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【短編選集】ここは、ご褒美の場所

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どんな場所です?ここは。ご褒美の場所。
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2022年11月の記事一覧

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #96_287

「劉、君は夢を見ていたんだよ。果てしない夢をね」 「電脳病毒は?」 「始めから存在しない。そんなもの」 「顕示器が熔け、この研究室は消失したはず・・・」 「見ろよ。何も変わっていない」 「今までのことは?」劉は改めて周りを見回す。煙の臭いを嗅ぎ取ろうと鼻腔を拡げる。 「故事《ストーリー》。俺の見果てぬ夢物語さ」徐は劉の肩を軽く叩き研究室を出ていく。 「待てよ」劉は徐の後ろ姿を睨む。    背中に悪寒が走る。劉は眼を覚ます。 「劉さん、大丈夫?」薫陶の顔が覗いている。 「ここは

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #95_286

 劉は咄嗟に思う。新政府の敵対国が、何らかの攻撃を仕掛けたと。劉は立ち上がろうとする。だが、意識を失い崩れ落ちる。 十四 故事《ストーリー》   誰かが揺すっている。うつ伏せになった劉の肩を。劉は目を覚ます。目の前に顕示器《ディスプレイ》。虚な目で劉はそれを見る。消えている。あの忌まわしい炎が。顕示器《ディスプレイ》には電子郵件の本文、それと・・・。劉は振り向く。背後の人影を見上げる。 「徐、おまえ!」劉は立ち上がりかけるが、目眩。 「気に入ったか?俺の創った故事《ストーリ

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #94_285

 数日後。僻地にある難民露営《キャンプ》。見渡すばかり、数千のテント、仮設住宅が建ち並ぶ。一万人近く収容者。そこに劉と薫陶は加わる。  休みなく働く日々が続く。農地の開墾や灌漑作業に、収容者の多くが割り当てられている。  ある晩、劉と薫陶は夜空を何気なく見上げている。遠くで殲撃機《攻撃機》の爆音。迫撃砲も響く。  その時、閃光がテントを包む。続いて爆風が襲う。導弾《ミサイル》が着弾。テントや収容者の大半を吹き飛ばす。劉は薫陶に覆い被さり地面に伏す。劉の背中を熱風が吹き抜けてい

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #93_284

「利益交換《ギブ・アンド・テイク》と言ったはずだ。新政府は民主主義を標語《モットー》にしている。承知の通り、私は決定権《キャスティングボード》を持ってる身だ。昔のよしみだ。君たちの意志に任せよう。ただ、市街地には残れない。知っての通りだ」  劉は薫陶を見る。薫陶は首を横に振る。 「協力はしない」 「結構。では、移動先を改めて手配しよう。ひとつ忠告する。逃亡行為は強制的に排除される」立ち上がり徐は兵士に頷く。 「聞いておきたいことがある」 「なんだ?」 「電脳病毒、あれは一体何

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #92_283

「権力者が何を迷う?」 「権力者ならではの譲歩だ。昔馴染みの君たちへの」 「どうしろと?」 「政府は大規模な軟件《ソフトウエア》工場を立ち上げる。U自治区にあって少し遠いが。同房の連中は既に送り込んだ。二人と同じ、通信攪乱罪で引っ張った奴らだ」 「選択の余地はない、と言うことだな」 「利益交換《ギブ・アンド・テイク》だよ。楽な机上仕事かキツい労改送りか、選べるということだ」 「何が目的なんだ?」 「目的は達成された。旧政府の汚職や悪弊は排除した。経済開放政策も見直した。よその

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #91_282

 トラックは走り続ける。何時間も止まることなく。俯せにさせらたまま、車の振動で劉は眠ることもできない。劉は思い起こす。あの電脳電影学院の事件から今までの出来事を。微かな寝息。隣に横たわる薫陶は身じろぎもしない。  やがて、トラックは止まる。劉と薫陶は荷台から下ろされる。拘束具を付けたまま、その建物へ。簡素な小部屋に連れ込まれる。机と丸椅子だけだ。二人、丸椅子に座るように促される。二人の背後には、兵士が銃を持ち身構える。  何かを待つ。一時間近く経っただろうか。扉が開き兵士が入

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #89_280

 留置所の鍵を開ける音。薫陶は扉に目をやる。薫陶を見つけ、劉は苦笑いを浮かべている。 「また、会ったな」 「逆探知されたの?劉さんも」 「ああ、そのようだ。ここに押し込められている連中、俺達と同罪なのか?」劉は周りを見回す。  薫陶は頷く。同房の若者達は劉を見つめる。怯えが入ったような、虚ろな眼で。 「俺達、灌水をやってただけだ。お互い、今まで会ったこともないのに」一人が言う。 「安住の地を奪われたってわけか。お前らも。網絡に繋がる全ての端末が、政府のものになった今となっては

