見出し画像

【小説】私立サブリミナル学園2

こちらは八幡謙介が2014年に発表した小説です。

noteにて試し読み公開しています。

前作はこちら「私立サブリミナル学園(1)

私立サブリミナル学園2


本作は「私立サブリミナル学園」の続編ですが、前作を読んでいなくてもたぶんお楽しみいただけます。

まだ初夏ともいえない、少し肌寒い春の朝。
 理亜十兵衛が、彼女の家門綾高いえもんあやたかとリア充登校していたところ、遥か上空からドス黒い固まりがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。十兵衛は左腕に絡みついた綾高をややぶっきらぼうに離すと、
「ほら、また〈サイレント・ジェラシー〉が飛んできたぞ、ったく、お前が朝からベタベタすっから非リア共が嫉妬するんじゃねーか」
 綾高は「えー、だって……」と口を尖らせながら、素直に十兵衛から距離をとった。と、ドス黒い固まりは高速で十兵衛向かって突進してくる。
「キャッ」
 ぶつかる! そう思った瞬間、綾高は両手で両肩を抱くようにして身を固めた。すると、「パンッ!」という乾いた衝撃音と共に、十兵衛の廻りに薄い靄がかかった。
「十兵衛君!」
 綾高が、やや目尻の下がった大きな瞳を潤ませて靄の先を見つめると、やがていつもの彼のシルエットが浮かび上がった。
「だからぁ、何回やんだよこのくだり。いいか、俺は能力がねーの! だから〈サイレント・ジェラシー〉は効かねーんだよ。遅刻すっからさっさと学校いくぞ」
 十兵衛はリア充らしくぶっきらぼうにそう言い放つと、早足ですたすたと先を急いだ。
「え、ちょっと、待ってよ~」
 綾高は少しウェーブのかかった髪を揺らし、口を尖らせながら彼の後ろ姿を追いかけた。

「あ、おはよー十兵衛君、今日も家門さんとリア充登校?」
 十兵衛が教室に入ると、クラスの女子がからかってきた。
「っせーよ、こっちはそのおかげで……って、」
 ふと違和感を感じ、教室を見廻す。いつもならクラスに入ると真っ先に幼なじみの音無味子おとなしみこ――通称地味子が寄って来るのに……。
「あれ、地味子は?」
「あぁ、ん…と、味子ちゃんは……トイレ、かな?」
 クラスメイトは明らかに何かをはぐらかした様子で席に戻っていった。十兵衛も自分の席に着くと、机の上にプリントが伏せてあるのに気づいた。
(何だ?……)

生徒会便り
 
 拝啓
 私立サブリミナル学園生徒の皆様、いかがお過ごしでしょうか? この度、生徒会では『特定女子保護案』を立案し、生徒会の権限において、投票を待つことなく施行することとなりました。これにより、6月の衣替えから特定の女子生徒のみ、隔離棟にて学習していただくことになります。なにとぞ皆様のご理解を賜りますようお願い申し上げます。
 生徒会執行部

