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愛はそのままに【一二〇〇文字の短編小説 #8】

あのころのわたしたちは見つめ合いすぎたのだ。わたしたちはまだ二十歳そこそこで──正確にはわたしが二十一歳で、マークが十九歳だった──人生においてはまだまだうぶだった。

お互いに一目惚れだったと思う。共通の知り合いであるエリーの誕生日パーティーで初めて出会ったのは、風が清々しい春先だった。

パーティーは確か土曜日の昼に始まり、エリーのフラットに料理を各自が持ち寄る形式だった。わたしはキッチンの端でひとりワイングラスを持っている男性に目を引かれた。誇り高き孤独をまとう姿から目が離せなかった。わたしたちはしばらく見つめ合い、気づけばわたしから話しかけていた。

「ビールじゃなくてワインなのね」

「母親がフランス人でね。家でもよくワインを飲むんだ」

「でもワインって難しくない? どれを飲めばいいかわからないわ」

「そんなことはないよ。好きなものを飲んで、その味を楽しめばいい。苦手な味に出合っても、それも人生だ」

わたしたちはそのあと、お互いに名乗り合い、好きな音楽や映画、それぞれの大学生活について話し合った。わたしはマークが勧めてくれた白ワインを飲み、果物みたいな香りと爽やかな飲み口が気に入った。会話はとことんはずんだけれど、年齢は訊かなかった。文学を学んでいるマークは博識で、まさか年下には思えなかった。

十分に酔いが回り、パーティーがお開きに近づいたころ、マークが耳元で「最後にクー・ド・フードルのワインを飲もう。フランス語で『一目惚れ』という意味だ」と言った。わたしたちは最後の一杯を時間をかけて飲み干し、夕暮れの帰り道で決して控えめとは言えないキスをした。そして当然のように、わたしのフラットで一晩を過ごした。

恋人同士になったわたしたちは、掛け値なしにお互いを愛し合っていた。ほとんどいつも一緒にいて、二人とも限りない愛をぶつけ合った。愛しているからこそ自分以上の愛を求め合う──限りなく強い愛は若さそのものだった。あれから十五年近くがすぎ、いくつかの恋を経験したいまならよくわかる。わたしたちは向き合うばかりではなく、お互いに並んで同じものを見るべきだったのだと。思い返せば、マークとは映画にも旅行にも出かけなかった。

相手に求める関係はやがて居心地の悪い時間に変わっていく。自分以上の愛を必要とし続ける二人は、その傲慢さゆえに疲れていった。次第に会う機会が減り、会っても会話は少なくなっていった。わたしはあわてずに別れを予感した。マークもそうだったと思う。ある晩、彼のフラットでオアシスのアルバムが流れていたときに彼は「もう終わりだね」と言い、わたしは黙ってうなずいた。わたしたちは静かに「愛はそのままに」と繰り返される「レット・ゼア・ビー・ラヴ 」を聴きながら泣いた。

たった九カ月で終わった恋愛を忘れられずにいるのは、それが若さそのものだったからだ。わたしはそのみずみずしさをときどき愛おしく思う。

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