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【小説】耳を傾ける 第2話

ハッキリ意見を言う女性をどう思いますか? カッコいい? ウザい? 憧れる? 妬ましい? それはどうしてなんでしょう?          
雪深い地方都市にある喫茶店『中継点CAFE』に、話を聞くことが得意な人がいるらしい。みんな自分が悪いんだと泣いてる人や誰も私を分かってくれないと怒り狂っている人を見つけたら、『中継点CAFE』を知る人たちは通りすがりに言います。「百坂さんのところに行ってみたら?」ーー。

「やっぱり、バニラとシナモンが喧嘩してます」

調理場から山田さんの声がしたので、百坂さんは新聞を読んで、話が終わるまで待つことにした。ハキハキとした高い声はちょっとドスが効いていた。

「その上、パイ生地の風味も強めだし、林檎はカラメリゼしてあるから、バニラアイスと一緒だとくどいです」

百坂さんはそっと様子を伺った。
真ん中で分けた髪がぐっと上を向いていることで後ろに流れて、山田さんの顔がよく見えた。アーモンドアイは吊り上げると、とても怖い、と怯んだ。

「ミルクのジェラートが良いんです」

山田さんは断言した。
対面している夏坂さんがとても背の高い人のため、山田さんはぐっと上を向かなくてはならず、威張って見えた。
夏坂さんはしおれた向日葵みたいにこうべを垂れている。

「うーん………。でも、バニラアイスは単品でも出しますし、パフェとかガトーショコラにも使いますから………。アップルパイだけのために違うものを仕入れるのか………」

夏坂さんはボソボソと話しながら目を伏せた。

「アップルパイは人気メニューですから、その分、たくさん出るし、『ためだけに』ってこともないと思いますよ」

「人気なら、バニラのままが良いんじゃ………」

「ミルクジェラートならもっと美味しいんです!」

山田さんは目を爛々とさせて言い切った。

『staff only』の部屋から帰り支度を済ませた従業員さんたちが出てきて、山田さんと夏坂さんの様子を伺い、忍び足気味になった。
甲斐さんは「熱いねぇ、職人魂って感じ」と言った。
成田さんが甲斐さんを「もうっ、やめなっ」というように腕を叩いた。
工藤さんは心配げに辺りをキョロキョロした。
百坂さんは新聞を再び読み始めた。

※※※※※※※※※※※※

「百坂さん」

じっくり新聞を読んでいると、山田さんが呼びに来てくれた。

「今日も林檎剥いてください」

百坂さんは普段、中継点CAFEに来るお客さんの話を聞いている。でもそれは仕事ではない。だから、開店前の掃除や仕入れ、閉店後の掃除と料理の仕込みで給料を貰っている。
百坂さんがたくさんの林檎の皮を剥き、山田さんはパイ生地を作る。
ゴツっ、ゴツっと山田さんが冷たい固いバターをすりこ木を振り下ろして伸ばしている音がして、百坂さんは驚いて小さく悲鳴を上げた。

「怖い?」

と、山田さんは振り向いて言った。百坂さんはただびっくりした顔で黙っていた。

「仕方ないんですよ。バターって、ホントかったいんだから」

山田さんはそう言ってすりこ木を振り下ろした。

「ねえ、百坂さんとこに来る人って、どんなこと話してるの? あたし、調理場にいるから分からないんですよね」

百坂さんは林檎の芯をぺきっと切り取って、答えた。

「あえて雑に要約すると、あの時あの場であの人にこういうことが言いたかったのに言えなかった、どうしてなのかはわからない、ということです」

「何? 恋愛相談とか?」

「なんでもです。ついさっきのこと、つい先日のこと、遥か昔のこと。学校でも、友達でも、家族でも、仕事でも」

「そんな話聞いてて、鬱陶しくないですか?」

山田さんがそう言ったので、百坂さんは首を傾げた。山田さんは続けた。

「自分の言いたいこと言えないって、勇気とか、誠意とか、自分の意見とか気持ちとかが足りないんじゃないの? なのに、他人とか周りの空気とかのせいにしてぐずぐずしてるってことじゃないの? 仕事とか、他人のために言うことなら尚更で、大事なこととか正しいことならちゃんと言えるって言うか、自然と言っちゃうはずなんですよ、普通」

