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「Too far away」を病室で歌った日 ~もうひとつのエピソード~

はじめに

こちらは
くーや。さん からいただいた
バトンリレーのエピソードに と
最初に考えていたものです

バトンリレーには
もうひとつ 別のエピソードの方が
書きたい気持ちが強くて
そちらのエピソードを選びました

ここに綴るエピソードも
あなたにとどけたい 心に残るエピソード の
ひとつです

m(__)m(普段のnoteとちがって長文です)

ちょっと勇気を出してUPします

お時間のあるときに
お読みいただけましたら…
ありがとうございます


「Too far away」を病室で歌った日

「Too far away」

この曲は
離れた場所にいる恋人や
愛する人を歌っている

そう思って私も好きになり
よく歌った
初めて聴いたのは 19歳で
大学を卒業する先輩が
卒業コンサートで歌ったのを聴いた

その後 私も
誰かを好きになったり 離れたり
そのたびに いろんな時や場所で
この歌を歌った

そして数年前 私は この歌を
入院した病室で 歌った

この島にある 唯一の総合病院
内科外来をその日
初診

受付して
私の酸素値を測った看護師さんが
ばたばたと奥に走っていく

あっという間に
酸素ボンベ付きの車イスが用意されて
えっ?えっ?と思ってるうちに
次々検査室を回った

病院まで 一人で歩いてきたので
車イスを押していただくのが
申し訳ない

検査が終わると
酸素をつけたまま
診察室の裏 処置室らしいところで
車イスに座って ずいぶん待った

「待つの長いなあ…」と思ってたけど
ただ待ってたわけではなく
検査結果を待つ時間を使って
酸素を吸入することが
必要だったらしい

「フツーね
 こういう場合は
 はあはあ言いながら 病院に来るんだよ」と
あとから主治医が笑ってた

私はシングルマザーで
こどもはそのとき小学生
まだコロナ流行前

発熱と咳で ずっと
近くのクリニックに行ってたが
風邪 と言われたので
そうかと思って
2ヶ月ほど自宅で無理をした
熱が全然下がらなくて
「これ以上お薬出せませんよ」と
叱られてもいた

それでも毎晩38℃発熱し
熱が下がらないから
とうとう「病院」へ

呼吸器のドクターに診ていただいたら
そのときもう肺炎から
呼吸不全になっていたらしい
アレルギー性の肺炎
とても珍しいケース と言われた

そのまま 緊急入院
入院を嫌がる私に
「3日くらい」とドクターは言ったけど
結局 約2週間入院した

小学生だった男の子 ひとりっ子
ひとりっ子で ひとり親なので
最初 実家に預けたが
こどもにも 祖父母にも
無理があったらしい

私のお見舞いに
こどもと祖父母 3人で来てくれて
「さあ 帰ろうか?」になると
「お腹が痛い」と
こどもが動けなくなる
これを何度も繰り返す

その様子を見た 看護師さんが
「お泊まりする?」と言ってくださった
幸い個室だったので
付き添いベッドに こどもを泊めていただき
祖父母もホッとしていた

「お泊まり」の翌朝
こどもを 小児科外来受診へ
自分につながってる点滴台押しながら
私も付き添う
腹痛は ストレスから
アトピーもひどくなっていた

小児科ドクターの診断は
「母親と同室が必要」
そして
「小児科に入院」の場合には
母子が別室になるからとの
ご配慮いただき
こどもは 私の付き添いベッドに
そのまま泊まることになった

入院生活 少しでも楽しく
アトピー吹っ飛べ~♪
ときにはイカ怪人と戦ったり…
待ち合いロビーにあった積み木で
見立てチェスをする♪
楽しいを 作ろう♪
キャンパスはたくさんある♪
ときには自分が怪人に!