 ――特定……女子……保護案?
 成績の悪い女子だけを集めて特別クラスにするのか?
 ぼんやりとプリントを見つめていると、後ろに気配を感じ、十兵衛はおもむろに振り返った。
「おう……」
 そこには地味子がいた。しかし、いつもと全く様子が違う。
「お、おま……」
「あ、ごめん、先生来たから」
 地味子は目を伏せたままそう言うと、急いで席に向かった。
(何だろう?)
 恐らくこの生徒会便りに関係していることだとは、鈍感な十兵衛でも理解できた。しかし、典型的な優等生の地味子が生徒会の言う『特定女子』とやらに当てはまるとは思えない。それとも、優等生を隔離して特進クラスのようにするのだろうか?
 いずれにせよ、女子を対象にしているのだから自分には関係ないことだ。そう結論付けると、十兵衛はプリントを無造作に机の中に入れ、頬杖をついて目だけでクラスを見廻した。
 ――それにしてもこいつら、全員〝能力者〟なんだよな……
 しかし、高校一年で能力を発動させ、自由に操っている者は少ない。このクラスでは、十兵衛の目の前に座る母(ぼ)地(ち)従(じゆう)――ボッチを能力にまで高めた強者――ぐらいだ。いや、それとも、他のクラスメイトは既に開花した自分の能力を隠しているだけなのか?
 とはいえ、平穏な高校生活に能力がほとんど必要ないのも事実である。だから、この学園唯一の非能力者である十兵衛も、能力者が集まる私立サブリミナル学園での生活を謳歌できていた。
「はい、じゃあみんな席について」
 担任の由比ヶ浜禊ゆいがはまみそぎが、サラサラの髪を肩で揺らしながら教室に入ってきた。タイトスカートは上品な丈ながらも女性的ラインを強調し、純白のブラウスは清潔感と貞操感を醸し出している。
 しかし……、
「ねえねえ、禊ちゃん、ちょっと女子力落ちたと思わない?」
「わかるー、最近肌ちょっとヤバいよね」
 隣の女子が小声でそう囁き合っているのが聞こえたが、十兵衛にはいつもと変わらないように見えた。
「今日は特に先生からお知らせすることはありません。生徒会便りは読んでくれた? 衣替えの頃にたぶんクラス編成が少し変わると思うから、確認でき次第また連絡します。以上」
 禊はそれだけ手短に告げると、颯爽とクラスを後にした。
(衣替え……か)
 十兵衛はなぜかその単語にひっかかりを覚えたが、それが何なのかはまだ分からなかった。

「ふう、ごちそうさんっと」
 十兵衛はそう言って弁当箱の蓋を閉め、目の前に座っている大乗院豪鬼をちらりと見た。クリクリとした大きな瞳、軽くパーマのかかったふんわりとした髪。相変わらず名前と容姿のギャップがひどく、同じクラスになってからもう一ヶ月以上経つのにまだ慣れない。
 豪鬼はクリクリした瞳を輝かせながら、
「理亜君、もうずっと僕とお昼食べてるけど、家門さんと一緒に食べなくて大丈夫なの?」
「あー、あいつとは協定を結んだから大丈夫だよ。だいぶもめたけどな……」
 十兵衛はファーストフード店での修羅場を思い出し、頭に手を当てて溜息をついた。三時間にわたる説得の末、最終的に毎日一緒に登下校するという代替案に落ち着いたのだが、それも早一週間で心が折れそうだった。
 が、
