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ポンコツ大学生の卒論note〜その8〜


こんにちは!あいでんです。

今日は最終提出が終わった卒論をお披露目させていただきます。

人様に見せれるようなクオリティではないことは重々承知ですが、これが今の私の集大成ということで、ご一読いただけると幸いでございます。


これまでの卒論のプロセスも併せてご覧頂くと面白いのかもしれません。

ポンコツ大学生の卒論note
ポンコツ大学生の卒論note〜その2〜
・ポンコツ大学生の卒論note〜その3〜
・ポンコツ大学生の卒論note〜その4〜
・ポンコツ大学生の卒論note〜その5〜
・ポンコツ大学生の卒論note〜その6〜
・ポンコツ大学生の卒論note〜その7〜


pdfも添付しておきますので、こちらでもご覧いただけます。


それでは、、、いってみよっ!


『創業初期における組織文化とマネジメント・コントロール・システムの関係性について』


1. はじめに


福岡大学商学部の飛田ゼミナールと藤野ゼミナールでは創業体験プログラム(以下,創P)をゼミのプロジェクト活動として行っている。創Pとは,福岡大学の学園祭である七隈祭に出店する模擬店を株式会社と見立て,会社経営における一連のプロセスを学ぶというプロジェクト型の取り組みである。私の所属する飛田ゼミナールではこのプロジェクトを2年次と3年次にそれぞれ1回ずつ行うが,2年次と3年次では,取締役会構成員を総入れ替えする必要があるのが特徴である。それによって同じメンバーで形成されている組織であるにも関わらず,全く違う会社の理念や価値観といった組織文化が生まれる。そして,組織文化が変われば経営も変わるということを創Pを通じて肌で体感するのである。

私は3年次に社長という役職を任せられ,そのことを痛感することとなった。それは同じメンバーによって形成される組織であっても組織文化が全く違ったことで,同じ仕組みを導入しても全く違うリアクションが起こったからである。特に組織を形成した初期段階ではそのことが顕著に起こった。それは,まさに担当教員である飛田先生がおっしゃる「組織文化が変われば経営も変わる」を体現するような出来事であった。私が卒業論文で明らかにしたいことは「組織文化とはどのように形成されるのか,形成された組織文化はマネジメントにどのような影響を与えるのか」である。

組織文化とマネジメント・コントロール・システム(以下,MCSと略称)の関係性について検証した澤邉・飛田(2009a)では「組織文化の違いによって,組織成員の心理的状態や企業業績に影響を及ぼしているMCSの組み合わせが異なる」(澤邉・飛田(2009)p.53)ことが明らかになっている。また,飛田(2009b)では中小企業におけるMCSの利用実態が組織規模によって異なることを示した上で,中小企業においてもMCSと組織文化の間に密接な関係性があることを明らかにしている。

MCS研究において中小企業を対象としている研究は少なく,創業初期を対象としているものはほとんどない。そのため,創業初期においてどのように組織文化が形成され,MCSの「導入」がどのように進められ,構築されていくのか,そして,その影響については明らかになっていない。

創業初期とはいかなる企業も経験する成長過程であり,その成長過程において創業者と組織文化の関係性,組織文化とMCSの関係性について明らかにするのは研究の発展における一助となるであろう。そこで,「創業初期における組織文化とマネジメント・コントロール・システムの関係性について」をリサーチ・クエスチョンとし,本稿は進めていく。本稿の流れとしては,まず先行研究においてどのようなことが明らかになっているのかを整理する。続いて,本稿で取り扱う概念についての定義づけを行い,仮説を設定する。そして調査対象者とその方法について述べ,調査結果をもとに考察を行う。


2.先行研究の整理


前述の通り創業初期における企業を対象としたMCS研究は少ない。しかし,MCS研究自体はSimonsやMerchantをはじめとした多くの研究者によって議論されている。また,創業初期における組織文化を対象とした組織文化研究も少ないものの,組織文化研究自体はDenison や Kotter and Heskettをはじめとした多くの研究者によって議論されている。そこで,創業初期において組織文化とMCSの間にどのような関係性があるのかを探り,本章では順に組織文化,MCSに関する先行研究の整理を行っていく。


2.1.組織文化について


組織文化論は1980年代に数多くの研究がなされ,「強い文化」論はさまざまな批判に晒されてきた。その後,Denison や Kotter and Heskett などさまざまな研究者がモデルの精緻化を試みており,その定義は収斂傾向にあるものの組織文化研究において一般に認められているような定義はいまだ確立されていない。組織文化の研究では,類似概念である組織風土との違いについて問われてきた。しかし,組織文化研究,組織風土研究のどちらにおいても両者の違いについて明確な言及はない。ただ,組織風土が個人の知覚に基づく概念とされているのに対して,組織文化は共有された規範や価値観に基づく概念であるとされている(福間2006)。組織文化とは,その組織に所属する組織成員によって形成されていくものであり,組織メンバーの行動を逸脱がないようにコントロールする機能を果たす。そういう意味では,組織構造はハード面,組織文化はソフト面の性質を持った組織機構だといえる。

組織文化の定義は研究者によって様々である。坂下(2001)は「組織の成員によって共有されたシンボル体系や意味体系」(坂下(2001)p.17)と組織文化を定義しており,Denison(1984)は「組織の中核となるアイデンティティを形成する価値観,信念,および行動パターンの集合」(Denison(1984)p.18)と組織文化を定義している。しかし,組織を構成するメンバーに共有された信念や価値であり,組織行動を規定する役割を果たしており,組織の根底を支える基盤になっているという点においては共通している。本稿では「組織の基盤となりうる,組織成員に共有されている信念や価値観,行動規範の集合体」と組織文化を定義し,議論を進めていく。


2.1.1.組織文化の性質

では,組織文化をどのように測定するのか。北居(2005)によれば,組織文化と企業業績に関する研究は,大別すると2つの方向性がある。1つは,組織文化の「強さ」に焦点を当てている方向性である。共有度や一貫性と業績の関係を検証する方向で,このような研究は「強度アプローチ」である(北居2005)。もう1つは,組織文化の「個性」と呼べる方向性である。すなわち,文化の内容と業績の関係を検証する方向で,このような研究は「特性・類似アプローチ」である(北居2005)。

