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芥川龍之介の『三右衛門の罪』をどう読むか⑩兼『或敵打の話』をどう読むか④兼『或日の大石内蔵助』をどう読むか②兼『伝吉の敵打ち』をどう読むか② どないやねん

 人にはいつも物語的世界に我が身を置く快感のようなものがあるものだろうか。つまりは自分を主人公として生き、身の回りで起きる出来事が赤の他人にも意味があるものとして、定年退職したら自伝でも自費出版したいと考えているものなのだろうか。 

 彼の復讐の挙も、彼の同志も、最後にまた彼自身も、多分このまま、勝手な賞讃の声と共に、後代まで伝えられる事であろう。――こう云う不快な事実と向いあいながら、彼は火の気のうすくなった火鉢に手をかざすと、伝右衛門の眼をさけて、情なさそうにため息をした。

(芥川龍之介『或日の大石内蔵助』)

 確かに大石内蔵助の伝説は語り継がれた。それは芝居にもなったからである。目撃者があり、評判になった。伝吉の敵討ちには目撃者がいない。自分で宣伝するしかない。大抵の人生がそうだ。目撃者はおらず、誰も褒めてはくれない。

 三億円事件の犯人に関してはいつまでも語り継がれるが、この人たちのことも誰の記憶にも残らない。それが現実と云うものだ。

 伝吉はありとあらゆる機会を利用して、自分の体験を自慢して回ったのだろう。その敵討ちによって何かを成し遂げたのだと信じたい。しかし実際にやったことは耄碌爺を一人殺しただけなのだ。『伝吉の敵討ち』はそもそも「いくつもの資料に逸話が残っているのが変」という話だった。『或日の大石内蔵助』は敵討ちとはいってもそんなにご立派なものではないという話だつた。『或敵打の話』は敵討ちをしようとして敵討ちが出来ない話だった。あるいは主役が敵討ちが嫌で自殺してしまう話だった。そういう意味では敵討ちが起きない『三右衛門の罪』までを含めて『或敵打の話』『伝吉の敵討ち』『或日の大石内蔵助』『三右衛門の罪』の四作品は「保吉もの」「開化もの」「切支丹もの」と同じ程度の緩い括りとして「アンチ敵討ちもの」と区分しても良いかもしれない。

 よくよく考えてみれば『三右衛門の罪』は敵討ちが起きないよう工夫された話なのだ。仮に三右衛門に子があり、数馬が三右衛門の闇討ちに成功していたら、『或敵打の話』のロジックでは三右衛門の子は数馬に敵討ちをすることが出来る。しかし数馬は返り討ちに遭っているのでそういう構図が成立しない。『三右衛門の罪』では明示的に衣笠数馬と柳瀬清八が殺される。敵討ちが起きないのは、数馬は闇討ちを仕掛けて返り討ちに去れたのであって、父・衣笠太兵衛には敵討ちの大義がないからであり、柳瀬清八の息子柳瀬清太郎が敵討ちすべきは前田治修、つまり殿様だからだ。

 あるいは柳瀬清八の死を無念と思わば、柳瀬清太郎は殿様にでも刃を向けたかもしれない。しかしそんなことをしても精々乱心者として馬廻り役に取り押さえられるだけだ。

 あるいは『或日の大石内蔵助』のように大勢の味方がいれば『或敵打の話』の敵討ちは成功していたかもしれない。あるいは伝吉に身分があれば「いくつもの資料に逸話が残っているのが変」とはならなかっただろう。

 しかし『或日の大石内蔵助』の主意は敵討ちはなったはなったで詰まらないという腑抜けたものだった。そこが「敵討ちもの」ではなく「アンチ敵討ちもの」としたい所以である。

 芥川の切支丹ものが徹底してアンチ・クリストであったように、芥川の書いたのは「敵討ちもの」ではなく「アンチ敵討ちもの」なのである。では保吉ものはアンチ保吉ものなのかというと……そう言えなくもないな。ある意味表裏一体というか……。




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