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【ネタバレ解説】ロバート・エガース『ノースマン 導かれし復讐者』運命の女神が導く血脈と復讐のサーガ

大傑作。ニューイングランドの森と孤島の灯台で、数少ない人間を自然が追い詰めていく作品を二つ撮ったエガースが、それらを何本も撮れるだろう予算を注ぎ込んで製作した本作品は、同時代の記録が残されていないヴァイキング時代の生活を再現すべく多くの専門家と共に綿密な調査を行い、映画史上最も正確なヴァイキング映画とも言われていると同時に、監督本人すら驚くほどマッチョ映画になっていた。ちなみに、言語を古ノルド語にするには予算不足だったようだが、やる気はあったらしい。残念ながら今回は訛英語。物語は「ハムレット」の原案の一つと言われるヴァイキングの王子アムレスの復讐を描いており、父親を叔父に殺されて母親も奪われて云々という滑り出しはほとんど一緒。しかし、「ハムレット」と似ているのは骨格だけで、アムレスの復讐の過程はヴァイキング時代の魔術も絡んでくるのでデヴィッド・ロウリー『The Green Knight』のようでもあり、父親を殺されて領地から逃げ出したアムレスがヴァイキング一団に拾われて狂戦士として成長するとか、奴隷として農場で働くのとかは『ヴィンランド・サガ』のようでもある。切られれた首が話し始めるのは北欧神話ミーミルの首の話とも見えるし、その他様々な場面で北欧神話や別の人のサガなどを引用している(らしい)。

『The Green Knight』と似ていると書いたが、映像的な面の他に似ている要素がある。それは物語が女性たちによって始められ、導かれていることだ。一応、本作品の主人公は狂戦士アムレスであり、彼は一族の復讐/父の復讐というマッチョな目的のために動いているが、復讐自体の舵取りは運命の女神ノルン、ビョーク演じる魔女(女神?)シーレス、母親グドルン、白樺林のオルガ(彼女は異教徒)によって制御されているのだ。ヴァイキング時代の巫女/魔女は女性の職業であり、途中で登場する魔術師の男も女性の格好をしている。最終的にオルガが生き残ること、血脈の幻視で産まれる双子のうち、女児に対してカメラが近寄ったことからも、戦場で死ぬことを信条とする男たちに対して、生き延びる女性たちが物語を紡ぐことを表しているのかもしれない。

『ウィッチ』『ライトハウス』でヤギとカモメのようにフィーチャーされる動物はカラスが継承している。アムレスの父王は"鴉の王"と呼ばれ、その後も「ハムレット」でいう父王の亡霊のように復讐の道標となる。また、北欧神話におけるカラスはオーディンのために世界中を飛び回って情報を集めるフギン=思考とムニン=記憶を想起させる。これは、物語の導き手であり、言ってしまえば語り部ですらあるカラスがアムレスを監視している状況と合致する。ただ、自然の驚異/脅威を描きその具現化として動物を登場させていたことを考えると、本作品でのカラスは恐怖の対象というより守り神/導き手/語り部であるため、厳密に同じ役割をしているとは言い難い。では同じ役割を担うのは何か。『ウィッチ』『ライトハウス』におけるヤギとカモメは、自然の脅威の具現としての動物を人間的に描いていた。となると、人間の脅威を描く本作品においては、人間の脅威の具現としての人間がそれに相当するはずだ。確かに、男たちは儀式で裸&四つん這いになったり、狂戦士を狼のように描いたりと人間を(主に男を)動物的に描いている。
ちなみに、カラスと女性についての連想からたどり着くのは、ウィレム・デフォー演じる強烈な道化師の"オーディンは女の秘密を求めて片目を失った、女の秘密を求めるな"という言葉だ。実際に女性たちはミステリアスであり、アムレスはその秘密を知ったことで、結果的に命を失うことになった他、戦場に生きてきた男たちは鼻とか部位が欠損していることもこの言葉から示唆されている。

『ライトハウス』と異なって高い建物がないため、必然的に地面に束縛された、つまり横移動を基調とする『ウィッチ』的な撮影になっているのも興味深い。そのため、決定的な瞬間は画面横から突然侵入してくることも多々ある。例えば、父王が射殺される場面では、矢が画面を横切る。グドルンとアムレスが対峙するシーンでは、画面中央にいるグドルンの首めがけて剣が画面横からニュッと侵入してくる。アムレスによる人間スレイプニル作成のときはドリーショットの中で横方向に剣を抜く。これまでの作品では、基本的にフレームの中で全てが起こる絵画的な部分が大きかったが、本作品ではそういったフレーム内への侵入、或いはパンや横移動といった地面に束縛されたカメラ移動によって、画面内に怪異を持ち込むという手法も取り入れられている。個人的にはオルガの後頭部→オルガはパッと横を向く瞬間が好き。後半に掛けて、アムレスが従兄弟を上から指して殺したり、アムレスが吊るされていたり、オルガが風を呼んだりと縦移動やチルトといった映像表現も増え始め、ラストへと繋がっていく。ラストシーンで地面を離れるのも『ウィッチ』と共通している。ただし、同作における地面からの解放は"生"としての飛翔だったのに対し、本作品では復讐を完遂してヴァルハラへと導かれるという"死"としての飛翔となっている点で異なる。ちなみに、血脈の幻視も祖先→自分→子供と流れているのに、下ではなく上へと上昇するのが興味深い。

エガースは様々なインタビューで、本作品の製作過程を思い返しながら、大作を作ることの困難さを語っていた。個人的には予算はそれなりに不自由ないまま、少ない登場人物を追い詰めていくこれまでみたいな作品をずっと観ていたい。次作『ノスフェラトゥ』にも期待。

・作品データ

原題:The Northman
上映時間:137分
監督:Robert Eggers
製作:2022年(アメリカ)

・評価:90点

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