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【本】『猫だましい』ハルノ宵子

 ハルノ宵子さんの「猫だましい」を読んだ。
 それはそれはすごい本だった!文章も絵も素晴らしかった!

 ジャンルは闘病記、なんだけれど、ここまで気風がよくて肝が据わって笑えて生きる意欲があふれてくる闘病記は読んだことがない。
 妹の吉本ばななさんがエッセイや対談で東京の下町で育って~という話をよくされていて、そういう描写を読むたびに何だかワイルドでめまぐるしくて鮮やかな感じでかっこいいなと思いはしても、神奈川の海の近くのゆるーい空気の中で育った私には実感としてはピンときていなかった。でも、この本を読んで初めてその時代の東京の下町パワーを感じたような気がする。
 (それにしても、そのパワフルな環境でこのハルノさんと吉本ばななさんが姉妹で、ご両親が吉本隆明さんと駆け落ちした強烈なキャラのお母さん、という一家が暮らしていたと思うと、神様がいるならば、本当にものすごい人選のご家族をつくられましたね…!と思う。)

 怪我や病気続きで、世間一般では確実に不摂生といわれるだろう生活をしているのに、読んでいると、ハルノさんほど命を最大限に尊重している人はいないんじゃないかと感じる。自分の命も、他者(猫含む)の命も。
 怪我をしないように、病気もしないように、ストレスやプレッシャーもかけないで、無理もしないで、疲れさせないで体にいいものだけを摂取して、大事に、クリーンに、そういうふうに生きていくために私たちは生まれてくるわけではない。
 もちろん、やたらめったら酷使したり痛めつけたら良くない、というか痛かったりつらかったりするし、それぞれの体力とか許容量があるから自分のそれに合わせて調整して気をつけるのは大事だけれど、傷ついたり疲れたり歪んだりしたっていいのだ。命と体を使い切るのが、めいっぱいに生きるということなんだと思う。

 命って、体って、精密で繊細ででも同時にとても強い。強くあれるのだということを、ハルノさんの「闘病」は思い出させてくれる。
 
 歩ける限りは歩く。食べられる限りは食べる。
 ま〇こからう〇こが出てびっくりしたけど、とりあえずビールを飲む。
 主張することもあるけど、たいていは気づいても何も言わずに、時にはしたたかに、置かれた環境と接する相手を鋭く見極め、最終的には自分がしたいようにする。
 その姿はまさに猫そのものだ。

 うちの両親は私が生まれた時から数十年たばこを吸い続けていた。母は暴食の気があるし、父は毎日ビールとウイスキーを飲み、肉ばかり食べている。昔は健康が心配で、体に悪い習慣はやめろと何度もうるさく言ったけれど、やめる気配は全然なかった。
 何て自制心がないんだ…!と若い頃は思っていたけど、ちょっとくらい病気をしようと、それが食べることであれお酒であれ、できる限りは好きなことをし続けてきた両親は実はたっぷり生きることを謳歌してるのかも…と、この本を読んで思った。
 ちなみに、私がどれだけ言っても聞かなかったくせに、母は病気で手術した後に咳をしたら傷口に響いてあまりに痛くて喫煙を続ける気が失せ、父は遅めの転職活動の時に喫煙者だと印象が悪いことを知って、ふたりとも六十歳くらいできっぱりたばこをやめた。やめられるんじゃん!と、思った。
 でも、このマイペースな素直さみたいなものがあるから、いかにも体に悪そうなことをしつつも、二人ともまだ元気でいてくれているのかなと思うとありがたい。
 私も今は体に悪いことをやめろと青筋を立てていう気もなくなって、この先も好きなものを食べて飲んで、好きなようにしていてくれたらいいと思う。もっと切羽詰まった状況になっても心からそう言えるように、自分も自由でいようとも思う。

 それから、私は数年前に実家の猫が死んだ時に看取れなかったことをずっと大きな後悔としてぐずぐず抱えてきていて、猫とかペットが死んでしまう話を読むと、つい感情移入してその時の後悔がよみがえって泣けてしまうのだけれど、この本に書かれていた猫たちとの別れはとても切ない場面もあるのに全然涙は出ず、とても安らかな、ヘンに嬉しいような気持ちになった。
 それは、ハルノさんが猫たちにも命と命として対峙し、生きることも死ぬこともまるごと尊重しているからなんじゃないかと思う。命がその存在をまっとうしただけ。そこには後悔や憐憫の要素が一ミリもない。だから、感情移入して泣くことなんてできないのだ。ただ、清々しい。

 私自身は多分、動物としては野生では生きていけないタイプで、それを反映して庭にくる猫まで野生っぽくなくなって、食べ過ぎてぽっちゃりしたり、ごろごろ懐き始めてしまったりする。
 でも、落ちこぼれなりに、野生を失わないでいたいと思っているのだ。命として生きることを、忘れずにいたい。
 だから、ハルノさんがこんなにも野生に、したたかに、命そのものとしてたくましく人間社会で生きていてくれる姿は勇気をくれる。希望がわいてくる。
 生きている限り、「猫だましい」を炸裂させていってほしい。
 そして、その話をまた読めたらいいな!

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