼす峠哉
卯の花にふじを結ひこむ垣根哉
卯の花の宿とばかりもことづてん
卯の花や月夜となればこぼれ立つ
卯の花をこほさすはいれ豆腐売
おしあふて又卯の花の咲きこぼれ
卯の花のかたへふすぼる捨篝
卯の花の雪やこほれて水の上
卯の花や牛叱りたる御随身
卯の花や月にはうとき松の闇
卯の花や町のとまりは善光寺
卯の花や弱法師の袖に蝨ちる
山駕籠や片よせて舁く花卯木
我思ふ人の姿よ花卯木
明け行くや卯の花月夜しんしんと
卯の花に泣きあかしけり尼一人
卯の花の闇を吠ゆるや翁丸
卯の花や雨夜の月は傾きぬ
泥川や卯の花垣根結ひつゞく
山里の卯の花月夜鳥啼く
卯の花に経よむ声のなまめかし
夘の花の垣なつかしみおとづれん
卯の花の里を氷のやけど哉
卯の花に鍋を干したが発句かや
卯の花の中から牛の角二つ
卯の花に尿のかゝる闇夜かな
そもさんか卯の花か達磨の骨なるか
糞づまりならば卯の花下しませ
あれ家や茨花さく臼の上
窓かけや朧に匂ふ花いばら
宵月や牛くひ残す花茨
傘はいる茨の花垣奥深し
茨さくや根岸の里の貸本屋
茨咲くや岡凹うして牛遊ぶ
牧笛の陂下るや花茨
宵闇に牛の匂ひや茨の花
うき人の深く隠れし茨哉
茨咲くや蛇細道によこたはる
山城の石垣残る茨かな
搦手の刎橋凄し花茨
灯ちらちら茨の花垣たそがるゝ
古城のもる人なしに茨かな
古城の守る人なしに茨咲く
見とゞけしかたきの宿や茨の花
かいま見ん茨咲く宿の隠し妻
きぬぎぬを茨が袖ひく花茨が
茨咲いて狐束髪に化け習ふ
古道の岡に上るところ茨白し
野茨の花白うして蛇の衣
花茨惜むべき香を吹き棄つる
ビール苦く葡萄酒渋し薔薇の花
赤薔薇や萌黄の蜘の這ふて居る
家富んで門高し薔薇乱れ咲く
妹は薔薇赤く姉は百合白し
遅咲の薔薇赤うして散り易き
草むらむら薔薇黄なるあり赤きあり
草むらむら薔薇の黄なるあり赤きあり
会堂や結婚式の薔薇の鉢
白薔薇の花をつめたる棺かな
とげ赤し葉赤し薔薇の枝若し
薔薇剪つて手づから活けし書斎哉
薔薇一枝美人の胸にしぼみけり
薔薇深くぴあの聞ゆる薄月夜
夕風や白薔薇の花皆動く
我庭の薔薇も葵も咲きにけり
翌しらぬ身をながらへ居れば薔薇が散る
蜘の巣に一ひら薔薇の花赤し
子雀や薔薇の垣根にちよろちよろす
障子あけて病間あり薔薇を見る
たれこめて薔薇ちることも知らさりき
葉かくれて朝鮮薔薇の花赤し
椅子を置くや薔薇に膝の触るゝ処
阿蘭陀の昔更紗や薔薇の形
庭荒れて蜘の囲多き薔薇咲ぬ
薔薇くれし嫗みまかり薔薇咲ぬ
薔薇咲いて夏橙を貰ひけり
薔薇散て萩の葉青き小庭哉
薔薇の花マリーと呼ぶは妹なり
薔薇を見る眼の草臥や病ミ上り
薔薇の画のかきさしてある画室哉
赤薔薇と白薔薇と枝を交へけり
一盆の薔薇の匂や室に満つ
一輪ざしに活けたる薔薇の二輪哉
枝低き朝鮮薔薇の蕾哉
傘さして馬車を下りけり薔薇の花
傘さして馬車を下りるやばらの雨
伐りこみし薔薇に蕾の多き哉
心よき薔薇のずは枝や二尺あまり
咲き咲きて乏しき薔薇の蕾哉
束髪にして袴つけたり薔薇の花
築地青く薔薇紅の館かな
薔薇いけし喫煙室の机かな
薔薇の香の粉々として眠られず
薔薇の花に鼻つけて嗅ぐ香の薄き
薔薇胸にピアノに向ふひとり哉
薔薇を画く花は易く葉は難かりき
満園の緑や薔薇二三輪
病癒えて力無き手や薔薇を折る
病癒えて手づから薔薇を手折りけり
一輪の牡丹咲きたる小庭哉
花ひとつ蝶二羽来る牡丹かな
植木屋の門口狭き牡丹哉
金箱のうなりに開く牡丹哉
小娘ののぞきこんだる牡丹哉
白牡丹ある夜の月に崩れけり
とりついて小供尻つく牡丹かな
女房は金の入歯や深見草
花一つ一つ風持つ牡丹哉
一本の牡丹を庵の妾かな
不尽は見ぬ家搆也白牡丹
松の木にそふて咲たる牡丹哉
植木屋におちぶれ顔の牡丹哉
鬼神はあるまじき世の牡丹哉
大きさは禿の顔の牡丹哉
合奏の琴にくづれし牡丹哉
金屏や一輪牡丹瓶の中
傾城の瓶にしぼみし牡丹哉
紙燭とつて女案内す小夜牡丹
白牡丹三十六宮の夕哉
仁と義はなくて花さく牡丹哉
ちる時は風もさはらず白牡丹
中々に女はいやし白牡丹
牡丹咲て美人の鼾聞えけり
雪洞に一輪うつる牡丹哉
椰子の陰に語れ牡丹を芍薬を
夕風ににくや牡丹のあちらむく
義仲のうれしがりけり紅牡丹
世の中は牡丹の花に牛の角
宵月のたしかに暮るゝ黒牡丹
欄干に楊貴妃眠る牡丹哉
赫奕と牡丹の開く御庭哉
唐国の王子来ませし牡丹哉
草の戸や都のあとの白牡丹
紅白の牡丹朝日に開きけり
咲きにけり唐紅の大牡丹
玉程にふとる牡丹の莟かな
人も無し牡丹活けたる大座敷
舟つけて裏門入れば牡丹哉
牡丹咲いて大此枝颪来る夜かな
牡丹散て長白山の狼煙かな
待ちかねてちるや廿日の赤牡丹
夕風や牡丹崩るゝ石の上
善き人の皆金くさき牡丹かな
いたづらに牡丹の花の崩れけり
豁然と牡丹伐りたる遊女かな
廃院の牡丹小さく咲きにけり
廃苑の牡丹小さくさきにけり
牡丹咲く賎が垣根か内裏跡
牡丹載せて今戸へ帰る小舟かな
世の人の上を崩るゝ牡丹哉
一どきに崩れてしまふ牡丹哉
薄月夜牡丹の露のこぼれけり
篝火の燃えやうつらん白牡丹
宰相の詩会催す牡丹哉
七宝の花瓶に活けし牡丹哉
白牡丹咲かばといひし君を待つ
白牡丹さくや四国の片すミに
白牡丹さくや四国の片ほとり
しんとして牡丹崩るゝ夜中哉
その笠の裏には牡丹開くべく
卓一脚香消えなんとする牡丹哉
寺に座して村を見下す牡丹哉
鳥一羽立つや牡丹の畠から
何もなし庭広く兀と牡丹哉
塗盆に崩れ牡丹をかむろかな
廃苑に蜘のゐ閉づる牡丹哉
花震ふ大雨の中の牡丹哉
美服して牡丹に媚びる心あり
昼中の雲影移る牡丹哉
更くる夜を牡丹の蕾はぜかゝる
更る夜を牡丹の蕾咲きかゝる
牡丹伐つて其夜嵐の音すなり
牡丹咲いて僧つどひけり興福寺
廊下より手燭さし出す牡丹哉
凛として牡丹動かず真昼中
銀屏に燃ゆるが如き牡丹哉
後苑の牡丹に猫の目午なり
しづ心牡丹崩れてしまひけり
白牡丹五日の月をつぼみけり
青楼の壁に牡丹の詩を題す
牡丹剪て十日の酔のさめにけり
牡丹剪つて二日の酔のさめにけり
牡丹剪るべく手を傷つけぬ張麗華
楊貴妃の寝起顔なる牡丹哉
二階には牡丹生けたり姉の部屋
一枝の牡丹酬ゆる新茶哉
牡丹剪て朝日淋しき小庭哉
あらたまる病の床のほたん哉
一輪の牡丹かゝやく病間哉
薄様に花包みある牡丹哉
人力に乗せて牡丹のゆるぎ哉
二片散つて牡丹の形変りけり
鉢植の牡丹もらひし病哉
牡丹画いて絵具は皿に残りけり
牡丹咲く浄土の寺に絵踏かな
牡丹散つて芭蕉の像そ残りける
牡丹ちる病の床の静かさよ
政宗の額の下なり牡丹鉢
三日にして牡丹散りたる句録哉
蓑笠をかけし古家の牡丹かな
厄月の庭に咲いたる牡丹哉
薄色の牡丹久しく保ちけり
かいなでに牡丹描くや泥絵の具
銀屏や崩れんとする白牡丹
散らまくの花びら垂れし牡丹哉
雨晴れて牡丹の傘をたゝみけり
雨ふると傘立てゝやる牡丹かな
傘立てゝ雨だれかゝる牡丹かな
傘立てゝ雨横しぶく牡丹かな
傘立てゝ置けば雨ふる牡丹かな
風吹いて花びら動く牡丹かな
ガラス越しに灯うつりたる牡丹かな
三年目に蕾たのもし牡丹の芽
土かはで置きしが咲きし牡丹かな
手燭して見する月夜の牡丹かな
寝床から見ゆる小庭の牡丹かな
