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「明星のちろり」は「銚」か? 芥川龍之介の俳句を読む②

鑑賞するとはどういうことか?

いつの夏の末だつたか、鶴屋旅館の離れで、芥川さんと室生さんが、同宿の或る夫人のために、女持ちの小さな扇子に發句を寄せ書きなさつたことがあつた。そのそばで少年の私は默つて見てゐたのである。芥川さんはなんでもその扇面に、小さな細い字で「明星のちろりに響けほととぎす」といふ句をお書きになつた。それをその扇子に書いてしまはれると、こんどはお二人で在りあはせの紙に、即興句を口ずさまれながら、しきりに何やらお書きになつてゐられた。その多くは書くそばからすぐ丸められたが、そのうち芥川さんは一枚だけ、やや氣に入られたか、破かれずに脇に置いておかれた。それには一匹の蜻蛉の繪が輕くあしらはれて、


野茨にからまる萩のさかり哉

 と書かれてあつた。それを私がとり上げながら、「これ、僕、頂戴して置いてもよろしう御座いますか」といつても、芥川さんは默つたまま、他の紙に熱心に向はれてゐた。

(堀辰雄『萩の花』)

 まず、

明星のちろりに響けほととぎす

 に関しては真面目に鑑賞しようという人が一人として見当たらない。「ちろり」を一つの意味に閉じて、全体のイメージが出来ていない。

ちろり【銚釐】 酒の燗(かん)をする道具。銅や真鍮(しんちゆう)製の筒形で,取っ手と注ぎ口がついている。

広辞苑

 それで鑑賞なのかと、実に、驚いてしまう。それは何のための鑑賞なのか。それで鑑賞なのかと、直接電話で問い詰めたくなる。そもそも「明星のちろり」とはなんなのかね。

あか‐ぼし【明星】 (古くは清音か)明け方東の空に見える金星。明けの明星みょうじょう。啓明。たれどき星。かわたれ星。〈倭名類聚鈔1

広辞苑

あかぼし‐の【明星の】 〔枕〕 「明く」「飽く」にかかる。万葉集5「―明くる朝あしたは」

広辞苑

みょう‐じょう【明星】ミヤウジヤウ (ジョウは呉音ショウの連濁) ①(→)金星の異称。「宵の―」「明けの―」 ②(比喩的に)その分野で、光彩を放っている人。スター。「劇壇の―」

広辞苑

みょうじょう【明星】ミヤウジヤウ 文芸雑誌。与謝野よさの寛主宰。新詩社の機関誌として1900年(明治33)4月創刊。ロマンチシズムを鼓吹して短歌の革新に貢献。08年11月100号で廃刊。のち2度復刊。

広辞苑

 いずれの意味に解釈して眺めているのだろうか。この句は恐らく北原白秋には、ああ、と響いていることであろう。

国訳漢文大成 文学部第18巻
日本の笛 : 民謡集 北原白秋 著アルス 1924年

 当たり前のようだが「ほととぎす」も食べようと思えば食べられる。そして「明星のちろり」は謡、長唄、などにみられる「ちろり、ちろり」と懸けられているのだろう。

天慶和句文 : 2巻


歌謡「教草吉原雀」近代文学私選 佐々政一 編金港堂 1904年


長歌袖之眺 : 袖珍百種 長唄集 花の巻

 つまりこれは日本の歌謡と食文化に根ざした「写実的ではない」句であり、「ちろり」の意味の揺らぐところを味わう句なのであろう。そして絵的には、酒の肴にならんとするホトトギスの必死な画が浮かぶ残酷と言えば残酷、滑稽と言えば滑稽なところを、まるで稲垣足穂の『一千一秒物語』のように「明星のちろり」が大きく受けて幻想的な詩になっている句である。


 書簡等で「ちろりを」一旦銚と字を閉じたところからの推敲に芥川の工夫がある。

 明け方にほととぎすが響くのはなんでや?

 そう引っかかるところから鑑賞が始まるのではないか。

 句の鑑賞は直感にのみ奥義があるのではない。ゆっくりと時間をかけて「読む」のも鑑賞の一つの方法であろうか。


【追記】

 そもそもこの句の脇には、

 明星のちろりにひびけほとどぎす

 これはお茶屋の二階の作、その後もあの位形の好い一対のちろりを見たことはない。この句に苦労してゐる間に鼻の下の長い婆さんの芸者謳つて曰、「四条の橋から何とかを見れば、灯が一つ見える。あれは何とかの灯か。二軒茶屋の灯か」と。(勿論唄の記憶は確かではない。)

