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ガチャガチャに落ち込んで、運命と。

 高野に、何も上手くいかない気がすると正直に話したところ、連れて行かれたのは家電量販店だった。その広い1階フロアは、よく他の店でも見るようにたくさんの携帯電話やアクセサリーが売られていて、店員が呼び込みに目を光らせている。その投げかけられる声掛けをことごとく無視して、高野は俺をフロアの奥へと誘っていった。
 正直、携帯電話を買い換える予定もないし、ケースも、保護シールも買い替えたばかりだ。何も言わずについてこいと言われたその背中は、俺と同い年とは思えないほど小柄で、だからこそ余計に不安を煽った。なんでこんなやつに話してしまったのだろうと思うけれど、先日の期末テストも、陸上部での成績もふるわなかったそのどちらもが、自分に重くのしかかりすぎていて、つい、用具片付けで2人きりになった隙を突かれたのかもしれない。いや、高野がとかではなく、そういうことが最近色々あったから、きっと自分は話せる人が欲しかったのだろうと思う。
 鬱憤を晴らすように八つ当たりにもにた話をすると、黙って聞いていた高野は俺をここに連れてきた。
「高野、なんでここ? お前ん家から遠い気がするけど」
「学校からすぐ行けるから」
「小田先生、最近見回りしてるって噂だけど」
「この時間ならまだ学校でしょ。バレない。すぐ済むよ」
 言ってみれば都会の真ん中にある自分たちの通う学校は、だからこそ寄り道に厳しい。毎日教師たちは見回りしているし、特に厳しいやつに当たれば停学もある。俺は今も、周囲の店員や客に紛れて教師が俺達を睨んでいるのではないかと思ったが、それよりも天井から降り注ぐ白色の光の強さと、背の高くたくさんの商品の並んだ棚がひしめきあって自分質を押しつぶそうとしているのではないかと思えて、良い気分ではなかった。
 対して高野は、そんなのお構いなしに目的の場所へと進んでいく。

「ここ」
そう言って高野が示したのはガチャガチャのコーナーだった。かなりの数がある。壁際にズラリと3段、それと向かい合わせにもう3段、背中合わせにもう3段……数は数えていないが、相当な種類があることが分かる。どこの制服か分からないが、女の子の集団が学生鞄に合いそうなマスコットを探している。アレコレと楽しそうだった。高野はうんうんと頷いてざっと見回し、おもむろにその女子に声をかけた。俺は止めようと手を伸ばしたが無駄だった。高野はなにか新しいものが並べられたかどうかを聞いていたように思う。女子達は最初は驚いていたものの、やはりすぐに、高野の質問に答え始めた。
「動物野菜シリーズと、ミニ家電と、ガチャカプセルってやつは新しいと思う」
「あと世界の剣とか?」
「あれは昨日もあったって」
「盾の方と間違えてない?」
「そうかも」
 高野はそんな話を聞き出しながら、自然と女子達と一緒にガチャガチャを回し始めた。俺はその様子をただ眺めていた。とても楽しそうだが、輪に入ろうとは思わなかった。そういえば部活のマネジャー達の中で、主将についで人気があるのは高野だったとどこかで聞いたのを思い出していた。

「ごめん盛り上がっちゃって。で、なんか興味ひかれたのある?
「いやない」
「1つくらいあるでしょ、見て回ろう」
 女子達が帰り、このコーナーには俺と高野だけになった。すごく自然体だ。女子とああやってからむことも、その後別にどうこうしないことも含めて、その自然さに少し腹が立った。
 でも、俺はそんな態度を表にするわけにはいかない。部活の後片付けの時も、たまたま一緒になった用具倉庫で、俺の僅かな態度から「調子悪い?」などと話しかけてきたこいつに、つい話をしてしまった自分の自業自得だと思いつつ。
 こいつがなぜ、ここに連れてきたかったかは分からない。けれど俺は仕方無しにガチャガチャコーナーを、高野について見て回った。確かに、動物とか食べ物とか文具とか、売れていそうなモチーフのものから、なぜ作ったのか分からないその趣味の人にしか受けないようなものまで、様々でちょっと面白かった。
 さっき女子達が言っていた剣シリーズは気になったが、それくらいで、これだけ多くのガチャガチャがありながら、気になるものはほとんどなかった。
「どれもパス。そろそろ時間ヤバくない?」
「いや時間はいいよ、というか1個くらいほしいのあるでしょ」
「ないよ、500円くらいするし、いらない」
「500って言うと……世界の剣?」
「……違う」
 ドキリとした。またしても高野のペースに乗せられそうになったのだ。こいつはこうやって人の心に入り込もうとするのかもしれない。そうやって今日まで、誰かに取り入って生きてきたのだろう。でも俺はそうなるわけには行かなかった。
 謎の使命感に駆られて、俺は踵を返した。けれど、
「思い通りにならないと思ったら、ガチャガチャ回すといいよ」という高野の声に、立ち止まってしまう。振り返ると、高野は500円玉を2枚片手に見せびらかしてから、つかつかとこちらに寄って来て、俺の手に1枚を握らせてきた。ひんやりとした高野の手と500円硬貨が、またしても俺の心臓を驚かせた。

「……ふう」
 すっかり夜だ。俺は家に帰って来て、すぐに靴を脱いで、親に何か言われる前にすぐ自室へと戻って、鍵をかけた。扉越しに姉の声が聞こえてくるが、それは無視した。制服のポケットにはカプセルがある。そこにはもう名前は忘れたし確認する気もないけれど、ナントカという剣のミニチュアが入っている。ちなみに高野がやったのは、野菜動物シリーズだった。
「ーーガチャガチャも全然思い通りにならないよね」
 帰り際、別れる時に、高野は平然と言った。どちらも別にシークレットを当てたわけでもなくて、平凡な結果だ。人によっては失敗とも捉えるかもしれない。俺は文句をこぼしたが、高野は気にするなと言うばかりに笑っていた。それがまた腹立たしく思えた。
「最初から分かってたことだろ」
「でもやってみたじゃん」
「お前がやれって言ったんだろ」
 そう言って、俺は今度こそ踵を返して、高野と別れた。やったのは自分だ。そして500円玉を突き返すこともできたはずだと思う。前を睨みながら歩く内に、段々と頭が冷えてくる。カラカラと制服のポケットから音がして、それが嫌で、歩くのをゆっくりにすると、途端に速くなっていた鼓動が落ち着いていくのを感じた。
 そうして帰ってきた自分の部屋は散らかっていた。思うように点が取れなかった答案用紙と、投げ捨てられふせられた状態の写真立てを拾って戻す。合宿で撮った記念写真。その中の中途半端な笑みの自分が、今の自分を中途半端に見返している。
 制服の上着を脱いで、カラカラと音のするそれをクローゼットにそのまましまった。高野は俺をからかったのだろうか? やっぱり話すんじゃなかったと思いながら、でもその原因を作ったのは、結果を招いたのは自分自身だ。
 玄関の方で音がする。誰かが、きっと両親の内どちらかが帰ってきたのだ。今日、学校の成績と部活のことについて話し合う予定だ。結果は見えている。というより、もう結果は出たのだから、今更どうこうしようがない。どうするかは自分次第だ。
 そう考えると、先の見えないガチャガチャなんかよりはまだ救いようがあるような気がしてきた。きっと高野に変な印象を植え付けられたせいだと思った。でもガチャガチャはガチャガチャでしかない。それが上手くいかないのなら運が悪いで済ませるしかなくて、手立てがないけれど、人生はそうじゃないとわずかにでも思えるくらいには、自分の心は回復していた。

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