灯のうつる牡丹色薄く見えにけり
昼中は散るべく見えし牡丹かな
二人して牡丹の鉢を移しけり
吾庭にはじめて咲ける牡丹かな
京ハ夜店サレド牡丹ハ売ラヌ也
猩臙脂に何ませて見ん牡丹かな
土一塊牡丹いけたる其下に
引き出だす弊に牡丹の飾り花車
虻飛んで蜜柑の花のこぼれけり
柚の花や座つてひろふ女の子
吸物にいさゝか匂ふ花柚哉
柚の花や琴かきならす医者の妻
歌もそはで只大木の樗哉
夜芝居の小屋をかけたる樗哉
薄曇り樗の花の散りにけり
仮小屋の柱になりし樗かな
見返るや門の樗の見えぬ迄
人寄せる馬車の喇叭や花樗
ほす衣の袖にも一つ栗の花
くりのはな覚束なくもこぼれけり
栗の花筧の水の細りけり
栗の花つひて落ちけり蛇の皮
栗三年花咲く程に成りにけり
栗の花茶屋一軒を隠しけり
毛虫にもならで落ちけり栗の花
よすがらや花栗匂ふ山の宿
藁屋根や年々くさる栗の花
栗の花小窓をくゞる煙哉
栗の花飲まれぬ水の流れけり
雨暗き木立に栗の花白し
大釜の湯気立ち上る栗の花
風さつと花動く栗の梢かな
蚊帳明けてほのかに白し栗の花
栗の花落ちてきたなき小庭哉
栗の花納所自ら洗濯す
栗の花山猫和尚となん呼べる
毛虫にはせじと掃きけり栗の花
天窓やたまたま落つる栗の花
合歓いまだ覚めず栗の花旭に映ず
乗懸や花栗匂ふ山の道
靄かゝる山の木立や栗の花
栗の花筍飯は過きにけり
団栗の花散る檐や朝煙
団栗の花掃き寄せる戸口哉
くちなしの蟻ぞ槐の下涼み
うす月夜花梔子の匂ひ哉
薄月夜花くちなしの匂ひけり
誰が魂の夢をさくらん合歓の花
いかめしき樫の木立や合歓の花
海棠は眠り過ぎたり合歓の花
目がさめた頃かよ合歓の花が散る
眼のさめた頃かよ合歓の花が散る
ものうげに老木さきけり合歓花
行水や背戸口狭きねむの花
おのが秋を烏の落す柿の花
風吹て庇にたまる柿の花
咲きそめた年覚束な柿の花
柿の花土塀の上にこぼれけり
柿の花土塀の上にこぼれたり
ニ三町柿の花散る小道かな
柿の花八十八を祝ひけり
浮いて居る小便桶や柿の花
柿の花散るや仕官の暇なき
岩陰や水にかたよる椎の花
馬の背や風吹きこぼす椎の花
こぼるゝや日傘の上の椎の花
風吹て注縄に花ある榎哉
忍冬に眼薬売る裏家哉
紫陽花や壁のくづれをしぶく雨
あぢさいや花と露との重みにて
紫陽花に浅黄の闇は見えにけり
紫陽花にあやしき蝶のはなだ哉
紫陽花にかぶせかゝるや今年竹
紫陽花に吸ひこむ松の雫哉
紫陽花や壁の破れをしぶく雨
あぢさいや神の灯深き竹の奥
紫陽花や花さき重り垂れ重り
あぢさいや一かたまりの露の音
うつむいて紫陽花泥によこれけり
押あけてあぢさいこぼす戸びら哉
抱起す手に紫陽花のこほれけり
たれすぎて紫陽花泥によこれけり
紫陽花や赤にならぬが面白き
紫陽花やきのふの誠けふの嘘
紫陽花やけふはをかしな色に咲く
紫陽花や源氏車の破れ窓
紫陽花や舌を見せたる小傾城
紫陽花や染物かわく藪の裏
紫陽花やはなだにかはるきのふけふ
紫陽花やはなだになりしきのふけふ
けふや切らんあすや紫陽花何の色
紫陽花やあしたは何の色を咲く
紫陽花や紫陽花に似た花もあり
紫陽花や女なまめく片折戸
紫陽花に絵の具こぼせしあるじ哉
紫陽花に絵の具をこぼす主哉
紫陽花や一輪たるゝ手水鉢
紫陽花や一ふさ垂るゝ手水鉢
思ひ出して又紫陽花の染めかふる
紫陽花の雨に浅黄に月に青し
紫陽花の色かふるべき日取哉
紫陽花の何に変るぞ色の順
紫陽花のはなだになつてしまひけり
念入れて紫陽花の花染めかふる
念入れて又紫陽花の染め返す
紫陽花や紫尽きて浅緑
紫陽花や赤に化けたる雨上り
紫陽花の庵二年経る俳士哉
扶け起す紫陽花の枝倒れけり
紫陽花にきのふ紅さして今日はいかに
南天の実になる花と思はれす
鬼の子のまだ頑是なし花石榴
下闇や力がましき花石榴
花石榴久しう咲いて忘られし
わひしさややねにころかる桐の花
新道や人馬の中の桐の花
茶畑に一本高し桐の花
何代の壁の壊れや桐の花
桐の花さくや都の古屋敷
花桐の琴屋を待てば下駄屋哉
藪医者の玄関荒れて桐の花
藪医者や玄関荒れて桐の花
唐紙や銀箔兀し桐の花
桐老いて琴にもならず花咲きぬ
桐の花めでたき事のある小家
城跡や麦の畑の桐の花
日光の古き宿屋や桐の花
花桐の蒔絵ゆかしき手箱哉
花桐や賞を賜はる村の長
花桐を蒔絵にしたる手箱哉
古庭や桐の花散る井戸の蓋
塀の内に桐の花咲く明地哉
屋根低き物置小屋や桐の花
凌霄や煉瓦造りの共うつり
名も知らぬ木に凌霄のさかり哉
凌霄やからまる縁の小傾城
凌霄や一つる垂れし花かつら
家毎に凌霄咲ける温泉かな
凌霄の花に蝉鳴く真昼哉
凌霄や温泉の宿の裏二階
これそげに夏の花なる百日紅
青嵐百日紅を中にして
栗の樹と背あはせやさるすへり
此頃は薄墨になりぬ百日白
百日紅九十九日はなくも哉
百日紅ちらは扇にうけて見ん
白かべの薄あからみやさるすへり
青天に咲きひろげゞり百日紅
又しても百日紅の暑さ哉
又しても百日紅の長さ哉
夏に籠る傾城もあり百日紅
てらてらと小鳥も鳴かず百日紅
無住寺と人はいふなり百日紅
学校の昼静かなり百日紅
築山の芝の青きに百日紅
きらきらと照るや野寺の百日紅
百日紅梢ばかりの寒さ哉
通夜堂や緑の中の百日紅
赤々と百日紅の旱かな
てらてらと百日紅の旱かな
雨乞のしるしも見えず百日紅
小祭の獅子舞はせけり百日紅
酒好の昼から飲むや百日紅
百日紅咲くや小村の駄菓子店
百日紅咲くや真昼の閻魔堂
石塔の上にこぼれぬ百日紅
寺焼けて土塀の隅の百日紅
野の中の小寺や百日紅咲けり
半里さきに見ゆや庄屋の百日紅
まぎれなき百日紅や森の中
世の中やひとり花咲く百日紅
棕櫚の花闇の空より匂ひけり
棕櫚の花闇の夜頃を匂ひけり
筒組んで兵隊休む棕櫚の花
蜘のいの高き梢や棕櫚の花
棕櫚の花梯子とゞかぬ高さかな
村落に洋館ありて棕櫚の花
吾も亦愛す吾廬や棕櫚の花
玉巻の芭蕉ゆるみし暑さ哉
雨の音巻葉とけたる芭蕉哉
入口や芭蕉玉巻く黄檗寺
移し植ゑて巻葉憐む芭蕉哉
竿触れて芭蕉の巻葉折らしけり
其中に兀と芭蕉の巻葉哉
たのもしく巻葉ののびる芭蕉哉
庭を覆ふて芭蕉の巻葉とけにけり
二葉垂れて一葉玉巻く芭蕉哉
巻葉がちに一葉広がる芭蕉哉
巻葉とけて庭に塞がる芭蕉哉
丸き窓に巻葉のびたる芭蕉哉
門破れて芭蕉漸く二葉半
連翹は散つて玉巻く芭蕉哉
墨汁のかわく芭蕉の巻葉かな
麦藁の籠に盛りたるゆすら哉
苔の上にこぼれて赤しゆすらの実
ゆふ立にふりまじりたる杏哉
霊聖女来らず杏腐り落つ
夕立にふりまじりたる李かな
店さきに幾日を経たる李哉
虫はみて一枝赤き李かな
むらむらと闇にみたるゝ李かな
故郷近く夏橙を船に売る
山吹ノ返リ花アリ夏蜜柑
病床に夏橙を分ちけり
青梅の落て拾はぬあき家哉
花の皆青梅になる若木かな
花は皆青梅になる若木哉
青梅の音して傘をころげけり
青梅の猶たふとしや神の庭
青梅や黄梅やうつる軒らんぷ
青梅や傾城老いて洗ひもの
青梅をくふて泣きけり杜樊川
よもすがら青梅落つる嵐哉
青梅ややもり火に透く門らんぷ
青梅のすゞなりけらし神の前
青梅や神下りたまふ井のほとり
青梅に塩売を呼ぶ戸口哉
青梅に筍高し明家敷
青梅に檐の曇りや時鳥
青梅の下に集る童かな