「めんどくせーことには変わりないんだが、おかげで学園で〈サイレント・ジェラシー〉が飛んでくることはほとんどなくなったからな」
「うん、確かに前までは昼休み理亜君に近づけなかったもんね。あれを喰らうと呪いがかかっちゃうからなあ……」
 と、十兵衛はふとあることを思いだした。
「そういえば、生徒会のあれ、えっと何だっけ?」
「『特定女子保護案』でしょ」
 豪鬼はクリクリの瞳を一層大きくして答えた。
「僕も気になってたんだけど、女子のことだし、詮索するのもなんかヤラシイからなぁ」
 十兵衛はゆっくりと頷いた。恐らく、学園の男子全員が同じ事を思っているのだろう。今日は朝から、どこか学校中がよそよそしい雰囲気に包まれていた。それに、女子たちにも何かを隠しているような、牽制しあっているような空気があった。昼休みのクラスからも同じ話題は聞こえてこない。
 すると、
「押忍! 応援団っす! 団長の命により理亜十兵衛殿をお迎えにまいりましたっす」
 クラスに大声が響き、全員が一斉に声の方向を見た。ドアの一歩外では、坊主頭の男子生徒が両手を後ろに組み、応援団風の起立をしている。十兵衛は立ち上がり、訝しげに男に近づくと、
「理亜十兵衛は俺だけど、団長が何の用?」
 よく見ると、隣のクラスの生徒だったが、まだ話したことはない。今は応援団として迎えに来ているから敬語なのだろう。
「押忍! 自分には分からないっす。部室までお願いしますっす」
「わ~ったよ、行くからその暑苦しいしゃべり方やめてくれ。なあ豪鬼、お前も来いよ」
 十兵衛はクラス中から刺さる視線を無視し、相変わらずニコニコしている豪鬼を誘った。それは泣く子も黙る応援団団長の呼び出しを恐れたのではない。私立サブリミナル学園応援団団長、大乗院刃鬼の弟である豪鬼を連れていると、何かと都合がいいからである。
 ――それにしても……、
 十兵衛は眉をしかめ、応援団の暑苦しい姿を脳裏に浮かべた。入学早々彼らと一悶着あったが、それ以来距離を取っていた。わざわざ呼びつけられたということは、何か重大な問題が発生したのだろう。それとも……
 三人が出るとすぐ、クラスがどっと湧いた。
「なになに、応援団から呼び出し?」
「リア充は目立つからな」
「十兵衛逝ったぁぁ!」
 十兵衛は軽く鼻で嗤って、改めて応援団の男を眺めた。
 リア充とはほど遠いDT集団、しかも内部は規則と上下関係でがんじがらめ、そんなところに身を置いて何が楽しいのだろう?
(とはいえ、こいつも〝能力者〟か……)
 特殊能力のないリア充と、非リア充だが自分にしかない能力を持っている者、どちらが幸せなのだろう? どちらが有能なのだろう? 学園では十兵衛は羨望の的だったし、同時に嫉妬の対象でもあった。しかし、当の十兵衛は他の生徒たちに憧れ、嫉妬していた。
 リア充とは、とどのつまり、凡庸であるということだ。
 凡庸なルックスで、凡庸に人と付き合い、なんでもそつなくこなせる一般人。それがたまたま置かれた環境に対して珍しいというだけで、こうも目立ってしまうとは考えたこともなかった。しかし、これはこれで楽しいとも感じられた。目の前のリアルを充実させようとする意志、それがリア充たる所以ゆえんである。
 十兵衛はすれ違う生徒たちをどこか訝しげに眺めながら、応援団員の先導で部室へと向かった。

