容原静

私は私よ

容原静

私は私よ

最近の記事

1→2へのエチュード

全身全霊で打ち上げる。そんな想いで仕上がった『Red Head Dress』の冬は終わり、春を向かえ、夏を暮らしている。 Bloviの熱い風は私の背中を煽り、押した。宙を舞うかのように人生への態度は変化した。 生きたいように生きてるって胸はって言えるか? 白川モモのテキストが僕の胸で響く。人間讃歌を、処女作の宣言を自分の首に掛けて、挫けたときに思い返す。お前はその血が滲み沁みた私の縄で死ねるほど、命かけて生き抜いたのか。否という言葉で、私は血潮を吐き出して、死を取りやめて

    • KISS、素朴な。

      原風景とは、その床にあった。クッションだった。タオルケットだった。天井にデコレーションされた星空だった。緑のカーテンに隠された窓だった。窓の外に待つ死の薫りだった。死は約束されていた。今日、迎えるか。明日か。それ以降か。違いはそれだけだった。昨日死んでいたなら、キミと挨拶を交わせなかった。それだけの違いで一体どれほどのモノが変わったんだろうか。想像出来ない。 私は夢の中で、想像の中で止まり続ける地獄を望んだ。その地獄は、それ以外の何者よりも私には容易かった。この世は地獄で構成

      • 野犬

        離れて行く事。独りとなる事。頭のなかの「安心」を手離す事。まるでソレは薬物を摂取したかのように、薬物を摂取したことはないけれど、私は戸惑いがちに空を見上げる。ソレはまるで井戸の底で、だから私は光が眩しくて、見下げられる気持ちが痛々しい。憧れを形にして生きて行く事を選ぼう。後悔のない人生のなかで、嫉妬に狂い死のう。『出来ない』『到達しない』がこれほど迄にイタイなんてと。想い知りたい。 私は私に差し伸べられた手を総てふいにしてまでも生きていこうと決心した。そうしたら総ては気の迷い

        • 2024.3-5 Have a Nice Life

          2024.3-5 Have a Nice Life 彼は私にとって電撃であった。嵐のように現れて去った。彼は死んだ。自殺だった。最大限同情と哀れみを向けられる死に方だ。だが、それで片付けるには常人離れした死に様だった。私は彼の死を不幸の二文字で終わらせたくなかった。誰の為でもなく自分の為に。作品を創ることにした。 共に出演者と製作するなかでカミングアウトする。この作品には死が絡む。重かった。セリフが入らない。向き合うのに苦労した。 然し闘いに負けなかった。製作は成功した。よ

        1→2へのエチュード

          またきたよ

          「もう帰らないよね」 そう思いながら二人で閉まる扉を見た。鍵は業者が引き取る。もう家じゃない。 バタバタと、未来を計算せずに始めた私たちの最後はあっけない。二人で階段を、丘を降る。駅に向かい、阪急電車に乗り、東へ向かう。京都へ、奈良へ。お別れにセンチメンタルはなかった。また何処かで逢えるだろう。逢えなかったとしても。そう大したことではない。彼はシャアハウスで2年共に暮らした仲間だった。 神戸という町に住んで4年。居心地は良くはなかったよ。誰か特定の人と仲良くなるとか行きつけの

          またきたよ

          絶歌 読書感想

          この本が出版されたとき話題になったのを覚えている。僕が産まれた頃発生した事件。場所もそう遠くない。まるで物語のような文章で描かれているが実際に起きた事件である。読んでいるだけで気分が悪くなるし理解を妨げたくなるが犯罪を起こす人間の心理とはこのようなモノであると考えると少し読む気になる。殺人を実行したモノとそうでないモノとの境はないのではないか。然し彼に染みついたカルマはそうではないと話す。未来を閉ざすのは愚かな事だ。然しそれでも尚生きていかなければならない。人間そこまで人のこ

          絶歌 読書感想

          EASY ERASER

          一度沈んだものにしか辿り着けない場所がある。 其処は現実にある場所かはわからない。 もしも天国があるとしたらその風景がまさしくそれ。 生物はいない。 やさしい風が吹いている。 晴れ渡る空。流れる雲。砂浜。海。無人島。 草原が見える。草原の向こうに丘がある。 丘の頂上に厳粛な雰囲気の床がある。 其処にモノリスのような白い板が複数立っている。 ソレは死んだ人間の骨で出来ている。 遥か大昔にある一人の男が創造した。 白い板は擦るとまるで砂糖菓子のように粉が落ちる。 その粉はまるで消

          青い鳥

          その卵が割れて中身が露となったとき、姉は目を背けた。父の嘴が子を刺そうと涙を流した。母が代わりに犠牲となった。 その子は頭に傷を抱えていた。すぐに死ぬだろうという事から名前は名付けられなかった。 沢山震えていた。太陽に向かって瞳が向けられた。瞼は開かれなかった。 彼は白鳥でした。白鳥は大きな鳥でした。仲間たちは人の丈を越す身で田園に細長く触れれば折れそうな脚で直立しておりました。彼は常識はずれの小ささでした。小鳥のまま歳を重ねました。 父は彼を意固地に見捨てました。姉は食べ残