組織文化と業績の関係性に関する研究では,組織文化の強さは短期的には財務業績を向上させていたが,中長期的には低下させていることがわかっている(北居2005)。強い組織文化は,組織の一貫性や共有度が高まることで内部統制が図られ,短期的には財務業績が高まる一方で,組織文化の統制は,多様性が失われることや急激な変化をする環境に適応することが難しくなるために財務業績が低くなったと考えられる。これ以外にも1980年代に「強い文化」論は数多くの研究がなされ,「強い文化」論はさまざまな批判に晒されてきた。その後,組織文化の強さだけではなく組織文化の個性について検証した研究が行われてきた。「強度アプローチと企業の関係性」から「特性・類似アプローチと企業の関係性」について明らかにする研究へ変化したということである。「特性・類似アプローチ」という観点で組織文化を測定する方法が後述するOrganizational Culture Survey (OCS)やCompeting Values Framework (CVF)である。


2.1.2.OCSについて


組織文化の主要な機能の1つとして外部環境と組織とを関係付ける機能がある。北居(2011a)は,「外部環境の変化に反応して,組織の性格を大幅に変化させることができる組織こそ,適応性を持つ組織である」(北居(2011a)p.43)としている。もう1つの適応パターンとしては,「組織のメンバーに意味と方向性を与えるようなミッションを追求すること」(北居(2011a)p.43)である。さらに,ミッションは組織やメンバーに適切な行動の方向性を与える。

Denison and Mishra(1995)は,4次元の組織文化測定尺度を開発し,国際的に組織文化と成果の関係を分析している。彼らが開発した測定尺度は,Organizational Culture Survey(OCS)と呼ばれている。OCSでは,組織文化のタイプを「参加」「一貫性」「適応」「ミッション」の4つに分けている。以下の図1はそれを簡易的にまとめたものである。

図1 Organizational Culture Surveyのタイプ

卒論資料1206 その2

(出典) 組織文化の測定と効果 : 代表的測定尺度の検討(上) p.44 より引用


内部志向と外部志向というのは,それぞれの文化が解決しようとする問題の性質を表している。内部思考とは,組織をどのように統合するのかという問題であり,外部思考とは,外部環境に対してどのように適応していくのかという問題である。また,柔軟性と安定性は,それぞれの文化の下で培われる組織の能力の性質を表している。変化と柔軟性とは,変化に対応する能力やそれに対する柔軟性を高め,安定性と方向性とは,現状を維持するための安定性や向かうべき方向性を維持する能力を高める。このモデルは,4つの特性は両立が難しいことも暗に述べられており,この4つの文化のタイプはどれもそれぞれ重要であり,全体的にバランスを保持することが重要である(Denison and Mishra 1995)。


2.1.3.CVFについて


組織文化の理論的フレームワークを用いた論文において,最も頻繁に用いられているのがCameron and Quinn(2006)によるCompeting Values Framework (競合価値観フレームワーク)である。彼らが注目したのは,組織の有効性(effectiveness)に関する研究である。以下の図2はそれを簡易的にまとめたものである。

図2 Competing Values Frameworkのタイプ

卒論資料1206

(出典) 組織文化の測定と効果 : 代表的測定尺度の検討(上) p.49 より引用

組織の有効性を判断する39の指標に対して多変量解析が行われ,2つの次元ならびに4つのクラスターにカテゴライズされている。縦軸は,柔軟性,自由裁量,動態性と,安定性,秩序,コントロールを区別する次元である。つまり,柔軟性や適応性が有効だとみなされる組織と,安定性や予測可能性が有効とみなされる組織を区別するものである。横軸は,組織内部の統合や一体性の重視と,外部との適応や差別化の重視を区別する次元である。これら2つの次元を組み合わせることで4つの有効性指標が形成される。クランは,凝集性やモラール,人的資源の開発・育成といった指標が重要であり,所属や信頼,参加が重要視されている。アドホクラシーは,創造性や成長などの指標が重要であり,イノベーションや変化が重要視されている。マーケットは,市場占有率や目標達成,競合企業に対する勝利といった指標が重要であり,合理的な戦略策定や目標設定が重要視される。ヒエラルキーは,効率性,説明責任,安定性といった指標が重要であり,人々の行動は手続きによって支配されている。


北居(2011a)によると,「各々のタイプは,人々が何を重視するのか,何が適切で正しいとみなされるのかを定義する」(北居(2011a)p.48)としている。つまり,4つのタイプは,それぞれの組織で行われる判断の基盤となる中心的な価値観を示している。


2.1.4.組織文化形成のプロセスについて


では,最後に組織文化はどのように形成されていくのかについて整理を行う。坂下(1995)は,組織文化が形成されるプロセスについて「組織文化は一つには創業経営者といった強力な指導者のリーダーシップを通じてつくられ,浸透させられるが,二つにはそれは組織メンバーの組織学習を通じて選択的に淘汰され,あるいは生存していくものが多く,それらが彼の日常の一貫した言動を通じて全社員に浸透していったものだ」(坂下(1995)p.109)と述べている。また,今口(2006)は組織文化が形成されるメカニズムを4つに分けて説明している。組織システム,シンボリック行動,他人からのメッセージ,報酬システムの4つである。今口(2006)は「組織文化は直接的には管理者行動が原因となって形成されるが、より根源的にはトップマネジメントの持つ信念,価値観,行動に基づいて形成される。トップマネジメントの行動や価値観、信念が種々のコミュニケーション手段を通してメンバーに伝達され,メンバーはその内容,意図をくみ取り,価値観や基本的な考え方として認知する」(今口(2006)p.122)と述べている。これらのことから,組織文化は創業者自身の哲学や理念,さらには自身の世界観や人間観に由来するケースが多く,それがその他の組織メンバーに受け入れられることで組織文化は形成されていくものだと考えることができる。

では,創業者はどのようなリーダーシップ行動を通じて組織メンバーに伝達を図り,それが浸透していくのか。創業者が発揮する上記のようなリーダーシップをシンボリック行動という。シンボリック行動とは,「価値観やパラダイム,行動規範といったなんらかの「意味」を直接象徴する意図的な行動,またはそうした「意味」を象徴しているさまざまなシンボルを意図的に使用する行動」(坂下(1995)p.110)である。組織文化を形成するための重要な役割を果たすのがこのシンボリック行動である。しかし,組織文化を形成するにあたってシンボリック行動を取るのは必ずしも創業者であるわけではない。なぜなら,組織文化を形成するにあたって必要なのはあくまでも「価値観やパラダイム,行動規範を象徴する意図的な行動を取ること」であり,強力なリーダーシップを発揮することだからである。つまり,組織文化は,組織に強力な影響を与えることができるメンバーのシンボリック行動によって形成されていくものである。

