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【短編選集 ‡3】電脳病毒 #122_301

 その女が線路に携帯を落とし、電車が数分遅れただけで時間の波が狂っていく。乱れた波紋は、見知らぬ誰かを構成する素粒子の波長に影響を与える。
 車内。つり革にダリ風にぶら下がって揺られている、若い会社員。白いワイシャツの裾が、背広からだらんとぶら下がっている。死んだアサリの口のように。彼は狂ったように携帯画面をなぞっている。罪作りなゲーム。人を堕落させるために、相変わらず道具は進化している。豚の世界。日常の屠殺など誰も話題にもしない。遺伝子プールで、先頭集団から抜け出したものの、やがて吸収されていく。豚の世界。過去の消去。自分が生まれ出たのが間違えたことだと、時間を遡り、両親の逢瀬を邪魔するのも一興だ。