 十兵衛たちが向かう20分ほど前――
 応援団部室には、緊急招集された団員たちが居住まいを正し、いったい何事かと事の成り行きを伺っていた。正面中央には学生帽を目深に被った大男が鎮座し、その隣には風格のある四名の男達があぐらをかいている。応援団四天王、青龍、朱雀、白虎、玄武である。そして、彼らに相対するように正座し、かしこまっているのは、線が細く、どこか影のある男子生徒。
 中央の大男――団長は、はだけた胸に斜めに走る傷を軽くさすりながら、野太い声でこう告げた。
獲種論えしゅろん三郎よ、いくら二年を束ねるお主でも、我々三年も含めて応援団全員を呼びつけるとは無礼なり! とはいえ、お主の情報網には我々全員が一目置いておる。それ相応のことがあったのだな」
 目深に被った帽子の奥から鋭い眼光が放たれた。並の生徒ならそれだけで居すくんでしまうのだが、獲種論えしゅろんは華奢な体躯とあいまってよほど胆力があるのか、団長の眼光を受けてもまだ泰然としている。部室に集まった応援団員たちは、団長及び応援団四天王のぴりぴりとした空気を持てあまし、居心地が悪そうである。
獲種論えしゅろんよ、もう全員集まっただろ。さっさとお前の言う『前代未聞の事態』とやらを言わんか!」
 片眼に眼帯をつけた応援団四天王の一人、青龍がしびれを切らした。獲種論えしゅろんはこれ以上気を持たせるのはまずいと判断したのか、薄く、少し荒れた唇をゆっくりと舌で湿らせると、ようやく口を開いた。
「ではご説明させていただきます。わたくしはかねてから、某マイナー掲示板の当学園スレで、ある情報を掴んでおりました。しかし、その内容があまりにも突飛で、差別と言われても仕方ないようなものだけに、誰かの釣りだと思っておりました。しかし、本日登校してみると、机の上には例の生徒会便りがあるではありませんか! 読んでみると、わたくしが掲示板で見た書き込みと酷似しています。ああ、あの書き込みは本当だった! これはとんでもない事態となる! わたしくはそう思い、すぐさまかねてからクラックしておいた数名の女子のメールに侵入しました」
 獲種論えしゅろんがそこで一息つくと、周囲からは『キモッ』『死ね』『お前のせいで毎日ランダムにメアド変えてんだよ、ボケ』などの囁きが聞こえてきた。
「その中には、生徒会の定める『特定女子』とおぼしき者が数名おりました。そして私は、彼女たちのある共通点を発見してしまったのです!」
「だからそれをさっさと言わんか貴様!」
 団長はしびれを切らし、畳を平手で叩きつけた。下級生たちは雷に打たれたようにビクリと全身を震わせた。
 獲種論えしゅろんは不敵に口角を歪ませると、
「それは……巨乳です」
 団長は絶句した。と同時に、さきほどまでのピリピリとした空気が明らかにゆるみ、団員たちからヒソヒソ声が漏れはじめ、すぐに喧噪へと変わった。
 しかしその中に小さな嗤い声が生じると、だんだんと大きくなり、最後には高らかな嘲笑となって部室を満たした。
「白虎様、何かツボにはまられたようですが……」
 獲種論えしゅろんは純白の学ランに身を包み、ドレッドヘアを揺らして哄笑する白虎をじっと見据えた。まだ余裕の笑みは崩していない。
 白虎は何度かえずくように嗤い声を絞り出した後、
「つ……つまり、お前の言うのは……ヒッ! 巨乳の女子を隔離してひとつのクラスとするということか……ヒヒッ! そんなバカなことがあるはずがない!」
 そう言って自慢のドレッドヘアを掻き上げた。
「ある、と言ったら?」
 獲種論えしゅろんの不敵な眼差しに、白虎は一瞬身を乗り出したが、
「待てい」
 と団長にたしなめられた。
「し、しかし団長、こやつの態度……」
「まあ待て、獲種論えしゅろんよ、話はまだ終わっていないのだろう?」
「はっ、団長」
 獲種論えしゅろん三郎はかしこまり、改めて身を正すと、
「みなさま、当学園には様々な組織が秘密理に活動していることはご存じですか? その中のひとつ、『ハンド』という組織にわたしくはかねてから着目してきました。『ハンド』とはある頭文字を省略した仮の名、正式名称は『H・N・D』通称〝貧乳同盟〟です!」
「ひ……貧乳同盟!」
 部室に衝撃が走った。
