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短編小説集

10
いずれ長編になるかもしれない物語たち。
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#短編小説

【ショートストーリー】朝食

【ショートストーリー】朝食

朝食

 

 珈琲豆を挽く音と注がれる適温のお湯の音、そして、立ち込める香りに嗅覚と聴覚が刺激され目が覚める。

 キッチンを覗くと、男は背を向けて珈琲を入れながら「ご飯、食べる?」と言う。その声は、慣れない酒を飲んだせいか、少しかすれていた。

 リビングの方に視線を移すと、既に綺麗にセットされたテーブルがそこにあった。木製のローテーブルの真ん中には、小さな花瓶。部屋に似合わず、チュー

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【ショートストーリー】三条大橋の男

【ショートストーリー】三条大橋の男

「お母さんおおきに。行ってきます」

兎の結は、タクシーにのって、街から少し遠い料理屋のお座敷へ向かった。 

料理屋につくと、すでに地方の姉さんがたがついていて、一番下っ端の卯の結(うのゆう)は慌てて挨拶をした。

どうやら今日は、舞妓は卯の結一人だけらしい。

お座敷はいつもどおり進んでいき、5、6人の客も、芸妓の姉さんも酔いが回ってきたころ、卯の結は、自身に向けらている熱い視線に気がついた。

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【ショートショート】貫けないなら優しくしないで

【ショートショート】貫けないなら優しくしないで

「相談があるの」

「どうした? 珍しい」

いつもふざけたように話す彼も、真面目なトーンで答えてくれた。

「女も戦わなくちゃいけないと思う?」

「いいや」

彼は間髪入れずに答えた。意外だった。

「あたし、もう戦いたくないの」

必死に抑えた声の震えは、伝わってしまっただろうか。

「ごめんなさい。明日も舞台なのに。でも、どうしても貴方に聞きたくて」

「いいよ。どうせ家で寂しく飲んでるだ

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