【短編小説】氷は溶ける、されど季節は廻る。
氷は泣いていた。その冷たい体で型どった憂鬱がタラリタラリと崩れていく。もう誰も私の融解を悲しんではくれないのだろう。燃え盛るようなあの夏には私を削り、砕き、舐めて味わったくせに。
私の心は無色透明の液体だった。それは確かに傷ついていたのに誰もみることが出来なかったし触れることも出来なかった。
だから、私は氷になった。苦しさと寂しさと私の全部を体の中に閉じ込めて。
はじめは、誰も見向きはしなかった。それでよかった。でもあの忌々しい気だるい夏のせいで、私はみんなに見つかってしまった。
みんなが私に飛びついた。まるでようやく触れることが出来た恋人みたいに。探し求めていた財宝を発見した海賊のように。だけど、私に求められていたのは夏に抗うためのひんやりとした冷たさだけだった。
誰も、私の痛みを味わうことはないのだ。氷の冷たさに頭を抱えて苦しんでも、かけられた甘露に舌鼓を打っていても誰も水の味になど興味を示さないように。
やがて、季節は廻っていく。夏の暑い日には体の芯が凍りついて痛くなる日々のことなんて忘れてしまうように、冬になり世界が涼しくなっていくにつれて人は体が茹って気だるい何かを吐き出してしまいたくなる日々のことなど忘れていってしまう。過ぎ去ってしまったブームのように。私の心地よさも消えていくように、忘れられていく。
されど、氷は溶け続ける。私の傷は癒えることなどない。
その時、氷は思い出すのだ。誰かに吟味されることなど最初から求めていなかったことを。どれだけ苦しんでも、頭を抱えても私はその苦痛の中で笑っていたかっただけなのだ。
私は幸せになりたかった。私だけの苦しみが逃げてしまわぬように抱きしめながら。
お題:「夏の出来事」
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