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【短編選集】ここは、ご褒美の場所

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どんな場所です?ここは。ご褒美の場所。
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【短編選集】‡3 電脳病毒 #133_312

「頑固者とは?」 「哲学でもあるんだろう。サーフィンとやらのお遊びにも。相手にしてくれないかもな。お前みたな奴。ボード拾ってきました、さあサーフィンだっていう。溺れそうで浮木にしがみつこうともがいているわけでもない。だろう?」 「なぜ、佐田さんは私をあの店へ集金に?」 「まあ、まかり間違って、あのおやじに気にいられることもないかと」そう言うと、佐田は食器を重ね席を立つ。 「飯食べ終わったのか?」高橋が戻ってくる。 「まだです。あの、社長さん、ちょっとお話しが」と薫陶。 「サー

【短編選集】‡3 電脳病毒 #132_311

「あのおやじ、人当たり悪いからな」と佐田。 「そんな暇あるのか?薫陶、おまえ、国に戻ることができたとしても・・・。国ができたとしても、それどころじゃない」高橋は意味深なことを言う。  薫陶は、うつ向いたまま黙っている。 「余計なことせずに勉強しろ」高橋は食堂を出ていく。 「もう一度、行ってみます。あの店へ」、薫陶が佐田に話かける。 「集金ついでじゃなくて、客として行けばいいんだ。次は」 「客?」 「講習やっているから。この土地じゃ、あのおやじのサーフィンが一番確かだ」 「確か

【短編選集】‡3 電脳病毒 #131_310

「ありがとうございます。お釣りです」  釣銭をレジに放り込むと、男は作業台に戻る。薫陶は、店内に飾られたボードを見渡している。話の切っ掛けに時間を稼ごうと。だが、男は黙々と作業を続ける。ふと男が顔を上げる。用が済んだら早く帰れとでもいうように。話かける間もなく、薫陶は店を出る。  外に出る。潮風の生温い熱気が街に流れ出している。故郷とは少し違っている。煤煙の少ない、新鮮な潮の香りというか。  新聞店に戻り、薫陶は食堂へ。店主の高橋と佐田が夕食をとっている。 「集金、お疲れさん

【短編選集】‡3 電脳病毒 #130_309

 ズボンがチェーンに引っ掛からないよう、右裾をゴムバンドで巻く。まだ陽の高い街に漕ぎだす。夕刊が満載で、ペダルもハンドルも重い。  夕刊の配達を終え、波波屋へ。店は夕陽に照らされ橙色。店内のサーフボードも鋭角的に切り取られた夕日に照らされている。曲線美が際だつ。今朝、拾ってきたサーフボードと比べ、新品なら当然だ。店の奥を覗く。白髪の男がサーフボードを熱心に磨いている。ドアを開ける。ジャズが静かに流れている。波乗りにジャズが合うのかどうか・・・ 「こんばんは。港屋新聞店です」

【短編選集】‡3 電脳病毒 #129_308

「なぜ新聞配達所が舞台?地味な仕事だし、ワクワクするようなものは何もないです」 「ワクワク。そうだよね。スパイものらしく」静琉は腕を組む。  午後の授業を早々に切り上げ、薫陶は配達所へ。玄関前に並べられた自転車。前籠には、夕刊の束が積み込まれている。 「帰りました」 「夕刊、用意しておいたから」佐田は、朝刊の折り込みを揃えている。 「すみません。いつも」  薫陶はジャンパーを羽織る。背中に新聞名のロゴ。 「そうだ。配達帰り、波波屋へ集金に行ってこいよ。サーフィンのことでも聞

【短編選集】‡3 電脳病毒 #128_307

「どう?ほんの書きだしだけど」 「どうと言われても・・・」 「コミカルなスパイ小説にするつもり」静琉は納得したように頷く。 「そうですか」 「リアリティーが欲しいわけ。取材して。新聞屋の住み込みバイトだよね。きみ」 「そうですけど・・・」 「バイトしたい。住み込みで」 「え?」 「夏休み。休暇採る人、いない?」 「さあ?聞いてみますか?」 「お願い。一挙両得なんだ。朝夕刊配って、昼間は書き物できるし。それに、夏休みの収入源にもなる」 「朝、早いですよ。朝といっても、夜中には起

