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雫水

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記事一覧

瓶底の悪魔

 “混沌”と名の付くそれは好奇心に似た偶然によって我々の次元に存在を仮置きする。それは真理の一端でもあるし、我々が「恐怖」と呼ぶ暗闇から喚起する感情であったり、「狂気」と呼ぶ言語の構造的限界を超えた否応なしの表現でもある。
 “混沌”は私たちの目からひた隠しにされている。この世に、空間に、次元に座しているあらゆる知覚者の視界より隔離されている。それは顔に空いた穴であり、眼球のスープであり、法則の例

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ウミネコの飛ぶ京都。

「社会人にもなって正月に遠出なんて、随分と呑気なもんだね。」
「いいじゃない。あなたと違って平日は働いてるの。贅沢に後ろめたさなんてないのよ。」
「俺が金に頓着してるように見えるか。」
「見えないようにしてるんでしょ。」
「付き合い長いだと分かるか。貧乏には思われたくないもんだけど。」
貧乏にはみえないわよ、と言おうとしたけれど水の掛け合いになりそうで止めた。
 彼は昔からの“知り合い”で、いまも

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電脳街案内板、まだ目の覚めている君へ

僕らはいつだって、ぼんやりとした硬さの石を頭に抱えながら、忘れたふりして生きている。偏頭痛の電流が、たしかにその不安が眠っている場所を教えてくれる。

∴∴∴電脳半身浴∴∴∴

いんたーねっと中毒者の君へ

この世界は全部酸素不足で

息苦しさに終わりはない

この海へおいで

どうせなら甘い煙の中で

溶けてしまおう

 むかしむかし、街には掲示板があった。電信柱があった。高架下に落書きがあった

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浮かれ煙

 屋上で、足を放り出し、柵に背中を預けぼうっと世の中を見た。私の生活していた大学。こうしてみると、「生活」の文字がぼうっと空中に拡散されたように感じた。まだ誰も私に気づいていない。昼休みの人混みと喧騒が何層かのレイヤー越しに柔らかく聞こえる。
 なんとなく手癖で、ポケットからタバコを出して火を付ける。肺に入る煙も少し浮かれている。

 さて、灰皿がわりに床に擦り付けてもよいか…と考えてる時に、バン

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僕だけの思い出

僕だけの思い出

昔住んでいた町の
自転車で少し行ったところに
大きな池のある公園があった
中学にあがって僕は引っ越したから
君と出会ったのはずいぶん後になるけれど
どうしてか、一緒に歩いた思い出がある

君の姿は高校生で
出会ったばかりの少女の君で
とびきりの笑顔で僕の横にいる
遠い、古い写真のような温かい思い出

本当の思い出も僕だけの思い出も
もうどちらも手が届かないのだから
そっと抱かせておくれ

あと少し

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亡き祖国の詩

美しき哉
愛ゆえに平原の草草は風に揺れ
遥かヒマラヤの雪深き山々に我々の詩を運び聞かせる

三つ束の矢よ
我ら家族の結束を星々に刻め
その愛に満ちた目鷹に似たりて
美しき哉

美しか哉
決意ゆえに氏族の旗は風に揺れ
遥かキエフの城にも我々の怒りを響かせる

三つ束の矢よ
我らの血を彼の大地に刻め
その高貴なる爪鷹に似たりて
美しき哉

美しき哉
希望ゆえに子は母の胸に揺れ
遥か星の降る時までこの歌

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備忘録a、薄いピアス

 私は何者で、どこから来て、どこへゆくのか。
 待ちゆく人も同じである。どこから来て、どこへゆくのか、我々は徹底的に無知である。

 しかしながら、私達は出会う。出会うとそこには事実が生まれ、事件が起こり、その時初めて我々は感じる。

「生きているのだ、確かに、この時を。それだけは、疑いようのない…」

 今朝の夢で新たに知ったことが2つあった。唇にあけた薄いピアスに触れた時の危うい愛おしさ。そし

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それに気づかぬ亡者である君に

恋は幻想であることは自明である。

すべてのものが恋を経験し。その後に2つの解釈を得る。即ち、「幻想などいらない」「幻想でも構わない」だ。

話はさらに愛へと飛ぶ。論点を先に言えば、ここで述べるのは恋と愛の違いである。それは、恋は幻想そのものであり、愛は幻想の“産物”であるという点だ。
君は幻想を抱かされる。誰に?“誰かに”だ。親、兄弟、友人、クラスメイト、教師、同僚、価値のない創作物たちに。一人

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礼拝

我が主人よ
三帰三礼をもってその御名に応えます
三界への招福と光なき者共への許しを
ここに願います

我らが主人よ
固き誓いと日々の礼節をもってその祝福に応えます
御名の下にある王国に招かれることを
ここに願います

我らが主人よ
この身この心は主人の為に
心ばかりの安寧と慈悲をここに願います

空漠から迫る運命

 夢にまで見た遥かなる地平線は、漠々たる土くれとして目に映った。夢想の如く空虚な印象は、不安、興奮、安堵、そして純粋な快感がうねりを持って私の心を支配した。
 大地の底とも宇宙の果てともつかない空間のうねりから、全世界に響き渡るような低い唸り声が聞こえる。それは既存のいかなる言語発音にも類似せず、獣の咆哮とも取れないものであったが、自然のものとするには、余りにも形容しがたい気味の悪さと先天的に植え

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淵をなぞる

私たちは言葉を使う。言葉で歓喜を発露し、言葉で嘆きを吐露する。
言葉は唯一の神への道筋である。
だが、言葉こそ私たちに打ち付けられた楔である。
言葉は深い断絶を残して世界を切り取る。
その断絶は言葉の中には二度として帰ってこない。
私は言葉でないと君に何も伝えられない。でも、言葉のどこにも私はいない。
追い求めるものいつもいつも淵へと転がってゆき、いつまで経っても拾い上げることができない。
永遠に

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風刺を書くな、皮肉を書くな。

風刺を書くな!皮肉を書くな!
諸君らの筆が何を描いても構わない。
ただし、ただしだ。
そのインクを使うのだけはよしてくれ。
私にその色を見せないでくれ。
陽に透かしてまじまじと見てみよ。
その滲みの中にふつふつとある、
薄気味悪い緑色はなんだ?
諸君らは覚えがあるはずだ。
それは諸君らが忌み嫌う、
あの人々の糞便ではないか。

風刺を書くな、皮肉を書くな。
自分らの糞便で揚々と筆を進める我々を、

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生命の起源。無機を志向する我々。

 太古、万事は為すがままであった。
現在より想定するに、そこには物質がただ各々に不変の性質を持ち、その因果によりめぐるのみであった。
もっとも、当時は観測者などいなかったので想像する他ない。
物質は生成変化するが、その最小にまで分解し説明するすべを今の我々は持ち合わせている。

 かくしてあるがままだったこの世において、膜を持つものが“生まれた”。
膜はその性格より内と外という区別を生むが、膜を持

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