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恋物語「魂の泉」

真っ白な陶磁器を
眺めては飽きもせず
かと言って、触れもせず
そんなふうに君の周りで
僕の一日は過ぎていく
         −井上陽水「白い一日」

「なんど眺めても、美しいものってこの世にいくつあると思う?」
カールは地面に寝そべり、頭を片肘で支え、魅せられたものに、じっと両眼をそそぎながら言った。
「なんのはなし?」
同じく、そばで座っていたステラが聞き返した。
「白い芸術のことだよ。」
カールはなおも、顔を対象にそそいだまま答えた。しかし、その対象は揺くので、カールの顔も行ったり来たりした。
「ねえカール、いつまでも「それら」に見惚れてないで、他の話をしましょうよ。それに、ほら、ここにも同じものがあるでしょ。」
ステラは自分の長い脚を伸ばして魅せる。
「ちぇっ、分かってないなあ、ステラは。この世に同じものは一つとしてないのさ。君のはいつでもみれるけど、あそこで地面を泳いでるのはいましか見れないからね。」
「カール、ひどい!」
この言葉を聞くと少年は、ステラの方に振り向いて、真顔になって言った。
「悪い、いまのは悪かったよ。ごめんよ。」
「じゃあ、もうその遊びはやめて、なにか面白い話をしてよ。」

放課後の気だるい学校の空気に包まれながら、二人は、校庭の一番外側、フェンス近くにある大きな楡の木の陰の下で、涼んでいたのだった。もう秋だというのに、まだ暑さが続いていた。校舎の外側、つまり、学校の周りを、体操着を着た生徒たちが汗をかきながら走っていた。
ステラは、熱い陽射しに晒された学校全体の雰囲気をこのように喩えもした。
「これじゃ、逆スポットライトの舞台みたいね。」
「君は詩人だね。」
カールがさりげなく言う。

しばらく二人は、無言になって、この心地よい空間に浸っていた。もう一つの理由を挙げるとしたら、さっきステラが要求した「面白い話」をカールは頭の中で一所懸命、想像しようとしていたからだ。
はじめに沈黙を破るのは、いつもステラだった。
「このまま、この時間が永遠に続くと良いのにね。」
「ああ。」
「それより、カール、そろそろ走りに戻らなくてもいいの?」
「走るもんか。みんな偉いよなあ、先生は誰もみてないのに、サボらないなんて。」
「そんなだから、朝の時だって、、、。」
「なにさ。」
「呼び出しよ。マザリン先生があんなに腹を立ててるの初めてみたわ。」
「あれは僕のせいじゃないよ。シャルルのやつが、廊下を歩いてたら急に襲いかかってきたんだ。それで取っ組み合いさ。その拍子で、壁にかかってた絵にぶつかって、額縁を割っちゃったんだ。」
「そんなことして面白い?」
「面白いかどうかなんて関係ないさ。ただ、そうなってしまっただけなんだ。
きみはどうなの?学校、楽しいと思う?」
「私は極力、楽しもうとしてるわ。でも、こうやって二人で話してる時間が、一番好き。」
「僕もそう思うよ。」
「ほんとに?」
「ああ、嘘じゃない。」

ステラはそっと微笑んだ。
顔を天の海に向けながら。
やがて日は落ち、
赤いインクが降りそそいだ。
あたりは不穏な静けさに満たされた。

ここからはカールとステラの「対話編」となる。なお、はじめに口火を切るのはステラと決まっている。

他の生徒が帰っていくなか、二人だけは、さっきと同じ場所でくつろいでいた。
ステラの瞳の輝きが、愁いをおびているのに気づいたカールは、そっと立ち上がった。

「どこに行くの、カール?」
「どこも。ただ、水を飲みに行くだけ。」
「私の分も持ってきて。」
「君も一緒に来たら?」
「だめなの。なぜかここから動けないような気がする。」
「どうしたんだい?」
「立てないのよ。ちょっと手を貸してくれる?」
「ダメだ、持ち上がんないよ。なぜだろう?」
「そういえば、さっきから思っていたんだけど、きみははじめからここにいたのかい?」
「ええ、いたわよ。カールも一緒だったじゃない。」
「いや、僕はあとからきたんだ。きみがここにいたから。」
「そうだっけ?」
「それに、授業が終わったあと、きみはすぐに家に帰っていったんだ。僕は見たんだよ。」
「カール、そんなのどうでもいいわ。水を持ってきてくれる?」
「水が向こうからやって来てくれたらいいのにね。いいかい、ステラ、これは重要な問題なんだ。」
「水は独りでにこないでしょ。生きていたら別の話だけど。」
「生きていたらと仮定したら、水がここまで、どうやったら来るんだい?」
「泳ぐしかないわね。」
「なるほど。でも、それは純粋な水、つまり、湧き水ということになる。これは濾過された浄水だ。」
「湧き水は飲めないけど、浄水は飲めるわ。」
「では聞くけど、ステラ、湧き水と浄水はどちらが、純粋な水なのかな?」
「プラトンね!難しい問題だわ。純粋ならば、生き物に害を与えることはない。けど、湧き水は、「純粋過ぎて」人間には飲めない。」
「その通り。」
「「純粋過ぎる」なんて、まるで私たちの恋みたいだわ。」
「そう、純粋過ぎたのさ。
さよなら、ステラ。僕はもう行くよ。」
「待って、カール!」

目が覚めるとステラは、深い森の奥底にある、大きな泉の前に横になっているのに気がついた。すると、泉の中から金の薄衣を纏った、泉の精霊、フォンスが出てきて言った。

「そなたの願いは叶えたぞ。忘れ得ぬ、青春の日々をもう一度見たいという望みを。」
「ああ、お願いです、フォンス様。さきほどの続きをお見せ下さい!」
ステラは嘆願するように、両手を組み合わせた。
「魂の記憶を呼び戻せるのは、一回きりだと、はじめに申したではないか。」
「お願いです!」
「そなたにはもう見せる必要はないだろう。ここから立ち去りなさい。」
泉の精霊、フォンスはそう言い残し、泉の中へ潜って消えてしまった。

ステラは悲嘆にくれ、大粒の涙をながして泣いていたが、すぐ近くで誰かの話し声がしたので、木の陰に隠れた。
それはこんな会話だった。

「ほう、ここがあなたの故郷ですか?」
「いまは見る影もないでしょう。しかし、ちょうどこの辺りに、私が通っていた学校がありましてね。国の人口が10万人を切った頃に、取り壊されました。」
「想い出の地というわけですか。分かります。私の母校もいまは亡き姿となりましたからな。」
「ここでよく遊んだものです。恋人がいたのですが、戦争が始まった後、離れ離れになり、いまはどこにいるのか分かりません。」
「その恋人の名前を聴いてもいいですか?」
「ニコラス・ステラです。」





































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