百坂さんは林檎を剥く手を止めて、山田さんの話がよく聞こえるようにした。だが、どれだけ耳を傾けても、まるで聞こえていないかのように、彼女が話していることが入って来なかった。

「あたし」のことを話さないと、「あたし」にとってまともな考えは浮かんでこないですよ――。

「そーいや、百坂さんもあんまり言いませんよね」

山田さんはそう言って、銀杏に似た形に切った林檎でいっぱいになったボウルを空のボオルに交換した。コンロのつまみを回す音が響いた。

百坂さんは再び林檎の皮を剥き始めた。

※※※※※※※※※※※※

数週間経っても、中継点CAFEのアップルパイに添えられていたのはバニラアイスのままだった。夏坂さんからも返事が無かった。

山田さんはもう一度、夏坂さんに言おうと決めた。

いつも通りに、しゃんとして、顔を引き締めて、ハキハキと。

でも、言えなかった。夏坂さん、と呼んで、彼が振り返って、

「はい?」

という声を聞いて、その顔をを見て、その佇まいの全てに、自分の決意が消耗させられ、もう少しで泣いてしまいそうになった。

いや、実際に泣いてたのかもしれない。

夏坂さんの顔が強張ったから。それで、山田さんは逃げてしまった。

店主の辺見さんから、山田さんが体調不良で欠勤すると、翌日、従業員たちに伝えられた。

※※※※※※※※※※※※

山田さんが中継点CAFEに来たのは、一週間が経ってからだった。
閉店後、夏坂さんが買い出しに行った頃合を見計らって、百坂さんに話を聞いてもらいにやって来たのだ。

山田さんは、「あたし……」と話し出した。
百坂さんはじっと耳を傾けた。

「あたし、なんか、具体的な出来事は覚えてないんだけど、よく、誰が言ってたのかも覚えてなくて、それだけ、いろんな人にいろんなところで言われてたんだと思うんだけどね。『他人にも厳しすぎて敵を作りやすい』って。それで、直ぐ後にこうつくの。『可愛いのに』って」

百坂さんはじっと耳を傾けた。

「もしさ、あたしじゃなくて、たとえば成田さんみたいな明るくて気さくな人なら、こう言っても聞いてもらえたんじゃないか、夏坂さんみたいな背の高い落ち着いた感じの人なら、甲斐くんみたいに軽く飄々としてれば、工藤さんみたいにしっかりしてて優しい言い方なら。なんか、あたしだから、誰に何言っても無駄なんじゃないかって、思ったことがあって、それで、でも、仕事でも部活でも、良い事すれば、大事なことや正しいことなら聞いてくれる人はいるって、無理してたんだと思って」

百坂さんはじっと耳を傾けた。

「あたし、本当に言いたかったこと、ハッキリ言ってたはずなんだけど、言えてなかったみたいなんです。『私が女だから舐めてんじゃないの?』って、本当は」

山田さんが涙声になった。

「言いたかったんです……」

※※※※※※※※※※※※

数日経って、山田さんが中継点CAFEに戻って来た。そして、アップルパイの件では夏坂さんとも和解していた。

そして、二人で話し合った結果、バニラアイスのメーカーを変えることで解決した。バニラの風味がもう少しほのかな、さっぱりしたものに変えた。

「ミルクジェラートと食べ比べてみたんですが、ちょっと乳臭くなりすぎちゃって。パイ生地のバターと混ざっちゃうと」

と、山田さんは少し恥ずかしそうに話した。

「それで、夏坂さんが見つけてきたバニラアイスがピッタリ来たんです。ウチのアップルパイ、カスタードクリーム入ってないでしょ? 一緒に食べるとカスタード入りと別々に食べてシナモンだけって、両方味わえるんです。夏坂さん、そこにこだわりあったみたいで」

