曖昧
付き合うでもなく、お互いに好きだと口にすることもかったけれど好意を寄せ合っていたのは確かだった。
専門に入学してすぐの、先輩達からの挨拶でわたしはその人に目を向けた。初めの印象は格好いいな、だった。単純だけれど、お互いそんな感じの始まりだったのだと思う。
授業も終わり何となくひとり窓の外を眺めていたら、その先輩に声をかけられた。
「なに一人で黄昏てるの?」
内心、心が踊った。
他者承認に飢え生きていたわたしとってこの出会いがとても魅力的なものに感じたのだ。それからは何となくチョコレートをたくさん詰めた袋を差し入れしたりしたりして距離を縮めていった。
程なくして、夜に会えないかと連絡が来て関係が始まった。初めは近所の神社だった。お互い浮ついた気持ちで過ごしていたし、曖昧なまま、興味を抱いていった。
好きだとか、そんなことを言える自分ではなかったから何も言わずにキスをした。先輩は飛び跳ねて喜んだのを覚えている。
ほんの少し罪悪感もあった。そのキスに特別な意味はなかったから。その事実を伝えることもないまま、時間が経つにつれてわたしたちは身体を許した。
ほぼ毎日のように通った先輩の家。決まっていつも家まで送ってくれた。
帰りの車で流れるShape Of Youが先輩のお気に入りで自然とわたしもその曲が好きになった。耳から離れることのないメロディーとその曲を口ずさむ先輩の声も好きだったった。
わたしたちは、とても似ていた。きっとこの先も上手くいったと思うくらいに。
微かに香る煙草の匂いが心地よかったし、温もりに、その優しさに、眼差しに、声に、触れる瞬間に、笑顔に、わたしは恋をしていた。
それでもわたしは選べなかったのだ。
積み上げられた過去の過ちに抗う心を持てなかった。身勝手に気持ちを振り払ってきた過去を繰り返さないためにと恋人を選んだ。
関係が終わってからは顔をみるのが怖かった。合同授業で顔を合わすこともあったし、先輩の友人も、わたしの友人もわたしたちが関係が恋人のようだったことも知っていた。
繊細で、大人なびた人だった。何よりも、わたしを理解していた。お互いに何も言わずにとも理解できるくらいに似過ぎていたのだと思う。
わたしの揺れ動く曖昧な気持ちにも気づいていながらもそれを、追求することもなく理解していることだけを声にした。
何かを強引に求めるのが苦手だったのだと思う。それは優しさでもあり、先輩の弱さだった。
先輩は今でもエド・シーランのShape Of Youを聴いているのだろうか。
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