 とあるではないか、これでちろりがものであり、かつ句の景色の中に俗謡があることもまた確かではないか。



 なんでやねん。

 なんでやねん。

 なんでやねん。

隅田の秋都へはこふおきな哉
骸骨を見つけたくれや秋のたひ
兀然と秋に立つたり山の寺
風たけを秋と思へはましらかな
これ見たか秋に追はるゝうしろ影
瀧湧くや秋のはらわたちきれけん
ふつくりと七面鳥のたつや秋
松山や秋より高き天主閣
山こえていさ見にゆかんあきの秋
われきくに秋をつき出すたきの音
秋しらぬ旅や同行五十人
秋にさく心強さよ鬼あざみ
遊女一人ふえぬ日はなし京の秋
面白や秋のにしきをほとゝぎす
親にあふて一日秋を忘れけり
傘持は秋ともしらす揚屋入
酒のんで一日秋をわすれけり
七年の秋を達磨に尋ねはや
順禮に追ひこされけり秋の旅
半分は夜に入る秋の旅路哉
人の目の秋にうつるや嵐山
秋に痩せて恨みの筆のあと細し
江戸の秋に四國の夏の届きけり
象潟や秋はるはると帆掛船
しひられて餅くらひけりけふの秋
花一つなき野に鴫の秋深し
姫小松これにも秋を見せにけり
みちのくの秋ふりすてゝ歸り行
みちのくの秋ふりすてゝ歸り候
みちのくを出てにぎはしや江戸の秋
秋荒れて血の波さわぐ巖かな
秋凄し大きな星の空に飛ぶ
此秋に堪へでや人の身まかりぬ
何蒔くと秋の畠を一人打つ
人の秋こそ堪へられぬ鈴が森
人の秋こそ堪へられね鈴か森
晝顏や秋をものうき花の形
貧村の秋の山吹花咲きぬ
松杉や妙法の山に秋もなし
武藏野をいくつに分けて床の秋
秋三月馬鹿を盡して別れけり
うつくしき菓子贈られし須磨の秋
うつくしき菓子おくられぬすまの秋
汽船過ぎて波よる秋の小島かな
來て見れば風が吹くなり須磨の秋
雲やどる秋の山寺灯ともれり
くわらくわらと何に火を焚く秋の村
さては秋名所の風を引いたげな
三條小橋柳秋なり人稀なり
七月十三日てんかと書きし人も秋
禪寺やさぼてん青き庭の秋
旅人の盗人に逢ひぬ須磨の秋
旅人や寒がりに來る奈良の秋
奈良淋し萬葉の秋を見付けたり
奈良の秋の唐招提寺西大寺
西東山にかたよる奈良の秋
鈍くなりて猶憎き秋の毛蟲哉
花細し秋にわづらふ野撫子
花痩せぬ秋にわづらふ野撫子
人去つてすがすがしさよ須磨の秋
人もなし杉谷町の藪の秋
故郷の淋しき秋を忘るゝな
古里や秋に痩せたる小傾城
湖の細り細りて瀬田の秋
めづらしや僧來て秋の運坐哉
山遠く湖はるかなり三井の秋
病起杖に倚れば千山萬嶽の秋
山本や寺は黄蘗杉は秋
槍持やひとりおくれて橋の杖
行く我にとゞまる汝に秋二つ
夕榮や漁村の秋の靜かなり
碌堂といひける秋の男かな
画をかきし僧今あらず寺の秋
秋吹くや鬚と拂子と天蓋と
いのちありて今年の秋も涙かな
詩人會す上野の秋の三宜亭
白き馬にめしたるとのご見えず秋
すがすがとして唯一の宮の秋
はらはらと動くや秋の根笹原
一里の秋の靜かにして灯少し
ひとへ物松島の秋に驚くな
古郷の秋の白魚御覧ぜよ
枕にす俳句分類の秋の集
都かな悲しき秋を大水見
物もなしわれに秋さへなかりけり
われ宗祗に似たらん秋の旅寐哉
瘧落ちてひとり拂子に對す秋
芝の秋の鐘か聞えて淋しかろ
須磨の秋金持らしき家見ゆる
蛸干して烏追ふ蜑や須磨の秋
秋昔三十年の團子店
家主が植ゑてくれたる松の秋
鵞ペンさすインキの壺や秋の薔薇
鵞ペン立てしインキの壺や秋の薔薇
汽車の窓に首出す人や瀬田の秋
僧の書あり瓶に活けたる秋の花
門閉ちて人起きて居る夜半の秋
病癒えて雲見る秋の端居哉
夜道して瘧ふるひ返す旅の秋
家主の植てくれたる松の秋
蛸干して鳥追蜑や須磨の秋
水海の秋の小魚を奉る
幾久しき秋の契りや堅魚節
家五百秋の芝居の太鼓鳴る
誰が家の戸叩く音ぞ夜半の秋
秋一室拂子ノ髯ノ動キケリ
秋モハヤ塩煎餅ニ澁茶哉
ウスモノヽ秋ニ勝ヘザル姿カナ
氷噛ンデ毛穴ニ秋ヲ覺エケリ
奈良漬ノ秋ヲ忘レヌ誠カナ
病間アリ秋ノ小庭ノ記ヲ作ル
此杣や秋を定めて一千年
けさりんと体のしまりや秋の立つ
秋たつや雨晴れて出る月の冴
秋たつや雨晴れに出る月の冴
秋立つや納涼月見と化る舟
秋立つや納涼の舟も月見ふね
ひゝやりとすきまの風や秋のたつ
秋たつや風のなき日を海の音
鶴一つ立つたる秋の姿哉
秋たつや鶉の聲の一二寸
秋たつやけふより不二は庵の物
秋立つや芒穂に出る蛇たまり
あら駒の足落ちついて秋の立つ
秋立つと知らずや人の水鏡
秋立つや出羽商人のもやひ船
衣骭に袖腕に秋の立ちにけり
禪寺に秋立つ壁の破れ哉
旅の秋立つや最上の船の中
旅人や秋立つ船の最上川
風鈴のちろちろと秋の立にけり
見て居れば見えて秋來る二本杉
むく起や身ふるひ一つ今朝の秋
秋立つや達磨の尻のくさりより
秋來ぬと柱の拂子動きけり
秋立つとさやかに人の目ざめけり
秋立つと何を雀の早合點
秋立つやどちらを見ても人の國
秋立つやほろりと落ちし蝉の殻
秋立つや昔に近き須磨の浦
秋立てば淋し立ねばあつくるし
秋立てば淋したゝねはあつくろし
來る秋や昔に近き須磨の浦
白雲に秋立つてまだ地は暑し
秋立つかやゝ撫子のしどろなる
秋立つとそよや嵐が吹いて來る
秋立つと夏ぎらひの人申しけり
秋立つと人の申しぬ笹の音
秋立つとひとり上野の森に對す
秋立つ日烏に魚を取られけり
秋立つや隣にはまだ赤き花
秋立つや隣にはまだ赤い花
秋立つや隣の絲瓜庵の萩
秋なんど立たずもがもな草の庵
秋の立つ朝や種竹を庵の客
今日の秋をあら何ともなの蝉の鳴きやうや
砂濱や波さらさらと秋立ちぬ
見てあれど何から秋が立つぞとも
見てあれど何から秋のたつぞとも
夜明から秋立つことかそのことか
秋立つや瓜も茄子も老の數
あて人の留守に秋來る都かな
白き花赤き花秋立にけり
草花を畫く日課や秋に入る
初秋の月ほのかなり清見潟
初秋を京にて見たり三日の月
初秋に大事がらるゝ宿り哉
初秋の馬洗ひけり最上河
初秋の空から出たり帆掛船
初秋の空より出たり帆掛船
初秋の膝叩きたる噺かな
初秋の一日さひしき暑さ哉
初秋や梢に語る松つくり
初秋や背戸を流るゝ最上河
初秋や出羽商人の最合船
初秋の石壇高し杉木立
初秋の房州の雜魚くふて來よ
初秋の柳が末の湯島かな
初秋や三人つれだちてそこらあたり
初秋の枕小き旅寝かな
初秋の枕小さき旅籠かな
初秋の簾に動く日あし哉
初秋の日脚はひこむ朝寐かな
初秋の枕小さき宿屋かな
きのふけふはや初秋となりにけり
初秋の蛸あはれなり須磨の浦
初秋の筑波は隱すものもなし
初秋の富士に雪なし和歌の嘘
初秋や合歡の葉ごしの流れ星
文月や神祗釋教戀無常
文月のものよ五色の絲素麺
文月や硯にうつす星の影
八月の筍あさる垣根かな
八月の蝶飛ぶ木曾の木立哉
八月や人無き茶屋の青楓
八月や晝だけ晴れて晝の月
八月や松嶋へ行く人問はん
八月や樓下に滿つる汐の音
八月を風に淡路の船がゝり
八月の太白低し海の上
うつくしき旭哉八月十五日
七夕に團扇をかさん殘暑哉
相撲取に風のとゞかぬ殘暑哉
乘合の馬車酒くさき殘暑かな
家の向き西日に殘る暑さかな
學校の此頃やすむ殘暑哉
蚊の勢を又立て直す殘暑哉
松風の價をねぎる殘暑哉
莚帆の風に暑さの殘りけり
晝過の町や殘暑の肴賣
裏窓に夕日さしこむ殘暑哉
草山に殘る暑さやまだらはげ
砂濱や殘る暑さをほのめかす
餞別に汗衫をもらふ殘暑哉
岩寒し殘暑の空へ五十丈
居風呂に殘暑の垢のたまりけり
日の神の御病氣とやらこの殘暑
日の神も御病氣とやら此殘暑
殘暑の龜夜寒の鮭と相知らず
蝉鳴て殘暑の頭裂くる思ひ
晝門を鎖す殘暑の裸かな
紅さした鯛に蠅飛ぶ殘暑哉
瀧の音殘る暑さもなかりけり
温泉に三度殘る暑さも晝の内
殘暑燬如紫陽花の花腐りけり
紫茉莉の花に殘暑の日影かな
神鳴ノ鳴レトモ秋ノ暑サカナ
病人ニ八十五度ノ殘暑カナ
腹中にのこる暑さや二萬卷
八朔や朝日靜かに稻の波
八朔やあしのは輕し古鎧
八朔や義理に顏出す梅の花
浪人の尺八淋し田面の日
草も木も竹も動くやけさの秋
傘持のひんと立たりけさの秋
けさの秋硯に筆のすべり哉
棕櫚の葉の手をひろけたりけさの秋
ふみつけた蟹の死骸やけさの秋
八重葎そよぐと見しやけさの秋
秋やけさ身ふるひしたるむら雀
骸骨に何やらひゞく今朝の秋
桐の葉を叩き落さん今朝の秋
今朝の秋扇のかなめ外れたり
劍賣て牛買ふ人や今朝の秋
どこやらに星の笑ひや今朝の秋
西吹くと水士のいふ也けさの秋
湖のひつそりとして今朝の秋
餅船のうしろ淋しやけさの秋
老僧が拂子動かず今朝の秋
今朝の秋腫物はものゝこそはゆき
酢をつくる僧はなひるよけさの秋
けさの秋きのふの物を取られけり
のゝしりし人静まりてけさの秋
箱庭の橋落ちこみぬけさの秋
刻みあげし佛に對す今朝の秋
塀ごしに腕出す松や朝の秋
大砲の山行く秋の朝日かな
砂の如き雲流れ行く朝の秋
甲板に水流す秋の朝日哉
裸体画ノ鏡ニ映ル朝ノ秋
きさ潟の姿を見れば秋なりける
八郎の姿を見れば秋なりける
松一木根岸の秋の姿かな
観念の耳の底なり秋の聲
破れ鐘や敲けども秋の聲ならず
われ鐘や敲けども秋の聲ならず
虚子に俗なし隣の三味に秋の聲
叩く時は叩かぬ時は秋の聲
初夜すぎし根岸の町や秋の聲
初夜過る根岸の町や秋の聲
撥音や上野をめぐる秋の聲
秋澄みたり魚中に浮て底の影
秋澄むや貝鐘響く峰の雲
秋高う入海晴れて鶴一羽
秋高う象かた晴れて鶴一羽
秋高し雲より上を鳥かける
秋高し鳶飛んで天に到るべう
秋高く魯西亞の馬の寒げなり
凱歌一曲馬嘶いて秋高し
帆柱や秋高く日の旗翻る
秋高し鳶舞ひ沈む城の上
秋高き椎の梢に日蝕せり
秋高き椎の木末に日蝕す
秋高き天文臺のともしかな
秋高く馬肥えにけり佐野の里
秋高く花車空に竝ぶ城の北
水仙の生えそろふたる九月哉
花もなし實もなし枇杷の九月哉
乘懸に九月盡きたり宇都の山
晝中や石に蟲鳴く九月盡
易を點し兌の卦に到り九月盡
易を點して兌の卦に到り九月盡
長月は十六夜といはで哀れなり
十月の櫻咲くなり幼稚園
十月の鶴見つけたり田子の浦
十月の畠に赤し蕎麥の莖
十月のやもめになりし螽かな
十月や鳶舞ひかゝる晝の月
十月の海は凪いだり蜜柑船
十月の海は帆勝に舟勝に
十月の雀飛びこむほこら哉
十月の鳶も烏も出でにけり
十月の日和に掛けし晩稲哉
十月や鳩米ひろふ藏の前
十月や畑は梨の返り花
雀ともばけぬ御代なり大蛤
蛤になるか雀の聲かなし
舌切られて雀蛤とならん思ひ
成佛の蛤となる雀かな
雀海に入り藤太龍宮より歸る
雀蛤となりぬ此夕蜃氣樓
鳥さしの蛤賣に問ひけらく
鳥さしの蛤賣になりもせで
糊なめて蛤になる雀哉
蛤殻に前の世を鳴く友雀
蛤になりすまして居る雀哉
蛤になりそこねてや稻雀
君が代も二百十日は荒れにけり
我背戸に二百十日の茄子哉
内海や二百十日の釣小舟
大佛に二百十日もなかりけり
足柄や二百十日の雲歸る
有明や二百十日の二十日月
籠の虫二百十日も知らずして
雲走り雲追ひ二百十日哉
こけもせで二百十日の鶏頭哉
薄の穂二百十日も過ぎにけり
地震さへまじりて二百十日哉
とにかくに殘暑も二百十日哉
二百十日異國の船のはいりけり
端居して二百十日のながめかな
日の照りて風吹く二百十日哉
前あれのつづきに二百十日哉
休暇盡きて二百十日の船出かな
朝寒き背中吹かるゝ野風哉
朝寒の背中吹かるゝ野風哉
朝寒やちゞみあがりし衣の皺
朝寒や青菜ちらばる市の跡
朝寒や看板殘る氷店
朝寒し汁粉くふべき人の顏
朝寒や嵐に向ふこそ走り
朝寒や警報かけし村役場
朝寒や筑波を見んと立ち出る
朝寒や苫舟何を焚く煙
朝寒や走りぬけたる寺の庭
獸の鼾聞ゆる朝寒ミ
朝寒の風が吹くなり雪の不二
朝寒の雀啼くなり忍竹
朝寒のはらりはらりと根笹かな
朝寒の旭を待つ人や舟のへり
朝寒や起て廊下を徘徊す
朝寒や今日の天氣を啼く雀
朝寒や蘇鐡見に行く妙國寺
朝寒や起つて廊下を徘徊す
朝寒やたのもとひゞく内玄關
朝寒やひとり墓前にうづくまる
朝寒を日に照らさるゝ首途哉
昇る日や朝寒の松に雀鳴く
藪陰に石切る音の朝寒し
朝寒の笹原走る兎かな
朝寒の空青々とうつりけり
朝寒の竹と芭蕉と蘇鐡哉
朝寒の日に光りたる小松哉
朝寒のわれさきがけしあら湯哉
朝寒み拔刄にさはる塵もなし
朝寒や雨戸あくれば日の光
朝寒や上野の森に旭のあたる
朝寒や虚空に楔打つ響
朝寒や小僧ほがらかに經を讀む
朝寒や地を離れたる駒の足
朝寒や禰宜のさゝぐる白和幣
朝寒や箒取りたる心もち
朝寒や紫の雲消えて行く
朝寒の撃劍はやる城下哉
朝寒や木曾に脚絆の旅心
朝寒や脚絆に木曾の旅心
朝寒や大魚動かず淵の底
朝寒や緑透いて見ゆ障子窓
朝寒や木魚打ちやんで履の音
水瓶に茶碗落すや朝寒み
朝寒ヤ鼻血オサヘシ旅ノ人
干瓢ノ肌ヘウツクシ朝寒ミ
痩骨ヲサスル朝寒夜寒カナ
秋寒し蝙蝠傘は杖につく
秋寒し眼の光る鬼女の面
雨晴れてうれしき秋の寒さ哉
澁柿は澁にとられて秋寒し
澁柿や澁に取られて秋寒し
じゞんこのあたりに秋の寒さかな
秋寒し佛にそゝげ般若湯
肌寒や馬のいなゝく屋根の上
肌寒やふじをまきこむ波の音
お守りの辨天賣て肌寒し
肌寒み寐ぬよすがらや温泉の匂ひ
肌寒や抱籠はなすきのふけふ
牙は折れ毛は兀げて象の肌寒し
肌寒み紅さむる襦袢哉
肌寒み三十棒をくらひけり
肌寒や子の可愛さを抱きしめる
風引くな肌寒頃の臍の穴
砂川や淺瀬に魚の肌寒し
肌寒や弓引き習ふ小殿原
おぼこ氣の肌寒やともいひがてに
經を講ず肌寒きこと五十年
肌寒や人劍を拔いて吾に逼る
肌寒や湯ぬるうして人こぞる
肌寒み白根見に出る町はづれ
肌寒や白根見に出る町はづれ
色はげし土人形の肌寒し
胡粉兀し人形や土の肌寒み
肌寒や石屋の門の石佛
蚤蝨へつて浪人のうそ寒し
ひらりしやらり一ツ葉ゆれてうそ寒し
きぬきぬや柳の風のうそ寒し
うそ寒の誠を泣くや小傾城
うそ寒や樵夫下り來る手向山
うそ寒や綿入着たる小大名
うそ寒き暗夜美人に逢着す
うそ寒み顏知らぬ人と相對す
やゝ寒み鷲の身振ひ羽振ひ
やゝ寒み襟を正して坐りけり
やゝ寒み机に向ふ背くゝまり
やゝ寒や机に向ふ背のかゞみ
やゝ寒み朝顏の花小くなる
やゝ寒みちりけ打たする温泉哉
やゝ寒み灯による虫もなかりけり
調練の大鼓聞ゆる稍寒み
やゝ寒み文彦先生髯まだら
牛一つおくるゝ秋の夕哉
號外を賣り行く秋の夕哉
水流れ雲行く秋の夕かな
野ざらしに鳥立つ秋の夕かな
婆々が來て灯ともす秋の夕かな
灯ともして秋の夕を淋しがる
まゝ事の相手をしたり秋の夕
道ばたの佛も秋の夕かな
夕榮の中にきらきら秋の城
夕飯の灯をともしけり寺の秋
秋夕柱鳴る庵に事あらん
羽織著る秋の夕のくさめ哉
萩刈りて芒に秋の夕哉
鶯も鴨の巣にすむ秋の暮
鴫たちて澤に人なし秋のくれ
遊ふ子のひとり歸るや秋のくれ
僧一人薄の中や秋のくれ
その鐘をわれに撞かせよ秋の暮
たち魚ややゝさびまさる秋の暮
秋のくれ壁見るのでもなかりけり
秋のくれ鱸を釣れば面白し
稻妻のかほをはしるや秋のくれ
思ひきつて見れは見るほと秋のくれ
案山子ものいはゞ猶さびしいそ秋の暮
案山子物言て猶淋しぞ秋の暮
傾城にまことありけり秋のくれ
さびしさや一人にあまる秋のくれ
さびしさを鳴子にひくや秋のくれ
さひしさを林にひくや秋のくれ
猿曳は妻も子もなし秋のくれ
猿ひきを猿のなぶるや秋のくれ
順禮の御詠歌たうと秋のくれ
順禮ハ花の臺と歌ひけり秋のくれ
床の間の達磨にらむや秋のくれ
何とせん我のみならねはあきのくれ
何と見たぬしの心ぞあきのくれ
鷄のゆかへ上りぬ秋のくれ
福祿の頭さひしやあきのくれ
古里や都見てきて秋のくれ
山里やみやこ見て來て秋のくれ
よそながら浮世もしらず秋のくれ
秋のくれかゞしにかゝる鳴子繩
秋のくれ見ゆる迄見るふしの山
秋のくれ畫にかいてさへ人もなし
一日は何をしたやら秋の暮
押しかけて餘所でめしくふ秋のくれ
烏來て鳥居つゝくや秋のくれ
桑の葉は蟲もくはずに秋くれぬ
傾城に電話をかけん秋のくれ
此頃はどうやら悲し秋のくれ
金堂の鐘のうなりや秋の暮
西行のふじにものいふ秋のくれ
酒なしに肉くふ人や秋のくれ
猿一ツ笠きて行くや秋の暮
三人が笑ふて秋のくれにけり
杉の木のによつきと高し秋の暮
鱆置いたやうな山あり秋のくれ
達磨殿踊り出したり秋のくれ
東京に人のへったり秋のくれ
泥棒の達磨に似たり秋の暮
何としたわれの命そ秋の暮
鷄の塒にすくむや秋のくれ
鷄の塒に小さし秋のくれ
灯ともせば灯に力なし秋の暮
秋のくれ哀れはとかく金にあり
秋のくれまぎらかさんと出て歩行
秋のくれ屋根に烏の評議哉
秋のくれ我身の上に風ぞ吹く
秋のくれ女を見れば猶淋し
あどけなく笑ふ顏さへ秋のくれ
いたづらな子は寐入けり秋のくれ
絲引て人躍らすや秋のくれ
命には何事もなし秋のくれ
牛引て歸る女や秋の暮
うつくしう淋しき虹や秋のくれ
海ひたす入日淋しや秋のくれ
かゝりうどの飯時寒し秋のくれ
顏痩せて脉のかすかに秋のくれ
顏痩せて脈もかすかに秋のくれ
金屏風傾城こもる秋の暮
栗飯の月見は淋し秋の暮
聲高き人まじりけり秋の暮
澁柿の澁まだぬけず秋の暮
狸ぬれて葎に歸る秋のくれ
亡き兄のまぼろし悲し秋のくれ
なき人のあらば尋ねん秋の暮
髭のびて剃刀さびぬ秋のくれ
ひとり行く宮本無三四秋の暮
無住寺の門叩きけり秋のくれ
宿とつて見れば淋しや秋のくれ
馬も居らず駕にもあはず秋の暮
大寺や談義も過ぎて秋の暮
大村や祭は過ぎて秋の暮
影法師のそれよりはかな秋の暮
鐘も撞かず大皷も鳴らず秋の暮
蛙蛙何をつぶやく秋の暮
山茶花の一輪咲て秋暮れぬ
炮烙の大豆にも逢はず秋暮れぬ
秋の暮大船はかりかゝりけり
秋の暮れ狸をつれて歸りけり
秋の暮われよと許り鐘を撞く
いさましく別れてのちの秋の暮
牛行くや毘沙門阪の秋の暮
馬鳴いて秋の日暮るゝ別れ哉
海晴れて小冨士に秋の日くれたり
蜘の巣の獲物も無しに秋暮るゝ
棺通る四條の橋や秋の暮
此頃は辻君見えず秋の暮
酒あり飯あり十有一人秋の暮
淋しさや氣車猶急ぐ秋の暮
淋しさやどの顏見ても秋の暮
十一人一人になりて秋の暮
大佛をまはれば淋し秋の暮
大佛に戸帳垂れたり秋の暮
誰人ぞ睨んで通る秋の暮
ちかづきの仲居も居らず秋の暮
罪もなき配所に秋の暮かゝり
日蓮の死んだ山あり秋の暮
琵琶やめて何が聞こゆる秋の暮
琵琶やめて何聞くふりぞ秋の暮
本陣や下手な掛畫も秋の暮
めづらしや海に帆の無い秋の暮
藪寺に磬打つ音や秋の暮
山本の一むら杉や秋の暮
老僧に棒加へけり秋の暮
驢に騎りて山陰いそぐ秋の暮
驢に乗りて山陰急ぐ秋の暮
尾の道の便船もなし秋の暮
秋の暮餘りに近く鐘が鳴る
秋の暮東照宮に鳴く鴉
秋の暮尾上の上を鴉鳴く
鬼事やはては泣き出す秋の暮
看經や鉦はやめたる秋の暮
さまさまに烟分れて秋のくれ
山門をぎいと鎖すや秋の暮
捨馬に鴉鳴くなり秋のくれ
大佛を見て鹿を見て秋暮るゝ
讀書聲絶えて何やら敲く秋のくれ
鳥は皆西へ歸りぬ秋の暮
猫飼うて猫を恐るゝ秋のくれ
猫を飼ふて猫を恐るゝ秋の暮
不器用な佛の顏も秋の暮
朴の木に鴉鳴くなり秋の暮
まゝ事の相手に秋の日暮れたり
思ひよらず大砲ひゞく秋の暮
遊び居る子を呼び返す秋の暮
流れよる舟に人なし秋のくれ
旅籠屋にひとり酒のむ秋の暮
灯をともす向ひの山や秋の暮
向きあふて淋しき顏や秋の暮
女郎買をやめて此頃秋の暮
秋の夜や厮に籠る鼾あり
風吹て簫聞く夜の秋遠し
猿簑の秋の季あけて讀む夜哉
猿簑の秋の部あけて讀む夜哉
秋の夜の書齋を照すらんぷ哉
靜かさに曇りし秋の夜空哉
秋の夜や枕刀に上る蜘
秋の夜を蜘のはひよる刀哉
秋の夜の夢に詩を得し寐覺哉
はん鐘の音する夜の寒さかな
狼の聲も聞こゆる夜寒かな
破れ壁笠おしあてゝ夜寒哉
狼の人くひに出る夜寒哉
兄弟のざこね正しき夜寒哉
兒二人竝んで寐たる夜寒哉
山もとのともし火動く夜寒哉
扇見てふし思ひ出す夜寒哉
合宿の齒ぎしりひゞく夜寒哉
小火鉢の灰やはらげる夜寒哉
菅笠の紐引きしめる夜寒哉
だまされてわるい宿とる夜寒かな
箒星障子にひかる夜寒哉
鼻たれの兄とよばるゝ夜寒哉
一つづゝ波音ふくる夜寒哉
一人旅一人つくつく夜寒哉
壁一重牛の息聞く夜寒哉
壁やれてともし火もるゝ夜寒哉
竈の火くわらくわらもえる夜寒哉
傾城の海を背にする夜寒哉
傾城のぬけがらに寐る夜寒哉
小比丘尼のほころびつゝる夜寒哉
墨染に泪のあとの夜寒哉
錢湯に端唄のはやる夜寒哉
僧一人竝が岡の夜寒哉
大海を前にひかへて夜寒哉
挑灯の厠へ通ふ夜寒哉
晝中の殘暑にかはる夜寒哉
封切て灯をかきたてる夜寒哉
文机にもたれ心の夜寒哉
平家聞く小姓の顏の夜寒哉
向ひ地のともし消え行く夜寒哉
槍の穂の番所に光る夜寒哉
夕月の落ちて灯を吹く夜寒かな
夜寒さに樽天王の勢哉
夜寒さの樽天王の勢ひ哉
夜寒さや身をちゞむれば眠く成
老僧の南朝かたる夜寒哉
大床に鼠のさわぐ夜寒哉
小坊主のひとり鐘撞く夜寒哉
待てば來ず雨の夜寒の薄蒲團
廊下から海ながめたる夜寒哉
いさり火を横にながめたる夜寒哉
大家の靜まりかへる夜寒哉
大寺に一人宿借る夜寒哉
おもてから見ゆや夜寒の最合風呂
片里に盗人はやる夜寒かな
首途の用意して寐る夜寒哉
門附の下町通る夜寒かな
獺を狸のおくる夜寒哉
木曽川に向くや夜寒の門搆へ
蜘殺すあとの淋しき夜寒哉
傾城に袖引かれたる夜寒哉
さし向ふ夫婦の膳の夜寒哉
不忍の池をめぐりて夜寒かな
十八人女とりまく夜寒哉
白波のきはに火を焚く夜寒哉
白波のきはに火を燒く夜寒哉
知らぬ女と背中合せの夜寒哉
須磨寺の門を過ぎ行く夜寒哉
蕎麥はあれど夜寒の饂飩きこしめせ
大佛の足もとに寐る夜寒哉
黙りけり夜寒の男五六人
丁々と碁を打つ家の夜寒哉
次の間の灯も消えて夜寒哉
辻駕籠に盗人載せる夜寒哉
通夜堂にまだき夜寒を覺えける
釣橋に提灯わたる夜寒かな
出女の油をこぼす夜寒かな
灯ふけて書讀む窓の夜寒哉
鼠追へば三匹逃げる夜寒哉
鼠追へば四五匹迯げる夜寒哉
鼠狩れば鼠の笑ふ夜寒かな
旅籠屋の居風呂ぬるき夜寒哉
人住まぬ戸に灯のうつる夜寒哉
灯ともさぬ村家つゞきの夜寒哉
灯をともす家奥深き夜寒哉
佛壇のともし火消ゆる夜寒哉
舩に寐て岡の灯のへる夜寒哉
妙法の太鼓聞こゆる夜寒哉
藪村に旅籠屋もなき夜寒哉
夜寒さや家なき原に灯のともる
夜寒さや人靜まりて海の音
男十八人女とりまく夜寒哉
男十八人女一人の夜寒哉
大寺のともし少き夜寒哉
勤行のすんで灯を消す夜寒かな
三厘の風呂で風邪引く夜寒かな
錢湯で下駄換へらるゝ夜寒かな
村會のともし火暗き夜寒かな
松明に落武者探す夜寒かな
出女が風邪引聲の夜寒かな
隣村の鍛冶の火見ゆる夜寒哉
盗人や夜寒の眼灯のうつる
刄物置いて盗人防ぐ夜寒かな
腹に響く夜寒の鐘や法隆寺
牧師一人信者四五人の夜寒かな
松杉や夜寒の空の星ばかり
夜を寒み脊骨のいたき机かな
夜を寒み俳書の山の中に坐す
油さしに禿時問ふ夜寒哉
犬が來て水のむ音の夜寒哉
蝦夷にある子に手紙書く夜寒哉
軍談に寐る人起す夜寒哉
新宅の柱卷きある夜寒哉
小便に行けば月出る夜寒哉
松明に人話し行く夜寒哉
地震して温泉涸れし町の夜寒哉
提灯の小道へ這入る夜寒哉
提灯の小路へ曲る夜寒かな
泣きなから子の寐入たる夜寒哉
盗人の足跡に燭す夜寒かな
旅籠屋の淨手場遠き夜寒哉
廣き間にひとり書讀む夜寒哉
湯上りのうたゝ寐さめて夜寒哉
横町で巡査に出逢ふ夜寒哉
吉原の太鼓聞ゆる夜寒哉
夜を寒み猫呼びありく隣家の女
夜を寒み猫呼ひてあるく鄰家の女
わりなしや夜寒を眠る通夜の人
貴人をとめて飯焚く夜寒哉
犬を追ふ夜寒の門や按摩呼ぶ
汽車にねて須磨の風ひく夜寒哉
汽車の音の近く聞ゆる夜寒哉
狐鳴く聲と聞くからに夜寒哉
喧嘩せし子の寐入りたる夜寒哉
碁の音の林に響く夜寒かな
大名を藁屋にとめる夜寒哉
ともし火をあてに舟よぶ夜寒哉
庭の灯に人顏映る夜寒哉
化けさうな行燈に寺の夜寒哉
船に寐て行李を枕の夜寒哉
蓑笠をかけて夜寒の書齋かな
御佛と襖隔つる夜寒哉
吉原の踊過ぎたる夜寒哉
吉原のにわか過ぎたる夜寒かな
頼朝も那須の與一も夜寒哉
縁日の古著屋多き夜寒哉
交番の交代時の夜寒哉
柿店の前を過行く夜寒哉
樫の木の中に灯ともる夜寒哉
贋筆をかけて灯ともす夜寒哉
きんつはの行燈暗き夜寒哉
暗やみに我門敲く夜寒哉
車引のお歸りと呼ぶ夜寒哉
三階の灯を消しに行く夜寒哉
電氣燈明るき山の夜寒哉
舟歌のやんで物いふ夜寒かな
星飛んで懐に入る夜寒哉
見下せば灯の無き町の夜寒哉
炭出しに行くや夜寒の燭を秉り
蚊帳ツラデ畫美人見ユル夜寒カナ
母ト二人イモウトヲ待ツ夜寒カナ
虫ノ音ノ少クナリシ夜寒カナ
破垣ニ灯見ユル家ノ夜寒カナ
二人ては咄のたらぬ夜長かな
次の間に唄ひ女の泣く夜長哉
明日の旅路見つゝ行く夜の長さ哉
首途の支度にふかす夜長哉
木枕に惟然泣く夜の長さ哉
傾城の咄ときるゝ夜長かな
一ツづゝ波音ふくる夜長哉
辨慶の道具しらべる夜長哉
妹に軍書讀まする夜長哉
叡山へ提灯通ふ夜長哉
瀬田こえて三井の鐘きく夜長哉
大黒の夷をなぶる夜長哉
瀧の音いろいろになる夜長哉
長生を思へば遠き夜長哉
長き夜の寐物語りや蝦夷千嶋
長き夜や頻りにはぢく桶の箍
長き夜や誰がうつり香の薄蒲団
長き夜を誰がうつり香の薄蒲団
長き夜や鼠のかぢる古烏帽子
長き夜や姫の御伽の繪巻物
桃太郎の咄もたえて夜長哉
驛古りて夜長の鷄のまばら也
火事消えて人さどむ夜の長さ哉
小坊主や何を夜長の物思ひ
誰が謠ふ旅の夜長のつれつれに
長き夜の山門へ通ふ鼠かな
長き夜の大同江を渉りけり
長き夜や誰がきぬきぬの鶏が鳴く
長き夜をたるまず廓の大鼓哉
何笑ふ聲そ夜長の臺所
山里に月もなき夜の長さかな
山里は月もなき夜の長さかな
明けぐれに立ていそけば夜ぞ長き
足音の隣へはいる夜長かな
大家の靜まりかへる夜長哉
大村の靜まり返る夜長かな
神戸出て夜の長さよ紀州灘
大鼓やみ鼓やみ三味の夜そ長き
契りおかで待つや夜長の空たのめ
長き夜の面白きかな水滸傳
長き夜の硯にうつるともし哉
長き夜の月の雨のと更けて行く
長き夜の鷄や太鼓や喇叭哉
長き夜の物音きくや白拍子
長き夜の夢の浮橋絶えてけり
長き夜の連歌に更けて朝寐哉
長き夜や木の間に細き常夜燈
長き夜や初夜の鐘つく東大寺
長き夜や提灯わたる大井河
長き夜や人灯を取つて庭を行く
長き夜や古傾城のささめ言
長き夜や夢にひろひし二貫文
長き夜や隣樓の三紘引きやみぬ
長き夜を月取る猿の思案哉
長き夜を何に更かすぞ岡の家
長き夜を寐足らぬ人の尊さよ
寐られぬよ長き夜頃の物の本
夜の長さ船で測れば八十里
蝋燭の燃えきれんとして夜ぞ長き
歌よまぬ身は待ちかねし夜長哉
汽車過ぐるあとを根岸の夜ぞ長き
椎の樹に月傾きて夜ぞ長き
長き夜の移り香とめて別れけり
長き夜の白髪の生える思ひあり
長き夜の灯なし早寐の家つゞき
長き夜の水は流れてしまひけり
長き夜や思ひ出す時風が吹く
長き夜や孔明死する三國志
長き夜や千年の後を考へる
長き夜や念佛の聲豆の音
長き夜や堀河落つる汐の音
長き夜や闇に落ちかゝる瀧の音
長き夜を白髪の生える思ひあり
古妻や背中合せの夜は長き
物に倦みて時計見る夜の長さ哉
寄席はねて上野の鐘の夜長哉
思ひ出せばゆふべの夜も長かりし
角海老の時計數へる夜長哉
咳にくるしむ夜長の灯豆の如し
戸の音に物を疑ふ夜長哉
長き夜の悪夢驚きて鼠落つ
長き夜や隅の柱のわれる音
長き夜や更けて柱のひゞく音
長き夜を汝が吠ゆる聲も聞ざりき
病人のうまいして居る夜長哉
行燈の消えなんとする夜長哉
いろいろの變化出て來る夜長哉
劫に負けてせめあひになる夜長かな
書讀まぬ男は寐たる夜長哉
小絃はお鍋さゝやく夜長哉
長き夜や障子の外をともし行く
長き夜や枕刀を置き直す
病人のうなされて居る夜長哉
長き夜や夫は善く寐て子守唄
犬の聲靴の音長き夜なりけり
鐘の音の輪をなして來る夜長哉
文を書く横顏見えて夜長哉
秋淋し毛蟲はひ行く石疊
酒のんで秋淋しがる一人哉
ねだる子や秋淋しがる親の顏
青々と猶淋しさよ須磨の秋
淋しさや盗人はやる須磨の秋
杉木立淋しき秋の鳥居哉
杉木立淋しき秋の宮居哉
櫻桃の葉黄ばみて庭の秋淋し
樓に上れば洞庭開いて秋遠し
秋や寂さびや秋知る雨一日
秋さびた石なら木なら二百年
大宮に秋さびけらし醫者の顏
神さびて秋さびて上野さびにけり
秋さびて太雅の木にも似たる哉
俳諧の秋さびてより二百年
つくつくと身に入む月の一人哉
俳諧の咄身にしむ二人哉
古戦場と聞けば身に入む夕哉
身に入むや臺破るゝ蓮の風
身に入むや誰が石塔を刻む音
學ぶ夜の更けて身に入む昔哉
彳むや森深く夜氣肌に入む
行く秋にしがみついたる木の葉哉
朝顔のひるまでさいて秋の行
行く秋にしがみついたり蔦紅葉
松二本竝んで秋の老にけり
松二木竝んで秋の老にけり
行く秋の輕うなりたる木實哉
行く秋や壁の穴見る藪にらみ
行く秋や刀豆一ツあらはるゝ
行く秋やぼんやりしたる影法師
行く秋やまばらに見ゆる竹の藪
秋行くや大根二股にわれそめて
行く秋に大佛殿の嵐哉
行く秋の一日秋を盡しけり
行く秋の淋しく成し田面哉
行く秋や油かわきし枕紙
行く秋や水の中にも風の音
行く秋をさらに妙義の山めぐり
行く秋に梨ならべたる在所哉
行く秋にならびて君か舟出哉
行く秋の石打てばかんと響きける
行く秋の鼬死居る木部屋哉
行く秋の鴉鳴くなり羅生門
行く秋の小舟淋しき湊かな
行く秋の鹿淋しがる戸口哉
行く秋の梨ならべたる在所かな
行く秋や何を烟らす一軒家
行く秋や松の木の間の南禪寺
行く秋や松の古葉を振り落し
行く秋を大海原のたゞ廣し
行く秋を大めし食ふ男かな
行く秋を佛手柑の只一つ哉
行く秋を松にかたよる海邊哉
秋行くと砂糖木畠の荒れにけり
尼寺や寂莫として秋の行く
市中やにわかに秋の行く夕
賣れ殘る木魚一つに秋の行く
枯松葉青松葉秋の行く小庭
此君にわれに秋行く四疊半
須磨に更けて奈良に行く秋あら淋し
行く秋の烏も飛んでしまひけり
行く秋の腰骨いたむ旅寐哉
行く秋のしぐれかけたり法隆寺
行く秋の死にそこなひが歸りけり
行く秋の月夜を雨にしてしまひ
行く秋の敵國近し劍の霜
行く秋の涙もなしにあはれなり
行く秋の野菊白くも咲きけらし
行く秋の橋杭ばかり殘りけり
行秋のふしぶしいたむ旅寐哉
行く秋のまた旅人と呼ばれけり
行く秋の眼を塞ぎたる一人哉
行く秋の我に神無し佛無し
行く秋や一千年の佛だち
行く秋や菴の菊見る五六日
行く秋や庵の夕を鴉鳴く
行く秋や梅若寺の葭簀茶屋
行く秋や手を引きあひし松二木
行く秋や奈良の小寺の鐘を撞く
行く秋や奈良の小店の古佛
行く秋や奈良は古寺古佛
行く秋や店に兀げたる春日盆
行く秋や我に神なし佛なし
行く秋を雨に氣車待つ野茶屋哉
行く秋を生きて歸りし都哉
行く秋をしぐれかけたり法隆寺
世の中の秋か行くそよ都人
秋を愛す其秋將に行かんとす
惡句百首病中の秋の名殘かな
菊を剪つて行く秋惜む主かな
短檠や秋盡きんとして楚辭を讀む
月青く雨紅に秋ぞ行く
月も露もしらけて秋の行かんとす
鳶が舞ふけろりと秋の行くことよ
滿月となりて秋行く吉野かな
みちのくを出て來て江戸に行く秋や
森の中や秋行く庵の人一人
行く秋の鐘つき料を取りに來る
行く秋の一卷キ殘る芭蕉かな
行く秋の晝飯くへば寒くなる
行く秋や杉寂として赤き宮
行く秋や大根畠に鳴く雀
行く秋を追ひつめて須磨で取り迯す
行く秋を法華經寫す手もとゞめず
いく秋の酒のほまれや日本號
はてしなき世界の秋の行へ哉
はてもなき秋の行へや外が濱
生き殘る蠅ならなくに秋惜む
惜むかな妻うしなひし此秋を
月の秋菊の秋それらも過ぎて暮の秋
案山子老て秋は鳴子に暮にけり
月の秋菊の秋過てくれの秋
月の秋過てつれなくくれの秋
月の秋次ハ是非なくくれの秋
月細り細り盡して秋くれぬ
繩簾蛇にもならず秋くれぬ
月ながら暮れ行く秋そうとましき
冠の塵もはらはず秋暮ぬ
月もあり黄菊白菊暮るゝ秋
箒木の箒にもならず秋くれぬ
馬醫者や馬の脉見る暮の秋
釣鐘の奉加集まらす秋暮るゝ
みちのくや馬も雇はで暮るゝ秋
取りに來る鐘つき料や暮の秋
飛んで來る餘所の落葉や暮るゝ秋
冬待つや寂然として四疊半
我庵は蚊帳に別れて冬近し
冬待ちつやゝ黄ばむ庭の蜜柑哉
冬近き嵐に折れし鷄頭哉
冬近く今年は髯を蓄へし
冬近し今年は髯を蓄へし
冬待つやつはものどもの皮衣
冬を待ついくさの後の舎營哉
冬を待つ用意かしこし四疊半
すさましや身よりもふとき袋ぐも
水飯の色すさましき白さ哉
すさましや戀にあつさをしらぬ夜半
すさましや花ちる下の水車
すさましや眞晝の鐘をつく時は
すさましや此山奧の石佛
凄しや彈丸波に沈む音
檻古りぬ熊の眼のすさましく
すさまじや蝋燭走る風の中
蝋燭にすさまじき夜の嵐哉
尻の跡のもう冷かに古疊
冷かな寐覺や山の雲深き
冷かに蜑の背中の入日かな
ひやひやと朝日さしけり松の中
ひやゝかな赤い朝日がぽつかりと
ひやゝかや喰はれ殘りの日の光
家康の魂ひやゝかに杉木立
杉をもる日ひやゝかに曽我の墓
ひやひやと朝日うつりて松青し
冷かや佛燈青く碁の響
曉のひやゝかな雲流れけり
戸のすきのつめたき風をいとふべし
秋の日や鐘よりさきにくれかゝる
蜩にもたれて秋の日はくれぬ
雨晴れて虫飛ぶ秋の日中哉
秋の日の傾きてわれ家もなし
秋の日の木の間に落ちて塔高し
秋の日の高石懸に落ちにけり
秋の日の野路の小川に光りけり
秋の日の一人に暮るゝ野道哉
護摩堂にさしこむ秋の日あし哉
大根の二葉に秋の日さし哉
山に倚れば秋の日落つるあら野哉
秋の日の薄雲がくれ蝕すなり
樫の木の竝んで秋の入日かな
鷄頭を伐るべく秋の日短し
皀莢に秋の日落つる小窓かな
竹藪のうしろに秋の入日かな
ところところ秋の日さすや杉木立
にこらいの會堂に秋の日赫たり
秋の日の谷中にせまる蝉の聲
鳥一羽飛んで秋の日落ちにけり
塵の中にくれ行く秋の夕日かな
鷄頭に暮れ行く秋の夕日哉
杉暗く井垣に秋の夕日哉
谷深く舟漕ぐ秋の夕日哉
山行くや秋の夕日の影法師
裏町や秋の夕日の蚊粒飛ぶ
烟捲いて秋の夕日の海黄なり
杉高く秋の夕日の茶店哉
見え透くや秋の夕日のくの木原
物干にかげろふ秋の夕日哉
家もなし秋の夕日の傾きぬ
鎌倉や秋の夕日の旅法師
旅鳥一羽に秋の入日かな
ハロを見る秋の夕日や八郎湖
秋晴て故人の來る夕哉
秋晴てふじのうしろに入日哉
秋晴て物見に近し秋の不二
秋晴れて塔にはさはるものもなし
