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京都 / 文学研究M1 / 近代文学が好き

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    文学関連の記事で、「なるほど」と思わせられたものを蒐集しています。

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2024年は

・研究会やセミナーに積極的に参加する ・納得のいく論文・レポートを書く ・語学の勉強を続ける ・趣味だった写真を再開する ・友達に詩を贈る ・創作したものを形にする(ZINEとかフリーペーパーとか) ・国内外問わず名作映画・小説を知る、鑑賞する ・薬の量が今より減りますように…(願望) ・両親にたくさん感謝する ・自分の中の”理想の24歳”像に近づけるようにする これをちょこちょこ見返しつつ、自分自身を見失わないように心がけたい。 #今年やりたい10のこ

    • 射程距離

      修士一回生の生活が始まって、早いものでもう4ヵ月が過ぎた。 出願書類や院試で書いた・話した目標、計画は、次々とやってくる課題と調査に押し流され、跡形もなく崩れてしまった。 自分がやりたかった研究は、現在の自分では力が及ばず、まずは最終目標に到達するための道程を踏み出す第一歩のところを、きちんと済ませておくということが、ぺらっぺらな今の自分の大義名分となった。 出すべきレポートはすべて出し、あとはもうすぐ発表される成績を確認すれば、ひとまずこの春学期は終わる。今は夏期休暇期間

      • 詩:清涼剤

        どうしてあんなにキレイなのだろう、ガラスというものは。 チカチカときらめき、透明で、いかにも涼しそう ひびが入り、欠片になった、氷のようなそれを、 ふと、口に入れ舌で転がしてしまいたくなる。 ガラスは、石英の結晶を炎で虐めぬき、 ”透明”を物体化する。優雅な魔力。 宝石のようでもあり、グミキャンディーのようでもある。 ツンと澄ました姿も良いが、 パリン!と割れた瞬間のショックに、 うっそりと愉楽をおぼえることも、また真理だ。

        • どれだけ情けない、悔しい思いをしたとしても、私は文学を諦めたくない。これ以上、自分を捨てたくない。

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        • 文学について
          3本
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          2本

        記事

          誰がための学問

          ついこないだ、博士課程の方4名と、修士課程の先輩1名がいる中で、大学院入りたてのペーペーが一人、ぽつんといる状況になってしまったことがあった。 言うまでもなく、私は蚊帳の外だった。 博士の方同士は、今度開かれる学会の内容を話し合ったり、助成金がどうの、○○大学のポストがどうの、という話をされていた。修士の先輩は、すごく押しの強い(?)人で、いくつも上の人にグイグイ話しかけていった。 私はそこで、何を話すべきだったんだろうか。 きっと何も言わないで正解だったろう。 アカデ

          誰がための学問

          地元である京都

          次に書いたものは、最近私が思ったことだが、ひょっとすると考えが変わることもあるかもしれない。流動的なものである。 ―――――――――――――――――― 京都に帰って来て、”ああ、ここが私の地元だ”と思った。 山形にいる間、静かで落ち着いていて、自然を身近に感じられたのに、私はここに帰って来てうれしかった。 人が、ボコボコとまるで沸騰する鍋の中みたく、次から次へと沸き出してくるような 消費社会へと様変わりしていくのがまざまざと見えるような、困惑の街なのに。 ――――

          地元である京都

          行き交う人々

          時と場所を選ばず、しょっちゅう考えてしまうことがある。 「今ここにいる人たちは何を考えているんだろう」 「これからどこに行くんだろう」 「何を大事にして生きているんだろう」 例えば、バスが来るのを待っている誰か。馴染みの喫茶店に居合わせた誰か。ただ道ですれ違った誰か。 他人から見られるのは気分が良くないだろうと思いながら、気取られないように、周りの人の服装や視線、姿勢などを見てしまう。 ――この人たちは、これまでどんな人生を歩んできて、これからどうして生きて行くのか。

          行き交う人々

          詩:水温

          澄んだ湖沼に立つ つめたくはない 三月の淡い陽差しにあらわれた私の影をみる 腕から指先にかけて それは曖昧になり 臍から下は、ほどけ拡がっている しかし消えてしまうことはないだろう 私という存在を刹那ごとに 焼き写し、証明してくれる あなたの瞳が 春に連れさらわれてしまわぬ限り

          詩:水温

          文学部で学ぶということ

          少し前にX(旧Twitter)で、「大学で文学部に入る意味」や「文学部を出て得すること」などの話題を目にした。私自身も文学部卒だし、4月からは大学院で文学研究をする身でもあるから、これらの話題にはとても敏感になった。 文学部は就職に不利だ。こういうことを言う人を学部生の時も卒業した今もたまに目にする。 就職で不利になるかなんて、それは当人の力量次第だし、大学は学びの場であって就職準備のためにあるわけじゃない。つまんねーこと言ってやがるな、と反感を抱く一方、経済学部や法学部、