「そう、それは女子たちの固い結束で結ばれた闇の組織。その存在感の薄さから、学園内でも言及されることは皆無といっていいでしょう。それだけに、恐ろしい集団です……。彼女たちの存在意義……それは巨乳への報復です」
「し、しかし、その『ハンド』とやらが今回の案件とどういった関係が? 決定は生徒会……はっ!」
 白虎は驚愕の表情で虚空を見つめながらプルプルと震えだした。
「気づかれましたかな、白虎様……」
 獲種論えしゅろんは白虎の様相にふてぶてしい笑みを浮かべた。
 団長は怒りに燃えた瞳で獲種論を睨め付けると、
「わからん! 皆にきちんと説明せよ!」
 獲種論えしゅろんは一瞬身震いすると、改まって居住まいを正し、皆に聞こえるように声を張った。
「少し時間をさかのぼることをお許しください。昨年末から始まった次期生徒会選挙における、現生徒会長の圧倒的な勝利は皆様も覚えていらっしゃるかと思います。実はその裏で、ある噂が囁かれていました。それは、『H・N・Dハンド』の暗躍です」
「なんだと――」
 団長はまた声を荒げ、獲種論の話を断ち切るように叫んだ。
「それは聞き捨てならんな。選挙期間において我々応援団は不正監視目的で特別選挙管理委員に任命されている。そこで不正があったといえば応援団の面子が丸つぶれだ」
「し、しかし、なぜ不正があると分かったのだ! 証拠でも掴んだのか?」
 学ランを着た二年の男がたまらずに声を挙げた。
「証拠……と言えるほどではないかもしれませんが、ではご説明しましょう。わたしくはかねてより、当学園に囁かれるある都市伝説についても調べておりました。それは、女子が生徒会長に立候補した際、一番巨乳の者が会長に選出されるという伝説です!」
 また部室がざわついた。そのざわつきを切り裂いたのは、岩のように固太りした角刈りの男――玄武だった。
「それなら儂ら三年はこの目でみたことがあるわい」
「げ、玄武様……」
 下級生は四天王一無骨な玄武の意外な一言に息を呑んだ。
「うむ、確かに」
 と、同学年の団長以下、四天王の残り三人もしきりに頷いている。
 玄武が丸太のような腕を胸の前で組み、回想を続けた。
「儂らがまだ1年坊主だったころ、毎年恒例の生徒会選挙に、突如立候補した女子がおったわい。しかし選挙活動では失笑を買っておった。つたない演説、ほとんど意味のないマニフェスト、その先輩のクラスの者もまったく応援する気がなく、誰もが彼女の負けを確信していた。しかしな、いざ蓋を開けてみると圧倒的な得票数で勝利しておったわい。今思い出してみると、確かに見事な巨乳じゃったのう、もう、プルンプルンしてのう……」
 玄武は遠い目をして、薄汚れた部室の壁を眺めた。それを受けて、獲種論えしゅろんが続けた。
「そうです、玄武様の仰る通り、過去のデータを調べると、女子生徒会長はことごとく巨乳です。しかし、本年度の生徒会長を思い出してください」
 獲種論えしゅろんが得意げに述べると、皆がそれぞれ会長の姿を脳裏に描き、次に確信を持った顔で頷いている。
「そう、なぜか今年だけは貧乳の生徒会長となってしまっている。会長だけではありません、副会長、そして副会長補佐までがことごとく貧乳なのです! さらに、本年度生徒会顧問に就任した由比ヶ浜禊先生も貧乳! そして……」
 獲(え)種(しゆ)論(ろん)は確信に満ちた瞳で全員を見廻すと、
「今名前を挙げた人間は、すべて『H・N・Dハンド』の会員と噂されています!」
 あまりの衝撃に、誰一人口をきくことができなかった。
 獲種論えしゅろんは一同を見廻してからニヤリと口角を上げ、
「思い出してください。わたくしは最初、某掲示板で、ある噂を耳にしたと言いました。それは、巨乳の女子を学園から隔離するというもの、そう、『特定女子保護案』です! 『H・N・Dハンド』における生徒会の掌握、掟破りの貧乳生徒会長、そして衣替えを待たずしての施行……これだけあればもう証拠は揃ったも同然です。生徒会は意図的に学園から巨乳を排除しようとしている。理由など『保護』という名目があればいくらでも作れるでしょうし、反対派には簡単にレッテル貼りをすることができます。実際、声を挙げて反対することは体面上不可能に近いでしょう。また『特定女子』からの反対も考えにくい。彼女たちの中にも隔離に賛成する者がいるはずだからです」