秋晴れて兩國橋の往來かな
秋晴れて見かくれぬべき山もなし
秋晴れぬ空の限りの蒸氣船
秋晴れて敷浪雲の平なり
秋晴れてものゝ煙の空に入る
秋晴たり上總の烟安房の鳶
秋晴れて青く小さき筑波かな
秋晴れて鎌の光りの山に來る
秋晴れてほこりのやうな虫が飛ぶ
秋晴れて凌雲閣の人小し
秋晴れて遠足の人蟻の如し
秋晴れぬ千住曇りぬ西新井
きのふ晴れてけふ晴て秋も二三日
病人の駕で遊ぶや秋の晴
秋晴るゝ松の梢の鷺一つ
秋晴るゝ松の梢や鷺白し
鳥海にかたまる雲や秋日和
かしましう鳥啼く秋の日和哉
鳶舞ふや本郷臺の秋日和
賑かに都の秋の日和哉
山遠しばつた高く飛ぶ秋日和
磯山や鰯干したる秋日和
軍艦を見に行く舟や秋日和
病床に上野を見るや秋日和
鷄頭の四五本秋の日和哉
龍田姫ふしは女人の禁制そ
佐保姫は娘、龍田姫は後家也けり
山鳥の戀に狂ふや龍田姫
我笠に龍田姫の裾かゝる也
龍田姫四十越えぬと申しけり
秋風の姿すゝきになかめけり
秋風や迷子探すかねのこへ
秋風をそへてすゝきをうりにけり
散りやすきものから吹くや秋の風
秋風やいさみ立たる蠻むし
ならんたる鐘や木魚や秋の風
秋風や伊豫へ流るゝ汐の音
秋風やはりこの龜のぶらんぶらん
秋風や窓の戸うごくさよ砧
送火や灰空に舞ふ秋の風
面白う砧をゆるや秋の風
風を秋と聞く時ありて犬の骨
傾城に問へども知らず秋の風
さる程に秋とはなりぬ風の音
すつこめる龜の首にも秋の風
何といふ發句つくろふぞ秋の風
齒のぬけて經よむ聲も秋の風
火ちらちら足もとはしる秋の風
都には何事もなし秋の風
痩せたりや二十五年の秋の風
山本の灯ゆるゝや秋のかぜ
ゆりけすや下手のうたひを秋の風
秋風に油もぬけぬ鰹魚哉
秋風にふりたて行くや鹿の角
秋風に目をさましけり合歡の花
秋風の相手に熟柿一ツ哉
秋風の一日何を釣る人そ
秋風の蜘手にふくやしかの角
秋風のふけは倒るゝそとはかな
秋風や覺束なくもほとゝぎす
秋風や京の大路の朱傘
秋風や京の町には朱傘
秋風や崩れたつたる雲のみね
秋風や水月にまがふ僧の鬚
秋風や杉の葉くさる石のあひ
秋風やちびて短き旅の杖
秋風やつるりとしたる不盡の山
秋風や鳥飛び盡す筑波山
秋風や都にすんでなく夜あり
秋風や都にすんでなく夜哉
秋風やらんふの笠も破れたり
秋風や小野の小町の笑ひ聲
秋風をいのちにはしてざくろかな
秋の風帽子の角を吹きへらす
いつしかに桑の葉黒し秋の風
海原や波にもつかす秋の風
海原やものにもつかす秋の風
親が鳴き子猿が鳴いて秋の風
聞きにゆけ須磨の隣の秋の風
蛇の舌まだ赤し秋の風
蜘の巣に蜘の留守也秋の風
蜘の巣に蜘は留守也秋の風
此頃は蓴菜かたし秋の風
旅の旅その又旅の秋の風
旅の旅又その旅の秋の風
月を見る背中に吹くや秋の風
ていれぎの下葉淺黄に秋の風
天狗泣き天狗笑ふや秋の風
撫し子のまた細りけり秋の風
一ツ家のともしめくりて秋の風
筆の穂のさゝけ出したり秋の風
古鍋に豚の油や秋の風
秋風に生れてさすが男哉
秋風に兀ても昔女かな
秋風のおもてに立てり筑波山
秋風の吹きひろげけり川の幅
秋風やあはれ氣もなき俳諧師
秋風やいくさの夢も二十年
秋風や片手に富士の川とめん
秋風や通ひなれたる箱根山
秋風や下駄流したる最上川
秋風やけふだけの飯もたいてある
秋風や子牛引きこむ家二軒
秋風や胡蝶もなじむ牛の角
秋風や坐禪し居れば劔鳴る
秋風や淋しくなりし子守唄
秋風や鱸を釣らんとぞ思ふ
秋風や旅の浮世のはてしらず
秋風や脳味噌くさる芥子坊主
秋風や泪つもりて五十日
秋風や人あらはなる山の宿
秋風や人に聞けとの大鼾
秋風や平たくなりし力瘤
秋風や故郷さして歸る人
秋風や牡丹の夢もなかりけり
秋風や巫ふり亂す髪のたけ
秋風や道に横たふ蛇のから
秋風や妙義の岩に雲はしる
秋風や屋根に淋しき金の鳳
秋風やわれは可もなく不可もなし
秋風よ命ばかりは吹きのこせ
秋の風牡丹の梦もなかりけり
秋の風われを相手に吹きにけり
うしろ向けば我にも吹くや秋の風
賣物の大名屋敷秋の風
面白や草鞋はく日の秋の風
骸骨と我には見えて秋の風
笠の端に山かさなりて秋の風
片腕の位牌になりぬ秋の風
金藏の多い處よ秋の風
象潟の海にかはりて秋の風
肥肉の目には見ゆれど秋の風
此頃の蕗のにがさよ秋の風
品川は海をひかへて秋の風
白河や二度こゆる時秋の風
背に吹くや五十四郡の秋の風
そよそよと秋風吹きぬ單衣
はや一つ命へらしぬ秋の風
又一つ命へらしぬ秋の風
蕗の葉のやぶるゝ音や秋の風
古井戸の名はわすられて秋の風
都から一里はなれて秋の風
秋風の上野の出茶屋人もなし
秋風の韓山敵の影もなし
秋風の渤海灣口船もなし
秋風や雲吹きわたる出羽の海
秋風や傾城町の晝下り
秋風や天竺牡丹花細し
秋風や馬場の草むら犬走る
秋風や薔薇の花びらまとまらず
秋風や紫薄き燕子花
秋風や森を出でゝ川横はる
秋風や大蛇野道に横はる
金持の板塀高し秋の風
此頃や河豚小さき秋の風
仕置場や地藏の胴の秋の風
染物のはなだになりぬ秋の風
地藏古りて錫杖折れぬ秋の風
何とせん母痩せたまふ秋の風
墓原の提灯白し秋の風
莚帆や吹き破られて秋の風
藪川や緑青浮む秋の風
秋風に吹かれたやうな仁王哉
秋風のそなたと許り思へとよ
秋風や生きてあひ見る汝と我
秋風や馬嘶いて幕の音
秋風や馬合点して北の方
秋風や海を限りし伊豫の鼻
秋風や圍ひもなしに興福寺
秋風や雲吹き起る山のかひ
秋風や侍町の塀ばかり
秋風や侍町は塀ばかり
秋風や高井のていれぎ三津の鯛
秋風や何堂彼堂彌勒堂
秋風や奈良の佛に札がつく
秋風や白雲迷ふ親不知
秋風や平家吊ふ經の聲
秋風やほろりと落し蝉の殻
秋風やほろりともけし蝉の殻
秋風や皆千年の物ばかり
秋風や燒場のあとの卵塔場
秋風や吾は奈良の病人なり
淺草や猿飼ふ店の秋の風
色里や十歩はなれて秋の風
右京左京中は畑なり秋の風
馬下りて川の名問へば秋の風
送られて一人行くなり秋の風
棧や下をのぞけば秋の風
來て見ればこゝにも吹くや秋の風
黒崎や汐早うして秋の風
淋しさやどの顔見ても秋の風
三十の阪見あぐれば秋の風
絶壁の草動きけり秋の風
瀬戸二町中を秋風吹いて來る
せまり吹くや音頭が瀬戸の秋の風
大佛の大きさ知れず秋の風
大佛の尻より吹きぬ秋の風
狸死に狐留守なり秋の風
とにかくに一人は失せぬ秋の風
吊へばわれに吹きけり秋の風
ともし火を見れば吹きけり秋の風
中空に秋の風吹く峠かな
中空に秋の風吹く尾上哉
泣く母も笑ふ其子も秋の風
名所に秋風吹きぬ歌よまん
奈良阪や石切る家の秋の風
兀山を越えて吹きけり秋の風
晴れきつて秋風荒るゝ朝日哉
般若寺の釣鐘細し秋の風
人も居らずほこりも立たず秋の風
晝の灯や本堂暗く秋の風
船ゆれる音頭が瀬戸や秋の風
船よする築嶋寺や秋の風
古里や小寺もありて秋の風
ほし店の鬼灯吹くや秋の風
陵をめぐりて吹きぬ秋の風
水草の花まだ白し秋の風
身の上や御鬮を引けば秋の風
やぶ入もせぬ迄老いぬ秋の風
藪寺の釣鐘もなし秋の風
山陰や寺吹き暮るゝ秋の風
我死なで君生きもせで秋の風
我死なで汝生きもせで秋の風
秋風が吹くと申すぞ吹かねども
秋風に櫻咲くなり法華經寺
秋風にすこしかなめの赤芽哉
秋風に吹かれて來たか白い鳥
秋風や下界の雲をかきまぜる
秋風や餘所の煙を吹いて來る
生き殘る藪蚊するどし秋の風
歌は古し詩で白河の秋の風
魚市のあとに犬よる秋の風
奥の秋の風に吹かれしも昔なり
お日樣を蟲が喰ひけり秋の風
草の戸やけふ吹きそむる秋の風
草踏めば秋風起る那須の原
首出せば秋風吹くや鼻のさき
黒門や丸の穴より秋の風
五年目に國へ歸れば秋の風
索麺に秋風ふくや小豆嶋
淋しさや嵐のあとの秋の風
椎の樹や力を入れる秋の風
そよそよと入日の面を秋の風
大佛の腹をのぞけば秋の風
誰やらが睨んでござる秋の風
庭十歩秋風吹かぬ隈もなし
人間の屑に吹きけり秋の風
引き裂いた雲のあとなり秋の風
湖の空を吹きけり秋の風
無著天親其外の佛秋の風
山里に大鳥飛ぶや秋の風
讀み返す文の中より秋の風
料理屋の白川侯の秋の風
秋風に撫子白き桔梗哉
秋の風きのふ行脚に出られたり
虚子に俗なし鄰の三味に秋の風
さらばよ君明日はいづこの秋の風
松明に秋風起る洞の闇
旭に向いて空に棹さす秋の風
秋風や通りかゝりし一の谷
秋の風再び薔薇の蕾かな
桐や棕櫚や迫りし庭の秋の風
雲見れば秋の初風吹くさうな
三十六坊一坊殘る秋の風
白川や秋の初風旅の歌
引き殘す松葉牡丹や秋の風
人寐ねて秋の初風吹出しぬ
都まだ秋の初の風暑し
虫干の殘りを吹くや秋の風
秋風ヤ絲瓜ノ花ヲ吹キ落ス
馬の尾に佛性ありや秋の風
人問ハゞマダ生キテ居ル秋ノ風
町川ニボラ釣ル人ヤ秋ノ風
夕顔ノ太リ過ギタリ秋ノ風
鶴一つのして入りけり秋の雲
鶴一羽のして入りけり秋のくも
頭上の岩をめぐるや秋の雲
山の秋の雲徃來す不動尊
秋の雲いよいよ高く登りけり
秋の雲太平洋を走りけり
秋の雲瀧をはなれて山の上
足もとや眼ちらつく秋の雲
秋の雲鳴門の空を渡りけり
低く迷ふ廣野の果の秋の雲
秋の雲湖水の上を渡りけり
秋の雲湖水の空を渡りけり
秋の雲地獄の底へ吹き落す
岩山の木もなし秋の雲もなし
秋の雲湖水の底を渡りけり
朝風や鳥飛び盡す秋の雲
眼下頭上只秋の空秋の雲
夕焼けて日和になりぬ秋の雲
秋さめや薄のやすむ日もありて
月ぬいてさびを見せけり秋の雨
婆々いはく梟なけば秋の雨
松風をおさへてふるや秋の雨
折々はあかりもさして秋の雨
秋雨や大人子供の話し聲
秋雨や顔につめたき頬冠り
秋の雨兩天傘をなぶりけり
ひもじさに紙屑かむや秋の雨
ひるまでも灯のともりけり秋の雨
又一人頬かふり行く秋の雨
眞晝まで日のともりけり秋の雨
眞晝まで燈の殘りけり秋の雨
犬痩せて山門淋し秋の雨
子鴉人を恐れず秋の雨
杉暗く鴉なくなり秋の雨
古沼に鷺も動かず秋の雨
みちのくのはてゞあひけり秋の雨
秋の雨月になる夜のおもしろや
秋の雨闇になる夜の面白や
紫陽花や青にきまりし秋の雨
紫陽花や緑にきまる秋の雨
大木の中を人行く秋の雨
掃溜に鴉鳴くなり秋の雨
老僧の八百屋尋ぬる秋の雨
秋の雨松をいたゞく小山哉
秋雨や色のさめたる緋の袴
秋の雨香爐の烟つひに絶えぬ
秋雨や糠味噌臭ふ佛の間
秋の雨荷物ぬらすな風引くな
西に行きて秋雨多し奈良の京
ひつこめて國旗立てたる秋の雨
秋雨や二人汽車待つ停車場
三島迄駕を雇ひぬ秋の雨
秋雨や鏡は曇る青和幣
秋雨や御鏡曇る青和幣
秋雨や水さびのたまる庭の池
色さめし秋海棠や秋の雨
柴又の茶店出づれば秋の雨
柴又の寺を出つれは秋の雨
追込の小鳥靜まる秋の雨
江漫漫白露星に映ず空明り
さゝやきや折々星の笑ひ聲
星に貸す赤褌もなかりけり
白露や原一ぱいの星月夜
月蝕のけふにこそ見れ星月夜
行く秋の闇にもならず星月夜
鎌倉は井あり梅あり星月夜
洪水の勢ひや空は星月夜
押しあふてこぼるゝ空や星月夜
此頃や樫の梢の星月夜
禪寺の門を出づれば星月夜
苫一重外は渺々として星月夜
近江路や瀬田迄來ても星月夜
大佛か眞黒なるは星月夜
ちよぼちよぼと黒きは村か星月夜
戸口迄送つて出れば星月夜
星月夜原の一本杉高し
三井寺や湖水の上の星月夜
赤き灯の高く見えけり星月夜
犬吠ゆる里は麓に星月夜
犬吠ゆる麓は低し星月夜
木に倚れば枝葉まばらに星月夜
木に倚れは木の葉まばらに星月夜
首出すや夜舟の窓の星月夜
三尺の庭へ出て見つ星月夜
青樓のともし火赤し星月夜
寺高し窓をあくれば星月夜
ともし火の一つも見えず星月夜
何もなき畠をありく星月夜
古庭に白菊白し星月夜
星月夜一つも星の飛ばぬかな
星月夜ひとり五階に寐る夜哉
星月夜ひとり五階の上に寐る
星月夜星を見に行く岡の茶屋
萬燈の過ぎ行くあとを星月夜
横町や萬燈は過きて星月夜
舟過る水の光や星月夜
柁取に海の名問ふや星月夜
大佛の眼光るや星月夜
鶴の羽をこほるゝ露や星月夜
片端ハ山から出るや天の河
片端は山にかゝるや天の川
片端ハ山にすゑるや天の河
片端ハ山にやすめて天の河
原中や野菊に暮れて天の川
天の川淺瀬と見ゆる處もあり
天の川よしきの上を流れけり
天の川凌雲閣にもたれけり
伊豆まては落ちず消へけり天の河
後家夜更けて烟草吹きつける天の川
鐵橋や横すぢかひに天の川
ふしの根に行あたりたる天の川
天の川高燈籠にかゝりけり
家もなし水滔々として天の川
桑名から宮や三里の天の川
桑名から宮や七里の天の河
すゝしさや臍の眞上の天の川
七夕や犬も見あぐる天の川
ぢりぢりとねぢれて近し天の河
目をくばる空の廣さよ天の河
宿もなき旅の夜更けぬ天の川
山こすや左にうけて天の河
山の温泉や裸の上の天の川
天の川落ちて消えけり海の果
天の川敵陣下に見ゆる哉
天の川野牛の角にかゝりけり
ところところ野營張るなり天の川
船に寐て我に竝ぶや天の川
天の川海の南へ流れけり
天の川濱名の橋の十文字
天の川渡らば二匹牛と牛
楫を絶えて舟に見る夜の天の川
白露や芋の葉末の天の川
白露や芋の畠の天の川
絶頂や銀河さゝへる劍嵒
峠より平らに落ちぬ天の川
竹藪や簀子に落つる天の川
七夕の足なと見えよ天の川
晴れたとて此大水の天の川
仰向けにわれ嘯けば天の川
天の川天の橋立ほのほのや
天の川すこしねぢれて星が飛ぶ
天の川山なき國の眞上かな
海原や空を離るゝ天の川
川上は東と見えて天の川
北國の庇は長し天の川
三尺の幅とこそ見れ天の川
膳所越えて湖水に落ちぬ天の川
立てかけし杉の丸太や天の川
菜畑や小村にかゝる天の川
野の空やものを離れて天の川
一里の灯消えて天の川
星の座やゆふべのまゝの天の川
巻き落す浪のかしらの天の川
巻き落す浪のかしらや天の川
見あぐるや竹の中より天の川
行き行きて左になりぬ天の川
夜半過ぎて銀河傾く庭の竹
あくびする口に落ちけり天の川
天の川一本杉をはつれけり
天の川二條の空の夜寒しや
桐の葉の露はらはらと天の川
壇を築き物祭る灯や天の川
野の中や道曲りたる天の川
野の道の曲りたるを行天の川
複道や銀河に近き灯の通ひ
薄曇る空の濁りや天の川
糠星の飛びも盡さす天の川
夜涼如水天ノ川邊ノ星一ツ
虚無僧の深あみ笠や盆の月
盆の月團子の數も見えてけり
盆の月亡者の歸る鉦の音
盆の月亡者の歸る軒端哉
禰宜殿や門を出づれば盆の月
盆の月佛くさくもなかりけり
あの枝に見しこの枝に松の月
浮き世いかに人に戀やみ花に月
浮世より外のうき世や水と月
木の間もる月青し杉十五丈
くたけては海一めんや月の影
此波は須磨へつゞくか三津の月
捨てられて見たし浮世の外の月
月影の湖に舟なし風の音
月高く湖廣し窓の中
月高し窓より下に近江富士
月の影湖一面に碎けたり
月一つ湖水に塵もなかりけり
月一つ瀬田から膳所へ流れけり
見あぐるや湖水の上の月一つ
湖やともし火消えて月一ツ
水に月舟動くと見えざりき
むすふ手にひやりとしむや水の月
むすぶ手やひやりひやりと水の月
秋もはや七日の月のたのもしき
うたたねに月のさしこむ鼾哉
十五夜の月ふり出すや馬の首
旅寐九年故郷の月ぞあり難き
舟一ツ通るや月を碎く音
待つ夜半や月は障子の三段目
窓の繪や月の画がいたる萩すゝき
夜の月や坐禪の膝を松の影
足元をすくふて行くや月の汐
蜑か家や月に戸をさす清見潟
いくつより覺えた名やら月と花
いさり火や月を離れし沖の隅
芋の葉に月のころがる夜露哉
色々の形となるや雲の月
海原や思ひきつたる月の色
骸骨の浮み出るや水の月
かさの露動けは月のこぼれけり
雲に月わざわざはいるにくさ哉
くらからばたゞ暗からで雲の月
月蝕や笠きて出たる白拍子
塩汲の道々月をこぼしけり
尻を出し頭を出すや雲の月
沙濱に打廣げけり月の汐
その日までどこをかけらん月の旅
月影や小窓の外の唐からし
月澄て空に聞ゆるをしかゝな
月と不盡一目一目のこよひ哉
月の蘆薄のなかにそよぎけり
月の影一寸法師も憎からず
月の露吸ふて蟲なく夕哉
月の日やそろそろ暗き空模樣
月よりも空うつくしきこよひ哉
出かければ頭押へつ月の雲
時は秋月にや老を契られし
墓へ來て見ればさえけり杉の月
箱根路やぬれぬれしたる晝の月
花の都扨又月の田舍哉
晴れ過ぎて月に哀はなかりけり
踏み出ては月に鳴く也萩の鹿
干網の風なまくさし浦の月
松風をはなれて高し秋の月
松原を横にはひ行く月も哉
目にさわるものなし月の隅田河
養老の月を李白にのませはや
破れ笠月にさわりはなかりけり
よひよひに月みちたらぬ思ひ哉
雨少し月はれて山すさましき
石山や駒のりすてし月の門
海原や松にもつかず秋の月
風吹て月冴わたる木立哉
桂男うぶ聲高し月の秋
雲の間にほのめく月や嶋一つ
廓の月奥の二階のさわぎ哉
黒雲の晴れて見たれば月もなし
この國は日も善い月も善い處
鯉はねて月のさゝ波つくりけり
三人の一人は月をせがひかな
塩汲は去て人なし桶の月
素麺の瀧に李白の月見せよ
月青しくれ行く山の杉木立
月青し杉の木の間の閻魔堂
月暗し河岸は闇路の小提灯
月こぼす水のはしりや竹筵
月さすや留守になつたる燕の巣
月高し秋は八百二の都城
月に閉ぢて窓や書讀む影法師
月滿ちて小豆の飯に芋一串
爪びきの一人更けたり窓の月
罪なくて配所の月とうたひけり
杖を投げて橋となさばや水の月
日西に晴れ月は東に曇りけり
琵琶冴て蝉丸月を聞く夜哉
梟の眼玉も見えず杉の月
葡萄の美酒夜光の杯や唐の月
ふたまたに月の流るゝ野川哉
書よむや燈にとざす月の窓
松風や月の障子に法の影
水の月杖ふりあげて打たんとす
山高く月小にして人舟にあり
樂書の佛と見えぬ法の月
犬吠えて月傾きぬ天王寺
芋阪も團子も月のゆかりかな
薄月も更けぬ御格子參らせよ
大海原月眞丸に浮ひけり
祇王寺の月に何泣く經罷めて
城跡や月に黒きは何の糞
杉暗し月にこぼるゝ井戸の水
月千里馬上に小手をかざしけり
月高く樹にあり下は水の音
月の根岸闇の谷中や別れ道
月の舟鋸山の齒の上に
月更けてさゝ波つくる魚もなし
月更けて東坡の舟の流れけり
月や今かゝれり松の第三枝
野に山に進むや月の三萬騎
砲やんで月腥し山の上
橋に倚れば月に流るゝ舟一つ
船沈みてあら波月を碎くかな
星もなし月は長月十四日
山姥や月戀ふ山の山めぐり
空城や人なき月に汐の音
藍色の海の上なり須磨の月
家孤なり月落ちかゝる草の上
觀念の月晴れにけり我一人
更科や月に落合ふ僧二人
精進のこよひに落ちて月の客
社壇百級秋の月へと上る人
月暗し一筋白き海の上
月芒拂子線香禪坊主
月高し登りつめたる山の上
月に問へ東坡いづくにか去りしと
月の座や人さまさまの影法師
月眞丸船のへさきに上りけり
鶴鳴いて月の都を思ふかな
橋の月誰人柱泣く夜かな
はつきりと月現れぬ寺の上
日と月の睨みあひけり西東
笛の音に月落ちかゝる砦哉
渺々と沙漠のはてや月一つ
武藏野や大きく出たる晝の月
武藏野や大きく殘る晝の月
山既に月吐くべきけしき哉
夕榮やだまつて出たる峰の月
荒和布くふてつれつれを泣く嶋の月
青空やひろひろとして月一つ
うかうかと藪陰行けば月の露
雨氣濛濛月薄く森靜かなり
雨後の月するどき雲のかすめけり
薄雲は月のうしろを通りけり
薄月や人の影さす遣戸口
鐘を撞く坊主見えけり杉の月
歸り路は話に更けて月もなし
甲板に異國の月ともなかりけり
君が來る月の小道を見てやらん
洪水多き年を二夜の月晴れたり
棊僧棊を打ち詩僧詩を吟ず月
山河古りていくさの跡の月凄し
村會に月のさしこむ役場哉
瀧の月散るや毛穴に風起る
立ち聞くや琵琶の祕曲を門の月
立てかけし杉の丸太や市の月
月ある夜鋸山に登りけり
月落つる阜頭場の外の果もなし
月さすや几帳の上の眉許り
月に來よと只さりげなく書き送る
月一つ我舟ゆらりゆらり行く
月滿円鼾絶えてこゝに二百年
日蝕に朔日の月そ見られける
日蝕に滿月の裏ぞ見られける
墓原や月に詩うたふ聲聞ゆ
引網や渚の月に雑魚分つ
日と月とかさなりあふて晝暗し
病牀に八日の月を見得たり
貧に誇る我に月の如き寶珠あり
武藏野や月大空のたゞ中に
山陰や月さす水の底暗し
山の池月取る猿も來ざりけり
吾に爵位なし月中の桂手折るべく
岡の邊や鳥飛んで月見えかゝる
岩崎のうしろを通る塀の月
岩崎の横町淋しき塀の月
かしの月誠がましき契哉
過去の月は沒し未來の月は出でず
檄を艸し終りて月の江に嘯く
鮭と鯡と故郷語る武庫の月
更科や旅人見ゆる十日月
酒保閉て灯戸を漏る城の月
書に見ゆる長者が跡や草の月
書に見ゆる長者の跡や草の月
翠帳にさしたる月や畑の上
誰やらの後姿や廓の月
月一輪星無數空緑なり
月天心笛吹て阪を上りけり
手のものを取落しけり水の月
半月に狼吼えて雲けはし
半月や狼吼えて雲かゝる
半月や狼吼えて雲けはし
人の庭のものとはなりぬ月の松
目の下に月の唐崎堅田かな
淀にそゝぐ發句のあまり月の鯉
女窓に泣き夫馬上に思ふ月
崖上る月の歩みや夜は靜
鎌倉や畠の上の月一つ
汽車に馴れて濱名の月を眠りけり
木の蔭に酒飲んで居る月の人
酒載せて月にたゝよふ小舟哉
山すだまに木魅答へて杉の月
石塔に月漏る杉の小道哉
たはれ男の琴の音すなり門の月
月さすや碁を打つ人のうしろ迄
月の雲木の葉動かぬ雨氣哉
月の琵琶壁のやもりも出でゝ聽け
月更くる庭の小草や酒の露
月見ゆる瀧見ゆる宿をえらびけり
ところところ月漏る森の小道哉
長刀の影も更けたり橋の月
野の中や只一本の杉の月
乘物を舁きこむ月の野寺哉
葉隱れの月の光や粉碎す
人しばし月に餘念もなかりけり
琵琶一曲月は鴨居に隠れけり
琵琶冴ゆや桂の花の散る匂ひ
笛の音や遠くに見ゆる月の人
船を出て月に散歩す遊女町
松陰や月待つ人の話聲
見送るや醉のさめたる舟の月
名物や月の根岸の串團子
森にそふて葉隠れ月の小道哉
山寺や松ばかりなる庭の月
闇百里ぽつちり赤き月の端
雨雲の月をかすめし踊哉
禪堂や月さし入るゝ甃
俳諧の西の奉行や月の秋
笛賣の笛吹く月の夜店哉
月の秋興津の借家尋ねけり
龍となり虎となり月の雲一片
イモウトノ歸リ遲サヨ五日月
海原や何の苦もなく上る月
月か出て先は落つくこゝろかな
月の出て先は落ちつくこゝろかな
木の枝を傳ふてはやし出る月
月の出やまだ坂下は眞のやみ
我宿にはいりさう也昇る月
我宿の欄干に月上りけり
月出んとして鳴り立つる海の音
月の出にもはや間もなし入日影
月の出を取りに往かうよ東山
月の出を松の雫に聞けとこそ
やすやすと生るゝ月や九十九里
進め進め角一聲月上りけり
小式部が月今出でぬと啓しけり
するすると月昇りけり海の上
月出でゝ波靜まりぬ伊豆の海
月出るや紀伊と和泉の堺より
月昇る紀伊と和泉の堺より
月上る大佛殿の足場かな
廿日過の月は出でけり松の北
廿日過の月は出でたり松の北
山既に月を吐くべきけしき哉
山丸く大きな月の出でにけり
讀みさして月が出るなり須磨の卷
うしろより月升りけり庭の竹
嘯けば月あらはるゝ山の上
旅人や月出て急ぐ瀬田の橋
月出んとしてさらさらと竹の音
月森を出るや上野の九時の鐘
橋杭に大きな月の出たりけり
もの凄き月上りけり背戸の山
崖上に鹿立ち崖下に月升る
琴取つて彈ずれば月山を出づ
琴を取つて彈ずれば月山を出づ
月上る燒野に物の黒き立つ
月白も無くて月出る野末哉
月の出を斯う見よと坊は建てたらん
月の出をのゝしる聲や岡の上
月の出をのゝしる聲や崖の人
靜かさや月白上る森の上
月白や四五本竝ぶ岡の松
月白や闇ちらちらと波がしら
紅葉から二町はなれて夕月夜
夕月のやゝふくれけり七八日
夕月に萩ある門を叩きけり
夕月や笠きて歸る渡し守
夕月や何やら跳る海の面
夕月夜萩ある門を叩きけり
宵月やふすまにならぶ影法師
淋しさや雁も渡らぬ夕月夜
馬子遲し兒待つ門の夕月夜
夕月に深田の蛙聲悲し
夕月は餘りに長し瀬田の橋
夕月は落ちて灯を吹く夜風哉
夕月や車のりこむ大曲り
夕月やけふる港のかゝり船
竹椽にこほろぎ飛ぶや夕月夜
夕月をうしろに入れて杉の森
夕月や上に城ある崖の下
夕月や松影落つる坐禪堂
夕月や怒濤岩をうつて女立つ
夕月や又此宿も酒わろし
夕月や蜈蚣這ひ出る庵の壁
夕月や蜈蚣這ひ居る庵の壁
夕月や藻に腹かへす桶の鮒
夕月や内陣に人の籠る音
宵月夜狐は化る支度哉
瓜小屋にひとり肌ぬぐ月夜哉
月の夜やくしやみあくびで歸る客
ある月夜路通惟然に語るらく
ある月夜惟然路通に語るらく
飼ひ鶴の行きつ戻りつ月夜哉
くる蟲のみな鳴きたつる月夜哉
子をつれて犬の出あるく月夜哉
皀莢の風にからめく月夜哉
石菖に雫の白し初月夜
誰やらがかなしといひし月夜哉
とりまいて鹿なき立つる月夜哉
花娵の臼をころがす月夜哉
閉門の御簾吹きかへす月夜哉
松一ツ一ツ影もつ月夜哉
舞ふふくべ躍るふくべや薄月夜
眞帆片帆瀬戸に重なる月夜哉
見直せは冨士ひとり白し初月夜
ある夜月あきらかに龍の躍りかな
稻妻の雲をはなれぬ月夜哉
牛歸る田中の杜の月夜かな
覺束な卯の花垣の薄月夜
大門を出でて隅田の月夜哉
風吹てさゝ波ひかる月夜哉
琴の音のなくて淋しき月夜哉
行きくれて大根畑の月夜哉
鎧着て衆徒のならびし月夜哉
一行に画かきもまじる月夜かな
海更けて九日頃の月夜かな
大船のどこに中鳴く月夜哉
から駕の岨道戻る月夜かな
松影の障子這ひ行く月夜哉
礎を尋ねてまはる月夜哉
下駄の音外は月夜と覺えたり
鯉はねて池の面暗き月夜哉
須磨の海の西に流れて月夜哉
寺々に秋行く奈良の月夜かな
本陣の門靜かなる薄月夜
溝川の泥鰌泡ふく月夜哉
藁葺の家に宿借る月夜哉
裏山の茶畠ありく月夜かな
妙法も阿彌陀も照せ南無月夜
川上は花火にうとき月夜哉
莊院に棒を教ふる月夜哉
千本の帆柱動く月夜かな
千本の帆柱ゆれる月夜哉
海樓に別を惜む月夜哉
汽車の窓にさしこむ須磨の月夜哉
碁にまけて厠に行けば月夜哉
棧橋に別を惜む月夜哉
稻妻の遠くに光る月夜かな
莊院に棒つかひ居る月夜かな
薄より萱より細し二日月
あら波や二日の月を捲いて去る
月ならば二日の月とあきらめよ
武藏野や鳥啼いて二日月細し
行燈のとゞかぬ松や三日の月
空あひのはつきり暮れて三日の月
竝松はまばらまばらや三日の月
はつとちる千鳥にあとや三日の月
はつとちる千鳥は遠し三日の月
はつとちる千鳥は見えず三日の月
ふじ一つくれ殘りけり三日の月
三日月はたゞ明月のつぼみ哉
むら千鳥二ツにわれて三日の月
傘の端に三日月かゝる晴間哉
かはほりや三日月つゝく竿の先
見あげたる蝙蝠消て三日の月
三日月の悲しく消る不盡の山
象潟や山低うして三日の月
はたごやの思はぬ窓よ三日の月
吹き入れて尾花に暗し三日の月
三日月やはつれはつれの水車
むさしのや細く涼しき三日の月
妙義峨々と聳えて三日の月細し
大波を打ちかぶせけり三日の月
烏寐て木の間に細し三日の月
大木の低き枝なし三日の月
猪牙舟の忽ち遠し三日の月
波のほの三日月消ゆる嵐かな
夕虹やきらりきらりと三日の月
夕栄やきらりきらりと三日の月
夕燒やきらりきらりと三日の月
山寺や足下雲晴れて三日の月
大船の帆を落しけり三日の月
小娘の萩に隱れて三日の月
城壁の崩れしところ三日の月
所化二人鐘撞きならふ三日の月
空晴れて三日月寒し樫の上
日蝕の三日月程に殘りけり
三日月にちらりと物の落ちにけり
夕凪や三日月見ゆる船の窓
どの松にかけてながめんあすの月
かげることなき世に見るやけふの月
日は西におしこまれけりけふの月
雨に寐て夢にはれけり今日の月
雨に寐て梦にはれたりけふの月
海原にどこ行く雁そけふの月
江の嶋ハ龜になりけりけふの月
江の嶋は龜になれなれけふの月
恐ろしき灘から出たりけふの月
大空の眞ツたゞ中やけふの月
傘張の願ひも同じけふの月
鎌倉に波のよる見ゆけふの月
北窓へさゝぬばかりそけふの月
黒雲やわれめわれめのけふの月
傾城に歌よむはなしけふの月
けふの月人を寐かして晴れにけり
けふの月三日月にして二つ出よ
西行はどこで歌よむけふの月
玉になる石もあるらんけふの月
陣笠に鶴の紋ありけふの月
とうつとうつと靜まれ雲よけふの月
どの松にかけてながめんけふの月
松を隅に一天晴れたりけふの月
琉球も蝦夷もはれたりけふの月
あすの月きのふの月の中にけふ
ありく丈の庭は持ちけりけふの月
ありく程の庭は持ちけりけふの月
いが栗のはぢける音やけふの月
一寸の草に影ありけふの月
鼾する門叩かばや今日の月
芋女團子男をけふの月
浮草に泥鰌も浮きぬけふの月
鐘つかば唐へひゞかんけふの月
けふの月見るや箱根に腰かけて
更科の人家は寐たりけふの月
月こよひ肴は三五十五文
月こよひ山より海をながめけり
なまじひに降りも出ださぬ今宵哉
はたごやのすゝけ行燈やけふの月
花よめの恥かしがるやけふの月
晩鐘の聲の上よりけふの月
賓頭留の目鼻もなしにけふの月
梟は果報な鳥よけふの月
松嶋を目に浮べ見んけふの月
都にはともしの山やけふの月
病む人の思ひをくもるけふの月
雪の富士花の芳野もけふの月
我戀は闇を尋ぬるこよひ哉
韓に見よ日本を出づる今日の月
今日の月きのひゅの月となかめけり
今日の月櫻が下に餅を煮る
薪賣て干魚にかへん今日の月
新立や橋の下よりけふの月
空に滿つる露の中よりけふの月
漫々たる海のはてよりけふの月
芋阪の團子屋寐たりけふの月
總門は錠のさゝれて今日の月
名月の出るやゆらめく花薄
明月や山から見れは三千里
明月は瀬田から膳所へ流れけり
明月や勢田から膳所へ流れ行く
名月や湖水の中に舟一つ
名月や角田川原に吾一人
名月やともし火白く犬黒し
名月や美人の顏の片あかり
名月や我舟一ツ湖の中
名月に三平殿の齒糞哉
明月はこよひなりけりくもるとも
名月や白魚店のあとやこゝ
名月や叩かば散らん萩の門
名月や松に音ある一軒家
名月に後むいたるかゝしかな
名月にうなつきあふや稻の花
明月に波の音見るゑくぼ哉
名月に白砂玉とも見ゆるかな
名月に鐚錢ひろふ小供かな
名月に馬子と漁師の出合哉
名月のうしろに高し箱根山
明月の思ひきつたる光かな
名月のこよひに死ぬる秋の蚊か
名月の空に江嶋の琵琶聞ん
明月の露にぬれたり淡路嶋
明月の中に何やら踊りけり
名月の一夜に肥ゆる鱸哉
名月の一夜に萩の老にけり
名月の道に茶碗のかげ白し
名月はどこでながめん草枕
名月へかゝれば遲し雲の脚
名月も心盡しの雲間哉
名月や芋ぬすませる罪深し
名月や伊豫の松山一萬戸
名月や鰯もうかぶ海の上
名月やうしろへまはる風の聲
名月やうしろむいたる石佛
名月や生れ落ちての薦被り
名月や大海原は塵もなし
明月や面白さうな波の音
明月や思ふところに捨小舟
名月や菊の御紋の丸瓦
名月や小磯は砂のよい處
名月や小牛のやうな沖の岩
名月や汐に追はるゝ磯傳ひ
名月や知らずにはいる人の背戸
名月やすたすたありく芋畑
明月やすつでのことで寐る處
明月や背中合せの松のあひ
名月やそこらに雲のすきもなし
名月やそりやこそ雲の大かたまり
名月や竹も光明かくや姫
名月や田毎に月の五六十
名月や谷の底なる話し聲
名月や誰やらありく浪の際
名月や露こしらへる芋の上
名月や鶴ののつたる捨小船
名月やどちらを見ても松許り
名月やどの松見ても松見ても
明月やとびはなれたる星一ツ
名月や何やらうたふ海士か家
名月や何やら踊る海の面
名月や何をせむしの物思ひ
名月や彷彿としてつくは山
名月や人の命の五十年
名月や晝より廣き相模灘
名月や不二を目かけて鳥一羽
名月や不二をめくつて虫の聲
名月や松にわるいといふはなし
名月や松を離れて風の聲
名月や眞向に立ちし鹿の形
名月や雌浪雄浪の打ち合せ
名月や雌松雄松の間より
名月やもう一いきで雲の外
明月や山かけのぼる白うさぎ
名月や闇をだきこむ松一ツ
名月や闇をはひ出る虫の聲
名月や横へいざらば雲もなし
明月や雄浪雌浪の打ち合せ
名月や雄波雌波の打ちがひ
明月を邪魔せぬ松のくねり哉
名月を山でやほめん野でや見ん
我宿の名月芋の露にあり
酒も汁も膳は名月だらけ哉
年とはゞ名月の數をこたへばや
はたごやの名月雨戸しめられぬ
名月に行燈の影のうつりけり
名月に思ふことあり我一人
名月に茶を飲む家を尋ねばや
名月に貧女がつゞれのふしま哉
名月の雨に酒のむ一人かな
名月のきのふになりて晴れにけり
名月の小雨となつてしまひけり
名月の障子をとほす光哉
名月の絶えずこぼるゝ筧哉
名月のふけて外行く小唄哉
名月の闇や都の電氣燈
名月は晴れて眠たきさかり哉
名月はまだ山寺の蚊遣哉
名月も共に抱きこむ萩の花
名月やあからさまなる局口
名月やあはれ一こゑの杜宇
名月や雨戸のすきの面白き
名月や牛一匹を闇にして
名月や上野は庵の歸り道
名月や大路小路の京の人
お名月や雲かくるべき隈もなし
名月や櫻の影はものいやし
名月や仙人掌上の玉芙蓉
名月や莨の煙立ち竝ぶ
名月や納屋のうしろに人の影
名月や馬子唄歸る松繩手
名月や都大路の馬車
名月や山を下り來るから車
名月や闇のかた行く醫者の駕
名月や連判状の血のにじみ
名月やわれは根岸の四疊半
名月をこぼす雫や車井戸
名月に白粉くさき伽藍かな
名月の大きく出たり海の上
名月の大きく出たり屋根の上
名月のこよひに迫る曇り哉
名月の汐に流され淡路まで
名月の波に浮ぶや大八洲
名月やうかれ出でたる捨小舟
名月や海遠く舟空に在り
名月や白き鳥飛ぶ海の上
名月や小便すべき隈もなし
名月や大佛の影山の如し
名月や人うづくまる石の上
名月や廻りて見する風車
名月や廻りて見せる水車
名月や藪の中行く人の影
名月やわれにどぶろく五合あり
歸るさや此名月に烏啼く
無雜作に名月出たる畠かな
名月の山をはなれて山もなし
名月や雲一ちぎれ二ちぎれ
名月や簀子に竝ふ僧の影
名月や千石船の人だかり
名月や寺の二階の瓦頭口
名月や鷄鳴いて靜かなり
名月や半分出かゝる海の上
名月や半分出たる海の上
名月や半分出たる屋根の上
名月や山にのぼれば山の雲
名月や夜明の鐘をつく時は
これ程の名月見たるばかりにて
月見にと門を出づれば月既に
天上に名月ならぬ夜もあらじ
明月と我との中を風が吹く
名月の傾かんともせざりけり
名月のこよひ聞かばや鉢叩
名月の心中と世にうたはれん
名月の芒の穗迄上りけり
名月の眞向に立つや崖の上
名月や白馬の殿御野から來る
名月や笛になるべき竹伐らん
名月やます穗の芒風もなし
名月やわが畑の芋畑の豆
夕飯や明月上る膳の上
明月に飛び行く雲の行方哉
明月の波の中より上りけり
