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再生を賭けた旅~秘境、網取での神秘体験(2)


 これまで自分のことは、何でも自分一人でできた。いや、できたつもりだ。子供時代は親の手のかからない優等生で、大学を卒業後はキャリアを目指して猛烈に働き、結婚が破局したら一人で決着をつけた。

 その後は、働いてお給料を稼ぎ、家の中を整え、買い物をしてご飯を作って一人で食べた。お金さえ稼げば一人でも生きている。そういう社会に生きていた。

 その頃のことを思い出す。私はいったい、何にこだわっていたのか。何を大事に守ろうとしていたのか。そこで得たものは何。答えを探そうとする。

 そう、何かに向かって懸命に頑張ってきた。それは、たぶん世間が価値を認めた決まり事。しかし、身体は喜んでいない。心は倦んで疲れていく。


 サンゴ礁の海を、手を引いてもらって、私は歩いていた。髪が潮風をはらんで膨れ上がった。頭の上を雲はゆっくり流れていく。

 私の片手は、一人の人に繋がっている。その手の先は、みんなと繋がっている。さらにその手の先は、もっと広い世界に繋がっているような気がする。

 やがて、私たちはもともと、深いところで一つだったのだ、ということを理解する。大自然は何も言わず、そのことを示してくれる。

 何か持っているから幸せ、ではなくて、何も持たなくてもすでに幸せ。私は大丈夫だ。何も心配しなくていいんだ。

 頑なな思い込みが、ぼろぼろ剥がれ落ちていった。

 誰かに守られるって、なんて気持ちのいいことなんだろう。暖かいものに包まれたみたいに、緊張が解れていった。


 少し離れた所で、みんなの歓声が上がった。囲い込み漁が始まったのだ。

 すでに潮は引いて、胸まであった海面が膝までになっていた。透明な水の底に、鮮やかなサンゴが色彩を奏でている。赤、青、黄、緑、桃、紫。

 うっわーっ、きれい。思わず叫んだ。

 その時、私を呼ぶ声がした。

「お嬢さん、こっちに来て魚を持って見ませんか」

 美崎町で会った熱血の人だった。

「この魚は背ビレに毒があるから、エラのところを持つんだよ」

 見ると、網の中には初めて見る魚たちが、勢いよく跳ねていた。その人から手渡された魚は、私の手の中で力強く身をくねらせた。

私はすっかり子供にかえってはしゃいだ。

 みんなは私を受け入れてくれている、と思った。網取に縁もゆかりもなく、何処から来たか、何をしてきたかも知らない私を。同じ時間、同じ場所を共有しているというだけで。

「いま、幸せ」

 思わず、口をついて出た言葉だった。

 

 急に私の周りから、みんなが消えた。やがて、自分の身体と自然との境界線がなくなった。

 私は自然と一つになった。海になり、空になり、雲になり、風になり、サンゴになり、魚になった。すべての中に私があり、私の中にすべてがあった。

 その時、自分の中から声が聞こえた。

「あなたはあなたのままでいいのです」


(続く)



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