青梅や行軍を見る里の雨
青梅や梅園の戸は鎖したる
垣越に青梅盜む月夜哉
青梅や病より起つ林和靖
青梅をかきはじめなり菓物帖
梅の実の落て黄なるあり青きあり
たまたまに葉のつく梅のゆかしさよ
梅の実の落ちて乏しき老木哉
梅の実の小さき核やかみ砕く
木の上にひとり枇杷くふ童かな
枇杷の実に蟻のたかりや盆の上
くひながら夏桃売のいそぎけり
夏桃はまだ毛の多き苦さ哉
時計屋も夏桃店も埃哉
桑の実や木曽にわづらふ子順礼
あら恋し木曽の桑の実くふ君は
ありきながら桑の実くらふ木曽路哉
桑の実の毛虫に似たる恨み哉
垣を成す桑の木老いて実の多き
桑の実をくはさる君にジヤボン哉
児の手を無理にあくれば青山椒
児の手を無理にあけれバ青山椒
夏の日の色としもなし青山椒
馬繋ぐ奥街道の新樹かな
湯治場や床几を移す新樹陰
年とつた木もたちかへる若葉哉
年ふるき木もたちかえる若葉哉
花さかぬ木に春来る若葉かな
若葉かなさては吉野も只の山
若葉をもあみこむいろや青簾
見具合の春とは変る若葉かな
傘はいる若葉の底の家居哉
絶間より人馬の通ふ若葉哉
旅人の歌上りゆく若葉哉
鼓鳴る能楽堂の若葉かな
白雲や青葉若葉の三十里
ふりかへる都のかたも若は哉
見あぐれば信濃につゞく若葉哉
鎌倉は村と呼ばるゝ若葉哉
朝まだき書読む窓の若葉哉
あつ盛のかたみを拝む若葉哉
あひ傘のふりむきもせぬ若葉哉
雨の日を雀の遊ふわかばかな
雨晴て雲に月ある若葉哉
一日に遊女の老いる若葉哉
討死のあとに経よむ若葉哉
うつくしき名は散りはてゝ若葉哉
奥深く鈴鳴る宮の若葉哉
奥まりて碑くらき若葉かな
かけ橋の橋杭かくす若葉哉
傘たゝむ玄関深き若葉哉
鐘もなき鐘つき堂の若葉哉
庫裏あけて煙のこもる若葉哉
琴の音の雨に木深き若葉哉
権現に古葉が中の若葉哉
雫せよ若葉か下の石灯籠
捨て草鞋蔦の若葉のはひかゝる
たのもしくのびる槲の若葉哉
提灯の紅はげる若葉哉
ところところ若葉にこもるともし哉
隣さへ若葉の奥となりにけり
鳥啼て石を打こむ若葉哉
鳥居より内は鳥啼く若葉哉
野の中にやしろやしろの若葉哉
はかなさやわきすてらるゝ芥子若葉
鳩の餌を雀のひろふ若葉哉
張りかへた窓に若葉の青さ哉
一雨にみがきあげたる若葉哉
人もなし上野は雨の若葉哉
火のともる片側町のわか葉哉
山城の石かけくえし若葉哉
山寺に女首出すわか葉かな
行過て旅は若葉となりにけり
行過て若葉になりぬ花の旅
嫁達の化粧気安き若葉哉
よりあふて若葉がもとの咄哉
若葉して白帆つらなる川一筋
若葉ふく雨の奥なり知恩院
若葉道曲り曲りの電気燈
若葉よなあゝら花恋し人恋し
我を訪ふ故人心ありうら若葉
赤鳥居若葉の社古りにけり
新らしき墓の出来たる若葉哉
雨晴れて汽車道濡るゝ若葉かな
家あつて若葉家あつて若葉哉
うれしさは旅より戻る若葉哉
大弓の的を掛けたる若葉哉
かたよりて右は箕輪の若葉哉
小雨ふる家のあはひの若葉かな
酒樽のそれより小さき若葉かな
大木の幹に矢の立つ若葉哉
天窓の若葉日のさすうがひ哉
何の木と知れぬ若葉の林哉
何の木も彼の木もなしに若葉かな
舟よせて鳥居を仰ぐ若葉哉
三井寺は三千坊の若葉哉
村まばら野寺の若葉見ゆる哉
山に沿ひて汽車走り行く若葉哉
若葉して都を下る隠士哉
暁の山は若葉の匂ひかな
雨雲の谷にをさまる若葉哉
岩鼻に城下見下す若葉哉
剛力になりおほせたる若葉かな
汽車過ぎて煙うづまく若葉哉
きらきらと若葉に光る午後の風
きらきらと若葉に光る午時の風
東海道若葉の雨となりにけり
とうとうと太鼓の響く若葉かな
鳥飛んで山門深き若葉哉
馬関迄帰りて若葉めづらしや
風雲の谷吹き渡る若葉哉
伏籠出てひよこちゝめく若葉哉
満山の若葉にうつる朝日哉
見あぐれば橋危うして若葉哉
山越えて城下見おろす若葉哉
山ごしに白帆見下す若葉哉
若葉して家ありとしも見えぬ哉
若葉して煙の立たぬ砦かな
商人の越後へこゆる若葉哉
案内させて奥の滝見る若葉哉
雨さつとおろす礁氷の若葉哉
あらたかな神のしづまる若葉哉
蟻むれる椎の小枝の若葉哉
青桐のちよぼりちよぼりと若葉哉
青葉若葉煙突多き王子かな
青葉若葉昼中の鐘なりわたる
榎枯れて側に小苗の若葉哉
門口へ出れば上野の若葉哉
心安し若葉の風に汽車が行く
此頃や若葉に曇る朝な朝な
さるかけは枯木に似たる若葉哉
三千の兵たてこもる若葉哉
山門に雲を吹きこむ若葉哉
椎の木に並びて柿の若葉哉
蓁々たる桃の若葉や君娶る
杉老いて雨の中なる若葉哉
背戸の山白雲わたる若葉哉
背戸山に白雲わたる若葉哉
岨道の家危うして若葉哉
大木に低き小枝の若葉哉
たちまちにこはゞる椎の若葉哉
袂吹く若葉の風の千住迄
日暮里の岡長うして若葉哉
野の中に一かたまりの若葉哉
白雲や萩の若葉の上を飛ぶ
灯ちらちら絶えず若葉に風渡る
ひらめかす斧の光やむら若葉
ふり上る斧の光りやむら若葉
古杉の間に光る若葉かな
宮か寺か若葉深く灯のともれるは
病起窓に倚れば若葉に風が吹く
若葉して海神怒る何事ぞ
若葉して白雲近し東山
わけもなや若葉の風に汽車が行く
五年にして国に帰れば若葉哉
滝二筋若葉の上に見ゆる哉
古杉の中にくの木の若葉哉
むら若葉嶮なる砦白き旗
若葉して路頭の禿倉新しき
朝雲の谷に収まる若葉哉
椅子を移す若葉の陰に空を見る
昼の月風は若葉の上にあり
夕栄や若葉の風の上そよぎ
若葉陰袖に毛虫をはらひけり
若葉風病後の足のおほつかな
若葉風病後の足の定まらず
花散りし藤の若葉の毛虫哉
門を入りて車走らす若葉かな
魚ノ歯ニ萩ノ若葉ノヤハラカキ
馬ノ歯ニヤハラカキ萩ノ若葉カナ
修復成る神杉若葉藤の花
若葉青葉魚のぞきつゝ遡る
鎌くらの村とよばるゝ青葉哉
鎌倉は村とよばるゝ青葉かな
ふりかへる都のかたも青葉哉
痩馬もいさむ朝日の青葉かな
鳩餌あれは雀もひらふ青葉かな
雪を出でそれから直に青葉かな
我窓にうつる青葉の青さ哉
いかめしき土蔵の間の青葉かな
心よき青葉の風や旅姿
日光もとほさぬ杉のしげりかな
洋人の手を引て行く茂り哉
大仏のねむたさうなる茂り哉
のぞきこむ下に舟行く茂り哉
のぞきこむ底に船行く茂り哉
のび給ひ茂り給ひぬ三輪の杉
かたよりて右は箕輪の茂り哉
松見ゆる戸口に蔦の茂り哉
宮様のお邸高き茂り哉
山伏の法螺吹き立つる茂り哉
先供のはるかに高き茂り哉
獅子の子を谷間に落す茂り哉
道ばたに只一本の茂り哉
我見しより久しきひよんの茂哉
門口に楢の下枝の茂りかな
銃殺の丸それて飛ぶ茂りかな
丈の低き老木茂りぬ原の中
富士も見え塔も見えたる茂り哉
思ひかけず茂りの中の二階建
五年見ぬ山の茂りや両大師
低き枝に子の吊りてある茂りかな
渡し場に灯をともしたる茂り哉
一門は皆四位五位の茂り哉
五百枝茂る榊の下の御契
咲ク花ノ乏シキ園ノ茂リカナ
芦茂る水清うして魚居らず
市中ノ山ノ茂リヤ煉瓦塔
一老樹這枝茂リテ下ニ茶店
植木屋ハ来ラズ庭ノ茂リカナ
翡翠ヲ隠ス柳ノ茂リカナ
楓茂リ桜茂リテ寺暗シ
辛崎ノ松ハ片カレ片茂リ
辛崎ノ松ハ枯レツヽ茂リツヽ
草花ヲ圧スル木々ノ茂リカナ
金ピラノ社ヲカクス茂カナ
椎ノ木ノ茂リテ見エヌ上野カナ
釣床ニ夕日漏リ来ル茂リカナ
天狗住ンデ斧入ラシメズ木ノ茂リ