しかし,創業初期においてはその組織の中核となるのは創業者であるため,創業経営者がしばしばシンボリック行動をとるものだと推測できる。さらに,坂下(1995)によると,「自分の価値観やパラダイム,行動規範といった「意味」を,シンボルやシンボリックな行動によって鮮明に伝達したいからである。こうしたシンボリック行動を通じて創業経営者の伝達した「意味」が組織の全メンバーに受け入れられ,共有されるようになると,それが組織文化となるのである」(坂下(1995)p.111)と,創業経営者がしばしばシンボリック行動をとる理由について述べている。

創業初期において,シンボリック行動を行うのが創業者自身であれば,創業者自身の価値観やパラダイム,行動規範が組織文化に直接影響していることが考えられる。


2.2.マネジメント・コントロール・システムについて


次に,MCSの概念について整理を行う。MCS をどのように類型化し分類するのかについてはこれまでにもさまざまな試みが行われてきている。しかし,管理会計研究において一般に認められているような分類法はまだ確立されていない。そのため,本稿におけるMCSの定義を行うために先行研究を整理する。また,これまでの研究によってMCSと組織文化の間には密接な関係性があることが明らかになっている。そのため先行研究によってMCSと組織文化にどのような関係性を見出していたのかについても整理を行う。


2.2.1.マネジメント・コントロールについて


マネジメント・コントロール(以下,MC)という概念は1965年にAnthony が発表した著書によって提唱された管理会計体系フレームのひとつである。Anthonyの提唱した管理会計体系フレームは2つの前提がある。1つ目は,公式的なシステムに着目すること。2つ目は,対象を大きな人的組織に限定することである。この2つ目の前提によって小さな組織は除外され,大企業と比べると中小企業に注目した研究の数は少ない。これは,管理会計体系のフレームワークは大企業が利用するものであり,中小企業には必要ないとの風潮が生まれたからだと考えられる。

Anthonyは組織におけるコントロールのプロセスを,戦略的計画,マネジメント・コントロール,オペレーショナル・コントロールに区分している。Anthony(1965)によれば,「マネージャーが,組織の目標を達成するために,効果的かつ効率的に資源を取得して使用することを確実にするためのプロセスである」(Anthony (1965)p.16)とMCを定義している。AnthonyのMCは会計情報を中心としていることが特徴である。

このAnthonyのMCという概念はMerchantなどをはじめとする多くの研究者によって議論された。それにより,MCをより広範な概念であると捉え,管理会計を内包する概念であるとする考え方が登場した。MCの概念を拡張し,非会計情報によるコントロールも内包したパッケージ概念として捉えるようになったのである。MC手段を体系化した仕組みはMCSと呼ばれている。


2.2.2.マネジメント・コントロール・システムの定義と分類について


続いて本稿における重要な要素であるMCSの先行研究の整理を行う。MCSはSimonsやMerchantをはじめとする多くの研究者によって議論されている。しかし,先述の通り,一般に認められているような分類法はいまだ確立されていない。

Simons(1995)は,MCを「マネジャーが組織活動の様式を維持または変化させるために活用する情報ベースの公式的な手順や手続きである」(Simons (1995) p.5)と定義している。そして,情報ベースの公式的なシステムとして,信条システム (Beliefs systems),境界システム(Boundary systems),診断的コントロール(Diagnostic control systems),インタラクティブ・コントロール (Interactive control systems)の 4つを提示しており,これをLevers of Controlとして提唱している。信条システムとは,組織に対して基本的な方向性や目的,価値を与えるためのシステムである。境界システムとは,公式に決まっている組織の規則,制約,および命令のことであり,組織成員の行動を制約する業務遂行上のものと企業が競争する事業機会を制限するものである。診断的コントロールは,組織の成果を監視し,あらかじめ定めていた目標からの逸脱を修正するための情報システムである。インタラクティブ・コントロールは,部下の意思決定に経常的かつ個人的に関与するためのシステムである。Simonsの示すMCSは利用方法に基づいて分類をしているのが特徴である。

Merchant and Van der Stede(2017)は,MCを「従業員の行動や意思決定の実行を確実にするために,組織の目的や戦略によって構成される,マネジャーが実行するすべての方策やシステムを含むものである」(Merchant and Van der Stede(2017)p.8)と定義しており,MCSを「文化的コントロール(Culture)」,「行動的コントロール(Action)」,「結果的コントロール(Results)」,の3つに区分している。文化的コントロールは,文化を対象としたコントロールであり,組織の規範や価値観から逸脱する組織成員が生まれないようにするためのシステムである。行動的コントロールは,業務マニュアルなどによって従業員の行動自体をコントロールの対象とし,従業員が組織の利益を最優先に行動するよう方向づけるためのシステムである。結果的コントロールは,組織目標の達成に向けて,業績を測定・評価したり,インセンティブを提供したりすることで組織成員を動機付けるためのシステムである。Merchant and Van der Stedeの示すMCSはコントロールの対象に基づく分類をしていることが特徴である。


2.2.3.組織文化とマネジメント・コントロール・システムの関係性について


組織文化とMCSの間に何かしらの関係性があると示している研究は多い(例えば,澤邉・飛田(2009),木村(2014)など)。組織文化とMCSの関係性については2つの考え方がある。1つは,組織文化はMCSのコンテキストとして機能するという考え方,もう1つは,組織文化はMCSパッケージの構成要素という考え方である(木村2014)。組織文化自体をMCSの構成要素だと考えているのがMerchant and Van der Stedeである。

澤邉・飛田(2009a,2009b)では,組織文化の違いによって,組織成員の心理的状態や企業業績に影響を及ぼしているMCSの組み合わせが異なることが明らかになっている。

澤邉・飛田(2009a)では「柔軟性を重視する組織文化を有する企業群では,理念コントロールや社会コントロールの役割が大きく,安定や統制を重視する組織文化を持つ企業群では,理念コントロールや社会コントロールに加えて会計コントロールも重要である 」(澤邉,飛田(2009)p.53)ことが示されている。澤邉・飛田(2009b)では中小企業を対象に組織文化とMCSの関係性について調査しており,中小企業においても組織文化とMCSの間に密接な関係があることを明らかにしている。また,同論文では「内部指向型の企業群では経営理念を中心とした理念コントロールが、外部指向型の企業群では人間関係を中心とした社会コントロールと会計コントロールが、それぞれ従業員満足度の向上と有意な正の関係を持つこと 」(澤邉・飛田(2009b)p.73)が示されている。


