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読んだことを忘れたくない あるいは読み返したくなるはずのお話

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活字の海を波乗り中に見つけたお気に入りの記事を残しておく自分用の文集。本棚の片隅に並べて、その背表紙を眺めているだけで申しぶんのない時を過ごせるような小さな出会いの積み重ね。
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#日記

80歳の仕事探し。

私の父はおかげさまで健康で、体力もあり、80才という年齢だけども体の動く限りは働いて、人の役に立ちたいと考える人だ。 ある時、車の中で、電話の呼び出し音が小さいので、大きくしたい、と後ろの座席で妹とやり取りをしていた。 数日前に電話で清掃作業員募集に対する問い合わせをしたそうだ。まず年齢を聞かれて80歳と答えると、一度保留にされてなにやらごそごそと誰かと相談をしたような間の後、履歴書を送ってください、という話になったとのこと。そしてそろそろ先方から連絡が来るはずなのだそう

田んぼを見て思い出した、5歳くらいの無邪気な自分

田んぼが一面に広がる場所へ行った。 目的地は田んぼではなかったが、目的地周辺が田んぼだらけたった。たぶん刈る寸前で、米の粒がはちきれんばかりにふくれていて、密集していて、見事に「頭が垂れている」状態になっていた。 歩くのがおぼつかない子どもみたい。2歳くらいのときって、好奇心旺盛だけど頭が重くてトテトテ歩くから、いつ転んでもおかしくないように見える。本人は至って真剣だけど、こちらから見てるとハラハラする。まあ、だから愛おしいともいえる。 そんなことをぼんやり考えていたら

彼女はいつだって履き心地の良い靴を履いてる

友人がいます。 彼女とは中学生の頃からの仲ですが、当時から他の人とはどこか違うなぁ、よくわからないけど良いなぁ、と思わせる人です。 12歳で出逢った時から変わらず、私の憧れの人です。 彼女には、どんな人とで仲良く出来るという特技がありました。 クラスのカースト上位のギャルとも喋るし、スポーツ集団の格好いい男の子とも喋るし、テストで上位を独占するIQ高めの集団とも喋るし、かと思えば私のような地味なオタクとも喋ってくれる、特異な人でした。 彼女のすごいところは、他人に執着しな

社会という枠から外れて【無職になって気づいたこと】をまとめた記録。

最後の職場は2年半務めたアパレルの会社で、特にすっごく仕事が嫌いだとか、会社が嫌だとか、そこまでマイナスな感情はなかったけれど、 このままこの会社で時間を潰し続けることがどうしても許せなかった。 だから私は仕事を辞めることにした。 俗に言う、 ・新しい挑戦 ・ステップアップの為 ・資格の勉強 みたいな、次の再就職に向けてのポジティブな言葉は、悲しいくらいに浮かばなくて、ただ自分と向き合う時間や、好きなことに没頭する時間が欲しい。そんなことを考えていました。 社

『他人も自分と同じ感覚だろう』という考えを捨てたら人生楽になった。

「なんかこれ好き」「なんかこれはいやだ」 多くの人がこの感覚を持って、そしてこの感覚に従って、 選択したり、発言したりしていると思います。 その好き、きらい、苦手、気になる、の感覚が だいたいみんな自分と同じと思い込んで過ごしていました。 この思考はかなり疲れるし、ときに危険なもので、 この考えを捨てることによって人生が劇的に変わったので 書いてみたいと思います。 ・『他人も自分と同じ感覚だろう』とは 学生のころ嫌いな先生がいたり、校則に納得していなかったり、社会人に

7割思考

もう何年前の話だったか忘れたけれど、某企業に転職した数少ない優秀な後輩から引き抜きの話をもらった。 全く関心のない分野だったので転職する気はさらさらなかったが、話のネタや情報収集、後輩の顔を立てることも兼ねて一度会社を訪問してみた。 面接のキーフレーズ元後輩の上司にあたる方が業界の説明や仕事の内容、すすめかた、やりがいや大変なことまでマンツーマンで丁寧に教えてくれた。あとできいたらこれが第一次面接だったらしい。 エリートな感じのいいひとではあった。 マニュアル化されてる

世界からなにも消えないとしたら

かたちあるものは、いつかなくなる。 春の夜の夢のごとく。 風の前の塵のように。 それは感覚としてわかっているはずだったけれど、地学の授業で星の一生を学んだとき、本当にそうなんだなと感じた。 星が辿る道は、大きさによって異なる。 軽い星は、少しずつ終わりを迎える。 重い星は、星が一気に潰れ、超新星爆発を引き起こす。 先生は淡々と語り、私も平然とノートをとっていた。 でも、わずかに、目の前が、揺れた。 星もいつかは消えてしまうのだと知って。 星の一生は、人間の命

