見出し画像

モハマド・ラスロフ『The White Meadows』涙を集める男が見たイランの寓話

傑作。モハマド・ラスロフ長編五作目。編集にはジャファル・パナヒ。主人公ラフマットは小さな島々を小舟で回りながら、冠婚葬祭から雨乞いみたいな儀式まで様々な行事に参加して人々の涙を集めている。どこまでも白い海辺の陸地、青から時に紫にまで変化する空、何も語らぬ静かな海という情景の美しさと相反して、そこに暮らす人々は伝統を重んじた生活と儀式の効能を信じており、宗教的過激主義、教条主義、女性差別、芸術や創造性の分野における重大な不正義によって息苦しさすら感じさせる。ラフマットは傍観者/観察者であって、その枠組から離れることはしない。井戸が塩水化した村では、ガラスの小瓶に"井戸の妖精"への願いを封じ込め、その小瓶を数十個ほど体に巻き付けて井戸の底に届けるという儀式が行われる。その役を押し付けられたのは小人症の男コジャステで、彼が期限までに戻れそうにないと悟るやいなや、参加者は命綱を切って彼を殺す。ラフマットは儀式の前日にも当日にもコジャステに会っているが、特に会話を交わさず、儀式も見ているだけだ。ある村では雨乞いのために、海に"花嫁"を送り出すという儀式が執り行われる。ラフマットは彼女に"それが運命なんだ"と声を掛けるだけで、嘆き悲しむ母親から涙を採取するのを忘れない。最も印象的なのは海を赤く描いたことで親族から拷問を受ける画家のパートだ。ラフマットは"取り敢えず青と言っておけ"と消極的に兄弟に加担し、後に追放された画家を引き取るものの、自宅では青と呼ぶまで走らせまくるという"再教育"を行っているのだ。また、この海の花嫁パートと画家パートを繋ぐ短いシーンとして、猿回しのパートがある。これは花嫁衣装を着た猿が芸をさせられるというものだが、上記二つのパートの橋渡しとなり、結局芸術家は権力者の掌の上で創作活動をしなければならないという象徴的なシーンとなっている。

あるとき、ラフマットは失踪した父親を探す少年ナッシムと一緒に旅をすることになる。しかし、これまでと同じ一人旅を乱されることを嫌ったラフマットは、適当な理由をつけて聾唖のフリをしろと強要する。涙収集に慣れていない彼の方が観客の目線に近いわけだが、そんな彼が作中で受け続ける仕打ち、特に彼に対してなんの興味もないラフマットから受ける仕打ちのグロテスクさには参ってしまう。

★以下、結末のネタバレも含む

ラストになってようやく収集した涙の使い道が明かされるわけだが、これも非常にグロテスクだ。というのは、一人でこっそり大陸(恐らく小さい島ではない)に戻った彼は富豪の家を訪れ、車椅子に乗った彼の足を収集した涙で洗うのだ。その際のカーペットは赤く、応対した女性は海に流された"花嫁"にも似ていることから解釈が分かれているようだが、個人的にはストレートに貧民の涙を上納していたと捉えている。そうなると、取り敢えず涙が出るように仕向けていたり、どんな状況でも涙を回収していたのが余計にグロテスクに見えてくる。

・作品データ

原題:کشتزارهای سپید
上映時間:92分
監督:Mohammad Rasoulof
製作:2009年(イラン)

・評価:80点

・モハマド・ラスロフ その他の作品

★ モハマド・ラスロフ『Iron Island』イラン、沈みゆく船、沈みゆく国家
★ モハマド・ラスロフ『The White Meadows』涙を集める男が見たイランの寓話
★ モハマド・ラスロフ『グッドバイ』イラン、"国内で疎外されるなら国外で疎外される方がマシ"

この記事が参加している募集

#映画感想文

67,269件

よろしければサポートお願いします!新しく海外版DVDを買う資金にさせていただきます!