2.3.小括


組織文化の初期形成には,組織の中核となる人間のシンボリック行動が重要になる。創業初期においては,創業者ということになるだろう。つまり,創業者自身の哲学や理念,さらには自身の世界観や人間観がそのまま組織文化に影響することが考えられる。そして,それに共感,受け入れることができる人間がメンバーとして組織に加わることで組織文化が浸透,時には選択的に淘汰され,組織文化が形成されるものであると考えられる。

また,組織には重要とする指標がそれぞれ違い,それによって重要とする指標が異なることで結果的に組織のタイプが変わることが示唆されている。今回の組織文化の測定方法としては,澤邉・飛田(2009a)でも用いられている柔軟型文化,コントロール型文化の2分類に統合したものを採用する。しかし, 1社1回答のデータであるためOCSやCVFには代表性の問題が指摘されており,これまで多くの研究が組織の中に多様な下位文化が存在し,影響を与えている可能性も指摘されている。

MCS研究における定義と分類は研究者によって様々である。本稿はMerchant and Van der Stede (2017)で提唱されている理論をMCSの概念と定義し,議論を進めていく。組織文化とMCSの関係性については,組織文化の違いによって組織成員の心理的状態や企業業績に影響を及ぼしているMCSの組み合わせが異なることが明らかになっている。澤邉・飛田(2009a)でのMCSの定義は,Abernethy and Brownell(1997)によって提唱されたMCSに類似した概念を取り扱っており,会計を中心とする会計コントロール,経営理念を中心とする理念コントロール,社会関係を中心とする社会コントロールの3つを採用している。Merchant and Van der Stede (2017)の提唱しているコントロール概念とは異なる概念である。また,創業初期においてどのように組織文化が形成され,MCSの「導入」がどのように進められ,構築されていくか。その影響について明らかにしているものは少ない。


3.仮説導出


組織文化は,組織を形成してから主に創業者のシンボリック行動によって伝達された意味を組織の全メンバーが受け入れ,共有することで組織文化が形成され,創業者をはじめとする組織成員たちによって合意形成されていくものである。ここで重要なのは,「全メンバーが受け入れ,共有すること」が組織文化を形成していく上で必要になってくることである。どの程度受け入れられ,共有されているのかが「強い文化」論という議論であり,一部のメンバーにのみ受け入れられている組織文化は下位文化ともいう。

では,創業初期において組織文化はどのように合意形成されていくのか。組織そのもの自体は創業者を起点とし,メンバーを採用していくことで形成されるものである。ハード面の機能を持つ組織構造がメンバーを採用していくことによって形成されるのであれば,ソフト面の性質を持った組織機構である組織文化においても同様のことが考えられる。つまり,創業初期においては,創業者自身の哲学や理念,さらには自身の世界観や人間観に共感,受け入れることができる人間がメンバーとして組織に加わり,組織文化が形成されていくものだと考える。

仮説H1:組織文化の初期形成には,創業者自身の哲学や理念,さらには自身の世界観や人間観が影響する
仮説H2: 組織文化の初期形成には,会社の理念やビジョンが影響する

澤邉・飛田(2009a)では,柔軟型・コントロール型ともに経営理念を中心とした理念コントロールが動機づけと従業員満足度に正の影響を与えることを明らかにしているが,経営理念とは「企業が事業を営む上での基本的な価値観,考え方を明文化したもの」(久保他(2005)p.113-114)である。経営理念とは組織文化をわかりやすく体系化したものであると考えることができる。さらに,組織文化とは価値観やパラダイム,行動規範といった何らかの「意味」を持ったシンボリック行動によって形成されるものである。つまり,創業者自身の哲学や理念,さらには自身の世界観や人間観がマネジメントに影響を及ぼしていることが考えられる。これはMerchant and Van der Stede (2017)の文化コントロールである。

また,創業初期においては組織規模自体が大きいものではないことが多く,大企業と比べると公式的な組織制度自体が充分に整備されていないことが考えられる。ここでの組織制度とは,業務マニュアルなどを指す。
さらに,業務範囲の明確化を図るための業務フローチャートやマニュアル化などの内部統制が中小企業ではモチベーションに正の影響を及ぼしていることが明らかになっている(澤邉・飛田2009b)。マニュアル化や業務フローチャートはMerchant and Van der Stede (2017)の行動コントロールだと考えることができる。

また,澤邉・飛田(2009a)では会計コントロールが組織成員の心理状態に正の影響を及ぼしていることが明らかになっている。この論文における会計コントロールは会計情報を中心としたコントロールシステムであり,Merchant and Van der Stede (2017)の結果コントールは目標に直接影響を及ぼす非会計情報も含めた結果を対象にマネジメントを行うントロールシステムであり,その概念は異なる。しかし,Merchant and Van der Stede (2017)の結果コントールは会計情報も含んだシステムであることを考えれば,類似の影響を及ぼすことが考えられる。

仮説H3: 文化コントロールは組織成員の動機づけに正の影響を及ぼす
仮説H4: 行動コントロールは組織成員の動機づけに正の影響を及ぼす
仮説H5: 結果コントロールは組織成員の動機づけに正の影響を及ぼす


4.調査方法と事例研究

4.1調査方法


今回はスタートアップ企業を対象とし,インタビュー調査を行った。調査方法としては,対象企業がどのような組織文化なのか,どのようなMCSが導入されているのかという定性的なデータを取るために半構造化インタビュー調査を採用した。調査対象とした企業はS社,N社の合計2社である。
S社に対するインタビュー調査は同社の代表であるH氏と,同社において唯一の社員であるM氏に半構造化インタビューを行った。N社に対するインタビュー調査は同社の代表であるI氏と,同社にI氏を除けば一番長く在籍しているN氏に半構造化インタビューを行った。以下はその内容と考察になる。


4.2.S社の調査結果


S社は福岡に本社,東京に支社を構えている。今回インタビューを行ったH氏とM氏のほかにエンジニア1名,パートタイム契約が1名,インターン生が1名の計5名からなるスタートアップ企業であり,資本金は20,000,000円(資本準備金含む)である 。S社は従業員の心理状態をデジタルアンケートによって可視化し,双方向でのコミュニケーションを円滑にすることで問題リスクを早期に発見するためのコミュニケーションツールの運営を主な事業として取り組んでいる。