百坂さんはじっと耳を傾けた。

「でも、あたしが怖くて、言いづらかったみたいなんです」

と、山田さんがしんみりと言った。百坂さんは山田さんを信頼して、禁じ手を使うことにした。

百坂さんは口を開いた。

「怖いって、夏坂さんに言われたんですか?」

「いや、そうかなって?」

「怖いって、夏坂さんに思われてると、山田さんは感じますか?」

「いや、……。なんかね、いっつもハッキリ言わないから、あたし強く言い過ぎてるのかもって、思って。夏坂さん、静かな人だし、何ていうか、粛々って感じだから、性格が」

「ハッキリ意見を言えない時って、相手を怖がるだけじゃなくて、いろんな気持ちが考えられますよ。あくまで例えばですよ。本当は相手が正しいと薄々気づいてる時とか、相手に引け目を感じている時、相手に憧れている時、相手が鬱陶しいけど自分の評判を気にして誤魔化したい時、相手が妬ましい時、自分の中のうやむやを認めたくない時」

山田さんは首を傾げた。

※※※※※※※※※※※※

和解までの顛末はこうである。

山田さんが欠勤した後、まず最初に百坂さんのところに話をしに来たのは従業員の工藤さんだった。工藤さんは、山田さんの自分とは対照的な姿勢に常々モヤっとしたものを感じていたらしい。

「私はほら、仕事でも、親からでも先生からでも、まずはその通りにやってみるっていう風に育ったから、山田さんのハッキリしたところに、ちょっと、どうなんだろうって思ってて」

しかし、百坂さんに話を聞かせているうちに、そこには妬みの気持ちが入っていたと認識した。

次に百坂さんのところに来たのは成田さんだった。

「あたしが会社員やってた頃のさ、なりたかった感じにね、山田さんがそっくりなんだよね。まあ、あたしは仲間内でぼやいて発散して、それで満足だったんだけどね。だからさー、応援したいの」

そこで成田さんは、工藤さんと甲斐さんを巻き込んで、夏坂さんを説得しに行った。

「あたしらはホールじゃないですか? 調理のことで相談のってあげられるのは夏坂さんだけなんですよ。お願いします」

一番、厄介だったのは夏坂さんだった。

百坂さんが話を聞いた限り、夏坂さんの心のモヤモヤは結構深くて、その上、夏坂さんが無意識に核心を避けてしまい、なかなか、まともな考えが浮かんで来なかったのだ。

百坂さんは根気よく、夏坂さんの話に耳を傾け続けた。そして、バニラアイスをカスタードクリーム入りのアップルパイが好きなお客さんのために添えているという「自分のアイディアを相手に言うことが怖かったのだ」というところに夏坂さんは辿り着いて、やっと山田さんに連絡を入れることが出来たのである。

※※※※※※※※※※※※

店主の辺見さんは、心底ほっとしていた。

「本当に助かりました。アップルパイは中継点CAFEの屋台骨なんですから。その上、新しくしたバニラアイスの方が原価も安いし、結果オーライでしたよ」

「そうですよねぇ…………」

百坂さんは気怠く答えた。今回はちょっと疲れてしまった。

ドアベルが鳴り、山田さんの挨拶の声が聞こえた。もうすぐ開店だ。

「百坂さん。何見てるの?」

山田さんは、ソファーの背もたれに寄りかかって窓の外を覗いている百坂さんに聞いた。

「白鳥見てました」

と、百坂さんは振り向いて答えた。

「これから寒くなるところに行くんですよ」

「ふーん」

「白鳥が飛んでるのを見ると、アップルパイが食べたくなります」

「……なんで??」

「お腹の形が似ています」

確かに、ウチのは楕円形のパイ包み焼きスタイルだ。と、山田さんは苦笑した。

「あと、今日は晴れてるので、日の下を飛ぶと逆光でキラキラするのが、ざらめを思い出して。ざらめがくっついてるのが美味しくて好きなんです」

山田さんは、ちょっと驚いた。店内で食べるようにフォークで切りやすく、テイクアウトして手で持って食べることも出来るよう、パイ生地は少し固めに作ってある。そのため口の水分が持って行かれないように、及び、食感にもう一つアクセントが欲しくて、パイにざらめをくっつけていたのだ。

そんなところに気づいてくれてたなんてーー。

「どこ?」

山田さんも百坂さんと一緒に窓の外を覗いた。

                                     了

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