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メアリ・ジョンソンアンドジョンソンによる未完の短編

 はじめにことわっておかなければいけない。これは作家である友人メアリ・ジョンソンアンドジョンソンが熱に浮かされていたときに書いたものである。すっかり調子をとりもどした現在の本人にその記憶はない。なぜこの話はこんな中途半端な終わりかたをしているのか、だいじなことなのでもう一度言うがなぜこの話はこんな中途半端な終わりかたをしているのか、たずねてもただ首をかしげるばかりで、さっぱり要領をえない。それどころかこんなものを書いた覚えはないと頭から否定して取り合おうとしないため、この話のつづきを知ることはいまや不可能となってしまった。

 そのつもりでお読みいただきたい。

* * *

 ビリーはパン屋で働いていた。パン屋の親父は言った。
「いいか、売り切ることだ。大事なのはそれだ。売り切れば明日もあたらしいパンが焼ける。だが(これは考えたくもないことだが)、売り切らないとどうなる?」
「うれのこります」
「そうだ。売れのこる。そのとおりだ!だが売れのこったパンをまた明日売るというわけにはいかん。なぜならみんなが食べたいとつよく望んでいるのは焼きたてでほくほくの香ばしくも甘いパンであって売れのこったしょぼしょぼのパンではないからだ。では売れのこったパンをどう処理すべきか?」
「たべるほかありません」
「そのとおりだ!」とパン屋はこぶしをふりあげた。「食べるのはわしらだ!ほかに誰がいる?猫か?ねずみか?今も水平方向に成長をつづけるうちのでっぷり女房か?ちがう!食べるのはわしらだ!やつらにわしのつくるパンの味がわかってたまるか!」
「僕もそうおもいます」
「とはいえそろそろ」とパン屋はあごヒゲをさすって言った。「ほかのものを食ってもいい頃合なんではないだろうか」
「最近は夢にパンしか出てこなくなりました」
「売り切るんだ、ビリー。大事なのはそれだ。売り切れば明日もあたらしいパンが焼ける。わしらもパン以外のほかのものを食おうじゃないか!」