4.2.1. S社の組織文化について


創業者であるH氏は自社の雰囲気について「できるだけフラットにしていきたいなと考えていて,トップダウン的に私が決めたことをみんなにやらせるとかではなくて,それぞれが考えながらやっていく,力を発揮しながらやっていく」のだと述べた。また,M氏も同様に「S社はものすごくフラットだと思っていて,…立場とか年齢とか関係ないかなって思ってるんで」,「(H氏を)社長としてではなく人として見てる。じゃないと対等にできないし,対等じゃないと仕事も進まないので」と述べている。H氏,M氏にとっての”フラット”とは「年齢や立場を意識することなくお互いに意見を言い合い,それを受け入れることができる関係性,かつ自分で考えて行動すること」である。つまり,組織構造的なものではなく,組織の価値観として捉えることができる。これらの発言以外にも”フラット”という言葉は何度も出てきており,「S社の組織の基盤となりうる,組織成員に共有されている信念や価値観,行動規範の集合体」として“フラットな関係性“であることが一つの組織文化であると考えられる。

S社は『1日1日そして一瞬を大切に生きる』をミッション(経営理念をS社ではこのように表現している)として掲げているが,このミッションに対してH氏は「どちらかというとお客さんにこういう風に貢献していきますというミッションではなくて,自分とどう向き合っていくかというミッション」であると述べ,その理由として,「ジブンゴトで仕事をしていかないと面白くないなと思っていて,面白くないと考えなくなっちゃうから(会社も)よくならないし(かっこ内は筆者補填)」と述べている。

また,「上から一方的に指示はしない」,「それ(自分で考えたこと)を聞いてフィードバックしたり,あくまでも一意見として僕の意見は言うけど,それを聞いて取り入れるかどうかはまた相談しながら決めていいと思う。それをこうしなさい,と強制するのは絶対にしたくない。自分で考えられる人には任せたいし,そこは柔軟にいきたい」とH氏は述べている。
これらのことから,組織成員のコミットメントや自由裁量に重きを置いているということがわかる。


4.2.2. 創業者のシンボリック行動


H氏は採用基準の要素として「共感があること,自分で考え行動し相手の意見を取り入れることができる人,親和性が高い人」を挙げている。これはH氏が一緒に働きたい人の人物像である。ここでの共感とは,自社のサービスや課題に対する思いに対して共感があるかどうかである。共感を重要視している理由として「それ(共感)がないといいサービスは作れないと思っている(かっこ内は筆者補填)」からだと述べている。また,親和性とは,相性の良し悪しを指している。その理由として,「働く上で変な気を使いたくない。変に気を遣っちゃうと言いたいこと言えないし,力を合わせることもできないだろうなと思うんですよね」とH氏は述べている。一方で「気遣いができる」ことも重要な要素であると述べ,「相手のことを考えながらも自分の気持ちを伝え合えるような関係じゃないといいもの(サービス)は作れない」からだと述べている。親和性に関しては「直感的要素が高い」とH氏は述べた。

これらは創業者のH氏の価値観やパラダイム,行動規範が大きく影響しているものだと考えることができる。また,フラットな組織を実現するため必要な条件になっていることが考えられる。

しかし,一方で「ミッションを作ったのはM氏が入社した後の2019年9月ごろ。それまではそういうものを意識していなかった」という話もある。M氏以降にメンバーとして加わったのはインターン生のみであることから採用時においてミッションが関係しているとは考えにくく,組織文化の初期の形成にミッションが影響を与えているとは考えにくい。


4.2.3.S社のマネジメント


S社のマネジメントについてH氏は「目標管理とかの仕組みみたいなものはまだしっかりとなくて。タスク管理とかそれぞれが何をやるのかっていうのはツールで管理しているんですけど」と述べた。Trello やSlack などのウェブアプリケーションを用いて日々の業務は管理しているものの,S社には公式的なマネジメントシステムは存在していないと考えられる。

また,自分で考えて,創造力を発揮してもらうために「トップダウンで指示するようなのは絶対にやらない」と述べている。さらにTrelloやSlackによる管理においても,「私が(タスクなどを)投げるというよりも,各々で必要だと思うことを投げてもらって。もちろん,最低限のことは私から指示を出すこともありますけど」と述べている。このことから,行動自体をマネジメントの対象とする行動コントロールは重要視されていないことがわかる。

一方で,「自分が指示するというよりも(ミッションが)通ずれば考えると思うので,…僕が多分こういった考えを持って行動していれば通ずると思うんですよね(かっこ内は筆者補填)」,「フラットな環境が作れればいいサービスもできると思うので」と述べている。“フラット”な関係性を構築することやミッションの浸透を対象とした文化コントロールだと考えることができる。

また,「KPI的なものは導入していない」,「来季はやっていかなければならない」と述べており,目標管理制度や業績評価制度もまだ整備されていない状態である。組織目標が立てられていないため業績を測定・評価するための制度や,インセンティブを提供するシステムも整っておらず,これらのことから結果コントロールは未導入な状態であると考えられる。これはS社自体がサービス開発をしている段階であり,売上を出すことにフォーカスし始めたのが最近であることが関係していると考えられる。


4.2.4.動機づけへの影響


M氏は自分のやる気に負の影響を及ぼすのはH氏の行動だけだと述べ,具体的には「レスポンス遅い時,言ってることとやってることが違う時,根拠がない無茶振り」を挙げている。その理由として,「周りのメンバーは自分に害がないから」だと述べている。また,「いいメンバーが揃ってるなって感じがする,フラットだから働きやすい,価値観とか相性が合ってる」ことを理由に基本的には負の影響を与えられることはないという。やる気に正の影響を与えるのは「(顧客に)嬉しい言葉をいただいたとき(かっこ内は筆者補填)」や「(S社のサービスが)誰かのためになったと感じたとき(かっこ内は筆者補填)」と述べている。

今回のインタビューでは,MCSがどのような影響を及ぼしているのかについては確認ができなかった。


4.2.5.小括


これらのことから分かったことを整理する。
S社は”フラットな関係性”であることや自分で考えてもらうことなどが重要な組織文化となっており,組織成員のコミットメントや自由裁量を重要視している柔軟型の組織だと考えることができる。

創業者であるH氏は「働く上で変に気を使いたくない,それぞれが考えながら力を発揮しながらやっていきたい」という風に考えており,これは創業者自身の価値観やパラダイム,行動規範であると考えることができる。それを共有,受け入れてもらうためのシンボリック行動として,一つはその条件に合う相性の良い人間を採用している。それは採用基準が「共感や相性の良さ」であることから読み取ることができる。また,ミッションである『1日1日そして一瞬を大切に生きる』にもそれが反映されたシンボリックだと考えられる。

