かみもぐり

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クロノロジカル・バックドア

「私を殺した人を探してください」 彼女の、依頼人の発言を聞いて、私は近年急速に蔓延しているという薬物中毒者の報道を思い出した。幻視・幻聴の症状を引き起こすのは他…

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重度VR中毒患者のリハビリ日記 #4

「犯罪者でもない、スキャンダルを起こしたわけでもない。そんなあなたがなぜ頻繁に名前を変える必要があったの」 そんな彼女の問いかけをかき消すぐらいのセミの鳴き声と…

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重度VR中毒患者のリハビリ日記 #3

保護課のアシスタントが私の部屋にやって来たのが数十分前。いつものリハビリを兼ねた散歩かと思ったら、今日はヴィークルでの移動に挑戦するのだという。即座にヴィークル…

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重度VR中毒患者のリハビリ日記 #2

鉛色の空、そして雨。幾分肌寒い一日。保護課のアシスタントは私を散歩に連れまわして、いつものように尋ねる。 「この風景を見て何か思い出すことは」 私もいつものように…

星空パラドキシカル #5

「やあ、『反逆者』さん、初めましてですね。あなたとこうして出会える日を心待ちにしていましたよ」 少年が……「構文遣い」が私に話しかける。世界を形成し、変革する「…

星空パラドキシカル #4

### この文書はクロノポリス情報委員会の検閲を受け、非公開指定されることになりました。 ### 本件処分に不服があるときは、この処分があったことを知った日の翌日から起…

星空パラドキシカル #3

「そんな荒唐無稽な……たった一人の天才の手によってこの世界が形成されているというのか」 「いや、『構文遣い』は別に天才である必要もないんだ。平均程度の知性の人間…

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重度VR中毒患者のリハビリ日記 #1

「この風景を見て何か思い出すことは」 保護課のアシスタントが不意に私に尋ねる。 「そう言われても…田舎によくある個人経営の本屋って印象しかないですね。保護観察中の…

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星空パラドキシカル #2

「空き家に侵入とは、クロノポリスの倫理感は常人以下だな、モリソン」 私は周囲に細心の注意を払って、かつての同僚に話しかける。意外なことに周りに人の気配は感じられ…

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星空パラドキシカル #1

私の名前は■■■■■■■、いや、残念なことではあるが、本名よりも通り名の方が私に本質を表しているような気がするからそちらを紹介しておこう。私は「時間の反逆者」、…

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波打際のテスティモニー

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とある偉人は言った。 僕は前々からこの言説に対して違和感があった。 つまり経験を過小評価しているのではないかと。 経験は熱意…

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マジカル世界でイーチンホー

僕の名前は「ドミノ山・ハット男」……いや、君たちの言いたいことはわかる。要するに名前がおかしいって言いたいんだろ。 だけど、これには理由がある。僕が芸人で変な芸…

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パラドキシカル・グッドバイ

私は新たな「構文遣い」となった。 先代の「構文力」の低さを考慮すると、きっとこの結果は、ほとんどが私の自由意思によるものなのだろう。 ならば。 終わりが来るまで……

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星空パラドキシカル

私の名前は■■■■■■■、いや、残念なことではあるが、本名よりも通り名の方が私の本質を表しているからそちらを紹介しておこう。私は「時間の反逆者」、この世界におい…

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クロノロジカル・バックドア

クロノロジカル・バックドア

「私を殺した人を探してください」

彼女の、依頼人の発言を聞いて、私は近年急速に蔓延しているという薬物中毒者の報道を思い出した。幻視・幻聴の症状を引き起こすのは他の薬物と変わらないが、その薬物―クロノポリス―の常用者は他の薬物常用者と比べて、時制のズレた発言をする頻度が異常に高いらしい。一般的な言語運用能力には影響がないことから、クロノポリスはタイムトリップの効能があり、それが発言の時制に影響を与

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重度VR中毒患者のリハビリ日記 #4

「犯罪者でもない、スキャンダルを起こしたわけでもない。そんなあなたがなぜ頻繁に名前を変える必要があったの」
そんな彼女の問いかけをかき消すぐらいのセミの鳴き声とカンカン照りの太陽の下、私はすっかり定例行事となった、リハビリを兼ねた散歩をしている。
「任意のアクションに対して必要性がないからやらない、なんてことを考えるほど怠惰な人間ではなくてね、残念ながら」

皮肉ではなく、本心。
大したキャパシテ

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重度VR中毒患者のリハビリ日記 #3

保護課のアシスタントが私の部屋にやって来たのが数十分前。いつものリハビリを兼ねた散歩かと思ったら、今日はヴィークルでの移動に挑戦するのだという。即座にヴィークルに乗せられ、今ではもう居住地域から遠く離れ、見知った風景は何一つなくなっていた。

そう言えば。
結構長い間彼女と関わっているが、私はまだ彼女の名前も知らない。かつての私と同じように、彼女にも固有名があるはずだ。もっとも私がそれを知る時は来

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重度VR中毒患者のリハビリ日記 #2

鉛色の空、そして雨。幾分肌寒い一日。保護課のアシスタントは私を散歩に連れまわして、いつものように尋ねる。
「この風景を見て何か思い出すことは」
私もいつものように答える。
「急にそんなこと言われても…こんなの年中見る風景ですよね」と。
私の答えに納得がいかないのだろう、彼女の不服そうな表情が見えたので私はあわてて付け加える。
「雨って外にいる時に降られるとうんざりするけど、屋内にいる時はそうでもな

