カフェオレと塩浦くん #40
吉報とは突然入ってくるものである。
事態は、私が思いもよらぬ方向に進んでいった。
後藤会長から一本の電話が入り、私はまたあの喫茶店に向かった。
あれから一週間後の3月4日のことであった。
「突然呼び出してしまってすまないね上井さん」
「いえいえ、連絡を頂いたときはびっくりしました」
テーブルにホットコーヒーが二つ運ばれ、そして大皿のサンドイッチが中央に置かれる。
「好きに食べてくれ」と彼はいい、私は卵サンドを一つ手に取り、むしゃりと齧りついた。
「私の秘書にある程度資料をまとめてもらってな。優秀なやつで、いろんなことがわかったよ」
そういうと後藤会長は茶封筒に入った数枚の紙束を私に手渡した。
「私もこれだけ裏で動かれていたとは全く分からなかったよ。世の中にはずるがしこいことを考えるやつもいるもんだな全く」
私はもらった資料をぺらりぺらりとめくる。
あまりの事実に、これは何かの小説か何かと錯覚するほどに信じられないでいた。
「東条 匡。彼が入社した際のことはいまだに覚えているよ。芸能人かと思う外見に、成績は優秀、おまけに優しさにあふれた青年であったし、現営業統括部長の海崎の大学の同じサッカー部の後輩ということもあってな。すぐさま内定をだしたよ。彼は期待以上の成績も出してくれていたし、私も当時は出世をさせようと考えていた。だが、この通り、私も年齢が年齢でな。ちょうど2年前ほどに社長を辞めて、会長になってしまった。それからだよ、東条が変わってしまったのは」
それから後藤会長は手元にある自分の資料を見ながら、散らばった情報を順序だてて話し始めた。
東条がレクレアール証券を辞めたのは、人事部の佐々木から聞いた通り、社内での女性問題であった。
社内のみならず、社外でも私に行ったような誘拐まがいのことを何件か行っていたらしいが、証拠はすべて隠蔽されていたらしい。
社内の内部告発によってようやく表沙汰になったものの、「両者同意の上」という証拠を捏造されたらしく、処分を下されることはなかった。
これ以上のことは後藤会長の憶測らしいが、彼を庇ったのは海崎ではないかということであった。
実際若手の中ではずば抜けて成績を上げていたこともあり、数字がすべての営業マンにとっては、人格すらも肯定されていたこと、そして営業の売り上げの主軸を担っている海崎と東条が繋がっていることにより、女性社員の内部告発を揉み消した可能性があるだという。
だが、女性の内部告発が揉み消された一件によって、噂が社内中に広がり、東条は居づらくなって出ていったのではないかと後藤会長は睨んでいた。
「ですが、そうなると海崎さんには何のメリットもないですよね。優秀な部下が退職するとなると、出世に泥を塗るわけですし、お客さんも離れていくだろうし……」
「確かにそうだ。だがうちの会社では営業は基本的に半分が基本給、半分がコミットメント、つまり成果によって変動する給与体系が取られている。取締役は例外だが、それ以外は皆そうだ。それは海崎にも言えることであって、大口のお客さんを引き渡すという条件を東条に持ち掛けたんだろうなきっと」
「それって……いいんですか?」
「明確に禁止はしていないんだよ。本来であれば、部長がそれを個々の営業に振り分けるが、多分それをしなかったんだろうな。海崎自身が持つ利益率の低い顧客とそれをトレードして、それを部下の誰かに押し付けたんだろう。海崎にとっては東条がいなくなったことは痛いが、それでも自分の手元に莫大な手数料が入ってくるんだから、それで折り合いをつけたんだろうな」
おくまでも憶測の域ではあったが、ほぼそれで間違いないだろうと後藤会長は言った。
それにしても口が乾くなと、彼は2杯目のコーヒーを注文する。
私も1杯目のコーヒーを飲み切り、アイスカフェオレを注文した。
「それが東条がジョンソン・メディシティ社に転職するまでの経緯だ。問題は多分それからだ」
そういうと、資料を続けざまにめくった。
「今回の一件、君の会社の"三城"という人物が関わっているかもしれん」
私は思わず「っえ」という乾いた声を出してしまった。
(つづく)
※これまでのあらすじはこちらから
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