また,S社では,公式的なマネジメントシステムが存在していないことが分かった。さらに,インタビューでは行動コントロールが重要視されておらず,結果コントロールに関しては未導入であることが確認できた。これはS社がスタートアップ企業特有の成長過程にいることやサービス自体が開発段階であることなどが関係していると考えられる。逆に“フラット”な関係性を構築することやミッションの浸透を対象とした文化コントロールを導入していることが確認できた。
しかし,MCSの及ぼす影響までは確認することが出来なかった。


4.3.N社の調査結果


N社は,東京に本社,福岡に支社を構えている。それぞれ東京本社が5人,福岡支社が10人の計15人からなるスタートアップ企業であり,資本金50,586,959円(資本準備金除く)である 。日本のものづくり業界に特化したB2B事業とEC事業を主な事業として取り組んでいる。それぞれ東京がB2B事業となる法人営業,福岡が事業C2C事業となるEコマース事業を行っている。B2B事業ではものづくり企業に特化したサービスの提供も行っており,Eコマース事業ではCRAFT STORE というWebサイトを運営している。

4.3.1. N社の組織文化について


N社はコアバリューとして”聴く,やる,感謝する”を掲げている。このコアバリューについては「働く上で大切にしていきたいこと」を言語化したものであるとし,「僕が決めたわけじゃなくて,働いているスタッフみんなで話し合って決めた言葉だから尚更現場に浸透している言葉」だとI氏は述べている。現に社員全員が集まる会社の創業記念の際には”聴く,やる,感謝する”が出来ていた人が表彰されるという取り組みもある。また,Slack内では,コアバリューをスタンプ化し,スタンプコミュニケーションを行っている。N氏は「人の話を聞くこととか,自分に任せられた仕事をやることとか,一緒に仕事をしてくれる相手とかにちゃんと感謝をすることは割と意識している」と述べており,コアバリューが浸透していることが窺える。

N社は“笑顔に関わる会社を作る”というミッション(経営理念)と,”日本ブランド世界No.1にする”というビジョンを掲げている。I氏はこのビジョンを描いた色紙を福岡と東京に一枚ずつ目に見えるところに置いてると述べ,「常に目に入るところ,仕事をする空間の中で常に目に見えるところにちゃんとあるってことが大事」なのだとしている。このビジョンはコアバリューと同様に社員全員で決めたもので,「最後は僕が決めたんですけど,…こういう組織として大事なものを参加型で決めるかどうかっていうのは大事かなって思いますね」とI氏は述べている。

このようなことから,N社は積極的な参加を求められていることがわかる。また,最終的な決定権はI氏が持っているものの,基本的には権限を委譲する形で自由裁量を認めていることがわかる。

N氏は自社の雰囲気について,「私わりとCS(Customer Satisfaction)の対応とかもやりよってお客さんと直接話す事があるけん,この対応ってこういう風にしていいですかって話す事があるんやけど,結構任せてくれて。数字とか売上とか気にしつつもちゃんとお客様第一で」と述べている。このことから自由裁量を認めていることや柔軟性に満ちた組織であることが窺える。ビジョンやミッションに関しては「結構まだ自分の仕事でいっぱいいっぱいなところが多くて,私はそこまで意識して働くとこまでいけてない」としつつも,「写真の撮り方とか文章の書き方とか,その商品の魅力をいかに伝えるかとかは気になった」と答えており,ビジョンやミッションが重要な組織基盤となっていることが窺える。

また,N社はコミュニケーションがとても活発な組織である。N社では月曜の朝に朝礼,金曜の夜に終礼を行っている。朝礼と終礼はB2Bチーム,B2Cチーム,開発チーム,それぞれが進捗の報告とアジェンダの報告を行うとしつつも,「ガチガチな朝礼終礼」では無いとI 氏N氏共に明言をしている。基本的には「みんなで雑談をしている」と述べ,「割と笑いを取りにいきながらのワイワイとした朝礼終礼って感じ」だとN氏は述べている。朝礼や終礼を取り入れているのは「組織全体のコミュニケーションの頻度を高めるため」だとI氏は答えている。

N氏も働く上で意識していることとして「コミュニケーションは大事」であるとし,「あと会社の連絡ツール(Slack)はずっと動いてる。業務連絡と報告も含めて(かっこ内は筆者補填)」とN氏は述べている。それにより「福岡と東京別れるけどちゃんとみんなの顔は見てるかな」とコミュニケーションが活発なことによる効用も併せて述べている。また,「その人(新卒の同期)ぐらいしか話聞いてあげるよって言ってあげれる人おらんけど,キツそうだなって思った時に話しかけたりとかは私もしてもらって助かっとるけん,せないかんなって思っとる」と,組織として常日頃からコミュニケーションを取ることが重要な価値観となっていることがわかる。このようなことからオフラインのコミュニケーション,オンラインのコミュニケーションも活発であることがわかる。

また, N社では,週に2回”リモートワークデイ”というものを取り入れている。これは週に2日(火曜と木曜)はオフィスに来なくていいようにし,自分の好きな場所で働くことができるという独自の取り組みである。このことに対してI氏は「自由に働いてもらうため」であるとし,遠方から出社する社員のストレスやネガティブな感情を解消するための取り組みであると述べた。現に遠方より出社しているN氏はその取り組みについて「週に一回でも家でやっていい日ってのがあったら楽やし,周りに人がおるとかを気にせずに1日仕事をするだけっていう日があるのは助かる」と述べ,この取り組みが成り立っているのはコミュニケーションが活発であったことが最初のきっかけである旨を述べている。


4.3.2. 創業者のシンボリック行動について


I氏は自社で大事にしたいこととして「楽しく働くこと」,「自由に働くこと」,「自分で考えること(考える組織であること)」を挙げた。その理由として,「結局僕がやり出しちゃうとみんなあんまり面白くないし,そうなると考えない組織になっていっちゃうので…(考えない組織になると)どんどん衰退していってしまう(かっこ内は筆者補填)」と述べ,「自分で考えること(考える組織であること)」が重要だとしている。また,「僕が現場にばちばち入ってやるよりも圧倒的に現場で自分たちで考えながらの方が成長できるし,楽しいんだろうなと思う」とも述べている。また,I氏は「多くの笑顔に関わる企業を作るっていうのがミッションなので,…それはお客さんも会社も一緒だから」と述べ,そのために「楽しく働くこと」が重要だとしている。さらに,「楽しく働けるほうがいいかなと思いますし,伸び伸び働けた方がいいかなと思います。組織も個人も」と答えており,「そのタイミングタイミングで気になる事があれば重要なことは発信しているって感じで,あとは自分たちでやってくれると思うので」としている。

