プルクワパ霊苑

むかし書いたいくつかの物語を弔うための霊苑です。

プルクワパ霊苑

むかし書いたいくつかの物語を弔うための霊苑です。

最近の記事

ふつうであるということ

最近どう? 仕事は順調? 結婚はしないの? したほうがいいよ 子どもはまだ? いたほうがいいよ やっぱり子どものためには 両親がいないと とりわけお母さんがいないと みんなそうだよ あなただけじゃないし こっちだって苦しい 誰だって苦しい あなたは男性で 男のくせに女々しい もしくは女性で 女のくせに雄々しい わかってる、わかってる いろんな人がいる 個人的には気にしないけど 他の人はどうだろう ご両親はなんて? こうあるべきだし それもいいけど ふつうはこうで みんな

    • ビオトープ

       パワーショベルが折り忘れたアームで電線をぶちぶちと引きちぎりながら道を渡ったとき、僕は今まで世界のいったい何を見ていたのかと、鉈で頭を真っ二つにされるほどの感銘を受けた。起こりうることはすべて起こるという大自然の摂理を初めて目の当たりにしたような気がしたし、何と言っても僕にはそれが王者の振る舞いに見えた。パワーショベルはどるると低いうなり声を上げながらその場にキョトンと立ち止まっていたが、その力強さと無頓着ぶり、それでいて堂々たる態度はまさしく野生そのものだった。  それ

      • ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その147、あるいは神の血を引く子どもの話

        注:これは2007年から今もぽちぽちと続く「ムール貝博士のパンドラ的質問箱」からの抜粋です。あまりに歪なのでここに埋葬しましたが、ふだんの質問箱ではこれよりも若干まとも(当社比)にお答えしています。 *** たなぼたアンテナさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)契約してないのになぜか受信するふしぎなアンテナのことですね。 Q: 爆破されるならどんなシチュエーションがよいですか?  たとえば僕が山奥のちいさな村でひっそりと暮らして

        • 殺し屋の華麗なるレッスン

           久しぶりに郵便受けを見にいこうと、バケツ片手にアパートの階段を降りた。郵政省の古い規格に則った赤い郵便受けで、開けると大量のチラシとダイレクトメールとポケットティッシュ付きの広告が足下に置いたバケツ目がけてどさどさと落下した。  アパートの敷地には建物と同じくらいの面積をもった庭があり、その隅に今どき珍しい焼却炉があった。焼却炉にはアパートの持ち主が近所の住民と協議を重ねた結果、屋根より高く伸ばすことで決着した立派な煙突がついていた。  わたしは焼却炉のそばに行って、バ

        ふつうであるということ

          溶かして冷ますガラス入り白線

           財布をどこかで落としたらしいと、帰ってから気がついた。  交番に届けたらたぶん、諸手を挙げて歓迎してくれるだろう。何しろ我らが駐在さんは人が良すぎて詐欺に引っかかるほどの正義漢なのだ。よかったらお茶でもどうぞと手厚くもてなしてくれるかもしれない。しかしそうしている間にも誰かが拾ってしまったら、そしてその誰かが僕みたいなタイプだとしたら、こいつは天の恵みだぞと感謝することにおそらく何の抵抗もない。しかたがないのでもう一度自転車を出した。  辿ったはずの道に沿って一日の行動

          溶かして冷ますガラス入り白線

          コンキスタドール/ogres island attack

          やってきた男は美しかった 目を奪い、心を奪い、 やがて力づくで 何もかも奪っていった 3人の手下を連れて 片っ端から、それこそ エルナン・コルテスみたいに 何もかもだ、容赦なかった 男は美しかった 着物はきらびやかで 見目はうるわしく 仕草も雅びていた 神の使いだと 信じたのも無理はない ほどなくして村は 彼らの手に落ちた 立ち向かった者は 残らず葬られた 見たことはすべて 忘れろと言われた おそろしくつよくて マジで一騎当千 そんなのが4人だ 跡形もなくなった

          コンキスタドール/ogres island attack

          勿忘草

           所在ない沈黙のあと、男は内ポケットから煙草とライターを取り出した。煙草をくわえ、真鍮の蓋を親指ではじいた。火をつけようと何度か試みて、ちりちりと散る火花でオイルが切れていることがわかると、煙草をくわえたまま、ライターをふたたび内ポケットに戻した。  男は公園のベンチに腰かけていた。スーツ姿でネクタイをゆるめ、膝には革の書類鞄があった。宵の口にはまだ早い、まだ明るさののこる火灯し頃で、手入れの行き届いた足下の靴からは影が長く伸びていた。彼は一度くわえた煙草の遣り場に困ってた

          狐の嫁入りダンロップ・フォート

           上空からぽたんとひとつ、テニスボールが目の前に降った。大きく撥ねたとおもったら、またひとつふたつ、ぽつんぽつんと降ってきた。それから、撥ねる余地もないくらいにざあっと降り出した。あわてて移動して、降り止むまでのその場しのぎにちかくの軒先を借りた。そんな予報が出ていたのかどうか、雲はあっても晴れていたから、狐の嫁入りらしかった。青い空を背に時速95キロで次から次へと黄色い球体が落下してくる様子は、体に当たりさえしなければなかなか見応えがあった。  テニスボールと言ってもただ