日光ハ杉茂リ箔ノ光カナ
墓ノ木ハ茂リヌ玉ヤ腐ルラン
柱ニモナラデ茂リヌ五百年
八方ヘ茂リ広ガル松二杖
八方ヘ茂レル松ヤ杖百本
八方ヘ松ノ茂リヤ杖百本
人住マヌ湖中ノ島ノ茂カナ
目印ノ喬木茂ル小村カナ
門ヲ入リテ木々ノ茂リヤ家遠シ
こゝか風出処なれや夏木立
涼風の出処なるや夏木立
青々と風にしまあり夏木立
小窓から円く見えけり夏木立
板絵馬のごふんはげたり夏木立
遠不二の姿かりるや夏木立
下草にくひ入る牛や夏木立
城もなし寺もこぼちぬ夏木立
立つくす写生の絵師や夏木立
夏木立一茶の生れ在所哉
夏木立観音堂は枯れにけり
夏木立中に稲荷の禿倉あり
夏木立宮ありさうな処哉
二三軒はづれて見ゆや夏木立
水音の葎はしる夏木立
大寺の破風見ゆる夏木立
汽車過ぎて山静かなり夏木立
驟雨去て跡静かなり夏木立
其上に城見ゆるなり夏木立
大仏のうしろに高し夏木立
鉄道のうねりくねりや夏木立
鉄道の左右になかし夏木立
夏木立朱の鳥居の見ゆる哉
夏木立故郷へ近くなりにけり
夏木立朝鮮人の墳墓あり
夏木立鉄軌十文字に走りけり
夏木立とろとろ阪の暗さかな
夏木立故郷近くなりにけり
夏木立本堂古りて朱兀げたり
夏木立村あるべくも見えぬ哉
池隔つ本郷台の夏木立
御本社につきあたりけり夏木立
城跡や一かたまりの夏木立
石塔に漏るゝ日影や夏木立
石塔に漏れし日影や夏木立
田の中や只四五本の夏木立
徳川の代はほろびけり夏木立
夏木立四五町欠げて白帆哉
夏木立道尽きて川に橋もなし
湯の湖見ゆる夏の木立のあはひ哉
画でおくれ奈良の寺々夏木立
大水の余り流るゝ夏木立
北窓やあまりに近き夏木立
阪町や家のうしろの夏木立
芝山や灯のともりたる夏木立
城跡や崖にかたよる夏木立
しんしんとして夏木立中禅寺
つらつらと上野飛鳥の夏木立
鳥啼くや草屋をめぐる夏木たち
夏木立入りにし人の跡もなし
夏木立官林の鳥は官に鳴く
夏木立幻住庵はなかりけり
夏木立鳥啼き絶えて神子の鈴
夏木立深き処池あらんとは
何もなし只夏木立古やしろ
鳴神の掻きむしりたる夏木哉
白雲や湯の湖をめぐる夏木立
踏み込んで奥を探らん夏木立
陵と見えて四五本夏木立
痩村や遠く望めば夏木立
山火事のむどくなりしよ夏木立
煙硝の臭ひ残りぬ夏木立
夏木立左不動の滝と記す
野の中や焼場を隠す夏木立
道細く人にも逢はず夏木立
旅人を載せたる馬車や夏木立
梟の昼寝の夢や夏木立
玉巻の葛や裏葉のちなみもまだ
白砂に熊手の波やちり松葉
滝壺や風ふるひこむ散り松葉
ふりかゝる松の落葉や雀鳴く
風にちるやたゞ古松葉青松葉
松葉落ちて雀鳴くなり観音寺
人もなし木陰の椅子の散松葉
崩れたる石の鳥居や散松葉
竹椽や松葉ちらばつて蟻太し
散松葉数寄屋へ通ふ小道哉
下駄であがる宮の廊下や散松葉
下駄であがる社の椽や散松葉
砂白く松の落葉や数ふべし
砂白く松の落葉や数ふべく
鉢に植ゑし二尺の松の落葉哉
松葉散る白砂道や三穂神社
松葉散る松の緑の伸びにけり
真黒な毛虫の糞や散松葉
石壇は常磐木の落葉許りなり
ほろほろと樫の落葉や山凄し
雲やどる杉の下葉のこぼれけり
常盤木の落葉に鳥の声凄し
常磐木の落葉重なり山深し
常磐木の落葉十句や我勝ちぬ
百ヶ日杉の落葉を掃ひけり
木犀の落葉掃きけり白丁花
木槲の落葉掃きたる茶の日哉
木槲の落葉掃きたる茶の湯哉
木槲の落葉を掃ふ茶の湯かな
竹の子も裸になつてあつさ哉
竹の子のきほひや日々にニ三寸
うるはしや竹の子竹になりおふせ
すゝしさや竹の子竹になりおふせ
竹の子にかならずや根の一くねり
竹の子のごみつきあげるきほひ哉
笋はまた根ばかりの重さ哉
筍はまだ根ばかりの太さかな
筍やずんずんとのびて藪の上
竹の子や隣としらぬはえ処
竹奴夢に七賢と遊ひけり
はらはらと落て音あり竹の皮
ほきほきと筍ならぶすごさ哉
明寺の笋ぬすむ女かな
君が墓筍のびてニ三間
笋や垣の横腹つんぬいて
笋や御殿の椽のこぼれ土
笋や行末はたが床柱
庭先に笋ならぶ明家哉
石垣や筍横に生えて出る
石かけや筍横に生えてでる
筍の左右へ手を出す梢哉
はたゝ神筍竹になる夜哉
人痩せて筍程の手足かな
藪跡や筍生える薔薇の側
藪一つ大笋のけしき哉
筍に雲もさはらぬ日和かな
筍に頭出したるうれしさよ
筍のへんてつもなく伸びにけり
藪垣や筍出たる道のはた
雨の中筍堀りてくはせけり
大藪や筍のびて物すごき
喰ひなれて筍くらふ異人哉
竹籠に筍三ツ葉など入れぬ
筍に楷子すべくもあらぬ哉
筍に発句題して帰りけり
筍のすうとのびけり五六間
筍の並ぶものなくのびにけり
筍や鮓の五月となりにけり
筍や藪をはなれて小屋の前
筍や藪をはなれてニ三間
筍や横筋かひに垣根より
筍や田舎の叔母の来よといひし
筍を小荷駄につけて土産哉
筍を四五本つけてあやぎ売
筍を辷り落ちたる小猫哉
筍を剥いて発句を題せんか
禿倉荒れて筍細し庭の隅
藪寺や筍のびる経の声
塀の上に筍見えて明屋敷
去年買ひし筍売の来りけり
掃除屋の長き筍くれにけり
嵯峨を行く筍藪の月夜哉
筍と和尚の文と法華経と
筍の一本長し罌栗の畑
筍の一本生えぬ罌栗の畑
筍の十丈にしてさみたるゝ
筍の縄ゆるびたる途中哉
筍の桶にたゝふる甘茶哉
鉢植の竹に筍見え初めし
山里や筍に飽く麦の飯
筍と鍬と笠とを画きけり
竹の子の子もつどふ祝哉
西隣陸の筍伸びにけり
筍に木の芽をあえて祝ひかな
竹の子も鳥の子も只やすやすと
筍哉虞美人草の蕾哉
筍や目黒の美人ありやなし
歯が抜けて筍堅く烏賊こはし
若竹の色より青きすだれかな
若竹をおさへはづすや雀の子
心見に雀とまれや今年竹
声なしに動いてゐるや今年竹
つま立て月にとゞくや今年竹
万代をしらぬしないや今年竹
若竹や色もちあふて青簾
若竹や雀たわめてつくは山
若竹や稍薄青きふしの山
うつくしやまだ蚊の居らぬ今年竹
阿新といふ蛙あり今年竹
煤はきのありともしらず今年竹
若竹の雨になやめる姿哉
若竹の直を心とのびる哉
若竹の筆になるべき細り哉
若竹の筆になるべき細りかや
若竹の昔によるや雀ずし
若竹やあどない顔の雀の子
今年竹膝いるゝだけの庵かな
若竹のくねりて出たり石の下
若竹のすらりすらりとのびる哉
若竹や節それぞれの長短
若竹や四五寸茂る椽の下
若竹や四五寸のびる椽の下
若竹や四五本青き庭の隅
若竹や豆腐一丁米ニ合
犬の子のくゝと啼く也今年竹
千代迄と若竹杖に参らせん
一藪は若竹勝に見ゆるかな
若竹に嵐のわたる夕かな
若竹の刺竹の御子をほぎまつる
俗客の去つて閑なり今年竹
日一日碁を打つ音や今年竹
若竹や髪刈らしむる庭の椅子
竹の宿雀の留守の落葉哉
さらさらと竹の落葉の音凄し
やさしくも菖蒲さく也木曽の山
風吹てそよそよのびる菖蒲哉
御鎌取て菖蒲刈らうよ泥干潟
折られたる菖を原の栞哉
五六反背戸の菖蒲の夜明かな
菖蒲提げて女行くなり柳橋
出る時の傘に落ちたる菖蒲かな
雨だれの菖蒲したゝる幾処
家も人も餅も菖蒲の匂ひ哉
小障子に菖蒲の影や夕月夜
東京や菖蒲掛けたる家古し
猫や過ぎし風なくて菖蒲落ちたるは
町中に菖蒲吹き散る嵐哉
蓬菖蒲菊作る家の門口に
とめ桶に菖蒲入れたる童哉
病人の寝床に掛けし菖蒲かな
菖蒲提て鳴雪の翁来たまひし
