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カフェオレと塩浦くん(長編小説)

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長編小説『カフェオレと塩浦くん』をまとめたものです。
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2020年11月の記事一覧

カフェオレと塩浦くん #37

カフェオレと塩浦くん #37

「いやはや、待たせてしまったね」

 先ほどのおじさんが私の座るテーブルにゆっくりと座った。
 店員を呼ぶと、ホットコーヒーといつものサンドイッチ頂戴と慣れた口調で注文した。
 店員はかしこまりましたと頭を下げ、厨房のほうへと向かっていった。

 私はおじさんの姿に思わず驚いた。

 掃除のときにはただの掃除のおじさんとばかり思っていたが、私の向かいに座るおじさんは灰色のスーツを着込んでいる。
 

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カフェオレと塩浦くん #38

カフェオレと塩浦くん #38

 揺れる電車の中から外の景色をみると、すでに陽は落ち、星が点々と瞬いていた。

 私はいつもなら向かうはずの家の方向とは反対方向の電車に乗っていた。
 スマホのメッセージの画面を開いては閉じを繰り返し、そしてため息をつく。

 何日も同じ行為を繰り返しているものだから、いい加減現実を見たほうがいいとは思うものの、それでも人間というのは機械のようにおいそれと今までの動作というものを急に変更できるわけ

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カフェオレと塩浦くん #39

カフェオレと塩浦くん #39

「おい、風邪ひくぞ。何してんだばか」
ばさりと温かいものが体に多い被さり、私は目を覚ました。

「塩浦……くん……?」

ぼやけた眼で彼を見る。
彼の片手にはコンビニ袋が釣り下がっていて、どうやら外出をしていたようであった。

「ここじゃ寒いだろ。家の中入りな」

そういうと彼は私の手を握った。
彼の手もまた冷えていて、そこに物悲しさを感じる。

体育座りをしていたせいか、ふいに立ち上がった瞬間、

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カフェオレと塩浦くん #40

カフェオレと塩浦くん #40

 吉報とは突然入ってくるものである。
 事態は、私が思いもよらぬ方向に進んでいった。

 後藤会長から一本の電話が入り、私はまたあの喫茶店に向かった。
 あれから一週間後の3月4日のことであった。

「突然呼び出してしまってすまないね上井さん」
「いえいえ、連絡を頂いたときはびっくりしました」

 テーブルにホットコーヒーが二つ運ばれ、そして大皿のサンドイッチが中央に置かれる。
「好きに食べてくれ

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カフェオレと塩浦くん #41

カフェオレと塩浦くん #41

 後藤会長の見立て通り、今回の騒動はどうも東条一人で動いたものではないそうだ。

「調べさせてもらったが、君の会社の三城という人物はどうも"明智大"卒業みたいじゃないか。海崎が同じ大学の同期生みたいでな、しかも同じ政経学科のゼミ生だったことがわかったよ」

「え……それって……」

「あぁ、三城と海崎は繋がっている。大学の旧友というやつだな。2人で大学時代はサークルなんか立ち上げてこそこそと小銭稼

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カフェオレと塩浦くん #42

カフェオレと塩浦くん #42

 

 あれから10日ほどの時間が経った。
 3月14日の風は少しだけ春を纏っているようで、ほんのりと温かさを感じた。

 今日は土曜日ということもあり、上野駅は観光客が多くいて、私はその光景を少しばかり離れた場所で見ながら、ただぼーっと突っ立っていた。
約束の時間……といっても私が一方的に伝えた時間だったが、果たして彼は来てくれるのだろうか。
 私はそれだけがただただ心配であった。

 手に持っ

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カフェオレと塩浦くん #43

カフェオレと塩浦くん #43

 美術館の企画展示を見終わった後、私たちは上野公園をコーヒー片手にぷらぷらと散歩していた。
 久々にずっと歩いているせいか、ふくらはぎが痛くなり、公園内の噴水広場に設置してあるベンチに腰を掛けた。

 遠くでは大道芸人が、大道芸やマジックを披露したりしている。
 あたりを見渡せば、私たちと同じように恋人たちが寄り添いながら座り合い、噴水の周りでは子供たちがわーきゃーと言いながらボール遊びをしていた

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カフェオレと塩浦くん 最終話#44

カフェオレと塩浦くん 最終話#44

 開け放たれた部屋に四月の風が舞い込む。
 見慣れた部屋だというのに、物が何も置いていないと、なんだか寂しさを感じる。
 私は今日、彼の部屋の引っ越しの準備に彼の自宅に訪れていた。

「少し、外歩かない?」

 私は彼からの提案を受け入れた。
 彼の住んでいるアパートを出て、歩きながら住宅街を抜けていく。
 ほどなく歩くと、突然桜の木が立ち並ぶ道の前に出た。

 私たちは桜がひらひらと降る歩道の中

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