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安堂ホセ「迷彩色の男」(『文藝』2023年秋季号掲載/芥川賞候補作)の読書会をしました

*以下、ネタバレを含みます! ご注意ください!

どうでした? おもしろかったですか?

「インスタ映えみたいだなって思いました。色彩が統一されてて、光の描写が多くて、東京のおしゃれな感じ」
「わかるかも。殺された男を見に行くところの、フェイクレザーの皺に沿って光の反射がすっと動くところとか。あの光の球の描写はすごくすきだったなあ。最初は推理小説かサスペンス? っぽいなと思ったんですけど、そうでもない? でも、エンタメとしても楽しめましたね」
「ぼくは千葉雅也さんの小説に似たものを感じました。<ファイト・クラブ>を回遊する描写とか。ぼくは『デッドライン』の冒頭の描写がすきなので、わりとぼくがそういう描写に惹かれるんだなあというのがわかっておもしろかったですね」

千葉雅也「デッドライン」『新潮』2019年9月号、8ページ

文体についてどう思いました?

「スルスル読めました」
「えっ全然スルスル読めなかった!」
「なんでですか?」
「えーなんでだろう。目が滑って……別にそれが悪いわけじゃないんですけど、改行が多くて、場面転換しているわけでもなく1行空きがある? あと空間的な飛びが割とあるじゃないですか。だからそれが情報量が切り詰められているけれど飛んでいるという印象になっていて、その飛び方で混乱して何回か読まなきゃいけないところがあったかな。でも抑制されてる文章として好感を持って読みはしました」
「わかるかも。はじめは硬めの、起きていることを書くタイプの文かと思ったけど、淡々としているわけではなく、意外とこれおしゃれ文体だと思って」
「あえて書かないでいる美学みたいな?」
「うーん、でも具体的な人間とか直接的なものとかを書いていないだけで、感情とかそういう……いわゆる『抑制的な文章』の中で書かれないだろうと思っていたものは全然書かれてたなと思った。ので、おしゃれ文体かあ〜って」

好きな小ネタやセリフなどありました?

ホモ二乗がぼくはめっちゃ好き
「わかる〜。あと、ノンプレイヤーキャラクターも好き」
「ホモ二乗ってどういう意味なんですか?」
「単に性的嗜好としての『ホモ』と、ホモソーシャルというような場合に使う『同一』を組み合わせてる、だと思った」
「『俺たちはホモ』でもあるし『俺たちは同一』でもあるから、ホモ掛二ではなく、ホモ二乗になります、だと思う。たぶん」

果たして我々は読書会をしたのか、ただカレーを食ったのか

構造が複雑な小説ですが、わかりました?

「構造というより、文化的背景がちがいすぎて分かんないな……の瞬間が結構あったっすね。それはブラックミックスとかの話じゃなくて、都会の話だから。東京の話。だから、差別に対する感度が全然ちがう。わたしはド田舎から芸大に入って5年の人間なので、その領域におけるコミュニティのあり方以外を見たな〜、へ〜!が強かったですね。なんだろう、この人たちには人間の繋がりがあるんですよね」
「コミュニティがある」
「そう。ブラックミックスでかつクルージングスポットがあるっていう場所じゃないと発生しない差別されている感覚があって、それって都会特有というか……」
絶対に京都ではこれできねーよなーと思った
「(ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー 『フライデー・ブラック』に収録されている)「フィンケルスティーン5」と作りが似てるなと思ったんですけど、ヘイトクライムみたいなものが起きて、それをやりかえすっていう、逆転する構造をしている。逆説的に同一の人間じゃねぇかよという話をしているなっていうのがあるじゃないですか」
「逆説的に同一の人間?」
「えっと、ヘイトクライムの被害者と加害者を逆転させることによって、人間の根底にある共通点を見せている感がある? マジョリティとマイノリティの逆転は、なんかこう人種しか違わないじゃんっていう前提がないとできない」
「わかんない!」
「え〜〜〜」
「わかんない……対照実験みたいなこと?」
「んん……どうだろう。たとえば、『障害者の文学』と『性的マイノリティの文学』ってすげえでけえ溝があると思うんですよ。マイノリティって括られるかもしれないけど。社会との断絶の仕方がちがうから。その意味で、性的マイノリティとか人種的なマイノリティじゃないと、この逆転構造って描けない」
「わかるような、わからないような……」
「だから、東京の差別の文学だなと思うし、これは社会に関わっている人間から見た差別の話だってなる」
「あ、それはわかる! あの人たちは全員ちゃんと社会にいる」
社会との関わりがある人間にとってのアイデンティティの話をしているし、それを考えざるを得ない人間の話をしていますよね」

ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー 『フライデー・ブラック』駒草出版、2020年

『私』の語りについてはどう思いました?