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星空パラドキシカル #5

「やあ、『反逆者』さん、初めましてですね。あなたとこうして出会える日を心待ちにしていましたよ」
少年が……「構文遣い」が私に話しかける。世界を形成し、変革する「構文遣い」が少年とは……さすがに驚いたな。
「僕の、いや『構文遣い』のことについてはどれくらいご存じなのでしょうか」
「そうだな、あんたの『物語』に沿ってこの世界が形成されていること。あんたが先代からその地位を受け継いだってこと。そしてその

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星空パラドキシカル #4

### この文書はクロノポリス情報委員会の検閲を受け、非公開指定されることになりました。 ###

本件処分に不服があるときは、この処分があったことを知った日の翌日から起算して3か月以内に、クロノポリス情報委員会に対して審査請求をすることができます。

審査請求制度の詳細に関しては別紙1を参照してください。

                                以上

星空パラドキシカル #3

「そんな荒唐無稽な……たった一人の天才の手によってこの世界が形成されているというのか」
「いや、『構文遣い』は別に天才である必要もないんだ。平均程度の知性の人間が『構文遣い』であった時代もあったらしい」
「ますます荒唐無稽だ。凡人がどうやってこの世界を形成する?たった一人の凡人が、クロノポリスほどの大組織をうまく扱えるわけがないだろう」
「『構文遣い』には不思議な力があるらしい。彼らが構文を書く、

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重度VR中毒患者のリハビリ日記 #1

「この風景を見て何か思い出すことは」
保護課のアシスタントが不意に私に尋ねる。
「そう言われても…田舎によくある個人経営の本屋って印象しかないですね。保護観察中の私が行ける場所は、これまでに私が訪れたことのない場所だから、ここに来たことはないはずだ。この認識で合ってますよね」
「ええ、あなたの言う通り。でも似たような風景は何度も目にしているんじゃない、昔は旅行をよくしてたんでしょ」
彼女の言う通り

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星空パラドキシカル #2

「空き家に侵入とは、クロノポリスの倫理感は常人以下だな、モリソン」
私は周囲に細心の注意を払って、かつての同僚に話しかける。意外なことに周りに人の気配は感じられない。一人でここに来たということか……
「悪人を捕まえるためには、自分も悪人にならなければいけないのがこの仕事の悲しいところだよね、反逆者さん」
「なんだ、お前はかつての同僚の名前すら忘れたのか」
「仕事をしている時は、君のことを反逆者と呼

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星空パラドキシカル #1

私の名前は■■■■■■■、いや、残念なことではあるが、本名よりも通り名の方が私に本質を表しているような気がするからそちらを紹介しておこう。私は「時間の反逆者」、この世界において絶対的な権力を有するクロノポリスに抗ったことから、そのように呼ばれるようになった。

かつては絵空事だと考えられていた時間跳躍。クロノポリスは、これを実現させる方法を発見し、実用化させることにより、この世界のパワーバランスを

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波打際のテスティモニー

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とある偉人は言った。
僕は前々からこの言説に対して違和感があった。
つまり経験を過小評価しているのではないかと。
経験は熱意を生み、歴史は物事の判断に際して複数の視座を与えてくれる。つまり優劣ではなく補完、両者はそういう関係性のように思えるのだ。

それに、歴史には致命的な弱点がある。彼らはいつだって後追いしかできない。何か歴史に記すべき出来事が起こったとして

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マジカル世界でイーチンホー

僕の名前は「ドミノ山・ハット男」……いや、君たちの言いたいことはわかる。要するに名前がおかしいって言いたいんだろ。

だけど、これには理由がある。僕が芸人で変な芸名をつけているとか、僕の両親の頭が残念だったとか、そんなのではなくもっと深刻な理由……数年前に突如現れた魔女「ワッツ・ユアネーム」によって、この世界のありとあらゆる固有名詞は本来の名称を失い、奇天烈な名称を新たに付けられてしまった。

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パラドキシカル・グッドバイ

私は新たな「構文遣い」となった。
先代の「構文力」の低さを考慮すると、きっとこの結果は、ほとんどが私の自由意思によるものなのだろう。
ならば。
終わりが来るまで……いや、私が終わりを見出すまで書き続けよう。
不格好な文章で、
不必要なまでに星空が出てくる物語を。
結局のところ、私はそのような物語が好きなのだ。

先代は言った。
物語はいつだって余分な要素から始まる。
逆に物語を終わらせるためには、

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星空パラドキシカル

私の名前は■■■■■■■、いや、残念なことではあるが、本名よりも通り名の方が私の本質を表しているからそちらを紹介しておこう。私は「時間の反逆者」、この世界において絶対的な権力を有するクロノポリスに抗ったことから、そのように呼ばれるようになった。

かつては絵空事だと考えられていた時間跳躍。クロノポリスは、これを実現させる方法を発見し、実用化させることにより、この世界のパワーバランスを一気に崩壊させ

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