【短編選集】‡3 電脳病毒 #127_306

十七 新聞店住み込みスパイ  同級生の彼女。静琉という名だ。文章を書くことを趣味としている。誰彼を問わず、自分の書いた小説を披露していく。 「新聞店住み込みスパイ。米軍キャンプ地に近い新聞配達所に、留学生の住み込みアルバイトがやってきた。彼の名はマルケサスといい、キューバからきた若者である。彼の本来の目的は留学にあるのではなく、キャンプ内への新聞配達や集金を通じ、米軍キャンプの情報収集活動を行うことにあった。マルケサスは先輩にあたる中国人留学生の孫の指導を受け、新聞配達兼スパ

【短編選集】‡3 電脳病毒 #126_305

「この街、地味ではあったが文化的な懐かしい街づくりだった。その街並みを破棄、捨て去ったのは、デベロッパー。それを擁護した監督官庁だ。駅近にタワーマンションという構図。聳え立つ高い壁でしかない」 「皮肉ですね。それが水没したと」 「ああ。場所を間違えている。湾沿いのウォーターフロント。そこなら誰も住んでいない。積み出し倉庫や工場しかない。そんな所だったら、いくら開発しても構わない。しかし、こんな駅前の都市開発。利便性からみれば当然と言えば、当然だが。爆発的、暴力的ともいえる建築

【短編選集】‡3 電脳病毒 #125_304

「どこです?」 「ここだよ。湾に面するこの市一帯、特に南端だ」 「被害とは、どんな?」 「河川の洪水に加えて、臨海部のため津波による水没や液状化も想定されている。三重苦に陥るんだ。この地域は。タワーマンションが沈没したことも記憶に新しい」 「そんなことがあったんですか?」 「ああ。そういう事態になることは想定できたはず。不動産屋は利益をとっているのに、なぜか被害想定は甘かった」 「タワーマンション、本当に必要なんでしょうか?この国に」 「不要だと?」 「こ国の街並みは、碁盤目

【短編選集】‡3 電脳病毒 #124_303

「わたしの家、その路線です」劉は辿々しく言う。 「そうか・・・。家賃安いからな。でも、地盤は湾岸より少しは安全だ」 「安全?」 「外国の人だよね」老人は話を繋ぐ。 「ええ」 「どの国の出なのか。誰も問いはしない。ここはそんな街だ」 「そう、誰も無関心です」 「教えてくれる奴がいないなら、ひとつ言っておく。水道払わないと、すぐ止められる。独立してから、水道代が相当上がった」 「なぜ?」 「都市計画の甘さだ。熟して腐りかけた街に、大挙して隣国人が押し寄せてきた。どういう問題が生じ

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #123_302

 アパートのドアチェーンを、劉は勢いよく蹴破る。慌てた様子もなく、女は劉を一瞥する。魔術師のように腕を捲ると、女は両掌を開く。パントマイムのように、見えない壁を作るように。 「老人を軽んじてはいけない。おまえをすぐに消滅させることも・・・」 「消えて!あなたが」  駅前。謎のダンスチームが踊っている。人流は減少している。市の独立に伴い、市を通過する交通手段すべてに通行税が課せられた。それを回避すべく、鉄道の南行は鶴見大船間、北行は蒲田大宮間でそれぞれ折り返しとなった。 「南武

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #122_301

 その女が線路に携帯を落とし、電車が数分遅れただけで時間の波が狂っていく。乱れた波紋は、見知らぬ誰かを構成する素粒子の波長に影響を与える。  車内。つり革にダリ風にぶら下がって揺られている、若い会社員。白いワイシャツの裾が、背広からだらんとぶら下がっている。死んだアサリの口のように。彼は狂ったように携帯画面をなぞっている。罪作りなゲーム。人を堕落させるために、相変わらず道具は進化している。豚の世界。日常の屠殺など誰も話題にもしない。遺伝子プールで、先頭集団から抜け出したものの

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #121_300

十六 カワサキ  最後尾の車輌から、流れ去る線路のくねりを眺める。横を見ればまっすぐ進んでいるようであり、後景に視線を移せばカーブを曲がって来たことに気がつく。 「あんたは、もう死んでるって」その声に振り返る。割れた携帯を熱心に見入る若い女。朗読者のAV嬢のようだ。ひび割れた液晶には、その女が映り込んでいる。短な生が。

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #120_300

 ポットから茶を注ぐ手が止まる。幼いころ行った黄河の大逆流。その記憶。薫陶は思いだす。川岸に立つ見物人達を大波がなぎ倒し進む。大波はうねりながら上流に駆けのぼる。幼かった薫陶は兄の手をきつく握り締める。足が恐怖で震えている。薫陶を支えていた兄。彼はもういない。以来、大逆流は見ていない。  学校の昼休み。同級生に引っ張られ、薫陶は運動場へ。自分の番が来たのだ。