「し、しかし、巨乳などいつの時代にもいたではないか! なぜ今、本年度になって……」
 団長の疑問に、下級生からも賛同の声が上がる。すると、今まで部室の隅、ほとんど影となっている暗闇から突如、
「キセキの世代……だねぇ」
 と、生気のない声がし、そこにいた全員が凍り付いたように静まった。
 団長はちらりと部室の隅に目をやり、漢おとこの姿を改めて認めた。
(フッ、四天王最強と謳われた朱雀、相変わらず影の薄い漢よ。しかし、敵にすれば最もやっかいなことも事実。つくずくこやつが味方でよかった……)
 獲種論えしゅろんはまるで影から浮き出てきたような朱雀のシルエットを見て、
「おお、朱雀さま、相変わらず幸薄……ゲフッ、ゲッフン! 影の薄いことで。……左様でございます。そもそも事の発端は今年入学してきた新人、通称『キセキの世代』にあるのです」
「それなら、儂も聞いたことがある」
 玄武の太く落ち着いた声が響くと、部室はまた少し安堵に包まれた。
「儂が一年から聞いたところによると、なんでも中学でDカップを越えた女子が5人いっぺんにうちの学園に入学するとかせんとかいう噂が立っておったな。しかも、それだけではない、もう一人幻のシツクスがおるとかいう……」
 玄武の言葉を受け、獲種論えしゅろんは一気にたたみ掛けた。
「そうです! これまで当学園において巨乳は異端の存在でした。何しろ数でいうと圧倒的に貧乳の方が多いのですから。だから『H・N・Dハンド』は彼女らを見逃していたのでしょう。いや、もしかしたら巨乳が生徒会長になるというのも見せしめだったのかもしれません……。それはともかく、本年度は今までとは違います! D以上の女子がなんと六名も! しかも入学前から噂になるほどの逸材です。これは『H・N・Dハンド』も見逃すわけにはいかなかった。いち早くその情報をかぎつけた彼女たちは生徒会の乗っ取りを画策し成功、そして、巨乳の全貌が明らかとなる衣替えの直前に『キセキの世代』を含めた巨乳の存在そのものを抹消しにかかったのです!」
「つ……つまり、」
 団長は鋭い眼を見開いて獲種論に問いただした。
「我々はもう、この学園で巨乳を拝むことは……」
 獲種論は黙って顔を振った。後ろからさらに同輩の懇願するような叫びが聞こえる。
「じゃあ今後もう、衣替えの時期に意外と胸のでかいことが判明した女子が急に男子の中でランクアップするあの現象もないと!」
「もう……訊かないで、頼む……から」
 獲種論《えしゅろんが泣きながら静かに顔を振ると、あちこちから「まさか……」「あ、あんまりだ」「俺たちの生きる糧が……」といった嘆きとすすり泣きが聞こえはじめた。
「お、終わったな……団長。俺らの青春が……」
 青龍は涙こそ見せなかったが、悲壮感に満ちた表情で団長をちらりと見やった。
 しかし、顔色こそ青ざめてはいたものの、団長の瞳からはまだ光が失われていなかった。
(あなたというお人は……この絶望の中でもまだそんな目を……フッ、団長――大乗院刃鬼よ、この青龍、あなたが先輩から団旗を託された意味がようやく分かりました……。先輩、ごっつぁんです!)
 青龍は眼帯をはめていない一方の目をしっかりと見開き、静かに手刀を三度切った。
 と、――
「一年!」
 再び団長の野太い声が部室にこだました。
「理亜十兵衛を呼んでこい! 今すぐだ!」
 最後列に正座していた一年が大声で返事をすると、飛び上がるようにして部室を出て行った。団員たちはあっけにとられながら、遠のいていく足音を聞いていた。
(そ、そうか、団長。理亜十兵衛……あやつならもしや……)
 相変わらずごつごつとした腕を胸の前で組みながら、玄武は団長の決断を一瞬のうちに理解した。つい先日のあの死闘……大僧正の位を手にした教頭をあっさりと倒したリア充の力なら、この学園に平和(巨乳)をもたらしてくれるのではあるまいか……。

(試し読み終了)

この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件とは一切関係ありません。
本作の著作権は著者が有します。著者の許可なく複製、販売、公開、その他著作権を侵害する行為を禁止します。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?