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「溶ける魚」はわからない/電車に気をつけましょう

一度は読んでおかないとと思い「シュルレアリスム宣言」に先日目を通した。内容は忘れた。何か共感したり、よくわからないなと思った。覚えているのは同じ本の中にあった「溶ける魚」という話。自動筆記という手法で書かれたというその話はペラペラと読み進めることはできるが内容は全く頭に入ってこない。めくるめく総ての映像と存在が変動していく。何か握りしめるモノに(仮)はなく本質的な、余りにも露わな像。全生命がこのように露わな世界を想像する。そういう世界が存在してもおかしくはないはず。

e.

「電車に気をつけましょう」

各駅停車の鈍行列車は速度を最大限緩めた結果各駅停車を通り越して駅と駅の間に停車した。車掌のアナウンスにより長時間の臨時停車が知らされる。思えば遠いところまで来たもんだ。見ず知らずの土地。視界に入る風景に身に覚えはなく新鮮さを通り越して純白のミルクのような鈍い感覚で私は車窓を見た。行き当たりばったりの旅と呼ぶにはもどかしい立場に男は居る。このまま何処にも辿り着く事がなくて構わない。ずっとこのまま電車が動かないまま人生を終えたい。閉じ籠った車両で息の根をとめよう。いっそのことその様に踏ん切りをつけられたならば男はこの様な人生を送る事はなかったのだろう。男は浮浪者でした。空き缶に貯めた数百枚の10円玉を使い何処かへ行こうと数年ぶりに電車に乗る事を決めました。彼は故郷へ帰ろうか、更に遠ざかろうか駅のホームで迷いました。考えた末に故郷とは反対方向の車両に乗り込みました。数年ぶりの車両は居心地が悪く男は俯き耳を塞ぎ目を瞑り込んでいました。その末に今電車は止まっています。周りを見渡せば音はなく男がたった一人車両に残っています。外はしっかり帷が降りて真っ青な世界です。男は灯りのついた車両で一人考え込みます。思索を辞めていたことに気づきました。何かから自由になりたいと切望したから男は浮浪者となったにも関わらず、男は好きだった思索を切り捨てていました。どうして考える事を辞めたのか。考える必要がなくなったからです。知恵から男は逃げました。男は窓に映る自分の顔に驚愕しました。男には頭がありません。何年も考えることを辞めたからです。男は耳を塞ぎました。目を瞑りました。これ以上気づいてはいけない。自分の本当の姿に気づくことを恐れました。男は自分自身を少年の様な背丈でその顔は憧憬に恋焦がれた真に純粋な瞳を持ち合わせていました。然しそれは想像だったのです。今電車に座る男はこの世在らざるものの姿です。まるで電車は彼を退治するために止まったかのようです。車掌が近づいてきました。彼を退治するのでしょうか。「お客様」。車掌は話しかけます。男は耳を塞いでいます。声は届いていません。「お客様」。再度車掌は話しかけました。男は目を瞑っております。車掌の姿は目に入りません。パァン。車掌は手を叩きました。男は目を背けました。車掌の存在に気がつきました。「お客様。すみません。当列車は本日の運行を停止する事となりました。本日はコチラで降りていただけますでしょうか。」車掌はそう話すと横の扉を開けました。「さあどうぞ」。外は真っ青です。まるでそれはカブトガニの血の様な色です。男は躊躇しましたがそのまま外へ出ました。すると男は一瞬でこの世への平衡感覚を見失い走馬灯が頭に浮かびました。少年時代に親戚の叔母さんと野原で蝶々を獲りに出かけた日の事です。その叔母さんとは十年前に出逢ったきりです。男はそれなりに愛されていました。その愛の果てが妖怪です。それに気づくと身体は涙に変わりました。世界の青は其れを掬いました。男は青になりました。世界中の青の一要素にその男はいます。今度青を見るときは注目してください。「おーい。お客様」車掌は電車の中から外に呼びかけます。それは空々しい。「切符貰っていませんよ」車掌は注意深く男を青から探しますが見つかりません。しまいに見つからず車掌は諦めました。扉を閉めます。そして電車は動き出しました。電車は青の中に消えていきます。しまいに世界は青だけになり溶け込みました。こういった事は何の計画性もなく、自己に対する注意深さをなくした乗客に時々訪れるといいます。なのでふとした時に何処まででも知らない街へ行こうと電車に乗り込む事に気をつけましょう。貴方の身を護るのは貴方自身ですから。

e.

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