名月の盗人どこにひそむらん
明月は障子の外や蟲と鐘
名月や野に面す樓の謠會
吾病て名月晴し恨かな
我病んで名月晴れし恨哉
名月に飛び去る雲の行方哉
明月の今年は遲き芒哉
名月や隣の琴に笛吹かん
明月やともし火見えて遠き森
明月や灯の無き町を通りけり
明月や樅の木高き塀の内
木犀の香や名月は曇りけり
明月ノ豆盗人ヲ照シケリ
明月ヤ枝豆ノ林酒ノ池
大磯へまで來てこよひ月もなし
傘の端のほのかに白し雨の月
月の夜をふつてしまうて闇夜哉
あまつさへ我家はもりぬ月の雨
傘の端に月は出てけり宵の雨
犬吠えて上野の森の月もなし
家四五軒石狩の野の月もなし
其月は雨がかくして名のこよひ
月もなし円通堂の歌の會
月も見えず大きな波の立つことよ
雨多き秋や月見も雨にして
雨多き年や月見も雨にして
句を案す蒲團の中や月の雨
月の雨團子を喰ふて將棊哉
月の雨天氣豫報のあたりけり
名月も十六夜も皆雨にして
十三四五六七夜月ナカリケリ
あけの月辷りこんたりまつち山
山の端に輕うのせけりあけの月
有明の四條を渡る白拍子
有明の月靜かなり最上河
有明の落ちて周防の山遠し
有明に鬼と狐の別哉
いざよひといふまで寐たる月見哉
いざよひの闇とゞかずよ不二の山
不知よひの闇のせてたつ鴫の聲
十六夜の闇をつなぐや野守の火
十六夜や海にはたらぬほどのやみ
十六夜の山はかはるや月の道
十六夜の闇の底なり莊園寺
十六夜は待宵程に晴にけり
十六夜や出て後何の事もなし
十六夜や尾上の鹿に月のさす
十六夜は知らぬ方にて茶漬哉
社を出れば十六宵の月上りけり
それ丸や十六宵の闇を飛びめぐる
又晴れて十六夜をたゞまうけ物
十六夜や月におくるゝ迎ひ船
十六夜や又酒のみの言ひ草に
月二夜三夜さめにはや曇りけり
月円し名は十六夜とかはりけり
立待やうしろむいたる其ひまに
待宵に月見る處定めけり
待宵の晴れ過ぎて扨あした哉
待宵や出しぬかれたる月のてり
待宵や夕餉の膳に松の月
待宵のくもらばくもれ箱根山
待宵の猶たのもしや月の缺
待宵の猶たのもしや月の出
待宵や降ても晴ても面白き
待宵をなどてや人の狂はざる
待宵をにくらし誰の高鼾
辻君の辻に立待月夜かな
待宵や十日の雨は晴れにけり
待宵を見たりあしたはなくもがな
立待の闇の話や五六人
月待つや去年をとゝしの月を話す
月を待つ闇たのもしき野の廣さ
宵闇や野風吹くる草の音
宵闇や灯二つ見ゆる三河島
秋老て九月の月の皺寒し
年もはや六十の月の名殘哉
日本の都に住んで十三夜
酒盛らん月なくも夜は十三夜
汽車の月後にて聞けば十三夜
繰りあぐる滿月會や十三夜
たなびくは芋屋の煙后の月
こんぱすのつかひつらいや後の月
砥部燒の茶碗ひづむや後の月
晴れすきて白みづきたる后の月
冷酒を飲み過しけり後の月
丸池に少しかどあり後の月
明方のわつかの闇や後の月
更科はやゝ物すごし後の月
葉まばらに柚子あらはるゝ後の月
后の月足柄山で明けにけり
我國に日蓮ありて後の月
風空を吹き松地に印す後の月
後の月薄の白髪けづりあへず
後の月つくねんとして庵にあり
晴れ過ぎて風になりけり後の月
世の人に忘れられけり後の月
われ今年はじめて見たり後の月
仲秋の韻を疊むや後の月
朝霧の中に九段のともし哉
遠方のともし動かず霧の中
朝霧の晴れかゝりけり塔のさき
朝霧の晴れぬ塔より見えそめて
いつの間に舟やそろひけん霧晴れて
いつの間に舟やそろひけん霧の下
いつの間に舟やそろひし霧晴れて
歌はかりきりにかくれぬ筏かな
風吹や霧の中なる帆かけ舟
霧にあけ煙にくるや墨田川
霧にあけ煙にくるゝ墨田哉
霧の中風も吹くかや帆かけ舟
霧わけてこくも力か渡守
霧わけてこくも力や渡守
霧を出て又きりに入る小ふね哉
こき行きて霧にものるや渡し舟
こき行けは霧にうきけり渡し舟
見る内に不盡のはれけり朝の霧
見る内に不盡ははれけり朝の霧
朝霧の富士を尊とく見する哉
朝霧はおのころ島の姿かな
朝霧や馬いばひあふつゞら折
朝霧や女と見えてたびの笠
樵夫二人だまつて霧を現はるゝ
塔一ツ霧より上に晴れにけり
紅葉出て落ちこむ瀧や霧の中
破れ窓や霧吹き入るゝ不二颪
小原女の歸り路霧になりにけり
曉の霧しづか也中禪寺
朝霧や四十八瀧下り船
朝霧や咫尺山見えず蜑小船
朝霧や杉の木末の園城寺
朝霧や舟かゝり居る裏戸口
朝霧や矢橋へ向ふ舟の數
あれなる霧の中に白きは何にて候ぞ
風吹て霧にまかるゝ伽藍かな
川音や萬馬肅として霧の中
川霧やあらはれわたる牛の數
狐火やあはれに消ゆる霧の朝
霧に立つや蝸牛の角の山二つ
霧晴れて妙義は天を衝かんとす
霧晴れて小原女山を下る見ゆ
瀬の音や霧に明け行く最上川
瀧とぶや霧にもつれて尾上より
吹きおろす霧やもつるゝ牛の角
帆柱や霧に淡路の嶋もなし
夕霧のひかるむしろや芝居小屋
朝霧の雫するなり大師堂
朝霧や旗翻す三萬騎
朝霧やもつれてめぐる塔の尖
足もとや霧晴れて京の町見ゆる
安房の海や霧に灯ともす漁船
風車霧を吹きまく音すなり
鐘撞くや霧吹きかくる僧の顔
霧雨やほつかり明くる辻行燈
霧晴れて大旗小旗翻る
霧晴れて山は十歩の内にあり
霧深き足柄山の荷汽車哉
くさび打つ音の高さよ霧の中
廻廊や霧吹きめぐる嚴嶋
茶屋あらはに灯火立つや霧の中
ともし火や霧に竝ひし村百戸
盆の如き朝日のぼりぬ霧の中
朝霧や海を限りし伊豫の鼻
朝霧やもろこし船の何さわぐ
かけ橋や霧の底行く水の音
かけ橋や霧の底より水の音
消えかねて朝月濡るゝ霧の中
清水の屋根あらはれぬ霧の中
霧晴れて雲飛ぶ山の凹み哉
霧間よりあらおびたゞしの兵船や
心細し我舩遲き海の霧
心細し我船遲き灘の霧
先陣は霧に中陣後陣哉
中天に竝ぶ岩あり霧の奥
ところところ竹藪青し霧の中
鳥消えて舟あらはるゝ霧の中
見ゆるべきお鼻も霧の十八里
村も見えず竹藪青し霧の中
屋の棟や草にからまる朝の霧
山陰や霧に濡れたる村一つ
山樫に朝霧かゝる峠かな
山里や米つく音の霧の中
山本や日のさす霧を出る鴉
山々や霧吹きおろす奈良の町
朝霧の九輪兀として鴉かな
朝霧や起きて飯たく弟子大工
朝霧や船頭うたふ最上川
朝霧や一人火を焚く普請小屋
川霧や鳥群れて飛ぶ舟の上
霧晴るゝ田の面や鷺に旭のあたる
霧晴れて葱に露のたまりけり
霧晴れて檐のしのぶの雫かな
霧深く門鎖しけり無住寺
戸明くるや霧に起きたる屋敷守
旅籠屋や霧晴れて窓に山近し
旅籠屋や霧晴て窓に不二近し
北海や日蝕見えず晝の霧
山陰や朝霧かゝる庭の竹
山霧の奥も知られず鳥の聲
喇叭吹けば霧晴れて朝の星一つ
我船や夜明けて霧に流れ居る
朝霧の比枝を出て京に廣がりぬ
朝霧や團十郎の二三輪
朝立や主從と見えて霧の中
朝立や主從と見えて土手の霧
霧晴れて朝日さす原に人遠し
山陰や霧吹きつけて石佛
夜霧こめて赤き灯見ゆる廓哉
白露のおきあまりてはこぼれけり
日あふきの露をも知らぬ風情かな
射干は露知らぬ葉の姿哉
日あふきハ露をも知らぬ風情かな
舟てくる友もありけり篷の露
夜や更けぬかすかに露の落つる音
お白粉の皿にうけばや花の露
白露のこぼれたあとや塚一つ
月かげを足にこぼすや草の露
まぼろしのいづこに住んで草の露
順禮の夢をひやすや松の露
朝露や馬糞ぬるゝはこね山
稻妻に露のちる間もなかりけり
芋の露ころがる度にわらひけり
芋の露硯の海に湛へけり
芋の露われて半分は落にけり
色々もなくて夜露の白さ哉
影むすぶ雌松雄松の松露哉
風吹て京も露けき夜也けり
からぐろの葉うつりするや露の玉
草の露こぼれてへりもせざりけり
草の戸の一重の外は露深し
火葬場の灰におきけり夜の露
火葬場の灰に置けり露の玉
こぼす露こぼさぬ露や萩と葛
白露の庵の戸あけて物や思ふ
白露のうつくし過ぎて散にけり
白露の上に濁るや天の河
白露の中に重る小鹿哉
白露の中に泣きけり祗王祗女
白露の中にほつかり夜の山
白露やよごれて古き角やぐら
白露を見事にこぼす旭哉
水晶の珠數の玉なり蓮の露
菅笠の裏に通るや夜の露
すてられた扇も露の宿り哉
大佛やかたつら乾く朝の露
魂棚の飯に露おくゆふべ哉
ちりやすき露にふるきはなかりけり
月のさす帆裏に露の通りけり
つぶつぶと丸む力や露の玉
露芋に夕立前の露涼し
露に泣き給ふ姿や市女笠
露の玉小牛の角をはしりけり
露夜毎殺生石をあらひけり
つるつると笠をすへるや露の玉
時頼が露の袈裟ほす焚火哉
仲國がすそごの袴露重し
萩か根や露にぬれたる土の色
一しきり露はらはらの夕哉
灯のちらりちらり通るや露の中
吹きかへす萩の雨戸や露はらはら
ふじは雲露にあけ行く裾野哉
佛像の眼やいれん露の玉
星一ツ飛んで音あり露の原
ほろほろと露の玉ちる夕哉
虫賣や籠の雫は瓜の露
闇の空露すみのぼる光り哉
夕露に灰のつめたき野茶屋哉
宵闇や露に引きずる狐の尾
よもすがら露ちる土の凹みけり
よもすがら露ちる土の凹みかな
猪や一ふりふるふ朝の露
小原女の歸り路露になりにけり
朝市や鯛にかぶさる笹の露
雨ながら露に明け行く野山哉
鬼ひしぐこぶしも露の宿り哉
侍の命も露のもろさ哉
白露に家四五軒の小村哉
新墓に誰の涙そ露の玉
夕風や荵をはしる露の玉
夕露の光るむしろや芝居小屋
蓬生に猶うつくしや露の玉
わらじはく人に置きけり夜の露
雨晴れて朝日の露のこぼるゝよ
生きて歸れ露の命と言乍ら
いたいけに小草露待つ夜明哉
無花菓の葉を流れけり朝の露
からげたる赤腰卷や露時雨
木立暗く堀割濡れて露の音
白露に眼の光る佛かな
白露に眼の玉光る佛かな
白露の三河嶋村灯ちらちら
白露や野營の枕木ぎれ也
大佛の顏をはしるや露の玉
大木や露の細道橋朽ちたり
松明を捨つるや露の煮ゆる音
誰が寐て石に跡ある朝の露
露の須磨霧の明石のともし哉
幅廣き葉を流れけり朝の露
紅皿も露けき頃の泪かな
草鞋はいて木曾路の露につまつくな
曉の骨に露置く燒場哉
朝露の槍の柄つたふ關屋哉
朝露や飯焚く煙草を這ふ
草の戸やひねもす深き苔の露
けさの露ゆふべの雨や屋根の草
柴門孤なり誰が住み捨てし露の庵
白露に濡るゝ不動の火焔かな
白露にぬれし不動の火焔かな
白露や冷えつくしたる捨篝
白露や葎に誰の捨車
千年の露に消えけり足の跡
竹藪の露に濡れたる夜明哉
露けしや朝日の昇る小松原
露けしや過ぎの落葉のつゝら折
露や置く神の灯青くなりけるは
白雲や山分け入れば草の露
旅籠屋の戸口で脱げば笠の露
火ちろちろ誰人寐たる露の中
灯ともすや露のしたゝる石燈籠
佛舎利とこたへて消えよ露の玉
山陰の橋朽ちんとす晝の露
已むなくば見事にはらへ劍の露
蓬生や我頬はしる露の玉
雨晴れて露けき中の煙かな
一升の露をたゝふる小庭かな
馬の尾の露をはね行く野道哉
植木屋の夜店の跡や道の露
顏見えて野武士火を焚く露の中
獵人も犬もぬれたり草の露
狩り暮れてむかばき光る露の玉
草の露馬も夜討の支度かな
草の戸や菓子も烟草も夜の露
草花や露あたゝかに温泉の流れ
草むらや露あたゝかに温泉の流れ
雲の上露の世界を忘るゝな
白露やともし火深く家低し
湯治場や夕露早き山の道
露の玉葉末の細いところかな
露の中に赤き廓のともし哉
露の身ぞ稻妻の世ぞさりながら
ばさばさと夜討過ぎ行く露の中
洞穴や石を流るゝ晝の露
森黒し月夜に光る屋根の露
藁沓や庭に山路の露を印す
草鞋を二足持て行け草の露
大佛も鐘も濡れたり森の露
太刀持の脛の白さよ草の露
鐵砲の露にぬれたる夜襲哉
堀割に露のしたゝる巖かな
草の露夜舟を昇る草履哉
庭に酌むや芋も團子も露の中
一群は庭に話すや草の露
瓶花露をこほす琵琶三両曲
屋根に置く露の光や根岸町
うつくしき抱一か画や銀の露
甲乙の露まとまりて落ちにけり
萱の露断礎敗瓦ところところ
白露や菜畑の中の濡佛
晝の露を追ひ落したる夜の露
庭行くや露ちりかゝる足の甲
病床の我に露ちる思ひあり
不知火やそことも分かす鳴く狐
不知火を闇路にもとす嵐哉
不知火や嵐はれ行く海の果
不知火や闇の三十日の底明り
不知火のしらけて寒き夜明かな
不知火の闇の海原船もなし
雨なくて稻妻うつる水涼し
絶えずしも稻妻うつる水涼し
稻妻にうち消されけり三日の月
稻妻にひらりと桐の一葉哉
稻妻に行きあたりたる闇夜哉
稻妻にふと行きあたる闇夜哉
稻妻に燈籠の火のあばきかな
稻妻の壁つき通す光りかな
稻妻の消て不知火かすか也
稻妻の崩れたあとや夕嵐
稲妻のはなれて遠し電氣燈
稻妻は雫の落る其間かな
稻つまはたとへん物もなかり鳧
稻妻や蜑の子游ぐ浪がしら
いなつまや大海原の波のはて
稻妻や太刀魚はねる浪かしら
稻妻や誰れが頭に碎け行く
いなつまや誰れか頭に砕け散る
稻妻や誰が稽古のくさり鎌
いなつまや難船くだく波かしら
稻妻や何の梦見る兒の顏
いなつまや何を命に火取むし
稻つまや一筋白き棉ばたけ
いなつまや簑蟲のなく闇の闇
いなつまや都を見れど浮世にて
いなつまや妙見堂の鐘の紐
稻妻をふるひおとすや鳴子引
雲の峯崩れた跡や稲光り
稻妻に顏おそろしき念佛哉
稻妻に人見かけたる野道哉
稻妻の勢弱し秋のくれ
稻妻の花さく沖の小嶋哉
稻妻のはらつく海や小豆嶋
稻妻の北極めぐる曇り哉
稻妻や赤猫狂ふ塔の尖
稻妻や生血したゝるつるし熊
稻妻や戌亥の雲のたゞならず
稻妻やうしろ見らるゝ居合拔
稻妻やこほれて落る石佛
稻妻やたえずひらめく一處
稻妻や狸のふぐり牛の角
稻つまや鼻のさきなる嵐山
稻妻や一むれさわぐ女馬
稻妻や塀のくづれの生駒山
稻妻やほつとりとする薄曇り
稻妻や闇に美人の笑ひ聲
稻妻をかまへて御らんじ候な
稻妻をしきりにこぼす夕哉
風吹て稻妻ちらす曇り哉
風吹てちるやほろほろ稻光り
金銀の色よ稻妻西東
大佛の眠りさますや稻光り
稻妻や壁のくづれの生駒山
稻妻や金碧うつる杉の隙
稻妻の海に散る時猶凄し
稻妻に金屏たゝむ夕かな
稻妻に見ゆるかとぞ思ふ海の底
稻妻や石にあたつて折れ返る
稻妻や高燈籠にふりかゝる
稻妻や敵艦遠く迯げて行く
稻妻に水雷艇の行方かな
稻妻にすわやと投げる碇かな
稻妻に松明暗き野道かな
稻妻に誰そ刀拔く原の中
稻妻に誰そや刀拔く原の中
稻妻に紅粉つけて居る遊女哉
稻妻の碎けて青し藪の奥
稻妻や片帆に落す海の上
稻妻や少しへだてゝ二ところ
稻妻や天遠くして外が濱
稻妻や檜ばかりの谷一つ
稻妻や三井から見れば勢田の上
稻妻や横幅廣く折れて出る
稻妻やわれ宙を行く橋の上
稻妻や折々見せる雲の峰
稻妻や折れては殘る雲の中
空城や稻妻落ちて風起る
稻妻に心なぐさむひとやかな
稻つまに刄物を隠す未練かな
稻妻に屏風をかこふ遊女かな
稻妻のあと風になる夕かな
稻妻の蚊帳をすかして茶色也
稻つまのちらと許りも見まいぞや
稻妻や劍を按じて西の方
稻妻や獄門の首我を見る
稻妻や蔀をおろす刀店
稻妻や大福餅をくふ女
稻妻や盥の底の忘れ水
稻妻や波黒く人魚出沒す
稻妻や一聲鳥の夢に鳴く
稻妻や森のすきまに水を見たり
稻妻や森を隔てゝ水を見たり
稻妻を潮に卷きこむ鳴門かな
空城やいなつま落ちて風起る
葬禮に稻妻散るや原の中
四方から稻妻光る小家かな
水晶に稻妻うつる夕かな
竹伐つて稻妻近くなる夜かな
ひかひかと稻妻すなり星ながら
宵闇や稻妻走る西の窓
夜や明けん稻妻白き森のひま
夜や更けん稻妻白き森の隙
稻妻のうしろの方に油斷すな
稻妻のすわといふまもあらはこそ
稻妻の遠くに光る花火哉
竹を伐て稻妻近き夜となりぬ
稻妻の木がくれなりぬ森に入る
稻妻の木隱れなりぬ森の道
稻妻のする時雲の形哉
稻妻のはためく水の映りかな
稻妻のひらめく水の映りかな
稻妻の世を觀すらん大佛
稻妻や足場かけたる倉の間
稻妻や一本杉の右左
稻妻や提灯多き野邊送
稻妻や燈臺番の妻一人
稻妻や飛魚飛んで海暗き
稻妻や廻り燈籠は消えにけり
稻妻や南に晴れし盆の月
稻妻やむら雨過し森の月
稻妻や目を縫はれたる市の鷺
瓦斯燈や稻妻薄き屋根の上
瓦斯燈や稻妻遠き屋根の上
町を出てゝ稻妻廣し森の上
夜更けて稻妻遠くなりにけり
稻妻や惡の心もとゞまらず
朝顔の一りん強しはつあらし
粟の穗の折れも盡さす初嵐
初あらし障子の穴を見付たり
富士川の石あらはなり初嵐
富士沼や小舟かちあふ初あらし
松折れてふしあらはなり初嵐
朝顔の花やぶれけり初嵐
雨なしに吹き出だしけり初嵐
猿の手のちぎれて悲し初嵐
大名の家より吹きぬ初嵐
恙なきや庵の蕣初嵐
鳶の巣の吹き落されぬ初嵐
鷄の塒に小さし初嵐
初嵐鵲の橋崩れけり
初嵐箱根の石のあらはれぬ
初嵐軍艦悠然として來る
初嵐五重の塔に上りけり
初嵐小不二ゆがんて見ゆる哉
初嵐櫓の足場崩れけり
古庭や鼬吹き出す初嵐
一輪の薔薇吹き散りぬ初嵐
須磨寺や月が出て居て初嵐
なかなかに朝顔つよき野分哉
あれ馬のたて髪長き野分哉
岩陰に鹿の落ちあふ野分哉
笠いきて地上をはしる野分哉
傘一ツあつかひかぬる野分哉
から笠につられてありく野分哉
さりげなき野分の跡やふしの山
白浪の車輪にまはる野分かな
人力のほろ吹きちぎる野分哉
杉の木のたわみ見て居る野分哉
捨舟はかたよる海の野わき哉
捨舟の阜頭にかたよる野分哉
旅僧のもたれてあるく野分哉
野分して牛蒡大根のうまさ哉
萩薄思ひ思ひの野分哉
はせを泣き蘇鐵は怒る野分哉
八反帆野分に落すあをり哉
原へ出て目もあけられぬ野分哉
針金に松の木起す野分哉
番傘のほつきと折れし野分哉
吹き付けてふしに消行野分哉
吹きとつて雨さへふらぬ野分哉
蛇落つる高石かけの野分哉
光起が百鬼夜行く野分哉
やせ馬の尾花恐るゝ野分哉
猪の男鹿追ひ行く野分哉
斧たてゝ鎌切りにげる野分かな
あら鷲の吹きかへさるゝ野分哉
行燈を吹き倒したる野分哉
犬吠て野分すべき夜のけしき哉
牛の尾の力はつよき野分哉
鷄頭のしどろになりし野分哉
小鼓の棚より落つる野分哉
鷺つくむ野分のあとの澤邊哉
しづしづと野分のあとの旭かな
嶋一つ痩せて殘りし野分哉
捨鐘の吹きとられたる野分哉
宗鑑の生芋かぢる野分哉
大佛のなひくかと思ふ野分哉
大佛を一夜寐させぬ野分哉
立琴にから鳴絶えぬ野分哉
民の田の見えてものうき野分哉
月清し野分のあとのあれ庇
筑波根の吹きさらされて野分哉
釣鐘を吹き殘したる野分哉
寺あれて釣鐘のこる野分哉
野分して飯くふ人の寒げなり
一つづゝ星吹きちらす野分哉
百姓の足吹きすかす野分哉
星飛んであとは淋しき野分哉
三井寺の釣鐘なびく野分哉
夫婦して雨戸押へる野分哉
ものうさは日の照りながら野分哉
石積んで野分に向ふ車哉
押しつける大竹原の野分哉
大石の山道ふさぐ野分かな
大鳴門野分のあとの靜かなり
すさましや野分の塔のきしる音
大道の人吹きちらす野分かな
電燈や夜の野分の砂ほこり
野分して孔雀の羽の細りかな
野分すなり赤きもの空にひるがへる
芭蕉葉の娑婆と舞ひたる野分かな
人細し野分の朝の大伽藍
三井寺の釣鐘うなる野分哉
粟の穗のくたびれもせぬ野分哉
大粒な星吹きとばす野分哉
雲ちぎれ雲飛び野分雨もふらず
侍の足駄ふんばる野分哉
すごすごと月さし上る野分哉
大佛の鼻息あらき野分哉
大佛の鼻息あらば野分哉
大佛の鼻の穴から野分かな
峠より眞下におろす野分哉
旅人の吹きまくらるゝ野分哉
旅人の吹きまくられる野分哉
釣鐘のそばに寄られぬ野分哉
電信の柱を倒す野分かな
豆腐買ふて裏道戻る野分哉
野分荒れて翠簾に押さるゝ女哉
野分して野の低くなるあした哉
方十町砂糖木畠の野分哉
比良こえて湖水に落す野分哉
吹き返す不二の裾野の野分哉
帆柱の山にもたるゝ野分かな
無住寺に荒れたきまゝの野分哉
山鳥の尾を吹かれたる野分哉
山鳥の尾を吹かれ居る野分哉
鐘つけばぼんときれたる野分哉
黍動く野分の里に灯のともる
銀杏の青葉吹き散る野分哉
草むらに落つる野分の鴉哉
草むらに下りる野分の鴉かな
小石やら雨やら野分顔を撲つ
心細く野分のつのる日暮かな
この野分さらにやむべくもなかりけり
せんつばや野分のあとの花白し
大木の道に倒るゝ野分哉
旅僧の吹き飛ばさるゝ野分哉
野分して上野の鳶の庭に來る
野分の夜書讀む心定まらず
野分吹く雨横さまに筑波より
ばさりばさり芭蕉野分に驚かず
人がやがや土塀を起す野分哉
日の光野分の雲の暮れんとす
晝中や野分はじまる物の音
福山の城を殘して野分哉
塀こけて家あらはなる野分哉
眞黒な雲走り行く野分哉
三日月の吹き取られたる野分哉
宿替の百鬼群れ行く野分哉
路次口を出れば大路の野分哉
起せども野分の芒たわいなき
狂亂の野分ありたき我思ひ
くたびれて野分のあとの草木哉
芒伏し萩折れ野分晴れにけり
泊り舟一夜野分にゆられけり
野分してさすが芒は風の草
野分して飄亭來る夜明哉
野分して向の朝餉垣はなし
野分してもさすが芒は風の草
野分少しやんで鷄鳴く夜明哉
野分晴れて手負の蝶の低く飛ぶ
野分稍やんで鷄聞く夜明哉
野分やんで蝶飛ぶ岡の日和哉
野分やんで飄亭來る夜明哉
亂れ心野分に走り狂ひたく
見に行くや野分のあとの百花園
大家の寐靜まりたる野分哉
鷄頭は二尺に足らぬ野分哉
鷄頭をもらふて植ぬ野分過
飛ぶ鷲の勢盡きし野分哉
竝松の小枝吹き散る野分哉
野分して片枝折れし松の月
野分して蝉の少きあした哉
野分して萩をあはれむ泥まみれ
野分待つ萩のけしきや花遲き
野分やんて萩をあはれむ泥まみれ
花園の垣倒れたる野分哉
吹き足らで雨となる朝の野分哉
闇の夜をめつたやたらの野分哉
老木朽ちて野分恐るゝ借家哉
鷄頭の皆倒れたる野分哉
鷄頭ノマダイトケナキ野分カナ
野分近ク夕顔ノ實ノ太リ哉
夕顔ヤ野分恐ルヽ實ノ太リ
秋しぐれ兎角月には成り易き
秋もはや日和しぐるゝ飯時分
冬瓜や霜ふりかけし秋の色
御白洲や膝つきすゑる秋の霜
山深く通草腐りぬ秋の霜
鷄頭に霜見る秋の名殘哉
もみち葉の色もかわるや秋の空
すさまじき雲の走りや秋の空
澄む時はあくまで澄んで秋の空
海原の上にひろがる秋の空
舞鶴の富士はなれけり秋の空
秋の空物干竿の高さかな
清水や舞臺の上の秋の空
社壇百級秋の空へと登る人
晝中の月宙にあり秋の空
見あぐれば塔の高さよ秋の空
湖の上に置きけり秋の空
秋の空青菜車のつゞきけり
秋の空華巖の瀧の白さかな
秋の空清水流るゝ思ひあり
秋の空露をためたる青さかな
秋の空ますほの薄さはりけり
秋の空凌雲閣に人見ゆる
大水の引て雨なし秋の空
椎の木を伐り倒しけり秋の空
絶頂や頭の上に秋の空
病人のあるき出しけり秋の空
見渡すや只秋の空秋の雲
鵙よりも鳶よりも高し秋の空
井戸堀の星や見るらん秋の空
秋の空伽藍の屋根をありく人
此頃の天氣になりぬ秋の空
絶頂や鳥下を舞ふて秋の空
舟もなき川の廣さや空の秋
あきの海伊與へ流るゝ汐の音
白帆遠し嶋を見こしの秋の海
秋の海名もなき嶋のあらはるゝ
かたよつて白帆行くなり秋の海
夕陽に馬洗ひけり秋の海
ながながと安房の岬や秋の海
つらつらと船ならびけり秋の海
秋の海大舩ばかりかゝりけり
秋の海音頭が瀬戸を流れけり
秋の海鳥飛ぶ方にひろがれり
秋の海舟一艘もなかりけり
大船の秋の海面ゆさぶりぬ
那古寺の椽の下より秋の海
門を出て十歩に秋の海廣し
秋の海渺々として入日哉
秋の海渺々として嶋孤なり
底見えてうろくづ居らす秋の海
秋の海我船近き岩の鳥
大岩の穴より見ゆる秋の海
はつきりと垣根に近し秋の山
秋の山信濃の國はおそろしき
秋の山瀧を殘して紅葉哉
稻つくる奧もありけり秋の山
大方はすゝきなりけり秋の山
笠負ふた僧の歸るや秋の山
雲も皆沈み勝ちなる秋の山
はつきりと行先遠し秋の山
一ひらの雲の行へや秋の山
行先のはつきり遠し秋の山
雨晴れて馬頭に近し秋の山
秋の山王子の上に見ゆる哉
追分や左に遠き秋の山
雲むらむら秋の山高くあらはるゝ
信濃路やどこ迄つゞく秋の山
日の旗や銀座は秋の山かつら
秋の城山は赤松ばかりかな
秋の山五重の塔に竝びけり
秋の山仙人橋の高さかな
秋の山突兀として寺一つ
秋の山中に石鐵山高し
秋の山松鬱として常信寺
秋の山御幸寺と申し天狗住む
雲迷ふ簾の下の秋の山
山門を出て下りけり秋の山
竹の窗南に秋の山近し
七重八重重なりあふて秋の山
七重八重かさなりあひぬ秋の山
野徑曲れり十歩の中に秋の山
道盡きて雲起りけり秋の山
四方秋の山をめぐらす城下哉
四方に秋の山をめぐらす城下哉
秋の山あやしき僧に行き違ふ
秋の山眼下町見えて人馬行く
秋の山雲一片飛んで去る
秋の山中にも金洞と申すは
秋の山檜の苗を植ゑにけり
高樓やわれを取り卷く秋の山
白河や山あつまつて山の秋
石門を五つくゞりて秋の山
鳥飛んで秋の山眼に横はる
人にあひて恐しくなりぬ秋の山
湖をとりまく秋の高嶺哉
森濡れて神鎭まりぬ秋の山
宿かるや枕の上に秋の山
樓に上れば樓をめぐりて秋の山
閑古鳥死んで淋しや秋の山
石門をくゝりぬけたり秋の山
絶頂に城搆へたり秋の山
國境の棒杭立つや秋の山
秋の山北を固めの砦かな
秋の山半腹に本社社務所など
崖に倚る塔や伽藍や秋の山
雲めぐる岩の柱や秋の山
半腹に古き宮あり秋の山
若松の城を圍みて秋の山
そろそろと秋もの凄し角田河
つゝくりと五位の立けり川の秋
蛭痩せぬ秋の野川の水清み
蓼短く秋の小川の溢れたり
面白やどの橋からも秋の不二
身ふるひのつく程清し秋の不二
夕やけや星きらきらと秋の不二
秋不二や異人仰向く馬の上
右も三井左も三井秋の不盡
山はにしき不二獨り雪の朝日かな
山山の錦きたなしふしの山
都出て行けば野山の錦哉
たゝかひのあとを野山の錦かな
野の錦昼の葬礼通りけり
野の錦山の錦は繪の錦
からかさをすほめて通る花野哉
汽車道に堀り殘されて花野哉
閼迦桶にあるじの見えぬ花野哉
から駕籠の近道戻る花野哉
墨染の袖吹きあぐる花野哉
僧一人立ちつくしたる花野哉
其人の名もありさうな花野哉
露にぬれて花野の雀狂ひけり
手をあげて尼の呼びあふ花野哉
神の子の地に低く飛ぶ花野哉
山の上にさては湖あり花野あり
おもしろや小道盡きたる花野原
絶頂の山平らかに花野哉
のぼりつめし山平らかに花野哉
日傘して花野の小女郎誰が小女郎
其中に牧場のある花野哉
行列の松にかゝるや里の秋
山を出てそゞろに悲し里の秋
犬も來て牛につはべる刈田道
一段は刈り殘す田の雀かな
一反は刈り殘す田の雀かな
刈田から何驚いて鳩四五羽
鷄の籠をはなれて刈田哉
三四日見ぬ間に廣き刈田哉
夕陽や刈田に長き鶴の影
ひろびろと日の落ちかゝる刈田哉
大水の刈田は海の如くなり
大佛の夕影長き刈田哉
野社のぽつかりとして刈田哉
野社を中に殘して刈田哉
ところところ菜畠青き刈田哉
ひつじ田や痩せて慈姑の花一つ
にぎやかにくるゝ日もあり庵の秋
花聟に何をくはさん庵の秋
藏澤の竹も久しや庵の秋
もみぢうく水や刀に血のあと
洗ひなは箔やはげなん秋の水
鯉はねたにごり沈むや秋の水
朝な朝な稻妻かくす秋の水
風吹て秋行く水の音寒し
星落ちて霜や浮くらん秋の水
古井戸や金魚ものくふ秋の水
松さびて緋鯉も居らず秋の水
秋冴えたり我れ鯉切らん水の色
秋の水澄みぬ天狗の影もなし
秋の水天狗の鏡澄みにけり
秋の水天狗の影やうつるらん
秋の水泥しづまつて魚もなし
打ちこみし礫沈むや秋の水
打ちこんだ礫沈むや秋の水
此頃や泥龜居らず秋の水
靜かさに礫打ちけり秋の水
石塔の沈めるも見えて秋の水
石塔の沈めるも見えぬ秋の水
底見えて魚見えて秋の水深し
鳴かぬ鳥の飛んで過ぎけり秋の水
投げこんだ礫沈みぬ秋の水
山陰や日あしもさゝず秋の水
秋の水魚住むべくもあらぬ哉
翡翠の來らずなりぬ秋の水
翡翠も來らずなりぬ秋の水
靜かさや日蝕映る秋の水
絶頂や火の脈絶えて秋の水
南泉の猫斬り捨てし秋の水
南泉の猫捨てられつ秋の水
日蝕のうつりてすごし秋の水
日蝕や蓋をして置く秋の水
ゐもり浮て鯉深くひそむ秋の水
秋の水岩白く魚動かざる
君が代や調子のそろふ落水
小山田や一間程の落し水
おもしろや田毎の月の落し水
新田や汐にさしあふ落し水
日燒田や二反はからき落し水
くたびれた音や山田の落水
千町田や夕靜かに落し水
ゆらゆらと廻廊浮くや秋の汐
宮嶋の鳥居平たし秋の汐
日暮るゝや空のはてより秋の汐
初汐やつなぐ處に迷ふ舟
初汐や帆柱ならぶ垣の外
初汐にすれてとびけり鶴一羽
初汐につれていでけり鶴一羽
初汐の空にたゞよふきほい哉
初汐の空にひろがるきほい哉
初汐や御茶の水橋あたりまで
初汐や松に浪こす四十島
初汐の下を流るゝ角田川
初汐や渚をたどる鶴の足
初汐やはかなきものはうつせ貝
初汐や太平洋を檐の下
初汐やどつくにはいる軍船
初汐に松四五本の小島かな
初汐の上に灯ともす小島かな
初汐の海にあふるゝばかりかな
初汐や海ゆりこして草の上
初汐やからくも橋をくゞる船
初汐や千石積の船おろし
初汐や河豚遊び居る阜頭の内
初汐の跡これならし大鳥居
初汐の鯨うくべきけしきかな
初汐の渺々として入日哉
初汐や川に漾ふ薦包
初汐や背戸に漾ふ薦包
初汐や藻草にからむ古足駄
初汐に飯くふ船や窓の前
初汐の鰡を追はへる小海老哉
初汐や船に飯くふ窓の前
初汐や横須賀浮ぶ家の影
ひたひたと初汐よする戸口哉
初汐や埠頭の内なる蒸氣船
初汐や千石船の船よそひ
振袖をしぼりて洗ふ硯哉
十年の硯洗ふこともなかりけり
洗ひたる机洗ひたる硯哉
いざ聞かん七夕づめのさゝめ言
笹につけて扇やかさん女七夕
七夕の橋やくづれてなく鴉
七夕や夢に驚く斧の音
ぬか星や七夕の子の數しれず
布引も願ひの絲の數にせむ
よもすがら烏もさわげ星祭
うれしさや七夕竹の中を行く
じりじりとよるとも見えず二つ星
七夕にまことの情を尋ね見よ
七夕の雨やいづこの牛の聲
七夕の雨やいづくの牛の聲
七夕の袖やかざゝん初嵐
七夕の袖やかざゝん夕あらし
七夕の夜は牛の尾に明けにけり
七夕や牛の角にも露の玉
七夕や戀とも知らずさわぎ鳧
ぢりぢりとよるとも見えず星二ツ
草鞋屋は草鞋をかせよ女七夕
七夕の今宵にせまる曇り哉
七夕の人無し小舟流れけり
七夕の枕に貸さん子持石
どれ貸そか女七夕には紅の裏
牛載せて妻迎舟漕ぎ出しぬ
行水ぢやふんどし貸さん男七夕
七夕に草履を貸すや小傾城
七夕は鳶の聲にて明けにけり
七夕やおよそやもめの涙雨
七夕や蜘の振舞おもしろき
七夕を祭らぬ御代に戀男
舟橋に七夕竹のかゝりけり
仰向に我臍見せん女七夕
月蝕の話などして星の妻
三十にしてよめらぬ人や星祭
七夕や城かねの水鳥の橋
七夕やそこらに在るは禿星
月落ちて雲の屏風を星の閨
彦星は缺落とこそのたまへど
更くる夜ををかしや星のさゝめ言
紅粉白粉と七夕姫の日半日
星の戀念も殘らず別れけり
星二人去年の雨をかこつらん
娵星に見られながらの湯あみ哉
七夕の夜を待つとはかりかゝれたり
椽側に七夕祭る机かな
思ひやる今妻星の胸さわぎ
貸したがる禿も星に紅の帶
七夕に何も貸さゞる男哉
七夕に物貸す人もなき世かな
妹に七夕星を教へけり
七夕の色紙分つ妹かな
門川や机洗ふ子五六人
物洗ふ七夕川の濁り哉
草花の上へころりと星二つ
星合は月落ち烏啼いて夜半
星合や求馬は三輪の烏帽子折
女房に何を語らん星こよひ
星の夜に誰をや小川を渡る音
曉のしづかに星の別れ哉
雲のさま星別るゝと覺えたり
雲のさま星別るゝと覺えけり
船に寐て星の別を見る夜哉
星の別れほろりと露をこぼしけり
待ち待ちて星の別を見る夜哉
もうもうと牛鳴く星の別れ哉
雨うたて願ひの絲のきれやせん
けふの雨願ひの絲のきれやせん
梶の葉を戀のはじめや兄妹
梶の葉に書きなやみたる女哉
梶の葉に雜の歌書く女哉
松明に虫の飛ぶ見ゆ虫送
松明やいなごもともに虫送
火や鉦や遠里小野の虫送
虫送り送りすまして歸りけり
蟲送る松明森に隱れけり
草市にねぎる心のあはれなり
草市のあとや麻木に露の玉
賣れ殘る菰は露なり草の市
賣れ殘るもの露けしや草の市
賣れ殘るものは露なり艸の市
草市や人まばらなる宵の雨
草市の草しほみたる日向哉
草市の中を葬禮通りけり
草市の蓮にたまる埃かな
草市や燈籠白き夕まくれ
草市や柳の下の燈籠店
草の市價安くてあはれなり
しかしかと賣れても行かず草の市
四足の瓜も茄子も草の市
草市ノ草ノ匂ヒヤ廣小路
草市ヤ雨ニ濡レタル蓮ノ花
別家して盆なき家や琴の聲
親もなき子もなき家の玉まつり
團子もむ皺手あさましたま祭
團子もむ皺手耻かし魂祭
見た顏の三つ四つはあり魂祭
牛なくや其牛かひの魂まつり
酒ものめぬ身となられしか魂祭
玉まつり悲しきものと覺えけり
魂祭庫裏は團子の粉雪哉
玉祭極樂へ轉宅の文書かん
魂祭樂しみにして待つ子哉
魂祭我より若き人の數
つらつらとならび給へり魂祭
三井寺や三千坊の魂祭
討死の位牌新らし瓜の馬
盂蘭盆の鵲鳴くや墓印
盂蘭盆や無縁の墓に鳴く蛙
おろそかになりぬ都の靈祭
おろそかになりまさる世の魂祭
聖靈の寫眞によるや二三日
魂祭る門を覗くや物狂ひ
病んで父を思ふ心や魂祭
裏店の隅に今年は魂祭
壁のすきにいなづますこし魂まつり
壁のすきに稻妻すなり魂祭
來たまはぬもあるべし旅の魂祭
脚絆解いて魂祭るなり旅戻
草の戸や月明かに魂祭
御先祖はうしろの方に聖靈棚
御先祖はうしろの方に玉祭り
ごたごたと竝べたてたり魂祭
聖靈やすこし後から女だち
魂祭團子をくへといはれけり
魂祭蜩鳴いて夕なり
花嫁のうゐうゐしくも魂祭
貧乏を見せじと人の魂祭
孫共か物見に來るよ魂祭
孫共が拜みに來るよ魂祭
無縁樣の供物すつれば鴉鳴く
我病んで魂祭るべくもあらぬ身よ
晝飯は精進鮓や魂祭
雨の夜はおくれ給はん魂迎
過去帳を讀み申さんか魂迎
迎火をもやひにたくや三軒家
迎火や父に似た子の頬の明り
いちはやく迎火焚きし隣哉
撫子に迎火映る小庭哉
迎火の消えて人來るけはひ哉
迎火や心いそぎの夕間暮
迎火や墓は故郷家は旅
夕餉はてゝ迎火を焚くいそぎ哉
棚経や小僧面白さうに讀む
魂棚や何はあれとも白團子
魂棚や壁のひまもる夕つく日
魂棚に壁のひま漏る夕日哉
魂棚やいくさを語る人二人
魂棚やいくさを語る後家二人
魂棚の火を吹き消しぬ夕嵐
魂棚に團子供へて拜みけり
生身玉其又親も達者なり
生身魂我は芋にて祭られん
生身魂七十と申し達者也
五ツ子やあはれ笠きる墓參り
神主や烏帽子のまゝの墓參
長崎や三味線提げて墓參
舟借りて行くや小嶋の墓參
家族從者十人許り墓參
石ころで花いけ打や墓參
とかくして月になりけり大文字
大文字をのぞいて出たり山の月
夜の露もえて音あり大文字
弘法の投筆かなに大文字
大文字に片頬まばゆき往來哉
