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カフェオレと塩浦くん #39


「おい、風邪ひくぞ。何してんだばか」
ばさりと温かいものが体に多い被さり、私は目を覚ました。

「塩浦……くん……?」

ぼやけた眼で彼を見る。
彼の片手にはコンビニ袋が釣り下がっていて、どうやら外出をしていたようであった。

「ここじゃ寒いだろ。家の中入りな」

そういうと彼は私の手を握った。
彼の手もまた冷えていて、そこに物悲しさを感じる。

体育座りをしていたせいか、ふいに立ち上がった瞬間、私の足はふらつき、よろける。

「あぶねーぞ」と彼は私の肩を抱き、胸の中へと引き寄せた。
「ありがとう」と私は弱弱しく呟き、顔を傾げて俯いた。

ガチャリと扉の鍵が開き、彼とともに自宅に入ると、そこには前と変わらない彼の部屋があった。
変わったとすれば、少しだけ物が整頓され、幾ばくか部屋の大きさが広くなったところだろうか。

私はソファーに座らせ、ちょっと待っててと塩浦くんに言われた。
そうしていると、カップにお湯を注ぐ音が聞こえ、はいと差し出されたのは温かなカフェオレであった。

私はふーふーとしながらそれに口をつける。
温かなカフェオレが私の指先と体を芯から温めた。

ふと横眼で彼を見るが、彼も彼でスマホに目をやっては私に目を合わせようとはしなかった。
私も私で話したいことはいっぱいあるはずなのに、どうも彼の顔が見れない。

それから数分沈黙が続いた。

ちょうどカフェオレを半分飲み終わり、白い湯気も消えかかった私と彼は同時に「―――あの、」と声を揃えた。
お互いがもごもごとしながらも、私は勇気を握って口を開いた。

「ご、ごめんね……突然来ちゃって。心配でさ……」
私は俯きながら指を震わせる。

「俺のほうこそ……ごめん。連絡返さないで」
彼も私と同じ様相だった。

「塩浦くん」
「なに?」
「これからどうするの?」

沈黙が支配する。

「どこか……遠くのほうに行ってみたくってさ。そんなことばっかり考えてるよ」
「遠く?」

「うん。遠くのほう。都会の埃臭さなんてしない、ずっとずっと遠くかな」
「そっか……」

私はふと不安になった。
彼の言う"遠く"とはいったいどこを指しているのだろうか。
その景色の中に私はいるのだろうか。

「ねぇ……塩浦くん」
「ん?」
「私のこと……」

私はそれ以上言葉を出すことをためらった。
彼のことがわからなかったのだ。

「好き?」と聞くだなんておこがましいほどに私は彼の愛に飢えていた。
だからこそ、彼に今すぐ抱きしめてほしかった。
今すぐ好きだと言って、私の唇を奪ってほしい。

でもそれは私の願望であって、決して彼の願望ではない。
決して私から「してほしい」など言う言葉は言っていけないと、強く唇を噛んだ。

「わるいな空季……俺は決してお前のことが嫌いなわけじゃないんだ……」
「じゃあどうして!」
私は思わず叫んだ。

「俺はお前を守らなきゃいけなかった……。それがどうだ、こんな様になって。もう手も足も出せなくなっちまって。もう誰が犯人だかも全部わかっている。だからこそおれは悔しいんだよ。わかっていながら動けない、大切な人でさえ守れない、そんな無力な俺がお前を守りたいだなんて言えるはずないだろ!これ以上何かしても余計に傷つけちまうじゃねぇか!」

彼もまた声を荒らげた。
その声は震えていた。

私にはさっぱりわからなかった。
守り方なんていくらでもあるのに、守れないなんて決めつけるんだろうか。

「あぁ、そうか。彼も口下手なんだね」と私はふと思った。
それは私にも言えることで、素直に好きだと言えないで、彼の顔色を窺っては避けてばっかりいた自分を思い出した。

彼もまた弱かった。
その弱さを隠すために一生懸命強がってただけなんだ。

ふいに私は彼を抱きしめた。
涙ながらにぎゅっと首の後ろに手を回し、彼の肩に顔を乗せた。

「気づいてあげられなくてごめん……。私のほうが年上だっていうのにそれっぽいことなにもできてないね」

私は彼に見えないように唇を震わせ、泣いた。
年下ってずるいよ、本当に。

彼の体は少し震えていた。
それは冬の寒さなのか、どうかは私の知るところではない。
それでも、私は彼を温めようと、ぎゅっと腕に力を入れ、一生懸命に抱きしめた。

言葉の介在など許しはしない、愛が迸る。
だらりと彼の腕は力なく垂れ下がり、そして冷たい雫のようなものが私の服を濡らした。

これからのことなんて何もわからなかった。
私も、そして彼も。
だから私も彼と同じでいたいと思った。

遠く、そう、ずっと遠くへ。
そんな思いが私の中にも芽生え始めた。



(つづく)
※これまでのあらすじ



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