花ひとつ折れて流るゝ菖蒲かな
人の来て咲くといふ也花菖蒲
打ちまじり咲きけり菖蒲燕子花
堀切や菖蒲花咲く百姓家
片隅に菖蒲花咲く門田哉
鄙の家に翡翠来るや花菖蒲
花菖蒲に銭取る鄙の庭搆
屋のむねのあやめゆるくや石の臼
やさしくもあやめ咲きけり木曽の山
あやめ売すゝめるふりもなかりけり
討死の甲に匂ふあやめかな
萎みたる花に花さく杜若
すつと出て莟見ゆるや杜若
花と葉の折合ゆゝしかきつはた
紫の水も蜘手に杜若
杜若画をうつしたる溝のさび
水汲んだあとの濁りや杜若
思ひよるいづれかあやめかきつはた
思ひよる姿やあやめかきつはた
燕子花覚束なくも水の上
すてられて又さく花や杜若
たそかれや御馬先の杜若
露上る手際を見はやかきつばた
白水の押し出す背戸や杜若
淀川や一すぢ引て燕子花
牛飼ふや濠はうもれて燕子花
牛引て立とまりけり燕子花
うつくしき目高のむれや燕子花
傾城が筆のすさひや燕子花
花一つ泥に折れこむ燕子花
人の来て咲くといふなり杜若
葡萄酒の徳利にいけん杜若
紫の泪か露か燕子花
尼若し薄紫の燕子花
枝川や舟つゝこめば杜若
大水のあとや莟の杜若
杜若咲くや五月の濁り水
つるつると水のほるなり杜若
古沢や莟勝なる燕子花
古沼や葎がくれの杜若
牧童の牛乗り入れぬ杜若
杜若尼寺あれて人もなし
古溝や只一輪の杜若
三河路や名もなき橋の杜若
八橋を売る茶店あり杜若
かきつばた剪らんと人の泥の中
かきつばた咲くや水田の靄の中
古溝や花低うして杜若
尼寺の庭に井あり杜若
病僧や杜若剪る手のふるへ
百姓の背戸に咲けり杜若
わりなしや一八蛇のすみかとは
一八の水にひたりてしどろなり
一八の屋根ならびたる小村かな
一八の白きを活けて達磨の画
萱草や茶屋のつき山苔もなし
湯治場や黄なる萱草得て帰る
萱草に雷遠き日かげかな
誰が家ぞ萱草さけるおのづから
けしちるや夕暮淋し朝淋し
朝々のふし見て散るやけしの花
汽車道にそふて咲けりけしの花
けしちるや桶の*(竹冠+輪)輪のはぢく音
白芥子のちりかゝりけり梅法師
開いても開いてもちるけしの花
此夏もめでたうちりぬけしの花
ちる時の見事也けり芥子の花
花芥子に親子五人の世帯哉
破壁に首出す牛やけしの花
心中の沙汰は誠か芥子の花
明寺や葎まじりの芥子の花
家三ツ四ツ花芥子見えぬ古戦場
汽車道の此頃出来ぬ芥子の花
芥子の花悟らぬ内に散りにけり
上り帆のうしろに近し芥子の花
一畝は誰が散らして芥子の花
故郷の畑に散りけり芥子の花
来年は台場や出来ん芥子の花
芥子咲いて其日の風に散りにけり
けしの花楷子倒れて散りにけり
戸口から身通す背戸やけしの花
花芥子の上を過ぎ行く白帆哉
花芥子の開くや遅き散るや疾き
けしの花とめどもなしにこぼれけり
けし畠牛蒡畠と並びけり
音もなし覗いて見ればけしが散る
けしの花大きな蝶のとまりけり
百姓の年々つくるけしの花
罌粟さくや尋ねあてたる智月庵
けしの花余り坊主になり易き
一休や芥子の坊主を見せにくる
入相や法体したる芥子坊主
咲きにけり散りにけり芥子の坊主哉
芥子散るや薬王丸は坊主なり
白けしも坊主赤けしも坊主かな
芍薬は遊女の知らぬさかり哉
芍薬は少しすねたる若衆哉
官邸の芍薬ある夜散りにけり
芍薬や翡翠の月の朝ぼらけ
芍薬や兵士宿かる大伽藍
芍薬や兵士宿とる支那の寺
芍薬や兵士宿とる大伽藍
君が祝ひ芍薬園の掃除せん
石門や内をのぞけば芍薬花
芍薬の衰へて在り枕もと
芍薬の開く天気や二眠起
芍薬は散りて硯の埃かな
芍薬を画く牡丹に似も似ずも
日まはりを植ゑ塞げたる裏家哉
日まはりに朝日よくあたる裏家哉
日まはりの花心がちに大いなり
のびたらで花にみじかきあふひ哉
屏の上へさきのほりけり花葵
塀の上に咲きのぼりけり花葵
一本の葵や虻ののぼりおり
上までは鼻もとゝかぬ葵かな
御湯殿の窓から覗く葵哉
賎が家の物干低し花葵
順々に開くてもなき葵哉
簾ごし幾筋赤き葵哉
鶏の塀にのほりし葵哉
花一つ一つ虻もつ葵哉
花一つ一つ虻居る葵かな
花葵米屋の埃かゝりけり
百姓の塀に窓ある葵かな
枯れ尽す葵の末や花一つ
杉垣を摘みぬ隣の立葵
花葵上野の森は曇りけり
花葵隣の嫁の洗濯す
垣摘で隣の葵猶高し
枯れんとして伐り倒す葵花一つ
尽く花になりぬる葵かな
来年や葵さいてもあはれまし
咲き満つる葵の花や梅雨に入る
半日の嵐に折るゝ葵かな
麦藁のたばよせかけし葵哉
薄物を夜の葵にかぶせばや
咯血のやむ頃庭の葵哉
行く末は誰とか契る紅の花
行末は誰をかちぎる紅の花
をさな子やはやなめそむる紅の花
傾城にとへども知らず紅の花
傾城の罪をつくるや紅の花
唇や格子に開く紅粉の花
したゝかに紅の花咲く小庭哉
奈良へ通ふ商人住めり紅の花
わが恋は末摘む花の莟かな
うつくしや若竹藪の夏薊
夏菊は籬へゆつりてかきつばた
夏菊に木曽の旅人やせにけり
夏菊の露ともいはず咲にけり
夏菊や木曽の旅人やせにけり
夏菊や旅人やせる木曽の宿
夏菊や土蔵の陰に痩せてけり
人知らずわれ夏菊を愛す也
ひとり世に痩せたる夏の黄菊哉
夏菊に薬の露もなかりけり
箒木やありといはれて消えかゝる
鎌丸ハ箒木ノ舎ト名ノリケリ
箒木ノ四五本同ジ形カナ
箒木ノ舎ハ鎌丸ノ舎号カナ
国々や臭ひことなる蚊遣草
妹か顔青鬼灯の青さかな
行水や児の手を出す青鬼灯
叢に鬼灯青き空家かな
石竹や吾妻の森に雨晴れぬ
蕾ながら石竹の葉は針の如し
石竹の葉勝に赤き花一つ
なてしこは妹がかへ名かありかたや
咲てから又撫し子のやせにけり
なでしこにざうとこけたり竹釣瓶
なでしこに蝶ぶらさがるたわみ哉
なでしこにぶらさがりたるこてふ哉
なてしこの小石ましりに咲にけり
なてし子のこけて其まゝ咲にけり
撫子は月にも日にも細りけり
撫し子や人には見えぬ笠のうら
なてし子や皆のらはべのいくゝねり
なてし子をつかんて眠る小ども哉
撫し子を横にくはへし野馬哉
撫子を折る旅人もなかりけり
井戸端に妹が撫し子あれにけり
井戸はたにいもの撫子あれにけり
朝見れば撫し子多し草枕
喘ぎ喘ぎ撫し子の上に倒れけり
牛の子の床なつかしや野撫子
児も居らず愛子の村の野撫子
撫し子の河原も広し大井河
撫し子のはかなや石に根を持て
撫し子の我から伏して咲にけり
撫し子や壁落ちかゝる牛の小屋
撫し子やものなつかしき昔ぶり
花勝に撫し子咲きし山家哉
撫子に蝶々白し誰の魂
撫子や若き女の世すて人
撫子や吾に昔の心あり
思ひあまり撫子痩せぬ小石原
撫し子に馬けつまづく河原かな
撫子に白布晒す河原哉
撫子や出水にさわぐ土手の人
小屏風の撫子見ても子を思ふ
蝶一つ撫子の花を去り得ざる
撫子に雷ふるふ小庭かな
撫子に踏みそこねるな右の足
撫子に褌乾く夕日哉
撫子は昼顔恨む姿あり
絵屏風の撫子赤し子を憶ふ
撫子や上野の夕日照り返す
垣ごしに丁子の花の匂ひかな
丁字草花甘さうに咲きにけり
十薬や何を植ゑても出来ぬ土地
十薬や蕗や茗荷や庵の庭
一藪をたゞ十薬の匂ひ哉
藪跡の十薬匂ふ明地かな
風吹くや釣鐘動く花の形
風吹てぎぼうしの花砕けり
山に木なし玉簪花花咲く滝の道
うつふいて落ちぬを百合のつよみ哉
門さきにうつむきあふや百合の花
うつむいた恨みはやさし百合の花