          文学部で学ぶということ

          こたえあわせ

          3年付き合った恋人と別れて、1年とちょっとが過ぎた。 あれだけ毎日連絡を取り合ったり、色んなところに行ったりしていたのに、 別れてからはお互いスッパリと連絡を絶った。とても清々しい別れ方だったと思う。 元恋人と付き合っていた頃の私は、依存体質で、彼が友人(特に女性の)と連絡を取っていると、あからさまに不機嫌になったりするような幼稚な人間だった。そして、その不機嫌を察してもらいたがる、この上なく面倒くさいやつ。 そんな性質だったから、彼と付き合っていた三年間、精神的に調子を

          こたえあわせ

          (大体)3年ぶりの自己紹介

          初めての投稿をしてから、大体3年経った。 今読み返してみると、こそばゆい部分もあるし、「この時自分はこんな状況だったのか」と懐かしく思うところもある。 色々あったな、嬉しいことも悲しいことも。 変化したところもあるので、改めて自己紹介をしてみる。 北上徒歩はペンネーム。まだしたことはないけど、本名じゃない名前で応募可能な公募の時は、この名前を使いたい。 好きな物は、もっぱら近代文学。あまり現代の作家さんの作品は読んでいない気がする。国木田独歩、梶井基次郎、江戸川乱歩、夢野

          (大体)3年ぶりの自己紹介

          遠藤周作『沈黙』⑷

          (⑷まで来てしまった。多分これで最後。) Ⅸ。ロドリゴ、改め岡田三右衛門は、長崎の で二度目(もしかしたらそれ以上)の盆を迎える。 自分が踏絵を踏んだことを、「穴吊りを受けている百姓たちの呻き声」を聞くのに耐えられなかったからなのか、己の背教により百姓たちを助けられると考えたからなのかと自問する。 ロドリゴは踏絵を踏むその時に、キリスト教の主が自分に情けをかけてくれているのだと思った。己がずっと信じ崇めてきた聖像に対して足をかけたことへの罪の意識は一生消えはしないが、それ

          遠藤周作『沈黙』⑷

          遠藤周作『沈黙』⑶

          Ⅵ。ロドリゴは遂に、数々の宣教師を背教させてきたという、老獪な井上筑後守と対面する。胸中の全く見通せない、隙のない人物像から、まるで読者である自分が取調べを受けているような、言い様のない緊張を感じた。 しかしながら、井上筑後守はロドリゴに即刻絵を踏ませるわけではなかった。もっと恐ろしいことがロドリゴを待っていた。 ロドリゴと井上筑後守の改まった対面ののち、私が泣きに泣いた場面の一つである、次のやり取りがある。ロドリゴを追ってずっとついてきたキチジローが、ロドリゴに、心の底か

          遠藤周作『沈黙』⑶

          遠藤周作『沈黙』⑵

          モキチとイチゾウは殉教を果たし、二度と苦痛を感じない世界へと昇天して行った。 踏絵を踏めなかった二人により、トモギ村は役人によるキリシタン一掃、山狩りを免れなくなった。ロドリゴとガルペはそこを立ち退かざるを得ない。しかし、布教自体を諦めたわけではなかった。二手に分かれ、司祭としての義務を果たすために、彼らは別々の場所へと身を移すことにしたのである。 ロドリゴがガルペと分かれてからが、本作のテーマをより克明に表わしているだろう。異教徒だらけの地で、一日一日をやっとの思いでしの

          遠藤周作『沈黙』⑵

          遠藤周作『沈黙』⑴

          鎖国の只中にある日本で、ポルトガルから志を抱いてやってきた司祭、セバスチャン・ロドリゴを主人公とした、背教への葛藤の物語。「神の沈黙」という、キリスト教信者にとっては核心にふれるテーマである。 物語は、”報告”というかたちの「まえがき」で幕を開ける。舞台となる時代の背景を描写し、読者をまず引込むはたらきがある。報告の体をとってはいるが、キリスト教信者や宣教師らに対する拷問の様子は、かわいた文面ながら描出が細かく、読んでいて顔をしかめるほどである。 そして、そのような日本にお

          遠藤周作『沈黙』⑴

          詩:灯

          何もない。 ただ白い壁だけが目の前にあった。 蛍光灯の光が上から差し、 人の眼にはとらえきれないストロボが網膜を焼く。 君は不甲斐なさに灯を消した。 右手で紐を引っ張って。 数度の明滅。 白い部屋は西日に染まり、赤くなった。 床には君と、脱いだばかりの靴の影が落ちている。