 翌日、パン屋は緊急の会議をひらいた。出席者はパン屋の親父、ビリー、そして今も水平方向に成長をつづけるパン屋のでっぷり女房の3人だった。でっぷり女房は眉間にしわをよせながら、おそるおそる発言した。「ねえ、売れのこってるなんてあたしはじめて聞いたんだけど」
「会議をはじめる」とパン屋の親父はおごそかに宣言した。「議題は『いかにしてパンを売り切るか』である。なおここからが会議であって、これ以前及びこれ以後のでっぷり女房の発言を無効とする。また発言の際には必ず挙手のこと。ただし、でっぷり女房はその限りではない」
「ちょっと」とでっぷり女房は足を挙げて言った。「じゃあなんであたしここに呼ばれてんの」
「さてビリー」とパン屋はかまわずにつづけた。「なにかびっくりするようなよい案をくれ!」
「つくる数を減らすってのはどう?」とどこからか紛れこんだ猫が尻尾を挙げながら発言した。「1日4個だけにするんだ」
「おまえなんかにわしのつくるパンの味がわかってたまるか!」とパン屋は憤慨した。「だが、ふむ、その意見はなかなかわるくない」
「安くすりゃあいいじゃない!」とでっぷり女房は足を挙げて言った。「1個30円にするの」
「おまえなんかにわしのつくるパンの味がわかってたまるか!」とパン屋は憤慨した。「だが、ふむ、その意見はなかなかわるくない」
「待ってください」とビリーは手を挙げて言った。
「おっ!いいぞビリー」とパン屋はうれしそうに言った。「いよいよ会議らしくなってきた」
「1日4個じゃ僕の仕事がなくなります。それに1個30円じゃ僕の給料がなくなっちまう」
「そりゃいかん。さっきの案は却下する」とパン屋は残念そうに言った。「だがそうすると、困ったな。もう壁にぶち当たった。ほかに手はあるかね」
「ふたつあります」とビリーは言った。
「ひとつでいいよ」とどこからか紛れこんだねずみが歯を挙げて発言した。「ふたつじゃ多い。みっつなんて論外だ」
「おまえなんかにわしのつくるパンの味がわかってたまるか!」とパン屋は憤慨した。「だが、ふむ、その意見は一考の余地があるな。ふたつまでならまだいいが、みっつとなると問題をさばききれん」
「ひとつには」とビリーは手を挙げたまま言った。「おいしくするんです」
「なんてこった!」とパン屋はてのひらで両目をおおった。「そうすればいいってのはわしもウスウス感じとった!だが先にもうひとつの意見を聞かねばなるまい。絶望するのはそれからだ」
「もうひとつは」とビリーは手を挙げたまま言った。「魅力的な女性に売ってもらうんです」
「ちょっと」とでっぷり女房は足を挙げて言った。「それセクハラだから!」
「それだ!」とパン屋は叫んだ。「無愛想でぶさいくな男どもが売れば客足が遠のくってのはたしかに道理だ!アイスを食ったらさむくなるってことくらい、まちがいのないことだ。それで行こう!賛成の者は手を挙げて」
 猫はうっかり姿をあらわしたねずみを追いかけ回すのに夢中で、話を聞いていなかった。ねずみもまた、逃げ回るのに必死で、決をとるどころではなかった。パン屋はさっそうと手を挙げ、ビリーもまたそれにつづいた。
「ねえ」とでっぷり女房は足を挙げて言った。「あんたさっきでっぷり女房って言わなかった?」
「賛成多数で可決する」とパン屋はつづけた。「だが問題はその魅力的な女性をはたしてどうやってみつけだすのかってことだ。なぜかってどこにでもいる女性を魅力的とは呼ばないからな」
「ちょっと」でっぷり女房は明らかに苛立ちはじめていた。「だからそれセクハラだって言ってんでしょ!」
「だまれでっぷり女房!」とパン屋は怒鳴り返した。「愛してる」
 でっぷり女房は黙らざるを得なかった。
「いい手があるよ」とねずみは突進してくる猫を片足で制した。猫はそれにしたがって急ブレーキをかけた。(どこの世界にも暗黙のルールというものが存在するのだ)「ビリーの彼女に来てもらうんだ」
「おまえなんかにわしのつくるパンの味がわかってたまるか!」とパン屋は憤慨した。「だが、うむ、その意見にはうなずける。たしかに、ビリーのハニーならまちがいあるまい」
 だがこの画期的な案をうけてのビリーの反応はいまひとつ芳しくないものだった。彼は言った。「それがダメなんです」
「じゃああたしが」とすかさず立候補したのは今もでっぷり方向に水平を続けるパン屋の女房だった。
「発言の際には必ず挙手のこと!ただしでっぷり女房はこれを固く禁ずる」
 でっぷり女房はしぶしぶ足を挙げて言った。「弁護士呼んでもいい?」
「女を巡る問題はいつも悩ましい」猫は逃げ回るねずみを片手で制した。ねずみはそれにしたがって急ブレーキをかけた。(どこの世界にも暗黙のルールというものが存在するのだ)「でっぷり女房には縁のないことだろうけど」
 ねずみはちいさな腹を抱えてけらけらと笑った。
「おい、ひとの女房を無断ででっぷり女房呼ばわりするな!」とパン屋は憤慨した。「おまえなんかにわしの女房の良さがわかってたまるか!」
 でっぷり女房ははらはらと涙を流した。
「泣くな!」パン屋はでっぷり女房をぽかりと殴った。
「実は…」とビリーは遠慮がちに発言した。彼はまだ手を挙げたままだった。
「実は?」とパン屋はくりかえした。
「実話?」ねずみは突進してくる猫を片足で制した。猫はそれにしたがって急ブレーキをかけようとしたが間に合わずにねずみに突進した。「痛い!」
「ジルバ?」とでっぷり女房は首をかしげた。「何よジルバって」
 ビリーは周囲の雑音をよそに、沈痛な面持ちで告白した。
 というのはつまり、こういうことだった。
「ハニーが、わ

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