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Random Walk

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2021年12月の記事一覧

【掌編小説】電波塔に上って

【掌編小説】電波塔に上って

「はぁ……」

カタカタとパソコンのキーボードを叩きながら、向かいの席の後輩の田中が大きく溜息をついた。人の気配の少ないオフィスでは小さな呟きもやけに大きく響き渡る。今日は年末の挨拶回りもかねて得意先への訪問予定があったため、自分も彼もオフィスへと出社していた。ずいぶんとあからさまに大きな溜息をつかれてしまうと、さすがに反応しないわけにもいかない。

「どーした、そんな大きく溜息をついて」

パソ

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【掌編小説】星降る夜に

【掌編小説】星降る夜に

「わたしね、1年の中で今が一番好きかも」

 ふとした拍子に彼女はそうつぶやいた。なんで? という疑問の言葉を僕が発する前にひゅう、と冷たい風が吹きぬける。僕は悪寒と共に言葉を飲み込み、ぶるりと震えて首元のマフラーを巻き直す。

「寒い?」

 僕の隣を歩く女友達の芹沢悠香がこちらに目をやって気遣わしげに聞いてきた。いや大丈夫、と言おうとしてくしゅん、とくしゃみをしてしまう。強がる気持ちとは裏腹に

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残刀、露と消えて(急)

残刀、露と消えて(急)

<(破)より>

 父の正式な跡継ぎ、八代目山田浅右衛門を名乗ったのは兄であったが、自分も折りに触れて引退した父から兄の代わりとして刑の執行を命ぜられていた。特に扱いが難しい罪人について自分にお鉢が回ってくることが多いように思えた。それは自分の刀の腕を父が正当に評価してくれているということだと思ったので、素直に嬉しかった。ただ、自分が代わって刑の執行を行っている時の兄は、いかにも機嫌が悪そうではあ

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残刀、露と消えて(破)

残刀、露と消えて(破)

<(序)より>

 以来、兄と同様に父の仕事の手伝いを任されるようになったものの、長兄とそれ以外の兄弟という立場では自ずとその扱いには差があった。刑場にて父の直接の手伝いを行うのは専ら兄の方であり、自分が任されたのはそれ以外の雑務であった。雑務、とはいえ浅右衛門家の収入源としてはいずれも重要なものであったので、特にそれで不満を感じることはなかった。

 例えば薬の調合。山田浅右衛門家の「浅右衛門丸

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残刀、露と消えて(序)

残刀、露と消えて(序)

 一歩前に踏み出し、ぎゅ、と土を踏みしめる。目の前の穴から盛られた土壇場の土は、朝の冷気を吸って未だ湿り気を帯びていた。そろそろ本格的に冬の季節へと切り替わってきているのか、吐く息は白い。後ろ手に縛られたままにぐいと背中を押され、冷たい盛り土の上に直接座らされる。腰を落とした所で、訴状を手にした役人から声をかけられた。

「名はなんという?」
「山田浅右衛門と申します」
「職業は?」
「御様御用で

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