JW154 生えて来た
【孝霊天皇編】エピソード9 生えて来た
紀元前285年、皇紀376年(孝霊天皇6)のある日。
御上神社(みかみじんじゃ)の解説から幾日か過ぎた頃。
第七代天皇、孝霊天皇(こうれいてんのう)こと、大日本根子彦太瓊尊(おおやまとねこひこふとに・のみこと)(以下、笹福(ささふく))の元に、出雲(いずも)から使者がやって来た。
使者は、出雲君(いずものきみ)の息子、知理(ちり)であった。
知理「読者の皆様、お初にお目にかかるっちゃ。知理だに。」
笹福「おお、知理殿。久しゅうござるな。何年ぶりであろうか・・・。」
知理「六年ぶりだに。何度も足を運ばれておられましたなぁ。懐かしいっちゃ。」
笹福「して、貴殿が、ここに参られたということは?」
知理「お分かりと思うが、父は隠居なされ、わしが出雲君となるんだに。」
笹福「左様か。やはり、知理殿もヤマト政権に加わるつもりは?」
知理「無いっちゃ! こればかりは仕方ない。」
笹福「左様か・・・。されど、我(われ)はまだ、諦めたわけではありませぬぞ。」
知理「そう言わんでごしない(ください)。それより、来たついでに、淡海国(おうみ・のくに)の伝承を紹介するっちゃ。」
笹福「淡海? また、淡海か・・・。」
知理「また?」
笹福「近頃、鹿が降りて来たり、神が降りて来たりと、淡海国が慌(あわ)ただしいのじゃ。」
知理「そげか(そうなんだ)。ちなみに、淡海とは、二千年後の滋賀県のことだに。」
笹福「それで・・・此度(こたび)は何が降りて来たのでござるか?」
知理「降りて来たのではない。生えて来たんだに。」
笹福「生えて来た?」
知理「では、紹介するっちゃ。蒲生郡(がもう・の・こおり)の住人、石辺大連(いそべ・の・おおむらじ)だに。『イッソ』と呼んでごしない。」
イッソ「はい。わてが『イッソ』やで。」
笹福「そうか・・・『イッソ』と申すか。かなり、お歳を召されているようじゃが?」
イッソ「その通り! わては『爺さん』なんや。」
笹福「して、知理殿。こちらの翁(おきな)を呼ばれた理由(わけ)は?」
知理「この『イッソ』こそ、生えて来た瞬間を目撃した、生き証人なんだに!」
イッソ「そうなんですわ。えらい驚きましたわ。」
笹福「そろそろ・・・何が生えて来たのか、教えてはもらえぬか?」
イッソ「仕方ありまへんなぁ。実は、ですな・・・。森が生えて来たんですわ。」
笹福「森?」
知理「神の助けを仰ぎ、松(まつ)や杉(すぎ)、桧(ひのき)などの苗木を植えたところ、たちまち大きな森になったみたいだっちゃ。」
イッソ「そうなんですわ。えらい驚きましたでぇ。それで、霊験あらたかやなぁぁぁっちゅうことで、社(やしろ)を建てたんですわ。」
知理「それが、奥石神社(おいそじんじゃ)だに。森は、老蘇森(おいそのもり)と呼ばれ、社は、その森の中に鎮座しちょう(しておる)。」
イッソ「そうなんですわ。二千年後の地名で言いますと、滋賀県近江八幡市(おうみはちまんし)の安土町(あづちちょう)東老蘇(ひがしおいそ)やで。」
笹福「して、祭神は何処(いずこ)の神ぞ?」
イッソ「天児屋根命(あめのこやね・のみこと)やで!」
笹福「なっ! 中臣氏(なかとみ・し)や春日氏(かすが・し)の祖神ではないか!?」
知理「何を、そげに、驚いとるんだ?」
笹福「実は、昨年の紀元前286年、皇紀375年(孝霊天皇5)、同じ淡海国の彦根市(ひこねし)松原町(まつばらちょう)に白き鹿が舞い降りたゆえ、春日神社(かすがじんじゃ)を創建したのでござる。」
知理「そげか(そうなんだ)。それがどうしたというんだ?」
笹福「そちらの祭神も天児屋根命なのでござる。ちなみに、エピソード152で紹介してござる。」
知理「そげか。不思議なこともあるモノじゃのう。同じ神が、同じ国で・・・。」
イッソ「ちょ・・・ちょっと待っておくんなはれ。」
笹福「如何(いかが)致した?」
イッソ「建てた年も同じなんや・・・。奥石神社も、同じ、昨年の紀元前286年、皇紀375年(孝霊天皇5)に建てたんや!」
笹福・知理「何じゃと!!」×2
イッソ「ど・・・どういうことなんやろ?」
笹福「分かることは、ただ一つ。ロマンということだけじゃ。」
知理「それは分からんということでは?」
イッソ「よう分からへんけど、帰りに寄ってみますわ。」
笹福「寄り道というより、遠回りではないか?」
知理「まあ、本人が行きたいと言っておるんだ。良いではないか。」
笹福「さ・・・左様ですな。」
知理「では、わしも、そろそろ帰るっちゃ。」
笹福「ち・・・知理殿!」
知理「如何(いかが)した?」
笹福「伯伎(ほうき:現在の鳥取県西部)の妻木(むき)の里長(さとおさ)に言伝(ことづて)を頼みたいのじゃが・・・。帰りに寄っては、いただけぬであろうか?」
知理「もしや? 我(わ)が国を服属させる策謀か?」
笹福「さ・・・さにあらず。ただ、言伝をば・・・。」
知理「仕方ないのう。何だ?」
笹福「親子共々、健勝であると・・・。それだけ伝えていただければ・・・。」
知理「よく分からんが、伝えておこうぞ。」
笹福「かたじけない。」
こうして、知理と『イッソ』は帰っていったのであった。
つづく
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