N社では社員を採用する基準として会社としての基準と個人的な基準がそれぞれあるとI氏は述べた。会社の基準については,「一番大事なのはものづくりが好きなのかどうか。…ビジョンもそうですし,会社の理念っていうものに共感できるなーっていう人がまずは大事かな」と述べている。個人的な基準としては,「一緒にお酒をサシで行けるかどうか」だとし,「ちょっと微妙だなと思っちゃうと一緒に仕事してもなかなかうまくいかない,コミュニケーションがうまくいかなかったりとか。コミュニケーションは結構大事なんで」と述べている。会社の基準はミッションや理念が主な基準となっており,個人的な基準はI氏自身の信念や価値観,行動規範が主な基準となっており,この2つの基準のもと組織メンバーを採用しているのである。

また,ビジョンやミッションを「参加型でみんなで決める」というプロセスを経ることで,ビジョンやミッションの浸透を図るだけではなく,組織にコミットメントしやすくなるような環境作りも図っていることも読み取れる。
特にI氏はコミュニケーションの内容よりも頻度を重要視しており,その理由について「東京と福岡の2拠点であること」も理由の一つであるとしながらも,「悩むタイミングとか考え込むタイミングって人それぞれ違うし,…例えば半期に一回僕は全員と面談するんですけど,それだけじゃ全部聞き取れないし。ずっと仕事の話をしても面白くないし,本音って出てこないと思うんで面談だけでは」と述べている。この価値観をもとになっているのが朝礼や終礼などだと思われる。また,I氏のコミュニケーション頻度については「Iさんが割と社員の人を意外と見てくれてるとこがあって,最近コミュニケーションが取れてない人がいるなって思ったらIさんから急にご飯に誘ってくださったりとかあるかな」とN氏も述べており,このことからもI氏がコミュニケーション頻度を意識して行っていることがわかる。

このように「楽しく働くこと」,「自由に働くこと」,「自分で考えること(考える組織であること)」は会社としての発展と組織成員の満足度やコミット度合いを高め,さらにはビジョンやミッションの実現のためにも重要だとI氏は考えており,この考えをもとにシンボリック行動を行っていることが窺える。そして,I氏の価値観やパラダイム,行動規範が組織成員に共有し,受け入れられたことによって組織文化が形成されたものだと考えられる。


4.2.3.N社のマネジメント


N社のマネジメントについて「僕はあんまり現場に入らないようにはしてますね。現場の仕事の作業だったりとか,そこにあんまり手をつけないようにして。…経営メンバーだったりとかディレクター陣がちゃんと現場を回していって,現場に近い場所でマネジメントをする人を立てながらやるってことは意識してますね」とI氏は述べている。I氏は大きな方向性を決めるのが自身の仕事であると考えており,「やろうとしてるのはその目線のその角度じゃなくて,もっと上だとか,もっと視野を広げないととか。どういう世界観,”日本ブランド世界No.1にする”ってどういうことなんだっけ」ということをディレクター陣に問うことであると述べている。N氏も「Iさんはそこにガッチリ関わってくるっていうよりは,ちょっとビハインドしとるけどここどうするとみたいなのとか,こういう施策をしますって報告した時にこれどういうことみたいなことを突っ込んでくるくらい」と述べている。さらに,リモートワークデイの導入や朝礼と終礼の導入,ビジョンをオフィスに貼り付けるなど,これらは文化コントロールであると考えられる。

一方で.現場のマネジメントを任せられていた以前N氏の直属の上司にあたるマネージャーは「テンプレートまで書いてこれに当てはめて書いてくださいみたいな感じやった」とN氏は述べており,これはまさに行動コントロールである。

また,直属の上司が変わって以降はマネジメント体制が変わり,「SEOとかよりお客様が読みやすかったりとか欲しいなって思ったりするような商品の魅力がちゃんと伝わるような文章を書くにするってなった」と述べている。KPIやKGIの管理をN社では行っており,KPIやKGIの設定やそれを前提とした施策の策定はコンテンツチームと呼ばれる担当部署が担っている。KPIやKGIとは売上目標やブログのビュー数などである。これらは結果コントロールであると考えることができる。実際にN氏は「施策中心でタスクが振ってくる。そのチームで今の売り上げとか今の現状とか数値で出して,ここが悪いけんどういう風にするかとかどういう施策をするかみたいなものを自分たちで考えてる」と述べている。さらに,自由な働き方を実現するためにもKPIやKGIを重要であるとI氏は述べている。


4.3.4.動機づけへの影響


自分がどのように時に動機付けをされているのかについて以前は「テンプレートまで書いてこれに当てはめて書いてくださいみたいな感じやったけん,なんか作業みたいな感じ」だったとN氏は述べており,「前はタスクが振ってきたからやるとかそんな感じで仕事しよった」と行動コントロールによって行動そのものを対象にマネジメントされていた時は動機づけに負の影響を及ぼしていたことが考えられる。

それにより,「SEOとかよりお客様が読みやすかったりとか欲しいなって思ったりするような,商品の魅力がちゃんと伝わるような文章を書くようになった」と述べており,この頃から仕事が楽しくなり,「(やらされてる感は)なくなった (かっこ内は筆者記入)」ともN氏は述べている。

N氏は,「やる気が出るのは自分が書いた記事の商品が売れるのは普通に嬉しいし,あとはクラフトストア(N社の事業)を使っとる人に記事を読みやすくなったって言ってもらったのはだいぶデカかったかな」と述べており,結果コントロールによって動機づけされることを示唆している。また,さらに,N氏は「私はまだ交渉できないと思ってるからやってない」としつつも「うちの会社って半年に一回,Iさんが一対一で面撮する機会を設けてくれとるけん,それで割とみんな昇給の交渉はするらしいけん,半年に一度自分でチャンスを作ろうと思えばチャンスは作れるらしいけん,みんなそれを意識してはおるみたい」と述べている。このことからも結果コントロールが動機づけに正の影響を及ぼしていると考えることができる。