風吹て廻り燈籠の浮世かな
同し事を走馬燈のまはりけり
同じ事を廻燈籠のまはりけり
灯をともす女なまめく切籠哉
窓の内に切籠をともす嵐かな
燈籠も交喙のはしとかわりけり
薄絹に燈籠の火の朧かな
うつくしき燈籠の猶哀れ也
鎌倉に燈籠くらき夕かな
傾城の燈籠のぞくや寶巖寺
權助も燈籠になれば哀れ也
燈籠に大小のある親子哉
燈籠に人一人のかるさかな
燈籠の朧に松の月夜かな
燈籠の戒名習ふ子供かな
燈籠の消へて泣きだすやも女哉
燈籠の竹にうつろふすごさ哉
燈籠の火に音たてゝ秋の風
燈籠やそよ吹く風の何とやら
燈籠を見かけて馬子のたまりけり
とこやらに稻妻はしる燈籠哉
何處やらを稻妻走る燈籠哉
なき人もかたさまざまの燈籠哉
母さまといはれておがむ燈籠哉
母樣もいはれて拜む燈籠哉
家根の上にどこの哀れぞ揚燈籠
家根の上に何處の哀や揚燈籠
藪かげは誰か買ふて行く燈ろう哉
籔陰を誰がさげて行く燈籠哉
籔陰を誰がよそ行くや燈籠哉
をさな子のつることいそぐ燈籠哉
あらびをのはてハやさしき燈籠哉
うつゝともなき燈籠や松の陰
こゝも亦燈籠店のさわぎ哉
燈籠のかげに網すく苫家哉
燈籠の火消えなんとす此夕
燈籠や小雨ふる夜の窓明り
灯の消えて闇路をめぐる灯籠哉
ほんやりと燈籠うつる小窓哉
われ死なばどんな燈籠を願ふべし
われ死なばどんな燈籠を願ふべき
孝行のしたい頃には燈籠哉
垣ごしに見ゆる隣の燈籠哉
賤が檐端干魚燈籠蕃椒
たはれ男の遊君祭る燈籠哉
たをやめの足もと暗き燈籠哉
燈籠をともして留守の小家哉
人呼ぶや燈籠竝べし道の端
尼の子の燈籠に遊ぶあはれ也
うつくしき燈籠掛けたり竹の奧
去年よりちいさき燈籠吊しけり
傾城の猶うつくしき燈籠哉
子を負ふてかるた貼り居る燈籠哉
しょんぼりと燈籠白し草の奥
燈籠にさはらんとする芭蕉哉
燈籠に灯ともさぬ家の端居哉
燈籠の主が達者で居られたら
燈籠の門を叩くや女馬士
燈籠二つかけて淋しき大家哉
燈籠や椽を這ひ居る蟋蟀
燈籠を二つかけたる小家かな
亡き妻や燈籠の陰に裾をつかむ
墓原に隣る小家の燈籠哉
疫ありて燈籠多き小村哉
里川や燈籠提けて渉る人
里川や燈籠をさげて渡る人
淋しさは燈籠かけたる二階哉
雪院へ通ふ廊下の燈籠哉
雪院へ行かんとすれば燈籠哉
灯籠消えて芭蕉に風の渡る音
燈籠の岐阜提灯と竝ひけり
燈籠のぽっと消えけり夜半の窓
燈籠見えて小徑盡たり八重葎
燈籠を得ねぎらぬもあはれなり
萩垣や萩の葉隱れ釣燈籠
人聲や燈籠見ゆる低き垣
吉原の燈籠見による酒の醉
草の雨燈籠さげて通りけり
燈籠に夜半の喧嘩や仲の町
燈籠の夜に見初めたる遊女哉
吉原の燈籠見による月夜哉
吉原や燈籠の花人の花
燈籠さげて橋行く人や水の影
墨水は燈籠もこはくおぼすらん
燈籠にふたゝひともす夜半哉
木曽さへも人は死ぬとや高燈籠
冨士はまた暮れぬ内より高燈籠
一つづゝ星はくもりて高燈籠
日の入や星のあたりの高燈籠
火や消えし雲やかゝりし高燈籠
山の端や晝見る寺の高燈籠
あちこちに高燈籠の見ゆる哉
旅に暮れて高燈籠の村に出づ
目じるしや晝は杉夜は高燈籠
痩村やひつそりとして高燈籠
わりなくも宿乞ふ僧や高燈籠
原中や西に當りて高燈籠
鵜のかゝりならてうれしゝ流燈會
鵜のかゝりならてうれしや流燈會
身の罪を水に流して流燈會
身の罪を水に流すか流燈會
女にも生れて見たき踊哉
いざ踊れ溝の蛙ものら猫も
負はれたる子供もせなで踊哉
窓のかげよその二階の踊かな
よし原は猫もうかれておどりけり
住吉は松とりまいて踊かな
袖なくてうき洋服の踊り哉
日がくれて踊りに出たり生身玉
しかすがに胸うちさわぐ踊哉
背の高い人のこにくき踊哉
ちかづきの多過ぎてうき踊哉
やせ村に老もこぞりし踊かな
宵の間の角力くづれて踊哉
踊りけり腰にぶらつく奉加帳
親負うて踊念佛見に行ん
雷のあとを淋しき踊哉
誰そや闇に小石投げこむ踊哉
うき人の袂觸れたる踊哉
歌垣の世は變りたる踊りかな
なまくさき漁村の月の踊かな
英人も露人もましる踊哉
肘白き君が踊の手ぶりかな
一人おきに男女の踊哉
一人置きに女のまじる踊かな
羽打つて小天狗どもの踊哉
羽を打つて小天狗どもの踊かな
魂送り背戸より歸り給ひけり
風吹て聖靈いそぐ歸り道
送火や朦朧として佛だち
送火や烟朦朧として佛達
烏帽子着て送り火たくや白拍子
送火の煙見上る子どもかな
送火の何とはなしに灰たまる
送火の灰の上なり桐一葉
送火のあとやもうき焦れ石
送火のもえたちかぬる月夜哉
送火にさつさと歸り給ひけり
いざたまへ迎火焚てまゐらせん
麻木焚く女ばかりの哀れなり
燃えかねて麻木の烟西へ吹く
やぶ入や皆見覺えの木槿垣
盆過の村靜かなり猿廻し
盆過の小草生えたる墓場哉
盆過の月明かに雨の音
折からの攝待うくる涙かな
攝待のむすび喰ひつゝ別れけり
攝待やむすびにしたる今年米
攝待のすみて淋しき茶堂哉
攝待の施主や佛屋善右衞門
攝待の札所や札の打ち納め
攝待や芝居のやうな子順禮
頓入や納屋をあくれば唐辛子
衝突入や人の心の見たき哉
つと入に小袖をかざす寐顔哉
つと入らでうき人の門を過ぎにけり
來て見れば取氣に成や辻角力
相撲見や翁の面に似た親父
一休の投げつけられし角力哉
風吹て淋しき宵の角力哉
くらがりに聲を力の角力哉
角力見の人上りけり稻荷堂
夕月や京のはづれの辻角力
篝焚いて今宵も角力取りけるよ
朝鴉稽古角力を笑ひけり
軍配上る時羽織飛び帽子ふる
四ヶ村に響く角力の大鼓かな
角力取ると見えて鎭守の土俵哉
一すぢに勝たんと思ふ角力かな
善き聲にこなた小錦とよばゝつたり
四つに組んで贔負の多き角力哉
りゝしさは四つに組んだる角力哉
小錦に五人がゝりの角力かな
天高し角力の大鼓鳴り渡る
豐年や月明かに宮角力
角力取の見て居る辻の角力哉
東柚べし西のし梅や分角力
大關ト大關ト組ム角力カナ
マハシ著ケテ子供角力ノ竝ビケリ
角力取の猪首はつらしふじの山
うつくしき秋を名乘るや角力取
母親に孝の名もあり角力取
いとし妻もつとしもあらす角力取
角力取いづれ江戸絹京錦
燒栗や妻なき宿の角力取
角力取の矢走へ渡る小舟哉
年若く前齒折りたる角力取
わづらふと聞けばあはれや角力取
藥煮て母をいたはる角力取
勝角力其夜殿より召されけり
相撲取小き妻を持ちてけり
角力取負けてぞ歸る月の原
憎まれて見にくき顏や相撲取
番附にひいき角力を評しけり
宮相撲九紋龍と名のりける
村角力九紋龍とぞ名のりけり
村角力九紋龍とそ名のりける
阿波人ハ阿波ノ相撲ヲヒイキカナ
幾秋ヲ負ケテ老イヌル角力カナ
大關ニナラデ老イヌル角力カナ
角力取ニ角力取ノ子モナカリケリ
幕ノ内ニナツテ故郷ニ歸リケリ
十徳の打そろふたる会式哉
佐渡へ行く舟よびもどせ御命講
町内の年寄はかりや御命講
日の入や法師居竝ぶ御命講
御命講の花かつぎ行く夕日哉
築地派のお講淋しや普請中
御命講や寺につたはる祖師の筆
饅頭買ふて連に分つやお命講
放生會して心よくぬる夜かな
母親を負ふて出でけり御遷宮
秋はまた春の殘りの三阿彌陀
うまさうに見れば彼岸の燒茄子
富士は曇り筑波は秋の彼岸哉
山吹の歸花見る彼岸哉
山吹の花歸りさく彼岸かな
オ萩クバル彼岸ノ使行キ逢ヒヌ
梨腹モ牡丹餅腹モ彼岸カナ
うつくしきものなげこむやせがき舟
施餓鬼舟向ふの岸はなかりけり
水底の亡者やさわぐ施餓鬼舟
施餓鬼會や水音更る後夜の鐘
淋しさや施餓鬼のあとの火の光
施餓鬼舟はや龍王も浮ぶべし
殘る蚊の痩せてあはれや施餓鬼棚
水の音施餓鬼涼しき灯影哉
門前の川に灯ともす施餓鬼哉
由緒ありて泥鰌施餓鬼と申けり
夜更けて施餓鬼の燈籠流しけり
石佛に水をかけたる施餓鬼哉
餓鬼モ食ヘ闇ノ夜中ノ鰌汁
朝顏ノ盛過ギタル施餓鬼カナ
宿の菊天長節をしらせばや
海晴れて天長節の日和かな
草の戸や天長節の小豆飯
唱歌聞ゆ天長節の朝日哉
畑打の天長節を知らぬかな
粥にする天長節の小豆飯
人も來ぬ天長節の病哉
一日の秋にぎやかに祭りかな
村會に秋の祭の日のべかな
武藏野は稻刈る秋と成りにけり
稻刈て近道もどる牛のむれ
早稻刈て大黒笑ふ聲す也
稻刈りや雨ならんとして山近し
稻刈るや燒場の煙たゝぬ日に
脛に立つ水田の晩稻刈る日かな
鶴一羽稻刈るあとの夕日哉
見下せば里は稻刈る日和かな
早稻刈れば晩稻のうらむ實入哉
稻刈の鎌持つて女見返しぬ
子を負ふて女痩田の稻を刈る
順禮や稲刈るわざを見て過る
道ばたや稻刈る男こぐ女
早稻晩稻刈るや東海道長し
早稻刈ていまだ晩稻の殘りけり
稻刈りて眞宗寺の殘りけり
稻借りて村會開く小村かな
稲刈りて地藏に化ける狸かな
稻刈るは父こぐは母這ふは子よ
稲つけて馬が行くなり稻の中
股を沒す水田の稻の刈りにくき
股引の女稻刈る水深み
遠村に稻刈る人の小さゝよ
稻掛けて梢短き竝木かな
稻掛けて家まばら也谷の底
稻掛けて神南村の時雨哉
稻舟に棹とり馴れぬ女かな
稻舟や野菊の渚蓼の岸
稻舟に棹取り馴れし女かな
稻積んで車推し行く親子哉
稻つんで子供載せたる車哉
稻こくや街道狹き藁の束
街道を尻に稻こく女かな
問へど答へずひとり稻こく女かな
藁積んで地藏わびしや道の端
夕榮や稻こぐ嫁の赤き顔
あぜ豆のつぎめは青し稻莚
あぜ豆のつぎめは白し稻莚
高低に螽とぶなり稻むしろ
夜嵐のあとくぼみけり稻莚
一條も九條も見えず稻莚
稻莚朝日わつかに上りけり
稻莚九條あたりは見えぬ也
四國路や小山の底の稻莚
はせ違ふ氣車のかけりや稻莚
はせ違ふ氣車の行方や稻莚
松山の城を載せたり稻莚
雨雲の夕榮すなり稻莚
稻莚國旗立てたる村見ゆる
詩經には籾摺歌こそ入れたけれ
道はたの籾すり臼や蓼老いぬ
籾すりのすみし小村や猿まはし
風吹て籾のほこりのゆがみけり
籾干すや鷄遊ぶ門の内
駒とめて何事問ふぞ毛見の人
旅人をさびしからする鳴子哉
西行の子とは思へず鳥おどし
どこで引くとしらで廣がる鳴子哉
一日は鳴子も引かず村まつり
稻妻にひとゆりゆれる鳴子かな
思ひ出し思ひ出しひく鳴子哉
砧よりふしむつかしき鳴子哉
こちで引けばあちでも引くや鳴子繩
淋しさにうつむいて引く鳴子哉
旅人を追かけてひく鳴子哉
何げなく引けと鳴子のすさましき
引板繩にふしを動かす夜明哉
鳴子引晝から秋をなぶりけり
引てから耳たてゝ聞く鳴子哉
引けば引くものよ一日鳴子引
引張て耳たてゝゐる鳴子哉
ひとりゆれひとり驚く鳴子かな
行秋や案山子にかゝる鳴子繩
小山田に秋をひろげる鳴子哉
風吹て山本遠き鳴子哉
山里にひとりゆれたる鳴子哉
夜に入りて音の遠のく鳴子哉
餘り淋し鳥なと飛ばせ鳴子引
あれよあれよ鳴子に鳥のとぶことよ
親が子が妻が代りて鳴子哉
五六間に鳴子盡きたる山田哉
田は刈りぬ鳴子の縄のすぢかひに
鳴ることは風にまかする鳴子哉
わびて誰鳴子に鈴の音すなり
鳴子画いて圍ひの外に鳥一羽
鳴子さげて鷄さげて惡和尚行く
鳴子なくて鳥飛びぬ敵隱れたり
鳴子引いて旅人おどす思ひあり
鳴子引晝飯くふて休みけり
痩畑に鳴子引くこともなかりけり
痩畑の鳴子引くこともなかりけり
我戀は鳴子の繩のきれてけり
粟の穂に倒れかゝりし鳴子哉
粟の穂にもたれかゝりし鳴子哉
僧の老の鳴子引く罪後世近し
手こたへは繩のきれたる鳴子哉
鳴子引く家陰の粟や三坪程
鳴子引く僧の後生や臼の餓鬼
ぬす人のふりかへりたる案山子哉
人をみなからすと思ふかゞし哉
くづれてはむかしにかへるかゝしかな
世の中の人や案山子の出來不出來
汝かゞしそもさんか秋の第一義
餘所のよりおのがつくつた案山子哉
をかしうに出來てかゞしの哀也
不器用に出來て案山子のあはれ也
秋風としらずにやせる案山子哉
案山子にも目鼻ありける浮世哉
缺徳利字山田の案山子哉
笠とれたあとはものうき案山子哉
笠とれば跡は物うき案山子哉
君が代は案山子に殘る弓矢哉
試みに案山子の口に笛入れん
淋しさにたへてうつむく案山子哉
菅笠のくさりて落ちしかゞし哉
世の中につれぬ案山子の弓矢哉
朝見れば笠落したる案山子哉
落武者を紛らしてやる案山子哉
風吹て狂ふに似たる案山子哉
風簑を吹て案山子入相を勇むかと
魂はふくべなりけり痩案山子
どちらから見てもうしろの案山子哉
山颪くるや案山子の片くづれ
山畑は笠に雲おく案山子哉
笠落ちて案山子仰むく姿あり
兀然ときりかぎ畑の案山子哉
血に染むやいくさのあとのこけ案山子
敵死して案山子の笠の血しほ哉
向きあふて何を二つの案山子哉
笠ぬげて手拭かぶる案山子哉
兼平の塚を案山子の矢先かな
草摺のちぎれて高き案山子哉
こしらへて案山子負ひ行く山路哉
どう見ても案山子に耳はなかりけり
人立つて鳥追舟の案山子哉
人に似て月夜の案山子あはれなり
男ばかりと見えて案山子の哀れ也
あるが中に最も愚なる案山子哉
大水を踏みこたえたるかゞし哉
案山子にも劣りし人の行へかな
こけもせでやつれ行く身の案山子哉
村會や背戸の案山子もまかり出よ
刈あとやひとり案山子の影法師
其中にもつとも愚なるかゝし哉
梺田の夕日に多き案山子哉
十年の狂態今に案山子哉
徳利の頬冠する案山子哉
其中に把栗の如き案山子かな
雀祝ひ鼠よろこぶや今年米
神を祝ふ小豆の飯や今年米
つみあげて庄屋ひれふす年貢哉
道々にこぼるゝ年のみつぎ哉
挽きをさめ牛も年貢の車哉
すつと拔きすつと細るや牛房引
浪人の力ためしや牛蒡引
牛蒡肥えて鎭守の祭近よりぬ
莨干す壁に西日のよわりかな
ほしわたやふし見る脊戸の一むしろ
片隅を牛の蹴返す綿むしろ
日あたりや棉も干し犬も寐る戸口
日あたりや綿も干し猫も寐る戸口
木棉取高雄の紅葉まだ早し
大水のあとに取るべき綿もなし
洪水のあとに取るべき棉もなし
蘆刈や一里四方に木も見えず
蘆刈や誰が行末の紺しぼり
蘆刈や見廻すかきり雲の峰
刈ル蘆やひきぬく蘆もまじりけり
笠一ツ動いて行くや木賊刈
子を負ふて木賊刈る里の女哉
蓋とれば京の匂ひの柚味噌哉
鯛もなし柚味噌淋しき膳の上
江湖部屋に頭竝べる柚味噌哉
木守りの終に柚味噌とならん哉
客あり柚味噌探し得つ只一つ
こゝろみに柚味噌を製す居士二人
小僧既に柚味噌の底を叩きけり
昨夜星落ち今朝柚味噌到る
禪寺の柚味噌ねらふや白藏主
貧厨や柚味噌殘りて鼠鳴く
柚の玉味噌火焔を吐かんとす
柚の木兀として京極に柚味噌出づ
柚味噌買ふて愚庵がもとに茶を乞はん
柚味噌買ふて吉田の里に歸りけり
柚味噌盡きて更に梅干を愛す哉
柚味噌の蓋釜の蓋程に切り拔けり
老僧や手底に柚味噌の味噌を點す
我ねぶり彼なめる柚味噌一つ哉
われ病んで京の柚味噌の喰ひたかり
釜こげる柚子の上味噌つめたかり
禁酒して茶の道に入る柚味噌哉
小包の歪みし柚味噌とり出しぬ
尻焦けし柚味噌の釜や古疊
膳もなき疊の上の柚味噌哉
冷酒や柚味噌を炙る古火桶
碧梧桐の卷鮓虚子の柚味噌哉
堀盡す柚味噌の釜や焦くさき
柚味噌燒く雨の夕や菊百句
老禪師柚味噌の狂歌詠まれたり
露月黙し柚味噌つぶやく別かな
六句目にさし合のある柚味噌哉
草庵や柚味噌賣る店遠からず
俳諧の奈良茶茶の湯の柚味噌哉
我庵や柚味噌賣る店遠からず
藥堀に出てしか翁返り來す
藥堀に出てしか終に返り來す
椋の木に囮掛たり家の北
狩茸に山の名も添ふ籠のなか
茸狩や友呼ぶこゑも秋の風
茸狩や心細くも山のおく
我聲の風になりけり茸狩
茸狩女と知れし木玉哉
茸狩や鳥啼て女淋しがる
茸狩山淺くいくちばかりなり
茸狩の池ある山にふみ込みぬ
茸取つて大聲あぐる女かな
茸狩に夕日さしけり森のひま
茸狩のしやしやぶは兒のみやげ哉
茸狩の靈芝取りてぞ歸りける
茸狩やひとり離れて鳥の聲
一むれは女ばかりの茸狩
熊手持つ女案内す菌狩
五六本竝ぶしめぢや氣のあせり
茸狩の歸らんとする女かな
茸狩や熊手持つ女案内にて
紅茸の捨るに惜き籠の中
汽車を下りる茸狩衆や稲荷山
茱萸折て山を出づるや茸狩
早稲刈て暇を得たり菌狩
蕈狩や淺き山々女連
水落ちて石痩せにけり崩れ梁
雨ほろほろ小橋落ち簗崩れたり
崩れ簗杭一本殘りけり
浮樽や小嶋ものせて鰯引
鰯ひく數に加はるわらは哉
浮樽や小鳥ものせて鰯引
海原をちゞめよせたり鰯曳
網あけて鰯ちらばる濱邊哉
七浦の夕雲赤し鰯引
にぎやかに鰯引く也九十九里
警報を傳ふる村や鰯引
轉地する安房の濱地や鰯引
鈴蟲の中によるうつ砧かな
月落ちて灯のあるかたや小夜砧
菅笠にともしをかこふ砧の音
哀れしれと門もとさゝぬ砧かな
一村は家皆うごく砧哉
砧うつ隣に寒きたひね哉
乳のまぬ子は寐入けりさよきぬた
二軒家は二軒とも打つ砧哉
一つ家に泣聲まじる砧哉
よくきけば我家にもうつ砧かな
餘りうたば砧にくえんふじの雪
かるく打つ砧の中のわらひ哉
此頃は旅らしうなる砧かな
二軒家ハ二軒家ともうつ砧哉
一村は女や多き小夜碪
牛馴れて梦驚かぬ砧哉
大江戸や砧を聞かぬ人の数
風吹いて鹿風やんで砧かな
淋しさは裸男の砧かな
三千の遊女に砧うたせばや
寐た牛の鼻先にうつ砧哉
年々に藏の傾く砧哉
ふんどしになる白布を砧哉
星ちるや多摩の里人砧打つ
狼や梺にひくき小夜砧
砧打てばほろほろと星のこぼれける
船かけて明石の砧聞く夜かな
市中や砧打ち絶えて何の聲
市中や砧打ち絶えて夜の聲
砧うつ五條あたりの伏家哉
玉川や夜毎の月に砧打つ
人遅し砧打たうよ更かさうよ
舟に寐よ大津の砧三井の鐘
夕月や砧聞ゆる城の内
よめ入りて餘所の砧ぞ打ちにくき
嵐吹く芒の中や砧打つ
打ちやみつ打ちつ砧に恨あり
遠方の子を思ひ思ひ衣打つ
大家の内庭に打つ砧かな
思ふこと砧に更けて人の影
砧うつうつ月天心に上りけり
狭莚に砧打ちけり庭の月
五年目に歸れば妹が砧かな
小博奕にまけて戻れば砧かな
里の月砧打つべく夜はなりぬ
里の月衣うつべく夜はなりぬ
忍ぶれど砧の音にいでにけり
説教に行かでやもめの砧かな
出しぬけに砧打ち出す隣哉
露ほろりほろり砧の拍子かな
郎いまだ歸らずと打つ砧かな
二處長者の内の砧かな
嫁入の翌を思ひつゝ砧うつ
鎌倉に砧うつ家もなかりけり
貧交は秋の扇を參らせん
忘れ物扇一本と停車場
忘れたる扇返さん君がもと
破れ扇小町かはてを見付たり
破れ扇これも小町かなれのはて
扇捨てゝ手を置く膝のものうさよ
外にありや扇の骨の紋處
二三本扇捨てあり塾の庭
古扇物書き散らし捨てにけり
議論とて秋の團扇を手の力
蚊を拂ふ團扇の風も秋の風
つくつくと秋の團扇をながめけり
絹團扇ソレサヘ秋トナリニケリ
捨團扇鳳と化しけり樽天王
捨團扇鳳となる夜の樽天皇
投げやればすねて落たる團哉
捨團扇遊女の顔のあはれなり
捨團扇肴の骨にまじりけり
捨てられて厠に落ちし團扇哉
捨てられて厠に古りし團扇哉
白頭の吟を書きけり捨團扇
我膝に一葉落ちたる團扇哉
掃溜に捨てずもかなの團扇哉
捨團扇捨てぬ團扇をしまひけり
捨て惜み古き團扇を收めけり
はき溜に三日の雨や捨團扇
裏店や貧乏見ゆる秋のとばり
日三竿あるじが寐たる秋の蚊帳
病人の息たえたえに秋の蚊帳
筆モ墨モ溲瓶モ内ニ秋ノ蚊帳
ふたぬいて月のかけくむ新酒哉
新酒かけて見ばや祇王の墓の上
船頭の風に吹かるゝ新酒哉
竹立てゝ新酒の風の匂ひかな
横波にゆさぶる船の新酒哉
新酒賣る家は小菊の莟かな
日の旗の杉葉に竝ぶ新酒哉
思ふこと新酒に醉ふてしまひけり
狐啼いて新酒の醉のさめにけり
君今來ん新酒の燗のわき上る
竹の風新酒の醉はさめにけり
竹の風新酒の醉を吹きにけり
二三匹馬繋ぎたる新酒かな
惡僧の評議をこらす新酒かな
うき人の新酒勸めついなみあへず
菊も咲きぬ新酒盗みに來ませ君
葬禮の崩れや新酒のむ月夜
更に一杯の新酒を盡せ路遠し
新酒あり馬鹿貝を得つ野の小店
新酒酌むは中山寺の僧どもか
新酒三盃天高く風髪を吹く
竹立てゝ門に新酒と記しけり
たまさかの君に新酒を參らせん
月高し新酒賣る家は猶一里
世のうさや新酒飲み習ふきのふけふ
居酒屋に新酒の友を得たりけり
我病で新酒の債をはたらるゝ
駕かきのすき腹に飲む新酒哉
駕に揺る新酒の醉や眠くなる
磊落は新酒を偸む事にあらず
馬叱る新酒の醉や頬冠
新酒や鳴雪翁の三オンス
新酒賣る亭主が虎の話哉
新酒賣る亭主の髯や水滸傳
小便して新酒の醉の醒め易き
馬鹿貝の名をなつかしみ新酒哉
嚊殿に盃さすや菊の酒
喝士殿に盃さすや菊の酒
升のみの酒の雫や菊の花
たまはるや大盃の菊の酒
雨の菊酒酌む門の馬もなし
記者會す天長節の菊の酒
お菊見や酒をたまはる供の者
屈原のはじめた名なり濁酒
白菊の花でこさばや濁り酒
此瓶に蓮や生ん濁り酒
三日月のうつらで寒し濁酒
濁り酒木蘭いくさより歸る
鹿笛を覺えて鹿を鳴かせばや
鹿ふえの谷を隔つる月夜哉
猿は啼かで鹿笛の夜こそ淋しけれ
鹿笛や聞耳立つる月の鹿
鹿聞きに來て鹿笛を聞く夜哉
鹿鳴て又鹿笛を吹出しぬ
鹿笛に答へて鹿の遠音哉
鹿笛の吹やんで人あらはるゝ
鹿笛のやみけりやがて銃の音
鹿笛や岩にふり向く月の鹿
鹿笛や鹿あらはるゝ山の鼻
鹿笛や鹿走り行く葛の風
月いでゝ猶鹿笛の吹つのる
鹿笛や解珍解寶立ち別れ
山もとや鳩吹く聲消えて行
藪陰や鳩吹く人のあらはるゝ
鳩吹の貧しき里を通りけり
五十年鳩吹く老の子も持たず
子を連れて鳩吹過る小村哉
鳩飛んで鳩吹聲はやみにけり
鳩の飛ぶ方に鳩吹く聲遠し
鳩吹きつゝ信太の森に這入けり
鳩吹の過ぎ行里や八ッ下り
鳩吹のたくみも老いてしまひけり
鳩吹のだまつて通る嵐哉
鳩吹の一人に落つる夕日哉
鳩吹や寺領の畑の柿林
鳩吹をいさむる妻もなかりけり
鳩吹を叱る法師もなかりけり
鳩吹くや狐の宮のうしろ側
町を出てやがて鳩吹く聲す也
くらがりの天地にひゞく花火哉
人の身は咲てすく散る花火哉
星はおち月はくたくる花火哉
星はきへ月はくたくる花火哉
花火ちる四階五階のともし哉
花火やむあとは露けき夜也けり
梟や花火のあとの薄曇り
ふじ見えて物うき晝の花火哉
風吹てかたよる空の花火哉
木の末に遠くの花火開きけり
舟に寐て我にふりかゝる花火哉
音もなし松の梢の遠花火
城山の北にとゞろく花火かな
人かへる花火のあとの暗さ哉
晝見れば小旗立てたり花火舟
道見えて闇上り行く花火哉
夕花火虹の浮橋碎きけり
月白や花火のあとの角田川
晝の花火烟となつてしまひけり
夕曇遠くの花火音もなし
兩國の花火聞ゆる月夜かな
兩國の花火見て居る上野哉
枝川や花火にいそぐ館船
落つかぬ晝の花火や人心
風を圍ふ線香花火の端居哉
淋しさや花火のあとを星の飛ぶ
空高み嵐して花火消やすき
恙なく玉になりしよ釣花火
二三人花火線香に端居哉
西風に火の流れたる花火哉
花火して頭うごめく橋の上
萬人の聲に散り落つ花火哉
萬人の聲に散り來る花火哉
物干や薄べり敷て花火見る
夕飯や花火聞ゆる川開
警察の舟も漕ぎ行く花火哉
警察の舟も繋ぐや花火舟
花火あげて開く間を心落付ず
夕榮や晝の花火の打終り
暮を待つ兄弟の子や釣花火
後しざりしながら戻る月見哉
あの枝をこの木をきれと月見哉
網引の網引きながら月見哉
犬つれて松原ありく月見哉
芋を買ふ力もなくて月見哉
いろいろの灯ともす舟の月見哉
椽端や月に向いたる客あるじ
大磯の町出はなれし月見哉
厮から居待の月をながめけり
北窓に眼やすめる月見哉
雲のすきばかり見つむるこよひ哉
新暦の十月五日月見哉
沙濱に足くたびれる月見哉
沙濱に人のあとふむ月見哉
大名のかたゐに劣る月見哉
月と酒敵も味方もなかりけり
月見るや上野は江戸の比叡山
月見んとふじに近よる一日つゝ
にくらしや月見戻りの蛇の目傘
庭へ出てごみ拾ひ行月見哉
盗人の笠きて出たる月見哉
寢ころんで椽に首出す月見哉
花よめは男を隈の月見哉
孕句に雲のかゝりし月見哉
人もなし我ものにして月見哉
干網に足をとらるゝ月見哉
星數へ數へ月見の戻り哉
松苗に行末ちぎる月見哉
松原を出つ入りつして月見哉
村人の市へ出でたる月見哉
羊羹に隈ある下戸の月見哉
我庵は人にあつけて月見哉
色々と名をつけて秋の月見哉
朱兀げて辨天堂の月見哉
立琴に瀧こしらへて月見哉
樋の口に鼠顔出す月見哉
橋二つ三つ漕ぎ出でゝ月見哉
ひつそりと三千坊の月見哉
灯の渡る橋の長さや闇こよひ
窓の向き厠を月見處かな
月酒に醉ふ我はた月に醉ふて舞ふ
あす知らぬ身を韓國の月見哉
いろいろに坐り直す舟の月見哉
馬追ふて芋畑歸る月見哉
雲一つこよひの空の大事なり
隨身の走りついたる月見哉
大名のひとり月見る夜中哉
月見るやきのふの花に出家して
萬人の額あつむる月見哉
あるが中に詩人痩せたり月の宴
思ひ出の月見も過きて分れけり
侍の朱鞘に出立つ月見哉
彳むや月見て居れば水の音
月見るや寺の二階の瓦頭口
月見るや流さるゝ身の舟の中
兎角して九年の月見友もなし
方丈や月見の客の五六人
兀山にさはるものなき月見哉
兀山にものもさはらぬ月見哉
舟に橋に物干に皆月見哉
豆のあと畔道ありく月見哉
めづらしや始めて見たる月の不二
物干に大阪人の月見哉
行燈の火を細くして月見哉
高樓や月に酒酌み詩を吟ず
崖上に月見る聲や五六人
場末なり月見る空の邪魔もなし
雨晴れて旅僧おこす月見哉
重箱の芋ころげ落つ月見哉
朝雲り觀月會の用意哉
ある僧の月も待たずに歸りけり
酒載せてたゝよふ舟の月見哉
精進に月見る人の誠かな
月曇る觀月會の終り哉
盆に分けて栗は少し芋と豆
稍醉ひし月の酒宴や握飯
お寺より月見の芋をもらひけり
小淋しき月見の宴や雨曇
寺に待つ觀月會の車哉
止みになる觀月會の手紙哉
先生の草鞋も見たりもみぢ狩
大小の朱鞘はいやし紅葉狩
紅葉狩鬼すむ方を見つけたり
岩またぎ岩くゞり紅葉見てありく
紅葉折て腕たしかむる男哉
紅葉折て夕日寒がる女哉
紅葉見や異國の王子馬で來る
むら雨や車をいそぐ紅葉狩
騎馬一人從者五六人紅葉狩
書生四五人紅葉さしたる帽子哉
紅葉見の舟著けて居る三軒屋
紅葉見や女載せたる駕の雨
菊を見ず菊人形を見る人よ
旗立てゝ菊人形の日和かな
広告や菊人形の園開き
雨になる天長節や菊細工
大方は似顔なりけり菊細工
崖に倚る菊人形の小屋高し
傘さして菊細工見る小雨哉
枯れ方になりて哀れや菊人形
白菊を瀧につくりし細工哉
千駄木の友訪ふ道や菊細工
團洲の似顔愛づるや菊細工
二軒見て通り過ぎけり菊細工
墓參の歸りを行くや菊細工
菊細工舞臺も枯れてしまひけり
燒米や路通か袋重げなり
燒米や路通の袋重げ也
鹿聞て出あるく人も歸りけり
小男鹿の通ひ路狹し萩の風
宮島の神殿走る男鹿哉
曉や霧わけ出る鹿の角
岩角にのつほり立つや月の鹿
烏帽子きた禰宜のよびけり神の鹿
奥殿に鹿のまねする夕かな
押しあふて月に遊ぶや鹿ふたつ
親鹿の岩とびこえて鳴きにけり
神さびて鹿なく奈良の都哉
神に灯をあげて戻れば鹿の聲
刈稻にけつまづいてや鹿のこゑ
御殿場に鹿の驚く夜汽車哉
里の灯を見かけてなくや闇の鹿
小男鹿の首とゝきけり月の笠
小男鹿の尻聲きゆるあらし哉
棹鹿のなくなく山を登りけり
さを鹿のにげにげはねる紅葉哉
さを鹿の萩のりこゆる嵐かな
小男鹿の一よさ聲を盡しけり
さをしかの晝なく秋と成にけり
小男鹿の冨士よちかゝる月よ哉
鹿老て猿の聲にも似たる哉
鹿なくや闇に見すかす山のなり
鹿の影幽靈に似る夕哉
鹿のくびねぢけて細き月夜哉
鹿の首ねぢれて細き月夜哉
鹿の聲ある夜はぬれて細長し
鹿の聲川一筋のあなたかな
鹿の聲月夜になれは細りけり
鹿のこへとなりの山へかゝりけり
鹿の聲一夜一夜に秋深し
鹿の聲二ツにわれる嵐かな
鹿の尾のうしろを見れハ闇夜哉
鹿一ツひよとり越を下りけり
鹿二つ尻を重ぬる月夜哉
しとやかに鹿の角ゆく薄哉
神殿や鏡に向かふ鹿のふり
關の戸にへだてられてや鹿の聲
背戸へ來て鍋ふみかへす男鹿哉
その角を蔦にからめてなく鹿か
谷あひにはさまりて鳴く男鹿哉
谷の鹿こなたになければかなたにも
旅僧も淋しと申せ鹿のこゑ
月代や鹿のふしどハ松の影
月にふしつ仰きつ鹿の姿哉
月の鹿思ひ思ひの足場かな
月の鹿尾の上上に鳴きにけり
なきなきて近よる聲や鹿二ツ
啼に出ていよいよやせる男鹿哉
啼に出てよるよるやせる男鹿哉
鳴き別れ又鳴きよるや女夫鹿
奈良の鹿やせてことさら神々し
盜みぐひしてさへ鹿の痩せにけり
萩こほす留守の伏處や鹿の妻
萩に寐て月見あげたる男鹿哉
一ツ一ツなでゝ通るや神の鹿
吹きまくる萩に男鹿のふしど哉
ほつかりと月夜に黒し鹿の影
町へ來て紅葉ふるふや奈良の鹿
松に身をすつて鳴けり雨の鹿
みあかしをめぐりてなくや鹿の聲
三日月をすくひあげたり鹿の角
耳出して蒲團に鹿を聞く夜哉
宮嶋に汐やふむらん月の鹿
宮島は汐やふむらん月の鹿
宮嶋の神殿はしる小鹿かな
宮嶋や干汐にたてる月の鹿
雌鹿雄鹿尾の上をわけてなきにけり
物置に鹿のいねたる嵐かな
門へ來てひゝと鳴きけり奈良の鹿
山かけり谷かけり鹿の月に啼く
行く秋をすつくと鹿の立ちにけり
夕月や鹿のふしどは松のかげ
夕月や山の裏行く鹿の聲
爐にくべて紅葉を焚けば鹿の聲
牛歸るあとの山田や鹿の聲
柏手の木玉に迯る男鹿哉
風の中に一筋細し鹿の聲
風吹て春日の鹿の鳴く夜哉
風吹て鹿の音細き尾上かな
傾城はなれてよく寐る鹿の聲
けうとしや鹿のまねする馬の聲
小雨ふる夜明は遠し鹿の聲
鹿なくや尾上にかゝる天の川
鹿の秋牛の秋さへ悲しきを
新家の拾ふて來たり鹿の角
新田やこの頃さびて鹿の角
關守の戸をあけてやる男鹿哉
夕山の尾上ほのかに鹿一つ
石壇に鹿鳴く奈良の月夜哉
大杉の下に鹿立つ一つかな
小男鹿や上野にどこの秋を鳴く
捨舟や鹿の寐に來る薄月夜
奈良淋し犬に追はるゝ鹿の聲
人去て鹿鳴く山の湯壺哉
闇の鹿石につまづく聲すなり
梦に見て何處の秋を啼く鹿ぞ
有明や寐ぼけてしらむ鹿の顔
岩橋や月にうつむく鹿二つ
岩鼻や眞向に細き鹿の尻
春日野の女鹿呼ぶ夕かな
鹿聞て淋しき奈良の旅籠哉
鹿聞いて淋しき奈良の宿屋哉
鹿鳴くや小窓の外は薄月夜
鹿なくや小窓の外は藪月夜
鹿鳴くや杉の梢の二十日月
鹿も居らず樵夫下り來る手向山
煎餅をくふて鳴きけり神の鹿
月雲に隱れて悲し鹿の聲
ともし火や鹿鳴くあとの神の杜
奈良の宿悲しく鹿の鳴く夜哉
盜み喰ひしたまひけりや神の鹿
萩の上に寐ころびうつや鹿の腹
晝の鹿來るや人なき博奕宿
行く秋や眞向に細き鹿の尻
わりなしや妻追ひまはす晝の鹿
岩はなや月にうつむく鹿一つ
草花や寺無住にして鹿の糞
傾城の鹿呼ぶ奈良の夕淋し
鹿追ふてあとの淋しき夕かな
鹿二匹つるして獵師夜食す
鹿の聲鹿や見ゆると戸を明る
そぼぬれて雨の薄に鹿二つ
旅人や鹿追ひ上る春日山
旅人や鹿に餌をやる春日山
筒の音雄鹿は鳴かずなりにけり
豆腐屋の娘呼び出す神の鹿
二三匹鹿の立ちたる刈田かな
旅籠屋の厠に鹿を聞く夜哉
灯ともして宮を出づれば鹿の聲
洞穴や圓座人無く鹿白し
またくらに月上りけり一つ鹿
山の端や月さしのぼる鹿のまた
夕月や雄鹿群れ行く東大寺
浴堂の外に鹿鳴く興福寺
鹿を放ち向ふの森に鳴かせばや
二三匹鹿鳴く月の木の間哉
鹿聞きに來て鹿笛をあはれがる
鹿來る樂屋の外や薪能
春日野の宿屋を出るや鹿に逢ふ
鹿にやる菓子の殘りや紅葉茶屋
奈良に寐る絹の蒲團や鹿の聲
鹿を逐ふ夏野の夢路草茂る
トコロトコロ鹿ノ顔出ス茂リカナ
御殿場や猪死して五百年
蛇穴に入りぬ萱原を恐るゝな
穴にいそぐ小き蛇のをさな心
石垣の穴に入らず蛇の這去りし
洪水の來んとして蛇穴に入る
五蛇穴に一蛇泣く夜の風悲し
蛇穴に入らんとして物におぢ心
蛇穴に入りけり菌生えにけり
蛇穴に入りたるを覗く岡の蟹
蛇穴に入る時曼珠沙花赤し
蛇穴に入るや彼岸の鐘が鳴る
蛇の入りし榎の穴を塞ぎけり
蛇鵙に鳴き立てられて穴に入る
稻の波かぶりて遊ぶ雀かな
稻雀稻を追はれて唐秬へ
嬉しさうに忙がしさうに稻雀
むら雨やはつと崩るゝ稻雀
稻雀案山子に射られ海に入
つくつくと聞けば初鴨鳴て居る
初雁や餘所の冷みの添て來る
初雁があれあれ山の向ふから
初雁の我を見かけていそぐ也
不二こえたくたびれ顔や隅田の雁
夕榮や雁一つらの西の空
山僧の笠から雁の渡りけり
蒔繪なんぞ小窓の月に雁薄
下し來る雁の中也笠いくつ
雁いくつ一手は月を渡りけり
雁こえた山は月夜と成にけり
きのふ來てけふ來てあすや雁いくつ
さわがしう鳴くや立つ雁下りる雁
月の雁蘆ちる中へ下しけり
闇の雁手のひら渡る峠かな
風吹てくの字にまがる雁の棹
堅田なり雁の居ぬ夜のおもしろや
雁暮れて西湖明るし眞帆片帆
雁啼て船の灯遠き入江哉
雁のつら我家の上へ鳴いて來る
旅烏雁にまじりてあはれなり
旅烏雁にまじるも哀れなり
月の出や皆首立てゝ小田の雁
波ぎはや二度來た雁の二ならび
やよ雁よどこまで往ても鳰の海
大佛の御手を渡るか闇の雁
船燒けて夕榮の雁亂れけり
雨の雁ひとり屏風の月を見る
雁鳴かぬ夜もなし船の旅十日
雁の聲旅に聞かぬぞくちをしき
雁もなし入江見おろす山の上
月の雁をりをりさわぐ田面哉
朝鮮へ渡るや雁と行きちかひ
長橋を左に見てや落つる雁
投げ出したやうに山から雁の竿
飯櫃に雁の落ち來る堅田哉
雁低く薄の上を渡りけり
汽車道に雁低く飛ぶ月夜哉
汽車道に低く雁飛ぶ月夜哉
くたびれもせぬか番雁首立てゝ
田の泥に雁の足跡凍りけり
雁なくや巖に白き夜の波
聞きやるや闇におし行く雁の聲
むらむらと雁かねたまる小池哉
雨をよぶ小田の雁金あはれ也
行在は雨の漏りけり雁の聲
鐵鉢の中へ落ちけり雁の聲
三日月の下をわたるや雁の聲
陸奥通ふ雨の夜氣車や雁の聲
雁かねの家鴨にまじるあはれ也
雁かねの腹に月さす夕かな
書に倦みて饅頭燒けば雁の聲
日本が見えてやいそぐ雁の聲
雁の聲蓮盡く破れたり
行水の首筋わたる雁の聲
旅枕雁が鳴いても目がさめる
妻や子や野營夢さめて雁の聲
なかなかに猿聞きなれて雁の聲
釵で行燈掻き立て雁の聲
雨となりぬ雁聲昨夜低かりし
打消えんとすれば雁鳴き雨來る
雁かねや朝日にすくむ小田の水
灯消えんとすれば雁鳴き雨來る
駕早し根岸へ落る雁の聲
縫物や灯をかきたつる雁の聲
人を送りて歸るはしけや雁の聲
庄屋殿の提灯遠し雁の聲
鴫も來ず鴉を下りず雀堂
鴫黒く不二紫のゆふべ哉
鴫なくや笠きてやせた都人
淋しさを立ち行く鴫の夕哉
立てば淋し立たねば淋し澤の鴫
立てば淋し立たねば淋し鴫一つ
立てば鴫立たねば秋の夕かな
古沼や鴫立て三日の月低し
鴫立てあとにものなき入日哉
勅選に漏れてや鴫の猶淋し
獵師つれて鴫打ちに行く泊り掛
淋しさの三羽減りけり鴫の秋
むく鳥の聲聞きつけし林哉
歸りかけて又立ち戻る燕哉
燕や家をめぐりて暇ごひ
