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コーヒーの始まりについての話

むかしむかし、アラビア半島のへそのあたりに位置するちいさな王国に、ひとりのお姫さまがおりました。姫は真夜中に大好きな母親を亡くして以来、すっかり夜ぎらいになり、日が暮れると部屋にカギをかけて閉じこもり、誰とも口をきこうとしません。困り果てた王様がわらにもすがる思いで祈祷師に相談したところ、一計を案じた祈祷師は姫の前で空に手をのばし、夜をひとさじ掬って、一杯の湯にぽたりとたらしました。するとどうでしょう。たちのぼるのは馥郁たる香り、口にふくめば神秘の味わい。のどを通れば元気が体中に満ちあふれ、沈んだ気持ちまですっきりと冴えわたります。姫はびっくりして祈祷師にたずねました。

「どうしてこんなに良い香りがするの?」
「それは夜のよろこびのためでございます」
「どうしてこんなに苦い味がするの?」
「それは夜のかなしみのためでございます」

この飲みものが大層お気に召した姫は、祈祷師に目がくらむほどの金銀と財宝を与え、以後は夜を母親のように深く愛するようになったということです。

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