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どん底の、失意の中で君

長い間連絡を取っていた人から、パタリと連絡が途絶えた。恋人でもない、家族でもない、なんなら会ったこともなければ声を聞いたこともない。

誰かから連絡が来なくなるなんて、そんなことには慣れている。私が特別慣れているんじゃなくて、だいたいみんな同じように慣れているだろう。


語学学習アプリでなんとなく出会った彼とは、もう一年以上連絡を取り合っていた。一日の間で頻繁に返信をし合うようなことはしなかった。一日の間で一往復のやりとりがあったらいい方だった。

返信遅れてすみませんという言葉もなく、会いたいという言葉も、恋人いるのなんて会話もなかった。

いたって日常の、ほんの少しの楽しみを彼と共有していた。

今日は雨ですね、明日は晴れですね。美味しいお肉を食べました、昨日の魚は不味かったです。

そんな、本当にどうでもいいことをただ繋げていた。確かに私と彼は繋がっていた。紛れもない事実であり、今後も変わらない。


いくら眠くても彼への返信だけは忘れなかった。憂鬱な気分の中でも、彼にだけは、人生を楽しんでいるような文章を送った。

飽きられることは怖くなかった。私だって面倒くさいなんて思っていた日もあったし。だけど、返信をすることをやめなかったのは紛れもなく私自身だ。

彼からパタリと返信が途絶えてはじめて私は、毎日に何かが足りないと思うようになった。

そこではじめて知った。


あなたが例え、特別な関係じゃないと言ったとしても、私にとっては、努力しなくちゃ繋がり続けることができなかったあなたなんだ。

LINEの返信は2週間後なんて当たり前な私が、彼とのチャット画面毎日開いてチェックした。めんどくさくてもなにか話題を見つけて文章を送っていた。たまに写真を添えて。

返信なんてやめようと思えばすぐにやめられた。なのにやめなかったのは、私が彼を、会ったことも見たこともない彼を、心のどこかで信頼して、そして、彼の返信を待っていたからなんだ。



人と人との関係を紡ぐのが本当に下手くそな私だからこそわかる。

彼との関係を続けるのは容易いものではなかった。ネット上の出会い。会ったこともない。だからこそ、私たちが繋がり続けるためには、互いに努力が必要だったんだ。


たいして仲良くもない友達と、カフェで話題を探し合う、そんなときと同じような、努力。私が一番苦手な部類の、努力。



彼との関係が終わって、悔しくて泣いたなんてこともなければ、ショックでバイトへ行けなかったなんてこともない。

今日は暑くなるよなんて、バイト先の主婦に声をかけられて、嫌ですねえなんて笑った。

弟といつも通り会話をして、好きな歌を流して歌った。

友達から電話がかかってきて、出てみたら時間を忘れてしまうほど話した。


日常。

彼との関わりがなくなっても、私は私だった。

ほんの少し、欠けたピース。いつかなにか他のことで埋まるんだろうと思う。

何年も経てば、私は彼のことを綺麗さっぱり忘れる。

私が彼と繋がり続けるためにした、努力のことも。


人間は忘れていく。だから大丈夫。

次に記憶するべき楽しいことでこの世界は溢れているから忘れるんだ。

覚えている必要がないから忘れるんだ。


細くて弱々しい糸が、誰かに看取られることもなく静かに切れた。それだけだ。


明日晴れても雨でも、美味しいお肉を食べても、昨日不味い魚を食べても。

もう誰かに、伝えることができなくなっただけだ。


人はきっとそれを、寂しいと言うのだろうな。



私が失意のどん底にいたとしても、

あなたの言葉がくれた人間としての温かさを、

私はこれから出来る限り忘れないように努力していきたいと思った。


それだけの話。

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