その時 私は
こどもにも 祖父母にも
言ってなかったの

入院直前に 検査結果をみて
「肺に ふたつ影がある」と
主治医に言われていた

急性期を過ぎて
肺の炎症がなおったら
退院して 通院で
「影」の治療をはじめる と
そして
「退院しても その日のうちに
また入院の可能性がある」
とも言われていた
(半年後に 悪性でないとわかる
 入院時には わかってなかった)

「ふたつ影がある」
「退院してから その治療」
そう 言われた私は
病室で 寝る前に
アトピーで荒れてしまった こどもの手足を
オリーブ油でマッサージしながら
こどもが寝入るのを見つつ
小さな声で いろいろ歌った

ずっと 歌が好きで
学生時代はバンドをやってた
声楽や合唱も好き
保育の仕事に就いてからは
こどもの歌もよく歌った

個室なので 子守唄に
童謡や 讃美歌を歌い
ユーミンさんの「守ってあげたい」
などなど…
自分の好きな曲を 毎晩歌った
「Too far away」も そのひとつ

まさか このlove songが
こどもへの気持ちに
ぴったり合うとは…

「Too far away」

こんなに遠く 離れていても
夜毎心は 空を駆けてゆく
君だけいれば 君さえいれば
生きる事さえ 辛くないから

君が病んだ時は 僕は息を止めて
熱い想いをこめ 祈り捧げたい

Too far away 愛への道はfar away
だけどかすかに光見えればそれでいい
Too far away 君への道はfar away
だから言葉をひとつくれればそれでいい

見えない糸で 結ばれている
そんな約束 僕は欲しいよ
つきなみだけど この世に一人
君だけ好きだ 君だけ好きだ

君を風に変えて 空に飾りたい
僕は星になって 君を守りたい

Too far away 愛への道は far away
だけど君の微笑み思えばそれでいい
Too far away 君への道は far away
だから勇気をひとつくれればそれでいい

詞曲 伊藤薫 唄 水越恵子

もしかしたら
この子を置いて
命を失うのかもしれない

影がある と主治医に言われるのは
そういうこと だと思ってた

いまはそばにいるけれど
遠くから 見守る日が来るのか
可能性は高い と
そのときは 思ってた

詞が しみる

「どんなに遠く離れていても」 
 
 そう 思った

「Too far away」

こんなに遠く 離れていても
夜毎心は 空を駆けてゆく
君だけいれば 君さえいれば
生きる事さえ 辛くないから

君が病んだ時は 僕は息を止めて
熱い想いをこめ 祈り捧げたい

Too far away 愛への道は far away
だけどかすかに光見えればそれでいい
Too far away 君への道は far away
だから言葉をひとつくれればそれでいい

見えない糸で 結ばれている
そんな約束 僕は欲しいよ
つきなみだけど この世に一人
君だけ好きだ 君だけ好きだ

君を風に変えて 空に飾りたい
僕は星になって 君を守りたい

Too far away 愛への道は far away
だけど君の微笑み思えばそれでいい
Too far away 君への道は far away
だから勇気をひとつくれればそれでいい

詞曲 伊藤薫
付き添いベッドで眠る

この先 退院できたとき
退院は ゴールではなく
治療の始まり
退院が始まりって
つらいなぁ… と思いつつ
「寛解」の診断書をいただき 退院

退院お祝いに
お世話になった売店の方から
ぶどうをいただきました
こどもがよくおつかいに
売店にひとりで行ったからネ♪

退院後
しばらく通院して 検査
入院中に使っていた薬を
少しずつ減薬
また半年後に再検査
となる

半年後… 再検査
この 再検査で
まさかの朗報に会う

「はっきり言ってください と言われているから
 はっきり言いますね
 悪性にはならない
 もう通院しなくて良いですよ
 念のためにもうひとりの医師にも
 (レントゲン)写真を診てもらっておきますね」

持病としての
アレルギー性肺炎はあるから
「息苦しくなったらすぐ病院に来るように」
だけど
入院中に 私のアレルゲンを
ドクターが特定してくれていたから
心強い
以来まだ一度も
発症していない

ときどき いまも
「Too far away」を歌う
心のなかや 頭のなかで
小さな声で こっそりと

生きることさえつらくなったとき には
この歌を思い出す

君だけいれば 君さえいれば
生きる事さえ 辛くないから

Too far away 愛への道は far away
だけど君の微笑み思えばそれでいい
Too far away 君への道は far away
だから勇気をひとつくれればそれでいい


