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夏目漱石論2.0

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むりせんでええがなそんなもんあほちゃうか

むりせんでええがなそんなもんあほちゃうか

 この行動や感情に名前があるものであろうか。もしまだないとしたらこの行動は「ミスマッチ読書」、この感情は「むりせんでええがなそんなもんあほちゃうか」と仮に名付けてはどうだろう。

 絶対に読めていないと思うのは私だけではなかろう。なんでそんなもん読もうとしたんや、あほちゃうかと思うのも私だけではなかろう。古川緑波は食い物のことだけ書いていればいいのだ。ロシア文学をやった東海林さだおがドストエフスキ

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私は忘れていたが漱石は覚えていただろう 夏目漱石の句をどう読むか①

私は忘れていたが漱石は覚えていただろう 夏目漱石の句をどう読むか①

 次に芥川の、

冴返へる身に沁々とほつき貝

 この句をやろうかと思って、ふと漱石にも、

人に死し鶴に生れて冴返る

 という句があり、松根東洋城、小宮豊隆、寺田寅彦の三人がこの句についていろいろと解釈を示していたことを思いだした。その様子はこの記事にまとめた。

 そしてそういえば子規は「冴返る」で何と詠んでいるのかと確認しようとしたら、松山市の子規の俳句のCSVに出くわして、なんというか、

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田山花袋は、大きなお世話だもの

田山花袋は、大きなお世話だもの

 ここで田山花袋にディスられているのは和辻哲郎である。

 田山花袋という人は「和辻君などは、もう少し謙譲の徳を養ふ方が好いだらうと思ふ」とついつい人を笑わせるようなことを書く。内田百閒、井伏鱒二の系譜の祖が田山花袋と思えばよかろうか。

 田山花袋が基本的に読みの水準に於いて、とても夏目漱石作品に追い付かないことについては既に述べた。

 逆にその追いつかない漱石を基準に和辻哲郎を貶しているので

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駄目な漱石論者たち② 田山録弥

駄目な漱石論者たち② 田山録弥

 これは田山花袋本名での寸評である。論と言うほどのものではないが基本的に間違っているところを指摘しておく。

 まず「心理を描出しやう」として「説明的学究的の弊に堕して居る」と言いたいところが理解できないでもない。これまでの作品、その後の作品と比べても話者の代助の心理に関する言及はかなり抽象度が高く、言い回しが硬直で、理屈っぽく感じられる。

 一読して何が書かれているのか理解できるものはまずなか

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岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する123 夏目漱石『こころ』をどう読むか500 結婚はいつですか?

岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する123 夏目漱石『こころ』をどう読むか500 結婚はいつですか?


結婚はいつですか

 岩波の注のないところで、本筋とはあまり関係がないかもしれないが、案外重要であるかもしれない点、しかもこれまで殆ど書いてこなかったことを書いてみる。

 例えばここ「結婚はいつですか」というKの問いに奥さんが何と答えたのか。これは書かれていないので推測するよりない。

 しかし、

・Kが続けて「何かお祝いを上げたいが、私は金がないから上げる事ができません」と云っていること

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『彼岸過迄』を読む 4375 漱石全集注釈を校正する② 赤い煉瓦は帝大なのか?

『彼岸過迄』を読む 4375 漱石全集注釈を校正する② 赤い煉瓦は帝大なのか?

岩波書店『定本 漱石全集第七巻 彼岸過迄』注解に、

 とある。件の『三四郎』の場面は、こう。

 なるほど確かに赤煉瓦はここにもある。しかし、

 帝大の可能性も考えた。しかしこの「洗い落したような空の裾に」という表現は遠景、視界の果てを指しており、「色づいた樹が」は銀杏並木ではなく上野の森をさしてはいないだろうか。そして「色づいた樹が、所々暖かく塊っている間から赤い煉瓦が見える」とすれば、それ

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乃木静子は何故殺されたのか?

乃木静子は何故殺されたのか?

 乃木夫妻殉死の日の朝のこの写真はその後芥川龍之介の小説にあるように日本中の家庭に飾られていたという。

 この芥川の疑惑は漱石の疑惑に届いていない。こんな写真が撮られたことではなく、乃木静子が殺されたことが明らかに可笑しいのだ。

・乃木静子には軍旗を奪われた罪はない

・殉死は殿様に許されて場所と介錯人を決めて行われるものであり、女房を道連れにするルールはない

・乃木静子がどうやって死んだの

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誰を地獄に落とそうと私は書き続ける

誰を地獄に落とそうと私は書き続ける

 夏目漱石論者で乃木静子について言及していない人にはそもそも資格がない、引退してもらいたいと私は書きました。

 傑作『こころ』の先生が静を生かす遺書を書き、実際に静が生き残ったのに対して、乃木希典がやはり妻・静子を残す遺書を書いたにも拘わらず、結果的に静子迄殺されてしまったことで、森鴎外は半信半疑に始まり、徹底的に殉死のルールを再確認する小説を書きました。女房を道連れにする殉死なんてものはありま

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読み誤る漱石論者たち 阿刀田高③ 『それから』はどうしてそれから?

読み誤る漱石論者たち 阿刀田高③ 『それから』はどうしてそれから?

 読み落としは読み誤りとは違うのではないか、気が付いていないことがあるだけで、読み誤りとは言えないのではないか、

 この記事を読んでそんなことを思う人がいるかもしれない。しかし私が言っているのは、最低限ここまでは読めていないといけないという最低ラインに達っしていないのに解った風に書いてしまうのはどうなのかということだ。清を「ねえや」にしてしまうのは誤読だ。汚染データだ。漱石が意図して『三四郎』で

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夏目漱石の『虞美人草』のWikipediaに物申す

夏目漱石の『虞美人草』のWikipediaに物申す

 今回は、このクライマックス一か所のみについて物申します。この箇所、本文では、

 とあり、まず金時計が砕かれたことを確認しなくてはならないでしょう。それすなわち「突き放される」ってことじゃないかという意見はあるとして、具体を見て抽象を読むということを今回はやってみたいと思うんですね。つまり「突き放される」ってあるのを「両手を素早く前に突き出して藤尾の胸を強く押した」と読んじゃいけないということで

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