          世紀末の世代に想いをよせる太田省吾の世界

          太田省吾の世界観とは何か何も知らないがその脚本の舞台が京都の学生劇団によって上演されていた。観に行く。 舞台美術、映像が世界を創る。20世紀末の独自の空気。文庫本の目次と引用。世界に色があるなら灰色にもならない白色。間に繰り広げられる生命や本能や哲学に関する話。日常の何気ないシーンを切り取った、されどあの時代特有のドラマがかった場面進行。肉体の速度が緩やかに進む世界。無邪気に愉しむには分離、場面の切り取りが不適切な映像。今までの鑑賞方法では座席を占める意義に不自由さを覚えるよ

          世紀末の世代に想いをよせる太田省吾の世界

          何処か古典的で神話の装いを持ち合わせた古びれた異常に大きな鉄が頭のなかに有るかのように想起する。「この肉体は違う」という本格的な危機感が忌避感を呼ぶ。「この肉体は違う」とは自身の肉体とそれに纏わる様々な出来事を含む。私は現状に嫌気が差したとき、希望が空から降ってくる事を想起して、このままでは達成することは無い世迷言を思い浮かべる。それはまるで上述した鉄のような装いをしているのではないかと私は考えた。その鉄は異常だ。存在感を威圧的に示す割に何を私にもたらすかというと異質な高揚感

          頼りない行き先表示

          例えば身体の中に何の行き先表示もなくなってしまったときに人は死への誘惑を形にするのではなかろうか。死の匂いは耐え難いほど甘い。死に絶えたところでいったい何者が悲しむのであろうか。ふとしたときに繋ぐ糸が切れました。そうして生命は一つ名乗り難い場所へ床を移す。遠くからその光景を目にした。哀しみはない。 特別な緊張は解けました。然し人は本を読み、夜食を胃に流し込む。汗臭いからと汚れた服を洗濯機に収める。死んだ人を想い念仏を唱える。何か矢印を新設した案内表示に従わなければならないかの

          頼りない行き先表示

          ユートピアの入り口

          雨上がりの駐車場。大和の夜は天国と地獄の境目を予感させる。しゃぶしゃぶを食い終わり知人の車へ向かう男はiPhone8を構える。その風景が男にとって最後のユートピアへの入り口だった。会計を終えた知人が近づいてくる。知人は車の鍵を開ける。共に車へ乗り込む。二人は無言で夜の帰路につく。スピーカーから流行りの音楽が流れる。男は目を瞑る。知人は運転する。町から村へと変わる。電灯の数がガクリと減る。「この辺りで」知人は囁く。「昔若者が死んだそうだ」。それは母親の友人の娘だった。彼女は橋で

          ユートピアの入り口

          「溶ける魚」はわからない/電車に気をつけましょう

          一度は読んでおかないとと思い「シュルレアリスム宣言」に先日目を通した。内容は忘れた。何か共感したり、よくわからないなと思った。覚えているのは同じ本の中にあった「溶ける魚」という話。自動筆記という手法で書かれたというその話はペラペラと読み進めることはできるが内容は全く頭に入ってこない。めくるめく総ての映像と存在が変動していく。何か握りしめるモノに(仮)はなく本質的な、余りにも露わな像。全生命がこのように露わな世界を想像する。そういう世界が存在してもおかしくはないはず。 e.

          「溶ける魚」はわからない/電車に気をつけましょう

          赤テントの偉大で愉快な冒険

          美しい映画をみたのだと実感するのは見る前と外の世界の明るさが違うとき。同じ色から違うモノを見いだすとき。 唐組「泥人魚」の世界は見出しあぐねる人間観を持つ人々が彼等の倫理観をそのスタイルに圧迫感を前面に押し出してこれでもかと云う程我々は我々の条理を以て世界を裁くという事を語っている。この世界を理解する人たちはどうやらこの世界にいるようで、笑みは客席からこぼれ、人々の眼はキラキラと躍動する役者たちに心奪われている。 感動はラストに待っていた。突如数分の為に世界は大きく切り替わる

          赤テントの偉大で愉快な冒険

          美しい舞台

          この世の中で美しかった舞台を教えてくださいといろんな人に聴きたいと思った。 という感覚はナイフのようにブーメランとなり、ボクの心を刺す。 総ての舞台は美しいから。 という前提はありますが、少しソレを舞台袖に隠して振り返る。 ボクの人生で観た美しい舞台。 嫌いな先輩が見せた芝居は美しかった。 凄く優柔不断で、もっと上の先輩からパワハラ受けて、パワハラを代表に告発して上の先輩が消えました。 その先輩はお世辞にもカッコいいわけではなく、色々な人から舐められていた。 その先輩が

          美しい舞台

          容原オリジナル作品

          容原静オリジナル舞台作品NO.1 『Karma Police』 2022年2月8日上演(2st) キミが自分のカルマを精算するまで何度でも。 僕たちは見逃さない。 レディオヘッド『Karma Police』のMVにインスパイアを受けて製作した作品。 karma=業をテーマに罪深いヒトの救済に光を当てた。 『さよならはいらない。また何処かで逢おう。』 容原静オリジナル舞台作品NO.2 『ノワールの娘』 2022年5月21,22日上演(6st) 『総ては恙なく厳かに終焉した。

          容原オリジナル作品