          狐の嫁入りダンロップ・フォート

          パンと菌/it's been a long time, Mr. B

          親爺さんはもういない 助手の娘も結婚したよ 今は年賀状の やりとりだけだな パンか、パンはもう 焼いてもらってない てか自分で焼いてる 勉強したんだ 誰に食わせる 齢でもないしな 変わったと言えば つぶあんになったよ 聞いたぜ、ガキが いるんだってな 笑えるじゃないか 父親だなんて! あのオレンジの娘にも ずいぶん無沙汰だ 嫁さんなんだろ その子もふたりの おいおいウソだろ いや、まあ……そうか ありそうなこった しかし人がよすぎるぜ 好きなだけ呑め 今日はおごり

          パンと菌/it's been a long time, Mr. B

          扉を失った鍵の話

           一人暮らしの伯父が電話をかけてきて、ちょっと来てほしいと珍しいことを言い出した。平日の朝、それも早い時間だったので最初は何を言っているのかよくわからなかった。 「待って待って。なんですって?」 「伝えておきたいことがある」 「ええと」とわたしは混乱しそうになる頭を鎮めながら言った。「今から?」 「そうだ」 「朝の五時半ですよ」 「朝?」と伯父は驚いたように言った。「朝か。どっちでもいいが、なるべく早いほうがいいな」  わたしは受話器の向こうで伯父の歯がかちかち鳴るのを聞い

          扉を失った鍵の話

          メアリ・ジョンソンアンドジョンソンによる未完の短編

           はじめにことわっておかなければいけない。これは作家である友人メアリ・ジョンソンアンドジョンソンが熱に浮かされていたときに書いたものである。すっかり調子をとりもどした現在の本人にその記憶はない。なぜこの話はこんな中途半端な終わりかたをしているのか、だいじなことなのでもう一度言うがなぜこの話はこんな中途半端な終わりかたをしているのか、たずねてもただ首をかしげるばかりで、さっぱり要領をえない。それどころかこんなものを書いた覚えはないと頭から否定して取り合おうとしないため、この話の

          メアリ・ジョンソンアンドジョンソンによる未完の短編

          火を吹く果実の薬剤師

           ある晩夏の夜、アパートの住人が「実家から送ってきたんで、よかったら」と言ってドラゴンフルーツを持ってきた。いろんなおすそわけがあるものだとおもった。さっそくその晩その果実に包丁を入れ、教えられたとおりにスプーンですくって食べてみた。しいてたとえるなら、それは人生の味がした。怪獣の卵みたいな形をしていて、赤むらさき色の果肉に真っ黒な種子がつぶつぶと埋まっていて、さっぱりしているが甘みはすくなく、きれいにたいらげても何だかよくわからない、それが人生でなければなんだろう?  す

          火を吹く果実の薬剤師

          脱落者/formerly known as super brother

          椎茸を踏みつけ 亀を蹴り飛ばし 花に火をつける 気は晴れない 壁を殴り 小銭を稼ぐも 着の身着のままで 替えの服もない 地下はきらいだ 暗くてさむい 誰かいないのか? また椎茸を踏む 穴にも落ちた 棘にも刺さった やることなすこと 命にかかわる そうして何度 死んだか知れない おまえのほうが 向いてるよ、ルイージ 全部くれてやる おれはもう降りた 休ませてくれ 女はもういい

          脱落者/formerly known as super brother

          スーパーヒーローの娘

           最初の告白は、一目惚れした私が無策でストレートに玉砕した。夫がクラスのなかでも無口なほうで、あまり感情を表に出すタイプではないことは知っていたけれど、はっきりと拒絶されたのはそれが初めてだった。私はじぶんがまるで夫の眼中になかったことを知り、ショックを受けた。私たちは単なる級友で、それ以上でもそれ以下でもなかった。  三度目に告白したとき、やっと夫が正面から見つめてくれた気がした。夫は明らかに戸惑っていた。正直な人だったから、目を見ればすぐにわかった。迷っているわけでは

          スーパーヒーローの娘

          紙芝居を安全に楽しむために

           紙芝居……それはアニメやマンガと並んで日本が世界に誇る文化のひとつです。  その歴史は古く、まだ紙芝居という概念がなかった時代から、そういうのあったらいいよね、という強い欲求があったと言われています。生まれる前の子どもからすでにこの世を去った大人まで、今も世代を超えて支持されつづける大衆娯楽の代表格です。  多くの含蓄と教訓に富んだ物語、今にも飛び出してきそうな躍動感みなぎる一枚絵、その両者には牛乳とあんパンの組み合わせにも似た美しいハーモニーがあります。他に何もするこ

          紙芝居を安全に楽しむために

          コーヒーの始まりについての話

          むかしむかし、アラビア半島のへそのあたりに位置するちいさな王国に、ひとりのお姫さまがおりました。姫は真夜中に大好きな母親を亡くして以来、すっかり夜ぎらいになり、日が暮れると部屋にカギをかけて閉じこもり、誰とも口をきこうとしません。困り果てた王様がわらにもすがる思いで祈祷師に相談したところ、一計を案じた祈祷師は姫の前で空に手をのばし、夜をひとさじ掬って、一杯の湯にぽたりとたらしました。するとどうでしょう。たちのぼるのは馥郁たる香り、口にふくめば神秘の味わい。のどを通れば元気が体

          コーヒーの始まりについての話