重たさを首で垂れけりゆりの花
のびきつた余りをたれて百合の花
うつむくは思案に似たり百合の花
鬼百合や蒟蒻玉の一むしろ
面白き塀の崩れや百合の花
白百合をさげて行きけり辻が花
つき山に松より高し百合の花
のびすぎてうつむきそめつ百合の花
結ひこんで垣より高し百合の花
白百合の覚束なけに咲にけり
白百合や蛇逃げて山静かなり
蛇逃げて山静かなり百合の花
うつぶけに白百合さきぬ岩の鼻
うつむいて何を思案の百合の花
隠れ家のものものしさよ百合の花
いろいろの名もおもしろや百合の花
植替し百合の弱りや昼下り
百合活けて百合の歌詠む湯治哉
一列ニ十本バカリユリノ花
驟雨欲来五尺ノ百合ヲ吹ク嵐
宣教師ノ妻君百合ヲ好ミケリ
伸ビ足ラヌ百合ニ大キナ蕾カナ
畑モアリ百合ナド咲イテ島ユタカ
花売ノ親爺ニ問ヘバ鉄砲百合
鄙ノ様家南向イテユリノ花
姫百合ヤ余リ短キ筒ノ中
姫百合ヤ日本ノ女丈低シ
百姓ノ土塀ニ沿フテ百合ノ花
百姓ノ麦打ツ庭ヤユリノ花
百合ノ花田舎臭キヲ愛スカナ
百合ノ花田舎臭キヲ好ムナリ
百合持ツテ来タル田舎ノ使カナ
用アリテ在所ヘ行ケバ百合ノ花
六尺ノ百合三尺ノ土塀カナ
山百合や水迸る龍の口
山百合や崩れて残る岨の道
山百合や蛇橋の跡と申すなり
御所拝観の時鉄仙の咲けりしか
朝顔の苗に水やる真昼哉
ひる顔やぬれふんとしのほし処
ひる顔に雨のあとなき砂路哉
昼顔のついそれなりに萎みけり
昼顔の真ツ昼中を開きけり
昼顔の物干竿を上りけり
鼓子花は蝶のあそばぬさかり哉
ひるかほやはひつくはつたひきかへる
ひる顔や真昼中をさきにけり
昼顔や水くむ女かいまみる
迷ひ子の昼顔でふく涙かな
こちへ来て余所の昼顔花咲きぬ
杉垣に昼顔痩せて開きけり
昼顔に傾城眠きさかり哉
昼顔に茶色の蝶の狂ひ哉
昼顔はつくらぬものゝ盛り哉
昼顔や女肌ぬぐ垣どなり
山里の桑に昼顔あはれなり
玄関に昼顔咲くや村役場
昼顔の秋をものうき姿かな
昼顔の朝から咲て焼場かな
昼顔の朝から咲ける焼場哉
昼顔の花さかりなり野雪隠
昼顔にたまるほこりや馬車
昼顔に草鞋を直す別れ哉
昼顔の咲くや砂地の麦畑
昼顔や土橋の上に這ひかゝる
昼顔にからむ藻屑や波の跡
昼顔にからむ藻屑や波の音
昼顔に昼寝夕顔に夕寝す
昼顔の上に火を焚く野茶屋哉
昼顔や安達太郎雨を催さず
旧道や昼顔咲て小石がち
昼顔の花に乾くや通り雨
昼顔や襦袢をしぼる汗時雨
昼顔や砂に吸はるゝ昼の雨
昼顔やきのふ崩せし芝居小屋
夕かほや顔子も居らん裏長屋
夕顔に顔子住みたる長屋哉
夕顔に顔子住みたる裏屋哉
夕顔や顔子も居らん裏借家
夕顔の露に裸の男かな
夕かほの露やはだかの高筵
妻も子も来て夕顔に涼みけり
泥水に夕顔の花よごれけり
夕顔に行脚の僧をとゞめけり
夕顔にまぶれて白し三日の月
夕かほのやみもの凄き裸かな
夕顔は画にかいてさへあはれなり
夕顔や闇吹き入れる三日の月
夕顔に旅と名のつく硯かな
夕顔に何懺悔せん粟の飯
夕顔に昔の小唄あはれなり
夕顔にめしくふ女ふたのかな
夕顔に女世帯の小家かな
夕顔やあら壁落ちて琴の腹
夕顔や牛を尋ぬる笛の声
夕顔や裏口のぞく僧一人
夕顔やどこの遊女のなれのはて
夕顔のたそかれを君来ませとや
夕顔や随身誰をかいまみる
夕顔に西行も来よ宿かさん
夕顔にとられて琴の糸もなし
夕顔に取られて琴のつるもなし
夕顔に平壤のいくさ物語れ
夕顔や平壤のいくさ物語れ
夕顔に牛洗ひ居る女かな
夕顔に牛洗ひゐる娘哉
夕顔に傾きかゝる大家かな
夕顔に家内五入皆裸なり
夕顔に車寄せたる垣根かな
夕顔に都なまりの女かな
夕顔に物問ひたげの法師かな
夕顔に女湯あみすあからさま
夕顔の戸叩けば女応と呼ぶ
夕顔や客載せて来る女馬士
夕顔や簾古りたる須磨の家
夕顔に手鍋さけんと契るへし
夕顔に夕飯いそぐ蚊遣哉
夕顔の花を画きたる扇哉
夕顔の花にさめたる暑哉
夕顔ノ垣根覗キソ美人禅
刈ル蓼や引きぬく藍もましりけり
うき人にくはせて見たき葉蓼哉
蓼の葉や泥鰌隠るゝ薄濁り
蓼噛んでひとりこらえる思ひ哉
廟堂に蓼の味知る人はあらじ
ことごとく虫の穴ある葉蓼哉
老かはで藜の杖にのこしけり
隠れ家に夏も藜の紅葉哉
箒木にまじりて青き藜哉
かたばみの花をめぐるや蟻の道
荒庭や昼照草の咲きつのる
梅を干す昼照草の小庭哉
雑草に咲き勝つ松葉牡丹かな
椎風なく昼照草の盛かな
干瓜の塩の乾きや日照草
何代の燈籠の苔か雪の下
何代の苔むす石が雪のした
風蘭や神代の苔のむした松
風蘭や神代の苔もついた松
風蘭や木蔭に風の一つかみ
風蘭に露はなけれと露涼し
風蘭や岩をつかんでのんだ松
風蘭のほのかに白し鉄燈籠
風蘭や軒にもたれし松の枝
風蘭を尋ねて涼む木陰哉
枕もと浦島草を活けてけり
路三叉草茂りけり石地蔵
雲濡るゝ巌に鳶の茂りかな
空寺や藜箒木など茂る
怠りや心の道に草茂る
刈り尽して三日にして草茂りけり
旧道や人も通らず草茂る
草茂み恋の細道隠れけり
草茂み七日の月の隠れけり
草茂みベースボールの道白し
墓原や墓低くして草茂る
灯袋に草茂りけり石燈籠
古沼の水ひたひたに草茂る
園荒れたり雑草茂る中に花
草茂み大蛇隠れて赤き花
名も知らぬ草物凄き茂り哉
夏草の中に動かぬ白帆かな
夏草や嵯峨に美人の墓多し
夏草や殺生石は見えぬまで
母と子のかくれあそびや夏の草
惟然寝たあとのぬくみや夏の草
夏草に血のあとところところ哉
夏草や大石見ゆるところところ
夏草や議院門前人もなし
夏草や山伏に出立つ間者あり
野の寺の夏草深み隠れ猫
夏草に犬糞多き小道かな
夏草の上に砂利しく野道哉
夏草や甘露とかゝる御涙
夏草やはつかに白き何の花
夏草や人むれて堀る墓の穴
夏草やほのかに白き何の花
夏草に白き花咲く滝の道
六尺の夏草を刈る女かな
夏草や事なき村の裁判所
夏草や城門ありて城もなし
夏草やベースボールの人遠し
夏草にまじりて早き桔梗哉
夏草や自転車の輪立犬の糞
院宣や夏草夏木振ひ立ち
院宣や夏草夏木振ひ立つ
菜種の実はこべらの実もくはずなりぬ
夏草にまだ見ぬ人の行へ哉
夏草や吉次をねらふ小盗人
淋しげに夏花摘みたる男かな
義仲寺へ乙州つれて夏花摘
明け易きはじめに動く青芒
青芒心のもつれとけにけり
青芒三尺にして乱れけり
青芒たゞ夏草のたぐひかな
青芒七日の月に乱れけり
青芒葉末ばかりの乱れかな
青芒百日たてば月見哉
きのふけふ風に吹かるゝ青芒
初恋の乱れ易さよ青芒
古庭や一かたまりの青芒
水無月の薄青く蝶黄なりけり
夕立の来らんとして青芒
一ツ葉に万両の実の赤さ哉
一ツ葉の水鉢かくす茂り哉
一ツ葉の緑といへぬ黒さかな
一ツ葉は中へせりこむ茂り哉
一つ葉にをかしき露のはちき哉
一つ葉の風にもまるゝけしき哉
一つ葉の二葉の時ぞ見まほしき
一つ葉のゆれてはなれぬ蛙哉
世の中を如何に契りし一つ葉ぞ
一つ葉や遠州流の活け習ひ
松が根や暗き処にゆふけ草
小祭の三日にせまる葵かな
雨三日三日見ざれば銭葵
鴨の子を盥に飼ふや銭葵
細帯の女端居す釣り荵
釣荵と花火線香と画きたる
鳥鳴いて谷静かなり夏蕨
河骨やちごの遊びのうらやまし
河骨にわりなき茎の太さ哉
河骨の横にながれて咲にけり
河骨の花浮くかとぞ見えにける
