見出し画像

朝日の啓示【八〇〇文字の短編小説 #18】

二〇一七年一月一日の朝の出来事をニールはよく覚えている。三日前に古着屋で買ったカリマーのアノラックのポケットに両手を突っ込んで、朝日に向かって歩いていた。「ジェイムズ・ジョイスもこの道を歩いたのだろうか」と思いながら、リフィー川のほうに向かっていた。

ニールはずっと焦っていた。自分には音楽の才能があると信じ、「Krapp's Last Tape」というソロプロジェクトを続けていた。ビーチ・ボーイズとポール・ウェラーを掛け合わせたような音楽で世界を変えられると、手を抜かずに曲をつくってきた。けれども、実際はセント・ビンセンツ・プライベート病院近くのテスコで働くしがないバスカーにすぎなかった。音楽での稼ぎは雀の涙ほどで、スーパーマーケットでの実入りで暮らしていた。

友人のコナーとダニエルがずいぶん前にザ・スリルズというバンドで大成功を収めていたこともニールの焦燥感に拍車をかけていた。『So Much for the City』と名づけられた彼らのデビューアルバムは「六〇年代と七〇年代のアメリカ音楽の新解釈」と評され、世界中で受け入れられた。一緒にジャムを繰り返した仲間の大成功は、心底うらやましかった。強烈な嫉妬心が抑えられなかった。

テスコに向かう道すがら、アジア系の四人家族に声をかけられた。小さな女の子ともっと小さな男の子が自分の顔を見上げている。「グラフトン・ストリートへの行き方を教えてもらえませんか」と口の周りに髭を生やした父親がなまりのある英語で道を聞いてきたので、ゆっくりとした口調で教えてあげた。こんな朝早くに行っても店は開いていないだろうにと思ったが、何も言わないことにした。

他人には道を教えてあげられるのに、自分の生きる道はわからないなんて──自分を憐れんだ瞬間、朝日がきらめいた。その光を目にし、ニールは「今がやめ時なんだ」と唐突に悟った。今日は一月一日だ、何かを始めるのに最適な日だし、であれば終わりの明け方であってもいい。その日以来、ニールは一度もギターに触っていない。

◤短編小説集が発売中◢

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?