燕の歸りて淋し電信機
燕の歸ると見れば戻しけり
歸りしか燕門へ來ずなりぬ
鶯となりには見せてめ次郎かな
草むらや目白だまつて飛びうつる
木隱れて目白の覗く雀かな
誰やらが口まねすれば目白鳴く
眼白鳴く此里下りのお乳の人
眼白鳴くと見れば垣の眼白籠
沓の代はたられて百舌鳥の聲悲し
鵙啼て秋の日和を定めけり
鵙啼くや一番高い木のさきに
鵙啼くや灘をひかえた岡の松
鵙なくやふしを見下す松のさき
鵙ないて大根畑の日和哉
鵙なくや雜木の中の古社
鵙なくや夕日に歸る松葉掻き
稻刈れと鵙の促す日和かな
氣短に鵙啼き立つる日和哉
啼きながら鵙の尾をふる日和哉
鵙鳴て妙義赤城の日和かな
鵙鳴くや晩稻掛けたる大師道
鵙鳴くや十日の雨の晴際を
鵙鳴くや小藪の中の蕎麥畑
鵙鳴くや藪のうしろの蕎麥畠
雨の村暮れかけて鵙の声淋し
いそがしや誰が追はれて鵙の聲
馬士去つて鵙鳴いて土手の淋しさよ
鵙木に鳴けば雀和するや蔵の上
鵙鳴くや妻鎌を取つて戸を出づる
六尺の竹の梢や鵙の聲
演習の野中の杉や鵙の聲
木の末や落馬あざける鵙の聲
百舌鳴いて村會散す三時過
百舌鳴くや土手に棉荷の十四五駄
鵙の晝こほろぎの夜と分れけり
鵙鳴て北海の林檎到來す
百舌鳴くや蕣赤き花一つ
犬つれて狩に出る日や鵙の聲
稻掛けし榛の梢や鵙の聲
杉の木に鵙鳴きやんで夕燒す
鵙のやうな辯舌蟇のやうな顔
塒を出て餌につく鵙の囮哉
野に近き根岸の庭や鵙落し
鵲や橋杭になるふしの山
橋もなし鵲飛んでしまひけり
鵲の橋の一夜もうらやまし
鵲の橋に柱はなかりけり
一ツ家はこの道でなしなく鶉
一ツ家はすゝきにくれてなく鶉
粟の穂にふじはかくれて鶉啼く
あこあこと呼べど聲なし鳴く鶉
新田の曙はやき鶉かな
粟の穂に村はかくれて鶉啼く
鶉鳴いて提灯草に隱れ行く
末枯に晝の鶉のあはれなり
ちよろちよろと粟の穂がくれ行く鶉
鶉啼けば淋しきものに思ひけり
粟の穂に鶉かくれて見えずなりぬ
鶉取る人は歸りぬ鳴く鶉
片鶉交野の人家灯ともさず
向きあふて鳴くや鶉の籠二ツ
ぬかつけは鵯なくやどこてやら
鵯の二羽來て狹き砌かな
鵯の人をよぶやら山淋し
鵯や夜は子猿の叫ぶ枝
我なりを見かけて鵯のなくらしき
鵯の聲ばかり也箱根山
鵯や晝の朝顏花細し
鵯鳴いて杉の下道晝凄し
山は雲鵯鳴いて奥深し
御獵場やひよ鳥驕る蝶々と
町中に鵯群るゝ水木かな
雀ほど鶸鳴きたてゝ山淋し
追ひつめた鶺鴒見えず渓の景
忘れたる笠の上なり石たゝき
鶺鴒の糞して行くや石佛
鶺鴒の飛び石づたひ來りけり
鶺鴒の欄干はしる五條哉
鶺鴒の尾にはねらるゝ蚯蚓哉
鶺鴒や岩を凹める尾の力
せき鴒や風にかまはぬ尾のひねり
鶺鴒やこの笠たゝくことなかれ
鶺鴒や三千丈の瀧の水
鶺鴒や飛び失ふて殘る不盡
鶺鴒や庭の小石をふみ返し
鶺鴒や欄干はしる瀬田の橋
鶺鴒よこの笠叩くことなかれ
叩く尾のすりきれもせす石敲き
飛ぶさまや尾につらさるゝ石叩き
箱庭の山に上るや石たゝき
箱庭の山へ上るや石たたき
ひよいひよいと鶺鴒ありく岩ほ哉
鶺鴒のあらはれそめて山けはし
鶺鴒の見えそめてより山けはし
鶺鴒や山と渓との幾十里
鶺鴒や瀧をはねたる尾の力
鶺鴒や叩き折つたる石の橋
鶺鴒や水痩せて石あらはるゝ
藪川や鶺鴒とまるごみの上
鶺鴒や浪うちかけし岩の上
淵靜かに鶺鴒の尾の動きけり
瀧落ち岩尖る處鶺鴒飛ぶ
鶺鴒や池の渚の芭蕉塚
鶺鴒や池の汀の芭蕉塚
啄木鳥のつゝき落すやせみのから
木のうろに隱れうせけりけらつゝき
啄木鳥の來て錦木を倒しけり
啄木鳥や山しんとして晝の月
秋の小鳥はらはらと枝に飛び移る
秋の小鳥梟の目を笑ひけり
色鳥の聲をそろへて渡るげな
色鳥や頬の白きは頬白か
鳥はらはらどれが頬赤やら目白やら
鳥はらはらどれが目白やら頬赤やら
色鳥や一むれ嶋へ分れ行く
打ち得たる色鳥美也名を知らず
朝鳥の來ればうれしき日和哉
一つ一つ帆柱くれて渡り鳥
一つづゝ帆柱暮れて渡り鳥
軍艦の帆檣高し渡り鳥
牛積んだ船の上より渡り鳥
烏羽玉や夜半の嵐の渡り鳥
崩れては返し寄せては渡り鳥
今朝どこを立て夕日の渡り鳥
爲朝の弭のさきや渡り鳥
ひたすらにそなたと許り渡り鳥
我畑の米くひに來よ渡り鳥
草臥や我足遲き渡り鳥
船の灯を目當に闇の渡り鳥
渡りかけて鳥さわぐ海の響き哉
小嶋から陸へ五町の渡り鳥
小島から岡へ五町の渡り鳥
旅僧やひとり四國へ渡り鳥
旅人の馬こはがるや渡り鳥
とりつくや日本の山へ渡り鳥
晝凄し沖は嵐の渡り鳥
むれ來るや小鳥は小鳥雁は雁
大海や一かたまりの渡り鳥
一むれは大島さして渡り鳥
かぎりなり竿になる手やわたり鳥
籠の虫皆啼きたつる小雨哉
虫賣の月なき方へ歸りけり
虫賣や北野の聲に嵯峨の聲
松杉や晝の虫鳴く八重葎
笠塚や晝の蟲鳴く石の下
ある月夜ことごとく籠の虫を放つ
籠の蟲鳴いて居るのを覗かばや
籠の虫茄子の露を吸ひにけり
傾城や格子にすがる籠の虫
一つ買ふて歸れば淋し籠の虫
人病んで籠の虫鳴く枕もと
虫賣や虫かしましき市の月
虫聞くべくこゝに亭あり岡の上
湯戻りの小便するや蟲の中
わりなしや鳴くものにして籠の虫
富める人の蟲買ふて放つ植木鉢
虫賣の虫賣と語る嵯峨の道
虫賣の虫賣に逢ぬ嵯峨の道
籠の虫の鳴かざるを庭に放ちけり
庭の草に鳴かざる蟲を放ちけり
サマヾヽノ蟲鳴ク夜トナリニケリ
虫取る夜運座戻りの夜更など
虫の音の上に床しく伏家哉
蟲の音をふみわけて行く小道哉
ともし火になじむ夜頃や虫の聲
邯鄲につかれ忘れる枕かな
仇し野や露吸ふ虫の聲三里
横窓は嵯峨の月夜や蟲の聲
新道やまだ人なれぬ蟲の聲
虫賣りにゆられて虫の啼きにけり
虫啼て籠から月をのぞきけり
虫の鳴隅隅暗し石灯籠
駕籠舁の喧嘩も過ぎて虫の聲
旅人のいそぐ夜山や虫の聲
婆々が茶屋夜は虫鳴く處哉
虫の音や君を思へば土手八町
蓬生はこのましき名よ虫の聲
蓬生はこのもしき名よ虫の聲
下宿屋の裏窗あかし虫の聲
虫鳴くや木もなき闇の山一つ
噛みまぜてあくび念佛蟲の聲
行列の太皷過ぎけり蟲の声
蟲鳴くや梅若寺の葭簀茶屋
蟲鳴くや金堂の跡門の跡
蟲鳴くや七堂伽藍何もなし
蟲鳴くや花露草の晝の露
蟲鳴くや闇におどろく地藏尊
蟲の聲一番鷄の鳴きにけり
旅に迷ふ心細さを虫の聲
野の闇の渺茫として虫の聲
萩が枝に蟲籠吊つて聞きにけり
萩が根も芒かもとも虫の聲
町荒れて家まばら也虫の聲
蟲籠やこちらで鳴けばあちらでも
虫鳴くや人少し野の停車場
虫の名は知らず虫聞く男ども
灯ともせば既に蟲なく夕哉
窓の灯の草にうつりて虫の聲
虫鳴や俳句分類の進む夜半
くたびれし僧の鼾や蟲の聲
竹垣の外は上野や虫の聲
庭上にラムプを置くや蟲の聲
更くる夜や川を隔つる虫の聲
蟲鳴くや月出でゝ猶暗き庭
虫の聲二度目の運坐始まりぬ
ツクヾヽト我影見ルヤ虫の聲
八石ノ拍子木鳴ルヤ虫ノ聲
虫ノ聲滋シ歌ヨミナラバ歌ヨマン
夜凉如水書燈ニ迫ル虫ノ聲
夜嵐に黒木くつれていとゝかな
夜嵐や黒木くづれて鳴くいとゞ
灯ともすや竈馬飛びつく佛の眼
筆の穗にいとど髭うつ寫し物
轡蟲夜討も來べき夜なる哉
轡虫夜討よすると覺えたり
一夜一夜がちやがちや近くやかましく
松虫や風呂暗らくして松の月
人は寐て籠の松虫啼きいでぬ
迯したる松虫なくや庭の草
松蟲ヤ露ニ濡レタル絹團扇
鈴蟲や露をのむこと日に五升
鈴虫や土手の向ふは相模灘
鈴虫や小川の流れちかちかと
よもすがら鈴虫近く波遠し
鈴虫の籠に燈籠の月夜哉
釜の湯は冷えて鈴蟲ちんちろり
鈴虫や風呂の灯消えて松の月
鈴虫や風呂場灯消えて松の月
鈴蟲よ鳴け籠の月籠の露
飼ひ置きし鈴虫死で庵淋し
山路の草間に眠るきりぎりす
むさし野や月をふまへてきりきりす
掛茶屋の灰はつめたしきりきりす
下駄箱の奥になきけりきりきりす
下駄箱の底になきけり蟋蟀
こほろぎの蘆にとびつく襖かな
こほろぎの頭にはねる伏家かな
汐風にすがれて鳴くやきりきりす
捨笠をうてばだまるやきりきりす
露のちるたびになくなり蟋蟀
我庵や蠧にまじはる蟋蟀
曉や廚子を飛び出るきりきりす
あかつきや御厨子とびでる蟋蟀
刈りのこす草のあたりやきりきりす
笊ふせて置けば晝鳴くきりきりす
賤か家に露おく床やきりきりす
旅人の草鞋すてたりきりきりす
夜をこめて麥つく臼や蟋蟀
夜をこめて麥つく音やきりきりす
井戸堀の焚火のあとやきりきりす
こほろぎや露なめて居る夜泣石
山ぞひや帽子の椽にきりぎりす
山ぞひや帽子の端にきりきりす
馬の息とゞくあたりのきりきりす
大寺の竃は冷えてきりきりす
草刈つて枕に遠しきりきりす
こほろぎや承塵の邊に聲す也
晝鳴いて子に取られけりきりきりす
吉原の太皷更けたりきりきりす
こほろぎや蜩いまだ鳴きやまず
惣門は錠のさゝれてきりきりす
佛壇のともし火暗しきりきりす
平作もおよねも寐たりきりきりす
夕露や大砲冷えてきりきりす
籠二つきりぎりす先鳴いでぬ
こほろぎに宿かる蝶の旅寐哉
こほろぎに宿かる蝶の夫婦哉
こほろぎに宿かる旅の胡蝶哉
こほろぎの佛壇の中に鳴出しぬ
こほろぎや青物市のこぼれ菜に
萩の月きりきりすやがて鳴出ぬ
こほろぎや猫の寐て居る臺處
いな子燒く香やこほろきの鳴止ぬ
こほろぎや翌の大根を刻む音
こほろぎや翌の大根を刻みけり
こほろぎや犬を埋めし庭の隅
こほろぎや隣へ移る壁の穴
こほろぎや隣へくゝる壁の穴
こほろぎや夜學の灯消して後
消エントシテトモシ火青シキリヾヽス
コホロギヤ物音絶エシ臺所
夜更ケテ米トグ音ヤキリヾヽス
馬追にラムプの低き葛家哉
馬追のこほろぎを追ふ聲すなり
馬追の長き髭ふるラムプ哉
馬追の我貧乏を鳴く夜哉
馬追や追ひ出だされて椽に鳴く
椽端に馬追啼くや西瓜の灯
月明り馬追鳴くや西の窓
狹莚に機織鳴けば足寒し
釣鐘にとまりて鳴くや秋の蝉
秋の蝉子にとらるゝもあはれ也
此頃はまばらになりぬ秋の蝉
秋の蝉朝日にきほふあはれなり
啼きなから蟻にひかるゝ秋の蝉
鳴くあとのやゝ淋しさや秋の蝉
秋の蝉蜩にまぎれ鳴きにけり
死にかけて猶やかましき秋の蝉
泣き盡す我が玉の緒も秋の蝉
泣盡せりわが玉の緒も秋の蝉
蜩に鳴き勝たれけり秋の蝉
一日一日思ひせまるか秋の蝉
あながまや死ぞこなひの秋の蝉
あながまや死でもよきに秋の蝉
拔けんとして拔け得ず死る秋の蝉
やかましきものニコライの鐘秋の蝉
九月蝉椎伐ラバヤト思フカナ
病牀ノウメキニ和シテ秋の蝉
庭に椎の樹ありつくつくぼうし鳴く
大聲につくつくほうしと鳴て居る
家ヲ遶リテツクヽヽボーシ樫林
ツクヽヽボーシ明日無キヤウニ鳴キニケリ
ツクヽヽボーシ雨ノ日和ノキラヒナシ
ツクヽヽボーシツクヽヽボーシバカリナリ
夕飯ヤツクヽヽボーシヤカマシキ
友をまつ虫たゞ日ぐらしの蝉のこゑ
蜩や椎の實ひろふ日は長き
蜩や背戸から覗く婆の顔
蜩や隣もねむき絲車
蜩に一すぢ長き夕日かな
蜩の松は月夜となりにけり
蜩や金箱荷ふ人の息
蜩や一日一日をなきへらす
蝉の聲あつし蜩やゝ涼し
蝉蜩其中下す小舟かな
蜩の二十五年もむかし哉
蜩やお堀の松に人もなし
蜩や乘あひ舟のかしましき
蜩や宮しんとして人もなし
蜩や飯くふ窓に樫の影
蜩や森は夕日の古やしろ
蜩や夕日の坐敷十の影
蜩や夕日の里は見えながら
奥の院見えて蜩十八町
蜩の茶屋靜かなり杉の中
蜩の茶屋靜かなる木の間かな
蜩や動物園の垣ひろし
蜩の聲の尻より三日の月
蝉の鳴いて机の日影かな
蜩や夕日の窓に樫の影
蜩や上野の茶店灯ともる
書に倦むや蜩鳴て飯遲し
蜩や几を壓す椎の影
蜩や柩を埋む五六人
雨晴れて山は蜩夕榮す
蜩に翌の米とぐ伏屋哉
蜩に翌の米なき伏屋哉
蜩や尼こゝに住む二十年
蜩や神鳴晴れて又夕日
蜩や木曾塚こゝに杉木立
蜩や小説を書く田舍住
蜩や疊に上る夕日影
蜩や竝松盡きて町に入る
蜩や旅籠もすなる一軒家
蜩や谷中を出づる墓參
夕榮や蜩多き岡の松
殘る蚊や飄々として飛んで來る
秋の蚊や疊にそふて低く飛ふ
秋の蚊や疊の上を低く飛ふ
哀れにも來て秋の蚊のころさるゝ
哀れにも來てころさるゝ秋の蚊の
秋の蚊や親にもらふた血をわけん
秋の蚊を追へどたわいもなかりけり
秋の蚊に病む身さゝるゝ山路かな
壁の笠とれは秋の蚊あらはるゝ
壁の笠とるや秋の蚊あらはるる
秋の蚊の聲ばかりするあはれ也
秋の蚊や死ぬる覺期でわれを刺す
待つ戀を又秋の蚊にさゝれけり
秋の蚊とあなどれば群れて我をさす
秋の蚊の人見て出づる箱根山
秋の蚊や人見て出るよ卵塔場
秋の蚊の泣聲細し古そとば
秋の蚊の人見て出づる上り阪
秋の蚊の人見て出るよ卵塔場
秋の蚊や人見て出づる上り阪
秋の蚊やともし火暗き棺の前
一夜二夜秋の蚊居らずなりにけり
秋の蚊の大粒なるが殘りけり
秋の蚊や墓場に近き寺の庫裏
秋の蚊や秋海棠を鳴いて出る
秋の蚊や玉の御膚刺しに來る
秋の蚊の源左衞門と名乘りけり
秋の蚊のよろよろと來て人を刺す
病室に蚊帳の寒さや蚊の名殘
痩臑ニ秋ノ蚊トマル憎キカナ
追かけた人にとまるや秋の蝶
枯れ草にすれすれ飛ぶや秋の蝶
魂祭ふわふわと來る秋の蝶
すかりてはへちまにゆれる秋の蝶
秋に來て石臼頼む胡蝶かな
秋の蝶動物園をたどりけり
秋の蝶長柄の傘にとまりけり
秋の蝶長柄の傘に宿りけり
馬糞にわりなき秋のこてふ哉
情なう色のさめたり秋の蝶
情なく色のさめけり秋の蝶
秋の蝶祗王の袖にかくれけり
淋しさや杉の木立ちの秋の蝶
炭竈をめぐりて秋の胡蝶哉
秋の蝶物喰はで何を生きて居る
秋の蝶羽小さくもなりにけり
命なり小夜の中山秋の蝶
馬糞に息つく秋の胡蝶哉
何事の心いそぎぞ秋の蝶
塵塚や扇の骨に秋の蝶
身のはてや蟻の餌食の秋の蝶
身のはてを蟻にくはるゝ秋の蝶
毛虫にもなれぬ妄執か秋の蝶
毛蟲にもなれぬ妄執や秋の蝶
毛蟲にもなれぬ夫婦や秋の蝶
辻君のたもとに秋の螢かな
枯れ柴にくひ入る秋の螢かな
消えもせでかなしき秋の螢かな
附木手に燃えつきて秋の螢飛ぶ
日にむけたぢゝの背中や秋の蠅
日にさらす人の背中や秋の蠅
わびしげに臑をねぶるや秋の蠅
笠について一里は來たり秋の蠅
飯粒を探りあてたり秋の蠅
秋の蠅叩かれやすく成にけり
秋の蠅二尺のうちを立ち去らず
秋の蠅拂子の髭にとまりけり
はたごやにわれをなぶるか秋の蠅
秋もはや象なぶるべき蠅もなし
馬糞をはなれて石に秋の蠅
秋の蠅叩いて見れば叩かるゝ
人もなし駄菓子の上の秋の蠅
お供物に群れたる秋の蠅鈍し
秋の蠅秋の蚊よりも猶憎し
瀬戸船や晝餉にたかる秋の蠅
打捨し辨當のからや秋の蠅
秋ノ蠅追ヘバマタ來ル叩ケバ死ヌ
秋ノ蠅殺セドモ猶盡キヌカナ
秋ノ蠅叩キ殺セト命ジケリ
秋ノ蠅蠅タヽキ皆破レタリ
濕氣多ク汗バム日ナリ秋ノ蠅
病室ヤ窓アタゝカニ秋ノ蠅
蓑虫の首ちゞめたる嵐哉
蓑虫の其父母よりも鳴くなめり
蓑虫の妹戀しとは鳴かぬ也
蓑虫の金戀しとは鳴くなめり
蓑虫の闇とも知らで啼きにけり
蓑蟲やひとり常夜の闇を鳴く
蓑蟲のなくや芭蕉の塚の木に
蓑虫ノ鳴ク時蕃椒赤シ
芋虫や女をおどす惡太郎
西日さす地藏の笠に蜻蛉哉
蜻蛉や花なき枝を飛めぐり
蜻蛉やりゝととまつてついと行
砂濱にとまるものなし赤蜻蛉
旅人の笠追へけり赤蜻蜒
蜻蛉の中ゆく旅の小笠哉
耳なくてにげるやんまの悟り哉
牛若の扇は赤きとんほ哉
草枕我膝にくる蜻蛉哉
蜻蜒のうつる西日や竹格子
蜻蜒や追ひつきかぬる下り船
蜻蜒を相手に上る峠かな
赤蜻蛉筑波に雲もなかりけり
石橋の石に喰ひつく蜻蜒哉
蜻蛉の影せつろしや顔の上
蜻蛉の勢を揃ゆる夕日哉
蜻蛉の眠られもせぬ眼玉かな
蜻蛉群るゝ地藏の辻の夕日哉
兀山にそふて夕日の蜻蛉哉
噴水につばへて遊ぶ蜻蜒かな
堀割を四角に返す蜻蛉哉
赤蜻蛉地藏の顔の夕日哉
赤蜻蜒飛ぶや平家のちりぢりに
動かずに早瀬の上の蜻蜒かな
蜻蛉の海をかゝえる西日かな
蜻蛉の御寺見おろす日和哉
蜻蛉の御幸寺見下す日和哉
蜻蛉や何をわすれてもとの杭
線香の烟に向ふ蜻蛉かな
赤蜻蛉鳥毛の槍の通りけり
絲つけてふりまはさるゝ蜻蛉哉
五郎櫃を追ひかけて行く蜻蛉哉
竹竿のさきに夕日の蜻蛉かな
溜池に蜻蛉集まる夕日哉
蜻蛉の羽にかゝやく夕日かな
晝の雲消え去つて蜻蛉蚊の如し
赤蜻蛉運動會の日となりぬ
いつ見ても蜻蛉一つ竹の先
蜻蛉の群れて河越す夕日かな
年五十蜻蛉つりしことを思ふ哉
とまらんとす蜻蛉に動く芒哉
蜻蜒の蜻蛉にとまる水の上
干柿に蜻蛉飛行く西日かな
蘆の葉の蜻蛉風無し蟹の泡
演習に人群るゝ岡や赤蜻蛉
土べたにくひついて居る蜻蛉哉
蜻蜒のとまり直して夕日哉
蜻蛉の外は動かず沼の草
蜻蛉の外は動かず沼の晝
番兵にとまらんとする蜻蜒哉
水草や蜻蛉とまる秋の花
醉兵士蜻蜒釣る子を叱りけり
團十郎の眼玉蜻蛉の眼玉かな
蜻蛉や日本一の大眼玉
飛付て螽を落す蛙哉
あぜ道や稻をおこせば螽飛ぶ
菅笠に螽わけゆく野路哉
稻刈りて水に飛びこむ螽かな
蛙迯げ螽飛ぶ野の小道哉
刈株に螽老い行く日數かな
飛びかけし螽押ゆる嵐かな
はらはらと螽飛ぶ野の日和哉
低く飛ぶ畔の螽や日の弱り
餘所の田へ螽のうつる日和哉
我袖に來てはね返る螽かな
飛びはせで川に落ちたる螽かな
はらはらと汽車に驚く螽かな
稻刈りてにぶくなりたる螽かな
稻刈るや螽飛び込む野の茶店
螳螂のおどしてまはる螽かな
燒鮎に賣れ殘りたる螽哉
螽取る人に飛びつく螽哉
螽焼く爺の話や嘘だらけ
稻舟に游ぎついたる螽かな
くたびれて歸る野道や螽踏む
問ふて曰く稻の稻子の鳴くや否や
一つつかむ手に猶攫む螽哉
蟷螂の風にはむかふきをひ哉
秋風や蟷螂肥て蝶細し
稻妻やかまきり何をとらんとす
かきよせて又蟷螂の草移り
蟷螂の切籠にかゝる夕かな
かまきりのはひ渡る也鍋のつる
かまきりの引きゆがめたる庵哉
かまきりのゆらゆら上る芒哉
蟷螂の斧ほのほのと三日の月
蟷螂は叶はぬ戀の狂亂か
かまきりは聲にも出さぬ思ひ哉
螳螂も刀豆の實にくみつくか
蟷螂や西瓜の甲かゝんとす
石塔に誰れが遺恨のかまきりぞ
螳螂の露ひきこぼす葉末哉
螳螂の石を枕にはてにける
螳螂の身は痩せながら何恨む
きほへども身は蟷螂の痩腕
いくさありと鎌切急ぐ嵐かな
いちさきに螳螂逃げる嵐かな
蟷螂落ち蜈蚣這ひ上る縁の上
蟷螂に石うつて去る野路かな
螳螂にしばしば出逢ふ小道哉
蟷螂の枳殻の中に逢着す
螳螂のすぐに鎌振る卑怯哉
蟷螂の取逃したる螽哉
蟷螂の這登りたる城の壁
螳螂の人に向かふぞあはれなる
螳螂の不覺を取りし最期哉
蟷螂のほむらさめたる芙蓉かな
螳螂や油取らるゝ身の終り
螳螂や蟹のいくさにも參りあはず
螳螂や鐘の龍頭に手をかける
螳螂や二つ向きあふ石の上
桐落ちて螳螂多き小庭かな
執念や鎌切踏めば腹の蟲
城跡やばつた蟷螂なんど飛
日蝕して蟷螂蝉を捕んとす
螳螂や蟹の味方にも參りあはず
蚯蚓鳴けば蓑虫もなく夕哉
名劍の土に埋れて蚯蚓なく
名劍は土に埋れて蚯蚓鳴く
夕闇に蚯蚓鳴きけり流元
童子呼べば答なし只蚯蚓鳴く
茶坊主の鼾の下や蚯蚓鳴く
眞夜中や蚯蚓の聲の風になる
手洗へば蚯蚓鳴きやむ手水鉢
蚯蚓鳴く第四の絃に恨あり
蚯蚓鳴くとそれはおけらの一種也
蚯蚓鳴くや土の達磨はもとの土
蛙鳴蝉噪彼モ一時ト蚯蚓鳴ク
秋の蜘枕刀にかくれけり
秋の蜘枕刀にひよりぬ
秋の蜘枕刀に落かゝる
善き酒を吝む主やひしこ漬
押しよせて網の底なる鰯哉
五軒家や門竝はいる鰯賣
鰯分つ上樣日和暮れんとす
夕榮や鰯の網に人だかり
夕燒や鰯の網に人だかり
目をぬすみ小鰯ひろふ貧女哉
安房へ來て鰯に飽きし脚氣哉
安房へ來て鰯をくはぬ脚氣哉
今取りし鰯をわけてもらひけり
鰯網鰯の中の小鯛哉
鰮干す磯靜か也遠鴎
鰯焼く隣同士や木槿垣
カンテラに鰯かゝやく夜店哉
三錢の鰯包むや竹の皮
十家内こぞつて出ぬ鰯網
十家内こぞって出たり鰯網
大漁の鰯拾ふて戻りけり
大漁や鰯こぼるゝ濱の道
覗き行く夕餉の家や鰯賣
夕餉すみて濱の散歩や鰯網
十ヶ村鰮くはぬは寺ばかり
北海の鮭あり厨貧ならず
澁鮎の岩關落す嵐かな
澁鮎のさりとて紅葉にもならず
さびたりな茄子の紫鮎の腹
何として鮎はさびたぞ取られたぞ
落鮎や小石小石に行きあたり
鮎澁ていよいよ石に似たりけり
落鮎にはねる力はなかりけり
落鮎や武者の瀬を聞く村はづれ
落鮎の身をまかせたる流れかな
海へ五里一日に鮎や落るらん
瀬の音や月夜に落つる鮎もあらん
落鮎の三の瀬あたり人網す
赤腹とあだ名や立ちて紅葉鮒
山里に魚あり其名紅葉鮒
紅葉鮒琉球人におくらばや
沙魚釣りの大加賀歸る月夜哉
引しほやはぜつり出る埠の先
引汐や沙魚釣り繞る阜頭の先
鱸さげて簔笠の人通りけり
籠あけて雜魚にまじりし鱸哉
堀江潟釣り得て歸る鱸かな
江に網し三尺の鱸得て歸る
誰か知らず三尺の鱸得て歸る
訴へや廣島の鱸伊豫の鯛
鱸釣る藤江の浦を尋ねけり
吸物も鱸さしみも鱸哉
釣上し顔に鱸の雫かな
貧厨の光を生ず鱸哉
太刀魚の出刃庖丁にはてにけり
太刀魚の水きつて行く姿かな
馬つなぐ綱にこかるゝ木槿かな
折れもせで凋む木槿の哀れなり
一尺の木に花さかる木槿かな
家もなき土手に木槿の籬かな
尼寺の尼のぞきけり白木槿
馬ひとり木槿にそふて曲りけり
白木槿鳥海山を見こし哉
海苔あぶる匂ひの深し木槿垣
木槿垣鳥海山を見こしかな
木槿咲く土手の人馬や酒田道
紫と名には呼ばれぬ木槿哉
繪屏風に木槿を漏るゝ夕日哉
杉垣に結ひこまれたる木槿哉
寺町の片側淋し木槿垣
花木槿西日さしこむ簀子かな
木槿垣人も通らぬ小道かな
木槿垣箕輪の里の境かな
木槿垣箕輪をめぐる小川哉
木槿咲いて船出來上る漁村哉
木槿咲て里の社の普請かな
木槿咲く垣や小道の楷子賣
木槿咲く何ぞと見れば野雪隱
川舟や木槿の垣根菊の背戸
君が門木槿見て行く別れ哉
汐風や痩せて花なき木槿垣
駄菓子賣る村の小店の木槿かな
花木槿家ある限り機の音
花木槿雲林先生恙なきや
道ばたに蔓草まとふ木槿哉
道ばたの木槿にたまるほこり哉
木槿垣草鞋ばかりの小店哉
木槿咲く塀や昔の武家屋敷
夕暮の旅僧通る木槿かな
十軒の長屋とりまく木槿哉
白木槿大水引いて家孤なり
花木槿犬神飼ふと人のいふ
低き木に花咲くそれは白木槿
木槿垣本所區を野へ出る處
落馬した人あはれむや花木槿
家借られざる一月木槿盛り也
かけ落の夫婦來て住む木槿垣
かたばかり長屋の前の木槿垣
木槿咲て繪師の家問ふ三嶋前
山の手や朝日さしたる木槿垣
木槿垣出水の跡を殘しけり
木槿さくや寺のうしろの貧乏町
やぶ入の一日にしぼむ芙蓉哉
雨の芙蓉花かたつらになひきけり
妻戸明けて一枚はねる芙蓉哉
枝廣くたしかに開く芙蓉哉
古家や芙蓉咲いて人なまめかし
爪紅の手をのべて芙蓉折らんとす
露なくて色のさめたる芙蓉哉
芙蓉咲く橋の袂の小家かな
芙蓉見えてさすがに人の聲ゆかし
松が根になまめきたてる芙蓉哉
八ツ時の太皷打ち出す芙蓉哉
村會の議員住みける芙蓉哉
廢舘に鷄遊ぶ芙蓉かな
芙蓉咲いて古池の鴛やもめ也
明家の草の中より芙蓉哉
雨にぬれて雜草の中の芙蓉哉
雜草の雨にぬれたる芙蓉哉
椽廣く折り曲りたる芙蓉哉
碁の音や芙蓉の花に灯のうつり
萎みたる芙蓉の花や磬の聲
月出たり芙蓉の花の傍に
廢苑や芙蓉を覆ふ葭の風
廣椽の折り曲りたる芙蓉かな
柳散る芙蓉の庭や朝嵐
武藏野を見下す寺の芙蓉哉
芙蓉ヨリモ朝顔ヨリモウツクシク
雪洞は消えて木犀の匂ひ哉
木犀や雨の欄干人もなし
木犀や朱欄高くア鬟月に立つ
木犀や欄干高く人もなし
木犀の夕小袖にたきものす
木犀や母が教ふる二絃琴
朝飯に木犀匂ふ旅籠哉
詩人住む寺の坐敷や木犀花
木犀やしきりに匂ふ宵の程
木犀や人は寐ねたる庭の月
木犀や障子しめたる佛の間
桐の木に家あらはるゝ小路哉
桐の木に葉もなき秋の半かな
ひろがつたまゝで落るや桐一葉
石上の梦をたゝくや桐一葉
隣からそれて落ちけり桐一葉
見てをればつひに落ちけり桐一葉
あなかちに枯れるてもなし桐一葉
落ちてから庭をはいれば桐一葉
落ちてから庭をはひけり桐一葉
大内に秋の一葉や桐の紋
重けれは落つるならひそ桐一葉
鎌きりを石にふせるや桐一葉
桐の木に雀とまりて一葉かな
桐一葉尼の頭にかゝりけり
桐一葉落て鳴きやむいとゞ哉
桐一葉落ちても秋の未だ青し
桐一葉笠にかぶるや石地藏
桐一葉心もとなきひゝき哉
桐一葉何をかいてもはぢきけり
桐一ははしごの段にかゝりけり
桐一葉一葉やついに不二の山
桐一葉拾ふてもとる小供かな
桐二木時をちがへて一葉かな
業平は何とか見たる桐一葉
ぬす人のはいつた朝や桐一葉
早し遲し二木の桐の一葉哉
一雨は過ぎて靜かに桐一葉
一葉ちるはじめもなくて桐林
井のそこに沈み入りけり桐一葉
金持は悟りのわろし桐一葉
曙や一葉浮いたる手水鉢
桐の葉の四五枚許り動きけり
つくねんと坐し居れば桐の一葉落つ
夏痩の骨にひゞくや桐一葉
我に落ちて淋しき桐の一葉かな
我に落ちて夕淋しき桐の一葉哉
桐も落ちず風そよめかす許り也
人聲や桐の葉がくれ灯のともる
晝人なし棋盤に桐の影動く
落ちたるは蟲ばみし桐の一葉哉
桐の葉のいまだ落ざる小庭哉
桐の葉の落ちても居らず庭の芝
桐落ちて庵の障子の破れ哉
桐落ちて椶櫚緑なる小庭哉
塵取に押し込む桐の廣葉かな
病む人の獨り聞き知る一葉哉
おくればせに殘る一葉も散りにけり
我に落ちてものゝ淋しき一葉哉
青桐の實は豌豆に似たりけり
絲萩の露こぼしけり青蛙
萩ちるや檐に掛けたる青燈籠
一日の旅おもしろや萩の原
猪や臥せし鹿や亂せし萩の花
すりよつてだいても見たり萩の花
分けて行く手にきづかはし萩の花
水門に萩を吸ひこむ流れ哉
あえぎあえぎ登って見るや萩すゝき
一句なかるべからずさりとてはこの萩の原
うねりたるまゝを小萩のうねり哉
うねりたるまゝを小萩のすがた哉
奥山やうねりならはぬ萩のはな
大ゆれにゆれてあぶなし萩の花
白露のちるやたまるや萩すすき
白萩や夜のあけぎはをりんと澄む
床の間の萩は一日おくれけり
ぬれて戻る犬の背にもこぼれ萩
萩薄秋を行脚のいのちにて
ふみこんで歸る道なし萩の原
行きくれてふりむくかほや萩芒
夕月やたゝかば散らん萩の門
萩に寐て月見あげたる小鹿哉
同し秋高低に成て萩と葛
笠賣の笠ぬらしけり萩の露
傾城は屏風の萩に旅寐哉
白露にぬれて重たし萩の蝶
白萩の露ふき落す薄哉
白萩や以ての外に露もなし
萩薄小町が笠は破れけり
萩薄小町が笠は破れたり
萩薄月に重なる夕かな
萩薄一ツになりて花火散る
萩の露疊の上にこぼしけり
萩の花思ふ通りにたわみけり
萩の花思ひ通りにたわみけり
萩ゆられ葛ひるかへる夕かな
萩折て戻れは肩の月夜かな
古寺や木魚うつうつ萩のちる
ほろほろと露になりけり雨の萩
御陵としらで咲けり萩の花
風の萩月に起き臥す夕哉
白萩のしきりに露をこほしけり
白萩や星一つ消え二つ消え
新井戸にこほれそめけり萩の花
月に出でゝ萩の枝折戸押す女
庭の萩寐て見るやうにたわみけり
萩さくや百萬石の大城下
萩散ちるや女机の愚案抄
萩に來てはねかへさるゝ雀かな
萩の中に猶白萩のあはれなり
萩の花くねるとなくてうねりけり
萩の花雀の背にこほれけり
萩の花寐て見るやうなたわみ哉
萩を手に兒山下る一人かな
萩を見に行くや彼岸の渡し舟
はなしては又抱えけり萩の花
はね返し牛行く萩の小道哉
灯きえんとして小窓にそよぐ萩の影
人ぬれて萩の下道月細し
堀わりのきはにうつむく萩の花
山駕籠に散りこむ萩の盛哉
我まゝの猶うつくしき小萩哉
大庭に亂れぬ萩のまがきかな
こぼるゝや萩の枝折戸誰が住みて
裾山や萩咲く中の尼一人
裾山や萩吹く中の尼一人
地に引くや雀のすがる萩の花
露の萩はらりはらりとはね返る
萩散るや筧の下の水溜り
萩の花垣と申さば垣ながら
人や待つ萩の枝折戸明けすてゝ
古塚や何を亂れて萩の花
明き寺や取り亂したる萩の花
馬牽くや松の下道乱れ萩
筧からこぼれた水を萩の露
風をいたみ萩の上枝の花もなし
さきつ散りつ皆露の萩萩の露
白萩や水にちぎれし枝の尖
僧もなし山門閉ぢて萩の花
太閣の像の古びや萩の花
旅人の簔着て行くや萩の原
萩荒れて鵙鳴く松の梢哉
萩ちりぬ西行も來よ宿かさん
麓から寺まで萩の花五町
古簑や芒の小雨萩の露
ほろほろと石にこぼれぬ萩の露
ものうさや手すりに倚れば萩の花
ものうしや手すりによれは萩の花
尼をその尼をなつかしみ萩の門
垣の外に萩咲かせけり百花園
今年又養ひ得たり萩桔梗
靜かさや少しこぼるゝ萩の花
僧房を借りて人住む萩の花
其はてが萩と薄の心中かな
道慾な坊主錢取る寺の萩
名所や小僧案内す萩の庭
庭の萩莟も持たずあはれ也
野の萩の伏し重なりて路もなし
萩芒風絶ゆることもなかりけり
萩薄中に水汲む小道かな
萩芒萩は芒に押されけり
萩芒われに落馬の心あり
萩散らぬ寺の小道もなかりけり
萩の花のこぼれ盡さぬ程に來よ
萩の路薄の路と分れけり
萩の畫月の句も一つ袋かな
萩の画も月の句も一つ袋かな
萩は月に芒は風になる夕
萩は骨に薄白髪にならんとす
萩低く薄の風をかぶりけり
古庭の萩に錢取るお寺かな
古庭の萩に錢取る坊主かな
みちのくは馬の多さよ萩の花
水の上に萩うづ高くこぼれけり
遣戸あけて彳めば萩の亂れ哉
我庵や萩に飯櫃松に竿
萩の中に猶の白萩あはれなり
いもうとが日覆をまくる萩の月
七日月庇の下に萩の上に
萩植て家賃五圓の家に住む
萩咲て家賃五円の家に住む
萩咲くや生きて今年の望足る
萩芒今年は見たり來年は
萩芒來年逢んさりながら
萩寺の屏風に萩の發句哉
萩に立て萩の句記す手帳哉
萩によらで蝶の過行く恨哉
萩の風さぞや都は砂ほこり
萩の風書燈消えんとしてあかる
朝飯や日のあたりたる萩芒
うしろ手に百日草や萩の花
枝折れて野分のあとの萩淋し
押分て行けは行かるゝ萩の原
合點ぢや萩のうねりの其事か
萩刈て百日草のあらは也
萩芒水汲みに行く道一つ
萩の花二百十日を氣遣ひぬ
花少し殘れる萩を刈にけり
温泉の道や通ひなれたる萩桔梗
草庵に千句の會や萩の花
妻を呼ぶ籠の鶉や庭の萩
杖によりて立ち上りけり萩の花
庭荒れて萩の亂れをつくろはず
萩咲いて俗に墮つ松の小庭哉
萩咲て抱一の画を掛にけり
萩を題に歌つくらしむ萩の宿
箔燒けて萩の模樣や古色紙
彫物の鹿を置きけり萩の庭
活版の誤植や萩に荻交る
下草に萩咲く松の林かな
土饅頭萩も芒もなかりけり
萬葉の輪講會や萩の花
餅ノ名ヤ秋ノ彼岸ハ萩ニコソ
首あげて折々見るや庭の萩
宮城野ノマ萩ノ若葉馬ヤ喰ヒシ
山萩のしどろに秋を亂れけり
山萩やものすこやかな枝のふり
山萩の枝にかゝれり捨草鞋
秋のうら秋のおもてや葛尾花
葛の葉を傳ふて松の雫哉
葛の葉をふみ返したる別哉
葛の葉の何に驚く夕まくれ
葛の葉や何に驚く夕まぐれ
うら返す葛の葉亂り心地なる
山葛の風に動きて旅淋し
葛花や秋を尋ねてはひまはる
葛花や何を尋ねてはひまわる
葛の葉の花に成たる憎さかな
山葛にわりなき花の高さかな
葛の葉の吹きしづまりて葛の花
葛の葉や吹き靜まりて葛の花
花ながら葛ぞ引かるゝ水車
甘干にしたし浮世の人心
甘干の枝村かけてつゞきけり
柿の實やうれしさうにもなく烏
澁柿のとり殘されてあはれ也
澁柿もまじりてともに盆の中
澁柿や行來のしげき道の端
澁柿の一枝重きわらじ哉
月白く柿赤き夜や猿の夢
店さきの柿の實つゝく烏かな
澁柿に菅笠かざす日和哉
澁柿や落るはつみを牛の面
澁柿や酒屋の前のから車
追分や鷄飼ふ茶屋の柿石榴
澁柿の青くて落つる彼岸哉
澁柿の烏もつかずあはれなり
澁柿や落ちて踏まるゝ石の上
臍寒し柿喰ふ宿の旅枕
柿赤く稻田みのれり塀の内
柿落ちて犬吠ゆる奈良の横町かな
柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺
垣ごしに澁柿垂るゝ隣かな
柿に照り蕎麥に雨ふる畑哉
柿の木にとりまかれたる温泉哉
柿の木や宮司が宿の門搆
柿の實や口ばし赤き鳥が來る
柿ばかり竝べし須磨の小店哉
柿ばかり竝べし須磨の茶店哉
御所柿にいそぐ祭の用意哉
御所柿に雄群祭の用意哉
御所柿に小栗祭の用意哉
澁柿の實勝になりて肌寒し
澁柿やあら壁つゞく奈良の町
澁柿や古寺多き奈良の町
高円をかざして柿の在所哉
駄菓子賣る茶店の門の柿青し
町あれて柿の木多し一くるわ
村一つ澁柿勝に見ゆるかな
温泉の町を取り卷く柿の小山哉
嫁がものに凡そ五町の柿畠
嫁がものに凡そ五町歩の柿畠
柿喰ふて洪水の詩を草しけり
柿くふて文學論を草しけり
柿くふや道灌山の婆が茶屋
黄菊白菊柿赤くして澁し
古跡見んと車してよぎる柿の村
小祭や柿賣る店の柿の皮
米櫃や米にたくはふ柿一つ
澁柿の庄屋と申し人惡き
澁柿や猪隣村へ來る
書に倦みて燈下に柿をむく半夜
樽柿や少し澁きも喰ふべく
奈良の宿御所柿くへば鹿が鳴く
山本にかたよる柿の小村哉
痢病ありて會議催す柿の村
講堂や澁柿くふた顔は誰
柿多き村に出でけり西の京
柿買の裏門覗く屋敷かな
柿くふて鬼の泣く詩を作らばや
柿くふて腹痛み出す旅籠哉
柿くはゞや鬼の泣く詩を作らばや
柿喰の俳句好みしと傳ふべし
柿熟す愚庵に猿も弟子もなし
和尚病んで禪寺の柿猶澁し
柿に來る烏逐ふなるお僧哉
柿の皮を掃きつ床几を置かへつ
柿の木に烏のおどし反古なり
くひさしの柿捨てゝある繩手道
三千の俳句を閲し柿二つ
澁柿や高尾の紅葉猶早し
禪寺の澁柿くへば澁かりき
禪寺の澁柿猶澁き恨かな
樽柿の少し澁きをすてかねし
つり鐘の蔕のところが澁かりき
文賣らん柿買ふ錢の足らぬ勝
故郷や祭も過ぎて柿の味
御佛に供へあまりの柿十五
稍澁き佛の柿をもらひけり
累々と澁柿たるゝ塀の上
和尚病んで柿猶澁き恨哉
秋暮るゝ奈良の旅籠や柿の味
枝柿の青きをもらふ土産哉
枝柿を提げて汽車待つ田夫哉
柿を呼ぶうしろの方の列車哉
歸るさの柿を入れたる袂哉
淋しげに柿くふは碁を知らざらん
鳥啼くや木蔭の卓に柿を盛る
癒えんとして柿くはれぬそ小淋しき
大なるやはらかき柿を好みけり
柿あまたくひけるよりの病哉
柿くはぬ腹にまぐろのうまさ哉
柿くはぬ病に柿をもらひけり
柿店に馬繋ぎたる騎兵哉
柿もくはて隨問隨答を草しけり
柿を入れし帽子小脇にかゝへけり
側に柿くふ人を恨みけり
句を閲すラムプの下や柿二つ
子規ひとり柿の眼利や手にナイフ
澁柿の木蔭に遊ぶ童哉
樽柿を握るところを寫生哉
停車場に柿賣る柿の名所かな
初なりの柿を佛にそなへけり
風呂敷をほどけば柿のころげゝり
干柿や湯殿のうしろ納屋の前
宿取りて淋しき宵や柿を喰ふ
醉さめや戸棚を探る柿二つ
我好の柿をくはれぬ病哉