鮒汁や河骨しほむ門の脇
河骨の水を出かぬる莟哉
河骨の花咲く川のよどみ哉
河骨の蕾乏しき流れ哉
泥ともに河骨かわく川辺哉
沢瀉に河骨まじる小川かな
河骨の驚きもせぬ出水かな
古池に河骨さわぐ嵐かな
河骨の花起き直るさでのあと
尼寺に真白ばかりの蓮哉
白蓮の中に灯ともす青さ哉
古寺に真白はかりの蓮哉
山寺に真白ばかりの蓮哉
白蓮にうつりて青き灯哉
白蓮の香にむせかへる小庭哉
白蓮や開かば露をこぼすべう
剪らんとす白蓮に手の届かざる
ふいと来て見しうれしさや蓮の花
ふいと来て見るもうれしや蓮の花
此上にすわり給へとはすの花
西むいてさいたのもあり蓮の花
ふきかへす簾の下やはすの花
入相にすぼまる寺のはちす哉
入相の鐘につぼまる蓮哉
白過ぎてあはれ少し蓮の花
桃色は弁天様のはちすかな
かたなりに花吹きこほす蓮哉
行水をすてる小池や蓮の花
傾城の悟り顔なり蓮の花
極楽や清水の中に蓮の花
ちりうけば吹かれつ蓮の花小舟
蜻蛉や蓮の莟に一つつゝ
蓮さくや行水すてる水溜り
蓮の花さくや淋しき停車場
蓮持て人中行きぬ尼一人
ほのほのや蓮の花咲く音す池
門前の老婆利を貪るや蓮の花
石橋の下に咲きけり蓮の花
田の中に蓮咲けり家二つ三つ
蓮の香や舟つなぐ背戸の山かつら
昼中の堂静かなり蓮の花
極楽は赤い蓮に女かな
蓮咲いて百ヶ日とはなりにけり
古池のかたへ蓮咲く真菰哉
弁天の石橋低し蓮の花
夜の闇にひろがる蓮の匂ひ哉
わりなしや薄紅させは蓮の花
わりなしやだれが紅させし蓮の花
暁や靄の中より蓮の花
朝風やぱくりぱくりと蓮開く
御門主の女倶したる蓮見哉
御門主の女召さるゝ蓮見かな
不忍や精進料理蓮の花
だらだらと上野下れば蓮の花
蓮の花三輪にして池狭し
蓮開く音聞く人か朝まだき
水なくて泥に蓮咲く旱かな
長かれと水の下にて蓮を剪る
蓮ほのぼの戸いまだあけず湖心亭
引きよせて剪らんとす蓮の花散ぬ
舟行くや小鬢にさはる蓮の花
折るべからずの蓮取るべからずの緋鯉哉
十丈の蓮開くや筆の尖
病僧を扶けまゐらす蓮見哉
巻葉より伸びたる蓮の蕾かな
さきいても声おとなしや蓮の風
生きてゐるやうに動くや蓮の露
咲立つて小池のせまき蓮哉
蓮の露ころかる度にふとりけり
蓮の露めでたきやうであはれ也
古池や蓮より外に草もなし
夕立の露ころげあふ蓮哉
覚束な遊女が後世の蓮の数
月を湛へて錦鯉露の玉をはらひあへす蓮
泥水を見せぬ蓮のさかり哉
蓮切て牛の背にのる童哉
人もなし月落ちかゝる蓮の池
人や知る風蓮雨蓮の夕暮
かならずよ一つ蓮と書き残す
其中に若し甘露もや蓮の露
蓮そよぐ上野の嵐くるたびに
朝の雨蓮ある池を見て過る
蓮見船は蓮に隠れて翡翠飛ぶ
麩によらで鯉泳ぎ去る蓮の昼
靄深き朝や蓮田の中を行く
世の中の朝飯前や蓮清し
豆よりも細き灯や蓮の亭
下からもつき出す蓮の浮は哉
引はれば沈む蓮のうき葉かな
波なりにゆらるゝ蓮の浮葉哉
橋低く蓮の浮葉の二ツ三ツ
浮葉多く巻葉少き蓮かな
蓮の葉にうまくのつたる蛙哉
巻葉上に高く浮葉下に広がる蓮や此時
巻葉のび浮葉ひろがる蓮や此時
蓮池に三寸程の巻葉哉
荷の葉に落ちて音あり松の露
舟通る度にそよくや水の草
舟一ツ通るやそよく水の草
舟一ツ通れはそよぐ水の草
刈跡や水草咲いて田の深さ
古池に水草の花さかりなり
水草の泥に花咲く旱かな
内堀に古水草の花白し
江南は水草の花さかりなり
水草の花の白さよ宵の雨
水草に白き花咲く沼の月
水草の花咲く池や寺の庭
水草に触れたる水棹哉
水草の花蝶々に似たりけり
萍やその日の無事に水まかせ
萍やうき世のさまの是非もなき
萍に思ふことなき早瀬哉
萍に乗てながるゝ小海老哉
萍の茨の枝にかゝりけり
萍の杭に一日のいのちかな
萍の心まかせに流れけり
うき草の月とほりこす流哉
萍や出どこも知らず果もなし
萍や一日は同しところにて
浮草をうねりよせたるさ波哉
浮草を上へ上へと嵐哉
手ばなせは又萍の流れけり
浮草に燕の行くへはるかなり
萍のかくれうせたる嵐かな
萍のさそはれやすき嵐哉
萍の横幅しらぬ浮世かな
浮草にのつて流るゝ蛙かな
浮草の流れ寄たる入江かな
家も木も皆萍とさそはるゝ
萍の中に動くや亀の首
萍のよるべもなしや丸木橋
萍やところところに亀の首
萍を押しわけ行くや亀の首
萍をはつれてうくや亀の首
萍の流れ行きけり朝の内
萍の流れ行なり朝の内
浮草の心中話やつゞき物
浮草に河童恐るゝ泳ぎ哉
浮草を長く手ぐるや舟の中
気味わるく浮草からむかち渉り
風吹て萍動く花ながら
古堀は萍の花ばかりなり
かたよつて菱の花さく小池哉
六角に葉なみそろへて菱の花
引けば皆かたよる池のぬなわ哉
藻の花や鶺鴒の尾のすれすれに
藻の花や小川に沈む鍋のつる
藻の花に燕の行くへ遙か也
藻の花にふつと浮出る緋鯉かな
藻の花の上に乗り込む田舟哉
船橋や花藻もよらず瀬を早み
藻の花の重なりあふて咲きにけり
藻の花は附木の舟の港かな
藻の花や竹伏す岸に乱れ咲く
藻の花や裸子桶をさげて行く
藻の花に鷺彳んで昼永し
藻の花や水ゆるやかに手長鰕
鮒釣や藻の咲く池を見て過る
藻の花や泥鰌浮きいでゝ目高去る
藻の花や人取池に泳ぐ子等
藻の花を少し入れたり桶の鮒
泥亀の隠れて動く花藻哉
下駄ありて人なき池の花藻哉
公園となりたる濠の花藻哉
公園になりたる濠の花藻哉
公園のきたなき水に花藻哉
釣針のひつかゝりたる花藻哉
藻の花に彳む鷺や向岸
藻の花に釣針かゝり困りたる
藻の花に鯰押へし夜振哉
藻の花に緋鯉の頭隠れけり
藻の花に行きつ帰りつ目高哉
藻の花の浅きに立つや鷺の脚
藻の花や白壁落し角櫓
藻の花や絶えず泡ふく何の魚
藻の花や野川を引し庭の池
藻の花や鮒つる人の気の長さ
藻の花や濠の半の捨小舟
手水鉢横にころけて苔の花
木ともいはず岩ともいはず苔の花
苔の花一日一日の庵のさび
西行の腰かけ岩や苔の花
石くぼむ床几の跡や苔の花
金閣や金箔はげて苔の花
其骨に苔の咲くなり小紫
古寺や門も戸ひらも苔の花
あの顔の上に咲きけん苔の花
苔も咲かず屍に砂にさらされぬ
題目や髭に花咲く石の苔
塚古りて咲くや点々の苔の花
巌ともならずひわだの苔の花
苔の花さくや地蔵の首の跡
何神か知らずひわだの苔の花
錦木や去年の恋は苔の花
君が代や鬼のすみかも苔の花
君が代や黄金腐りて苔の花
庫裏荒れたり大俎板の苔の花
苔の花門に車の跡もなし
鶯や野を見下せば早苗取
煙草のむひま旅人も来て早苗とれ
つるつると水玉のぼる早苗哉
苗の色美濃も尾張も一ツかな
ぬか星も植ゑこまれたる早苗哉
植じまひ知るや早苗の一たばね
風吹て心よき日の早苗哉
小山田に早苗とるなり只一人
朝雲り水の少き早苗哉
うれしさをそよぐ痩田の早苗哉
空青しさゝ波濁る早苗舟
大水の引くや早苗に風わたる
水藻多き痩田の早苗あはれ也
夕鷺のぽつちり白し苗の風
新田の早苗痩せたり赤き水
門の内に誰が投げこみし早苗哉
麦刈るや鎌のひらめく夕日影
刈麦の鎌倉山とうたひけり
雪院の隣は麦をつくところ
風流のはや髭に出し去年の麦
麦刈るや裸の上に薦一つ
一村は麦刈のこす夕日哉
家ちらほら小山つゞきの麦畑
麦刈て大寺一つ聳えけり
山畑へ麦刈りに行く日和哉
入口に麦干す家や古簾