わたしが書きたいこと。

昨日、結局ライティングとはなにか、わたしがやりたいこととはなにか、ということで悩んで、病んでしまいました。 書くことができなくなってしまった。 少し仕事の手が空いたので、noteの下書きたちを完成させようと思った矢先のことでした。 よくあるライティングのスクールを運営されている方や、「ライティングで稼ぐコツ!」みたいなコンテンツを発信されている方の書くような文章を、果たしてわたしは発信する意味があるのだろうか、というように疑問を覚えてしまいました。 なんだろう。言葉に上

私が本当にライターを選んだ日。

ある朝。ふと目を覚ました。まだ眠い。今何時だろうと思って、ベットのサイドテーブルに手を伸ばす。手に取ったスマホは「もう朝の9時だよ」と教えてくれた。 昨日は朝5時まで仕事をして寝たので、9時ではまだ眠い。数カ月前に会社員をしていた時は、もう家を出ていた時間だったが、その姿はもうない。 目も腕も思うように働いてくれない中で、なんとかスマホの通知を確認する。すると、SMSのメッセージが5件届いていた。普段あまり見かけないアイコンの通知に、何事だろうとメッセージを開くと、懐かし

お寿司も指輪も自分で買える、私でいたい

子どもの頃から仕事をバリバリこなす女性に憧れていた。 当時、周りの女の子たちが「将来の夢はお嫁さん」や「20歳台前半で結婚するんだ」という理想の話を聞くたびに、「みんなそんなに早いんだ」とびっくりしていた。 小学生の頃から「すぐには結婚しないだろうなあ」とぼんやり思っていた私。中学か高校の卒業文集で「何歳に結婚したいですか」という質問に対して、めちゃくちゃ譲歩して「28歳」と書いたことを覚えている。 本当は30歳台で書きたかったけれど、みんなが25、26歳といった、割と

消防車になりたい

3歳の男の子が言った。消防士と間違えているのだと思ったが手には車のおもちゃ。その子の夢は、紛れもなく「消防車になること」だった。 私の夢は、なんだったかな。 2020年春に都内の音楽大学を卒業。なんて言うのはこんなにも簡潔且つ淡々としている。18歳で上京し音大生になった。それまでの人生で最も大きな目標は「音大に入学すること」。入学してからは目前の人生をこなすのに必死だったが、常に心の片隅で「夢」を探していた。夢は叶えるものではなく、見つけるものよ。そんなセリフを何かの映画

叶えたかった夢と、叶っていた夢

「かいちゃん、夢叶えてるよ」 友達Aに言われたことが、なんだか胸に響いた。 最近、よく聞かれる。 いま、何してるの?? ええっと。うう〜ん……。 私、いま何してるんだろう?? ゲストハウスで住み込みはしているけど、お給料は発生してないから”働いてる”と言っていいのか…? 午前中は仕事して、午後はカフェに行って海を見て、それだけで1日が終わっちゃう。 うん、やっぱり何もしてない。 でも、ずっと”やりたい”と思っていたことは、確実に実現してる。 2020年目標

"好きなことを仕事にする。"の答えをnoteで見つけました。

ここ半年くらい、自分のキャリアや仕事に対しての取り組み方、自分の中でのあり方をずっと考えていた。 私は結婚と子供、いわゆる"家庭を持つ"という事を30前後でいいと考えていて、今すぐにでもしたい訳ではい。親にはなりたいからいずれは必ずしたいと思っているけれど、今25歳になったばかりの私からすると、それまでには少なくともあと5年もある。5年ってすごく長い。経ってしまえば5年っていう時間は短いんだろうけれど、やっぱり5年って長い。なんでもできてしまうと思う。大学も卒業できるし、海

アンサング・ヒーロー

なにか大きな事業をしているとか、毎日テレビに映るような有名な人、などではなくて。きっと同じように、暮らし、働き、遊び、悩み、そんな日々を送るとても身近な人のなかに、おおいに憧れ尊敬し、願わくば自分もそう在りたいと思う、素敵な人たちがいる。 相手に気を使わせずに気遣いができる人。いつも二歩くらい先を読んでさらっと差し出せてしまう格好の良さよ。 ───── この世界には無数のアンサングヒーローがいた。 僕らはあるときふと、その事実に気づきます。 (近内悠太『世界は贈与でで