胃を病んで柿をくはれぬいさめ哉
柿蜜柑園遊會の用意哉
柿をもらひ柿の一句をむくいけり
ころ柿も一年ぶりや淡路島
野の茶屋に柿買ふて遠く歩きけり
柿くふも今年ばかりと思ひけり
音深く熟柿落けり井戸の中
日もさして雨の小村の熟柿哉
晩鐘や寺の熟柿の落つる音
明屋敷凡を百本の柿熟す
家まばらに澁柿熟す西の京
此村に赤痢のはやる熟柿かな
カブリツク熟柿ヤ髯ヲ汚シケリ
根府川や石切る山の青蜜柑
綿弓や店にならべし青蜜柑
居風呂の煙のさきや青蜜柑
蜜柑青き背戸の居風呂屋根もなし
白雲や山の麓の蜜柑畑
行秋や病氣見舞の青蜜柑
皮むけば青煙たつ蜜柑哉
蜜柑、籠に蜜柑山下りて來る女
道南紀州に入つて蜜柑畑
飯くはで蜜柑を好む病哉
杯盤狼藉蜜柑の皮のところどころ
豚汁の後口渇く蜜柑かな
蜜柑燒くや太祇の手紙よみながら
棟あげや棟の上なる餅蜜柑
蜜柑得てうれしき支那のたより哉
珍らしきみかむや母に參らする
佛壇の柑子を落す鼠かな
柑子咲く酒屋の門や繩簾
九州に入りて五月のジャボン哉
林檎無き國をあはれむジャボン哉
枕元に内紫を竝べけり
わらんべの頭程あるザボン哉
橘に嶋原匂ふむかし哉
橘の小窓に牛の匂ひ哉
橘の窓に小牛の匂ひ哉
橘は昔の曲にかをりけり
橘やあたりに家もなき野中
橘や牛飼殿に何とはん
橘や風ふるくさき長谷の里
橘やとかくに物のふる臭き
橘やどの枝切て三味にせん
橘や都のあとの只の家
橘や南圓堂の香爐盤
橘や吾身の昔なつかしき
橘の昔を忍ぶ血筋かな
橘や宇佐の使の旅館
荒壁や柚子に楷子す武家屋敷
古家や累々として柚子黄なり
あやまつて林檎落しぬ海の上
頬の落る林檎齒の痛む肉に足る
林檎くふて又物寫す夜半哉
盗みくふ林檎に腹をいためけり
林檎くふて牡丹の前に死なん哉
胃痛癒えて林檎の來る嬉しさよ
赤き林檎青き林檎や卓の上
澁紙の袋に入れし林檎かな
千成と書きし札貼る林檎かな
札貼りし品評會の林檎かな
美しき籃の林檎や贈り物
いが栗のなぜみにくうは生れける
いが栗をひきぞわづろふあれ鼠
老猿の忌日を栗の落ちにけり
栗のいが鼠の穴をふさぎけり
栗燒てしづかに話す夕哉
黒染にいが栗つかむ松か岡
近道やいが栗落て足をさす
小原女の通ひ路狭し栗のいが
雨の日や泥に突きさす栗のいが
姪婿が栗擔はせて參りたり
燒栗のはねて驚く一人かな
秋もはや栗の落葉や目黒道
いがながら栗くれる人の誠哉
怒る栗笑ふ栗皆落ちにけり
落栗に膝ついて居る關所かな
栗落ちて鼬の道の絶えてけり
栗飯の給仕して居る娘哉
栗飯や不動參りの大工連
栗飯や目黒の茶屋の發句會
栗燒いて經義爭ふ法師かな
雜談の間に栗の燒けるべく
柴栗を袂につゝむ小供かな
人も居らず栗はねて猫を驚かす
道端に栗賣竝ぶ祭かな
飯赤く栗黄にあるじすこやか也
もてなしに栗燒くとて妹がやけど哉
盆に分けて栗は少し豆と芋
芋のあとに栗を蒸すべき指圖哉
勝ちさうになつて栗剥く暇かな
勝ちさうになりて栗剥く暇哉
毬ながら栗くれる人のまことかな
燒栗のはねかけて行く先手哉
主病ム絲瓜ノ宿ヤ栗ノ飯
栗飯ノ四椀ト書キシ日記カナ
栗飯ヤ病人ナガラ大食ヒ
栗飯ヤ絲瓜ノ花ノ黄ナルアリ
眞心ノ虫喰ヒ栗ヲモラヒケリ
眞心の蟲喰ひ栗をもらひたり
椎の實や袂の底にいつからぞ
椎の實や山又山を山めぐり
椎の實も寂しきものに禰宜の顔
城山や椎の實落ちて兒もなし
椎の實に雀を嚇す烏かな
椎の實のまじる槻の落葉哉
椎の實を探す槻の落葉哉
椎の實を拾ひに來るや隣の子
團栗に添ふて落けりかせの音
袈裟とれば團栗一つこぼれけり
猿聞く夜團栗落つるしきりなり
猿啼く夜團栗落つるしきり也
椎ひろふあとに團栗哀れ也
竹椽を團栗はしる嵐哉
竹籠のめを團くりのこほれけり
團栗にうたれて牛の眠り哉
どんぐりのいくつ落ちてや破れ笠
どんぐりの落つるや土手の裏表
どんぐりの竹椽走る嵐哉
團栗の礫戸を打つあらし哉
團栗の水に落つるや終夜
團栗二つ闇にまぎれてこぼれけり
團栗もかきよせらるゝ落葉哉
團栗や内を覗けど人もなし
どん栗や一ツころがる納屋の隅
團栗や剛力やすむ土手の陰
暁の團栗たまる戸口かな
團栗の音いかめしや卵塔場
團栗の音めづらしや板庇
團栗の廣葉つきぬく音すなり
團栗や屋根をころげて手水鉢
團栗の落ちて沈むや山の池
山に飢ゑて道は團栗ばかり也
團栗の落ちずなりたる嵐哉
團栗のひとりころがる山路哉
八方に風の道ある榎實哉
野社に子供のたえぬ榎實哉
一本に子供あつまる榎の實かな
榎の實散る此頃うとし隣の子
甘からず酸からず酸醤の實や秋の味
日おさへの通草の棚や檐のさき
松高く通草の蔓のさがりたる
山高く通草腐りぬ秋の霜
老僧に通草をもらふ暇乞
はちわれて實をこぼしたる柘榴哉
口あけて柘榴のたるゝ軒端哉
はちわれて實もこぼさゞる柘榴哉
筆筒に拙く彫りし柘榴かな
盆栽ノ柘榴實垂レテ落チントス
白桃の白やこほるゝ朝の露
とゞくだけ桃むしらるゝ二階哉
桃くふや羽黒の山を前にして
桃の實を籠にもりてや床の上
桃舟の伏見を出るや二三艘
越が谷へ桃喰ひに行くつれも哉
旅籠屋の行燈暗し桃の虫
道ばたの桃の木に實はなかりけり
虫はみて桃紅の腐り哉
桃盗む子を叱りけり垣の内
桃の實の桃源を出て流れけり
桃の實を論語讀む子に分ちけり
病間や桃食ひながら李画く
桃太郎は桃金太郎は何からぞ
桃の如く肥えて可愛や目口鼻
桃の實に目鼻かきたる如きかな
川崎や梨を食ひ居る旅の人
がしがしとしかも小梨の堅き哉
川崎や小店小店の梨の山
小刀や鉛筆を削り梨を剥く
極上々あわ雪と記す梨の札
すゞなりの小梨に村の曇り哉
梨くふは大師戻りの人ならし
梨むくや甘き雫の刃を垂るゝ
日毎日毎十顆の梨を喰ひけり
晝淋し梨をかぢつて句を案ず
佛へと梨十ばかりもらひけり
歸省して裏庭の梨落すべく
梨黒く腐りて落つる畠哉
梨したゝか腐りて落つる旱哉
旱して梨くさり落つ畠哉
梨くふて暫く憩ふ茶店哉
大きなる梨を包みし袱紗哉
ザボンより大きな梨をもらひけり
汽車待つや梨喰ふ人の淋し顔
石ノ卷ノ長十郎ガ見舞カナ
吾ヲ見舞フ長十郎ガ誠カナ
行脚より歸れば棗熟したり
祇園の鴉愚庵の棗くひに來る
棗多き古家買ふて移りけり
茘枝摘んで土の達磨に供へばや
倒まに這ひ行く兒や葡萄棚
葉は虫にくはれなからも葡萄哉
佛壇の葡萄を落す鼠哉
蟲飛ぶや葡萄畠の薄月夜
朱硯に葡萄のからの散亂す
毎日は葡萄も喰はず水藥
桃を得て葡萄を望む患者哉
三尺の庭を掩ふや葡萄棚
西洋の田舍に似たり葡萄園
小説を好むあるじや葡萄棚
小説を讀む窓さきや葡萄棚
梨に飽きて葡萄を好む病哉
鄙に住む牧師か家や葡萄棚
ほしいまゝに葡萄取らしむ葡萄園
虫くひの葉にかくれたる葡萄哉
虫絶えず來る小窓や葡萄棚
紫の玉累々と葡萄哉
持主も知らず山路の葡萄園
黒キマデニ紫深キ葡萄カナ
ナリ初メシ自家ノ葡萄ヲ侑メケリ
吹キ下ス妙義ノ霧ヤ葡萄園
野葡萄に鶏遊ぶ小家かな
無花果や八百屋の裏にまだ青し
無花果や桶屋か門の月細し
黒板塀無花果多き小道かな
無花果の落ちてもくれぬ家主哉
無花果ニ手足生エタト御覧ゼヨ
一つらに藤の實なびく嵐哉
南天の實をこぼしたる目白かな
南天の實をこぼしてや鳴く雀
花賣や七草盡きて梅もとき
貧しさに菊枯し瓶の梅もとき
貧しさは菊枯れし瓶の梅嫌
はりはりと木の實ふる也檜木笠
木立暗く何の實落つる水の音
木立暗く小川に落つる何の實ぞ
鳥啼いて赤き木の實をこぼしけり
鳥啼いて笹にこぼるゝ何の實ぞ
はね返る木の實の音や板庇
御手洗にこぼれて赤き木の實かな
我見しより久しきひよんの木實哉
代る代る礫打ちたる木の實かな
鍋蓋にはぢく木の實や流し元
二つ三つ木の實の落つる音淋し
木の實くふ我が前の世は猿か鳥か
俳諧や木の實くれさうな人を友
明寺の垣潜り入る木實哉
明寺の垣潜る子や木實取
師の坊に猿の持て來る木實哉
堂守の木の實を拾ふ掃除哉
貧淋し喰へぬ木の實の落る音
不二一つおさえて高き銀杏哉
杉暗く中に色つく銀杏かな
田甫から見ゆる谷中の銀杏哉
松杉の中に黄ばみし銀杏哉
鳶一羽住むや銀杏の羽はらはら
鷄遊ふ銀杏の下の落葉哉
下闇に光る銀杏の落葉かな
銀杏散る辻の日南やト屋算
此處はかり夕日の殘る紅葉哉
一村の家まばらなる紅葉哉
馬つなぐ木に散りそむる紅葉哉
こかくれて薄き夕日の紅葉哉
谷陰に夕日の殘る紅葉かな
通りぬけ通りぬけても紅葉哉
一もとの紅葉も見えず松縄手
山寺の鐘に見あくる紅葉哉
戎山の紅葉流るゝ小川哉
菅笠をぬげばもみぢの二ツ三ツ
日光は木さへ岩さへ紅葉哉
はきすてる程にはちらす初紅葉
吹きはるゝきりの跡より紅葉哉
いつしかにふじも暮けり夕紅葉
笠ぬげば笠の上にも紅葉かな
痩村と思ひの外の紅葉哉
夕日さす紅葉の中に小村哉
朝霧の杉にかたよるもみち哉
一村は夕日をあびる紅葉哉
岩に腹つけてのぞけばもみち哉
岩鼻に見上げ見下す紅葉哉
いろいろの紅葉の中の銀杏哉
牛小屋の留守に鹿鳴く紅葉哉
牛の子を追ひ追ひはいるもみち哉
薄紅葉紅にそめよと與へけり
薄紅葉紅にそめよと與へたり
うつくしき朝日夕日やむらもみち
馬の背の大根白し夕もみち
奥庭やもみぢ蹴あぐる緋の袴
恐ろしきいはほと見れば紅葉かな
面白や一尺の木も櫨紅葉
駕下りて紅葉へ二里と申す也
かごかきの熱い息ふく紅葉かな
川一つ處々のもみぢ哉
傘にをりをり見すくもみち哉
からかねの鑄ぬきの門や薄紅葉
狩りくらす靱の底の紅葉哉
煙たつ軒にふすぼるもみち哉
猿引の家はもみちとなりにけり
下闇に紅葉一木のゆふ日哉
尺八の手に持ちそふるもみち哉
白河の關を染めけり夕紅葉
白鷺の泥にふみこむもみち哉
神殿の御格子おろすもみち哉
居風呂に紅葉はねこむ筧哉
關守の徳利かくすもみち哉
絶壁に夕日うらてるもみち哉
背に鳥帽子かけた仕丁や薄もみち
千山の紅葉一すぢの流れ哉
先生の草鞋も見たり紅葉哉
松明の山上り行くもみち哉
谷窪に落ち重なれるもみち哉
谷底に空の狹さやむら紅葉
谷深く夕日一すぢのもみち哉
旅人のもみちに暮れてあはれ也
旅人のもみちに暮れていそぎけり
豆腐屋の豆腐の水にもみち哉
常盤木にまじりて遲き紅葉哉
どの山の紅葉か殘る馬の鞍
どの山の紅葉なるらん馬の鞍
ともし火の見えて紅葉の奥深し
何の木も紅葉となればうつくしき
二三枚取て重ねる紅葉哉
日光に紅葉せぬ木はなかりけり
日光は杖にする木も紅葉かな
鷄の鳴く奥もありむらもみち
箱根路は一月早し初もみち
橋赤く谷川青し薄もみち
橋一つ樵夫の通ふ紅葉かな
一枝の紅葉そへたり妹が文
一むらは夕日をあびる紅葉哉
火ともせはずんぶり暮るゝ紅葉哉
二荒や紅葉紅葉の山かつら
舟流すあとに押しよるもみち哉
辨當を鹿にやつたるもみち哉
町ありく樵夫の髪にもみち哉
眞黒に釣鐘暮れるもみち哉
松の木はあらはれにけりむら紅葉
味噌色に摺鉢山の紅葉哉
道二つ馬士と木こりのもみち哉
湖をとりまく山の紅葉かな
むら紅葉巖ばかりの深山かな
燃え殘る伽藍のあとの紅葉かな
紅葉する木立もなしに山深し
紅葉せぬいはほも山もなかりけり
紅葉にも一日にぎわし京の秋
紅葉見え瀧見える茶屋の床几かな
紅葉やく烟は黒し土鑵子
紅葉より瀧ちる谷間谷間かな
藪蔭に夕日の足らぬもみち哉
山駕の空からくるやむらもみち
山寺に塩こぼし行くもみちかな
山はくつ日のてりわける紅葉かな
行く秋を奇麗にそめし紅葉哉
夕しくれ見返る山のもみち哉
夕紅葉寺の木魚ははげにけり
夕もみち女もまじるうたひ哉
横雲のすき間こほるゝもみち哉
廊下から手燭をうつすもみち哉
兩岸の紅葉に下す筏かな
をさな子の手に重ねたるもみち哉
小原女の衣ふるへばもみぢ哉
をりをりに鹿のかほ出す紅葉哉
家あれば菊あり村あれば薄紅葉
馬行くや雨の棧橋夕紅葉
傘持の火鉢ほしがる紅葉哉
川青く瀧白し紅葉處處
汽車の窓折々うつる紅葉哉
煙立つ紅葉の中の小村かな
源氏画の車もかもな夕紅葉
上臈の折たさうなる紅葉哉
石門に雲の宿かる紅葉哉
谷川は藍より青しむら紅葉
血なまくさき戸隱山の紅葉哉
釣鐘を染め殘したる紅葉哉
虹消えて夕山寒し薄紅葉
日光の空をこがすや夕紅葉
初紅葉そろそろ松をこぼれけり
人もなし紅葉の小橋夕日さす
人呼ぶや紅葉の宿のきぬかつき
二荒や紅葉にこもる瀧の音
二荒を蒔繪にしたる紅葉哉
古寺に灯のともりたる紅葉哉
まだ青き紅葉に秋の夕寒し
又一つ紅葉の中に小村哉
道々の菊や紅葉や右左
武者一騎夕山こゆる紅葉哉
紅葉あり夕日の酒屋月の茶屋
紅葉して錦に埋む家二軒
紅葉して兀山一つのこりけり
山鳥のしだり尾動く紅葉哉
行く秋や紅葉の中の一軒家
夕雲の石門めぐる紅葉哉
夕紅葉谷川つたひ牛戻る
夕紅葉角あるものは鹿許り
夕山や下戸と上戸のむら紅葉
伶人のならびぬ紅葉かざしつゝ
女ゆかし紅葉を散らす烟草盆
家まばら牛歸る道の紅葉哉
家やいづこ夕山紅葉人歸る
奥深き杉の木の間の紅葉かな
きらきらと紅葉まはゆし藪の中
紅の夕日を浦の紅葉かな
杉木立中に紅葉の家居あり
杉の奥に白雲起る紅葉哉
塔見ゆや小山つゞきのむら紅葉
つれだつや女商人山紅葉
手も足も顔も野寺の紅葉かな
はらはらと飛ぶや紅葉の四十雀
一葉二葉若木の楓初紅葉
一もとは墓場の中の薄紅葉
松杉や朱の圍垣の薄紅葉
松紅葉中に暮るゝや大悲閣
眞帆片帆小島小島の紅葉哉
見上ぐれば石壇高し夕紅葉
水青く石白く兩岸の紅葉哉
目の下やおよそ紅葉の十箇村
紅葉あり寺も社も岡の上
山に倚つて家まばらなりむら紅葉
嵐山はつかにもみちそめにけり
梅紅葉天滿の屋根に鴉鳴
砂土手や山をかざして櫨紅葉
亭ところところ渓に橋ある紅葉哉
通天の下に火を焚く紅葉かな
西うくる奈良の家々紅葉かな
箒持つて所化二人立つ紅葉哉
白雲紅葉ともし火見えて日暮れたり
日表を塀崩れたる紅葉かな
人氣なき山の紅葉や瀧の音
松の中ひそかにもみちそめにけり
紅葉焼く法師は知らず酒の燗
夕山の裾に紅葉の小村かな
柳樹屯紅葉する木もなかりけり
惡僧の女捉ふる紅葉かな
荒寺や金屏はげて夕紅葉
大杉の下に一木の紅葉哉
樫多く紅葉稀なり山深み
暮れ行くや杉の林の薄紅葉
酒を賣る紅葉の茶屋に妖女あり
笹原に笹のたけなる紅葉かな
三寸の苗も楓の紅葉かな
谷を渡り寺に上るところ紅葉哉
手拭に紅葉打ちこむ砧かな
手拭に紅葉打ち出す砧かな
寺やある夕山紅葉木魚打つ
栂尾や紅葉にかゝるこぼれ酒
南岸の茶屋北岸の寺やむら紅葉
方等と般若と懸る紅葉哉
人さわぐ漁村の市や夕紅葉
灯ともしの顔に灯うつる紅葉かな
幕吹いて伶人見ゆる紅葉哉
滿山の紅葉一條の流れ哉
夕紅葉飯繩に人の淋しがる
魯知深の寺を追はるゝもみち哉
犬吠えて故郷荒れぬ柿紅葉
稻刈て村靜か也柿紅葉
家すこし牛歸る道の紅葉かな
柿賣て淋しき柿の紅葉哉
柿の實の三ツ四ツ柿の紅葉哉
門口に棉干す家や柿もみち
河内から大和へ出でぬ柿紅葉
蕎麥白く柿の紅葉に夕榮す
寺紅葉京の柿賣は女なり
櫨紅葉柿紅葉里の夕榮す
塀低き在郷寺や柿紅葉
讀み盡きし状をこぼるゝ紅葉哉
讀み盡きて手紙こほるゝ紅葉哉
藁家をめくりて柿の紅葉哉
駕舁や紅葉は焚かす茶碗酒
かつ散らす庭の紅葉や四十雀
鉢栽の小松が中の紅葉かな
ひとり寐の紅葉に冷えし夜もあらん
文と詩と松と紅葉とまじりたり
紅葉山の文庫保ちし人は誰
山駕や雨さつと來る夕紅葉
白瀧の二筋かゝる紅葉かな
草紅葉ばつたが宿は荒にけり
病牀ノ財布モ秋ノ錦カナ
御連枝の末まで秋の錦かな
山寺や無縁の墓に散る紅葉
夕日さす村の煙や散る紅葉
馬の沓換ふるや櫨の紅葉散る
縱横に蔦這ひたらぬ岩屋哉
水晶のいはほに蔦の錦かな
蔦の葉をつたふて松の雫哉
浪ぎはへ蔦はひ下りる十餘丈
羽衣やちきれてのこる松のつた
ひつはれは思はぬ蔦の動きけり
蔦の這ふ吉野拾遺の名所哉
我戀や筆のはこびも蔦かつら
板塀や厨につゞく蔦かづら
岩橋の裏這ふ猿や蔦かつら
岩山や空に這ひつく蔦紅葉
搦手や門朽ちて蔦うつくしき
淋しさや蔦の細道捨草鞋
大木を抱いて短し蔦かつら
月うかれ妙義の蔦を上らうよ
蔦かつら裏門多き小道かな
蔦さがる岩の凹みや堂一つ
蔦の葉や無絃の琴に這ひかゝる
引窓に蔦の手を出す山家かな
猪や足すくはるゝ蔦かつら
蔦からむ侍町の土塀かな
蔦さがる窓に緑の朝日かな
西側は蔦の窓なり四疊半
足ふるふ胎内くゞり蔦赤し
松嶋の松にかつらも蔦もなし
蔦まとふ塀に窓あり家中町
わざと這はす蔦の茂りや茶師の門
神杉や三百年の蔦紅葉
神松や三百年のつたもみぢ
かりそめの鑵子のつるや蔦もみち
枯木ともしらずに蔦の紅葉哉
山賊のすみかを問へば鳶紅葉
杉の木や三百年の鳶紅葉
鉢植の松にも蔦の紅葉かな
一筋は月にたれけり蔦紅葉
一筋は月にたれたり蔦もみぢ
松二木蔦一もとのもみぢ哉
行く秋や松にすがりし蔦紅葉
わりなしや小松をのぼる蔦紅葉
白雲の上に岩あり蔦紅葉
白雲や三千丈の蔦紅葉
竝松や根はむしられて蔦紅葉
軒の端や裏葉すゝけて蔦紅葉
一筋は戸にはさまれて蔦紅葉
紅葉する蔦さへ見えず神の松
松の蔦きたならしくも紅葉哉
藪かこふ寺の土塀や蔦紅葉
燕を見送りながら柳ちる
柳ちる土手や笠ゆき笠戻る
大柳ちり盡すとも見えざりき
門の柳烏啼きけり散りにけり
此門や客の出入りにちる柳
寺あれて柳ちりこむ古井哉
路ばたの柳ちりけり牛の角
道ばたの柳ちる也牛の角
六朝の塚や夕日の柳散る
さで網に柳散りこむ小川かな
古庭の柳散りけり手水鉢
柳散り菜屑流るゝ小川哉
明家の戸に寐る犬や柳散る
かせを干す紺屋の柳散りにけり
鐘を撞く叟の頭に柳散る
斷橋流水夕日の柳散りにけり
橋を守る叟の頭に柳散る
古塚に恋のさめたる柳散る
古塚や戀のさめたる柳散る
古濠や腐つた水に柳散る
通ひけり出口の柳散る日迄
廣小路散るか柳のまばらなる
朝見れば柳散りけり辻行燈
池近き芝に柳の落葉哉
今も猶柳散るなり山谷堀
大門の柳散りけり掃きにけり
柳散る秦淮と詩につくりけり
柳散る地藏の頭なかりけり
色かへぬ松や主は知らぬ人
うらの戸に色かへぬ松の枯れにけり
色かへぬ松はめでたし竹ゆかし
青々と障子にうつるはせを哉
さびしさのうれしさうなる芭蕉哉
芭蕉葉や風も蜘手にふき分れ
思ふ事風に成たるはせを哉
笹塚の笹を根にしてはせを哉
桐の雨はせをの風や庵の空
風吹てさし物裂けるはせを哉
隣からともしのうつるはせを哉
芭蕉己に此秋をのびる事五尺
芭蕉破れて書讀む君の聲近し
荒寺や芭蕉破れて猫もなし
唐めかす石に竝びて芭蕉かな
廻廊の曲り曲りの芭蕉哉
芭蕉破れて露おくべくもあらぬ哉
綻びのとめどもなくて芭蕉哉
石に觸れて芭蕉驚く夜半哉
大寺の施餓鬼過ぎたる芭蕉哉
大寺や芭蕉廣がる庭の隅
がさがさと猫の上りし芭蕉哉
壁隣芭蕉に風のわたりけり
壁隣芭蕉の風に吹かれけり
さらさらと白雲わたるはせを哉
猿松の狸を繋ぐ芭蕉かな
靜かさを少し吹かるゝ芭蕉哉
芭蕉四五株朱欄の橋の苔ぬれたり
芭蕉破れて繕ふべくもあらぬ哉
芭蕉破れて古池半ば埋もれり
破れ盡す貧乏寺の芭蕉哉
六尺の庭にふさがる芭蕉かな
黄檗の山門深き芭蕉かな
折々や芭蕉雨戸にさはる音
渓に近く亭あり芭蕉七八株
手燭袖に芭蕉の廊を通りけり
手燭袖に芭蕉の廊下通りけり
日蝕すること八分芭蕉に風起る
試みに芭蕉の題字蘇子に擬す
廣き葉に朝日のあたる芭蕉哉
貧村に寺一つあり破れ芭蕉
吹き散らす芭蕉の露や敷瓦
屋根葺のごみ掃落す芭蕉哉
十反の帆は巻いてある芭蕉哉
とゆ朽て雨だれかゝる芭蕉哉
青崖ト愚庵芭蕉ト蘇鐡哉
蘇東坡の笠やつくらん竹の春
七賢の正月來たり竹の春
碁盤あり琴あり窓の竹の春
窓あつて琴立てかけつ竹の春
竹むらの秋をうしろに浦家かな
手てうけてやりたし荻のこほれ露
さらさらと水こす荻の下葉哉
水門に荻をすひこむ流れ哉
濱荻や水氣はなれし畑の中
水音の荻にかくるゝ夕哉
わがはねるその水かぶる風の荻
濱荻に隠れて低し蜑が家
荻吹くや崩れそめたる雲の峰
川風はあしの葉に來てそよきたつけり
川風はあしの葉に來てそよきたつ
沼古りし蘆の茂や四手小屋
蜑か家のかこひもなしに蘆の花
蘆ちるや淺妻舟の波の音
鮭船のへさき竝べて蘆の花
月落て江村蘆の花白し
蘆散るや夕日の川の捨小舟
砂村や蘆散る暮の戻り舟
橋高し小川を挟む蘆の花
引舟や蘆の葉隱れ花隱れ
舟歌のどのに隱れて蘆の花
夕風や蘆の花散る捨小舟
蘆の花彦根の城は隠れけり
橋やあらん漁夫歸り行く蘆の花
鷺落ちて夕月細し蘆の花
魚釣り得て酒買ひに行く蘆の花
魚を得て酒買ひに行く蘆の花
柴又へ通ふ渡しや蘆の花
船つなく阮家の背戸や蘆の花
弓掛けし朱貴が酒屋や蘆の花
笠いくつ蘆の穗つたひ廻りけり
引舟の蘆の穗かくれ動く笠
蘆の穗に汐さし上る小川かな
蘆の穗や酒屋へ上る道一つ
堀割や蘆の穗がくれ捨小舟
刈萱の穗にあらはれぬ思ひかな
刈萱の穗にあらはれぬうらみかな
刈萱の亂るゝ思ひをまがきかな
宵闇や薄に月のいづる音
秋風のそよく處の尾花かな
秋風のそよく處や尾花かな
おのが荷に追はれて淋し芒賣
僧一人薄の中にくれにけり
のびすぎてさひしさまさる芒哉
水流れ芒招くやされかうべ
尼寺や向へはなびくすゝきの穗
奥山や秋はと問へばすゝきかな
これ程の秋を薄のおさえけり
そよそよとすゝき動くや晴るゝ霧
どれだけの秋の奢ぞ薄うり
細らすにゐられぬ風のすゝき哉
三日月の重みをしなふすゝきかな
武藏野に月あり芒八百里
秋老て物恐ろしきすゝきかな
雨さそふ千疊敷の薄かな
石の上にはへぬ許りそ花薄
伊豆相模境もわかず花すゝき
馬の尾をたばねてくゝる薄哉
おろおろとのんで風呼ぶ薄哉
笠賣とならんで出たり薄賣
風拂ふ尾花か雲や不二の山
風一筋川一筋の薄かな
川一筋風一筋のすゝきかな
行水の中へしたゝる薄哉
草刈の刈りそろへけり花薄
さきへ行く馬の尾かくす薄かな
菅笠のそろふて動く薄哉
薄賣去年の笠をかぶりけり
すてつきに押し分けて行薄哉
月の出て風に成たる芒かな
出つ入つ薄の山と蘆の海
はけ物といハれてそよく花薄
はけ物といハれてゆれし花薄
はけ物といハれてをかし花薄
箱根山薄八里と申さはや
箱根山薄八里と申さずや
はねかえす野分のあとの薄哉
はや秋のありたけ見する芒哉
一谷は風撫であぐる薄哉
一谷は雲すみつかぬ薄かな
一山は風にかたよる薄哉
晝見れば薄の山や虫の聲
吹きかへす風の薄のそゝけ哉
への字への字かさなる山の薄哉
堀割に風のうつむく薄哉
堀割になれてうつむく薄哉
水はねる添水のまねを尾花かな
むさし野に筑波を望む尾花哉
武蔵野の不二は尾花に紛れけり
むさしのや薄のはてのつくば山
山姥の力餅賣る薄かな
槍たてた人も通らず花薄
槍立てゝ通る人なし花薄
夕月に露ふりかける尾花哉
宵闇や笠のうらかく花薄
我戀は穗に出て招く尾花哉
草鞋の緒きれてよりこむ薄哉
牛引て大の男や薄原
牛むれて薄まじりの牧場哉
風筋のかはりて枯るゝ薄かな
風吹てはても那須野の芒哉
風吹て一つ家かくすすゝき哉
こゝろみに四五本出たり初尾花
實方が馬の尾を吹く薄哉
順禮の親子出てくるすゝき哉
少しづゝ砂利に取らるゝ薄哉
すゞ風のよそよそしさよ初尾花
薄ほるあとのくぼみや小雨ふる
旅人のともに吹かるゝ尾花かな
辻君や尾花波よる袖の露
墓あれて卒塔婆短き尾花哉
花薄こゝも小町のふしど哉
花山車や薄に似たる小提灯
人や招く狐の尾花そよぐなり
舟一つそよぎ出したる薄哉
穗薄の顏かく汽車の小窓哉
穗薄を筆に結んで物書かん
三日月やはつれはつれの花芒
むら尾花物見やしきの跡古りぬ
夕風に一山なびく薄哉
海見えて尾花が末の白帆かな
大石を抱えてなびく尾花かな
きぬきぬの薄の小道君招く
谷川や岸は夕日の尾花散る
何草となく生ふる中の尾花かな
何の草となく生ふる中の尾花哉
二度よりは通らぬ汽車や花芒
一つ家を埋めて風の薄かな
舟や行く水棹動く花芒
麓から風吹き起るすゝき哉
麓より風吹き起る薄かな
祭見に狐も尾花かざし來よ
武藏野や畠の隅の花芒
賣馬の進まず風の芒花
椽朽ちて狐の穴の尾花哉
片側に薄少しある小池かな
薄原月は頭の上にあり
捨笠や芒の小雨萩の露
田の中や何に殘して花芒
露に伏す薄の原の朝日哉
箱根路の石落ちかゝる芒哉
花薄しきりに雲の起りけり
花芒墓いづれとも見定めず
伏勢の矢尻そろへる芒かな
穗芒や野末は暮れて氣車の音
招かれつ追はれつ風の芒かな
皆やせけり男薄に女郎花
見渡せば薄がちなる山邊哉
山陰や薄は薄月は月
猪の嵐に向ふ芒かな
稻光芒の上を走りけり
學校の此頃で來し薄かな
駕二つ徒歩五六人花薄
刀拔いて人潛み居る芒かな
狩人の鐵砲見ゆる薄かな
くゝりあげて片そよぎする芒哉
十字架の墓に薄もなかりけり
十丈の杉六尺の薄かな
死んだ夢は生きた夢也花芒
薄刈る童に逢ひぬ箱根山
芒わけて甘藷先生の墓を得たり
薄わけて行くや笠深く鞘赤し
絶頂平かに寺の跡と見えて花薄
絶頂はなかなかに薄ばかり也
旅はものゝ那須の薄にだまされな
田を隔てゝ薄の岡を見得たり
戸あくれば灯影にそよぐ芒哉
とかくして西に傾く芒かな
何ともな芒がもとの吾亦香
何やらの原と申して薄かな
箱根路や薄に富士の六合目
花芒品川の人家隱見す
一秋の思ひに痩する薄かな
一谷は芒にまじる草もなし
一もとの薄に風の起りけり
祠淋し一むら芒そよそよと
山に上れば芒の中に墓場あり
夕風や薄つかんで鳥が鳴く
夕薄草履さげて人うろうろす
夕薄見る見る風になりにけり
夜嵐や風呂場倒れて花薄
片側は鶯谷の芒かな
しばられて片そよぎする芒かな
薄の芽もえぬ病のいえるべく
穗薄や裃多き野邊送
無雜作にくゝりあけたる芒哉
犬に逢ふ芒の山や村近き
汽車を下りて淋しき驛や花芒
實方の芒は刈らず村の者
萩刈りて芒淋しき小庭哉
日は暮れて芒の山を越えにけり
武藏野を見下す崖や花芒
汽車を見る崖の茶店や花芒
庭さきに暑し芒の亂髪
尾花常山崖の茶店や汽車を見る
夕月や芒吹かるゝ塀の外
芋の湯氣團子ノ露ヤ花芒
よべこゝに花火あげたる芒かな
粟の穗に鷄飼ふや一構
粟の穗のこゝを叩くなこの墓を
粟の穗のこゝを叩くな父の墓
粟や菜や裾山畠四角なり
通夜堂の前に粟干す日向かな
山里や箕に干す粟の二三升
小山田や箕に干す粟の二三升
大水や屋根に粟干す野の小家
行く馬のあとにうなづく粟か稗か
粟刈りて黍にむらかる雀哉
粟畑を前に網張る男哉
旅人の荷にかけし粟の一穗哉
故郷や道狹くして粟垂るゝ
故郷や道狹うして粟垂るゝ
草鞋の緒結び居れば粟穗笠を打
粟くふて妻を思ふか飼鶉
片鶉粟穗もくはで鳴きにけり
鳴子きれて粟の穗垂るゝみのり哉
粟畑や家遠くして小鳥網
高麗黍の穗波も秋のひとつ哉
高黍や百姓涼む門の月
高きびの中にせわしきつるべ哉
黍からや鷄あそぶ土間の隅
白帆見ゆや黍のうしろの角田川
高黍の上に短き白帆かな
黍小黍一里半來て別れ哉
城あとの石垣高し黍畑
黍刈て檐の朝日の土間に入る
唐秬のからでたく湯や山の宿
唐黍に背中うたるゝ湯あみ哉
唐黍のうしろに低し寺の壁
唐黍の白髪にもならであはれ也
子を負ふて唐秬かぢる子守哉
唐秬の上に見えたる小城かな
稻の葉や袂にふくむ風の味
稻の香や闇に一すぢ野の小道
霧はれて稲のおしあふ旭哉
むさし野は稻よりのぼる朝日哉
君が代や四海静かに稻の波
大名のお庭は廣し稻十里
稻の波渺々として牛の聲
稻の波南に凌雲閣低し
靜かさや稻の葉末の本願寺
彳むや社壇から見る稻の雲
武藏野や昔問へば稻のうなづきぬ
村遠近雨雲垂れて稻十里
稻の秋命拾ふて戻りけり
稲の雨班鳩寺にまうでけり
稻の香に人居らずなりぬ避病院
稻の香の雨ならんとして燕飛ぶ
稻の香や野末は暮れて汽車の音
家高低稻段々に山の裾
魚提げて歸る親父や稻の中
庄屋殿の棺行くなり稻の中
高繩や稻の葉末の五里六里
ところところ家かたまりぬ稻の中
晩鐘や稻の葉末を鳴り渡る
山盡きて稻の葉末の白帆かな
稻の香や修覆しかゝる神輿部屋
稻の香や修覆出來たる神輿部屋
村會や水損の稻いまだ刈らず
ところところ刈りたるも見えぬ稻の中
宮立てゝ稻の神とぞあがめける
稻の香や汽車から見ゆる法隆寺
稻の畫をかき直さゞる話かな
濡れて行く柩の駕や稻の雨
柴又の茶店いづれば稻の雨
婆つれし佛詣りや稻曇
雨ふくむ上野の森や稻日和
氣車路や百里餘りを稲の花
そよそよとそよぎ出しけり稻の花
電信に眠る燕や稻の花
稻の花道灌山の日和かな
牛小屋に町は盡きたり稻の花
絶壁は蕎黍に盡きたり稻の花
大國のもの靜かなり稻の花
大藩のもの靜かなり稻の花
犬山の城はるかなり稻の花
稻の花今津の海の光りけり
稻の花四五人かたりつゝ歩行く
うぶすなに幟立てたり稻の花
裏口や出入にさはる稻の花
汽車道をありけば近し稲の花
汽車道を辿れは近し稲の花
眞宗の伽藍いかめし稻の花
杖によりて町を出づれば稻の花
何となけれとそゞろありきや稻の花
何とはなくてそゞろありきぬ稻の花
何とはなくてそゞろありぬ稻の花
南無大師石手の寺よ稻の花
二の門は二町奥なり稻の花
百姓の家の低さよ稻の花
本堂やうらへまはれば稻の花
村中の先生顔や稻の花
山城に殘る夕日や稻の花
稻の花阿彌陀を買ふて戻りけり
稻の花庄屋を會の議長にて
稻の花東籬菊いまだ莟なり
稻の花人相書のまはりけり
大寺の上棟式や稻の花
夕燒けて雨雲黄なり稻の花
稻正に二百十日の花曇り
鷄鳴て里ゆたかなり稻の花
演習のあるべき村や稻の花
駕おろす鳥居の前や稻の花
汽車下りて遠き宿場や稲の花
汽車を下りて遠き宿場や稲の花
君か代や五尺の稻の花盛
此頃の五十三次稻の花
四國路の小さき馬や稲の花
湯治廾日山を出づれば稻の花
電信の街道筋や稻の花
婆つれし佛參りや稻の花
稻の穗に招く哀れはなかりけり
稻の穗のうつむく程にみのりけり
稻の穗のうねりこんだり祝谷
稻の穗の伏し重なりし夕日哉
稻の穗の鎌の形にたわみける
稻の穗の人招きよせよせ
稻の穗の名所に神の鎭まりぬ
稻穗やあちらこちらの赤錬瓦
稻の穗や南に凌雲閣低し
朝露に稻の穗波の亂れ哉
雨晴れて稻の穗末の夕日哉
稻の穗に十里の雨の靜かなり
稻の穗に姫路の城は暮れてけり
稻の穗に温泉の町低し二百軒
稻の穗の雨ならんとして燕飛ふ
稻の穗の嵐になりし夕かな
稻の穗やうるちはものゝいやしかり
豐年や稻の穗がくれ雀鳴く
山盡きて稻の穗末の白帆かな
稻の穗の動きて昇る朝日哉
牛一つ早稻の匂ひをわけて來る
早稻の香や小山にそふて汽車走る
一枚の田は早稻の穗に分れけり
夕日さす山段々の晩稻哉
晩稻刈る東海道の日和かな
大水の女は舟に晩稻刈る
馬士醉ふて晩稻月夜の小唄哉
晩稻田の水も落してしまひけり
武藏野の薄にまじる岡穗かな
一升に五合まぜたる陸穗哉
刈稻もふじも一つに日暮れけり
刈稻を枕に寐たるこじき哉
苗代に出て干稻に戻りけり
干稻の上に首出す地藏かな
山陰に稻干す晝の日脚哉
干稻に鷄上る夕日かな
杉垣に稲干してある門の脇
掛稻に人の影行く夕日哉
掛稻の見こしに遠き上野哉
掛稻に螽飛びつく夕日かな
掛稻に烏啼くなり須磨の里
掛稻の上に短し塔の尖
掛稻のとぎれに青き筑波かな
掛稻や狐に似たる村の犬
掛稻や野菊花咲く道の端
掛けながら稻に隱るゝ嫁御哉
背戸も見えず晩稻かけたる竝木哉
谷あひや谷は掛稻山は柿
掛稻に夕陽殘る榛の畦
掛稻や雨雲蔽ふ鴻の臺
榛の木に晩稻掛けたり道の端
掛稻やまた引かてある畦の黍
順禮の木にかけて行く落穗哉
ぬす人の見返りもせぬ落穗哉
鷄の親子引きあふ落穗かな
君が代は道に拾はぬ落穗かな
新米や天つちの和をこめた出來
新米や何はともあれいたゝきて
新米や先ツいたゝきて詠め見る
新米に月日の味を覺えけり
こぼれしか車のあとの今年米
新米の下落政府の瓦解哉
新米の市に出でたる相場かな
新米のこぼるゝ庭や鶏の群れ
新米のこぼれし庭や鶏の群れ
新米の十駄ばかりや城下口
新米の二十駄ばかり城下口
新米や妻に櫛買ふ小百姓
新米や方丈樣へ一袋
新米や目利かしこき掌
新米や賣りに出でたり小百姓
新米を河の東に運びけり
痩村や税の増したる今年米
新わらや此頃出來し鼠の巣
蕎麥植ゑて人住みけるよ藪の中
墓原のつゞきや寺の蕎麥畠
踏まれたが損か彼岸の蕎麥畠
山本や雲もかゝらず蕎麥の莖
酒のあらたならんよりは蕎麥のあらたなれ
汽車道のあらはに蕎麥の莖赤し
花蕎麥の下までとゞく夕日哉
花蕎麥や山の腹までくる夕日
冨士隱す山のうらてや蕎麥の花
蕎麥の花やもめの畑はあれにけり
灯ちらちら村暮れかねつ蕎麥の花
花蕎麥や湖水小さく舟細し
砂土手や西日をうけて蕎麥の花
蕎麥の花野川の音に暮れにけり
蕎麥の花野川の音はくれにけり
山明けぬあれは花蕎麥これは雲
山本やうしろ上りに蕎麥の花
山本や雲もかゝらず蕎麥の花
山本や日落ちて見ゆるそばの花
なだらなる岡の片側蕎麥の花
箱根越えて三嶋近く蕎麥の花暮るゝ
煙草干す家も見えけり蕎麥の花
花蕎麥に大砲の鳴る曇哉
山越えて三島に近し蕎麥の花
少しづゝ洗ひ減すやかいわり菜
村近し小川流るゝかいわり菜
間引して淋しくなりし畠哉
間引して緑少き畠哉
卓上や狼藉として豆のから
話ながら枝豆をくふあせり哉
枝豆は喰ひけり月は見ざりけり
枝豆ノカラ棄テニ出ル月夜カナ
枝豆ノ月ヨリ先ニ老イニケリ
枝豆ノツマメバハヂク仕掛カナ
枝豆ヤ三寸飛ンデ口ニ入ル
枝豆ヤ月ハ絲瓜ノ棚ニ在リ
枝豆ヤ俳句ノ才子曹子建
枝豆ヤ盆ニ載セタル枝ナガラ
枝豆ヤ病ノ牀ノ晝永シ
學校に行カズ枝豆賣ル子カナ
刀豆や親王樣の齒の力
新棉の荷をこぼれ出る寒さ哉
里芋の娵入したる月夜かな
里芋の娵入したる都かな
新田や雨はなけれと芋の露
いも積んで中嶋舟の來りけり
芋はあれど酒なし月を如何せん
里人よ今宵は許せ芋掘らん
知る人のいも送り來る俵かな
芋の子や龍の目あらみころげ落つ
芋の子を箸で追はえる膳の上
芋堀りに行けば雄鹿に出あひけり
芋堀らんと行けば男鹿に出逢ひけり
芋堀るや夜宮の太鼓月に鳴る
椽端の芋に湯氣立つ月見哉
衣かつき芋の御前とも申すや
切れ味や五尺に餘る芋の莖
叱られて芋嫌ひの小僧泣きにけり
薄生け芋盛りて月いまだ出でず
三日月の頃より肥ゆる子芋哉
重箱の芋ころげ落つ草の上
芋阪に芋を賣らず團子賣る小店
板敷や豆積みあげし芋の側
芋くふて不平を鳴らす酒の醉
芋阪の團子の起り尋ねけり
芋の用意酒の用意や人遲し
芋は煮えず豆は釜中に在りて泣
茶の土瓶酒の土瓶や芋團子
琵琶聽くや芋をくふたる顔もせず
夕飯は芋でくひけり寺男
貧乏な八百屋車や芋大根
豚汁や芋を得て秋の季となりぬ