麦刈つて疫のはやる小村かな
鳥立つや風そよそよと麦の波
塀許り残る屋敷や麦畠
麦そだつ人の油や古戦場
鎌倉や只今惟麦みのりけり
青梅の林見えけり麦の風
隠居して五反の麦の主哉
うつくしき駕通りけり麦の風
浦風に穂遅き麦の乱れ哉
桑畑や一畝の麦の刈らずある
二階建の学校見えつ麦の風
病僧の門出て歩む麦の風
穂の黒き砂地の麦や汐曇
麦刈の留守を蚕飼のいそかしき
麦の風五月の雲雀老いにけり
麦の風ちいさき蛇の行へ哉
麦の風菜種の花は散にけり
麦の風故郷近くなりにけり
麦の風美濃路に馬を雇ひけり
麦畑に砲車引込む轍哉
麦主の蚕飼羨む話かな
桑の実の木曽路出づれば穂麦かな
きらきらと山本くるゝ穂麦哉
麦の穂や風は浮世の花に咲け
麦は穂に雲雀の宿はあれにけり
麦の穂の揃ふて立ちし野面かな
山城の郭残りて穂麦哉
ゆふはれや麦の穂末のつくは山
麦の穂に腹こそばゆき雀かな
麦わらも千年の松のまもり哉
麦わらも冬は木の葉を護りけり
麦藁や地蔵の膝にちらしかけ
内庭や鶏の子群るゝ麦の稈
積み上げし麦藁陰や里の恋
積み上げし麦藁陰や立咄
清姫か涙の玉や蛇いちご
山人の腰のかゞみやつるいちご
足かけて岨道崩すいちご哉
いちごとる手もとを群山走りけり
順礼の道はかどらぬいちご哉
旅路なれば残るいちごを参らせん
旅人の岨はひあがるいちご哉
旅人のつみのこしたるいちご哉
旅人の山路に暮れるいちご哉
ほろほろと谷にこほるゝいちご哉
ほろほろと手をこほれたるいちご哉
いちご盛つて紅の雫流れけり
かけ橋や崩れ崩れの蛇いちご
かけ橋や蔦のあはひの蔓いちご
古塚に覆盆子はみ居る野馬哉
蛇いちご大蛇を斬りし処哉
露あかしいちこ畑の山かづら
もりあげてやまいうれしきいちご哉
いちご熟す去年の此頃病みたりし
唐人の皿に盛りたるいちごかな
旅人に合はぬ山路のいちご哉
薔薇ちるやいちごくひたき八ツ下り
わが庭の覆盆子熟して雨多し
わが庭の覆盆子熟せず雨多し
あるきながらいちごくひけりいちご畑
いちごある園の小道や下駄の跡
いちご取る山路に著莪を手折けり
旅人のいちごくひたる跡もあり
ならはせのいちごくひけり肉の後
ハンケチの赤く染みたるいちご哉
病人のくひたきといふいちご哉
まだ青きいちごや花の咲き残り
見て過ぐるいちごや旅の夕急ぎ
病多き此頃庭のいちご哉
山人はすさめぬ山のいちご哉
寝床並べて苺喰はゞや話さばや
牛部屋のかこひと見ゆれさゝげ垣
蚕豆も豌豆も咲くや庭畠
紫蘇ばかり薄紫の明家哉
紫蘇ひとつ薄紫の荒家哉
紫蘇ほして蝶よりつかぬ暑さ哉
雷に魂消て青し蕃椒
貧しさや葉生姜多き夜の市
老が歯のきれ味ゆかし茗荷の子
茗がよりかしこきふりや茗がの子
茗荷よりかしこさうなり茗荷の子
虻ないて南瓜の花の落ちにけり
虻鳴いて南瓜の花落ちにけり
添竹の折れて地にふす瓜の花
添竹は折れて地にふす瓜の花
添竹も折れて地に伏す瓜の花
蝶を追ふ虻の力や瓜の花
瓜盗むこともわすれて涼みけり
うり一つだひて泣きやむ子供哉
瓜一ツだけば鳴きやむ赤子かな
うり一つとなりの畑てみのりけり
瓜持て片手にまねく子供哉
くみあげて又戻しけり冷しうり
涼しさに瓜ぬす人と話しけり
涼しさやくるりくるりと冷し瓜
中までも水しみこめと冷し瓜
初瓜やまだこびりつく花の形
ひやし瓜沈めても又沈めても
冷瓜浪のかしらにほかんほかん
冷し瓜水掬ふ手にもつれけり
冷し瓜わつた中にも雫かな
もてなしや池へなげこむ冷し瓜
瓜ぬすむあやしや御身誰やらん
瓜二つ重たさうなる禿かな
何やらの花さきにけり瓜の皮
喃お僧初瓜一つめすまいか
瓜好きの僧正山を下りけり
瓜茄子どこを関屋の名残とも
瓜茄子命があらば三年目
茶屋に到り瓜喰はんと思ひつゝありく
垣破る瓜盗人は狐かな
兄弟が瓜と茄子の訴訟哉
瓜喰ふて旅の労れや野の茶店
瓜の籠茄子の籠や市の雨
瓜番を化かしに来たる狐かな
学校の敷地になりぬ瓜畑
此村は帝国党や瓜茄子
水清く瓜肥えし里に隠れけり
水清く瓜清き里に隠れけり
莚敷く村の芝居や瓜の皮
葭簀して囲ふ流や冷瓜
瓜くれて瓜盗まれし話かな
瓜小屋に人あるさまの草履哉
孝行な瓜番瓜を盗みけり
手拭に瓜三本をくゝりけり
いわけなう日うらの白き胡瓜哉
東京に世渡りやすき胡瓜哉
花のあとにはや見えそむる胡瓜哉
輪にもせず竪にもわらず胡瓜哉
其題の胡瓜の頃に死なれけり
胡瓜生節善き酒ありて俗ならず
胡瓜より茄子むつかしき写生かな
朝露をこぼして荷なふ真桑哉
すぢなりに庖刀あてる真桑哉
のせて見て団扇に重しまくわ瓜
のせて見て団扇に書し甜瓜
鶯のなく木の下や真桑うり
奥の間へころがしてやる真桑哉
狂言の手つきでぬすむ真桑哉
旅僧のかぢりついたる真桑哉
琵琶やめて真桑をむかん宵月夜
真桑瓜革包の重き行脚哉
真桑瓜見かけてやすむ床几哉
我はまた山を出羽の初真桑
猪の真桑踏み割る田甫かな
洪水や下駄も真桑もほかほかと
真桑尽きて更に心太をくはん哉
からぐろの黒からず茄子の濃紫
これ程の物も都そ初茄子
茄子南瓜小道小道の別れ哉
婆様のうらの茄子もふとりけり
婆様の大事の茄子もふとりけり
一籠でいくらがものそ初茄子
富士山は毎日見えつ初茄子
どれ見てもうれし小茄子大茄子
どれもこれもうれし小茄子大茄子
浪人の畠にやせる茄子かな
糸つけて茄子ひきづるかと思へば
恙なく帰るや茄子も一年目
出迎へや旗ひるがへる茄子畑
糠漬の茄子紫に明け易き
糠味噌の茄子紫に明け易き
僧吝し本堂脇の茄子畠
茄子汁に村の者よる忌日哉
尼寺や尼がつくりし茄子畠
茄子の籃に蕗の葉長き上荷哉
茄子の籃の上荷に蕗の長き哉
蕗長く茄子の籠の上荷かな
しなびたる茄子まづしき八百屋哉
糠味噌に瓜と茄子の契かな
茄子臭き南瓜くさき契哉
南瓜より茄子むつかしき写生哉
夏葱に鶏裂くや山の宿
名もゆかし一夜明さん刈葱畑
蕗の葉を傘にさしたる蛙哉
蕗の葉や蚯蚓を包む土ながら
鉢植や蕗の葉のびて薹枯れぬ
露のあち知らぬふり也綿の花
露ならて何をいのちそ棉の花
棉の花葵に似るも哀れなり
棉の花*(竹冠+禦)へ曲る小道哉
船著きの小き廊や棉の花
海近クナリヌ帆見エテ棉の花
海近ク帆ノ大キサヨ棉ノ花
此浜ヤ此頃埋メテ棉ノ花
このあたり人素直也麻の畑
麻刈りて屏風に淋し山の影
刈麻やどの小娘の恋衣
日の入りや麻刈るあとの通り雨
麻刈りて鳥海山に雲もなし
麻刈の吾にわからぬ言葉かな
麻三反家五軒子供八九人
麻につるゝ山家の雨の脚直し
刈麻に夕日さしこむ小庭かな
刈り残す麻に二十日の月出づる
すぱりすぱり麻刈るわざの面白き
渺々と麻刈るあとの雲の峰
夕暮やかならず麻の一嵐
夕立や雀のさわぐ麻畠
藺の花の思ひ思ひにそよきけり
藺の花の中をぬひぬひ蛍哉
藺の花の葉末にさかぬ風情哉
ゐの花は葉末にさかぬ風情哉
ゐの花や親子の牛のもつれあふ
藺の花や小田にもならぬ溜り水
花藺田の緑にそゝぐ小雨哉
藺の花にかくるゝ鷺の頭哉
藺の花にかはらぬ水の水さび哉
刈り捨てし燈心草や道の端
三尺の燈心草や花淋し
早松茸夏なき山に生まれけり
山もなし江戸にいづこの早松茸

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