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #88_279

「立て。通信攪乱罪で逮捕する」  扉から入ってきた黒い軍服姿の男達。薫陶は引き立てられる。鉄扉の下の蘭。鉄扉を背負うように、蘭は両手両足を突き出している。拳銃を掴んだままの蘭の右手。ぴくりとも動かない。    破った窓から、劉は工場の外へ。その瞬間、サーチライトが劉の姿を照らす。 「動くな。通信攪乱罪で逮捕する」  眩しい。劉は立ち止まり、指の隙間から目を細める。軍用トラックが止まり、黒い軍服の兵士が隊列を整え銃先を向けている。  留置所の壁を背中に、薫陶は両足を抱え座り込ん

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #87_278

 薫陶と蘭、部屋の隅で眠り込んでいる。扉がこじ開けられるような音。それに気づき薫陶は眼を覚ます。 「おい、起きろよ」薫陶は蘭を揺り起こす。 「なんだ・・・。どうした?」 「外に誰かいる」  蘭はすくっと立ち上がる。部屋の隅に隠していた拳銃を取りだし、扉に向かって構える。 「そんなものまで?」 「当然だろう。守らないと。ここは宝の山だ」 「宝ね・・・」 「扉が開いたら撃つ。お前は後ろに下がっていろ」  扉の外の動きが止んだ気配。すぐさま爆発。飛んできた鉄扉にもろに当たり、蘭は下

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #86_277

 月明かりに照らされた部屋。劉は見回す。壁の隅に事務処理用の台式計算机《デスクトップパソコン》。電源を入れ、劉は電脳の裏を覗く。猫《モデム》電纜《ケーブル》が電話線に繋がっていることを確認する。  顕示器の光。月明かりに代わり、部屋の中を青白く照らす。網絡に接続しようと、劉は何度も試みる。たが無駄だ。認めざるをえない。徐が網絡を完全に封じたことを。  椅子に座ったまま、劉はうたた寝を始める。はっと眼を覚ます。台式計算机《デスクトップパソコン》の画面。そこには、炎が燃えたぎって

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #85_276

 劉は周りを見回す。玻璃戸で仕切られた部屋。そこに、月明かりが差し込んでいる。  劉は静かに部屋に入る。事務机の上に腰を下ろし、机の上を眺める。そこには「労働日報」という報紙。それを手に取り、月明かりの下に置き劉は読み始める。 『新政府組閣人事決まる。昨夜、新政府は組閣人事を発表した。革命臨時政府は新政府人事として陶党首を長に国務大臣は×××、情報通信相には徐進達氏・・・が任命された。臨時革命政府は新政府へ速やかに移行し、旧政府の犯した開放経済政策に伴う悪弊の根絶に早急な対処

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #84_275

 劉は当てもなく歩き始める。月の傾く反対の方角を目指し。草むらを抜け、砂利道に出る。劉は道の両端を見渡す。双方から、車の来る気配はない。  砂利道を暫く歩く。暗がりの前方に大きな建物の影。門に近づき看板を間近に見る。硫鉛化学公司とようやく読める。門から中を覗く。入口は戸板で封鎖されている。廃工場なのだろう。  周りを見回す。人気はない。金網を乗り越え敷地に。梱包されたまま物資が、堆く積み重ねられている。工場の母屋に近づき、中を覗く。真っ暗だ。当然、何も見えない。工場は最近閉鎖

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #83_274

 蘭は電脳の画面を覗き見ながら七喜《セブンアップ》のプルトップを上げる。 「網絡に繋ごうと。やっぱりだめだ。徐は網絡を押さえてる」 「徐って誰?網絡って?」蘭は相変わらず画面を覗いている。 「徐は黒客《ハッカー》。網絡はデータが流れる路さ」 「ふうん。おい見ろよ。何か出てきたぜ」蘭は七喜《セブンアップ》を咽喉に流し込む。 「何?」薫陶は画面を見入る。    劉は目を覚ます。夜露に濡れ、冷えた体を身震いさせ。そこはどこかの草むらだ。劉は思い出せない。トラックを飛び降り、どうやっ

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #82_273

 耐克《ナイキ》や美林公司《トイザラス》。お馴染みののマークが目に入る。 「今まで何やってたんだ?お前」 「ただの流浪児童《浮浪児》。別名、盗賊ってやつ。腹減ってないか?飯、食うか」蘭は目指す梱包を開ける。食糧を取りだし、広げてみせる。 「たんまりある。お菓子、お粥に缶詰、それに洋水《外国製清涼飲料水》も」蘭は調理ランプに火を点ける。 「うん」薫陶は興味なさそうに答え、部屋の中を見回す。筆記本電脳《ノートパソコン》の箱を見つける。 「使ってもいい?それに手機《携帯電話器》ある