見出し画像

貴方が顔をしかめても

私が子どもの頃、障がいのある人や赤ちゃんを連れた若い母親がTVに映ると、母はいつも顔をしかめてチャンネルを変えた。「なぜそんな顔をするの?」と聞くと、「辛かった時を思い出すから」と答えた。子どもの私はそれが何を指すのか分からず、苦い顔をする母が不思議だった。辛い子育てをさせたことへの罪悪感も少し感じた。

小学生の時、友達数人が下校中に知的障がいのある子に話しかけているのを見かけ、なんとなくその輪の中に入った。かなり年上なのに簡単な質問に答えられないその子に対し、みんなで「なんでそんなことも知らないの?」とひどい言葉を投げつけた。その子は泣き出してしまった。すると遠くから「やめなさい!」と叫ぶ女性がいた。おそらくその子のお母さんだ。私は今でもそのお母さんの悲しみと怒りに満ちた表情を忘れられない。無知な子どもだったとは言え、自分の残酷さと情けなさに今でも苦しくなる。

私はそれ以降も、障がい者にどう接してよいか分からず、自分の中にいるモヤモヤした「怯え」と向き合うことを避けたまま大人になった。

子どもが生まれ、子育てをする中で、それがどんなに大変でも、振り返った時に顔をしかめるような経験とは違うことを知った。息子のおかげで障がい者もずっと身近になった。息子の通う保育園にも学校にも、何らかの障がいを持つ子がいた。校長先生は「特別支援学級がこの学校の中心にある」と明言した。

ある国際協力NGOの報告書を読んだ時、途上国で障がい児を育てるお母さんの「この子は世話が必要だからこそ、余計に愛情を感じます。家族で支えていきます」という言葉に触れて、深く考えさせられた。じゅうぶんな教育を受けられず、経済的に厳しい地域に暮らす母親が、家族と共に子どもの障がいを受けいれ、さらに愛情が湧きあがると言っている。自分の中の「怯え」がぎゅっと私の心にめり込んだ。

だいぶ大人になってから、私は障がい者に対する自分の中の「怯え」に正面から向き合ってみた。良心との葛藤にケリをつけたかったのだ。でもすごく怖かった。それは偏見や差別という牙を持っていたから。一人では難しかったので、カウンセラーに相談したりしながら恐る恐る取り組んだ。

私は、かつて隣で顔をしかめた母の側を離れ、障がいのある人、子育てをがんばっている人に寄り添うことにした。母が私の方を見て顔をしかめたとしても、私はもうそちら側には戻らない。母に共感されないのは残念だけれど、自分の心に素直に向き合って出した答えだ。そんな自分を前よりちょっとだけ好きにもなれた。

母は母なりに相当辛い思い出があるのだろう。テレビのチャンネルを変えることで、心の安定を保っていたのかもしれない。育った時代の影響も大きい。母が若い頃はバリアフリーもパラリンピックも特別支援学級(特殊学級)もまだ歴史が浅く、世間の理解も今より低かったのだ。

大変だったんだね、お母さん。ありがとう。お疲れ様でした。

それでもやっぱりその顔は良くないと思うよ。変な牙がちらっと見えちゃってますよ。

:D

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?