「この『私』がブラックミックスであることが、結構あと……2のところかな? そこで明かされるじゃないですか。そのまえに『私』にはノンプレイヤーキャラクターというあだ名があるというシーンがあって、その上で。これは別にうまいと思うけど、それはそれとして(是枝裕和監督の映画)『怪物』に言われていたような批判が言えるなと思った」
「『怪物』なんでしたっけ」
「どんでん返し的展開にクィア性を使うのはどうなんだみたいな?」
「そうそう。これはブラックミックスに対する偏見、ゲイに対する偏見というものがあるということを書いていて、それで語り手がブラックミックスであることを伏せておくのは明確に『お前らは日本人だと思ってたろ』じゃないですか。わたしはこういう物語の外に波及してこようとするところがあんま好きじゃない」
「うーん、わかるけど、これは『いいもの』として捉える人もいっぱい居るんだろうなと思った」
「うん。うまいとは思う」
「あれが、読者への批評性を持って機能しているというふうに捉える人間もいるだろうなとわたしは思いました。好みかといわれると好みではないけど」
「これ、わたしだけわかってないのかと思った!」
「これはさすがに明確に伏せられてます……よね?」
「たぶん。ネタバレ注意ですね」

是枝裕和『怪物』公式ホームページ https://gaga.ne.jp/kaibutsu-movie/

じゃあそれって偏見をもつことへの批判なんですかね?

「わたしは、小説って偏見をベースにしか書けない気がして。他者を指すときに『彼』とか『彼女』とか使うし。ちょっと話がずれるんですけど、地の文書くときに『男は』って書いたら、伏せられた個人みたいな印象がつくんですけど、『女は』って書いたら急に個人になりませんか?」
「え、あんま考えたことない」
『The man』と『The woman』のちがいみたいな。匿名性があるような印象とそうでない感じみたいな」
「それはたしかにあるな」
「自分の視点でなにか書こうとすると、どうしても自分が『女は』って書くほうが自分の中で自然みがあるのに、なんか『女は』って書くと、文字で見たときに脚色されてしまうみたいなところが気になって」
「なるほどな〜」
「で、花見客が流れ込むシーンで『彼』っていう人称代名詞がいっぱい出てきて、わかんなくなるじゃないですか。あれが意図的なんだったら、たしかに『彼』って言うしかないし、そのあたり……なんだろうなあと思いました」

作中においての『ヘイトクライム』はなんだったんでしょう?

「ヘイトクライムは……ヘイトクライムは結局なんでだったんですか?」
なんか……無から出た
「無から出た???」
「無から……だと思う……。イブキが刺された時点ではブラックミックスであることが強調されていてヘイトクライムだと思ったけど、イブキの体に<ココア>って刻まれていたことがわかった場面でそうではないと示されているから」

 愛していなくても、憎んでいなくても<ココア>だった。
 意味を求めすぎた。
 あの夜、そこに意味が存在しなくても、肌を簡単に傷つけることができたのだと思う。

安堂ホセ「迷彩色の男」『文藝』2023年秋季号、231ページ

「あ〜これは、わたしは『イブキでなくてもよかった、ブラックミックスであればだれでもよかった』って意味なのかと思った。これどうなんだろう?」
「ぼくの場合は最初は『属性による加害』だと思って、それはブラックミックスとか特定のものに限らず、なんらかの属性によって加害されたと思って、<ココア>って出てくる場面以降は『盛り上がっちゃったんだな』と思った」
「『盛り上がっちゃった』?」
「花見の場面みたいな。そういう悪ノリ……イタズラ……悪ふざけ?」
「あ〜相手の男に痣をつけるのが<ファイト・クラブ>で流行るような? 他者への接触が暴力性に転化していくような書かれ方が象徴的に出てきますよね」
「う〜ん、このあたりわかんなかったんだよな〜! ここって『人間に対する恋愛・性欲』のあたりの話をいっぱいするじゃないですか。で、東京の文化的背景があって……。なんかその意味でついていけない部分が多かったな。感情の話をしているから。論理的に論じているわけではない」
「いろんなことをごった煮にして話してますしね」
「この整理されていない感じは『現実社会の屈折や複雑性を描いている』んだと思うんですけど、それはそれとして都会を背景にしているから、まだちょっと整理されている部分もあって……っていう。いや〜アイデンティティ的な意味ではなくて社会への関わり方において自分が『理解できない……』がいっぱいあった!」
でもぼく好きでしたよ
「それはね、そう」
「わたしもすき。『ジャクソンひとり』の話もしましょ」

って感じで、『ジャクソンひとり』の話もしました。楽しかった〜
次回の読書会は千早茜『しろがねの葉』をやります! 楽しみ🥰

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