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ひどくみじめな気分【八〇〇文字の短編小説 #16】

はちみつ色の家が並ぶ村が点在するイングランドのコッツウォルズは、時が過ぎるのを忘れたかのような場所だ。中世の面影と恵まれた自然を目当てに、世界中から観光客が訪れる。

けれども、その村の一つのバイブリー──十九世紀の芸術家ウィリアム・モリスが「イングランドで最も美しい村」と称した───で生まれ育ったジェイクにとっては、ひどく退屈な田舎でしかなかった。石造りの家屋が軒を並べ、イギリスのパスポートカバーの内側にも描かれているアーリントン・ロウも古びた狭い路地にしか思えない。ジェイクからすれば、そばを流れるコルン川もありきたりな小川にすぎない。

ジェイクは十六歳から煉瓦職人の道を歩んできた。ちょうど十年がたち、相応に腕を上げたプライドはある。だが、それ以上でもそれ以下でもなかった。はちみつ色のコッツウォルズストーンを煉瓦に変えていくだけの人生。代わり映えのしない毎日は息が詰まりそうだ。

十年前、村を出て高校に進学する選択肢を考えなかったわけではない。いずれロンドンに住みたいという思いもあった。ただ、女手一つで育ててくれた母親に自閉症の兄マイルズを任せきりにする生き方はどうにも無責任に感じられた。

ある秋の夕方、年季の入った灰色のトラックでスワン・ホテルのそばを通ると、懐かしい顔を見かけた。モデルのようにすらりとした女性を連れているのは、中学を卒業するまで大親友だったエドだ。ジェイクとは対照に高校進学を理由に村を離れ、その後はブリストルの大学にまで行った。

「よお、エド。元気だったか?」

トラックを停めて声をかけると、エドは一瞬驚いた顔をして、軽くほほ笑んだ。隣の女性は奥さんで、父親の体調が良くないからロンドンから帰省してきたのだという。エドが話すいかにもロンドン的な抑揚と発音の話しぶりにジェイクが戸惑っていると、あのころのように話ははずまず、エドは去っていった。

エドが働いている広告代理店がどんなところなのか、ジェイクには想像がつかなかったが、凛としたスーツ姿からは充実した人生がうかがえた。ジェイクはハンドルを握る汚れた手を見つめ、ひどくみじめな気分になった。

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