短編小説:砂
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光の差し込む台所の、窓辺で育てている植物に水をやる。
シンクにもたれながら、コップに甘くないソーダ水を注いだ、しゅわしゅわしながら喉を通る。
じゃり、とそぐわない音がして、口の中に違和感が残る。ペッと手のひらに吐き出してよく見ると、小さな白い砂のようだった。
どこから入ったのだろう
ノートを開いて日記を書く、ここ数年の日課なのだ。毎日の些細な出来事や思ったことなどを書き記している。
・・
日用品の買い出しから帰ると、クーラーを付けておいた部屋が天国のようだった。外は蝉がジワジワと全方位で鳴いていて、一歩出た瞬間アイスのように溶けてしまいそうな暑さだ。
今は踊ったって平気、シャワーでささっと汗を流して、くるくる踊りながら台所に向かった。足にザラザラとした感触が当たる。
驚いて抱えた足の裏にも、フローリングの床にも白い砂粒が付いている。サンダルで出掛けたから、いつの間にか足に砂がくっついて、そのまま部屋に上がってしまったんだろうか。
・・・
朝起きて、夢現で寝返りをうつと、砂浜にいるような錯覚を感じた。肌を擦る砂の感触に驚いて首をひねり、寝ぼけたまま寝床を確かめると、シーツに砂が入っていた、敷いてあるといっても良いくらい。
包み込むくらいの砂の量だった。
「あぁ、そういえば。そっか。」
自分が砂だった事を思い出して、ぼんやりと納得した。砂浜で小さな子がわたしの形を作ってくれたんだった。嬉しくてそれから、日記もずっと書いていたのに、なんで忘れてしまったんだろう。
あの子が作ってくれた形が、とっても気に入っていたのだ、それなのにサラサラとまた形を失いそうになってしまった。あの子は元気だろうか、またあの海に遊びに行っただろうか。
・・・・
数年前のわたしは、ここから割と遠い場所にある海の砂浜に住んでいた。あの日は少し曇った白い空から、キラキラした光の線がいくつも海に入っていくのが見えて、とても綺麗だった。
広く長い砂浜、優しい手の感触、止めどなく重なり合う波の音、人々の賑やかで楽しそうな声、柔らかい色の空が目の前にずうっと広がっていく、懐かしくしあわせな、わたしの海辺。
Fin
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