青い鳥
その卵が割れて中身が露となったとき、姉は目を背けた。父の嘴が子を刺そうと涙を流した。母が代わりに犠牲となった。
その子は頭に傷を抱えていた。すぐに死ぬだろうという事から名前は名付けられなかった。
沢山震えていた。太陽に向かって瞳が向けられた。瞼は開かれなかった。
彼は白鳥でした。白鳥は大きな鳥でした。仲間たちは人の丈を越す身で田園に細長く触れれば折れそうな脚で直立しておりました。彼は常識はずれの小ささでした。小鳥のまま歳を重ねました。
父は彼を意固地に見捨てました。姉は食べ残しを彼に与えました。芋虫の粕を栄養源に生き残りました。
彼は半分目が開きませんでした。至るところに欠損を抱えていました。生きていられるのが不思議だった。
巣の近くの池の水面を彼は眺めていました。時折跳ねる魚をいつか口にしたいと夢見ていました。
芋虫が彼に近づきいいました。「そんなの無理やで」。彼は半狂乱しながら芋虫を突こうと首を動かします。芋虫は高笑いしながら彼の嘴から逃れました。
自らで狩りをすることも出来ません。彼はゴミ屑を食する事で生き延びられてきました。
ある日そんな彼がいつもの如く巣の近くで暇を潰していたときです。一人の少年が彼を見つけました。
少年は怯える彼を捕らえました。彼は少年の家にある鳥籠に収められました。
鳥籠の生活は無味乾燥でした。然し今までになく良い食事をする事が出来ました。彼は初めて食べるものばかりで驚きました。初めて満足を知ったのです。魚だって食べる事が出来ました。
ある日彼は考えました。自分はどうして生きているのだろうか。鳥は空を飛び、虫を啄み生きていきます。彼はまともに空を飛び回った経験がありませんでした。彼の翼は脆く、数分飛び回ると二、三日の休暇が必要でした。
「飛んでみたい。青空を気の済むまま飛び回りたい」
ある日少年が籠の鍵を閉め忘れました。彼は窓から見える青空を見つめていました。そしていつしか籠から飛んでいきました。
「僕は青い鳥になる。白い鳥は消えていきます。無我夢中でこの身が朽ちるまで空を飛び回ってみよう。それが出来たらもう十分だ」
彼はこれ迄の屈辱を晴らすかのように窓へ向かって飛びだちました。窓は開いていませんでした。彼は勢いよく窓へ向かって突撃しました。窓は割れました。彼は血を流しました。
彼は翼を羽ばたたかせます。空へ空へ。そのとき何かが彼の首元に飛んできました。彼はそれに目を向けました。首にソレが刺さりました。息の根が止まります。彼は地面に落ちました。
少年の父が近づいてきて言いました。
「けんちゃんが悲しむだろうか。いや」
彼の息子のけんちゃんにバレないように父はゴミ袋に鳥を捨てました。
けんちゃんが小学校から帰ってきて、鳥に餌をやろうとしました。鳥はいません。探し回りましたが見つかりません。父は言いました。
「鳥は自由自在に空を飛び回るのが仕事だよ。あの子は空へ帰ったのだ」
けんちゃんは泣きました。大きく大きく泣きました。
「鳥さん鳥さん。また逢おうね。きっといつか僕も空を飛び回りたい。一緒に一緒に飛び回りたい。だからね。きっと逢おうね」
翌日のゴミ収集に捨てられたゴミ袋に死骸はいました。死骸はゴミ回収車に放り投げられます。潰れます。消えました。
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