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【第2回】双極性障害と診断されるまで―過去の私から障害をみる①

双極性障害と睡眠障害を抱えている院生のかぐらです。

今回は、双極性障害と診断されるまでの過去をふりかえりながら、改めて自分が抱えている障害を考察していくノートです。双極性障害と診断され、調べていくうちに今までの生き方の中で双極性障害の症状やなりやすい人の特徴など、思い当たるところ・あてはまるところがありました。

このノートは、自分でも振り返って改めて双極性障害の自分を認識することが目的です。また、誰かがこれを読んで自分と似ていれば双極性障害になる可能性があるんだと、事前に注意できるきっかけになれば良いかなと思います。単純に双極性障害の人ってどんな奴なんだって思いながら読んでくれても嬉しいです。

双極性障害を調べたといっても、今は活字に触れると集中力が分散されてしまうので文献ではなく、ネット上で得た知識です。また、SNSツールを使って当事者の方たちの意見を見てきました。

その中の一つに、双極性障害と診断されるまでの患者のよくあるパターンというのを知りました。数年間の躁状態の内にうつ状態が訪れ、その状態に患者が不安を覚え、精神科を受診しに来るというものです。それが私にピッタリとあてはまっていました。

今からふりかえって、5,6年ほど。院生の1年間と学部生の頃のことです。疲れ知らずだった私の体は、いろんなことをこの数年の内に経験しました。遊び、バイト、講義、インターンシップ、留学、バックパッカー、ゼミ、研究… 徹夜も数えきれないくらいしましたし、家にいても研究のことを考えていました。

色んな経験をすること、まだまだ知らない知識を獲得していくことが楽しくて夢中になっていました。そのため、ゆっくり一日を過ごすとか休もうとすることを自主的にしてきていませんでした。むしろ、一日何もしないなんて、怠惰になってしまっているような気がしていました。暇になると罪悪感が湧いてくることが分かってからは、予定を詰め込んで暇をなくすようにしていました。

特に自分にとって研究をすることの魅力を知ってからは、私はまだまだ研究者としてはひよっこでもっと知を得なければいけないと、焦りと不安を持ちつつも知的快楽の中にのめりこんでいきました。自分よりも努力し賢く尊敬する先輩方が増えるにつれ、余計に休めなくなっていきました。それが院生一年目のことです。

さらに院生になってからは、自分で学費や生活費を稼がなければいけなくなり、研究の合間にアルバイトを入れました。奨学金も頂いていましたが、最低限の生活をするためにはアルバイトはある程度入れなければならないし、奨学金も返済について不安も感じていました。そうして研究生活にも、金銭的にも窮屈になってきた私の体。でも、休むことはしませんでした。

もちろん、友人と遊びに行くことはしていました。アニメ観賞、読書や美術館めぐりも趣味の一つなので、それらも嗜んでいました。しかし、それらは研究や金銭的不安の息抜きとして、暇にならないように予定を入れていました。友人と会った時は、愛や感情についてよく議論していましたし、趣味などからも研究に使えそうな部分はメモをしたりして、研究と趣味が離れないように気をつけていました。

身体や心を研究から遠ざけ、暇をつくって休むことは一切していませんでした。ここで、「自分や疲れていること」や「休むこと」を知っていれば、双極性障害にはなっていなかったんでしょう。でも、知るための機会は双極性障害になるまで訪れませんでした。

そうして院生二年目になった頃、変化が現われました。まずは、集中力。研究への集中力がときどきガクッと落ちて活字を見たくない気持ちになることもありました。

次に、イライラ・不安感の増大。お金に対する不安感が常に襲ってくるようになり、お金の使い方に関して厳しくなり出費がひどいとイライラするようになりました。ケチにもなっていたと思います。他にも、電車や街なかの移動中などに人の多さからイライラすることも増えました。

最後に、やる気。集中力も不安定になり、イライラや不安などで感情の起伏も激しくなっていったために、研究をはじめとするやる気が全くなくなることがありました。

しかし、こんな自分になっても「疲労」と「休むこと」を知らない私、今まで通りの生活を押しとおそうとしていました。自分の変化を認めることができず、研究をうまくできない自分にイライラし失望し、さらなるストレスを溜めていきました。自分に優しくなれなかったのです。暇をつくれば終わりだと思っていました。ひよっこの私が止まってしまったら、なにもなくなると焦っていました。

そんなときに患った急性副鼻腔炎。身体にガタがきました。集中力・やる気の低下・慢性的なイライラと不安感の上に急性副鼻腔炎がきました。もう今までの生活はできませんでした。急性副鼻腔炎を患った1,2か月目はほとんど家に引きこもり研究どころではありませんでした。急性副鼻腔炎について今後ノートに詳細を書いていこうと思っています。

しかし、急性副鼻腔炎が回復にむかっていても、慢性的なイライラ、全身通、吐き気は収まりませんでした。毎日イライラと気持ち悪さと戦っていたことで、研究もバイトもろくにできない状態が続いていました。暇になりたくない私の焦りは増え続け、限界を迎えた頃に「精神科を受診する」というきっかけと出会えたのです。きっかけについては【第1回】にて書きました。

以上が双極性障害と診断とされるまでの過去です。さらに過去を見つめなおし、改めて双極性障害になる特徴を考察していきたいのですが、それは次回に回そうと思います。

振り返ってみると、本当に暇をつくらず焦って突っ走っていたなぁと思います。双極性障害になってみて、無理をしないでできることを着実に地道にやっていく受容性を知ることができました。

これからが私の人生の本番なのです。双極性障害と向き合い、付き合い続けることで、自分の疲れを感知しながら、自分のできることをやっていく方法を手に入れなければならないのです。双極性障害の私が、少しずつやりたいことを叶える生き方を学んでいくことが私の今できることなのです。頑張りすぎずに、自分に誠実に生きていきたいです。








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