マガジンのカバー画像

ショートショート

11
運営しているクリエイター

記事一覧

彼女にとって描くことは、幻想にすぎない

毎日一心不乱に筆をとる。画材は何だっていい。
その時手に取れるもので描く。

毎日とにかく描く。気が乗るとか乗らないではない。毎日描かずにいれないのだ。空気を吸うように描く。

夢を求めて描いていないと言えば嘘になる。
描いた作品が地肉になっていると言えばその通りだ。
作品自体は手元に残る。物理的に。
ここに描かれたものは自分自身から生み出された何かなことは確かなようだ。
きっと明日もこの部屋のど

もっとみる

北関東のとある街

私たちは今の生活の中で何を求めて生きているのであろうか?

そんなことを思わせたのは、とある街にあったどでかいショッピングモールだった。

ただひたすらでかい。道路沿いに何メートルあろうか?ゆうに駅一つ分くらいあるのではなかろうかと思わせるそのモールは、夜の街にうっすらとそびえ立ち、ちょっとした威圧感があった。

バスから望むその全景はまるで要塞の如く私を見下ろしていた。

商売というのは、簡単に

もっとみる

米を噛む

午前中の仕事を終えて、昼休みに入った。

昼休みに入ると言っても、フリーランスなので特別に時間が決まっているわけではない。
でも私は毎日12時には休憩を取る。きっちり55分。
12時55分には午後の準備をする。
こういった生活を続けて4年が経つ。

お昼ごはんは毎日弁当を食べる。
毎朝、前日の夕ご飯の残りを弁当箱に詰める。
自分で作った弁当をデスクで食べる。
朝からコーヒーもポットに入れておく。

もっとみる

君が追いかけていたもの。あの夏。

クリリンとした前髪のあの子は、いつも大事そうにNikonの一眼レフを握りしめていた。

あの当時、デジタルカメラは普及してきてはいたものの、やはりまだまだフイルム全盛だったような気がする。

だからと言って今のように何でもかんでも撮影するわけにもいかない。シャッターあたりの単価はそんなに安くはない。

いつもファインダー越しの被写体を見ながらぶつぶつ言っていた。何回もシャッターに指を乗せては話すの

もっとみる

彼女はいつも、僕の一歩先を行く

「少し遊ばない?」
彼女がそう言い出したのは去年の春頃だった。
最初は何を言っているのかがわからなかった。

三年前くらいからの知り合いで、仲は良いほうだった。
珍しく話も合うし笑いのセンスも似ていた。

それからというもの、会えば軽口を叩く程度の仲だった。
特に意識はしていなかった。

それ以外は何事もなく、彼女の素性も知らないまま時が過ぎた。

「ご飯でも行きましょうか?」

彼女は関東近郊の

もっとみる

旅立ち

引っ越しを決めた。
遠い街に移り住むわけではない。
今の家からそう遠く離れるつもりはない。
だから新しい環境に対しての不安があるわけではない。
今までの想い出への寂しさは今のところない。
もしかしたら出てくるのかもしれないけど、今はまだない。

自分の夢があるかと言われたら明確に言えないが、今の状況が夢だったか?と問われると「今夢のような生活を送っています!」といえる人間なんて一人もいないだろうと

もっとみる

今日も仕事をサボった。

僕が就職しようと思ったのは、一度くらいサラリーマンを味わってみようかな?って言う興味だけだった。
だから、面白くなかったらやめようと思っていたし、案の定面白くなかったからやめることにした。
仕事をやめることは簡単だった。
上司から特に引き止められることもなく、淡々と書類をいついつまでに提出してねみたいな感じだった。
世の中人手不足と言う割には、やめさせ方も簡単なんだなと思った。

仕事をやめること

もっとみる

ヒッポリト星人

とある町に、この国最強と言われている3兄弟がいた。

彼らは、ただ強いだけではなく、

心優しいという面においても最強だった。

誰にでも慕われていた。

町には大した産業もなく、町民は細々と農業で暮らしていたがそれでもみな幸せな生活を送っていた。

しかしある日、町の地下に金脈があることがわかった。

町民は根っからの農民で、そこでお金儲けをしようなんて考える人間は一人もいなかった。

しかし当

もっとみる

DECEMBER'S CHILDREN

 「Deccaバージョン選ぶんですね。」
新宿の中古レコード屋でいきなり声をかけてきた少女は今どき珍しくセーラー服を着ていた。
僕は思わず「ふぇっっと」と言葉にならない驚きを少し大きな声で発し、ただでさえ少ない客から白い目で見られた。普通おっさんが女子高生に声をかけてびっくりされるのであって、女子高生がおっさんビビらせてどうするんだよ、それも今や売れないで困っているレコード屋さんで。

時間にして

もっとみる

爪を噛む

カナルの癖は爪を噛むことだ。
30代後半に差し掛かる彼には既に4歳頃から爪をかんでいた記憶がある。
どうしてもやめられないこの癖だが、今や愛おしいとさえ思っている。そして今日も彼は幾度と無く爪を噛み、そしてルーチンワークをこなす。

ネット通販の倉庫で働き出して3年目。それまでは何となくいろんなバイトをしながら、毎日缶ビール一つ飲むことで気を紛らわしながら過ごしていた。つまらないと思いつつテレビを

もっとみる

ワールドカップの憂鬱

4年に一回、どうでもよいサッカーファンが増える。

1993年にバブル弾け後の就職難を乗り越えた私は、関西のとある企業に就職した。
女性で研究職。当時当然ながらまだ「リケジョ」なんて言葉はなく企業もよく採ってくれたなと思ったが、それなりに待遇もよく、会社の先輩社員(男性)達もずいぶん優しく接してくれた。もちろん仕事には厳しく、とても充実した毎日を過ごしていた。大学時代に山岳部で鍛えた足腰は研究職に

もっとみる