芋アリ豆アリ女房ニ酒ヲネダリケリ
芋ヲ喰ハヌ枝豆好ノ上戸カナ
大家ヤ芋煮エテ居ル臺所
十人ノ家内ヤ芋ノ十皿程
盛リ分ツ十皿ノ芋ヤ臺所
新田は枯色多しさつま芋
新田は黄ばみ勝なりさつま芋
小きを珍重かるや秋茄子
唐秬の圍ひは枯れて秋茄子
秋茄子唐辛子の朱に奪はれぬ
秋茄子小きはものゝなつかしき
鮎はあれど鰻はあれど秋茄子
鮎もあり鰻もあれと秋茄子
鮎もあれと鰻はあれと秋茄子
武家町の畠になりぬ秋茄子
うら廣く秋の茄子も植ゑてあらん
うら廣し秋の茄子も植ゑてあらん
畑になる侍町や秋茄子
病む人が老いての戀や秋茄子
西瓜切るこぶしのさえや刄の雫
世の中ようれぬ西瓜のひとかゝへ
歌もなし朱印さひしき西瓜哉
西瓜くふあとにものうきゝぬた哉
西瓜さへ表は青し蕃椒
風吹て見てもころげぬ西瓜哉
西瓜買ふて闇の方より歸りけり
君來ばと西瓜抱えて待つ夜かな
切賣の西瓜くふなり市の月
西瓜舟天の河原につきにけり
敲けばか西瓜は赤し肺わろし
寺清水西瓜も見えず秋老いぬ
赤行燈西瓜を切りて竝べけり
だまされて薄桃色の西瓜哉
旱雲西瓜を切れば眞赤也
風呂を出て西瓜を切れと命じけり
薄月夜西瓜を盜む心あり
起し繪を照す西瓜の灯籠哉
上手より西瓜流さん桂川
試驗所に西洋種の西瓜哉
西瓜わらん桔梗の花のつほむ頃
すてゝある西瓜の皮や堂の前
隅田川西瓜の皮の流れけり
船頭の西瓜を切るや涼船
ものもいはで喰ひついたる西瓜哉
桃賣の西瓜食ひ居る木陰哉
ぐるりからくろはひ上る南瓜哉
傾城も南瓜の畑で生れけり
丸裸南瓜かゝえて戻りけり
南瓜や茄子の從兄弟瓜の叔父
南瓜や絲瓜の從弟茄子の叔父
仇花の南瓜にならぬ許り也
鉢植の南瓜をとめし竹の杖
鉢植の南瓜傾く重み哉
鉢植の南瓜をつくる床屋哉
鉢植の南瓜をとめし一つ哉
南瓜の賦茄子の篇や村夫子
たのしみの其中にあるひさごかな
秋に實の入りて重たし種瓢
くりぬいて中へはいらん種ふくべ
種ふくべ垣根の闇にもつれけり
種ふくべ何の力にくびれけん
ぶらぶらと小窓うれしき瓢哉
蔓長く下る飄の風もなし
藁家の右に傾くふくべかな
藁屋根の右に傾くふくべかな
血脈をつたへて今に瓢かな
血脈をつたへて古き瓢かな
試ミニ名ヲハ巾着フクベカナ
子ヲ育ツフクベヲ育ツ如キカモ
取付テ松ニモ一ツフクベカナ
夕月やふくべの尻の花乍ら
雨ノ日ヲ夕顔ノ實ノナガメカナ
驚クヤ夕顏落チシ夜半ノ音
成佛ヤ夕顏ノ顔ヘチマノ屁
棚一ツ夕顔フクベヘチマナンド
珍客に夕顔の實を見せ申す
鄙ノ宿夕顏汁ヲ食ハサレシ
夕顏ノ愚ニ及バザルフクベカナ
夕顏ノ實ニ富ヲ得シ話カナ
夕顏ノ實ヲフクベトハ昔カナ
秋に形あらば絲瓜に似たるべし
しばらくは風のもつるゝ絲瓜かな
露いくつ絲瓜の尻に出あひけり
蔓かれてへちまぶらりと不二の山
茶屋淋し絲瓜の蔓の這ひかゝる
家一つ門は絲瓜の月夜かな
柴の戸に絲瓜の風の靜かさよ
投げ出したやうな絲瓜や垣の外
投げ出したやうに垣根の絲瓜哉
絲瓜肥え鶏頭痩せぬ背戸の雨
わぐなつて殘る絲瓜や屋根の上
五六反叔父がつくりし絲瓜かな
雪隱の窓にぶらりと絲瓜かな
行く秋を絲瓜にさはる雲もなし
垢すりになるべく絲瓜愚也けり
秋のいろあかきへちまを畫にかゝむ
へちまとは絲瓜のようなものならん
夕顔の貧に處る絲瓜の愚を守る
西行に絲瓜の歌はなかりけり
内閣を絲瓜にたとへ論ずべく
絲瓜とも瓢ともわかぬ目利哉
愚なる處すなはち雅なる絲瓜かな
目鼻画く絲瓜の顏の長さ哉
秋ノ灯ノ絲瓜ノ尻ニ映リケリ
棚ノ絲瓜思フ處ヘブラ下ル
西ヘマハル秋ノ日影ヤ絲瓜棚
病間ニ絲瓜ノ句ナド作リケル
病閑ニ絲瓜ノ花ノ落ツル晝
日掩棚絲瓜ノ蔓ノ這ヒ足ラズ
絲瓜サヘ佛ニナルゾ後ルヽナ
絲瓜ニハ可モ不可モナキ殘暑カナ
絲瓜ブラリ夕顔ダラリ秋ノ風
牡丹ニモ死ナズ瓜ニモ絲瓜ニモ
黙然ト絲瓜ノサガル庭ノ秋
物思フ窓ニブラリト絲瓜哉
夕顔ト絲瓜殘暑ト新涼と
夕顔ノ棚に絲瓜モ下リケリ
夕顔モ絲瓜モ同ジ棚子同士
痰一斗絲瓜の水も間にあはず
絲瓜咲て痰のつまりし佛かな
をととひのへちまの水も取らざりき
鳩麥や昔通ひし叔父が家
じゅずだまや昔通ひし叔父が家
じゅずだまに大雨來る野道かな
朝川の薑を洗ふ匂かな
一束の葉生姜ひたす野川哉
蕃椒晝間の月のうそ白し
つまだつて秋にとゞくや蕃椒
何の思ひ内にあればや蕃椒
あき家に一畝赤し唐からし
雨風にますます赤し唐辛子
いつしかにくひ習ひけり蕃椒
垣きはにかたへは青し唐辛子
紅にならでくちをし蕃椒
煙にも更にすゝけず唐からし
兼好に歌をよません唐辛子
草子にも書きもらしけり蕃椒
すさましくつッ立つさまや蕃椒
すさましや七鉢竝ぶ唐辛子
すさましややもめすむ家の蕃椒
束髪の人にくはせん唐辛子
添竹を殘して赤し蕃椒
唐辛子赤き穗先をそろへけり
唐辛子おろかな色はなかりけり
唐辛子辛きが上の赤さかな
唐辛子かんで待つ夜の恨哉
蕃椒心ありける浮世かな
蕃椒手水盥の水赤し
蕃椒中にも種のからさかな
唐辛子殘る暑さをほのめかす
唐辛子一ツ二ツは青くあれ
唐辛子日に日に秋の恐ろしき
蕃椒やゝひんまがつて猶からし
蕃椒横むいたのはなかりけり
蓼をくふ虫はあるとや唐辛子
なまじいに赤く成けり唐辛子
はらわたに通りて赤し蕃椒
一すぢに思ひつめてや蕃椒
盆栽の數に入りけり蕃椒
養父入のうれしがりけり蕃椒
行秋やつられてさがる唐辛子
世の中を赤うばかすや唐辛子
姑の口裂けもせで唐辛子
すゝけたる廚の隅や唐辛子
葉がくれの色なつかしみ唐辛子
唐辛子芦のまろ屋の戸口哉
にくにくと赤き色なり蕃椒
はらわたもなくて淋しや蕃椒
いろいろの秋や小錦唐辛子
蒟蒻の鈍なる蕃椒の利なる
唐辛子に朝日さしたる飯時分
鉢植の唐辛子喰ふ世帶哉
唐辛子三十棒をくらひけり
唐辛子からき命をつなきけり
唐辛子三十棒をくねりけり
蕃椒廣長舌をちゞめけり
惡ノ利ク女形ナリ唐辛子
日蓮の骨の辛さよ唐辛子
鬼灯や田舍の秋は秋らしき
をさな子の鬼灯盛るや竹の籠
鬼灯の顏や四つ子が筆の跡
葉のかれて鬼灯もゆる垣根哉
鬼灯に妹がうらみを鳴らしける
鬼灯の少し赤らむぞなつかしき
鬼灯の少し破れたるぞ口をしき
鬼灯をほうと吹きたるア鬟哉
鬼灯をほうと吹きたる禿かな
虫賣と鬼灯賣と話しけり
鬼灯やいまだ楊家の娘ぶり
鬼灯を鳴らしやめたる唱歌哉
鬼灯の行列いくつ御命講
あら壁やこほろぎ老いて懸烟草
くちをしう老にけらしな若烟草
ほろほろとぬかごこぼるゝ垣根哉
雨に痩せて秋海棠のそゞろ也
紅に秋海棠の雫かな
露ほろほろ秋海棠のゆれにけり
石蕗に倚る秋海棠の姿かな
女こびて秋海棠に何思ふ
化粧の間秋海棠の風寒し
君か植ゑし秋海棠も甲斐ありき
秋海棠に齒磨こぼす端居哉
雨だれの秋海棠にかゝりけり
石白く秋海棠の小庭かな
妹が庭や秋海棠とおしろいと
画き習ふ秋海棠の繪具哉
紙ににじむ秋海棠の繪の具哉
噛んで見る秋海棠の莖赤き
秋海棠妹が好みの小庭哉
秋海棠日陰の庭の三坪程
秋海棠の小庭に滿つる濕地哉
硯箱に秋海棠の蒔繪哉
蕾多き秋海棠の寫生哉
露こぼす秋海棠や手水鉢
葉蘭青く秋海棠は痩にけり
病牀に秋海棠を描きけり
水を打つ秋海棠や夜の市
移シ植ヱシ秋海棠ヤ寐テ見ユル
秋海棠朝顔ノ花ハ飽キ易キ
秋海棠ニ鋏ヲアテルコト勿レ
秋海棠ニ向ケル病ノ寐床カナ
毒蝶ノ秋海棠ニトマリケリ
毒蝶ノ秋海棠ヲ犯スカナ
俳を談す秋海棠の夕哉
美女立テリ秋海棠ノ如キカナ
臥シテ見ル秋海棠ノ木末カナ
斷腸花つれなき文の返事哉
一枝は荷にさしはさむ菊の花
まいた餌に鶏もどる菊畠
菊植る丈の畑あり山のおく
菊形の焼餅くふて節句哉
菊さくやきせ綿匂ふ不二の雪
すてた餌に鶏もとる菊畠
袖は一重二重合羽や菊の花
竹垣や菊と野菊の裏表
誰に賣らん金なき人に菊賣らん
殘る菊けふより後の名にせはや
盆程の庭の蒔繪や菊もみち
明耿々朝日に竝ぶ菊花?
ゆゝしさや九輪咲いたるけふの菊
醉ざめや十日の菊にたばこのむ
世や捨てんわれも其名を菊の水
浮世哉菊に晴レ着の黒小袖
縁日へ押し出す菊の車かな
蠣がらは垣根に白し菊の花
歸んなんいざと咲きけり菊の花
菊あれて鶏ねらふ鼬かな
菊賣るや十二街道の塵の中
菊買ふや杖頭の錢二百文
菊咲かす程の畑あり山の奥
菊さくや米飯麥飯粟の飯
菊淋し歌にもならで賤か庭
菊つかむ雀悲しき嵐哉
菊時はあきぞ悲しき明樽の
菊の垣犬くゞりだけ折れにけり
菊の香や雲井に近き朝朗
菊の香や鬚ある人の思はるゝ
菊の花我を相手に咲きにけり
菊の宿昔女のうたひかな
菊許り花賣の荷の物淋し
菊や鍬や買ひけり市の夕月夜
栗飯や下駄ぬぐきはに菊の花
けふの菊御堀の水をのまうよ
これもうし菊に晴着の黒小袖
咲きさうにしながら菊のつぼみかな
里近し酒賣る家の菊の花
聖天のうしろは淋し菊の花
白菊や珊瑚の簪入るべからず
城趾の菊に硯の瓦かな
竹垣や隣の菊のこぼれ咲く
南山にもたれて咲くや菊の花
野分して葎の中の小菊哉
旭に向くや大輪の菊露ながら
百姓の垣に菊あり鶏頭あり
古家にあるじは知らず菊の花
味噌桶をめくつて菊の花咲きぬ
昔めくことこそよしや菊の露
棟上げや家巍々として菊の紋
嵐雪の黄菊白菊庵貧し
我庵や黄菊白菊それもなし
繪に書くは黄菊白菊に限りけり
男なり小菊ながらも白を咲く
菊さくや十二街頭の塵の中
嵐雪が黄菊白菊庵貧し
明家や旗はなけれど菊の花
あはれ氣もなくて此菊あはれなり
哀れにもなくて此菊哀れ也
稻舟や穂蓼の渚菊の岸
縁日へ菊買ひに行く翁かな
號外を受け取る菊の垣根哉
號外を投込菊の垣根哉
菊咲くや草の庵の大硯
菊咲くや大師の堂の普請小屋
菊咲くや舟漕いで童子酒買ひに
菊積んで人中通る車かな
菊の垣滿艦飾の見ゆる哉
菊の花蓑の下より見ゆるかな
菊の花八百屋の店に老いにける
菊折て日の丸る旗の竿にせん
汐風に蜑か垣根の菊痩せぬ
白菊の老いて赤らむわりなさよ
白菊や闇をこぼれて庭の隅
戸あくれば紙燭のとゞく黄菊哉
菜畠のわつかに青し菊の花
日曜やけふ菊による人の蟻
旗一本菊一鉢の小家かな
旗は菊は人は錦のむら紅葉
旗汚れ垣は頽れて小菊かな
八十の翁なりけり菊作り
一つづゝ橋持つ家の菊の花
日の旗や淋しき村の菊の垣
佛壇の灯暗く菊の匂ひかな
水一筋菊の亂れのうつくしき
御階近く大菊の花亂けり
ものゝうれし小菊の莟鳥の聲
木棉ながら善き衣着たり菊の花
藁屋根の雫に痩する小菊哉
朝霧や奈良阪下る小菊賣
大君のあれましゝ日や菊の花
大君のあれましせし日や菊の花
面白う黄菊白菊咲きやつたよ
面白う黄菊白菊咲きやたな
かやふきの細殿あれて菊の花
黄菊白菊一もとは赤もあらまほし
菊荒れて日好し虻去り虻來る
菊いけて荷物ちらはる旅籠哉
菊活けて荷物ちらばる宿屋哉
菊作り顏に疱瘡のある男なり
菊の香や只三人に夜の更くる
菊の花天長節は過ぎにけり
君が代は菊の花こそ大きけれ
小橋かけて黄菊鷄頭なと見えぬ
滄浪の水濁りけり菊の花
白菊にしかもこよひは月夜哉
白菊の一もと白し八重葎
白菊の一もとゆかし八重葎
白も黄も咲きならべけり菊の園
白も黄もさき竝べたり菊の園
白も黄もさき竝べたり菊の花
せわしなや桔梗に來り菊に去る
谷川に臨んで菊の宿屋哉
人形のならぶ小店や菊の花
人形をきざむ小店や菊の花
年々や菊に思はん思はれん
花に月に雪にわけては菊の香に
病居士の端居そゞろなり菊の花
百號に滿ちけり菊はさきにけり
古き香に白菊咲いて手向かな
古き香に白菊さける手向哉
松に菊古きはものゝなつかしき
痩村の質屋富みたり菊の花
繪かきには見せじよ庵の作り菊
一年の丹精こゝに菊の花
うれしさや聞えぬ耳で菊の花
大菊を養ひ得たる隱士かな
隱れ家や贅澤盡す菊の鉢
門口や稻干すそばの菊の花
菊一籬栗三升に事足りぬ
菊咲て龍駕幸手にとゞまりぬ
菊提げて雜魚提げて村へ歸る人
菊の垣南の山は上野なり
菊畠南の山は上野なり
絹着せぬ家に菊あり詩經あり
金色に咲くとは菊の口をしき
草の戸や盃赤く菊白し
こともなげに菊咲かせたる小家哉
酒買ひにどこへ行きしぞ菊の花
殘菊のしどろに妹が垣根かな
殘菊や宇治の古宮女君
白菊に蟻はひ上る日和かな
白露に養ふ菊の莟かな
先生はいつも留守なり菊の花
竹立てゝ?燭さしぬ菊の中
茶屋に菊あり遠足會の人休む
何事もなき世なりけり菊の花
庭荒れて名なしの菊の盛哉
萩刈りぬ菊に朝日を受くるべく
馬蹄去つて菊提げし僧に逢着す
灯ともして御影祭るや菊の花
日に向いて菊の莟のはぜかゝる
二人のめ四百歳づゝ菊の花
豆程にむらがる菊の莟かな
御園生やところところに菊の家
ものつくる程の田もなし菊の花
山猫をよぶ主艶也菊の花
ゆかしさはさしみのつまの黄菊哉
靈山の麓に白し菊の花
井戸端に一うね菊の赤きかな
秋菊に媒はき落す小窓哉
雨上り菊拜觀の草履哉
後から朝日さす菊の花壇哉
大菊に吾は小菊を愛すかな
大菊や金持めかす門搆へ
大菊や金持めかす家構
金持の隱居なりけり菊つくり
菊花壇の障子をあぶる西日哉
菊咲くや樓に上れば舟遠し
菊年々天長節の日和順
菊の宴に菊の蒔繪そ心なき
小雨して小袖に菊の香をしたむ
御所の雨菊拜觀の草履哉
其中に莟の多き黄菊かな
谷の家や朝日に育つ菊少し
二三本菊倒れ伏す草の雨
萩枯れて隣の菊を妬みけり
薔薇を移して跡に莟の菊を植ゑし
故郷の菊はいくさに踏まれけん
古庭に芒散る菊の莟かな
本尊は阿彌陀菊咲いて無住也
松を伐てうれし小菊に旭のあたる
門の内に菊つくりたる小料理屋
横町につゞきて菊の夜店哉
我今年牡丹に病んで菊に起きし
赤菊の蕾黄菊の蕾哉
御菊見の物運ぶらし女官だち
カンテラや蕾少き市の菊
菊賣に天長節の朝日哉
菊つくる五位の隱居や黒あばた
菊の壇氣に入つた菊はなかりけり
菊の杖蜻蜒のとまる處なり
菊安し天長節の後の市
銀燭の燦爛として菊合
三錢と札の付いたる小菊哉
白菊と思ひし菊の黄を咲ぬ
庭の菊天長節の蕾哉
店先に賣れざる菊の盛哉
赤菊をそへし柚味噌の贈物
買ふて來た菊に水やる手燭哉
買ふて來た菊を見せたる手燭哉
菊活けて黄菊一枝殘りけり
菊時は菊を賣る也小百姓
菊の句を殘して去りぬ把栗居士
菊の主拙き歌を詠みにけり
菊鉢や咲きひろけたる二百輪
菊鉢や咲きも咲いたる二百輪
菊園に天長節の國旗哉
くれといへはしたゝかくれし小菊哉
酒買ふて酒屋の菊をもらひけり
藪蕎麥に菊の膾はなかりけり
菊くゝる杖の長さをそろへけり
燈心の如き白菊咲きにけり
九日も知らぬ野菊のさかり哉
野菊折る手元に低し伊豆の嶋
石あげて野菊花さく力餅
石原にやせて倒るゝ野菊かな
草むらにはつきりとさく野菊哉
どつさりと山駕籠おろす野菊かな
何のかのうき名をすてゝ野菊哉
秋三月咲て淋しき野菊哉
風吹て薄の中の野菊哉
捨草鞋野菊しかれて一盛り
寺見えて小道の曲る野菊哉
鄙のつと野菊にそへて參らせん
我庵や野菊の外に菊もなし
稻刈りて野菊おとろふ小道かな
稻刈て野菊淋しき小道哉
いやが上に野菊露草かさなりぬ
大寺の礎殘る野菊かな
大水のあとを蟹行く野菊かな
草むらにもつともらしき野菊かな
けふの日を祝へ野菊の草枕
野菊咲て測量杭の丈低し
野菊咲いてまひまひ遊ぶ小川哉
野菊折つて足洗ふ里の女かな
道の邊に野菊咲くなり善光寺
屋根見れば野菊咲くなり古社
きり崖や日陰の野菊濡れて咲く
草の中に野菊咲くなり一里塚
草むらむら其中に野菊まじり咲く
肥溜のいくつも竝ぶ野菊かな
鐵砲のかすかにひゞく野菊哉
野菊やらん汽車の窓より見ゆる也
道の邊や荊がくれに野菊咲く
下草に野菊咲くなり杉木立
痩馬の老尼載せ行く野菊哉
洪水に痩せて野菊の花細き
杉の下に野菊咲きたる誰が冢そ
野菊待ちし女の童に逢ひぬ鈴鹿越
初旅をなぐさめ顔の野菊哉
道ばたに赤い菊さく野の小店
袱子垂れて野菊山萩顔に散る
籾すりのほこりをかぶる野菊哉
人力をあぜによけたる野菊かな
人力をよけたるくろの野菊哉
溝蕎麥に野菊乏しき川へ哉
尼寺の佛の花は野菊哉
野菊より嫁菜の花はかじけたる
穗蓼多くたまたま野菊柴に
ゆれ殘る紫苑にさひし庭の秋
ゆれ殘る紫苑にさひし庵の秋
ゆれ殘る紫苑にさひし窓の秋
淋しさを猶も紫苑ののびるなり
雨そぼそぼ紫苑の花の盛り哉
古庭に痩せて紫苑のさかり哉
弓靱紫苑活けたり床の上
竹籠に紫苑活けたり軸は誰
床の間や紫苑を活けて弓靱
八重葎荒れにし宿の紫苑哉
弓靱紫苑生けたり床柱
紫苑活けて机に向ふ讀書哉
桔梗笠勘十郎の好み哉
風吹て桔梗あぶなき細り哉
桔梗折る妹が手もとのたゆげ也
花籠に莟ばかりの桔梗哉
一籠のこき紫や桔梗賣
むつかしくつぼむ桔梗の力哉
桔梗活けてしばらく假の書齋哉
桔梗折つて婆のつれ立つ彼岸哉
銅瓶に白き桔梗をさゝれたり
銅瓶に白き桔梗をさゝれけり
明日よりは桔梗折るべき人もなし
桔梗活けて屏風は狩野の繋馬
旅硯庭の桔梗は咲きにけり
盜人の塚の横から桔梗かな
秋もはや桔梗の名殘花一つ
雨はれて荒野の桔梗夕日照る
枝ぶりの手折るに安き桔梗哉
枝ふりの折るにたやすき桔梗哉
桔梗刈て菊の下葉の枯し見ゆ
桔梗折れば撫子恨む女心
種に刈る桔梗長く花一つ
紫のふつとふくらむ桔梗哉
二度生の低き桔梗や花多き
梅干すや桔梗の花の傍に
笠にさす那須野の桔梗花小し
朝顔の垣根に鷄の遊びけり
朝顔やきのふなかりし花のいろ
朝顔やきのふハしらぬ花のいろ
朝顔や日うらに殘る花一ツ
朝顔や日かけに殘る花一ツ
朝顔やよしある人のわひ住ひ
朝顔にわれ恙なきあした哉
朝顔の莟數へてまはりけり
朝顔やあてありさうにのびる蔓
あさがほや顔子も居らん裏借家
朝顔や氣儘に咲いておもしろき
蕣や人の心に塵もなし
朝顔や夢裡の美人は消えて行く
朝がほや梦の美人の消え處
朝顔や我筆先に花も咲け
ほのぼのに朝顔見るや?一重
めざましに朝がほ見るや蚊帳一重
夕暮に朝顔の葉のならびけり
朝かほや斜にさきしつる一ツ
朝な朝な朝がほながき契り哉
朝な朝な朝がほながきさかり哉
蕣としらでとりつくかつら哉
朝顔となりおほせたる垣根哉
朝顔と見えて夜明る庵かな
蕣の地をはひわたる明家哉
朝顔のつるさき秋に屆きけり
朝顔の日うら勝にてあはれなり
蕣の不二を脊にして咲きにけり
朝顔のわつかに闇をはなれけり
朝顔は命の中のいのちかな
朝顔やあしたはいくつ開くやら
朝顔や傾城町のうら通り
蕣や鉢に植ゑても同じ事
稻妻に朝顔つぼむ夕かな
白露や蕣は世に長きもの
蕣に今朝は朝寐の亭主あり
蕣に土佐の昔画兀にけり
蕣に引きくづされな一軒家
蕣に昔女の住居かな
蕣の入谷豆腐の根岸哉
蕣の咲くがあはれや日に向て
蕣の何しに赤を咲く事ぞ
蕣の殘る日陰のいほり哉
蕣は開く間を賣られけり
蕣やあるじの外は知らぬ也
蕣やいづれかさきに露の玉
蕣や君いかめしき文學士
蕣や客來てあるじまだ寐たり
蕣や心にひゞく尼の鉦
蕣や此頃へりし花の數
蕣や誰が恨みに痩せはてし
蕣や千代萬代の花の種
蕣やはなだの上に霧かゝる
妹の朝顔赤を咲きにけり
風吹て蕣開く垣間かな
人の家を借りて蕣さかせけり
めつらしや蕣老いて花一つ
我梦をめぐつて蕣のさかり哉
朝貌のかくて宵寐の人ならし
朝顔にまた明日迄の命哉
朝顔の石に這ひつく山家哉
朝顔の這ひいでて咲きぬ塀の蔦
朝顔の引き捨てられし莟かな
蕣や赤きを咲ける妹が垣
朝顔や明石のお城須磨の船
朝顔や入谷あたりの只の家
朝顔や塵紙を漉く一つ家
朝顔や野茶屋の垣根まばらなり
朝顔や實勝になりて花細し
朝顔やわれ未だ起きずと思ふらん
貸家札蕣の庵と申さばや
何も彼も庭は蕣だらけなり
二三輪蕣咲くや竹格子
人もなし蕣の垣根蔦の壁
紅筆の朝顔風に咲きにけり
曲り曲り突きあたる垣の蕣ぞ
曲り曲り突きあたる家の蕣ぞ
苧をうむや蕣の花まばらなる
蕣に一夜とめたる車かな
蕣に餅あたゝかき茶店かな
蕣の蔦にとりつく山家哉
蕣の莟うれしや酒の燗
蕣の花くふ鹿やいつく嶋
蕣や裏這ひまはる八軒家
蕣やきのふ死んだる小傾城
蕣やとても短き浮世なら
蕣や十日戻らぬ小商人
蕣や乘りおくれたる二番舟
雨十日朝顔の花細りけり
歸るかと朝顔咲きし留守の垣
歸るかとあさかほさくや留守の垣
きぬぎぬや蕣いまだ綻びず
きぬきぬや蕣折りて參らする
きのふ活けて今日蕣の花もなし
逆上の人蕣に遊ぶべし
小傾城蕣の君と申しけり
とりつきて蕣上る柳哉
朝顔に傾城だちの鼾かな
朝顏に吉原の夢はさめにけり
朝顏の彩色薄き燈籠かな
朝顏の澁色茶色なども咲きぬ
蕣の松にとりつく心かな
朝顏やいろいろに咲いて皆萎む
蕣や枳殻のとげの中に咲く
蕣や新聞を讀みながら行く
朝顏や寐ぼけた色を咲かせけり
垣の外に朝顏咲くや上根岸
かれかれになりて朝顏の花一つ
きぬきぬを朝顏の花に見られけり
三圓の蕣何ともなかりけり
瑠璃色の朝顏咲きぬ下厠
瑠璃色の朝顏さくや松の枝
蕣に朝商ひす篠の雪
朝顏の車立てたり裏御門
朝顏のさまさま色を盡す哉
朝顏の戸に掛けて去る牛の乳
朝顏の鉢竝べたり萩の前
朝顏の鉢に分限を見するかな
竹垣に蕣の咲く空家かな
敲けども蕣咲て明家なり
晩酌に對す蕣の花一つ
古庭の蕣さきぬ霧の中
朝顏にあさつての莟多き哉
朝顏にからむ隣の瓢哉
朝顏の淺黄は薄き夜明哉
朝顏の垣に鴉のとまりけり
朝顏の垣や上野の山かつら
朝顏の白き蕾を尋ねけり
朝顏の白きは画にもかゝぬなり
朝顏の種を干す日や鵙の聲
朝顏の鉢移したるうがひ哉
朝顏の花木深しや松の中
朝顏の花猶存す午の雨
朝顏や新聞くばる鈴の音
朝顏や團十郎の名を憎む
朝顏や松の梢の花一つ
朝顏や紫しほる朝の雨
入谷から出る朝顏の車哉
この頃の蕣藍に定まりぬ
實になりし鉢の朝顏花一つ
山里の蕣藍も紺もなし
朝顏の花や上野の山かつら
朝顏に傾城眠きさかり哉
朝顏の垣根荒れたり小傾城
蕣のはじめて咲きし二輪哉
咲て見れば團十郎でなかりけり
おくればせに朝顏蒔きつまだ生えず
蕣ノ一輪ザシニ萎レケリ
朝顔ノシボマヌ秋トナリニケリ
朝顔ヤ九月ノ花ニ耻多キ
朝顔ヤ繪ニカクウチニ萎レケリ
朝顔ヤ繪ノ具ニジンデ繪ヲ成サズ
朝顔や我に寫生の心あり
川飛んたきほひあまりて女郎花
つとのびてほちりとさくや女郎花
足柄や花に雲おく女郎花
うき人にすねて見せけり女郎花
末枯や覺束なくも女郎花
かたまるを力にさくや女郎花
大名の庭に痩せたり女郎花
月の中に一本高し女郎花
女郎花生ひそふ小家の柱かな
すよすよとのびて淋しや女郎花
ちよほちよほと花かたまつて女郎花
露あげる力もなくて女郎花
舟引きの背丈短し女郎花
又一つ墓のふゑけり女郎花
三日月は眉より細し女郎花
道ばたに誰がくねらせて女郎花
夕風のもつれそめけり女郎花
鎧着て行き臥す人や女郎花
女郎花枝の出るこそわりなけれ
女郎花關屋の厠やつれけり
女郎花たゞはづかしき許り也
女郎花汝朝顏を知るや知らずや
女郎花昔の人のすがた也
此邊を通ふ汽車あり女郎花
小法師に心ゆるすな女郎花
何戀ひて痩するぞ小野の女郎花
女郎花日毎にのびてあはれなり
戀塚や男芒に女郎花
淋しさに堪へて廣野の女郎花
裾山や小松が中の女郎花
裾山や小松の上の女郎花
裾山や小松の中の女郎花
一もとは誰が塚古りて女郎花
堀わりや此頃はえし女郎花
駕舁の裸て寐たり女郎花
十里來て旅僧暮れぬ女郎花
吹かるゝや薄の中の女郎花
女郎花宮守ならば物語れ
女郎花宮守ならば物語る
女郎花男郎花戀のはじめ也
芒より一尺高し女郎花
女郎花の宿を尾花に尋ねばや
淋しさや芒の中の女郎花
若君は駕にめされつ女郎花
女郎花刀のこじりさはりけり
嵯峨野行く被衣姿や女郎花
關越えて野道になりぬ女郎花
雨ノ日や皆倒レタル女郎花
女郎花女なからも一人前
鷄頭はまだ下草よ女郎花
名にばかりつよみを見せて男郎花
淋しさをこらへて白し男郎花
七草に入らぬあはれや男郎花
手折るべき女もなくて男郎花
男郎花女を待てる風情哉
男郎花は男にばけし女かな
一、二を生し二、三を生す我亦香
春か秋か何とも見えぬ我亦香
鷄頭や壁のやぶれた夕日影
鷄頭や壁のやぶれをもる夕日影
鶏頭や蜘のとぢたるうり家札
鷄頭や馬子がきせるの雁首に
鷄頭や馬士が烟管の雁首で
何もかもかれて墓場の鶏頭花
裏町は鷄頭淋し一くるわ
鷄頭や賤が伏家の唐錦
鷄頭のうしろを通る荷汽車哉
鷄頭や油ぎつたる花の色
鷄頭や雨の夕日の壁を漏る
鷄頭やあれたきまゝの背戸畠
大木に竝んで高し鷄頭花
二三本鷄頭咲けり墓の間
墓原や小草も無しに鷄頭花
鷄頭の丈を揃へたる土塀哉
鷄頭の一本殘る畠かな
藁葺の法華の寺や鷄頭花
秋盡きんとして鷄頭愚也けり
芋引かれ豆ひかれ鷄頭二三本
鷄頭高くのび澁柿低く垂る
鷄頭の晝も過ぎたり念佛講
鷄頭の痩せて枝多く花細し
鷄頭の夕影長き畠かな
鷄頭も松も植ゑたる小庭哉
鷄頭や遊行を拜む道の端
鷄頭を伐り倒したる夕日かな
村會のあと靜かなり鷄頭花
筑波暮れて夕日の鷄頭五六本
芭蕉青く鷄頭赤き野寺かな
鷄頭の下にごみ焚く墓場哉
鷄頭の下にごみ燒く墓場哉
鷄頭に大砲ひゞく日午也
鷄頭の短き影や蟻の穴
佛壇に鷄頭枯るゝ日數哉
鷄頭活けて地藏を洗ふお願哉
鷄頭の十本ばかり百姓家
鷄頭に秋の夕の迫りけり
鷄頭に車引き入るゝごみ屋哉
鷄頭の傾く秋の名殘哉
鷄頭の十四五本もありぬべし
鷄頭の花にとまりしばつた哉
鷄頭の花に涙を濺ぎけり
鷄頭の林に君を送る哉
鷄頭や二度の野分に恙なし
誰が植ゑしともなき路次の鷄頭や
萩刈て鷄頭の庭となりにけり
鷄頭ヤ今年ノ秋モタノモシキ
鷄頭ヤ絲瓜ヤ庵ハ貧ナラズ
ムラ雨ノ過ギテ鷄頭ノ夕日カナ
とりまぜた一木の色や葉鷄頭
とりませる一木の色や葉鷄頭
一家や冨士を見越の雁來紅
百姓の秋はうつくし葉鷄頭
牛部屋の入口狹し葉鷄頭
葉鷄頭や老莱の家奇麗なり
うつくしき色見えそめぬ葉鷄頭
釣鐘の寄進につくや葉鷄頭
鷄頭や不折がくれし葉鷄頭
葉鷄頭晝照草を引きにけり
葉鷄頭の首を投げたる天氣哉
駕吊りし醫師か門や葉鷄頭
駕吊りし醫師か宿や葉鷄頭
朝顏の枯し垣根や葉鷄頭
葉鷄頭の三寸にして眞赤也
葉鷄頭の錦を照す夕日哉
鯊釣の日和になりぬ葉鷄頭
塀低き田舎の家や葉鷄頭
水引を草に覺ゆるこじきかな
牛鳴て水引草のさかり哉
かひなしや水引草の花ざかり
彼岸過水引草の花さきぬ
藤袴笠は何笠桔梗笠
賤が家に花白粉の赤かりき
一つ木におしろいの花の黄と赤と
道端に白粉花咲ぬ須磨の里
おしろいは妹のものよ俗な花
一嵐おしろいの花倒れけり
花ならば爪くれなゐやおしろいや
一輪の天竺牡丹活けて秋
後れ咲の天竺牡丹活けて秋
川水は下をくゞるや蓼の花
城あとや石すえわれて蓼の花
葉を洗ふ川の濁りや蓼の花
ふみこんで片足ぬらすたでの花
犬蓼の花くふ馬や茶の煙
一ツ家の家根に蓼咲く山路かな
堀川の滿干のあとや蓼の花
山里にすゝけて咲くや蓼の花
井戸堀や砂かぶせたる蓼の花
白水の行へや蓼の花盛り
石搭を橋にかけたり蓼の花
雪隱を埋めて蓼のさかりかな
水赤く泡流れけり蓼の花
森ぬけて川へ出づれば蓼の花
畦道の盡きて溝あり蓼の花
蓼の穂や裸子桶をさげて行く
溝川を埋めて蓼のさかりかな
水せきて穂蓼踏み込む野川哉
畦道の曲り曲りや蓼の花
門前に舟繋ぎけり蓼の花
蓼咲くや溜壺一つ寺の跡
蓼の穂や溜壺一つ寺の跡
葉も花にさいてや赤し曼珠沙花
葉も花になつてしまうか曼珠沙花
秋風に枝も葉もなし曼珠沙花
かたかたは花そば白し曼珠沙花
酒のんだ僧の後生やまんじゆ沙花
そのあたり似た草もなし曼珠沙花
露むすぶ處さへなし曼珠沙花
野ぜんちをさゝへて咲くや曼珠さけ
ひしひしと立つや墓場のまん珠さけ
餘の草にはなれて赤しまんじゆさけ
秣にもならぬあはれや曼珠沙花
葉もなしに何をあわてゝ曼珠沙花
古塚や誰が細工の曼珠沙花
陵や何と思ふて曼珠沙花
叢やきよろりとしたる曼珠沙花
草むらや土手ある限り曼珠沙花
四本五本はてはものうし曼珠沙華
ひよつと葉は牛が喰ふたか曼珠沙花
道ばたやきよろりとしたる曼珠沙花
道ばたや魂消たやうに曼珠沙花
曼珠沙花野暮な親父の墓の前
田の中の墓原いくつ曼珠沙華
日の落る野中の丘や曼珠沙華
曼珠沙花郷居の叔父を訪ふ日哉
曼珠沙花郷居の叔父を訪ふ道に
じゅずだまの小道盡きたり曼珠沙華
二里足らぬ道に飽きけり曼珠沙華
蘭の香に一絃琴の音じめ哉
雨蕭々建蘭の花老いて黒し
雨蕭々蘭の花老いて黒し
十両を虻もすさめす蘭の花
百両を虻もすさめず蘭の花
蘭の香に來る人を待つ夕哉
蘭の香に琴ひく人の聲ねびたり
蘭の香や女詩うたふ詩は東坡
蘭の香ににび色の衣脱捨てし
蘭の香ににび色の下着脱きすてし
蘭の香や佳人髣髴として來る
蘭の香や旅の裝束脱ぎたまふ
石摺を掛けて盆蘭の花黄なり
清貧の家に客あり蘭の花
蘭の如き君子桂の如き儒者
獵の犬蘭の葎に探りけり
雨しぶく書齋の椽や蘭の鉢
酒濁れり蘭の詩を書く琴の裏
潮州の碑の石摺や蘭の花
筆談の客と主や蘭の花
人賤しく蘭の價を論じけり
蘭咲くや大國香は墨の銘
蘭散て萬年青を愛す主哉
蘭の香に舞樂の面の古ひ哉
蘭の香や蘭の詩を書く琴の裏
蘭の主花咲く事を厭ひけり
蘭の花支那の言葉を話しけり
蘭の花文宣公の祭かな
蘭の花文宣公を祭りかな
蘭の花我に鄙吝の心あり
蘭を画て疊に墨のこぼれ哉
蘭を画て疊に透る墨の跡
鶴の羽の拔けて殘りぬ力草
四つばひにあるは根芹を力草
檀特や何度聞いても忘れ草
草むらに檀特花わつかに赤し
草むらむら檀特花わつかに赤し
行く秋のふらさかりけり烏瓜
竹藪に一つる重し烏瓜
螳螂の首くゝりけり烏瓜
只一つ高きところに烏瓜
水車場を圍む小藪や烏瓜
犬の塚狗子草など生えぬべし
露草や露の細道人もなし
牛部屋に露草咲きぬ牛の留守
露草や野川の鮒のさゝ濁り
露草の中にたまたま野菊哉
百両の萬年青引ぬくわらべ哉
百両の蘭百両の萬年青哉
七くさを見るや千くさの人心
花を折る程には酔はす秋の草
入口に七草植ゑぬ花屋敷
筆塚や何ともしれぬ草の花
知らぬ名の草花つむや足の豆
聞たより箱根はやさし草の花
草花や人力はしる秋田道
五文づゝに分けて淋しや草の花
新道や繩手はつれて草の花
にぎやかな手向淋しや草の花
にぎやかに手向けて淋し草の花
御佛の顔つゝきけり草の花
石垣や何を種とて草の花
垣の内に花見ゆあれは何の草
草の花人の死にしは昔なり
草花や名も無き小川水清し
草花や小川にそふて王子まで
草むらや名も知らぬ花の白き咲く
西洋の草花赤し明屋敷
蛇塚や何とも知れぬ草の花
山を負ふて草の花咲く庵かな
縁日や鉢に栽ゑたる草の花
草の花少しありけば道後なり
草の花練兵場は荒れにけり
崩れかゝる土橋のふちを草の花
城門やいくさもなくて草の花
城跡や風ほそほそと草の花
堂崩れて地藏殘りぬ草の花
つくりしよ茶店の前の草の花
露もつや朝日斜めに草の花
何草そ屋根に花咲く奈良の宿
草の花水々車場へ分れ行く
草花の一筋道や湯元迄
塚もなしむくろも見えず艸の花
日もすかぬ森の下草花白し
日もすかぬ森の下道草の花
骨も見えずむくろも見えず草の花
山駕や榛名上れば草の花
草花に茶代を吝む鶯花園
ごてごてと草花植し小庭哉
物陰や百日草の今もさく
山深く草花咲いて色怪し
市に得し草花植る夜半哉
邪魔になる松を伐らばや草の花
テーブルを庭に据ゑたり草の花
人は徒歩駕にくゝりし草の花
ひとり生えの草皆花となりにけり
飛石に草花鉢や水を打つ
草花ノ鉢竝ベタル床屋カナ
草の花つれなきものに思ひけり
草の實や笠がさはればほろほろと
草の實や少し赤らむ茨の垣
夕日うつる草の實赤し藪の奥
草の實の赤くして馬もくはざりき
草の實のこぼるゝ谷やかけす鳴く
草の實や鎌倉古りて墓多き
草の實や谷を覗きて見れは家
草の實を摘まんとすれば木の實落つ
喰へさうな草の實見ゆる葎哉
湯治場へ草の實多き山を下る
蔓草を引けばしたゝかに實の落る
毒草のうつくしき實を結びけり
撫子の種つるしたり花もある
蓮の實のからなり飛んだとも見えず
蓮の實はから也飛んだとも見えず
蓮の實を飛ばせて殻はしなびける
紅蓮の實飛びぬ白蓮の實も飛ぶ
結伽こゝに蓮の實の飛ぶ音聞ん
結伽して蓮の實の飛ぶ音聞ん
極樂は蓮の實飛で月丸し
蓮の實曰く豐干饒舌と終に飛ぶ
蓮の實の天女五衰の夕飛ぶ
蓮の實の飛ばずにくさるものもあらん
蓮の實の飛ばで小僧に喰れたる
蓮の實の飛ばねど淋し本願寺
蓮の實の飛ふや出離の一大事
蓮の實の皆西へ飛ぶ夕哉
蓮の實は飛びぬ馬見所は崩されぬ
花いけに蓮の實いけて飛ぶを見ん
笑つては飛び怒つては飛び蓮實無し
蓮の實の飛ばずに死し石もあり
盆栽の蓮の實いまだ飛ばずある
蓮ノ實ヤ飛ンデ小僧ノ口ニ入ル
蓮の實を探つて見れば坊主哉
蓮の實のこほれ盡して何もなし
末枯やあらはれそめし牛の糞
末枯や帆綱干したる須磨の里
古妻やうら枯時の洗ひ張
末枯れて夕日の野邊の地藏哉
末枯のはてや稻荷の赤鳥居
末枯や人力つゞく屋敷跡
人足のしげき野邊より末枯るゝ
末枯に人を恐れぬ狐かな
末枯の若草山となりにけり
鴉啼く屋根の小草も末枯るゝ
末枯るゝ杉の下道齒朶薊
末枯るゝ森の下道齒朶薊
末枯や殘日薄き節婦の碑
子歸らず末枯時のかくれんぼ
古沼の草末枯れて鷺白し
末枯や人の行手の野は淋し
末枯の中に花咲く薊哉
相生の松茸笠をまじへけり
松茸や京は牛煮る相手にも
松茸や小鍋に秋の煮る音
行秋や松茸の笠そりかへる
松茸の笠ひろげたる日和哉
松茸にまじりて青き松葉哉
松茸はにくし茶茸は可愛らし
家土産の松蕈匂ふ夜汽車哉
大なる松蕈に逢著す端山哉
虚子を待つ松蕈鮓に酒二合
虚子を待つ松蕈鮓や酒二合
つれの者の松茸取りし妬み哉
松茸は茶村がくれし小豆飯
松蕈を得ずして歸る女哉
松蕈の乏しくなりて柚味噌哉
秋もはや松蕈飯のなごり哉
松蕈や菊の膾の色に出つ
松蕈や京の下宿の土瓶蒸
松蕈ヤ思ヒ出デタル古人ノ句
落葉かく子に茸の名を尋けり
毒茸の下や誰が骨星が岡
相生の松の陰より木の子哉
平茸や兼好すみし家のあと
人も來ず辻堂荒れて線香茸
ものゝ香のきのこあるべく思ふかな
ものゝ香の茸あるべくも思ふかな
名も知らぬ茸や山のはいり口
色黄にして穴の多きは毒茸ぞ
色黄にして裏に穴あるは毒茸ぞ
毒茸や赤きは眞赤黄は眞黄
茶茸得て歸らんとすればしめぢ哉
茶茸得て歸る小山のしめぢ哉
松の下にいくち多く生えて古き庭
淋しさや木の子にまじる雁もどき
茸盡きて蓮根殘る哀れ也
井戸端や初茸洗ふ二三人
初茸やきのふの雨のしめり道

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