お読みいただき
ありがとうございます
けいちゃん♪





あとがき

このエピソードをあげてよいものか
いくつかの理由で迷いました

大きくは
まずひとつ
テーマの真ん中に こどもがいること

もうひとつは
自分の場合 悪性にならない と
言われたこと

そして 長文であること です

いま 私には夫がいません
それはときに とても
淋しい気持ちになります

いま 私にはこどもがいます が
結婚していたとき 私は
約15年~20年近く
子供を授からず
流産も経験しました

不妊治療も受けたけれど
「原因はわからないが難しい」と
大学病院で言われ
つらかったこと 覚えています

こどものことを書いてよいものか
noteを書くとき 今も
このつらさを思い出し
同じつらさを抱えた方はいるはず と
ためらいます

授かりもの なので
こどものいない人生の可能性 は
考えていました
でも 私は
パートナーのいない人生 を
考えてはいませんでした

いま 観光地で
港のそばに住んでいます

家の近くを散歩すると
ふたり手をつないで歩く 観光客の方
ご両親そろってる 家族連れの方に
出会っては
切なくなる

実にメンタルに悪い…
(^^ゞ 毎日かも

幼い頃から親しんだ
マンガも 童話も 小説も
主人公は ほぼ必ず
素敵な人と巡り会って
「ハッピーエンド」 でした

物語のその後が 書かれてないのは
ナゾのはずなのですが
疑問も持たず 自分もそうなる
それは自然
と思っていました

現実は 小説よりも不思議
いま私には こどもがいて
配偶者がいない

恋人に向かって歌うはずだった歌を
こどもへの気持ちとして歌っている

パートナーがいないことは
わたしにとっては 致命的な
ミスだった気がします

離れたことがミスではなくて
離れざるを得ないような人と
共に歩む とその時選んだことが
ミスだったかも

だけど それらがなければ
いまのシングルマザーライフはなかったから
生きるって不思議

少ーし 自分へのいたわりもこめて
「大切な人」は
人それぞれでいいんだね と受けとめてます

家族
恋人
友達や
もしかすると
自分自身かもしれないし…

そんな思いも抱きつつ
このエピソードを書きました
「パートナーのいるかたがうらやましい」自分を
認めつつ
いまは 小さくて大きな存在に
支えられています

もうひとつ 大切にしたい
書き添えたいこと

持病はありますが
悪性にならない と
診断を受けました
(肉芽腫
 悪性にはならないそうです)

でもこれは 人それぞれです

noteのなかには 多くのかたが
困難を抱え 大きな病気と闘ったり
共生 共存を していらっしゃいます

その尊さを 忘れずにいたい

自分にも持病はあり
油断はできないけれど
このとき
悪性にならないと言われた
この場合そうだっただけ

いつどうなるか わかりません

いま これを読んでくださっている方には
いろんな方がいらっしゃると思います
「お読みいただき ありがとうございます」
感謝と ともに
あなたがあなたでいることを大切に と
お伝えしたいです
お祈りしています


たくさん お読みいただき
ありがとうございます!


イカ怪人くんフォト

イカ怪人くんには
了解をもらって 掲載しました♪
(寝ている姿も)
読んでくださって
ありがとうございます
けいちゃん♪
だいすき note ♪
みなさん
ありがとう!


※ 見出し画像は
イカ怪人くんが撮った
病院の窓からの風景です

このnote
載せようか
とっても迷いましたが
イカ怪人くんからの 了解まで得たので
載せさせていただきます

せっかくなので
チェーンナーさん企画の
9/30に間に合うように
(と 思っていたのに
 日付変更線を越えました)


感謝 バトンリレー企画2022

このnoteは
バトンリレーと直接は繋がっていませんが
これを書く機会を作ってくださった
チェーンナーさん はじめ
みなさんへの感謝をこめて
リンクをつけさせていただきます

チェーンナーさんのnote
どうぞ ぜひぜひ お訪ねくださいね







最初迷って 載せられなかった
枕元の宝物たち

いまも日々を支えられています
(2022.10.3 追記)


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