さらに,リモートワークデイの導入は「週に一回でも家でやっていい日ってのがあったら周りに人がおるとかを気にせずに1日仕事をするだけっていう日があるのは本当に助かる」N氏も述べており,1つのモチベーションになっていることを述べている。朝礼と終礼も東京と福岡に関わらずコミュニケーションが取れることがモチベーションになっているとも述べている。コアバリューも「会社で大事にしとるってことだけじゃなくて自分でもそこは大事にしながら働きたいかなって思ってるから,…元から大事にしたいって思ってたことが一致してたからより頑張ろうとは思えるかな」と述べており,文化コントロールが動機づけに正の影響を及ぼしていると考えることができる
ビジョン,ミッションについてはN氏が現状は意識できていないということから動機づけに影響を及ぼしているかどうかまでは確認ができなかった。しかし,他の組織成員にどのような影響を及ぼしているかまでは追加で調査する必要があるだろう。


4.3.5.小括


N社へのインタビューを整理する。
N社はコアバリューやビジョン,ミッションが組織の基盤となりうる,組織成員に共有されている信念や価値観,行動規範の集合体になっていることがわかる。また,コミュニケーションが活発だったり,現場に権限の移譲を行ったりしていることなども重要な価値観になっていることがわかった。このように「楽しく働くこと」,「自由に働くこと」,「自分で考えること(考える組織であること)」は会社としての重要な組織文化となっており,組織成員のコミットメントや自由裁量,柔軟性を重要視している柔軟型の組織だと考えることができる。

創業者であるI氏は,「現場で自分たちで考えながらやる方が成長できるし,失敗できる時が楽しんだろうな」と話しており,「成長しつつ楽しいか,痛みもあるんだけどそれが楽しいのか」という部分を重要視している。これは創業者自身の価値観やパラダイム,行動規範であると考えることができる。それを共有,受け入れてもらうためのシンボリック行動として,理念やビジョンに共感できる人間やI氏自身と相性の良い人間を採用している。また,コミュニケーションの頻度を高めるために積極的な活動を行っている。朝礼や終礼などの取り組みやI氏,N氏の発言からも読み取ることができる。また,”リモートワークデイ”もその一端であろう。これらはまさに,創業者でもあるI氏の値観やパラダイム,行動規範といったなんらかの「意味」を直接象徴するインボリック行動であり,これらを組織成員によって許容,選択的に淘汰されたことで今の組織文化が形成されたものだと考えることができる。

N社ではI氏自らではなく,基本的には現場に近い人間やディレクターがマネジメントを行っていることがわかった。I氏は大きな方向性を決めるのが自身の仕事だとし,環境コントロールを行っていることがわかった。現場に近い人間やディレクターによるマネジメントは,以前は行動コントロールが中心的であったことが読み取れたが,現在はKPIやKGIを中心とした施策やタスクを割り振り,その成果などによって給料の交渉なども行われることから結果コントロールが重要視されていることが読み取れる。

また、MCSの運用による動機づけの影響としては,行動コントロールは動機づけに負の影響,結果コントロールが動機づけに正の影響,文化コントロールが動機づけに正の影響を及ぼしていることが示唆された。


5. まとめと考察


今回は仮説を明らかにするために2社のスタートアップ企業にインタビュー調査を行った。2社ともに組織文化の形成には創業者の価値観,信念,行動がシンボリック行動によって共有,受け入れられ組織文化の形成に至っていることがわかった。よって仮説H1は支持される結果を得た。
しかし,会社の理念やビジョンは創業初期から明確にあるものではなく,むしろ組織文化が初期形成され,組織規模を拡大していく際のシンボルとして形成されることがわかった。そのため仮説H2を支持する結果を得ることはできなかった。

また,組織文化とMCSの関係性については,サンプル全体で見れば,文化コントロールが正の影響を及ぼしていることがわかった。よって,仮説H3は支持する結果を得ることができた。仮説H4と仮説H5に関してはMCSの運用方法について一部の企業でしか確認ができず,動機づけの影響も一部の企業でしか確認ができていない。しかし,N社の調査結果だけを見れば,仮説H4に関しては支持する結果を得ることはできなかったが,と仮説H5に関しては支持する結果を得ることができたと考えることができる。

さらに,今回調査した企業のどちらも柔軟型の組織文化であることがわかった。仮説H3だけを見れば,組織文化が環境コントロールに影響を及ばしていることが示唆されている。N社だけを見れば組織文化がMCSに影響を及ぼしている可能性も示唆できてはいるものの,当該企業の範疇を超えるものではない。


6. おわりに


本稿では「創業初期における組織文化とマネジメント・コントロール・システムへの影響」をリサーチクエスチョンとし,創業初期における組織文化とMCSの関係性を明らかにすることを目的とした。そのため,2社のスタートアップ企業を対象とした半構造化インタビュー調査を行った。

その結果,創業者自身の哲学や理念,さらには自身の世界観や人間観が組織文化の初期形成に影響を及ぼしていること,組織文化に応じてMCSは活用されていることを示唆することができた。また,MCSは組織成員の動機づけの影響について示唆することができた。さらに,組織文化がMCSに影響を及ばしていることも一部示唆することができた。

しかし,今回は定性的なデータを取るために半構造化インタビューを採用したことにより,今回の調査結果が他の企業でも同様の結果が得られるかまでは明らかにできていない。また,サンプル数も少なく,今回の調査結果は一般化できる内容とは言い難い。

OCSやCVFで指摘されている代表制の問題に留意し,下位文化も考慮しながら定量的な調査によって組織文化をタイプ分けする必要もあるだろう。また,MCSがどのように導入され,どのような変遷を経ているのかを明らかにすることができなかったため,動機づけへの影響も限られた範囲内でのものである。これらは組織規模や成長段階などによっても影響されるものであり,創業初期において公式的な仕組みやMCSが未導入であること,またはインタビューの際にうまく聞き出すことができなかったことが原因であると考えられる。

さらに,調査対象とした企業の組織文化がどちらも柔軟型の組織文化に分類されており,コントロール型の組織文化ではどのような影響を及ばしているかまでは確認ができなかった。これらもサンプル数の少なさや原因だといえる。組織文化の分類の精緻化やMCSの導入や分類,影響についてもさらなる研究が必要だろう。先行研究とは別の結果が得られたことも再調査によってその原因の追及,精緻化を行う必要があるだろう。
これらを追加調査によって明らかにしていくことが今後の研究課題である。

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※いろんなご意見・ご指摘、感想などなどお待ちしておりますので是非よろしくお願いします!

それでは、また次回!

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※参考文献


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